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HOME > 遊戯王SS一覧 > Scar / 9:弱者の街

Scar / 9:弱者の街 作:げっぱ

「デュエル!」


デュエリストたちは宣言と同時に、初期手札をドローする。

スカー「俺の先攻だ、ドロー。メインフェイズに通常魔法、「増援」を発動し……」


「増援」 通常魔法
①:デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。


アンの背後で先攻を取ったらしいスカーは、攻撃できない事も構わずに最初から全力でデッキを動かし回す。
以前にスカーから聞いた話では、一対一以外のデュエルでは全てのプレイヤーが自分の最初のターンに攻撃できず、また互いの人数が同数でないデュエルの場合は、必ず数が多い方が後攻となりドローができず、少ない方は逆に先攻に加えてドローができるのだと言う。
よって相手に直接ダメージを与えるカードの連打さえなければ1ターン目で決着が付く事はない、らしい。スカーのデュエルディスクが先攻のドローを許容していると言う事は、それは事実なのだろう。

そしてアンのデュエルディスクも、ターンの順番を決定した。アンが後攻だ。


先攻:マイバ / 手札:5 / LP:8000
□|□|□|□|□
□|□|□|□|□

□|□|□|□|□
□|□|□|□|□
後攻:アン / 手札:5 / LP:8000


マイバ「俺が先攻だ!」

マイバが引いた手札は余程良かったのか、見るなりニヤリと笑う。
苛烈なデュエルを目の前で見てきたアンからすれば、先攻から動くのか、様子見をするのか、処理の難しいモンスターが何の苦も無しに出てくるのか、不安で仕方ない。

マイバ「手札から機械族モンスター、「スクラップ・リサイクラー」を召喚するぜ!」

デュエルディスクに置かれたカードのモンスターが、先ほどと同じように装置によって実体化する。
出現するのは、二本のアームが付いた二輪駆動のバケツ、とでも表現しようか。
頭部か胴体か、とにかくそれにあたる部分はそれ自体が容器になっているらしく、その中には、鉄くずが入っていた。

「スクラップ・リサイクラー」 地 ☆3 ATK/900 DEF/1200
機械族/効果
①:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。デッキから機械族モンスター1体を墓地へ送る。
②:自分の墓地の機械族・地属性・レベル4モンスター2体をデッキに戻して発動できる。デッキから1枚ドローする。

マイバ「このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから機械族モンスター1体を墓地へ送る事ができる」

マイバ「俺はデッキから「マシンナーズ・ピースキーパー」を墓地へ送る!」

意気揚々と、マイバはデッキから1枚のカードを抜き取り、墓地ゾーンへ送る。

マイバ「そしてリバースカードを1枚伏せ、ターンエンド!」


先攻:マイバ / 手札:3 / LP:8000
■…リバースカード
ス…スクラップ・リサイクラー ATK/900 DEF/1200 攻撃
□|□| ■|□|□
□|□|ス|□|□

□|□|□|□|□
□|□|□|□|□
後攻:アン / 手札:5 / LP:8000


マイバがデュエルディスクにカードを伏せて置くと、それがカードの裏側のヴィジョンになって現れる。
公開情報であるが故に、こうしてリバースカードまでヴィジョンとなる。破壊手段にもよるが、このヴィジョンも破壊されればプレイヤーを襲う。
自分を守るための手段で自分を傷付ける、なんとも言い難い事になりかねないのだが……。

そしてデュエル慣れしているとは言え、マイバはその事実を恐れずにカードを伏せた。
スカーも、思い返せばウルフも、最初に戦った『カオスクロス』の構成員もそうだった。

いつかは自分もそれに慣れなければいけないのだろうか。そんな下らない事を思いながら、アンはカードを引く。

アン「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、メインフェイズに移行」

ターンが回ってきたアンは、少し考える。モンスターが1体と、伏せカードが1枚。
マイバの初手は、形としては様子見。先攻としてはよく見られるパターン、だったはずだ。スカーはそう教えていた。
それに対する答えは、「リバースカードを処理できないのであれば、全力を出すのは危険」。
リバースカードによって受け流されてしまい、結果的にこちらの損失が増えるからだそうだ。

実際、アンはスカーとの練習デュエルで何度もそう言った状況になり、何度も痛い目を見てきた。
また、アンの手札からして、攻めに出られる手段はない。ここは、目の前のモンスターをとりあえず退かす事にした。

アン「手札から「赤き剣のライムンドス」」を召喚」

アンが召喚するのは、亡き養父が愛用したモンスターの1体。
角が生えた人型のトカゲのような戦士のモンスターは、手にした炎の剣を振り払い、火の粉を散らす。

「赤き剣のライムンドス」 地 ☆4 ATK/1200 DEF/1300
戦士族
赤き炎の剣を持った戦士。炎の束縛で動きを封じる。

アン「バトルフェイズ。「赤き剣のライムンドス」で「スクラップ・リサイクラー」を攻撃」

攻撃宣言に、「ライムンドス」のヴィジョンは剣を構えて「スクラップ・リサイクラー」目掛け駆ける。

そして、マイバはニヤリと笑った。

マイバ「リバースカードオープン、通常罠「ゲットライド!」発動!」

マイバの宣言で、マイバ側のリバースカードのヴィジョンが立ち上がり、イラストが表になる。

「ゲットライド!」 通常罠
①:自分の墓地のユニオンモンスター1体を対象として発動できる。墓地のそのカードを装備可能な自分フィールドのモンスター1体に装備する。この効果はそのユニオンモンスターの効果による装備として扱う。

マイバ「その効果で、墓地の「マシンナーズ・ピースキーパー」を機械族である「スクラップ・リサイクラー」にユニオンする!」

表側表示になった「ゲットライド!」のカードのヴィジョンから、三輪駆動の小さな機械が飛び出す。
それはその勢いのまま「スクラップ・リサイクラー」の周囲を一周し、その真後ろである魔法・罠ゾーンで停止する。

「マシンナーズ・ピースキーパー」 地 ☆2 ATK/500 DEF/400
機械族/ユニオン/効果
①:フィールドのこのカードが破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキからユニオンモンスター1体を手札に加える。
②:1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分フィールドの機械族モンスター1体を対象とし、このカードを装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。装備モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。
●装備されているこのカードを特殊召喚する。


