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11 Date time 作:ター坊
「なんでこんな事に…」
「まぁ結果が結果だし」
アカデミアの校門前でおめかしして並ぶ遊路と千夏。その光景はまるで仲良し兄妹か恋人のような…。
当然、帰る前提なのでこの世界の女性に手を出す気もない遊路と色気より食い気の千夏がゴールインしてカップルになった…なんていうロマンス展開はあり得ない。
事の発端は千夏の特訓だった。千夏はハングリー精神が旺盛で、あらゆる戦術を愛用のHEROデッキに組み込み、日夜遊希の背中を追っている。そんな千夏はたとえ異世界の力を抜きにしてもかなりの実力者である遊路に特訓相手を頼んだのだ。しかし頼んだ相手のイタズラ心が発動してしまったのが運の尽きだった。
「なら気合が入る方式でやろう。罰ゲームルールだ」
罰ゲームルール。それは遊路が自身の世界で実践していた特訓法である。ただ漠然とデュエルを重ねるのではなく、何か退けない要因を自ら課して気持ちを引き締めて実力以上の力を引き出すことが狙いの特訓法だ。しかも今回は本人ではなく仲間に罰ゲームが降りかかるので友を大事にする千夏にとってはまさに負けられない理由となる。
巻き込まれる事になった遊月と美羽は遊路の勝利を信じているので快諾し、遊希・綾香・詩織・エヴァも千夏のためになればと参加したが不安要素があった。
「ねぇ遊路。罰ゲームってなんなの?」
「それはこれさ」
遊希の質問の答えとして遊路はトランプとお菓子の空き箱を取り出した。箱の中には折り畳んだ紙がどっさり入っている。
「例えばトランプを引いて…ハートは…適当に遊希だとして、次に空き箱から紙を1枚引いてその紙に書かれている指示をやるんだ。ちなみに本番だったら今ので遊希はパシりでコンビニに買い出しに行く羽目になる、って訳だ」
「なるほど…」
「じゃあ始めるぞ」
「絶対に遊希達に罰ゲームなんかさせないんだから!」
こうして息巻く千夏だが…
1戦目
千夏:LP 1200→0
「うっ…負けた…」
「じゃあ引くぞ。罰ゲームは誰がナニするのかな~♪」
ペラッ『スペード(綾香)』
ピラッ『は今日1日、勝者のことをダーリンまたはハニーと呼ぶ』
「フフっ…。面白いのが来たな」
「なっ…。嫌よそんなの」
綾香は当然の拒絶反応を示す。
「綾香。もしここでなぁなぁで罰ゲームを適当にやったら千夏が悔しがらずに気持ちが入らない。ふざけてると思っても全力でやるんだ」
遊路は大真面目に言っているが、内心、笑いが吹き出すのを必死に耐えている。
「くっ…覚えておきなさいよ…ダ、ダーリン…」
「よ、よし良いぞ…」
「くっ。綾香ごめん…。絶対に吠え面かかせてやるんだから!」
しかし現実は非情で…
2戦目
千夏:LP 3100→0
ペラッ『ハート(遊希)』
ピラッ『に勝者が即席で考えた恥ずかしい台詞を全力で言ってもらう(納得いくまでリテイク可)』
3戦目
千夏:LP 1500→0
ペラッ『クラブ(詩織)』
ピラッ『をモデルに好きな指示を出して写真を1枚撮る』
千夏の仲間達は続々と恥辱に呑まれていく。
「ゆう…だ、ダーリン強すぎ…」
「千夏サンも実力者の筈ですがこうも勝てないとは…」
自分が勝てないことへの不甲斐なさからか、千夏は俯いて黙ってしまう。
「…ねぇ遊路」
「なんだ」
「あなたが遊希に匹敵する最強クラスのデュエリストっていうのを認めるわ!だから今度は自分を賭ける!これ以上私のせいで仲間に恥ずかしい思いはさせない!!」
「別に構わないけど…」
4戦目
千夏:LP 100→0
「今までで一番惜しかったが…残念だったな」
「くっ…私もデュエリストの端くれ…。こうなったら腹踊りでも何でもやってあげるわ!」
「いや、別にそんな指示は書いてないから。普通に引いてくれ」
「ならこれよ!」
ピラッ(千夏)『は今度の日曜日に勝者と1日デートする』
「え…」
こうして冒頭のシーンという訳である。
「…」
千夏は普段Tシャツ+ハーフパンツなどボーイッシュな服装を好むが、今日は違っていた。
ボーダーのインナーシャツにブルーのデニムのアウター、レモン柄の黄色のヒラヒラしたスカート、素足におしゃれなサンダル、向日葵をあしらった麦わらミニハット風のヘアピン飾り、
と千夏らしい活発さとらしくない女の子らしさが同居したコーディネートである。これは遊希達の仕業で、罰ゲームで恥ずかしい思いをしたんだからアンタもね、ということらしい。千夏は制服以外では履かないスカートが落ち着かないのか口数が少ない。
「へぇ。デートが嫌なら指定ジャージでも良かったのにずいぶんとまぁ…」
「これは遊希達が勝手に…。どうせ似合ってないわよ」
「そうか?結構似合ってて可愛いと思うけどな。新しい一面を発掘できたっていうか」
「…ふーん」ジトー
「…?とりあいず今日はよろしくな」
「まぁ約束は守るわよ」
千夏はぶっきらぼうに歩みだし、遊路もそれに続く。
「さて、千夏がデートとか全然想像できないけど、どうなるのやら」
「コレッテ ストーカー ッテヤツナノデハ」
「馬鹿野郎。こんな面白いの見なきゃ損だろ」
当然、こんなイベントにじっとしているメンバーではなく、遊希達に加えて話を聞き付けたスティーブンと朱里那も面白半分でこっそり着いてくる。
「…遊路さん」
さらにもう一人の影があるが、その影に誰も気付かないでいた。
遊路と千夏はまず駅に向かい、街中央にある繁華街を目指すようだ。しかし今日は日曜日ということもあり、電車内はすし詰め状態である。そんな中で遊路は小柄な千夏が人混みに揉まれないように電車のドア際で壁となっていた。
「やっぱり混むんだな」
「そうね。けど今日はまだ緩い方よ」
「そう…なのか?うぉっ!」
