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第6話「動き出した刻」 作:コンドル
「…っ」
ガンガンガン、と頭をトンカチでたたかれたような痛みとともに、遊駆は目覚めた。どうやら仰向けで眠っていたようだ。
(俺は...なんでこんなところに...)
記憶をたどる。しかし頭痛のせいか、うまく頭が回らない。ゆっくり上体起こすと、ここがどこか知るために周りを見渡した。まず最初に目に入ったのは天井にある四角型の小さいパネルライトだ。それの微かな光が、遊駆を照らしている。しかし照らす範囲が狭すぎて、今いる場所以外はほとんど真っ暗で見えない。このままでは何の情報も手に入らない。そう思い、深呼吸をして立ち上がろうとした。
が、すぐに腰の力が抜けた。頭痛に気を取られて気づかなかったが、周囲から何日も常温で放置した生肉のような臭いがしていたのだ。
思わず手で鼻を覆う。やむをえず、四つん這いで歩くことにした。
床は妙に冷たい。外気で冷え切った鉄のような冷たさだ。片手を抑えながらの作業のため、少し進むにも一苦労してしまう。それに暗さゆえに物にぶつからないように気を付けながら進まなければならない。臭いはどんどんひどくなり、ついに眼に痛みが襲い掛ってきた。
(吐きそうだ...)
そう思いながらも歩みを進めようとしたその時だった。
ぐちゃ。
なにかが、手に触れた。
それは水っぽい感触で、触るたびにびちゃ、びちゃ、と音を立てている。さらにぶよぶよとしていて、なんだか気持ち悪い。それに、先ほどから遊駆を襲っている悪臭は、「これ」から強く放たれていた。どうやら悪臭の原因はこれのようだ。
遊駆は薄暗い視界で、それの正体を突き止めようとして、顔を近づける。臭いが酷くなるが、気にしてられない。
思わず息を呑んだ。
これは人間の死 体だ。
目の前にある死 体は、頭と胸元が刃物で切り裂かれたような傷跡があり、口は大きく開いていた。さらにそれは、油膜を張った液体を全身から噴き出していた。その液体からは肉やチーズが腐って発酵したような刺激的な臭いと、汗や糞 尿が垂れ流しにされて混じった、生理的嫌悪を催す臭いとが混ざり合っていた。そして死 体と目が合った。
瞬間、遊駆は嘔吐した。突然のことにパニックを起こし、うずくまりながら床に自分の吐瀉物をぶちまける。中黄色の眼に刺激が襲い掛かり、反射として眼に涙が浮かび、何とか持ち直そうとして新鮮な空気を吸おうとしても息を吸う度に臭いが口の中に広がっていく。体は痙攣を起こしたようにぶるぶると震え、変にじっとりとした汗が全身から吹き出てきた。体はさらに状態が悪化し、また嘔吐した。
しばらく経ち、自分の吐瀉物と胃液とが混じった臭いと、死 体から発せられる匂いで完全に麻痺した鼻をすすった。そして虚ろな眼をしながら、力なくへたり込み、視線を上にして獣のようなうめき声をあげていた。かすれ声で呼吸して天井を見つめ続けると、意識が少しずつはっきりしてきた。
「何をしている」
突然背後から声がした。
声の方向を振り向くと、人影が見えた。影の方向を見上げてみると、薄暗くて顔はよく見えないが、細身で、銀色の髪をしていて、口元に何かマスクのようなものを付けているようだった。さらに腰には白を基調としている剣のようなものを携えている。
…剣を携えた銀髪の男。どこか見覚えがある。が、思い出せない。
男は声を震わせてもう一度、「何をしていると聞いているんだ」と語気を強めて言った。
遊駆は眉を下げて小さく呻いた。言葉が出てこない。何をしているといわれても、なんと説明すればよいかわからないし、そんな気力は湧いてこなかった。
男の足音が近づいてきた。どうやら回答しなかったことにしびれを切らしたらしい。
どんどんと近づいて、ついに眼前に足が来た。蹴られる。そう思い体をどかす。
「私が何をしているのかと聞いているのだぞ!ラクタ・ヴィ―ジャ!」
男は死 体を踏まないところで立ち止まり、剣を構えて言った。
ラクタ・ヴィ―ジャ?全く知らないのに、なぜかどこかで聞いた気がする。
「我が妹が消えて三週間。捜索の末に最後に姿を見たのはこの研究室だという情報を入手した。それにこの悪臭はただ事ではない!答えろ!ここで何をしているのだ!」
「…完璧だ」
また別の声がした。遊駆は正面を向き直すと、白衣を身に纏ったひどい猫背の男が何かを見つめて呟いた。
「…ついに完成したぞ。フフフ、これであのお方の望みをかなえることができる…おや、アナンシャ王!?なぜこちらに?」
ラクタと呼ばれた男はぶつぶつと独り言を呟いたかと思えば、銀色の髪の男(アナンシャ王)の存在に気づき、声を上ずらせて目を泳がせた。非常に狼狽した。
「何の話をしているんだ。…いや、今はいい。それより妹は今どこへいる?」
「妹、ああ、マナサ様のことですか。いやぁ私は何も」
「…」
アナンシャの目つきが険しくなった。歯切れの悪い回答からして、何かあるのは確実だと踏んだのだろう。数歩下がって、壁際に移動する。
「ここは薄暗くてよく見えない。明かりをつけるぞ」
点灯のスイッチを入れた。
「あ」
ラクタは声を出し、下を向いた。
アナンシャは視線を追う。目の前の死 体を見て血の気が引ていくのがわかった。手を震わせ、眼は死 体を捉えて動かない。
「マナサ...」
うずくまり死 体に触れる。あのビチャ、ビチャ、という不快な音が聞こえた。ラクタは口元を隠しているが、シバリングのように歯が小刻みに震え、音を鳴らしているのがわかる。