ユニオン。聞いた事がない行動だが、アンは冷静にデュエルディスクを見て、「ゲットライド!」と「マシンナーズ・ピースキーパー」のカードを確認する。
どうやら見る限りは、ウルフが使用した「チューナー」と同じく特殊分類のモンスターのようだ。
その性質は、「融合武器-ムラサメブレード」のような装備カード。

「ライムンドス」を迎撃するためのものではない。
よって「ライムンドス」は止まらずに「スクラップ・リサイクラー」の前に立ち、炎の剣を逆袈裟斬りの流れで払う。

その時、「スクラップ・リサイクラー」の後ろにいた「ピースキーパー」が飛び出した。
「ライムンドス」は咄嗟にそれを両断。「ピースキーパー」は爆発し、ヴィジョンの欠片をばら撒いた。

マイバ「「ピースキーパー」とユニオンしているモンスターが破壊される場合、代わりに「ピースキーパー」を破壊する!」LP:8000→7700

マイバ「そしてフィールドで破壊された「ピースキーパー」の効果発動! デッキからユニオンモンスター1体を手札に加える!」

マイバ「「強化支援メカ・ヘビーウェポン」を手札に加えるぜ!」

したり顔でカードを手札に加えるマイバ。
これで、マイバは次のターンの攻め手を確保できた事になる。今のところ、マイバの思い通りになっているはずだ。

対してこちらは攻撃力が低いモンスターが攻撃表示で1体だけ。
リバースカードがいくらあっても安心できる状況ではないが、やれる事はする。

アン「バトルフェイズを終了して、カードを2枚セット。ターン終了」


先攻:マイバ / 手札:4 / LP:7700
ス…スクラップ・リサイクラー ATK/900 DEF/1200 攻撃
□|□| □|□|□
□|□|ス|□|□

□|□|赤|□|□
□|■| □ |■|□
赤…赤き剣のライムンドス ATK/1200 DEF/1300 攻撃
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:8000


ターンを受け取り、マイバは不敵に笑った。

マイバ「俺のターン! さっき手札に加えた「ヘビーウェポン」を召喚!」

ヴィジョンの光がサークル状に発生し、その中央から、戦闘機のようなフォルムの機械が現れる。
後部のジェットから火を噴き、どう言った原理かその場に滞空する。


「強化支援メカ・ヘビーウェポン」 闇 ☆3 ATK/500 DEF/500
機械族/ユニオン/効果
①:1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分フィールドの機械族モンスター1体を対象とし、このカードを装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。装備モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。
●装備されているこのカードを特殊召喚する。
②:装備モンスターの攻撃力・守備力は500アップする。


マイバ「そして「スクラップ・リサイクラー」にユニオン!」

「ヘビーウェポン」は「ピースキーパー」と同様に「スクラップ・リサイクラー」の周りを一周して、その後ろにて停止。

マイバ「「ヘビーウェポン」をユニオンした機械族モンスターの攻撃力・守備力は500アップする!」

アン「攻撃力1400……」

マイバ「バトルフェイズだ! 「スクラップ・リサイクラー」で「赤き剣のライムンドス」を攻撃! ミンチにしてやれ!」

攻撃宣言に従い、「スクラップ・リサイクラー」は発進。頭に溜め込んだスクラップをいくつか落としながら、かなりの速度で「ライムンドス」に迫る。
そして、その後ろに追従する「ヘビーウェポン」。両機を見据え、ライムンドスは炎の剣を構えた。

「ライムンドス」と「スクラップ・リサイクラー」が衝突する寸前、「ヘビーウェポン」が前方に有する二門の砲門から、青白いレーザービームが放たれた。
二本の青い線は微妙な曲線を描いて「ライムンドス」が持つ炎の剣を直撃。弾かれたそれは戦士の手を離れ、ヴィジョンが四散する。
得物を失った「ライムンドス」には防御の術も迎撃の手段も無く、無防備なその瞬間、「スクラップ・リサイクラー」のタックルが襲った。

吹き飛ばされる「ライムンドス」。戦闘での破壊が確定し、そのヴィジョンがガラスのように砕け散った。


「赤き剣のライムンドス」破壊!


襲い来るヴィジョンの欠片から体を守るアン。しかし細かい破片が、アンの体のそこらかしこを傷付けた。

アン「う……」LP:8000→7800

自分の腕にできた細い切り傷、そこから「つぅ」と細く流れる血。
これが実戦。傷付けあう事しかできない装置を使った、本当のデュエル。
下手をすれば命を失う実感が、吹き抜ける風に染みる傷口越しに全身に行き渡る。

アンは頭を振って、血を拭い、その実感をぷちっと潰した。
スカーは、アンの為にその血を流したのだ。アンが知らないそれ以前から、そんな感覚を堪えてきたのだ。
そのスカーの真後ろで、この体が傷付く事を恐れる権利があろうものか。
大体にして今の攻撃、大きなヴィジョンの破片が当たっていれば間違いなく死んでいたのだ。
それを考えれば、この程度の出血は幸運の一つに過ぎない。まだ、生きているのだ。

そんなヤケクソ気味な思考で、アンは自信を奮起させ、次のマイバの行動に備える。

マイバ「さぁて、お嬢ちゃんは何ターン耐えられるかなァ? ターンエンド!」


先攻:マイバ / 手札:4 / LP:7700
ス…スクラップ・リサイクラー ATK/900 DEF/1200 攻撃
強…強化支援メカ・ヘビーウェポン(ユニオン) 対象:「スクラップ・リサイクラー」
□|□|強|□|□
□|□|ス|□|□

□|□|□|□|□
□|■|□|■|□
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7800


アン(……あれ?)

その宣言を聞いたアンは拍子抜けした。

ここまでは、正直言って初めてのデュエルと同じ。似たような状況で、似たようなセリフを言われ、『カオスクロス』の構成員に嬲られたのだ。
違うのは、構成員の言葉は大きな余裕を残していた事。対してマイバは、まるでこれこそが渾身であり、全力の一つであると言わんばかりだ。

またスカーとの練習の際、スカーが繰り出す攻勢は当然ながらこの非ではない。
時にはスカーの後攻1ターン目にしてこちらのライフが三桁になるまで削られた事もある。
最初の練習の時の勝利は何だったのか、結局あの一度しか勝てていない……と、余計な事まで思い出してしまう。

とにかく、比較対象が悪いのもあるのだろうが、アンが想定していたデュエル内容とはかけ離れていた。


こんなものか?