電車のカーブの慣性で人波がどっと遊路の背中を押すが千夏を潰すまいと遊路はドアに手をついて踏ん張る。
「ふぅ…」
「別にそんな風にしなくても慣れてるから平気よ」
「いやいや。こう一緒にいないとはぐれそうだからさ。はぐれたら俺が困る」
「…それもそうね。よし、壁役に任命するわ」
「なんだその役」
ピンポーン《The next station is Harayado.The doors on the right side will open.》
「この駅で降りるわよ」
「今右が開くって言ったからここで待てばいいな」
ちょうどいい場所に陣取っていたおかげで遊路と千夏は人波に乗って割とスムーズに降りることができた。一方で…
「ふぅー!出れた」
「日本の満員電車、相変わらず凄いデスネ」
「あら?美羽様達は?」
無事に下車できたのは綾香・エヴァ・遊月の3人だけだった。
「あ、遊希」
綾香は窓辺に乗り遅れた遊希達の姿を確認したものの、電車は扉を閉めて次の駅に向かって走ってしまった。それを見送った数秒後に綾香のスマホに着信音が入る。
「ん…遊希からだわ。先に行ってて、だって」
「オウ…」
「あっ、遊路様達が行ってしまいます」
遊希達が気になる綾香達3人だが、本来の目的のために遊路と千夏の観察を続ける事にした。
原宿(はらやど)。主に10~20代前後の若い世代をターゲットとし、最新のグルメやブラ ンド店が並び立つ日本屈指の繁華街である。
「へぇ名前だけじゃなくて雰囲気も似てるな」
「そうなの?」
「ああ。じゃあまず何処に案内してくれるんだ?」
「そうね…まずはあそこね!」
千夏の中では最初の行き先は決まっているようで、そのまままっすぐ行こうとする。
「ちょっと待て」
「え?何よ」
「一応罰ゲームでデートってワケだし、手を繋いで歩かないか?」
「はぁっ!?」
「遊希は顔を真っ赤にして演技してくれたし、詩織に至ってはボディーペイントまで許したんだぞ?全員お前のために相応の屈辱を受けているのに当の本人が罰ゲームに逃げ腰でどうする」
「に、逃げた覚えはないし!…いいわ。ほら、行くよ!!」
千夏はやや乱暴に遊路の手を掴むとグイグイ引っ張るように早足で横断歩道を渡っていった。
(…ついてきてるのは遊月と綾香、エヴァ…それと分からない奴が1人か)
遊路は向こうの世界では記者やファンに尾行される事が多いのでこの手の気配には割と敏感である。
(まぁ害はないし、千夏が怒ってデート中止の可能性もあるから知らないフリしておこ)
さて、遊路が最初に連れてこられた場所は千夏らしいチョイスの場所だった。
「カードショップ…ブルーマリン?」
原宿は若者の街だけあって、カードショップもオシャレだった。ビルの間にある小さなショップだが青のグラデーションの外壁と金の縁取りのドアはパッと見、流行りの美容室か旨い料理が出てくる隠れ家的イタリアンレストランのような様相である。
「前に遊希達とも来た事があって、結構な穴場なのよ」
「へぇー」
遊路は千夏に案内されるままに店に入る。
店内のショーケースには古今様々なカードの他、外国からの取り寄せなのか英語版やドイツ語版などの日本ではお目にかかりにくい品も並べられていた。
「うーん。ん?」
遊路が店内を見渡すとレジ横に気になるものがあった。
「ブルーマリン…オリジナルパック?」
「お客様初めてですか?」
「えっ、はい」
「こちらは当店で扱っている日本語版カードのランダム5枚の詰め合わせとなっております。ただ、パックの内容は必ず価格以上ですので是非お試し下さい」
要するにカードの福袋みたいなものだが、店のロゴが印刷されたりなかなか気合が入った手作りパックである。遊路がそれに多少の興味を示して眺めていると千夏が寄ってきた。
「あーそれね。…そうだ、それでパック引きの勝負しない?」
「別に構わないが、俺はこの手の引きも強いぞ?」
せめて連敗の雪辱を晴らそうと純粋な運で勝負を仕掛けてきた千夏と運に自信がある遊路。お互いに200円出してそれぞれが選んだ1パックを購入して開封する。
「う~!!高いのも欲しいのもなかった…!」
千夏の結果はイマイチだったが、
「おっ、『幽鬼うさぎ』」
「ええっ!?」
「お客様良い引きですね!」
さすが遊路といったところ。200円でそれほどのカードを手に入ったならば充分儲けものであろう。
「ん?それは?」
千夏は悔しがると思いきや関心は別のカードに移っていた。それは神が下界を指指すようなカードで、遊路が買ったパックに混ざっていた。
「あー、そのカードは今月発売されたパックに入ってたウルレア枠になりますね」
どうやら世に出たばかりのカードのようで千夏の記憶にもないようである。
「ちょっと見せて」
「ああ」
「…ふーん。結構相手選ぶわね」
「確かにな。LPコストもでかいし、俺のデッキとは相性悪いかもな…」
ブルーマリンを出た遊路と千夏はおなかが空いたということで時間的には少し早めのランチにしようと駅前に戻り、そこから続く飲食店が連なるストリートに入る。ガヤガヤ流れる人混みの両サイドにはバターの匂いが漂うベーカリー、パスタが自慢と掲げるカフェ、クレープやアイスのデザート店など華やかな店が並ぶ。しかし千夏はそれらに目もくれず、メインストリートから外れた路地に入る。
「お昼はここよ!」
「拉麺…豚バ カ一代?」
そこはメインストリートのキラキラしたお店とは違って、焦げ茶色の無骨な壁に達筆な黒文字で店名が書かれた白い暖簾が下がるやや地味めなラーメン屋であった。遊路も別にラーメンに異論はないので黙って千夏についていく。
「いらっしゃい!!」
千夏達が店に入ると威勢の良い挨拶が厨房から飛んでくる。千夏と遊路は手近なカウンター席に座り注文を済ませる。
「他のみんなとはこういうお店なかなか来れないのよね」
「そうなんだ。どうして?」