遊駆は目の前で起きている惨状を見ていることしかできないでいた。だがそんな中で、男が言った言葉に聞き覚えがあることを思い出した。
マナサ。
《マナサを探すんだ》
砂男と初めて遭遇した時、砂男は確かにそう言っていた。つまりあの時あの男は死 体を探せといっていたのか?だがなぜだ。遊駆の頭の中で疑問符が浮かび続ける。
「貴様...なんのつもりだ」
「これは...」
「答えなくていい!構えろ。デュエルで貴様を処す。さあ構えろ!」
アナンシャは剣を抜く。すると剣の刀身が二つに分かれ、デュエルディスクの形に変形した。それを左腕に装着し、胸元が輝き始める。
「貴様は俺の力で倒す。このシャクティマで...」
パチッ
突然、頭の中でテレビのチャンネルを切り替えたような音がした。アナンシャとラクタの姿は段々と見えなくなり、ついに遊駆の視界は星一つない空のような暗黒に支配される。上も足元も完全な黒の世界に入り込んだ遊駆は再び場所を把握しようとするが、体が全く動かない。完全に自由を奪われた体で、何もできずに立ち尽くしていた。
だが静寂は早くに破られた。こぽこぽと、体内から泡が出たような音がしてきたのだ。
「…とともに目覚めたまえ」
続いて上のほうから声がした。穏やかな女性の声だ。
「アナンシャ王よ、君は必ず蘇る。そうだ、寂しくないようにマナサも一緒に外に出してやろう。君が鍵を開けたら出れるようにしてあげる。だからそれまでは...」
声が遠のいていく。それと同時に、遊駆の意識も深い深い闇の奥に沈んでった...。
「…」
目が覚めると、暗褐色の目玉と目が合った。
すると目玉の主は驚いたのか情けない声をあげて後ろにのけ反り、しりもちを着いた。上体を起こし周りを見渡すと、そこはあの薄暗い部屋ではなく、先日巧と一緒に入った校長室だった。校長室のアンティーク調のこげ茶色のソファで眠っていたようだ。さらにカーテンがかかっていることから、現在の時刻が夜であることがわかる。
「輪廻...」
「びっくりしたぁ!ったく、心配したぜ」
そういいながら立ち上がって、輪廻は胸をなでおろした。
「無事に目が覚めたようだね」
横から声がした。この低い声は校長の神原だ。
神原の方向を向くと、神妙な表情をした巧と神原。そして、目に涙をためている綾羽の姿があった。遊駆は周囲を見渡し、先ほどまでの光景が夢であると認識した。思い返せば非現実的な場面ばかりだった。しかし、“以前もどこかで体験したような”感覚は抜けない。特に手と口にはまだあの嫌な感覚が残っている。
「遊駆さん!」
体勢を整えるためにソファに座りなおすと、感情を我慢しきれない様子で綾羽が遊駆の胸元に飛び込んできた。思い切り声をあげて泣き続ける。
遊駆は周囲を見渡し、先ほどまでの光景が夢であると認識した。思い返せば非現実的な場面ばかりだった。しかし、“以前もどこかで体験したような”感覚は抜けない。特に手と口にはまだあの嫌な感覚が残っている。
「どこか痛むかい?」
あの光景が記憶から飛び出してきて気分が悪くなっていると、その様子を見て神原が心配そうにのぞき込んできた。
「いえ、大丈夫です。それよりなんで皆がここに?」
そういうと、巧が心配そうに近づいてきた。
「何も覚えてないのかい?」
そういわれて記憶をたどる。奇妙な夢を見るまで自分が経験したこと。ここまでに何が起きたか。
(…そうだ。俺はさっきまで...巧と森に入っていた。そして...どこからか砂男と紫色の怪物が現れて...怪物の腕が俺の首を締めあげ...巧の体が突然輝いて、それから...)
そこからの記憶がない。それから一体何があった。なぜ校長室に運ばれたのか、なぜ輪廻と綾羽がここにいるのかわからない。
「君はあれから気を失ったんだ。目立った外傷はないし、それで僕の判断でここに運んだんだよ」
「…なら、二人がいるのは」
「そこは私が言おう。鶴咲君たちも座ってくれたまえ」
神原が横から入ってきた。遊駆は変わらず泣きじゃくる綾羽を何とかなだめて離した後、神原と目を合わせる。2人が座ったのを見て、神原はまたローマの神殿に彫られてるような洋風のデザインが施されたアンティーク調のデスクの引き出しを開け、そこから黒い布に包まれた何かを慎重に取り出した。そしてそれをソファの前にある机に置き、遊駆たちの向かいのソファに巧とともに座り、「まず」と話し始めた。
「藤玄君、君が正体不明の怪物二体に襲撃された後、鶴咲君と小込君が森に入り山野君と遭遇した。事の顛末は山野君から聞かせてもらった。そして、君を守るために山野君が『能力』を使用したこともね」
遊駆は思わず飛び上がりそうになった。さらに両隣で話を聞いていた輪廻と綾羽も驚き小さな声を漏らした。
「…なんだって、と言いたげな顔をしているね。体を光らせることを知っていたような口ぶりだと。…そうだとも。私は山野君の『能力』を知っている」
巧は遊駆たちのほうを見て静かにうなずいた。
「そして私も山野君と同じで、人には無い能力を持っている。山野君は体を光らせる能力。私は効果の範囲内の人間が嘘をつくと、嘘をついた相手にダメージを与える能力...。そして我々はこの力のことを『シャクティマ』と呼んでいる」
「シャクティマ...」
遊駆は反芻するようにつぶやいた。
(…シャクティマ?夢の中のアナンシャという男も同じ言葉を言っていなかったか)
「この学園にも私以外にもう一人シャクティマ使いがいた。彼は『本郷クロト』。私の友人だ。彼は『物に対して過去に起きたことを文章化して読むシャクティマ』を使っていた。何年前と指定すればその年の出来事が読めた。よく石や図書室の本などの記憶を読んでいた。美品でなければ、完全に読むことはできない欠点もあったが...色々と読んでいたよ」