そんな感想さえ抱いてしまう。しかし瞬時に「如何なる時も油断をしない、効果はどこから発動されるか分からない」と言うスカーの教えを思い出し、改めて気を引き締める。
なんて言ったって、それを教えた本人が真後ろにいるのだ。腑抜けたデュエルなど見せては怒られる。

アン「わ、私のターン、ドロー」

ぐちゃぐちゃな思考のまま、アンはターンを受け取り、カードをドローする。
そして引いたカードと自身の手札、伏せたカードを見比べ、次の行動を吟味する。
そうしている間に冷静になる事ができた。油断と恐怖を考えから排除し、最も安全な行動を選ぶ。

アン「メインフェイズに移行。リバースカードオープン、速攻魔法「怪人軍団の強襲」」


「怪人軍団の強襲」 速攻魔法
①:相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない時に発動できる。デッキからレベル4以下の「怪人」モンスター1体を特殊召喚する。


アン「相手フィールドにモンスターがいて、私のフィールドにモンスターがいない時、デッキからレベル4以下の「怪人」モンスターを特殊召喚する」

アン「私が特殊召喚するのは「怪人サターナーズ」」


発動されたカードのエフェクトに伴い、何処かから甲高い笛の音が鳴り渡る。
誘われ、着地の際に土埃を巻き上げるのは、巨大な一本の角を頭部に持った甲虫を思い出させるモンスター。


「怪人サターナーズ」 地 ☆4 ATK/1700 DEF/2000
戦士族/効果
①:このカードが「怪人」カードの効果によって特殊召喚に成功した時、相手フィールドのモンスター1体を対象として発動する。そのカードを破壊する。


マイバ「レ、レベル4で攻撃力1700……!?」

マイバがその情報を零した事で、周囲がざわついた。
攻撃力1700。確かに高いが、実力のあるデュエリストであれば見慣れた数値ではあり、大して反応するべき事柄ではない。
何処か変な調子に、アンは違和感を覚えながらも、デュエルを続行する。

アン「このカードが「怪人」カードの効果で特殊召喚に成功した時、効果発動。相手フィールドのモンスター1体を対象として、破壊する」

アン「対象は「スクラップ・リサイクラー」。「サターナーズ」、サタン・アサルト」

効果の対象が決まり、「サターナーズ」は甲殻の中から薄い二対の羽を取り出し、高速で羽ばたかせる。
そして飛び出し、地面を踏み抜き、そこからは初速にして最速。加速のままに「スクラップ・リサイクラー」へと迫る。

マイバ「くっ! 「ヘビーウェポン」がユニオン状態の時、装備モンスターが破壊される場合、代わりに「ヘビーウェポン」を破壊する!」

その行く手を遮った「ヘビーウェポン」は、「スクラップ・リサイクラー」の身代わりとなり、猛々しい一本角によって貫かれ、上空へと運ばれる。
貫通した箇所から火花を散らし、爆発四散。部品がそこらかしこに散らばった。


「強化支援メカ・ヘビーウェポン」大破!


指令を遂行した「サターナーズ」は、悠々とアンの傍に舞い戻り、羽をしまう。

これで「スクラップ・リサイクラー」を守る手段はなくなり、マイバのフィールドに伏せカードはない。
手札から効果を発動できるカードも存在するらしいが、この状況でそれを警戒しても仕方がない。
場数を踏んでいないアンは、実直であろうが、正攻法で攻め立てる。

アン「バトルフェイズ。「サターナーズ」で「スクラップ・リサイクラー」を攻撃」

「サターナーズ」の低い雄叫びが響く。先ほど破壊し損ねた相手を、今度こそは破壊すべく、今度は自らの足で肉薄する。
重々しい足音がカウントダウンのように、間もなく「スクラップ・リサイクラー」の眼前へ到達。
掲げた拳を、何一つ躊躇いなく振り下ろす。頭部を殴打された「スクラップ・リサイクラー」は、集めたガラクタを撒き散らしながら、ヴィジョンとしてガラスのように砕け散った。


「スクラップ・リサイクラー」破壊!


マイバ「くっ……俺のモンスターが!」LP:7700→7100

アン「バトルフェイズを終了して、メインフェイズ2にリバースカードを1枚セット。ターン終了」


先攻:マイバ / 手札:4 / LP:7100
□|□|□|□|□
□|□|□|□|□

□|□|サ|□|□
□|■| □|■|□
サ…怪人サターナーズ ATK/1700 DEF/2000 攻撃
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7800


マイバ「チクショウ……俺のターン、ドロー!」

悪態を吐きながらも、マイバはカードを引く。その時、マイバの顔つきが変わった。
先ほどまでの自信に満ちた表情でもなく、焦りを滲ませた表情でもない。

アンは知らない。それは、本気を出す人間の顔だった。

マイバ「モンスターを裏守備表示! これでターンエンド……!」

しかし反撃に出る事はなく、モンスターを伏せただけでターンを終了する。
魔法、罠カードさえも伏せず、とても挽回に挑む盤面とは言い難い。
だが宣言されてしまった以上は、無情であろうが何だろうが、デュエルは進行する。


先攻:マイバ / 手札:4 / LP:7100
◆…リバースモンスター
□|□| □|□|□
□|□|◆|□|□

□|□|サ|□|□
□|■| □ |■|□
サ…怪人サターナーズ ATK/1700 DEF/2000 攻撃
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7800


アン「私のターン、ドロー」

カードを引きながら、アンは思案する。

一見して、打てる手段が無く防御。それにしては、ドローカードを見たマイバの表情が引っかかる。
あのモンスターがこの状況をひっくり返せるカードだと想定するのは問題ないとして、それを考えなしに戦闘破壊するのは気が引ける。
セットモンスターならば「超怪人メタルビースト」の効果で除去できるのだが、アンの今の手札ではそれをエクシーズ召喚できない。

不安だが、踏み込むしかない。

アン「メインフェイズに移行して、「エルディーン」を召喚」


「エルディーン」 光 ☆3 ATK/950 DEF/1000
魔法使い族
手にする杖を使い、様々な魔法で攻撃してくる。


光のエフェクトの中から現れるのは、杖を手にしたローブを纏う魔女のモンスター。
「ライムンドス」と同じく効果を持たない通常モンスターであり、アンが自らのデッキから抜き出し、敢えて加えたカードである。
「ライムンドス」が父の愛用するモンスターであれば、こちらはアンが好きなモンスターだ。