「みんなガッツリ系が苦手で…。特に詩織とエヴァはあんまり好きじゃないみたい」
「ふーん。意外と気を遣ってるんだな」
「どういう意味よ」
「一見大雑把そうだけどみんなの好みを把握したり仲間の為に頑張ったり、お姉ちゃんしてるなー、という意味だけど?」
「まぁね」
千夏はこれでも陽川家4姉弟の長女、リーダーシップとは少しニュアンスが異なるが先頭にいると頼りになるタイプである。
「へいお待ち!!豚バ カラーメン2つと豚バ カ炒飯と餃子になります!」
「おぉ…」
豚バ カラーメンは油が浮く白濁の豚骨スープに、茶色く煮込まれた極厚角煮と煮卵、花弁のように並ぶ叉焼に紅しょうがとヘビーな一品。それに加えて千夏はサイコロみたいな叉焼がゴロゴロ入った豚バ カ炒飯、遊路は5つで1人前の餃子を追加している。
「ちょっと多かったかな」
「そう?デュエリストたる者、エネルギーつけなきゃね!いただきます!」
その小さな体の何処にそんなにキャパシティがあるのか、千夏は苦もなく豚バカラーメンの麺を食べていった。
一方の綾香達はというと、遊路と千夏がラーメン屋に入ったのを確認した後、少し離れた物陰で二人が出てくるのを待ち構えていた。
「迂闊に食事してたら見逃すからね」
「綾香さん!遊月さん!買ってきマシタ!」
エヴァは大きめのコンビニ袋を手に二人の元に戻ってきた。
「エヴァ様、ありがとうございます」
「何買ってきてくれたの?」
「ハイ!ニッポンの刑事ドラマで見ました!ハリコミの定番はアンパンとパック牛乳デス!!」
気分は刑事か探偵、綾香達はすっかり尾行観察を楽しんでいた。
しばらくして、ラーメン屋から出てきた遊路と千夏は次の行き先を話し合った。
「うぷっ、ちょっと食べ過ぎたか…?」
「だらしないわよ。で、次は何処に行くの?」
「そうだな…次はショッピングモールとかかな。カード以外の買い物もしたいし、遊月と美羽にも手土産を買ってやりたいし」
「そっか。うんと、ここから近い場所と言えば…あそこね」
それはデートというよりは仲良し兄妹のお出掛けみたいな風景であった。
歩いて10分程、お目当てのショッピングモール・ジュウプラザ原宿に着いた。1階にはフードコートや化粧品・宝石店などのテナントが軒を連ね、吹き抜けになっている2~5階はファッションや本・オモチャなどの店やゲームセンター・キッズスペースが並ぶ。
「遊月さんと美羽さんのお土産か…私も遊希達に何か買ってきてあげようかな」
「じゃあ銘菓的なものが良いかな。俺達向こうに帰ったら食べられないし」
「そうね。確かそういうお店は2階だったかな…あ、やっぱりそうだ」
入り口のマップを確認して遊路と千夏は菓子メーカーのテナントが並ぶコーナーに向かう。
目的地に着いて各々見るが、千夏は目移りしていた。
「普段、こんなの買わないもんなー」
お菓子といってもスーパーやコンビニに置いてあるようなものとは格が違う。チョコやクッキーも銘菓というだけで通常のそれの10倍以上の値段で、遊希やエヴァならまだしも千夏のような並の高校生のお小遣い程度ではホイホイ買う事は難しい。
「うん?」
「え?」
千夏が振り返ると遊路がいたが、その手にはお菓子が5箱くらい積み重なっていた。
「ちょっ、それ全部買うの!?」
「ああ。実は藤堂グループから貰ったクレジットカードがあってな。上限は200万だったかな」
「二、ニヒャク!?チートじゃない!」
「確かに余りある恩恵だけど貰った権利はありがたく使わないと。お前の分も買えるぞ」
「え、でも…」
「よく考えてみろ。くじ引きで家電をゲットしたのにタダで貰ったのは申し訳ないと倉庫にしまう奴がいるか?それに高級バッグとか宝石とかの何十万もする高価なものでもないし、金にモノを言わせてのカードの買い占めとか、デュエリストとして下品な行いでもない。たまにする贅沢ってことで良いんじゃないか?」
「う…うぅ…」
遊路の悪い笑みからの魅惑的な誘いに千夏も心を揺さぶられ、使わせてもらうのは今回だけね!と念を押して遊路のお土産にさらに7箱重ねた。
それからもアクセサリー店やゲーセンも廻り、フードコートで一休みしている時だった。
「…そうだ。ちょっとトイレ行ってくるから荷物見ててくれるか?」
「別にいいけど」
遊路が席を離れてしばらくすると、千夏にとって身近すぎる人物が現れる。
「あっ、千夏姉!」
「小春!」
千夏の3つ下の妹、小春である。小春は中学校での友人を二人連れて遊びに来ていたが、違う場所に住む姉妹がプライベートで鉢合わせになるとはなかなか珍しい事もある。
「へぇ、小春ちゃんのお姉さんなんだ。可愛いね」
千夏は妹より背は低いが、できる女なのでその程度で怒りを露にはしない。高校生の先輩らしく振る舞う。
「妹がお世話になってるわね。それより小春。遊ぶのも良いけど、ちゃんと門限守るのよ」
「分かってるって。それよりも千夏姉の格好どうしたの?絶対千夏姉のセンスじゃないけど」
「えっ、これは…その…色々あったのよ。それよりも」
デュエルに負けた罰ゲームのデートと言ったら笑われそうなので千夏は強引に話を逸らそうとするが
「お待たs…ん、その子達は?」
事態をややこしくする遊路が戻ってきた。
「えええっ!?千夏姉にと、とうとう彼氏が!?」
「ちょっ小春!違うってば」
「照れなくていいよ千夏姉。おめでとう!」
「わぁ、カッコイイ人ですね」
「小春のお姉さん、おめでとうございます」
「あぁ…」
勘違いの連鎖に冷や汗が垂れる千夏だがここで遊路が切り込む。
「あー、盛り上がってるところ悪いけど千夏とはそういう関係じゃないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「まぁ腐れ縁というかなんというか…ただの友達だし、俺自身別の子と付き合ってるし」