「その人は今どちらにいらっしゃるんですか?」
「殺されたよ」
場が凍り付いたように静かになった。聞き間違いを疑う者もいれば、黙って聞いている者もいた。
「16年前、まだ私がアカデミアの学生だった頃、生徒が一人遺 体となって発見された事件が起きた」
「そ、それって!」
輪廻が焦ったように神原の言葉を制止した。
「もしかしてそれって、自 殺者が出たって話じゃなかったですか?確か、将来に不安を感じて失踪したんじゃないかって昔ネットで言われてるのを見ましたよ」
「自 殺?ああ、そう片づけられたよ。理由は推測だが...だがね事実は全く違うんだよ」
神原は布をゆっくりと広げていく。少しずつ姿が露になっていくと、遊駆は息を呑んだ。
そこには夢で見たアナンシャという男が装着していた剣の形をしたデュエルディスク、そしてB4サイズのノート一冊が一緒に入っていた。
第6話 「動き出した刻」
これが偶然で片づけられるだろうか。夢で聞いた「シャクティマ」という単語、そして夢で見た男が使用していたデュエルディスクが現実に存在している。この恐ろしい事態に、手は震えはじめ、目はディスクを捉えて離せないでいた。何か、とても言葉では簡単に言い表せない嫌な感覚が襲い掛かってきた。
「遊駆さん大丈夫ですか?顔色が良くないですよ」
綾羽が心配そうに横から聞いてきた。どうやら顔に出ていたらしい声を出して返答する力が出ない。気を落ち着かせるために、机に置かれたコップに入った水を飲んで、そこでようやく、うなずく気力を回復させた。だが、目に前にある剣から目を逸らせない。
「続けて大丈夫かな?」
神原は真剣な表情でそう聞いてきた。遊駆は再びうなずいた。
「16年前、彼は砂浜で流されてきたというこの剣を拾ってきた。10年前、100年前とさかのぼり、1万年前まで戻ると文章が現れた。私はその出来事を書き込んだ。はるか昔の出来事だったため、虫食いの部分が多かったがね。そして書き終えた三日後...彼は殺 害されて発見された。」
神原は横に置いてあるノートを開き、ページをめくり始めた。
「このノートは記憶を書き込んだものだ。ぜひ読んでくれ」
心臓の音がうるさいくらいに騒ぎ始めた。全身が妙に熱を帯び始め、ついには汗をかき始めた。それは無意識に生じた先を知ることの恐怖から来る拒絶か、それとも知りたいことをようやく知れる歓喜から起きたものなのか。そんな考えがぼんやりと頭によぎっていた。
ノートにはこう書いてあった。
…ナガルタ国の王アナンシャが妹君のマナサ様を探し、ラクタ・ヴィ―ジャに殺害されたのを発見。その後、…とデュエルを行い…の魂が封印される。…は世界をわがものにするために暴動を起こしたと…が…。アナンシャ王の妹君のマナサ様がラクタ・ヴィ―ジャに殺害される。曰く、時が流れラクタと3人の部下と…は蘇る。ラクタは言った。眠る…1万年後に目覚める。その後…がやってきた。魂を蘇らせるには器が必要だと…が言った。シャクティマ使いが…として蘇らせる。…マナサ様の魂…地上に出る…私には役割が与えられた。…として。…が与えた。
…そしてナガルタ国は滅びた。
文章は読み終えたのにもかかわらず、誰も口を開かなかった。時が止まった王ように、読んだ全員がずっとノートを見ていた。部屋には、掛け時計の無機質な針の音が響くだけだった。
遊駆は気分が悪くなってきた。ナガルタ国。マナサ。ラクタ・ヴィ―ジャ。夢で聞いた言葉ばかりが並んでいた。あの場所で見た光景は夢ではなく、現実に起きたことだったことに気づくと、そっとノートを置き、祈るように手を組んだ。情報を整理する時間が欲しかった。
「私たちは『ラクタ・ヴィ―ジャという人物が世界を征服するために国王を手に掛ける、その後、何らかのトラブルで計画が失敗した。…だが、ラクタと3人の部下が現代に復活し再び世界を掌握するために復活しようとしている。彼らを阻止するために、この剣にマナサとアナンシャ王を復活させる力を与えた』…と私たちは結論付けた。そして彼の死後、私はディスクを守るためにアカデミアに教師として就任して今に至るというわけだ」
1万年前にそんなことができるのか。いや、この奇怪なデュエルディスクを製造したと考えれば、そんな異次元的な技術を持っていてもおかしくない。
そういえば、真っ暗な空間で聞こえた女の声も神原と似たことを言っていたのを思い出した。ならば神原の解釈は間違えていないだろう。ということなら、そこからラクタと三人の部下は16年前に復活していてクロトを殺害したということになる。そして、自分が入学して、人魂(マナサ)が現れて本格的に活動を開始した、ということだろうか。
あれこれ考えていると、神原と目が合った。
「クロトは器について考えていた。どうすれば復活するのかもね。ところで、藤玄君。君、入学式に人魂を目覚めさせたね?」
「えっ」
意外なことを聞いてきた。巧と輪廻には話したが、神原はどちらからか聞いたのか。そう聞こうとしたのを察したのか、続けて「入学式のパーティーで、地面に手を添える君を見たよ」と続けて言ってきた。
「そこから魂が出てきたことも確認した。『謎の声に呼ばれてアカデミアに入った』。君が眠っているときに山野君から聞いたよ。…藤玄君」
「君はアナンシャを蘇らせるためにここに来た。君を呼んだ声は恐らく、マナサの声だ」
アナンシャを蘇らせるため...。それがマナサの声に導かれてデュエルを学んだ理由。
「…」