弱い通常モンスターなだけに盤面に対する安心感こそないが、攻撃するにしろ直接攻撃を防ぐ壁にしろ、出しておいて損はない。
伏せカードが無いのであれば、妨害される事もないと判断し、アンはバトルフェイズに突入した。

アン「バトルフェイズ。「サターナーズ」でセットモンスターを攻撃」

「サターナーズ」は地面を蹴り、跳躍で低い軌道を描く。
カードの裏面のヴィジョンを、力強く殴りつけた。同時に、表側表示になり、その正体が現れる。

出現したヴィジョンは、円らな瞳を持つ、幼体のトカゲのような愛らしいモンスター。「コドモドラゴン」。
その見てくれは、やはり逆転を引き起こすカードのようには思えない。
だがその理由を、効果の説明を以ってマイバは語った。

マイバ「セットモンスターは「コドモドラゴン」! このカードが墓地へ送られた時に効果発動!」

マイバ「手札からレベルに関係なく、ドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する!」


「コドモドラゴン」 地 ☆3 ATK/100 DEF/200
「コドモドラゴン」の効果は1ターンに1度しか使用できず、この効果を発動するターン、自分はドラゴン族モンスターしか特殊召喚できず、バトルフェイズを行えない。
①:このカードが墓地へ送られた場合に発動できる。手札からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。


レベルに関係なく、特殊召喚する。それこそが、マイバの表情の正体だった。

その効果を使えば、如何なるレベルのモンスターであろうが、ドラゴン族であれば特殊召喚できる。
どれほど高い攻撃力を持つモンスターであろうが、強力な効果を持つモンスターであろうが、関係ない。
たとえ、その攻撃力で、効果で、アンの肉体を一撃で消し飛ばすものであっても。

マイバ「来い、俺の切り札!」

アンが己の慢心を悔いようとも、マイバは容赦などせず、手札から1枚のカードを抜き取り、デュエルディスクにセットする。
アンにできる事と言えば、伏せた二枚のリバースカードでこの命を繋ぎ止められるかどうかを祈り、負けずに睨み返すだけ。

光り輝くヴィジョンの中から、猛々しく甲高い鳴き声を上げ、モンスターが飛翔する。

マイバ「「天空竜(スカイ・ドラゴン)」!」


「天空竜」 風 ☆6 ATK/1900 DEF/1800
ドラゴン族
4枚の羽を持つ、鳥の姿をしたドラゴン。刃の羽で攻撃。


腕を持たず、代わりに背中には鋭利な輝きを放つ四枚の翼を持ち、足には鋭い鍵爪を持つドラゴンは、光から離れその場で強く羽ばたき滞空する。
見た目こそ強そうなモンスターであるが、デュエルディスクの情報を見たアンは、言葉を失った。

通常モンスターで、攻撃力は手軽に出せる「超怪人メタルビースト」よりも低い。これが切り札。
あまり言いたくはないが、「隻眼の水竜」を切り札とするアンと程度が変わらないではないか。

抱いていた恐れとはかけ離れた現実に、アンは言葉を失ったまま、もう一度「天空竜」のヴィジョンを見上げる。

マイバ「どうした? 言葉も出ねえか!」

出ない。

が、アンの場のモンスターも手が出せない。

アン「……バトルフェイズを終了してメインフェイズ2。そのままターン終了」

無理をする理由もなく、また次のターンが訪れたとしても、リバースカードでどうにかできる。
アンはマイバの切り札を残したまま、ターンを終えた。


先攻:マイバ / 手札:3 / LP:7100
天…天空竜 ATK/1900 DEF/1800 攻撃
□|□| □ |□|□
□|□|天|□|□

□|エ|サ|□|□
□| ■ | □|■|□
エ…エルディーン ATK/950 DEF/1000 攻撃
サ…怪人サターナーズ ATK/1700 DEF/2000 攻撃
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7800


アンが退いたのを優勢と見たらしいマイバは、デュエル開始前と同じように厳つく笑った。

マイバ「手も足も出ないようだな! 悪いがこのまま、押し切るぜ!」

マイバ「ドロー! 「悪の無名戦士」を召喚!」

カードドローの勢いに乗せて、マイバはモンスターを召喚する。
出でるのは、まるで悪魔に魂を売ったかのような風体の、人型のモンスター。


「悪の無名剣士」 闇 ☆3 ATK/1000 DEF/500
戦士族
素早い動きで真空を作り出し、相手を切り刻む戦士。


地に足を着け、手首から生え出た刃を見せ付けるように胸の前に掲げ、素早く振って見せた。
それが原因かどうか、少しだけ、アンの許まで風が届いた。

マイバ「バトルフェイズ! 「天空竜」で「怪人サターナーズ」を攻撃! その虫をズタズタにしてやれぇ!」

宣言を受け、「天空竜」は一際強い甲高い雄叫びと共に刃の羽を広げ、「サターナーズ」を狙って滑空する。
生物学上の都合などデュエルモンスターズには存在しないが、とは言え見た目は捕食の瞬間。
迎撃を試みる「サターナーズ」の健闘も虚しく、その体躯は「天空竜」が誇る羽の刃によって両断された。


「怪人サターナーズ」破壊!


アン「あ、うん……」LP:7800→7600

砕けたヴィジョンの欠片から体を守りながら、アンは気の抜けた反応をする。

マイバ「まだだぜ、「悪の無名剣士」で「エルディーン」を攻撃だ!」

まともなリアクションもままならぬアンを置き去りにして、マイバは続けて攻撃を宣言する。

「悪の無名戦士」は手首から生えた刃を振り抜き、一直線に「エルディーン」へと疾駆。
凶刃が迸り、目にも留まらぬ三連撃が、「エルディーン」の身体を切り裂いた。


「エルディーン」破壊!