「それじゃあどうして千夏姉と二人っきりで…」
「転校生のお祝いパーティーで色々買い出しに来てたんだよ。俺達以外にもいるんだけど、何をやってるのか全然戻ってこないし電話にも出ないしで困ってるんだ」
「あっ、そう…ですか…」
デートではないと知るやいなや見るからに小春のテンションはだだ下がりで元気な声も萎んでいった。
「でも…よく考えたらそうよね。千夏姉が恋愛って全然ピンって来ないもん」
「ちょっと小春。それどういう意味かしら?」ギロリ
「あっ!?いや…」
千夏の蛇のような睨みに、軽口を叩いた小春はたちまち固まった。尤も、千夏は女子力は高いがサバサバとした性格で体型も子ども寄りなので、恋愛対象になりにくく本人も恋愛には走りにくいという小春の示唆もあながち間違いではない。そんな姉妹のやり取りを遊路は面白おかしく静観していたが、一応千夏のフォローに入る。
「まぁ確かに千夏はちっちゃいけど姉御肌って感じだから、案外強気な女の子に引っ張られたいって男にはウケが良いかもな」
「そう…ですか?じゃあ将来の義兄は千夏姉に叱られたいドM男…うーん…」
「…まぁアレだ。蓼(たで)食う虫も好き好きってやつだ」
「遊路。それ私の事ディスってない?」
「はて、なんの事やら?」
そんな笑い混じりでしばらく話すと小春達はそろそろ帰りますと遊路達から離れていった。
「…ふぅ。ありがとうね」
「え、何が?」
「もしあのまんま彼氏疑惑が晴れなかったらお母さんにまで知られて大騒動になるところだった」
「そりゃあ大変そうだもんな」
「…私達もそろそろ帰らない?」
「そうだな。罰ゲームもこのくらいで良いだろ」
「今度は絶対に負けないからね!」
「まだ諦めてなかったのか?」
「ふんっ。私の辞書に諦めるなんて言葉はないわ!絶対勝ってギャフンと言わせるんだから!」
「俺がこっちにいる間に出来ると良いな」
「くっ!勝ってるからって調子乗っちゃって…!」
「ふむ…じゃあこれで機嫌直せよ」
そう言って遊路は千夏に青い小箱を渡した。
「何よこれ」
「今日1日付き合ってくれたお礼というか、一応デートだしプレゼントだ」
「…ふーん。開けていい?」
「開けちゃダメならプレゼントじゃないだろ」
千夏はその小箱をそっと開いた。
「これって…」
中身は金色の小さな筒。千夏がそれを手に取りキャップを外すとピンクの硬い棒状の部分が露出した。
「口…紅?私には合わないと思うんだけど」
「それはたぶんやったことないからだ。男の俺が言うのもアレだが口紅の有り無しでもだいぶ女の印象が変わると思うぞ。騙されたと思って塗ってみるか?」
「…じゃあ…」
千夏は遊路に口紅を渡す。
「よしじゃあ顔を前に出せ」
「こう?」
「そうそう。じゃあ塗ってくぞ」
遊路は千夏の顎を軽く持つ。
「…じっと見られるとやりにくいな。目ぇ閉じてろ」
「…」
千夏が遊路の言う通り目を閉じると、千夏の唇に口紅を施していく。
(なんか…キス待ちみたいなんだけど…)
「…できた」
口紅を塗ったのは数秒だけだが、刹那の羞恥を終えて千夏はバッと目を見開く。
「って、よく考えたら鏡ないと分からないじゃない」
「そうでもないぞ。ほら」
遊路は千夏にスマホを渡す。画面は自撮りモードになっており、応急の鏡となっていた。
「あっ…」
ただ単に唇が変わっただけ。それなのに艶やかに煌めくピンクは元からこうあった風に自然ながらも普段では感じない魅力を醸し出していて、千夏は息を漏らしてしまう。
「どうだ?」
「わ、悪くないわね。ありがとう」
「どういたしまして」
千夏は遊路を調子付かせないようにクールにお礼を言う。
「ねぇ遊路」
「ん?」
「…遊月さんと美羽さんとのデートもこんな感じなの?」
千夏は今日1日共に行動をして率直に思ったことを遊路に問いてみた。
「うーん…遊月や美羽とのデートが100点だとしたら…今日は60点くらいだな」
「え、低くない?」
「そりゃあ罰ゲームとはいえ嫌がらないようにお触りとか控えてたからな。…もしかしてそういうのをご所望だったか?」
遊路は千夏の心を弄んで楽しむような余裕の表情で笑ってみせる。
「…馬鹿!スケベ!変態!!もう帰るわよ!」
その表情にムカついたのか、それとも遊路の所々で見せてくれた心遣いと悪戯心に翻弄される自分に対する苛立ちなのか、千夏はドスドスと出口に向かって歩いていった。
次回予告
エヴァ「オオギリって面白いデスネ!皆さんもやって欲しいデス!お題はコチラ!」
《のほほんとした遊戯王 ノーレコード・メモリーに急展開が!?何が起こった?》
詩織「え、起こったら大変なことですよね?じゃあ…」
《隕石が落ちてくる》
遊希「たかが石ころ一つ、ギャラクシーアイズで押し出してやる!…って出来ないわよ!宇宙規模は大きすぎるし…デュエルモンスターズ関係で考えたら」
《復活したグールズと対決する》
綾香「悪党成敗は盛り上がるよね」
美羽「でも、こういうタイプも良いんじゃない?」
《お互いに大切な者を救う為にぶつかる》
詩織「なんだかどれも凄そうですね」
エヴァ「では実際はどうなのか、次回第12話『Project R・A・S』をご覧下サイ!」
遊路「もしかしたらこれかもしれないな」
《作者の不適切描写で打ち切り》
全員「や・め・ろ!」
「まぁ結果が結果だし」
アカデミアの校門前でおめかしして並ぶ遊路と千夏。その光景はまるで仲良し兄妹か恋人のような…。
当然、帰る前提なのでこの世界の女性に手を出す気もない遊路と色気より食い気の千夏がゴールインしてカップルになった…なんていうロマンス展開はあり得ない。
事の発端は千夏の特訓だった。千夏はハングリー精神が旺盛で、あらゆる戦術を愛用のHEROデッキに組み込み、日夜遊希の背中を追っている。そんな千夏はたとえ異世界の力を抜きにしてもかなりの実力者である遊路に特訓相手を頼んだのだ。しかし頼んだ相手のイタズラ心が発動してしまったのが運の尽きだった。