目的ははっきりしたはずだというのに、遊駆はどこか釈然としない顔を浮かべた。両手を組んだまま、前のめりになって猫背になる。正直、突然言われて混乱している。だがなぜか、こうなる気がしていた、とも思った。半分は混乱していて、もう半分で自分の使命を受け入れていたのだ。だが今、どんな顔をすればいいのかわからない。長年の疑問が解決したから「やったーこれから頑張りまーす」とでも言って笑えばいいのか?それに、このディスクと自分を狙うということは、また命を狙って襲われるということだ。自分が襲われるのはいいが、輪廻達にまで被害が及ぶことを考えると、なんとも言えなかった。
「これからどうすればいいんだ...」
思わず考えが口に出た。今まで生きてきた中で一番感情のこもった声だった。
「俺は自分がここに来た理由が欲しかった。それが明かされた今、これから俺はアナンシャを蘇らせるために尽力すると思う。だがあの怪物達と戦うことになる。輪廻はプロになるためにアカデミアに来たんだ。俺の問題に巻き込むわけにはいかない。小込もマナサに取り憑かれて痛い目に合ってる。巧だって襲われているわけだし...」
心の声が漏れ出た。考えを整理するために呟いていた。
「…俺はいいぜ!」
その時、輪廻が大きな声でそう言った。思わず輪廻のほうを向く。
「ここから何も知らずに学園生活送るってのは土台無理な話だっての!それに、世界が狙われてるんだろ?ならその野望を打ち破って、一緒に世界を救ってやろうじゃねぇの!」
輪廻はそう言って笑った。ヒーローにあこがれる少年のような活発な表情で。
「私も、遊駆さんについていきます」
綾羽も続いていった。
「遊駆さんには助けられましたし、これからもお友達としてスタートさせてもらってますし...もう私の人生には遊駆さん以外必要ないんです。だから、なんでもします。その、怪力以外なら...なんでも」
巧は両腕を組んで息を押し殺すように唸り、気まずそうに遊駆を見る。
「…僕も協力するよ」
巧は両腕を組んで息を押し殺すように唸り、気まずそうに遊駆と輪廻を見る。
「僕が砂男の話をしたあと二人が見たっていうものだから、あれから僕も気になって夜な夜な調べてたんだよ。2人じゃシャクティマ使いが来ても対処できないからね。でも今回こういうことになったの、責任を感じてる。だから...お願い」
巧たちも味方になると宣言してくれた。
それでもなかなか踏ん切りがつかない。ふと、輪廻のほうを見た。何か考えたわけでもないが、無意識に向いていた。
「?」
…強がっている。輪廻の膝はぶるぶると震えている。これから起こることが恐怖で満ちていることは理解しているのだ。でも、勇気を出してついて来てくれるといったのだ。どれだけの覚悟を持って言ったかは、考えるまでもなかった。
遊駆はこれからどうするかを考えて、全員の言葉を信じてみることにした。いくら拒否しても絶対についてくると思ったのもあるが、正直なところ、同じ問題に一緒に立ち向かってくれる相手がいるのがありがたかった。
「それなら、よろしく頼む」
「よーし!じゃあこれからはマナサ探して、アナンシャ復活させて、世界を救おうぜ!」
輪廻は立ち上がり大きな声でそう言った。
話が終わり風呂に入った後に部屋に戻ると、時刻は夜の22時だった。
「これどこに置いとく?」
輪廻は遊駆の両手にある剣とノートを見て聞いてきた。あれから遊駆は神原たちに自分が見た夢のことを話した。それを聞いてそれぞれは不思議そうな反応をしていたが、巧は「器は何かのきっかけでアナンシャの夢を見るんじゃないかな」というと、ひとまずは、ということでその結論に落ち着いた。
そこで、もしかしたら他の記憶も見れるかもしれないということで剣とノートを預かってきたのだ。
「とりあえずクローゼットに置いておこう。それのほうがなくさない」
「よっしゃ。にしても変な話だよな。昔の人の夢を見る何てさー。また夢を見たら、みんなに言おうぜ。なんか手掛かりになるかも」
輪廻はクローゼットを開けると、「あ」と小さな声を漏らした。
「そういや砂男が落としてった服とかどうする?校長に渡しとくか?」
「…そうだな。また会える日に渡しに行こう」
2人は寝間着に着替え、ベッドに入る。正直、眠れない。
「寝れるか?」
「いいや」
「だよな。俺もだ。…なぁ、本音言っていいか?」
「…ああ」
「遊駆がさ、俺らのこと考えて問題から避けようとしてくれたの、ちょっと嬉しかった。校長先生の話聞いてる時、俺ら拒否権ないのかなって思ってたからさ。でもさ、もし遊駆は一人ぼっちになるなって考えたらすっげ―怖くなった。俺が遊駆から離れてプロを目指してる間も、一人で得体のしれない化け物と戦って、死んだらって」
「…」
「だからぜったそばにいなきゃなって。思ったんだよ」
「…俺も、一人は嫌だった。だから輪廻が一緒に協力してくれると言ってくれた時はうれしかった。本当に、感謝してる」
「へへ、どーも。じゃあ、寝るか。おやすみ」
「…ああ、おやすみ」
(ありがとう、輪廻)
遊駆は心の中で輪廻に対し感謝の言葉を伝えてそのまま目を閉じた。
第6話 終
次回予告
ついに判明した俺の使命。そしてアナンシャの復活を阻止しようとラクタ達に俺たちは立ち向かっていく。そして襲い掛かる第1の刺客。いよいよ戦いが始まる。
次回 遊戯王エターナルタイムRE:
第7話「ストレンジャー・イン・アカデミア」
俺を狙う砂の影...。
ガンガンガン、と頭をトンカチでたたかれたような痛みとともに、遊駆は目覚めた。どうやら仰向けで眠っていたようだ。
(俺は...なんでこんなところに...)
