side郁哉；2体目の神　作：名無しのゴーレム

ーーそれは、数時間前に遡る。



『……本当ですか！？ 秀と智が！？』
『……らしい。……すみません、少しの間美愛を任せても……』
『私も行かせてください！』
『駄目だ。お前はセキュリティに狙われてるんだろう？ あいつらは俺が助けに……』
『……嫌なんです！ 私の目の前で誰かを失うのは！』
『美愛……いいか、絶対に奴らに捕まるな。例え俺たちを見捨ててでもだ。これが条件だ、いいな？』
『はい。絶対に、皆でここに帰ってくるんです。』
『……まあいい、時間もない。行くぞ！』
『はい！』





真夜のシティを才賀さんから借りたバイクで駆け抜ける。俺たちが居候していた宮地さんのマンションには誰もいなかった。しかしまだ周辺にセキュリティがいたことから、俺たちは秀たちはまだ捕まってはいないという結論を出した。そして時が経ち、やがて……


「……もう朝か。美愛、大丈夫か？」
「……はい、大丈夫です。…2人とも、一体どこに……」


ほとんど手がかりもない状態での捜索は困難を極めた。このまま虱潰しという訳にはいかないが……


ババァァァン！！


「！！ な、何だ！？」
「向こうの方からです！ 行ってみましょう！」


美愛の言う通り、あの音がした方に2人がいるかもしれない。行ってみる価値はあるだろう。


「……よし、飛ばすぞ！」
「はい！」





「……どうやら、当たりだったようだな。」


音がした場所ーーどうやら倉庫街のようだーーに着いてみると、そこには数人のセキュリティが辺りをうろついていた。つまり、秀たちはこの辺りにいるということなのか……？


「……とにかく、まずは奴らに見つからないようにしながら……」


「……郁哉！ こっち！」


ちょうどその時、俺たちの背後から小さな声が聞こえた。


「あれは……智？」
「……そうだな。行ってみよう。」


声のした方ーー倉庫の１つに入ると、そこには智と秀がいた。しかし……


「秀、大丈夫か。」
「…………」
「……兄さんは少し前に、セキュリティと戦ったんだ。何とか勝ったけれど、そのデュエルでかなりダメージを受けたみたいで……」
「……それで、動くことも出来ずにここに留まっていた訳か。」


……マズイか。流石にあのバイクに4人は乗らない。と、なれば……


「……美愛。」
「？ 郁哉、何ですか？」
「2人をこのバイクに乗せて逃げろ。それにはオートパイロット機能がある。とりあえず逃げる分には問題ないはずだ。」
「そ、そんな……それじゃあ郁哉は！」
「俺は大丈夫だ。別に俺が狙われているんじゃない。いくらでもやり過ごせるさ。」
「で、でも……」
「時間がない。頼む、美愛。……心配するな、必ず追い付く。」
「……美愛、郁哉の言う通りにしよう。……今の僕らじゃ足手まといだ。」
「……分かりました。でも約束してください！ 必ず戻るって……」
「……ああ、安心しろ。……早く準備しろ。智、2人を頼んだぞ。」
「分かった。ほら美愛、行くよ。」
「……はい。」


しばらくした後、3人を乗せたバイクは無事に倉庫街を出発した。俺がある程度セキュリティの注意を引きつけたのもあるが、それでも誰も追跡に行かなかったのは幸運としか言いようがない。


「……さて、どうしたものか。」


この数を全員相手にするのは骨が折れそうだ。なんとかこの場はやり過ごしたいところだが……


ガッシャアアァァァン！！



「！？」


何だ、今の音は！？ 状況を確認しようと、倉庫から少しだけ顔を出すと、そこには……


「あ、あれは！？」


……間違いない。つい先日に目にした、あのモンスターだ。名前は確か……


「……オシリスの天空竜。お前、よくもマスターのカードを！！」


倉庫街に怒号が響き渡る。あれは……東雲 心希！？ どうやらあいつはオシリスの天空竜の所持者、つまり敦人とデュエルしているようだが……



心希 LP1400 手札1枚 モンスターゾーン メタル・リフレクト・スライム 魔法・罠ゾーン 王宮のしきたり、デモンズ・チェーン 伏せカード1枚
敦人 LP2500 手札2枚 モンスターゾーン オシリスの天空竜


「裏切り者め、お前は私が消してやる！ マスターからもらったこの力で！ 手札から通常魔法、禁断融合ー奈落王の刻印発動！ このカードは私のライフを半分支払って発動出来る！ 私の場の表側表示の罠カード3枚を融合！」


心希 LP1400→700


「……罠カードを融合、か。まさに心希のために作られたカードな訳だ。」
「ハッ、余裕を見せているのも今のうちだ！ 奈落に眠る破滅の王よ、天地を揺るがし世界を混沌へ導け！ 融合召喚！ 奈落王 アザゼル！」


……な、何だあれは……オシリスの天空竜に匹敵するほどの威圧感だ。


「アザゼルの攻撃力は私の場の伏せカードの枚数×1000ポイントアップする！ よって現在のアザゼルの攻撃力は1000！」
「……残念だけど、それじゃあオシリスの前に立つこともできないよ。オシリスの天空竜の効果発動！ 相手がモンスターの召喚・特殊召喚に成功したとき、そのモンスターの攻撃力を2000ポイント下げて、0になった瞬間に破壊する！ さあ、ご退場願おうか！」


