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プロローグ 運命の一分 作:でんでん
ネオドミノ第一区デュエルドーム。様様なデュエリストが憧れるデュエルの聖地で、今宵デュエリストの頂点を決める大会の最終決戦が行われる。
大気を震わさんばかりの熱気を発するオーディエンスに迎えられ、二人のデュエリストが対峙しようとしていた。ともにデュエルディスクと呼ばれるデュエル用の道具を腕につけ、ソリッドビジョン・システムを内蔵するフィールドを挟み相対していた。
王道復活の動きに押し流され、再び主流となったスタンディングデュエル。デュエルが以前よりも更に強い盛り上がりを見せる中、この街――ネオドミノシティもまた新たな局面を迎えていた。
二十年前のイリアステル襲撃の事件は人々の胸に弛みなき平和への希求心を生み、国民たちは皆差別のない社会へ向け一丸となって動いていた。サテライトと呼ばれるスラム街にも近い底辺層の街と、シティと呼ばれる社会的な快楽を享受するシティの分断は終わり、さらなる発展を遂げたネオドミノシティは、差別はなくなれど区別がなくてはどうにもならぬ、ということで、それぞれの地域の産業や特色を元に、サテライトを含む七つの区域に分けていた。デュエルドームや、カード工場、インダストリアル・イリュージョン社などの主要産業が集結するここは、「第一区」。通称、銀朱都市(スカーレット・シティ)。
そして、旧サテライトは政府の一部機関や、ネオドミノシティ最大のデュエルアカデミアを内包する、若者のためのデュエル街、「特区」と呼ばれる街に変貌を遂げていた。通称――星屑の街(スターダスト・タウン)。
しかし、特区に存在するデュエルアカデミアには、設立時の楽観を原因とするある重大な問題を孕んでいた。
当時は試験や学費全額負担に対する反対意見が多く、結果政府負担の元に誰でも試験なしで格安で通える唯一の無差別デュエルアカデミアとして設立された。しかし、サテライトは旧と言っても依然としてシティの影たる要素を失ってはおらず、折々犯罪者が訪れては未だ政府によって都市化の進んでいない街を根城とし悪事を働くようなことがあった。それを懸念して万全の対策を建てたは良いものの、優秀でありながら貧困のために通えなかった苦学生のみならず、デュエルを用いて他者を害するような若者までもがこの、デュエルアカデミア特区校になだれ込んだ。
皆が気づく頃には時すでに遅し、生徒を抑制できない教師達、不良の恫喝に日々怯える生徒、善良な弱者を虐げてのさばる不良に頭を抱えた政府は、元セキュリティ特殊追跡部隊指揮官や、かつてのデュエルアカデミアで鬼教師として名を馳せた教官などの猛者を呼び、徹底したデュエルシステムの強化でアカデミア内を政府の監視下に置いた。学費は今まで通り政府負担であるものの、簡単な性格診断やデュエル試験を実施することにより、入学者を制限した。試験の導入と人員の一斉転換に伴い、指導要領や教育法も大幅に強化。猫一匹とて悪さできぬ環境へ生まれ変わったのである。
それが数年と経ち、不良が抜けてもその厳重な監視体制が敷かれつづけたためか、将又鞭打つような教育が劫をなしたのか、優秀なデュエリストが集いながらも閉じられた箱のようにけわしい、ネオドミノシティ一の名門が出来上がってしまった。――デュエルアカデミア特区校の成り立ちである。
無論特区以外に六つの区域にもそれぞれデュエルアカデミアが存在する。今宵行われる大会、それは、デュエルアカデミア高等部インターハイ。一年に一度、デュエル・アカデミア・キングの座を狙うデュエリスト達による誰もが熱狂する祭典である。
「さあ、とうとうはじまりした! デュエルアカデミア学生のためのデュエル・インターハイ決勝戦! 圧倒的なパワーによる制圧力でのし上がった男、天宮 条(あめみや じょう)バーサス、緻密な戦術と大胆なプレイングによって勝ち残った男、機道 械人(きどうかいと)!
相反するデュエル・アイデンティティを保有する二人が衝突するデュエル、一体どのような熱きバトルが繰り広げられるのか!?