アン「…………」LP:7600→7550

続いて襲い掛かる欠片からも体を縮こまらせて守りつつ、だがその表情からはデュエル開始前のような不安は窺えない。
寧ろその顔は、余裕であると同時に疑惑を孕んでいた。
このデュエル自体に嫌な予感がしていたのだ。

マイバ「ハハハ! ビビらせやがって、ターンエンド!」

その予感は、マイバが何も伏せずにターン終了した事で確信に変わり、ついでに驚きのあまりアンは思考を奪われた。


先攻:マイバ / 手札:3 / LP:7100
天…天空竜 ATK/1900 DEF/1800 攻撃
悪…悪の無名剣士 ATK/1000 DEF/500 攻撃
□| □ | □|□|□
□|悪|天|□|□

□|□|□|□|□
□|■|□|■|□
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7550


アン「私のターン、ドロー……」

とりあえず、アンはカードを引く。
そして真っ白になりかけた頭に、少しずつ、状況を書き込んで整理する。
そうする最中で、どうしても拭いきれない思いが、どうにも邪魔をした。

この人は、きっと、以前までの自分と同じだ。

違うところがあるとすれば、周囲に人がいて、その人たちの中で最も強いと言う事。
しかし世の中は広いと知ったアンにとって、その最強は仮初のものでしかない。
いや……恐らくは、そんな事はマイバ本人も分かっているのだろう。

そうであれば、この勝負は、スカーが経験してきた命がけの物ではない。
この勝負は、決して誰かが傷付いて良いものではない。

余計な事に気付いてしまったのを悔やみながら、とは言えそれも仕方のない事だと、アンは考える。
そうなれば、アンの目標はただの勝利から更なる技術の高みへとシフトする。

手加減。それができるほど自分にセンスがあるか、余裕があるか、相手の力量を見誤っていないか。
なるほど確かに、これは良い授業だ。

アンはこれもまだ知らないが、それはスカーに対する「皮肉」と言うものだった。

アン「メインフェイズに移行して、通常魔法「増援」を発動」

スカーがデュエル開始前に発動したそのカードを、アンも同じように発動する。

アン「デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。私はレベル4の戦士族モンスター、「怪人ゲルリアン」を手札に加えて、そのまま召喚」


「怪人ゲルリアン」 水 ☆4 ATK/1100 DEF/1600 
戦士族/効果
①:このカードが召喚に成功した時に発動する。デッキから「怪人ゲルリアン」を1体特殊召喚する。
②:1ターンに1度、自分の墓地の「怪人」モンスター2体をデッキに戻して発動できる。デッキから1枚ドローする。


呼び出されたゲル状のモンスターは、辛うじて人型に見えるように形をとり、腕と思しきものを伸ばして構える。
未だに、このモンスターをヴィジョンで見ると、アンは心臓が落ち着かない。
選り好みなどできないのは分かっているし、使っている内にその頼もしさが理解できているので、気持ちとしては微妙だが。

マイバ「だが、そのモンスターじゃ俺の「天空竜」は倒せねえ!」

自慢のモンスターを召喚した事で、マイバは勝利を確信しているようだ。
それを砕いてしまってよいものか。逡巡は、視界に映る野次馬の厭らしい笑みで消え、即座に決した。

元々売られた喧嘩を買ったまでで、その最中に同情の余地を見つけたに過ぎない。
とりあえず叩きのめしてからでも、考えるのは遅くないだろう。

アン「召喚に成功した「怪人ゲルリアン」の効果発動。デッキからもう1体の「ゲルリアン」を特殊召喚する」

召喚した「ゲルリアン」の効果を発動し、デッキからもう1枚のゲルリアンのカードを抜き取り、デュエルディスクにセットする。
その挙動に合わせ、「ゲルリアン」のヴィジョンが蠢いて膨れ、分裂した。

マイバ「モンスターをいくら並べても……!」

アン「私は2体のレベル4の「ゲルリアン」でオーバーレイ」

アンのその宣言で、周囲は騒然とする。
誰も彼もがその顔に驚愕を浮かべているのだ。そしてアンを見ているのだから、変な気分だった。
こそばゆい感覚の中、アンはエクストラデッキからカードを抜き取り、2体の「ゲルリアン」のカードを重ね、その上に置く。

素材に指定された2体の「ゲルリアン」のヴィジョンは光の玉となり、その場で交差するような円を描く。

アン「力を貸して……「超怪人メタルビースト」!」

アンがその名を呼ぶと同時に、光の玉の間から歪な怪物が現れた。
鉄の鎧を纏った異形の怪物は、重々しい着地を果たし、低く轟くような雄叫びを上げて存在を知らしめる。
その周囲を、二つの光の玉がエクシーズ素材として漂う。


「超怪人メタルビースト」 闇 ランク4 ATK/2200 DEF/1000
獣戦士族/エクシーズ/効果
レベル4「怪人」モンスター×2
①:このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドにセットされているカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。


「メタルビースト」のヴィジョンが現れるや、アンが宣言した時以上に、周囲が騒ぎ始める。

マイバ「そ、そのモンスターは『カオスクロス』の……! お前ら、まさかっ……!」

どうやら『カオスクロス』の構成員だと思われてしまったようだ。早とちりした何人かは蜘蛛の子を散らして逃げていく。
スカーが言うにはこの「怪人」のカードたちは『カオスクロス』の構成員に支給される基本デッキだそうなので、それも仕方ない事ではある。
ただ、『カオスクロス』の圧政に間接的に苦しめられた身として、そして今現在は使用しているカードとは言え、これらに苦しめられた過去を持つ者として、その勘違いは甚だ心外である。

アン「あの、違う。『カオスクロス』じゃない」

マイバ「ふ、ふざけるんじゃねえ! だったらそのモンスターは何だってんだ!」

アン「これは……」

私の後ろにいる人が『カオスクロス』の構成員とのデュエルに勝利して強奪して私にくれました。

言って、この世界の何人が信じてくれるだろう。アンが赤の他人であれば、絶対に信じない話だ。
冷静になったところで、彼らに説明する理由も義理もない事に気付き、アンは深く考えるのをやめた。

アン「…………バトルフェイズ。「メタルビースト」で「天空竜」を攻撃。「メタルビースト」、メタル・スクラッチ」

マイバ「く、クソがぁ! こうなったらやってやるぜ! 迎え撃て「天空竜」!」

互いのモンスターは臨戦態勢に入り、正面から接近し合う。
低く駆ける「メタルビースト」、空中から滑空する「天空竜」。

擦れ違うその瞬間、「メタルビースト」は滑り込ませるように腕を伸ばし、「天空竜」の顔面に爪を立てる。
切り札が持つ得物も、真正面の敵には当たらず、意味がない。
後はその勢いのまま、「天空竜」の身体を縦に引き裂いた。


「天空竜」破壊!