記憶をたどる。しかし頭痛のせいか、うまく頭が回らない。ゆっくり上体起こすと、ここがどこか知るために周りを見渡した。まず最初に目に入ったのは天井にある四角型の小さいパネルライトだ。それの微かな光が、遊駆を照らしている。しかし照らす範囲が狭すぎて、今いる場所以外はほとんど真っ暗で見えない。このままでは何の情報も手に入らない。そう思い、深呼吸をして立ち上がろうとした。
が、すぐに腰の力が抜けた。頭痛に気を取られて気づかなかったが、周囲から何日も常温で放置した生肉のような臭いがしていたのだ。
思わず手で鼻を覆う。やむをえず、四つん這いで歩くことにした。
床は妙に冷たい。外気で冷え切った鉄のような冷たさだ。片手を抑えながらの作業のため、少し進むにも一苦労してしまう。それに暗さゆえに物にぶつからないように気を付けながら進まなければならない。臭いはどんどんひどくなり、ついに眼に痛みが襲い掛ってきた。
(吐きそうだ...)
そう思いながらも歩みを進めようとしたその時だった。
ぐちゃ。
なにかが、手に触れた。
それは水っぽい感触で、触るたびにびちゃ、びちゃ、と音を立てている。さらにぶよぶよとしていて、なんだか気持ち悪い。それに、先ほどから遊駆を襲っている悪臭は、「これ」から強く放たれていた。どうやら悪臭の原因はこれのようだ。
遊駆は薄暗い視界で、それの正体を突き止めようとして、顔を近づける。臭いが酷くなるが、気にしてられない。
思わず息を呑んだ。
これは人間の死 体だ。
目の前にある死 体は、頭と胸元が刃物で切り裂かれたような傷跡があり、口は大きく開いていた。さらにそれは、油膜を張った液体を全身から噴き出していた。その液体からは肉やチーズが腐って発酵したような刺激的な臭いと、汗や糞 尿が垂れ流しにされて混じった、生理的嫌悪を催す臭いとが混ざり合っていた。そして死 体と目が合った。
瞬間、遊駆は嘔吐した。突然のことにパニックを起こし、うずくまりながら床に自分の吐瀉物をぶちまける。中黄色の眼に刺激が襲い掛かり、反射として眼に涙が浮かび、何とか持ち直そうとして新鮮な空気を吸おうとしても息を吸う度に臭いが口の中に広がっていく。体は痙攣を起こしたようにぶるぶると震え、変にじっとりとした汗が全身から吹き出てきた。体はさらに状態が悪化し、また嘔吐した。
しばらく経ち、自分の吐瀉物と胃液とが混じった臭いと、死 体から発せられる匂いで完全に麻痺した鼻をすすった。そして虚ろな眼をしながら、力なくへたり込み、視線を上にして獣のようなうめき声をあげていた。かすれ声で呼吸して天井を見つめ続けると、意識が少しずつはっきりしてきた。
「何をしている」
突然背後から声がした。
声の方向を振り向くと、人影が見えた。影の方向を見上げてみると、薄暗くて顔はよく見えないが、細身で、銀色の髪をしていて、口元に何かマスクのようなものを付けているようだった。さらに腰には白を基調としている剣のようなものを携えている。
…剣を携えた銀髪の男。どこか見覚えがある。が、思い出せない。
男は声を震わせてもう一度、「何をしていると聞いているんだ」と語気を強めて言った。
遊駆は眉を下げて小さく呻いた。言葉が出てこない。何をしているといわれても、なんと説明すればよいかわからないし、そんな気力は湧いてこなかった。
男の足音が近づいてきた。どうやら回答しなかったことにしびれを切らしたらしい。
どんどんと近づいて、ついに眼前に足が来た。蹴られる。そう思い体をどかす。
「私が何をしているのかと聞いているのだぞ!ラクタ・ヴィ―ジャ!」
男は死 体を踏まないところで立ち止まり、剣を構えて言った。
ラクタ・ヴィ―ジャ?全く知らないのに、なぜかどこかで聞いた気がする。
「我が妹が消えて三週間。捜索の末に最後に姿を見たのはこの研究室だという情報を入手した。それにこの悪臭はただ事ではない!答えろ!ここで何をしているのだ!」
「…完璧だ」
また別の声がした。遊駆は正面を向き直すと、白衣を身に纏ったひどい猫背の男が何かを見つめて呟いた。
「…ついに完成したぞ。フフフ、これであのお方の望みをかなえることができる…おや、アナンシャ王!?なぜこちらに?」
ラクタと呼ばれた男はぶつぶつと独り言を呟いたかと思えば、銀色の髪の男(アナンシャ王)の存在に気づき、声を上ずらせて目を泳がせた。非常に狼狽した。
「何の話をしているんだ。…いや、今はいい。それより妹は今どこへいる?」
「妹、ああ、マナサ様のことですか。いやぁ私は何も」
「…」
アナンシャの目つきが険しくなった。歯切れの悪い回答からして、何かあるのは確実だと踏んだのだろう。数歩下がって、壁際に移動する。
「ここは薄暗くてよく見えない。明かりをつけるぞ」
点灯のスイッチを入れた。
「あ」
ラクタは声を出し、下を向いた。
アナンシャは視線を追う。目の前の死 体を見て血の気が引ていくのがわかった。手を震わせ、眼は死 体を捉えて動かない。
「マナサ...」
うずくまり死 体に触れる。あのビチャ、ビチャ、という不快な音が聞こえた。ラクタは口元を隠しているが、シバリングのように歯が小刻みに震え、音を鳴らしているのがわかる。
遊駆は目の前で起きている惨状を見ていることしかできないでいた。だがそんな中で、男が言った言葉に聞き覚えがあることを思い出した。
マナサ。
《マナサを探すんだ》
砂男と初めて遭遇した時、砂男は確かにそう言っていた。つまりあの時あの男は死 体を探せといっていたのか?だがなぜだ。遊駆の頭の中で疑問符が浮かび続ける。
