5月29日──焦り　作：コンドル

デュエルアカデミア本館5階はアカデミアがその名を馳せる前の姿が残っている唯一の場所だ。現在ここには魂の研究をしていると言う｢新瀬｣という男と男女二人の助手、そして、遊駆と輪廻が5階の研究室にいる。
遊駆と輪廻は、担任である｢立花｣から封筒を預かり、それを新瀬に渡してほしいと立花に頼まれたためこの場所に来たのである。そして現在、新瀬の研究に参加する事になり、彼らは準備をしている。
その研究方法は非常に簡単。そう、デュエルである。二人がデュエルし、魂の状態を調べる。ただそれだけなのだ。

｢よし、準備完了！｣

輪廻が元気に声を出し、準備完了を伝える。子供のような高揚と期待に満ちた笑顔を浮かべ、遊駆を見つめている。遊駆も準備が出来たようだ。新瀬が助手二人を横目で見た後、デュエル開始を宣言した。

｢デュエル開始だ｣

｢ッシャア！行くぜ遊駆！｣
｢･･･｣

｢デュエル！｣
｢デュエル｣



｢お前達、よくあの二人を見ておけ｣
｢分かっていますよ。ねぇ？巣丘さん｣
｢ええ。分かってますよ島田君？｣

新瀬の指示で島田と巣丘はズボンの前ポケットからコンタクトレンズを取り出し、両目につけ、デュエルを見る。

｢先生はどうするんです？｣
島田が首をかしげながらニコニコと笑顔で新瀬に質問する。
｢俺は下りて少し立花に会ってくる。もう会議も終わっているだろうからな｣
そう言って新瀬は部屋から出て行った。残された助手は指示通り、椅子に座り、二人を観察する。

先攻は輪廻だ。
｢俺の先攻！俺は手札から、『幻装獣スクォンク』を召喚！｣

スクォンク　LV1　ATK/DEF0

小さくうずくまって涙を流している幻装獣。召喚されると泣きじゃくり、フィールドから消滅してしまう。

｢スクォンクが召喚、特殊召喚に成功した時、ゲームから除外される！｣

これは輪廻のミスだろうか。わざわざ通常召喚したモンスターをアッサリとフィールドから放すとは。しかし、この幻装デッキにおいて、これは決してミスではない。

｢手札から『幻装獣アクリス』の効果発動！アクリスと手札にある『幻装獣クラーケン』を除外する事で、デッキからカードを1枚ドローする事が出来る！ドロー！｣
｢･･･｣
｢更に！手札から魔法カード『幻想の瞬き』を発動！ゲームから除外されているカードが三枚以上存在する場合、更に手札からカードを2枚まで除外する！俺は『幻装獣ガルーダ』と『幻装獣アーヴァンク』を除外！そしてカードを1枚セットしてターンエンド！｣

輪廻LP4000　手札0　伏1墓地無除外5

遊駆LP4000　手札5　伏墓地除外無

｢･･･俺のターン。ドロー｣

遊駆のターン。遊駆のジュエルマジシャンは大量展開が得意なカード群。現在輪廻のフィールドには伏せカードが1枚だけ。遊駆の額から流れる一筋の汗が頬を伝う。息が少し荒っぽくなる。何故か、何故こんな状態になるのか、それは遊駆が一番分かっていた。

(遊駆？)

輪廻も遊駆の表情にどこか異常を感じているのか、不安そうになっているそぶりを見せるも、遊駆が大丈夫、と言っているような仕草をしたため、静かに遊駆の行動を待っている。


｢焦っているね｣
島田が視線を遊駆に向け机に頬杖をつき遊駆の状態を冷静に分析した。
｢恐らく彼は今、悩んでいるんだ。はたしてこの状況...攻撃すべきか、はたまた一旦様子を見て、どうするか...。伏せカードが怖いなぁ。もしかしたら、一気にゲームエンドに持ち込まれるカードかも...。けれど、ブラフの可能性もゼロじゃあない。もしかしたら手札事故になっていて、鶴咲君はピンチを誤魔化すためにあえて、無理にカードを除外した...｣
｢それは島田君の推測でしょう？｣
｢さぁ？藤玄くんはそう考えているかもってだけだから分からないけれどね｣


｢･･･俺は手札から『JMー縁のクリソコラ』を召喚｣

クリソコラ　LV4　ATK1600DEF1200

｢クリソコラが召喚に成功した時、手札にあるレベル2以下のJM1体を特殊召喚出来る。俺は『JMー進道のマーカサイト』を特殊召喚｣

マーカサイト　LV2　ATK100DEF200

マーカサイトの姿は同じJMのパイライトに酷似している。違う点を挙げるとすれば、肌色が、パイライトよりもマーカサイトの方が褐色だということぐらいか。その他は身長がパイライトより少し大きめな点だけだ。クリソコラの作成した魔方陣から一回転して腕を組みながら現れ、自信に溢れた顔で輪廻を見つめる。