それでは! フィールド・オープン、ゲート・セット――スタンディングデュエル・リ・ブート!」
会場に響き渡るMCの熱い掛け声とともに、二人の中央に存在するフィールドが起動し、互いの足元にライフポイントが表示される。二人はデュエル・ディスクを展開した。先行は天宮である。
「俺のターンだ。ドロー!……を召喚! 効果発動、デッキからこのカードを除外し、更に効果を発動して、フィールドに……を特殊召喚! カードを二枚伏せ、ターンエンド!」
「おおっと! 天宮条、早速コンボに繋がる強力なモンスターを二体も召喚だーっ! 二体のモンスターが、機道のフィールドを威圧する!」
1ターン目にも関わらず、椎名のフィールドには二体のモンスターが並んだ。どちらも絢爛な装飾を施された巨大な竜であり、絶えず炎をちらつかせながらモンスターゾーンの浮遊する。観客席から感嘆の声が上がった。
負けじと機道も仕掛ける。
「僕のターン、ドロー! 手札から、……を、召喚! 僕はこいつをトリガーに、行くぞ――チェンジ!」
観客の声が一斉に湧き上がった。このコンボは、第一回戦から使用していながら、メタを受けることもなく見事勝ち残ったものである。
「召喚したこのモンスターの効果を発動! 俺は手札にモンスターを加える! 更に手札からこのカードを特殊召喚! バトル、行け!」
「無駄だ。罠発動!」
「天宮条、機道のテクニカルなプレイングに対し、正面から罠で受ける! 両者、一歩も引かぬデュエル、さすがネオドミノシティ全区の頂点に立つ二人だぁっ!」
一進一退の激しい戦い。彼らの戦いを見届ける|観衆《ギャラリー》はかたずを飲みつつその行方を見守っている。しかし、一見して互角に思われる二人であるが、彼らには明確な差異が存在していた。
表情である。天宮は余裕の表情を浮かべ、機道は苦しそうに顔を歪めている。天宮は機道の攻撃を防ぎ切ると、自分のターンが回ったと見るや否や、挑発をはじめた。
「どうした、機道! また『アブノーマル・デュエリスト』の体質がではじめたか! それじゃあいつまでたっても、スタンディングデュエルのチャンピオンにはなれないぞ!」
「そ、そうかな? 僕はまだ疲れちゃいないぞ。さあ、君のターンだ」
「いいだろう。俺のターン、ドロー! ……よし。俺のコンボを見せてやる。魔法カード――《封印の黄金櫃》!!」
「チッ、まずい」
《封印の黄金櫃》
通常魔法
(1):デッキからカード1枚を選んで除外する。
このカードの発動後2回目の自分スタンバイフェイズに、
この効果で除外したカードを手札に加える。
天宮はモンスターの特殊効果を活かし、攻撃力の高いモンスターを次々と場に揃えつつ、魔法と罠を利用して補強した。フィールドに並んだ数、何と4体。内3体ものモンスターが攻撃力2000を超過している。しかし、彼は警戒している。機道には逆転の一手が存在している。それは、彼のフィールドに並んだ魔法&罠でもあり、そして、次のターンから行動を可能とする、エクストラ召喚のことでもあった。
「俺はこいつでお前のモンスターにアタック!」
「罠カード、《攻撃の無力化》!」
「こしゃくなやつだ。カードを伏せて、ターンエンド」
「さあ、こっちのターンだ! エクストラゲート……オープン! ドロー!」
機道の掛け声を合図に、いつのまにかフィールドの上空に浮かんでいた巨大な扉が、まばゆい光を発しながら重厚な音を立てて開いた。エクストラゲート――エクストラデッキに繋がる扉である。通常2ターン目、後攻が開く権利を有するが、本大会では後攻、4ターン目によって開かれる。
「僕は魔法カード、《アシスト・メカニック》を発動! 手札に存在するこのカードを、特殊召喚! 僕のフィールド上には今、三枚のモンスターが存在している……アレロパシー!」
先程の特殊召喚より、いっとう大きな、ドームの天井を破らんばかりの大歓声がなった。多くのデュエリストが憧れ、羨み、胸を熱くするエクストラ召喚が、機道の手によって行われようとしていた。
「俺はフィールド上のこのモンスター、二枚を魔法&罠ゾーンへ送り、うち一枚をアレロケミカルカードに指定! エクストラデッキから、パトス召喚だっ!」
上空に手をかざした機道に呼応するかのように、扉は光の帯をフィールドへ向けて発射した。彼が選択した二枚のカードが浮き上がり、その色を淡くしながらゆっくりと光に融けていく。
「進化の果に広がる闇よ、文明の反逆児を大地に産み落とせ! パトス召喚! 動け、《絡繰仕掛けの預言者》!」
すべてを白く染め上げた光の中から、突如空中へ賭けるかのように、様様な絡繰が組み込まれた、白い修道服らしきものを身にまとうモンスターがフィールドへ出現した。
「でぇたァァァ! 機道械人の切り札の一つ、スプリング・オラクル! わずか四ターン目にして機道、強敵天宮に対し、予言コンボを決めるのかぁ!?」
《絡繰仕掛の預言者(スプリングオラクル)》
パトスモンスター
?