「貴様...なんのつもりだ」
「これは...」
「答えなくていい!構えろ。デュエルで貴様を処す。さあ構えろ!」
アナンシャは剣を抜く。すると剣の刀身が二つに分かれ、デュエルディスクの形に変形した。それを左腕に装着し、胸元が輝き始める。
「貴様は俺の力で倒す。このシャクティマで...」
パチッ
突然、頭の中でテレビのチャンネルを切り替えたような音がした。アナンシャとラクタの姿は段々と見えなくなり、ついに遊駆の視界は星一つない空のような暗黒に支配される。上も足元も完全な黒の世界に入り込んだ遊駆は再び場所を把握しようとするが、体が全く動かない。完全に自由を奪われた体で、何もできずに立ち尽くしていた。
だが静寂は早くに破られた。こぽこぽと、体内から泡が出たような音がしてきたのだ。
「…とともに目覚めたまえ」
続いて上のほうから声がした。穏やかな女性の声だ。
「アナンシャ王よ、君は必ず蘇る。そうだ、寂しくないようにマナサも一緒に外に出してやろう。君が鍵を開けたら出れるようにしてあげる。だからそれまでは...」
声が遠のいていく。それと同時に、遊駆の意識も深い深い闇の奥に沈んでった...。
「…」
目が覚めると、暗褐色の目玉と目が合った。
すると目玉の主は驚いたのか情けない声をあげて後ろにのけ反り、しりもちを着いた。上体を起こし周りを見渡すと、そこはあの薄暗い部屋ではなく、先日巧と一緒に入った校長室だった。校長室のアンティーク調のこげ茶色のソファで眠っていたようだ。さらにカーテンがかかっていることから、現在の時刻が夜であることがわかる。
「輪廻...」
「びっくりしたぁ!ったく、心配したぜ」
そういいながら立ち上がって、輪廻は胸をなでおろした。
「無事に目が覚めたようだね」
横から声がした。この低い声は校長の神原だ。
神原の方向を向くと、神妙な表情をした巧と神原。そして、目に涙をためている綾羽の姿があった。遊駆は周囲を見渡し、先ほどまでの光景が夢であると認識した。思い返せば非現実的な場面ばかりだった。しかし、“以前もどこかで体験したような”感覚は抜けない。特に手と口にはまだあの嫌な感覚が残っている。
「遊駆さん!」
体勢を整えるためにソファに座りなおすと、感情を我慢しきれない様子で綾羽が遊駆の胸元に飛び込んできた。思い切り声をあげて泣き続ける。
遊駆は周囲を見渡し、先ほどまでの光景が夢であると認識した。思い返せば非現実的な場面ばかりだった。しかし、“以前もどこかで体験したような”感覚は抜けない。特に手と口にはまだあの嫌な感覚が残っている。
「どこか痛むかい?」
あの光景が記憶から飛び出してきて気分が悪くなっていると、その様子を見て神原が心配そうにのぞき込んできた。
「いえ、大丈夫です。それよりなんで皆がここに?」
そういうと、巧が心配そうに近づいてきた。
「何も覚えてないのかい?」
そういわれて記憶をたどる。奇妙な夢を見るまで自分が経験したこと。ここまでに何が起きたか。
(…そうだ。俺はさっきまで...巧と森に入っていた。そして...どこからか砂男と紫色の怪物が現れて...怪物の腕が俺の首を締めあげ...巧の体が突然輝いて、それから...)
そこからの記憶がない。それから一体何があった。なぜ校長室に運ばれたのか、なぜ輪廻と綾羽がここにいるのかわからない。
「君はあれから気を失ったんだ。目立った外傷はないし、それで僕の判断でここに運んだんだよ」
「…なら、二人がいるのは」
「そこは私が言おう。鶴咲君たちも座ってくれたまえ」
神原が横から入ってきた。遊駆は変わらず泣きじゃくる綾羽を何とかなだめて離した後、神原と目を合わせる。2人が座ったのを見て、神原はまたローマの神殿に彫られてるような洋風のデザインが施されたアンティーク調のデスクの引き出しを開け、そこから黒い布に包まれた何かを慎重に取り出した。そしてそれをソファの前にある机に置き、遊駆たちの向かいのソファに巧とともに座り、「まず」と話し始めた。
「藤玄君、君が正体不明の怪物二体に襲撃された後、鶴咲君と小込君が森に入り山野君と遭遇した。事の顛末は山野君から聞かせてもらった。そして、君を守るために山野君が『能力』を使用したこともね」
遊駆は思わず飛び上がりそうになった。さらに両隣で話を聞いていた輪廻と綾羽も驚き小さな声を漏らした。
「…なんだって、と言いたげな顔をしているね。体を光らせることを知っていたような口ぶりだと。…そうだとも。私は山野君の『能力』を知っている」
巧は遊駆たちのほうを見て静かにうなずいた。
「そして私も山野君と同じで、人には無い能力を持っている。山野君は体を光らせる能力。私は効果の範囲内の人間が嘘をつくと、嘘をついた相手にダメージを与える能力...。そして我々はこの力のことを『シャクティマ』と呼んでいる」
「シャクティマ...」
遊駆は反芻するようにつぶやいた。
(…シャクティマ?夢の中のアナンシャという男も同じ言葉を言っていなかったか)
「この学園にも私以外にもう一人シャクティマ使いがいた。彼は『本郷クロト』。私の友人だ。彼は『物に対して過去に起きたことを文章化して読むシャクティマ』を使っていた。何年前と指定すればその年の出来事が読めた。よく石や図書室の本などの記憶を読んでいた。美品でなければ、完全に読むことはできない欠点もあったが...色々と読んでいたよ」
「その人は今どちらにいらっしゃるんですか?」