マイバ「ぐわあっ!」LP:7100→6800

砕け散った「天空竜」のヴィジョンの破片が、マイバへと降りかかる。
アンよりも巨体であるからか、その幾つかが体を傷付けるのが見えた。

肌に生まれた傷から、細く血が流れていく。

その原因が自分である事が、どうにも胸を苦しめて仕方がない。
手加減をして、かつ、早く終わらせたい。

アン「バトルフェイズを終了して、ターン終了」


先攻:マイバ / 手札:3 / LP:6800
悪…悪の無名剣士 ATK/1000 DEF/500 攻撃
□| □ |□|□|□
□|悪|□|□|□

□|□|鉄|□|□
□|■| □ |■|□
鉄…超怪人メタルビースト ATK/2200 DEF/1000
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7550


興奮し、荒く息を吐くマイバ。しかしその眼差しには反骨の闘志が残っていた。

マイバ「クソったれェ……ブッ倒す、『カオスクロス』ゥ……! 俺のターン、ドロー!」

勇んでカードを引き、一瞥する。それを静かに、デュエルディスクに伏せた。

マイバ「……リバースカードを1枚伏せ、モンスターもセット。「悪の無名剣士」を守備表示にしてターンエンド……!」

だが、マイバにはまだ戦意が残っていた。それが、リバースカードに再び望みを託したものかどうか、分からない。
ただ、諦めない心を、一介のゴロツキでありながら持っているようだった。


先攻:マイバ / 手札:2 / LP:6800
■…リバースカード
悪…悪の無名剣士 ATK/1000 DEF/500 守備
◆…リバースモンスター
□| □ |■|□|□
□|悪|◆|□|□

□|□|鉄|□|□
□|■| □ |■|□
鉄…超怪人メタルビースト ATK/2200 DEF/1000
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7800



アン「私のターン、ドロー」

だとして、手加減はしても容赦する理由は無い。その伏せカードに望みを託すのであれば、剥奪するまで。

アン「メインフェイズに移行。「超怪人メタルビースト」のエクシーズ素材を1つ取り除いてその効果を発動」
取り除いたエクシーズ素材→「怪人ゲルリアン」

アン「相手フィールドのセットカード1枚を対象にして、そのカードを破壊する。リバースカードを破壊する」

マイバ「何だと!」

マイバが驚いた事に、アンは驚いた。
フィールドに表側表示で存在するカードは、その能力の全てが公開情報である。
故にデュエルディスクで確認できる、はずなのに。それすらも知らないのか。

……と、思ったが、アンもスカーと出会うまでそんな機能は知りもしなかった。あいこである。

発動してしまった効果は中止できない。
「メタルビースト」は周囲に漂うエクシーズ素材のヴィジョンの一つを食べる。
雄叫びを上げ、すると「メタルビースト」が纏う鉄の表面の一部が、鋭い突起へと変質する。
ギミックが作動し、空気が吐き出される音と共に、その突起が射出され、一直線にマイバのリバースカードの中央を貫いた。


リバースカード→「炸裂装甲(リアクティブアーマー)」破壊!


マイバ「くっ……この、『カオスクロス』の怪物が……!」

とんだ風評被害だが、気にしても仕方がないのでアンはそのまま続ける。

アン「次に墓地の「サターナーズ」を対象にして通常魔法「怪人再生」を発動」


「怪人再生」 通常魔法
①:自分の墓地の「怪人」モンスター1体を対象として発動できる。そのカードを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力・守備力は500ダウンする。


アン「墓地のそのカードの攻撃力・守備力を500ダウンして特殊召喚する」

発動のエフェクトで、地面から突如、腕が生え出る。
続いて上半身、そして下半身と、姿を現すのは不完全な再生を遂げた「サターナーズ」。
「天空竜」に両断された腹を、居心地悪そうに撫でる。障ったせいか、少し中身が出ていた。


「怪人サターナーズ」再生!


アン「そしてこれは「怪人」カードによる特殊召喚だから、「サターナーズ」の効果をもう一度発動する」

マイバ「また、そいつか!」

アン「リバースモンスターを破壊する。サタン・アサルト」

他の部位の再生は不完全でも、象徴たる角は健在である。
よって「サターナーズ」は羽を広げ、突進を繰り出し、リバースカードのヴィジョンをその角で貫いた。


リバースモンスター→「ホログラー」破壊!


マイバ「ぐおっ!」

アン「バトルフェイズ。「サターナーズ」で「悪の無名剣士」を攻撃」

フィールド上での妨害の憂いが無くなったところで、攻撃に移る。
「サターナーズ」は崩れかけた肉体を引き摺るようにして、それでも勇ましく走る。
重々しい足音を鳴らして、肉薄した「悪の無名剣士」を、力の限り殴りつけた。

モンスターのヴィジョンが拉げる。


「悪の無名剣士」破壊!


マイバ「ま、まずいっ……!」

これでマイバの場のモンスターは居なくなり、攻撃が全て、マイバ本人を襲う。
攻撃するモンスターの攻撃手段、或いは攻撃力次第では、そのまま死に直結する状態だ。

アン「「超怪人メタルビースト」でダイレクトアタック。メタル・スクラッチ」

宣言の後、「メタルビースト」のヴィジョンが飛び出すその前に、アンは「優しくね」と付け足した。
ヴィジョンにこのような注文が通用するのかは疑問だが、それはそれとして攻撃力2200のダイレクトアタックを受けては無事では済まない。

「メタルビースト」のヴィジョンは聞いているんだかいないんだか、いつも通りの咆哮で空間を震わし、駆け出す。
荒々しく爪で地面を削り、瞬く間にマイバに切迫。その爪を振り下ろした。

マイバ「ヒッ……ぎゃあっ!」

両腕で体を守り、体を小さくするマイバ。それでヴィジョンの攻撃から逃れられるはずはなく、その巨体は衝撃で弾き飛ばされる。
悲鳴を上げて倒れるが、呻きながらもすぐに起き上がった。
どうにも、手加減はしてくれたようだ。アンの傍に戻ってきた「メタルビースト」のヴィジョンの腿にあたる部分を「よしよし」と言いながら撫でてやる。

マイバ「こ、このぉ……!」LP:6800→4600

アン「バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に移行して、ターン終了」


先攻:マイバ / 手札:2 / LP:4600
□|□|□|□|□
□|□|□|□|□

□|サ|鉄|□|□
□| ■| □ |■|□
サ…怪人サターナーズ ATK/1200(1700) DEF/1500(2000)
鉄…超怪人メタルビースト ATK/2200 DEF/1000
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7550