「さらに、俺は手札から……ぐぁっ」
追撃を加えようと手札から魔法を発動しようとした瞬間、機道は胸を抑えてしゃがみこんだ。
「どうした、機道! 遠慮なくこい! お前の切り札など粉々に砕いてやる!」
「う……ぐ……あぁ……ま、魔法カード、《大予言》発動! このカードの効果によりデッキトップから……なんだ?」
機道コンボの主力、《大予言》の発動の瞬間、《絡繰仕掛けの預言者》の歯車で出来た歯が覗かれる口から、白い煙が発せられた。
「何だこれは! おい、機道!」
「な、なんということでしょう! 機道械人の《大予言》で、突如、正体不明の翠霧が発生! ソリットビジョンでは……ないぞぉ!?」
ドームはたちまち、翡翠色の不透明な霧に満ちた。観客、審査員、スタッフ、皆対策や逃亡どころか、慌てる間もなく霧に包まれた。誰も気づかなかったが、ソリットビジョン含むすべてのデュエルシステムはこの瞬間、ダウンしている。にも関わらず、二人が召喚したモンスター、セットしたカード、すべては消えないままフィールドに留まりつづけ、人々とともに霧に飲み込まれていった。
決勝戦が中断、優勝者なしという事態に陥ったこの大事件は後に「ワンミニッツ・イリュージョン」と呼ばれるようになり、デュエルドームにいたものは、二人の実力者によるデュエルよりも、霧の中で僅かな間展開された幻想に夢中となり、しばらくは霧の話題で持ち切りになった。テレビ中継やラジオで視聴していた面々も、デュエルより霧のことばかりを話の種にした。人々の胸には、デュエルの決勝戦で発生した奇妙な事件の方が色濃く刻まれたのである。――二人の、デュエリストを除いては。
大気を震わさんばかりの熱気を発するオーディエンスに迎えられ、二人のデュエリストが対峙しようとしていた。ともにデュエルディスクと呼ばれるデュエル用の道具を腕につけ、ソリッドビジョン・システムを内蔵するフィールドを挟み相対していた。
王道復活の動きに押し流され、再び主流となったスタンディングデュエル。デュエルが以前よりも更に強い盛り上がりを見せる中、この街――ネオドミノシティもまた新たな局面を迎えていた。
二十年前のイリアステル襲撃の事件は人々の胸に弛みなき平和への希求心を生み、国民たちは皆差別のない社会へ向け一丸となって動いていた。サテライトと呼ばれるスラム街にも近い底辺層の街と、シティと呼ばれる社会的な快楽を享受するシティの分断は終わり、さらなる発展を遂げたネオドミノシティは、差別はなくなれど区別がなくてはどうにもならぬ、ということで、それぞれの地域の産業や特色を元に、サテライトを含む七つの区域に分けていた。デュエルドームや、カード工場、インダストリアル・イリュージョン社などの主要産業が集結するここは、「第一区」。通称、銀朱都市(スカーレット・シティ)。
そして、旧サテライトは政府の一部機関や、ネオドミノシティ最大のデュエルアカデミアを内包する、若者のためのデュエル街、「特区」と呼ばれる街に変貌を遂げていた。通称――星屑の街(スターダスト・タウン)。
しかし、特区に存在するデュエルアカデミアには、設立時の楽観を原因とするある重大な問題を孕んでいた。
当時は試験や学費全額負担に対する反対意見が多く、結果政府負担の元に誰でも試験なしで格安で通える唯一の無差別デュエルアカデミアとして設立された。しかし、サテライトは旧と言っても依然としてシティの影たる要素を失ってはおらず、折々犯罪者が訪れては未だ政府によって都市化の進んでいない街を根城とし悪事を働くようなことがあった。それを懸念して万全の対策を建てたは良いものの、優秀でありながら貧困のために通えなかった苦学生のみならず、デュエルを用いて他者を害するような若者までもがこの、デュエルアカデミア特区校になだれ込んだ。