「なら気合が入る方式でやろう。罰ゲームルールだ」
罰ゲームルール。それは遊路が自身の世界で実践していた特訓法である。ただ漠然とデュエルを重ねるのではなく、何か退けない要因を自ら課して気持ちを引き締めて実力以上の力を引き出すことが狙いの特訓法だ。しかも今回は本人ではなく仲間に罰ゲームが降りかかるので友を大事にする千夏にとってはまさに負けられない理由となる。
巻き込まれる事になった遊月と美羽は遊路の勝利を信じているので快諾し、遊希・綾香・詩織・エヴァも千夏のためになればと参加したが不安要素があった。
「ねぇ遊路。罰ゲームってなんなの?」
「それはこれさ」
遊希の質問の答えとして遊路はトランプとお菓子の空き箱を取り出した。箱の中には折り畳んだ紙がどっさり入っている。
「例えばトランプを引いて…ハートは…適当に遊希だとして、次に空き箱から紙を1枚引いてその紙に書かれている指示をやるんだ。ちなみに本番だったら今ので遊希はパシりでコンビニに買い出しに行く羽目になる、って訳だ」
「なるほど…」
「じゃあ始めるぞ」
「絶対に遊希達に罰ゲームなんかさせないんだから!」
こうして息巻く千夏だが…
1戦目
千夏:LP 1200→0
「うっ…負けた…」
「じゃあ引くぞ。罰ゲームは誰がナニするのかな~♪」
ペラッ『スペード(綾香)』
ピラッ『は今日1日、勝者のことをダーリンまたはハニーと呼ぶ』
「フフっ…。面白いのが来たな」
「なっ…。嫌よそんなの」
綾香は当然の拒絶反応を示す。
「綾香。もしここでなぁなぁで罰ゲームを適当にやったら千夏が悔しがらずに気持ちが入らない。ふざけてると思っても全力でやるんだ」
遊路は大真面目に言っているが、内心、笑いが吹き出すのを必死に耐えている。
「くっ…覚えておきなさいよ…ダ、ダーリン…」
「よ、よし良いぞ…」
「くっ。綾香ごめん…。絶対に吠え面かかせてやるんだから!」
しかし現実は非情で…
2戦目
千夏:LP 3100→0
ペラッ『ハート(遊希)』
ピラッ『に勝者が即席で考えた恥ずかしい台詞を全力で言ってもらう(納得いくまでリテイク可)』
3戦目
千夏:LP 1500→0
ペラッ『クラブ(詩織)』
ピラッ『をモデルに好きな指示を出して写真を1枚撮る』
千夏の仲間達は続々と恥辱に呑まれていく。
「ゆう…だ、ダーリン強すぎ…」
「千夏サンも実力者の筈ですがこうも勝てないとは…」
自分が勝てないことへの不甲斐なさからか、千夏は俯いて黙ってしまう。
「…ねぇ遊路」
「なんだ」
「あなたが遊希に匹敵する最強クラスのデュエリストっていうのを認めるわ!だから今度は自分を賭ける!これ以上私のせいで仲間に恥ずかしい思いはさせない!!」
「別に構わないけど…」
4戦目
千夏:LP 100→0
「今までで一番惜しかったが…残念だったな」
「くっ…私もデュエリストの端くれ…。こうなったら腹踊りでも何でもやってあげるわ!」
「いや、別にそんな指示は書いてないから。普通に引いてくれ」
「ならこれよ!」
ピラッ(千夏)『は今度の日曜日に勝者と1日デートする』
「え…」
こうして冒頭のシーンという訳である。
「…」
千夏は普段Tシャツ+ハーフパンツなどボーイッシュな服装を好むが、今日は違っていた。
ボーダーのインナーシャツにブルーのデニムのアウター、レモン柄の黄色のヒラヒラしたスカート、素足におしゃれなサンダル、向日葵をあしらった麦わらミニハット風のヘアピン飾り、
と千夏らしい活発さとらしくない女の子らしさが同居したコーディネートである。これは遊希達の仕業で、罰ゲームで恥ずかしい思いをしたんだからアンタもね、ということらしい。千夏は制服以外では履かないスカートが落ち着かないのか口数が少ない。
「へぇ。デートが嫌なら指定ジャージでも良かったのにずいぶんとまぁ…」
「これは遊希達が勝手に…。どうせ似合ってないわよ」
「そうか?結構似合ってて可愛いと思うけどな。新しい一面を発掘できたっていうか」
「…ふーん」ジトー
「…?とりあいず今日はよろしくな」
「まぁ約束は守るわよ」
千夏はぶっきらぼうに歩みだし、遊路もそれに続く。
「さて、千夏がデートとか全然想像できないけど、どうなるのやら」
「コレッテ ストーカー ッテヤツナノデハ」
「馬鹿野郎。こんな面白いの見なきゃ損だろ」
当然、こんなイベントにじっとしているメンバーではなく、遊希達に加えて話を聞き付けたスティーブンと朱里那も面白半分でこっそり着いてくる。
「…遊路さん」
さらにもう一人の影があるが、その影に誰も気付かないでいた。
遊路と千夏はまず駅に向かい、街中央にある繁華街を目指すようだ。しかし今日は日曜日ということもあり、電車内はすし詰め状態である。そんな中で遊路は小柄な千夏が人混みに揉まれないように電車のドア際で壁となっていた。
「やっぱり混むんだな」
「そうね。けど今日はまだ緩い方よ」
「そう…なのか?うぉっ!」
電車のカーブの慣性で人波がどっと遊路の背中を押すが千夏を潰すまいと遊路はドアに手をついて踏ん張る。
「ふぅ…」
「別にそんな風にしなくても慣れてるから平気よ」
「いやいや。こう一緒にいないとはぐれそうだからさ。はぐれたら俺が困る」
「…それもそうね。よし、壁役に任命するわ」
「なんだその役」
ピンポーン《The next station is Harayado.The doors on the right side will open.》
「この駅で降りるわよ」
「今右が開くって言ったからここで待てばいいな」
ちょうどいい場所に陣取っていたおかげで遊路と千夏は人波に乗って割とスムーズに降りることができた。一方で…
「ふぅー!出れた」