立ち上がるマイバ、少しだけよろけ、だがしっかりと、アンを睨み付ける。
デュエルディスクを構える腕が震えている。

マイバ「クソが……お前らはいつもそうだ……俺たちから、全てを奪っていきやがる」

マイバ「俺たち『弱者』から、これ以上何を奪おうってんだよ!」

マイバ「ブッ倒す、絶対に……負けるかよ!」

マイバ「俺のターン、ドロー!」

マイバ「よしっ、手札から「暗黒魔神 ナイトメア」を召喚!」

ドローカードを手札に加え、それとは別のカードを手に取り、モンスターの召喚を宣言する。
マイバの目の前に暗闇が現れ、そこから腕が一本、二本、三本、四本……。
這い出してきたのは、幾つもの顔面に、四本の腕を持つ不気味なモンスターだった。


「暗黒魔神 ナイトメア」 闇 ☆4 ATK/1300 DEF/1100
悪魔族
夢の中に潜むと言われている悪魔。寝ている間に命を奪う。


マイバ「バトルフェイズだ! 「暗黒魔神 ナイトメア」で攻撃力の下がった「怪人サターナーズ」を攻撃!」

「暗黒魔神 ナイトメア」は両腕の拳を対の拳とぶつけ合って打ち鳴らし、地面を踏み砕いて進む。
身体が崩れかけた「サターナーズ」の前に立つと、嫌に高い絶叫を上げ、全ての腕で殴りかかった。
上の左腕が頭部を弾き飛ばし、残る三本の腕がぐずぐずの胴を貫いた。


「怪人サターナーズ」破壊!


アン「うわ…………」LP:7550→7450

ヴィジョンが砕ける前に、「サターナーズ」のドロドロになった身体の一部がアンに降りかかる。
所詮はヴィジョンなのですぐに消えるが、リアルな感触が気持ち悪く残る。

マイバ「バトルフェイズを終了! そして通常魔法「地割れ」を発動!」

アンがそれに気を取られている間に、マイバは間髪入れずにカードを発動した。


「地割れ」 通常魔法
①:相手フィールドの一番攻撃力が低いモンスター1体を破壊する。


マイバ「その効果でお前のフィールドの一番攻撃力が低いモンスター1体を破壊する! お前のフィールドには「超怪人メタルビースト」のみ、よってそいつを破壊する!」

ビシビシと音を立てて、「メタルビースト」の足元に罅が入る。
デュエルディスクの『装置』が齎す範囲の広さに驚いている間に、罅は更に広がっていく。
そして一瞬、ついに地面が割れて、「メタルビースト」の姿はその狭間に飲み込まれていった。


「超怪人メタルビースト」破壊!


アン「わっ……!」

堪らず、アンは声を上げる。一歩踏み外せば自分もその後ろを追い掛けかねない。
「メタルビースト」の断末魔がこだまして聞こえる、破壊の深淵に……。
ごくりと、口の中に溜まっていた唾を飲み込んだ。

マイバ「どうだ! 俺はこれでターンエンド!」


先攻:マイバ / 手札:1 / LP:4600
ナ…暗黒魔神 ナイトメア ATK/1300 DEF/1100 攻撃
□|□| □|□|□
□|□|ナ|□|□

□|□|□|□|□
□|■|□|■|□
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7550


如何なる時も油断はしない。スカーの言葉をようやく理解し、そして噛み締める。
不測の事態が無ければ勝利は容易。だが不測の事態が多すぎるのであれば、それはたちまち至難に変わる。
今までの慢心を改め、アンは再びデュエルに臨む。

傷付けたくないのは本意であるが、それよりも前に自分の世話だ。

アン「私のターン、ドロー。……スタンバイフェイズ、メインフェイズ」

アン「リバースカードオープン、通常罠「超怪人再生」を発動」


「超怪人再生」 通常罠
①:自分の墓地の「超怪人」Xモンスター1体を対象として発動する。そのカードを特殊召喚し、このカードを下に重ねてX素材とする。
②:X素材のこのカードを持っているモンスターが効果の対象になった時、このカードをX素材として取り除いて発動できる。その効果を無効にする。


アン「自分の墓地の「超怪人」エクシーズモンスター1体を対象にして、そのカードを特殊召喚する」

マイバ「なっ……ば、馬鹿な……」

必死になって倒したモンスターが容易く蘇ってくる絶望に、マイバの顔が歪む。
しかし情けはかけない。もといかけられない。

アン「私の墓地の「超怪人」は1体だけ……「超怪人メタルビースト」を特殊召喚」

割れたままの地面から、咆哮が轟く。
金属が土を抉る音が底の方から、だんだんと這い上がってくる。
ザンッ、と影が飛び出した。割れた地面から離れたところに、重々しい音を立てて着地する、鉄の獣。

帰還を喜ぶように、怒りを剥き出しにするように、「メタルビースト」は吼えた。


「超怪人メタルビースト」超再生!


アン「その後、「超怪人再生」を特殊召喚したモンスターのX素材にする」

「超怪人再生」のヴィジョンが光の玉となり、「メタルビースト」の周囲を漂い始める。
これで攻め手は確保した。

アン「バトルフェイズ。「メタルビースト」で「暗黒魔神 ナイトメア」を攻撃。メタル・スクラッチ」

怒りに満ちた「メタルビースト」の動きは速い。
瞬く間に「暗黒魔神」の前に立ち、その爪を振り下ろした。


「暗黒魔神 ナイトメア」破壊!


マイバ「ぐわああッ!」LP:4600→3700

破壊された「暗黒魔神 ナイトメア」のヴィジョンが砕け、マイバに降りかかる。

アンの心に淀みが堪る。誰かが苦しむ様は、特に自分と似通った人間が苦しむ姿は、見たくない。
それこそ次のターン、勝負を決するつもりで行かなければ、余計に痛みを与えるだけだ。
もしそれが、マイバに大きな絶望をぶつけるような物だとしても、苦しむよりはましだと考えて。

アン「バトルフェイズを終了。メインフェイズ2にリバースカードを1枚セットして、ターン終了」


先攻:マイバ / 手札:1 / LP:3700
□|□|□|□|□
□|□|□|□|□

□|□|鉄|□|□
□|■| □ |■|□
鉄…超怪人メタルビースト ATK/2200 DEF/1000 攻撃
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7550