皆が気づく頃には時すでに遅し、生徒を抑制できない教師達、不良の恫喝に日々怯える生徒、善良な弱者を虐げてのさばる不良に頭を抱えた政府は、元セキュリティ特殊追跡部隊指揮官や、かつてのデュエルアカデミアで鬼教師として名を馳せた教官などの猛者を呼び、徹底したデュエルシステムの強化でアカデミア内を政府の監視下に置いた。学費は今まで通り政府負担であるものの、簡単な性格診断やデュエル試験を実施することにより、入学者を制限した。試験の導入と人員の一斉転換に伴い、指導要領や教育法も大幅に強化。猫一匹とて悪さできぬ環境へ生まれ変わったのである。
それが数年と経ち、不良が抜けてもその厳重な監視体制が敷かれつづけたためか、将又鞭打つような教育が劫をなしたのか、優秀なデュエリストが集いながらも閉じられた箱のようにけわしい、ネオドミノシティ一の名門が出来上がってしまった。――デュエルアカデミア特区校の成り立ちである。
無論特区以外に六つの区域にもそれぞれデュエルアカデミアが存在する。今宵行われる大会、それは、デュエルアカデミア高等部インターハイ。一年に一度、デュエル・アカデミア・キングの座を狙うデュエリスト達による誰もが熱狂する祭典である。
「さあ、とうとうはじまりした! デュエルアカデミア学生のためのデュエル・インターハイ決勝戦! 圧倒的なパワーによる制圧力でのし上がった男、天宮 条(あめみや じょう)バーサス、緻密な戦術と大胆なプレイングによって勝ち残った男、機道 械人(きどうかいと)!
相反するデュエル・アイデンティティを保有する二人が衝突するデュエル、一体どのような熱きバトルが繰り広げられるのか!?
それでは! フィールド・オープン、ゲート・セット――スタンディングデュエル・リ・ブート!」
会場に響き渡るMCの熱い掛け声とともに、二人の中央に存在するフィールドが起動し、互いの足元にライフポイントが表示される。二人はデュエル・ディスクを展開した。先行は天宮である。
「俺のターンだ。ドロー!……を召喚! 効果発動、デッキからこのカードを除外し、更に効果を発動して、フィールドに……を特殊召喚! カードを二枚伏せ、ターンエンド!」
「おおっと! 天宮条、早速コンボに繋がる強力なモンスターを二体も召喚だーっ! 二体のモンスターが、機道のフィールドを威圧する!」
1ターン目にも関わらず、椎名のフィールドには二体のモンスターが並んだ。どちらも絢爛な装飾を施された巨大な竜であり、絶えず炎をちらつかせながらモンスターゾーンの浮遊する。観客席から感嘆の声が上がった。
負けじと機道も仕掛ける。
「僕のターン、ドロー! 手札から、……を、召喚! 僕はこいつをトリガーに、行くぞ――チェンジ!」
観客の声が一斉に湧き上がった。このコンボは、第一回戦から使用していながら、メタを受けることもなく見事勝ち残ったものである。
「召喚したこのモンスターの効果を発動! 俺は手札にモンスターを加える! 更に手札からこのカードを特殊召喚! バトル、行け!」
「無駄だ。罠発動!」
「天宮条、機道のテクニカルなプレイングに対し、正面から罠で受ける! 両者、一歩も引かぬデュエル、さすがネオドミノシティ全区の頂点に立つ二人だぁっ!」
一進一退の激しい戦い。彼らの戦いを見届ける|観衆《ギャラリー》はかたずを飲みつつその行方を見守っている。しかし、一見して互角に思われる二人であるが、彼らには明確な差異が存在していた。
表情である。天宮は余裕の表情を浮かべ、機道は苦しそうに顔を歪めている。天宮は機道の攻撃を防ぎ切ると、自分のターンが回ったと見るや否や、挑発をはじめた。
「どうした、機道! また『アブノーマル・デュエリスト』の体質がではじめたか! それじゃあいつまでたっても、スタンディングデュエルのチャンピオンにはなれないぞ!」
「そ、そうかな? 僕はまだ疲れちゃいないぞ。さあ、君のターンだ」
「いいだろう。俺のターン、ドロー! ……よし。俺のコンボを見せてやる。魔法カード――《封印の黄金櫃》!!」
「チッ、まずい」
《封印の黄金櫃》
通常魔法
(1):デッキからカード1枚を選んで除外する。
このカードの発動後2回目の自分スタンバイフェイズに、
この効果で除外したカードを手札に加える。