「殺されたよ」
場が凍り付いたように静かになった。聞き間違いを疑う者もいれば、黙って聞いている者もいた。
「16年前、まだ私がアカデミアの学生だった頃、生徒が一人遺 体となって発見された事件が起きた」
「そ、それって!」
輪廻が焦ったように神原の言葉を制止した。
「もしかしてそれって、自 殺者が出たって話じゃなかったですか?確か、将来に不安を感じて失踪したんじゃないかって昔ネットで言われてるのを見ましたよ」
「自 殺?ああ、そう片づけられたよ。理由は推測だが...だがね事実は全く違うんだよ」
神原は布をゆっくりと広げていく。少しずつ姿が露になっていくと、遊駆は息を呑んだ。
そこには夢で見たアナンシャという男が装着していた剣の形をしたデュエルディスク、そしてB4サイズのノート一冊が一緒に入っていた。
第6話 「動き出した刻」
これが偶然で片づけられるだろうか。夢で聞いた「シャクティマ」という単語、そして夢で見た男が使用していたデュエルディスクが現実に存在している。この恐ろしい事態に、手は震えはじめ、目はディスクを捉えて離せないでいた。何か、とても言葉では簡単に言い表せない嫌な感覚が襲い掛かってきた。
「遊駆さん大丈夫ですか?顔色が良くないですよ」
綾羽が心配そうに横から聞いてきた。どうやら顔に出ていたらしい声を出して返答する力が出ない。気を落ち着かせるために、机に置かれたコップに入った水を飲んで、そこでようやく、うなずく気力を回復させた。だが、目に前にある剣から目を逸らせない。
「続けて大丈夫かな?」
神原は真剣な表情でそう聞いてきた。遊駆は再びうなずいた。
「16年前、彼は砂浜で流されてきたというこの剣を拾ってきた。10年前、100年前とさかのぼり、1万年前まで戻ると文章が現れた。私はその出来事を書き込んだ。はるか昔の出来事だったため、虫食いの部分が多かったがね。そして書き終えた三日後...彼は殺 害されて発見された。」
神原は横に置いてあるノートを開き、ページをめくり始めた。
「このノートは記憶を書き込んだものだ。ぜひ読んでくれ」
心臓の音がうるさいくらいに騒ぎ始めた。全身が妙に熱を帯び始め、ついには汗をかき始めた。それは無意識に生じた先を知ることの恐怖から来る拒絶か、それとも知りたいことをようやく知れる歓喜から起きたものなのか。そんな考えがぼんやりと頭によぎっていた。
ノートにはこう書いてあった。
…ナガルタ国の王アナンシャが妹君のマナサ様を探し、ラクタ・ヴィ―ジャに殺害されたのを発見。その後、…とデュエルを行い…の魂が封印される。…は世界をわがものにするために暴動を起こしたと…が…。アナンシャ王の妹君のマナサ様がラクタ・ヴィ―ジャに殺害される。曰く、時が流れラクタと3人の部下と…は蘇る。ラクタは言った。眠る…1万年後に目覚める。その後…がやってきた。魂を蘇らせるには器が必要だと…が言った。シャクティマ使いが…として蘇らせる。…マナサ様の魂…地上に出る…私には役割が与えられた。…として。…が与えた。
…そしてナガルタ国は滅びた。
文章は読み終えたのにもかかわらず、誰も口を開かなかった。時が止まった王ように、読んだ全員がずっとノートを見ていた。部屋には、掛け時計の無機質な針の音が響くだけだった。
遊駆は気分が悪くなってきた。ナガルタ国。マナサ。ラクタ・ヴィ―ジャ。夢で聞いた言葉ばかりが並んでいた。あの場所で見た光景は夢ではなく、現実に起きたことだったことに気づくと、そっとノートを置き、祈るように手を組んだ。情報を整理する時間が欲しかった。
「私たちは『ラクタ・ヴィ―ジャという人物が世界を征服するために国王を手に掛ける、その後、何らかのトラブルで計画が失敗した。…だが、ラクタと3人の部下が現代に復活し再び世界を掌握するために復活しようとしている。彼らを阻止するために、この剣にマナサとアナンシャ王を復活させる力を与えた』…と私たちは結論付けた。そして彼の死後、私はディスクを守るためにアカデミアに教師として就任して今に至るというわけだ」
1万年前にそんなことができるのか。いや、この奇怪なデュエルディスクを製造したと考えれば、そんな異次元的な技術を持っていてもおかしくない。
そういえば、真っ暗な空間で聞こえた女の声も神原と似たことを言っていたのを思い出した。ならば神原の解釈は間違えていないだろう。ということなら、そこからラクタと三人の部下は16年前に復活していてクロトを殺害したということになる。そして、自分が入学して、人魂(マナサ)が現れて本格的に活動を開始した、ということだろうか。
あれこれ考えていると、神原と目が合った。
「クロトは器について考えていた。どうすれば復活するのかもね。ところで、藤玄君。君、入学式に人魂を目覚めさせたね?」
「えっ」
意外なことを聞いてきた。巧と輪廻には話したが、神原はどちらからか聞いたのか。そう聞こうとしたのを察したのか、続けて「入学式のパーティーで、地面に手を添える君を見たよ」と続けて言ってきた。
「そこから魂が出てきたことも確認した。『謎の声に呼ばれてアカデミアに入った』。君が眠っているときに山野君から聞いたよ。…藤玄君」
「君はアナンシャを蘇らせるためにここに来た。君を呼んだ声は恐らく、マナサの声だ」
アナンシャを蘇らせるため...。それがマナサの声に導かれてデュエルを学んだ理由。
「…」
