Ep12　第一歩　作：ター坊

イベントが終わったのは夕方頃だが、スタッフは片付けのため、まだ帰れない。ステージ観覧の為のベンチを片付ける遊路の後ろから誰か話し掛ける。
「おい」
「ん？詩音か。今日はどうだった？楽しかったか？」
「…別に。それよりお前の彼女に会った」
「そっか」
「あんな話を聴かせる為にアタシを呼びつけたのか？」
「あんな話？何の事だ？」
「惚(とぼ)けんじゃねぇ！」
「いや、たぶん遊月と美羽は来てくれると思ってたが、お前と接触するとは思わなかったぞ。…それよりどんな話だ？」
「…アンタの昔話さ」
詩音は遊月と美羽が話した遊路の歴史を改めて語る。
「遊月、美羽…。そんなことまで話したのか。俺としてはカッコ悪いと思ってるんだけどなぁ。…まぁ丁度良い」
「丁度良い？」
「ああ。単刀直入に言う。詩音、デュエリストにならないか？」
「はぁ！？」
「本来、このイベントに誘ったのはデュエルモンスターズに興味を持ってもらうためだ。そして全部終わった後に俺自身から昔話をするつもりだったが遊月と美羽に先を越されたというわけだ」
「…たかが遊びだろ？」
「そうだな。だが、あの時は遊びでやってたと思うか？」
遊路の言うあの時とは権蔵が押し掛け、借金帳消しを賭けたデュエルである。遊路がそのデュエルに勝ったことで虹宮家は救われたと言っても良いだろう。
「…」
「確かにお前が言うようにデュエルモンスターズはカードゲーム…遊びだ。だがそれで救えるもの、守れるものがあるのも事実。他にも俺はデュエルモンスターズに命を賭ける奴やデュエルモンスターズで希望を与えるような奴も知っている」
「…じゃあ、なんでアタシをスカウトするんだよ？」
「昔の俺に似てるからだ」
「昔のアンタ？」
「俺は元々賞金を稼ぐ為だけに強くなろうと考えていた。強いて言うなら自分の為だ」
「…」
「一方、お前はあんな危ない橋を渡ってまで俺から金を巻き上げようとし、母親を借金取りから救おうとした。…守りたいものがある分、昔の俺より進んでると思う」
遊路は詩音との出会いを振り返る。
「そこでお前に守る力としてデュエリストを奨めてるというわけだ。俺が遊月と美羽に出会い、幸せを守り抜くためにずっと勝ち続けると決めた。お前はデュエリストとなって大切な人間を守っていく…。俺とお前は順序が逆なだけで似た者同士ってわけだ」
「…」
「まぁ道は１つじゃない。嫌なら無理強いはしないさ」
詩音は俯く。遊路の守る力―それで守りたいもの―もし、自分もその力があれば―
「なぁ」
「なんだ？」
「プロって稼げんのか？」
「ああ。若者３人と赤ん坊１人の生活を支えられるくらいはな」
「…ふん」
詩音はその場で答えは言わず、そのまま立ち去った。










翌週の土曜日。
サニーアップ事務所で遊路はデュエルのスパーリングをしていた。
「遊路くん！この前の子が来てるよ！！」
「はい！今行きます」
千代さんの大声に呼び出されて遊路が事務所の応接室に向かう。
応接室の扉を開けるとそこには
「来てやったよ」
相も変わらぬふてぶてしい態度の詩音が足を組んでソファに座っていた。
「おお。来たか」
「勘違いすんじゃねぇよ」
「ん？」
「アタシが来たのは借りを返すためだ」
「借り？」
「テメェに借金の恩でチョーシ乗っても面白くねぇし、一応顔を立てる為に下に就いてやるけどさ。プロになって賞金稼いだら１０００万耳揃えて返して、その後にテメェを潰してやるからな！！」
「俺を潰すか…。そのくらいのやる気を見せて貰わないとな。…ようこそ、サニーアップ事務所所属塾生第１号、虹宮詩音」
こうして一人の少女がデュエリストの第一歩を踏み出した。







「…は？塾生？」
「ん？知らなかったか？プロになれるのは義務教育終了後だからお前は少なくともあと２年はプロを名乗れない。その間、デュエルジム・事務所に所属してデュエリストとしてのトレーニングを積むようなデュエリストを塾生と呼んでな」
「はぁっ！？聞いてねぇし！」
「俺以外にも色々と濃いプロ達も教えてくれるし、イベントの手伝いとかをしてくれたらお給料も出るから頑張れよ」