天宮はモンスターの特殊効果を活かし、攻撃力の高いモンスターを次々と場に揃えつつ、魔法と罠を利用して補強した。フィールドに並んだ数、何と4体。内3体ものモンスターが攻撃力2000を超過している。しかし、彼は警戒している。機道には逆転の一手が存在している。それは、彼のフィールドに並んだ魔法&罠でもあり、そして、次のターンから行動を可能とする、エクストラ召喚のことでもあった。
「俺はこいつでお前のモンスターにアタック!」
「罠カード、《攻撃の無力化》!」
「こしゃくなやつだ。カードを伏せて、ターンエンド」
「さあ、こっちのターンだ! エクストラゲート……オープン! ドロー!」
機道の掛け声を合図に、いつのまにかフィールドの上空に浮かんでいた巨大な扉が、まばゆい光を発しながら重厚な音を立てて開いた。エクストラゲート――エクストラデッキに繋がる扉である。通常2ターン目、後攻が開く権利を有するが、本大会では後攻、4ターン目によって開かれる。
「僕は魔法カード、《アシスト・メカニック》を発動! 手札に存在するこのカードを、特殊召喚! 僕のフィールド上には今、三枚のモンスターが存在している……アレロパシー!」
先程の特殊召喚より、いっとう大きな、ドームの天井を破らんばかりの大歓声がなった。多くのデュエリストが憧れ、羨み、胸を熱くするエクストラ召喚が、機道の手によって行われようとしていた。
「俺はフィールド上のこのモンスター、二枚を魔法&罠ゾーンへ送り、うち一枚をアレロケミカルカードに指定! エクストラデッキから、パトス召喚だっ!」
上空に手をかざした機道に呼応するかのように、扉は光の帯をフィールドへ向けて発射した。彼が選択した二枚のカードが浮き上がり、その色を淡くしながらゆっくりと光に融けていく。
「進化の果に広がる闇よ、文明の反逆児を大地に産み落とせ! パトス召喚! 動け、《絡繰仕掛けの預言者》!」
すべてを白く染め上げた光の中から、突如空中へ賭けるかのように、様様な絡繰が組み込まれた、白い修道服らしきものを身にまとうモンスターがフィールドへ出現した。
「でぇたァァァ! 機道械人の切り札の一つ、スプリング・オラクル! わずか四ターン目にして機道、強敵天宮に対し、予言コンボを決めるのかぁ!?」
《絡繰仕掛の預言者(スプリングオラクル)》
パトスモンスター
?
「さらに、俺は手札から……ぐぁっ」
追撃を加えようと手札から魔法を発動しようとした瞬間、機道は胸を抑えてしゃがみこんだ。
「どうした、機道! 遠慮なくこい! お前の切り札など粉々に砕いてやる!」
「う……ぐ……あぁ……ま、魔法カード、《大予言》発動! このカードの効果によりデッキトップから……なんだ?」
機道コンボの主力、《大予言》の発動の瞬間、《絡繰仕掛けの預言者》の歯車で出来た歯が覗かれる口から、白い煙が発せられた。
「何だこれは! おい、機道!」
「な、なんということでしょう! 機道械人の《大予言》で、突如、正体不明の翠霧が発生! ソリットビジョンでは……ないぞぉ!?」
ドームはたちまち、翡翠色の不透明な霧に満ちた。観客、審査員、スタッフ、皆対策や逃亡どころか、慌てる間もなく霧に包まれた。誰も気づかなかったが、ソリットビジョン含むすべてのデュエルシステムはこの瞬間、ダウンしている。にも関わらず、二人が召喚したモンスター、セットしたカード、すべては消えないままフィールドに留まりつづけ、人々とともに霧に飲み込まれていった。
決勝戦が中断、優勝者なしという事態に陥ったこの大事件は後に「ワンミニッツ・イリュージョン」と呼ばれるようになり、デュエルドームにいたものは、二人の実力者によるデュエルよりも、霧の中で僅かな間展開された幻想に夢中となり、しばらくは霧の話題で持ち切りになった。テレビ中継やラジオで視聴していた面々も、デュエルより霧のことばかりを話の種にした。人々の胸には、デュエルの決勝戦で発生した奇妙な事件の方が色濃く刻まれたのである。――二人の、デュエリストを除いては。
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