目的ははっきりしたはずだというのに、遊駆はどこか釈然としない顔を浮かべた。両手を組んだまま、前のめりになって猫背になる。正直、突然言われて混乱している。だがなぜか、こうなる気がしていた、とも思った。半分は混乱していて、もう半分で自分の使命を受け入れていたのだ。だが今、どんな顔をすればいいのかわからない。長年の疑問が解決したから「やったーこれから頑張りまーす」とでも言って笑えばいいのか?それに、このディスクと自分を狙うということは、また命を狙って襲われるということだ。自分が襲われるのはいいが、輪廻達にまで被害が及ぶことを考えると、なんとも言えなかった。
「これからどうすればいいんだ...」
思わず考えが口に出た。今まで生きてきた中で一番感情のこもった声だった。
「俺は自分がここに来た理由が欲しかった。それが明かされた今、これから俺はアナンシャを蘇らせるために尽力すると思う。だがあの怪物達と戦うことになる。輪廻はプロになるためにアカデミアに来たんだ。俺の問題に巻き込むわけにはいかない。小込もマナサに取り憑かれて痛い目に合ってる。巧だって襲われているわけだし...」
心の声が漏れ出た。考えを整理するために呟いていた。
「…俺はいいぜ!」
その時、輪廻が大きな声でそう言った。思わず輪廻のほうを向く。
「ここから何も知らずに学園生活送るってのは土台無理な話だっての!それに、世界が狙われてるんだろ?ならその野望を打ち破って、一緒に世界を救ってやろうじゃねぇの!」
輪廻はそう言って笑った。ヒーローにあこがれる少年のような活発な表情で。
「私も、遊駆さんについていきます」
綾羽も続いていった。
「遊駆さんには助けられましたし、これからもお友達としてスタートさせてもらってますし...もう私の人生には遊駆さん以外必要ないんです。だから、なんでもします。その、怪力以外なら...なんでも」
巧は両腕を組んで息を押し殺すように唸り、気まずそうに遊駆を見る。
「…僕も協力するよ」
巧は両腕を組んで息を押し殺すように唸り、気まずそうに遊駆と輪廻を見る。
「僕が砂男の話をしたあと二人が見たっていうものだから、あれから僕も気になって夜な夜な調べてたんだよ。2人じゃシャクティマ使いが来ても対処できないからね。でも今回こういうことになったの、責任を感じてる。だから...お願い」
巧たちも味方になると宣言してくれた。
それでもなかなか踏ん切りがつかない。ふと、輪廻のほうを見た。何か考えたわけでもないが、無意識に向いていた。
「?」
…強がっている。輪廻の膝はぶるぶると震えている。これから起こることが恐怖で満ちていることは理解しているのだ。でも、勇気を出してついて来てくれるといったのだ。どれだけの覚悟を持って言ったかは、考えるまでもなかった。
遊駆はこれからどうするかを考えて、全員の言葉を信じてみることにした。いくら拒否しても絶対についてくると思ったのもあるが、正直なところ、同じ問題に一緒に立ち向かってくれる相手がいるのがありがたかった。
「それなら、よろしく頼む」
「よーし!じゃあこれからはマナサ探して、アナンシャ復活させて、世界を救おうぜ!」
輪廻は立ち上がり大きな声でそう言った。
話が終わり風呂に入った後に部屋に戻ると、時刻は夜の22時だった。
「これどこに置いとく?」
輪廻は遊駆の両手にある剣とノートを見て聞いてきた。あれから遊駆は神原たちに自分が見た夢のことを話した。それを聞いてそれぞれは不思議そうな反応をしていたが、巧は「器は何かのきっかけでアナンシャの夢を見るんじゃないかな」というと、ひとまずは、ということでその結論に落ち着いた。
そこで、もしかしたら他の記憶も見れるかもしれないということで剣とノートを預かってきたのだ。
「とりあえずクローゼットに置いておこう。それのほうがなくさない」
「よっしゃ。にしても変な話だよな。昔の人の夢を見る何てさー。また夢を見たら、みんなに言おうぜ。なんか手掛かりになるかも」
輪廻はクローゼットを開けると、「あ」と小さな声を漏らした。
「そういや砂男が落としてった服とかどうする?校長に渡しとくか?」
「…そうだな。また会える日に渡しに行こう」
2人は寝間着に着替え、ベッドに入る。正直、眠れない。
「寝れるか?」
「いいや」
「だよな。俺もだ。…なぁ、本音言っていいか?」
「…ああ」
「遊駆がさ、俺らのこと考えて問題から避けようとしてくれたの、ちょっと嬉しかった。校長先生の話聞いてる時、俺ら拒否権ないのかなって思ってたからさ。でもさ、もし遊駆は一人ぼっちになるなって考えたらすっげ―怖くなった。俺が遊駆から離れてプロを目指してる間も、一人で得体のしれない化け物と戦って、死んだらって」
「…」
「だからぜったそばにいなきゃなって。思ったんだよ」
「…俺も、一人は嫌だった。だから輪廻が一緒に協力してくれると言ってくれた時はうれしかった。本当に、感謝してる」
「へへ、どーも。じゃあ、寝るか。おやすみ」
「…ああ、おやすみ」
(ありがとう、輪廻)
遊駆は心の中で輪廻に対し感謝の言葉を伝えてそのまま目を閉じた。
第6話 終
次回予告
ついに判明した俺の使命。そしてアナンシャの復活を阻止しようとラクタ達に俺たちは立ち向かっていく。そして襲い掛かる第1の刺客。いよいよ戦いが始まる。
次回 遊戯王エターナルタイムRE:
第7話「ストレンジャー・イン・アカデミア」
俺を狙う砂の影...。
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