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第10話 十字架 作:とき
突如として精神が朦朧とし倒れた裕美。救急車が到着するまでの間、晴海は裕美を介抱しながら、レナードと会話をすることにした。
(俺の行なった罰ゲームについて知りたそうな顔だな。西川晴海)
(裕美ちゃんに一体何をしたの。さっきレナードさんと裕美ちゃんが話し終わってから、裕美ちゃんが倒れちゃったんだよ!)
(いいだろう、お前には知る権利がある。お前が高梨裕美を突き落としたのだからな)
(私が…!?)
レナードは現界しスーツの男の姿を取ると、晴海の隣に立ちながら話し始めた。
「俺が行ったのは敗者への罰ゲームだ。高梨裕美は2度マインド・ゲームに敗れ、既にコインカードが1枚となっていた。そしてお前に敗れたことで、高梨裕美はコインカードをすべて失い、マインド・ゲームのピースとしての資格を失ったことでマインド・ゲームから脱落した」
「脱落…? そんなルール、聞いてないよ!?」
「あえて伏せていた。そうでなければ相手を突き落とすことを恐れ、手を抜くピースが生まれてくるやもしれないと考えてな。あるいは自分が脱落することを恐れ、戦いに赴くことを拒むピースが生まれる可能性もまた、考慮している」
「そんな… ゲームを盛り上げるために、ルールの一部を伏せてるなんてフェアじゃないと思う!」
「では、お前はルールを知っていたら、高梨裕美のコインの枚数を知っていたら彼女とマインド・ゲームを行ったか?否、勝とうと思ったか?」
「私は… 知らなかったから勝とうと思った。知っていたら、コインカードの1枚くらい裕美ちゃんに譲ったよ!」
「そう、それをされると俺としてはゲームが回らない。脱落者が出なければ、最後まで誰が生き残るかを競うこのゲームを運営することはできないのだよ」
「あなたは…!!」
晴海が珍しく語気を荒げようとしたところで、救急車が到着する。救急車の到着を見ると、レナードは再び精神体に戻ったようですっかり姿を消していた。救急車からは担架が担ぎ出され、裕美の小さな体が車内に運搬されていった。晴海も発見者、参考人として救急車に乗せられ、ともに病院に向かうことになった。救急隊員が晴海に尋ねる。
「お嬢さん、この娘さんは何をきっかけにこうなったか知っていますか?」
何をきっかけに、と言われてもマインド・ゲームとレナードが行った罰ゲームのせいなのだが、それを真っ正直に言っても何を言っているのか分からないと思われてしまうだろう。答えを濁すしかないが、どう濁したものか。
「…いいえ、わかりません。通りがかったときには、倒れていました」
「そうか… 行き倒れか、酔っぱらいならともかく、このような女の子がそれは考えにくい」
「それはそうですけど、私にもそれ以上は…」
「いや、責めているわけじゃないんだ… ただ、これだけは覚えておいてほしい。最近、体の異常がない行き倒れが増えていてね。詳しくは病院で検査してからになるだろうけど、我々は彼女もその類だと思うんだ。君が発見してくれて本当に助かった」
「そうですか、ありがとうございます」
「いやいや、君が礼を言ってどうするんだよ」
それもそうですね、と晴海に笑みが戻りそうになる。だが、晴海はその笑みを必死に噛み殺した。まだ、裕美の容態は予断を許さない。病院での検査が終わるまで、晴海は廊下で待機していた。その晴海のもとに、一人の大柄な男性が近づいてくる。男は晴海の隣に腰掛けると、声をかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、お嬢ちゃん」
「…えっと、何でしょうか」
「俺は増井由伸という者なんだが、今この羊ケ峰一帯で起こっている謎の意識不明事件を追っている刑事だ。実はな、今しがた病院から連絡を受けてまた意識不明事件の被害者が出たということだ。名前は高梨裕美。小学4年生。カードショップの店先で昏倒。君が第一発見者。そこまでは間違いないな?」
晴海が受け取った名刺には、『警察庁特命刑事 増井由伸』と記されていた。
「はい、そうです… 増井さんは、刑事さんなんですか?」
「まあ、そういう事になっている。このような意識不明事件は定期的に各地で起きるんだよ。警察としても、国民の安全を守るためにはこの謎の事件のからくりを解かにゃいかん。主要メディアには箝口令を敷いているが、物好きな記者が探りを入れんとも限らんしな。そうなったら、みんな不安で眠れないだろ」