「日本の満員電車、相変わらず凄いデスネ」
「あら?美羽様達は?」
無事に下車できたのは綾香・エヴァ・遊月の3人だけだった。
「あ、遊希」
綾香は窓辺に乗り遅れた遊希達の姿を確認したものの、電車は扉を閉めて次の駅に向かって走ってしまった。それを見送った数秒後に綾香のスマホに着信音が入る。
「ん…遊希からだわ。先に行ってて、だって」
「オウ…」
「あっ、遊路様達が行ってしまいます」
遊希達が気になる綾香達3人だが、本来の目的のために遊路と千夏の観察を続ける事にした。
原宿(はらやど)。主に10~20代前後の若い世代をターゲットとし、最新のグルメやブラ ンド店が並び立つ日本屈指の繁華街である。
「へぇ名前だけじゃなくて雰囲気も似てるな」
「そうなの?」
「ああ。じゃあまず何処に案内してくれるんだ?」
「そうね…まずはあそこね!」
千夏の中では最初の行き先は決まっているようで、そのまままっすぐ行こうとする。
「ちょっと待て」
「え?何よ」
「一応罰ゲームでデートってワケだし、手を繋いで歩かないか?」
「はぁっ!?」
「遊希は顔を真っ赤にして演技してくれたし、詩織に至ってはボディーペイントまで許したんだぞ?全員お前のために相応の屈辱を受けているのに当の本人が罰ゲームに逃げ腰でどうする」
「に、逃げた覚えはないし!…いいわ。ほら、行くよ!!」
千夏はやや乱暴に遊路の手を掴むとグイグイ引っ張るように早足で横断歩道を渡っていった。
(…ついてきてるのは遊月と綾香、エヴァ…それと分からない奴が1人か)
遊路は向こうの世界では記者やファンに尾行される事が多いのでこの手の気配には割と敏感である。
(まぁ害はないし、千夏が怒ってデート中止の可能性もあるから知らないフリしておこ)
さて、遊路が最初に連れてこられた場所は千夏らしいチョイスの場所だった。
「カードショップ…ブルーマリン?」
原宿は若者の街だけあって、カードショップもオシャレだった。ビルの間にある小さなショップだが青のグラデーションの外壁と金の縁取りのドアはパッと見、流行りの美容室か旨い料理が出てくる隠れ家的イタリアンレストランのような様相である。
「前に遊希達とも来た事があって、結構な穴場なのよ」
「へぇー」
遊路は千夏に案内されるままに店に入る。
店内のショーケースには古今様々なカードの他、外国からの取り寄せなのか英語版やドイツ語版などの日本ではお目にかかりにくい品も並べられていた。
「うーん。ん?」
遊路が店内を見渡すとレジ横に気になるものがあった。
「ブルーマリン…オリジナルパック?」
「お客様初めてですか?」
「えっ、はい」
「こちらは当店で扱っている日本語版カードのランダム5枚の詰め合わせとなっております。ただ、パックの内容は必ず価格以上ですので是非お試し下さい」
要するにカードの福袋みたいなものだが、店のロゴが印刷されたりなかなか気合が入った手作りパックである。遊路がそれに多少の興味を示して眺めていると千夏が寄ってきた。
「あーそれね。…そうだ、それでパック引きの勝負しない?」
「別に構わないが、俺はこの手の引きも強いぞ?」
せめて連敗の雪辱を晴らそうと純粋な運で勝負を仕掛けてきた千夏と運に自信がある遊路。お互いに200円出してそれぞれが選んだ1パックを購入して開封する。
「う~!!高いのも欲しいのもなかった…!」
千夏の結果はイマイチだったが、
「おっ、『幽鬼うさぎ』」
「ええっ!?」
「お客様良い引きですね!」
さすが遊路といったところ。200円でそれほどのカードを手に入ったならば充分儲けものであろう。
「ん?それは?」
千夏は悔しがると思いきや関心は別のカードに移っていた。それは神が下界を指指すようなカードで、遊路が買ったパックに混ざっていた。
「あー、そのカードは今月発売されたパックに入ってたウルレア枠になりますね」
どうやら世に出たばかりのカードのようで千夏の記憶にもないようである。
「ちょっと見せて」
「ああ」
「…ふーん。結構相手選ぶわね」
「確かにな。LPコストもでかいし、俺のデッキとは相性悪いかもな…」
ブルーマリンを出た遊路と千夏はおなかが空いたということで時間的には少し早めのランチにしようと駅前に戻り、そこから続く飲食店が連なるストリートに入る。ガヤガヤ流れる人混みの両サイドにはバターの匂いが漂うベーカリー、パスタが自慢と掲げるカフェ、クレープやアイスのデザート店など華やかな店が並ぶ。しかし千夏はそれらに目もくれず、メインストリートから外れた路地に入る。
「お昼はここよ!」
「拉麺…豚バ カ一代?」
そこはメインストリートのキラキラしたお店とは違って、焦げ茶色の無骨な壁に達筆な黒文字で店名が書かれた白い暖簾が下がるやや地味めなラーメン屋であった。遊路も別にラーメンに異論はないので黙って千夏についていく。
「いらっしゃい!!」
千夏達が店に入ると威勢の良い挨拶が厨房から飛んでくる。千夏と遊路は手近なカウンター席に座り注文を済ませる。
「他のみんなとはこういうお店なかなか来れないのよね」
「そうなんだ。どうして?」
「みんなガッツリ系が苦手で…。特に詩織とエヴァはあんまり好きじゃないみたい」
「ふーん。意外と気を遣ってるんだな」
「どういう意味よ」
「一見大雑把そうだけどみんなの好みを把握したり仲間の為に頑張ったり、お姉ちゃんしてるなー、という意味だけど?」
「まぁね」
千夏はこれでも陽川家4姉弟の長女、リーダーシップとは少しニュアンスが異なるが先頭にいると頼りになるタイプである。
「へいお待ち!!豚バ カラーメン2つと豚バ カ炒飯と餃子になります!」
「おぉ…」
豚バ カラーメンは油が浮く白濁の豚骨スープに、茶色く煮込まれた極厚角煮と煮卵、花弁のように並ぶ叉焼に紅しょうがとヘビーな一品。それに加えて千夏はサイコロみたいな叉焼がゴロゴロ入った豚バ カ炒飯、遊路は5つで1人前の餃子を追加している。
