side美愛：裏切り、脱走劇　作：名無しのゴーレム

――これは、『私』の記憶。

「…日向！？ どうしてここに！？」

少女が『私』に問いかけている。……そうだ、『私』は…

「早く逃げて！ ここは…」

「…月詠こそ、逃げてください。私が食い止めます。」


彼女の言葉に従わず、『私』は前に進む。そして『彼女』に真っ向から立ち向かう。

「日向！！」

…そこで、『私』の意識は途切れた。





――気付けば、『私』は凉花のところにいた。そして…

「…望。もう、私たちも駄目みたいですね。」

「…凉花。私が彼らを引き付けます。その間に、凉花は逃げてください。」

「ッ！ 駄目です！ それなら私が…」

「…凉花は、きっと皆に必要とされるときが来ます。だから、あなたは生き残って。」

「そんな、望、望！！」





「…………」

……これが、『私』、日向であり、望であった私の記憶。あの森で思い出してから、ずっと私の中で巡っている。

「……私は、一体誰なんですか？」

その思いが、ここ、『アカデミア』に囚われてからずっと渦巻いていた。


トン、トン、トン…ガチャッ


「やあ、調子はどうだい？」
「…あなたは…」

秀さんを倒し、智を挑発して、彼と私をおびき寄せた男だ。

「神谷 敦人だよ。覚えてない？」
「…いいえ、まったく。」
「だよね。ここでは会ったこと無いから当たり前だけど。」
「…一体、何の用ですか？」
「いや、何てことないよ。…ねぇ、1つ、提案があるんだけど。」

…？ 何のつもりなの？



「…脱走、してみる気はないかい？」


「……は？」

思わず固まってしまった。

「…な、何を言って…」
「分からなかった？ 脱走。ここから逃げ出さないかって聞いているんだけど。」
「……あなたを、信じるとでも？」
「信じないならこのままここにいるといい。でも、これだけは本当だよ？ このままなら、君は2度とここから出られない。そう、一生ね。」
「…皆が、助けに来てくれます。」
「そうだろうね。でも、君も知っているだろう？ たかが数人の力じゃ僕たちには届かない。余計な犠牲を出すだけだよ。」

…この男、神谷の言う通りだ。アカデミアには数えきれない程の数のデュエル戦士がいる。凉花たちだけでそのすべてを相手にするのは…

「…あなたが私を脱走させて、何の利益があるというんですか？」
「……実はさ、僕もここから逃げ出すつもりなんだよ。」
「……は？」
「おいおい、それ、さっきと同じ反応だよ？ …ともかく、僕はずっと機会をうかがっていた。そして今、ようやくそのチャンスが来たんだ。」
「…私に、何をさせるつもりですか。」
「簡単なことだよ。ここの扉を開けておくから、君は逃げ回ってくれればいい。なるべく人の目を惹き付けてね。その間に、僕が君のデュエルディスクとデッキを回収しよう。そして、2人でアカデミアを脱出する。これを使って、ね。」

彼は懐からボタンのようなものを取り出した。

「…これは？」
「連結次元転移装置。本当は、捕まえた相手を強制的にアカデミアに連れていく用の物なんだけどね。これを持っていれば、僕が次元転移を行ったときに君も同じところに転移する。」
「つまり、私に囮になれと？」
「その通り。安心しなよ。やつらに捕まらない限り、その装置が作動すれば君は晴れてアカデミアからの脱出に成功する。」

…神谷を信用していいのか？ そんな疑念が頭をよぎる。それを見透かしたかのよいに、神谷はさらに語りかけてくる。

「大丈夫だよ。万が一失敗しても、君は処罰を受けることはない。マスターの大事な実験体だからね。まあ、僕はそうじゃないけど。」

それで、と神谷は一度間をおいた。

「どうする？ ここで助けを待つか、僕を信じて脱出するか…」


……私は……




「はあ、はあ、……」
「どこに行った！？」
「あっちだ！ 追え！」

――結局、私は神谷の提案に乗ることにした。彼の指示通りに、出来るだけ人に見つかるようにしながら、それでも決して捕まらないようにアカデミアの中を駆ける。


「はあ、はあ、はあ、……」

どれくらい走ったのだろうか。もう、体力の限界だ。窓際の、何とか隠れることが出来そうなところで体を休めることにした。

（あとどれくらいで、準備が出来るのでしょうか……）


「……日向。」
「……！！」

…月詠！？

「…どうして、逃げ出したりしたんですか？」
「…私は、もう一度戻りたいんです。皆のいる世界に…」
「……私じゃ、駄目なんですか。」
「え？」

月詠が小さく呟いたその言葉は、私に届くことはなかった。

「……とにかく、あなたを連れ戻します。今ならまだ間に合いますから。」
「戻るつもりはありません。…例え、月詠の願いだとしても。」
「……それなら、力ずくでも…」

…デュエルディスクもない今の私に、彼女に抗うことは出来ない。

（…やるしか、ないですよね。）


「……日向！？ 駄目、そっちは…」

私の後ろ、そこにある唯一の逃げ道、それは…

（何とか、なってください！）

…そこにあった窓から、外へと飛び出すことだった。ここは2階、上手く行けば少し怪我をするだけで済むかも知れない。下手を打っても頭さえ守れば死にはしない。もちろん、無謀と分かった上での、一種の賭けだった。そして、その結果は…

「…………え？」

私の下に広がるもの、それは予想していた森林部、ではなく、真っ青に染まった、つまり……


「ちょっ、いやっ、……きゃぁぁぁ！！」


――結果として、私は窓から海に向かってまっ逆さま、何とも愚かな行為を取ってしまったわけだ。海面はどんどんと近づいていき、やがて…


ザバァァァン！！


（……あ、私、死んじゃうんだ。ああ、もう一度会いたかったなあ、京子、凉花、皆…）



――そうして、深い青色に沈みながら、私は意識を手放した。