「はい、そうですね…」
「で、ここからが本題だが… 君は、高梨裕美とデュエルをしたかな?」
「…はい」
流石に警察の前で嘘をつく訳にはいかない。晴海は、ありのままをしゃべることにした。
「…ふむ。マインド・ゲーム、罰ゲーム… 事実ならば辻褄は合う。だが、事実ならばだ。証拠がどこにもない。今のままでは、君の空想上の物語と言われても仕方がないな。ただ警察でも掴んでる情報と合致するものが一つある。意識不明者は必ず、遊戯王のデッキを持っていたり、その近くに散乱させていた。高梨裕美も、そうだった」
「刑事さんは、それを話してどうするつもりなんですか…?」
「いや、もし遊戯王をやっているなら気をつけろ、という話だったんだがな。ともあれ、有益な話が聞けてよかった。これから現場検証とカードショップでの聞き込みをしてくる。君の名前だけ聞いておこう、重要な参考人だからね」
「西川晴海です」
「そうか、いい名前だね。では、俺は行こう。お互い、また会わないことを祈ろうか」
また会わないことを祈るのかあ、と晴海は思ったが、考えてみれば警察のお世話になるのは嫌だなあとも思った。そして増井と入れ替わるように、スーツ姿の男が走り込んでくる。その男については、晴海はよく分かっていた。
「高梨先生!?あれ、そういえば裕美ちゃんって名字、高梨って言ってたような…」
「裕美!裕美は大丈夫なのか!?って西川、倒れてた裕美を発見した中学生ってのはお前か!?」
駆け込んできた男は高梨稔といい、晴海たちが通う栗山中学校で晴海のクラスの担任をしている。生徒に真摯に向き合い仕事にも実直に取り組み、生徒教師からの信頼は厚い。しかし、たしかに娘がいるとはよく話していたことがあったが、まさか裕美ちゃんがその、よく先生が話していた裕美ちゃんなのだろうか。
「お前がなんでここにいるかは後で聞くとして、裕美、裕美は大丈夫なのか、西川!」
高梨先生が晴海に詰め寄ろうとすると同時に、検査室から裕美を乗せた担架が担ぎ出される。相も変わらずぬとねの区別がつかなそうな顔になってしまったまま、昏倒し続けている。稔が診察と検査を終えた医師に尋ねた。
「先生、裕美は、裕美は一体!?何が起きたんですか!?」
「正直に言えば、我々の方こそ何が起きたのか、不思議なんです。身体には全く異常はないんですが、精神が… 完全に焼き切れているんじゃないかというくらい強いショックを受けたのでしょうか。ともかく、精神的な強い衝撃を受けて昏倒しているという状態です。最近、同じような病状で運ばれてくる患者が多くてですね… 事件性があるかもしれないので、警察にも協力してもらってるところです」
「事件… そんな、馬鹿な…!裕美に何かあったら、私はどうすればいい…!」
高梨先生の嗚咽が壁越しに伝わってくる。もしかしなくても私は、軽い気持ちで受けた(最も、挑まれて逃げられなかったという部分はあるが)マインド・ゲームで相手の裕美ちゃんを負かしてしまったことで、とんでもない迷宮に迷い込み、とんでもない十字架を背負ってしまったのではないか。病院がさじを投げ、警察が動き、自分の担任の教師は娘を襲った悲劇に慟哭する。マインド・ゲームは、それに参加するものにも参加しないものにも大きな傷跡を残すかもしれない。晴海は自分の巻き込まれた事の重大さを噛みしめるしかなかった。
「今日は長く病院にいてもらって悪かったね。タクシーを呼んだから、それで家に帰りなさい。タクシー代は病院で出すよ」
「はい、ありがとうございます、それでは…」
医師のすすめで晴海はタクシーに乗って家に帰ることにした。その途中、裕美とのマインド・ゲームやその後の騒動があって結局別れたきりになってしまった友に思いを馳せる。
「優… あなたのやろうとしてることって、何…? こんなゲームに、何か光を見つけたの…?」
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しかしルールを伏せてこんな危険なゲームをさせるとはなんと鬼畜な...。
晴美さんはルールを知るまではマインド・ゲームをどんな風に捉えていたのでしょうか?気になりますね。 (2018-07-17 18:24)
コメントありがとうございます。
>ルールを伏せてこんな危険なゲームをさせるとはなんと鬼畜な
鬼ですね、一体誰がこんなルールを思いついたんでしょう。
>ルールを知るまでは
ちょっと描写が薄かったですかね。少し後の話でちょっと触れる予定ではあります。 (2018-07-18 20:24)