TURN 37 出会―星の降る宇宙で―上　作：Dann

　夜。治安維持局捜査課長室。

　「失礼します。空　零時です。報告書の提出に来ました」
　「ああ、お疲れ様。そこに置いてといてくれたまえ」

　執務席に座っていた美形の男性は目の前の零時に言った。

　「……課長……また萌えの研究ですか？」
　「うむ。だが、報告書が来たのならさっさと目を通して研究を続行しなければな」

　捜査課長、茲呂亜　白斗（ココロア　ホワイト）。
　銀髪。眼鏡。長身。机の上には書類と日の丸扇子。手には一冊の本。後ろの棚には多くの事件の資料と共に……フィギュアも多数。
　左の壁には大きく「萌」と書かれた掛け軸。

　「いい加減慣れましたが……なんで萌えなんですか？」
　「うむ、最近の社会は可愛らしい少女の絵やら装束やらが流行っているからな。どういう形で人々に広まっていくのかに興味が湧いてねぇ」
　「そうですか。はぁ……失礼しました……」

　溜息を吐きながら零時は課長室を後にした。

　「ふむ……報告書を、と……」

　白斗は零時の提出した報告書に目を通す。

　「影天　悠美」追跡中に、新ダイダロスブリッジ建設現場付近にて所属不明の黒いデュエル用のロボットと遭遇。
　「影天　悠美」と共闘し、タッグデュエルにてこれを撃退。
　他にも幾つかの同型の個体が確認できたが、その場に居合わせた民間人、「遊幻　雀夜」、「神崎　葵」、「獣田　狩」、「小野寺　真」らが駆逐した。

　そこで白斗は読み進めるのを一旦止めた。

　「遊幻　雀夜……？」

　聞き覚えのある名前に白斗が怪訝な表情を浮かべる。
　気になり、その名前で自身の記憶に検索を掛けた。

　「確か……カード窃盗の罪で逮捕され、マーカーを入れられた少年だったか……」

　紺色の髪の少年を白斗は覚えていた。
　と言っても直接の面識は無いし、自分が何かした訳でもない。

　「……結局の所、あれは冤罪だったな。マーカーのデータも消されて今は無効……ん？」

　自分が発した言葉に疑問を持ち、白斗はその報告書を手に、足早に自分の執務席に戻った。

　「遊幻　雀夜……彼に入れられたマーカーのIDは確か……」

　“S1C3Y1－33”

　一応それぞれ部署のトップのデータバンクにそのIDは記録されている。
　ただし、中身は空っぽ。
　何も残されては居ない。
　あるのは名前だけ。

　「…………ふむ……ま、何も分からんか……」

　零時の報告書を有る程度読み終えた白斗は、再び先ほどの本を読み始めた。


◆


　明け方。雀夜宅。

　「……ん？」

　雀夜は朝早くに目を覚まし、使うかどうかも定かではない郵便受けの中を覗いていた。

　「…………Ｄ－ホイール……ライセンス取得についての通知……？」

　文面から察するに、治安維持局からの通知だろう。
　最近はＤ－ホイールを用いた犯罪が多発しているらしく、それを防ぐための一つの手段として、Ｄ－ホイールとその乗り手のデータを治安維持局に登録する。犯罪が起こった場合、登録されたデータを元に犯罪者を判別、即座に逮捕できるようにした…………らしい。

　「つまりは……この俺にセキュリティに行けってか……」

　どす黒い目で雀夜はその通知を見つめていた。
　と、視界から自分が持っていた紙が消えた。

　「はいはい。新聞や大事な文書はさっさとお家の中に入れる入れる」

　声のする方を見ると、また見る者の目を釘付けにするような露出の多い服装の悠美が通知をヒラヒラはためかせながら立っていた。

　「あんた……寒くないのか？」

　まだ肌寒い明け方。
　それなのに目の前の女性は肘から下や腹、太ももから下の肌を外気に晒している。
　普通の人ならすぐにくしゃみをするか、風邪を引くだろう。

　「全然？」
　「あぁ、そぅ……」

　雀夜は呆れながら家に戻った。

　「あ、待ってよ、家主さ～ん」

　後ろから聞こえてくる間の抜けた声に雀夜は頭を抱える。

　なぜこの女性はこんな性格なのか。
　なぜこの女性は異様に速いのか。
　なぜこの女性が“ＩＤ”なのか。
　なぜ……この女性は自分の家に居候しているのか……

　意識せずとも考えるだけ無駄な事を考えてしまう。
　そこで雀夜は考えるのをようやく止める事ができた。

　「……飯でも作るか」

　狩も真もまだ起きては居ない。
　なら先に起きた自分が朝食の用意をするべきだ。
　早速雀夜は台所と決闘を始めた。


//今更ながら、上下だけじゃなくて上中下に分けちゃえばよかったねって…………