マイバ「うおおお、俺の……ターンッ!」

マイバも、このターンで決めなければ、次のターンは無いと認識したのだろう。
デッキに掛ける手に力が入っている。もしくは願いを込めているのか、強く、カードを引いた。

カードを見て……マイバの顔から、覇気が失せた。

力無く、そのカードをデュエルディスクに置く。

マイバ「……モンスターをセットして、ターンエンドだ……」


先攻:マイバ / 手札:1 / LP:3700
◆…リバースモンスター
□|□| □|□|□
□|□|◆|□|□

□|□|鉄|□|□
□|■| □ |■|□
鉄…超怪人メタルビースト ATK/2200 DEF/1000 攻撃
■…リバースカード
後攻:アン / 手札:3 / LP:7550


意気消沈のマイバには悪いが、これでようやくデュエルが終わると、アンは息を吐いた。

後は一手として間違えず、できるだけ最小限のダメージで相手を倒すだけ。

アン「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、メインフェイズに移行」

アン「「メタルビースト」のエクシーズ素材を1つ取り除いて効果発動」

アン「そのリバースモンスターを破壊する」

マイバ「なにっ! モンスターまで破壊できるのか!」

マイバの驚きも、もはや気にするものでもない。

「メタルビースト」は効果発動の為にエクシーズ素材を喰らい、鉄の一部を刺のように突起させ、射出する。
刺はリバースモンスターのヴィジョンを撃ち貫き、その姿を見せる事も無く、木っ端微塵に砕いた。


「コマンダー」破壊!


墓地へ送られたモンスターも、通常モンスター。効果の発動は無い。
それを確認したアンは、淀み無い動作でモンスターを召喚する。

アン「そして、「怪人タランドゥス」を通常召喚」

上空から飛来落下し、土埃を巻き上げる何者か。
「サターナーズ」のように甲虫を模した姿で、それに比べて細身で、鋏のような一対の角を持っていた。


「怪人タランドゥス」 地 ☆4 ATK/1900 DEF/1400
戦士族・効果
①:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分フィールドにこのカード以外のモンスターが存在しない場合に発動できる。自分の手札・墓地からレベル4以下の「怪人」モンスター1体を選んで特殊召喚する。


首をゴキゴキと鳴らして、強い視線でマイバを見据える怪人戦士。
その隣で低く唸って威嚇する鉄の獣。

マイバ「あ……ああ……」

2体のモンスターの攻撃が通れば、アンは勝利する。
早く終わらせたいと逸る気持ちを抑え、「メタルビースト」と「タランドゥス」の2体に手加減するように伝える。

アン「バトルフェイズ。「メタルビースト」と「タランドゥス」でダイレクトアタック」

「メタルビースト」が先行し、その後を「タランドゥス」が羽ばたきで加速を得て突進する。

地面を駆ける「メタルビースト」の爪が、マイバに殴り掛かる。

マイバ「ぐっ、うううっ!」LP:3700→1500

よろけ、呻くマイバへ、続け様に「タランドゥス」のキックが放たれる。

その瞬間のマイバの気分を、想像したくも無い。
敢えて言うのであれば、嘗て初めてのデュエルの時に味わったものと、同じだろう。

マイバ「チクショウ……」

マイバの悪態が、アンの耳にまで届いた。
だけどアンは、その声を受け入れ、しっかりと目を見開いた。
スカーがこのデュエルをアンにさせた理由を、きちんと理解するために。

マイバ「ちくしょおおおおぉっ!」LP:1500→0


マイバのライフが尽きた事により、デュエルはアンの勝利を以って終了。
デュエルディスクの装置が停止し、モンスターたちのヴィジョンが消滅する。割れた地面も、元に戻った。
それを見届けながら、同時にマイバが呻いている事から生きている事を確認し、アンはふうと一息吐く。

何とか、余裕を残して勝利できた。

スカー「勝てたな」

ふいに話しかけられ、アンは振り向く。
息も切らしていないスカーがいるのは当然として、その向こうには、スカーにデュエルを挑んだ面々の死屍累々。いや、生きてはいた。
そう言えば途中から周囲が静かになったような気がしたが、もしやあれは、あの時点でスカーはデュエルに勝っていたのだろうか。
とすれば、いつからかは分からないが、スカーはアンのデュエルを見ていたと言う事になる。

きっとスカーは、最初からマイバがアンでも勝てる相手だと分かっていたのだろう。
常に危険が伴い、油断できない装置を介するデュエルに慣れると言う意味では、練習台に丁度良いと考えたに違いない。

少しだけ、非道だと思う。勿論、仕掛けてきたのはあちらの連中なので、同情する必要はないのだが……。

マイバ「カッ……『カオスクロス』、めぇぇぇ……」

困憊でありながら、マイバは立ち上がり、アンを睨みながら恨みを吐き散らす。

アン「だから、ちがう……」

デュエルも終了した事だしいい加減に訂正しようとしたところ、スカーがアンの肩を掴んだ。
スカーを見上げると、スカーは首を横に振った。

しない方がいいと言う事なのだろうか。或いは、しても無駄なのか。
どちらにせよ、何も知らないアンが深く考えても仕方ない。
開いた道を黙って進むスカーの、その後ろについていく。

マイバ「ま、待てぇ……この街で、何をするつもりだ……!」

息も絶え絶えに、それでもマイバは二人を呼び止める。
スカーは振り向かないし止まらない。アンも止まらないが、気になって振り向く。

マイバ「お前らはどこまで、俺たちをぉ……! 苦しめ……れば……」

そこでマイバは気を失い、力なく倒れこんだ。

「マイバ!」

「しっかりしろ、マイバ!」

周りで様子を伺っていたのだろう、仲間がマイバに駆け寄る。
誰かが傍にいるのであれば大丈夫だろうと、アンは、それ以上は見ないようにした。

自分が、悪い事をしたような気がする。
実際彼らにとって悪い事はしたし、だが先にアンたちに対して悪い事をしたのは彼らの方だ。
その中で、悪いと割り切れないものがあるとすれば……。

アン「スカー……あの人たち」

スカー「ここには、奪われた者しかいない」

アンが問いの本題を口にする前に、スカーは口を開いた。
その言葉には、明確な怒りが混じっていた。

スカー「『カオスクロス』に奪われた者が集まってできた街。それがここだ」

スカー「奪われた者同士が奪い合い、弱者が生まれ、弱者同士が更に争い、弱者から奪う」

スカー「『カオスクロス』が生み出した、『弱者の街』だ……」

語るスカーの横顔は険しくて、アンは、それ以上を聞けなかった。
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