「ちょっと多かったかな」
「そう?デュエリストたる者、エネルギーつけなきゃね!いただきます!」
その小さな体の何処にそんなにキャパシティがあるのか、千夏は苦もなく豚バカラーメンの麺を食べていった。
一方の綾香達はというと、遊路と千夏がラーメン屋に入ったのを確認した後、少し離れた物陰で二人が出てくるのを待ち構えていた。
「迂闊に食事してたら見逃すからね」
「綾香さん!遊月さん!買ってきマシタ!」
エヴァは大きめのコンビニ袋を手に二人の元に戻ってきた。
「エヴァ様、ありがとうございます」
「何買ってきてくれたの?」
「ハイ!ニッポンの刑事ドラマで見ました!ハリコミの定番はアンパンとパック牛乳デス!!」
気分は刑事か探偵、綾香達はすっかり尾行観察を楽しんでいた。
しばらくして、ラーメン屋から出てきた遊路と千夏は次の行き先を話し合った。
「うぷっ、ちょっと食べ過ぎたか…?」
「だらしないわよ。で、次は何処に行くの?」
「そうだな…次はショッピングモールとかかな。カード以外の買い物もしたいし、遊月と美羽にも手土産を買ってやりたいし」
「そっか。うんと、ここから近い場所と言えば…あそこね」
それはデートというよりは仲良し兄妹のお出掛けみたいな風景であった。
歩いて10分程、お目当てのショッピングモール・ジュウプラザ原宿に着いた。1階にはフードコートや化粧品・宝石店などのテナントが軒を連ね、吹き抜けになっている2~5階はファッションや本・オモチャなどの店やゲームセンター・キッズスペースが並ぶ。
「遊月さんと美羽さんのお土産か…私も遊希達に何か買ってきてあげようかな」
「じゃあ銘菓的なものが良いかな。俺達向こうに帰ったら食べられないし」
「そうね。確かそういうお店は2階だったかな…あ、やっぱりそうだ」
入り口のマップを確認して遊路と千夏は菓子メーカーのテナントが並ぶコーナーに向かう。
目的地に着いて各々見るが、千夏は目移りしていた。
「普段、こんなの買わないもんなー」
お菓子といってもスーパーやコンビニに置いてあるようなものとは格が違う。チョコやクッキーも銘菓というだけで通常のそれの10倍以上の値段で、遊希やエヴァならまだしも千夏のような並の高校生のお小遣い程度ではホイホイ買う事は難しい。
「うん?」
「え?」
千夏が振り返ると遊路がいたが、その手にはお菓子が5箱くらい積み重なっていた。
「ちょっ、それ全部買うの!?」
「ああ。実は藤堂グループから貰ったクレジットカードがあってな。上限は200万だったかな」
「二、ニヒャク!?チートじゃない!」
「確かに余りある恩恵だけど貰った権利はありがたく使わないと。お前の分も買えるぞ」
「え、でも…」
「よく考えてみろ。くじ引きで家電をゲットしたのにタダで貰ったのは申し訳ないと倉庫にしまう奴がいるか?それに高級バッグとか宝石とかの何十万もする高価なものでもないし、金にモノを言わせてのカードの買い占めとか、デュエリストとして下品な行いでもない。たまにする贅沢ってことで良いんじゃないか?」
「う…うぅ…」
遊路の悪い笑みからの魅惑的な誘いに千夏も心を揺さぶられ、使わせてもらうのは今回だけね!と念を押して遊路のお土産にさらに7箱重ねた。
それからもアクセサリー店やゲーセンも廻り、フードコートで一休みしている時だった。
「…そうだ。ちょっとトイレ行ってくるから荷物見ててくれるか?」
「別にいいけど」
遊路が席を離れてしばらくすると、千夏にとって身近すぎる人物が現れる。
「あっ、千夏姉!」
「小春!」
千夏の3つ下の妹、小春である。小春は中学校での友人を二人連れて遊びに来ていたが、違う場所に住む姉妹がプライベートで鉢合わせになるとはなかなか珍しい事もある。
「へぇ、小春ちゃんのお姉さんなんだ。可愛いね」
千夏は妹より背は低いが、できる女なのでその程度で怒りを露にはしない。高校生の先輩らしく振る舞う。
「妹がお世話になってるわね。それより小春。遊ぶのも良いけど、ちゃんと門限守るのよ」
「分かってるって。それよりも千夏姉の格好どうしたの?絶対千夏姉のセンスじゃないけど」
「えっ、これは…その…色々あったのよ。それよりも」
デュエルに負けた罰ゲームのデートと言ったら笑われそうなので千夏は強引に話を逸らそうとするが
「お待たs…ん、その子達は?」
事態をややこしくする遊路が戻ってきた。
「えええっ!?千夏姉にと、とうとう彼氏が!?」
「ちょっ小春!違うってば」
「照れなくていいよ千夏姉。おめでとう!」
「わぁ、カッコイイ人ですね」
「小春のお姉さん、おめでとうございます」
「あぁ…」
勘違いの連鎖に冷や汗が垂れる千夏だがここで遊路が切り込む。
「あー、盛り上がってるところ悪いけど千夏とはそういう関係じゃないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「まぁ腐れ縁というかなんというか…ただの友達だし、俺自身別の子と付き合ってるし」
「それじゃあどうして千夏姉と二人っきりで…」
「転校生のお祝いパーティーで色々買い出しに来てたんだよ。俺達以外にもいるんだけど、何をやってるのか全然戻ってこないし電話にも出ないしで困ってるんだ」
「あっ、そう…ですか…」
デートではないと知るやいなや見るからに小春のテンションはだだ下がりで元気な声も萎んでいった。
「でも…よく考えたらそうよね。千夏姉が恋愛って全然ピンって来ないもん」
「ちょっと小春。それどういう意味かしら?」ギロリ
「あっ!?いや…」
千夏の蛇のような睨みに、軽口を叩いた小春はたちまち固まった。尤も、千夏は女子力は高いがサバサバとした性格で体型も子ども寄りなので、恋愛対象になりにくく本人も恋愛には走りにくいという小春の示唆もあながち間違いではない。そんな姉妹のやり取りを遊路は面白おかしく静観していたが、一応千夏のフォローに入る。