･･･現れろ。未来へ続くサーキット
アローヘッド確認。召喚条件は
JMモンスター2体。
俺はクリソコラとマーカサイトをリンクマーカーにセット。
リンク召喚リンク2
JMー安楽のトルマリン

トルマリン　LINK2　ATK1200リンクマーカー　下　右下

電気を放ちながら現れる、黄色と白を基調とした服を着た、新たな男性ジュエルマジシャン。召喚されたと同時に魔方陣を作成する。

｢･･･トルマリンがリンク召喚に成功した時、デッキからJMモンスターを効果を無効にしてリンク先に特殊召喚する。俺はデッキから『JMー安心のペリドット』を特殊召喚｣

ペリドット　LV3　ATK600DEF900

再び現れろ。未来へ続くサーキット。
アローヘッド確認。召喚条件は
JM2体以上
俺はトルマリンとペリドットをリンクマーカーにセット。
リンク召喚。リンク3
JMー英知のサファイア

サファイア　LINK3　ATK2500　リンクマーカー　上　左下　右下

(来たなサファイア！･･･けど、遊駆のやつさっきからどうしたんだ？何かに追われてるみたいな...)

｢魔法カード『魔力暴走』発動。フィールドの魔法使いモンスターの攻撃力をエンドフェイズまで倍にする｣

サファイア　ATK2500→5000

｢バトル。サファイアで輪廻に直接攻撃｣

宝･石･魔･導

これが決まれば遊駆の勝ちだ。しかし、遊駆は焦りからか忘れていた事がある。輪廻の五枚の除外カード、そして、伏せカードの存在だ。

｢なっ...ト、罠カード発動！『幻装の筒』！相手が攻撃してきた時、ゲームから除外されている幻装モンスターの数によって、俺が受けるダメージが変わる！五枚除外されていれば俺が受けるダメージは全て、相手が受ける！｣

サファイアの放った光球が幻装の筒によって跳ね返される。

｢･･･｣　遊駆LP4000→0

呆気ない終了。遊駆は終われば黙ってデュエルディスクを下ろし、壇上を下りる。

｢ま、待てよ遊駆！｣
｢･･･｣
｢調子悪いのか？汗でてたし、それに...｣
｢･･･いや、何ともない｣

結局その日は調査が終わったということで二人は寮に戻った。が、遊駆は難しい顔をしているように、輪廻には見えていた。それが輪廻には、まだ、わからなかった。デュエルが楽しいかと聞かれると微妙、遊駆が何故あんなプレイングミスをしたのかも、分からなかった。

(マーカサイトは1ターンに1度、ライフを1000払う事でフィールドの魔法･罠を1枚破壊出来る。俺の手札が悪かったから賭けを選んだが、普段の遊駆ならマーカサイトの効果を使用した筈だ。そうすれば遊駆の勝ちだった。だのに何故...何故なんだ遊駆...！？何があったんだ！？)


12月8日追記

｢そうか。私がいない間にそんな事が...｣

夜の7時頃、新瀬、島田、巣丘の3名は研究室の机で何か作業をしながら、遊駆と輪廻の事を話していた。カタカタとパソコンのキーボードの音が呪文のように鳴り響いている。

｢一応パソコンにデータを打っておきましたが、遊駆君は目で見ても明らかに焦りの表情が出ていました｣
｢デュエルが終わったということで、礼は言いました。しかし、どうもぼんやりしていて...｣

新瀬は目を閉じ、腕を組み、二人の話を黙って聞いていた。
何かしらの個人的な事情でもあるのか、それとも、単に体調が優れなかったのか...。

｢･･･まぁ、いいだろう。高校一年生の今頃だ。悩みでも出来たのだろう。お前達には、そんな悩みは無いのか？｣

悩みと聞いて島田は左の口角を上げ歯を見せ、パソコンを打つ手を止め、机に頬杖をつく癖をする。

｢悩み...ですか。ヘヘッ、無い訳じゃ...無いですけど｣
巣丘は手を膝に置く。
｢私も悩みが出てきました。･･･もう3年はシてませんからね、アレ｣

｢そうか...まぁもう少しの我慢だ。あと少ししたら一学期も終了、あとは夏休みだ。･･･おっと、その前に、お前達、もうすぐ大会だな。上手く頑張れよ｣
｢先生も頑張って下さい。私も先生の夢が叶う日を、楽しみにしてますから｣
｢僕も楽しみです｣
｢ありがとう。だが、巣丘の言う事は信じるが、島田、お前本当に応援しているんだろうな？｣
｢失礼な！本当ですよ！｣
｢ハハハ、いや、すまない。･･･さて、もう少しだけやってお前達は帰れ。後は私がやっておく｣

新瀬時光(あらせ　ときみつ)。魂の研究者。彼の事をよく知る者はアカデミアでは少ない。彼のファン的存在である女子生徒達にとっては、それも魅力であるが。