なっ……つまり、攻撃力2000以下のモンスターは場に出すことさえ出来ないと言うのか……


「キヒヒッ！ アザゼルの効果発動！ 伏せカード1枚を墓地に送ることで破壊を無効にする！」


奈落王 アザゼル 攻撃力1000→0


「……でも、これで攻撃力は0。手札も無い状態で、一体どうする気だい？」
「こうするんだ！ アザゼルの更なる効果発動！ 互いのターンに1度、私の墓地の罠カード1枚を私の場にセットする！ これでアザゼルの攻撃力は元に戻る！」


奈落王 アザゼル 攻撃力0→1000


「私はこれでターンエンド。さあ、どうする敦人！ 手札を使えばオシリスの攻撃力は落ちる、けれどこのままいけばアザゼルの攻撃力はすぐにオシリスを上回る！ ほら、もうお前は詰んでるんだよ！」
「……ハァ、心希はいつもうるさいんだよ。安心しな。こんなデュエル、すぐに終わらせてやるよ。」


心希 LP700 手札0枚 モンスターゾーン 奈落王 アザゼル（表側守備表示） 魔法・罠ゾーン 伏せカード1枚
敦人 LP2500 手札2枚 モンスターゾーン オシリスの天空竜


「僕のターン、ドロー。この瞬間、オシリスの攻撃力は3000になる。」


オシリスの天空竜 攻撃力2000→3000


「手札から通常魔法、おろかな埋葬発動。デッキからモンスター1枚を墓地に送る。」
「これでオシリスの攻撃力は元に戻る。何がしたいの？」
「すぐに分かるさ。さらに通常魔法、死者蘇生発動！ 墓地のモンスター1体を特殊召喚する！」
「……さっき墓地に送ったモンスターを特殊召喚する訳？ 何を出したところでアザゼルは破壊出来ないし、これでオシリスはさらに攻撃力を……」
「いいや、これで終わりさ。蘇生するのは……神のカード、ラーの翼神竜！」


ラーの翼神竜、新たな神のカードの出現に、デュエルフィールドに更なる衝撃が走る。……くっ、建物越しでも立っているのがやっとだ。事実、周りにいたセキュリティたちは皆吹き飛ばされている。


「そんな……2枚目の、神のカード……？ ……でも、攻撃力は0。そんなモンスターでアザゼルは……」
「ラーの翼神竜の効果発動！ このモンスターの蘇生に成功したとき、ライフを1000支払うことで、相手モンスター1枚を破壊して、ゲームから除外する！」
「くっ、アザゼルの効果発動！ 伏せカードを墓地に送って……」
「無駄だよ、太陽神の炎は何者にも打ち消すことは出来ない。」


炎を纏ったラーの翼神竜の一撃により、アザゼルは灰となってフィールド上から姿を消した。


「……う、嘘だ……マスターからもらった、アザゼルが……」
「僕の手札は1枚。よってオシリスの攻撃力は1000。それでも君を倒すには十分だ。……さあ、その身に味わうといい。神の力を！」


オシリスの天空竜がその口を開き、そして……



「止めて、2人とも！！」


1人の少女が2人の間に割って入るのが見えた。あれは……


「……月詠。今更何しに来たんだい？」
「どうして2人が戦わなければいけないんですか！？ どうして、仲間同士で……」
「……それを言うなら、心希に聞いてみようか。なあ心希。僕は今でも君の仲間かい？」
「……ふ、ざけるな……お前は裏切り者だ。だから、私が……」
「……だ、そうだよ。じゃあ僕も心希の仲間じゃない。なら、何の問題もないだろう？」
「ッ……！！ 私は、嫌なんです……敦人に、心希に、傷ついて欲しくないんです……！！」
「……月詠、それはただの君の我が儘だ。世界は、理想だけでは出来ていないんだよ。」
「それでも、私は……」
「悪いけど、もうこれ以上は付き合ってられないね。最後の神のカードを探しにエクシーズ次元に行かないといけないんだ。そして僕は……」


月詠の言葉は敦人には届かない。……何故だか、敦人の言動に怒りを覚える自分がいた。『世界は、理想だけでは出来ていない』……その一言が、ひどく俺の中の何かをイラつかせた。


（……分かってる。こんなことに意味はない。それでも、俺は……）


「……テメェ、そいつの気持ちを蔑ろにする気か。」


気づけば俺は、倉庫から出て彼らの前に姿を見せていた。


「君は……？ ああ、昨日あそこにいた。」
「なっ……どうして、あなたがここに！？」
「……君には関係ない話だろ？ むしろ敵同士が仲間割れしているんだ、喜ぶべき場面じゃないかい？」
「んなもん知ったことか。俺はお前を許せない。そいつは本気でお前のことを……」
「……どうして君が月詠の味方をするのかは知らないけど、邪魔するなら容赦はしないよ。」
「上等だ。ここでお前を倒せば神のカードは俺の物、そうすればこの戦争だって……」
「止めてください、神宮寺 郁哉！ 今の敦人には、誰も……」
「月詠、ちょっと黙っててよ。……早く始めようか。君を倒して、僕はエクシーズ次元に行く。」
「させるかよ。お前はここで俺が倒す。」



奴のデッキに眠る、2枚の神のカード。……神なんて、この俺が打ち破ってやる。




「「デュエル！！」」