side恭治：嵐を呼ぶ男　作：名無しのゴーレム

「……うわああぁぁぁ！！」


……ここは！？ …よかった、なんとか知ってる場所に戻れたようだ。

「それにしても、あれは何だったんだ？」

――つい先ほどまで、俺は氷山にいた。人を探していると『アイツ』…そっくりの紫っぽいやつを見つけて、とりあえず突進。その後勘違いだと分かったが、その近くに、やっと本物の『アイツ』を発見した。そしてそっちに突っ込んでいったら、いつの間にか…

「…自分で思い返してみても何言ってるか分かんねぇな。はぁ、どうしてこんなことに…」

…とりあえず、師匠のところまで戻るか。

「……ん？ 何だ、あれ？」

D-ホイールのエンジンをかけて、出発しようかというところで、俺は河原にあった『それ』に気付いた。

（……ありゃあ…人か？ なんであんなところに…？）

そちらの方に近付いてみると、そこには1人の少女が倒れていた。よく見ると、服もずぶ濡れで、衰弱しきった表情をしている。

「…おいおい、まさか流されて来たってのか…？」

いや、それはない。この川は子どもも足しか浸からないような浅いものだ。じゃあ、一体どうして…？

「…考えてても埒が明かねぇか。このままじゃ危ねぇし、一緒に師匠のところまで行くか。」

少女をD-ホイールに乗せて、少し速度を落として走らせる。…これ、セキュリティに見つかったらヤバいんだろうなぁ…



しばらくD-ホイールを走らせると、やがて2階建ての一軒家―師匠の自宅に辿り着いた。

「師匠ー！ 帰ってきましたよー！」
「…遅いわ！ なんだお前は！家に帰るのに何日掛ければいいんだ！」
「…あー、それにはいろいろ事情がありまして…って、それよりも！ 近くの河原に女の子が倒れてたんですよ！ ずぶ濡れだったから、とりあえず連れて来たんですけど…」
「…はぁ。お前はいつも厄介事を持ってくるな…うちに運べ。」
「はい！ よいしょっ…意外と重いな…」


「…よし。これでいいな。…それにしても恭治、お前、いくらなんでも女性に反応しすぎだ。病人なんだぞ？ 服を脱がせるくらい普通にやれ。」
「…いや、やっぱどうしても妹と被って…」
「なんで妹と被ったらそうなるんだよ…」

さまざまな処置を行ったが、一度も少女が反応することはなかった。本当に大丈夫なのか…？

「…眠っているだけだ。まあ、起きてから病院に連れていけばいいだろう。」

「……」

「…？ 師匠、今この子なんか言ってませんでしたか？」
「なに？ 聞こえなかったが…」

「……は、…よ…」

…間違いない。未だに気を失ったままだが、何か寝言を言っているようだ。


「…ところで、お前。よくこれだけ長い間顔も見せずにのこのこと戻ってこれたな。」

…あ、ヤバい。師匠がガチでキレてる。

「あの、だから、これには本当に深い事情があって…」
「問答無用だ！ さあ、サーキットに来い！ その性根、叩き直してやる！」

…うわぁ、こりゃぁ俺の命も危ないかもな…



「…今日はこのくらいにしておいてやる。」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ… な、なんとか生き残れた…」
「何言ってるんだ。俺はこのまま買い物に行ってくる。お前はあの子の看病をしてやれ。」

…正直、今の俺も看病が必要だと思うんだが…

「何ボサッとしている！ 早く行け！」
「は、はい！」


「…おーい、まだ寝てるかーっと…っておい、もう起きてんのかよ。」
「……！！」

少女を寝かせた部屋に戻ると、彼女はもうすでに目覚めていて、こちらを見て大きなリアクションを見せた。


「……こ、ここは…？」
「…あー、勝手に連れてきて悪かったな。ここは『シティ』の…」
「…シティ？」
「おいおい、シティを知らないなんてことないだろう？ …まさか、本当に知らないのか？」

俺の問いに、少女は小さく頷いた。

「…マジかよ。お前、どこから来たんだ？」
「…アカデミア、という場所を知っていますか？」
「は？ トップスの学校か何かか？」
「…そう、ですか…」

…師匠の言う通り、俺は厄介事を運んできちまったようだな。

「…はぁ、まあいい。名前は？」
「……」
「…おい、名前を忘れたとか言うのは勘弁してくれよ？」
「…日向、望、美愛。…私は、一体何者なんでしょうか。」

…今言ったのが全部こいつの名前だって言うのか？

「……」
「……」

…会話に詰まった。なんか言わねぇと。ええと…

「…哲学的な話は分かんねぇけどさ、俺だって色んな呼ばれ方をする。妹には『お兄ちゃん』、師匠には『恭治』とか『お前』、近所の奴らには『兄貴』とか呼ばれてる。でもさ、俺は1人しか居ない。そんな感じでさ、結局自分は自分だけなんだよ。…違うか？」

たぶん、こいつの悩みはそういうのじゃない。ミスったかな…？

「……私は私。そう、ですよね。」

…良かった。どうやら、納得してくれたようだ。

「…ところでさ、お前は…なんて呼べばいい？」
「……美愛でお願いします。」
「そうか。美愛はどこから来たんだ？」
「…舞網市、という場所はご存知ですか？」

舞網市？ うーん…いや、待てよ？

「どっかで見たような…どこだったかな…」

……そうだ！

「思い出した！ 前に飛ばされたときにそんなのを見たぞ！」
「…飛ばされた？」
「…実はさ、最近、何回か突然どこかに飛ばされることがあってな。俺にもなんでかは分からないんだが…」

…さすがにこんな話、信じてくれるわけ…

「…それって、次元を超えているってことですか！？」
「……次元？」

…どうしよう。話が予想外の方向に進んできたぞ…？

「教えてください！ ここは融合次元なんですか！？ それとも…」
「ち、ちょっと待ってくれ！ 次元だって！？ じゃあ俺は次元を超えてたってのか！？」
「…あなたは、次元について知らないんですか？」
「…出来れば、説明してほしいな。」
「それでは、私の知る範囲でお話します…」


俺は美愛から、俺の身に何が起きたのか、そして彼女の身に起きたことの説明を受けた。それはあまりに突拍子のないものだったが、彼女の表情からそれが真実であることが窺えた。

「…ハ。マジかよ…」
「…はい。これはすべて事実です。」
「じゃあ、お前は融合次元の奴らに拐われて、そこから逃げ出してここに来たと？」
「…そうなりますね。」

別の次元かぁ…知らない間にすごいことしてたんだな、俺。

「えーと、それで、お前はその舞網市に住んでたのか？」
「はい。…もっとも、どうやらこことは別の次元のようですが…」
「そうか…なら、今はここに居な。」
「…いいんですか？」
「まあ、師匠…ここの家主には俺から話を通しておく。しばらくは許してくれるだろう。」
「…ありがとうございます。お世話になります。」
「ハハハ、お礼なら俺じゃなくて師匠に言ってくれ。」

…まあ、俺が師匠を説得出来るかどうかに懸かってるがな。失敗したらどうしよう…やっぱりうちになるんだろうか。

（それは困るなぁ…久しぶりに帰って女の子を泊めてやってくれなんて言ったら、あいつに殺される…）


この先に一抹の不安を感じながら、俺は師匠の帰りを待っていたのであった。