「まぁ確かに千夏はちっちゃいけど姉御肌って感じだから、案外強気な女の子に引っ張られたいって男にはウケが良いかもな」
「そう…ですか?じゃあ将来の義兄は千夏姉に叱られたいドM男…うーん…」
「…まぁアレだ。蓼(たで)食う虫も好き好きってやつだ」
「遊路。それ私の事ディスってない?」
「はて、なんの事やら?」
そんな笑い混じりでしばらく話すと小春達はそろそろ帰りますと遊路達から離れていった。
「…ふぅ。ありがとうね」
「え、何が?」
「もしあのまんま彼氏疑惑が晴れなかったらお母さんにまで知られて大騒動になるところだった」
「そりゃあ大変そうだもんな」
「…私達もそろそろ帰らない?」
「そうだな。罰ゲームもこのくらいで良いだろ」
「今度は絶対に負けないからね!」
「まだ諦めてなかったのか?」
「ふんっ。私の辞書に諦めるなんて言葉はないわ!絶対勝ってギャフンと言わせるんだから!」
「俺がこっちにいる間に出来ると良いな」
「くっ!勝ってるからって調子乗っちゃって…!」
「ふむ…じゃあこれで機嫌直せよ」
そう言って遊路は千夏に青い小箱を渡した。
「何よこれ」
「今日1日付き合ってくれたお礼というか、一応デートだしプレゼントだ」
「…ふーん。開けていい?」
「開けちゃダメならプレゼントじゃないだろ」
千夏はその小箱をそっと開いた。
「これって…」
中身は金色の小さな筒。千夏がそれを手に取りキャップを外すとピンクの硬い棒状の部分が露出した。
「口…紅?私には合わないと思うんだけど」
「それはたぶんやったことないからだ。男の俺が言うのもアレだが口紅の有り無しでもだいぶ女の印象が変わると思うぞ。騙されたと思って塗ってみるか?」
「…じゃあ…」
千夏は遊路に口紅を渡す。
「よしじゃあ顔を前に出せ」
「こう?」
「そうそう。じゃあ塗ってくぞ」
遊路は千夏の顎を軽く持つ。
「…じっと見られるとやりにくいな。目ぇ閉じてろ」
「…」
千夏が遊路の言う通り目を閉じると、千夏の唇に口紅を施していく。
(なんか…キス待ちみたいなんだけど…)
「…できた」
口紅を塗ったのは数秒だけだが、刹那の羞恥を終えて千夏はバッと目を見開く。
「って、よく考えたら鏡ないと分からないじゃない」
「そうでもないぞ。ほら」
遊路は千夏にスマホを渡す。画面は自撮りモードになっており、応急の鏡となっていた。
「あっ…」
ただ単に唇が変わっただけ。それなのに艶やかに煌めくピンクは元からこうあった風に自然ながらも普段では感じない魅力を醸し出していて、千夏は息を漏らしてしまう。
「どうだ?」
「わ、悪くないわね。ありがとう」
「どういたしまして」
千夏は遊路を調子付かせないようにクールにお礼を言う。
「ねぇ遊路」
「ん?」
「…遊月さんと美羽さんとのデートもこんな感じなの?」
千夏は今日1日共に行動をして率直に思ったことを遊路に問いてみた。
「うーん…遊月や美羽とのデートが100点だとしたら…今日は60点くらいだな」
「え、低くない?」
「そりゃあ罰ゲームとはいえ嫌がらないようにお触りとか控えてたからな。…もしかしてそういうのをご所望だったか?」
遊路は千夏の心を弄んで楽しむような余裕の表情で笑ってみせる。
「…馬鹿!スケベ!変態!!もう帰るわよ!」
その表情にムカついたのか、それとも遊路の所々で見せてくれた心遣いと悪戯心に翻弄される自分に対する苛立ちなのか、千夏はドスドスと出口に向かって歩いていった。
次回予告
エヴァ「オオギリって面白いデスネ!皆さんもやって欲しいデス!お題はコチラ!」
《のほほんとした遊戯王 ノーレコード・メモリーに急展開が!?何が起こった?》
詩織「え、起こったら大変なことですよね?じゃあ…」
《隕石が落ちてくる》
遊希「たかが石ころ一つ、ギャラクシーアイズで押し出してやる!…って出来ないわよ!宇宙規模は大きすぎるし…デュエルモンスターズ関係で考えたら」
《復活したグールズと対決する》
綾香「悪党成敗は盛り上がるよね」
美羽「でも、こういうタイプも良いんじゃない?」
《お互いに大切な者を救う為にぶつかる》
詩織「なんだかどれも凄そうですね」
エヴァ「では実際はどうなのか、次回第12話『Project R・A・S』をご覧下サイ!」
遊路「もしかしたらこれかもしれないな」
《作者の不適切描写で打ち切り》
全員「や・め・ろ!」
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Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。
今回の口紅はどこかで拾えるといいですね。まあ番外編でももう出番終わっちゃったんですけど…… (2019-06-30 21:35)
女子力高いけど乙女度低めな千夏が一番振れ幅が大きいと思い、デート相手に選びました。電車内や口紅塗りでの照れ方は映像化すると結構くると思います。
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この台詞好きです。いつか機会があったら言ってみたい……あったら…。
デートでも遊路節は炸裂しています、パックの引きまで強いのか…流石先生だ。
恋人云々は別として、こうみると千夏ちゃんとの相性も良さそうですね。会話が中々楽しそうです。 (2019-07-01 16:16)
別に恋人でなくても親→子、兄姉→弟妹、親戚の小さい子に向けてと汎用性が高いと思います。
基本遊路が女の子のペースに合わせて動く感じなのでモテると思います。そんな作者はモテませんが(泣) (2019-07-01 16:33)