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ep2『はじまりの季節』 作:イツとき
冷たい雨が降りしきる夜の闇を、俺はひたすらに走っていた。
荒い息遣いすらかき消すほどの雨音中、背後から迫る足音だけが不自然なほど鮮明に響く。
水を含んで重くなった衣服が肌に貼りつき、泥でぬかるんだ道に何度も足を取られそうになるたび、背後の足音は確実に距離を縮めてくる。
振り返る余裕などなかった。ただ、必死に足を前へと運ぶ。だが......
――逃げられない。
その言葉が頭をかすめた瞬間、足を滑らせ転倒する。
身体が宙に浮いたような感覚ののち、泥の中へと叩きつけられる。
立ち上がろうと必死にもがくが、冷たい雨にさらされた身体は思うように動かない。
そして――泥にまみれた視界の先、暗闇の中から影がのしかかるように伸び、俺の目の前を覆い尽くした。
―――
――
―
荒い息とともに、目が覚めた。
汗が額を伝い、シーツがじっとりと濡れている。
手足には無意識のうちに力がこもり、まだ夢の中にいるかのようだった。
「また……この夢か」
息を整えながら、枕元のスマホに手を伸ばす。
画面に表示された時刻は、5時を少し過ぎた頃。
あの駅での奇妙な事件に巻き込まれてから、今日でちょうど一週間になる。
それ以来、毎晩のようにこの夢を見る羽目になっていた。
自分がこれほど細い神経だったとはな――
つい、自嘲気味な笑みが漏れる。
4月5日。最低の気分で、俺は鉾星高校の入学式を迎えた。
新東京から北上した東陽州――その中でも北寄りに位置する仙羽市は、4月といえどまだ肌寒い。
広々とした敷地に併設された学生寮から校舎へと向かう道には、桜の木々が並んでいる。
咲き誇る花のアーチ……とまではいかず、ほとんどは蕾のまま寒空に耐えている。
寂しげな並木道を抜けると、目の前に現れるのは、高校の校舎としては場違いなほどに立派な建物――鉾星高校の校舎だ。
かつての未曾有の災害は、全国の教育機関にも例外なく打撃を与えた。
完全な復旧には長い時間がかかると見られていた中で、政府が打ち出したのが知域再編プロジェクトだった。
被害を受けた大学や地方の有力校を統合し、比較的無事だった地域に新たな大学として共同運営で再建する。
人的資源も資金も集中投下することで、復興の加速を狙った施策である。
一貫校であった当時の鉾星学園もこのプロジェクトに参画。
大学の機能を他地域に移設し、その跡地である旧キャンパスを修繕・再編した結果、生まれ変わったのがこの校舎だ。
さらに、不要となった旧高校校舎の敷地を学生寮として活用することで、俺のような地方からの新入生も受け入れやすくなった。
まったく……ずいぶんと大がかりな話の末に、俺はこの学校にやってきたのだ。
事前に送られていた案内によれば俺の教室は三階の東側、いちばん端の1-E教室だそうだ。
教室の入り口には学籍番号でかかれた座席表が張り出されており、前後どちらの入口前も小さな人だかりができていた。
教室内には4人掛けの座席が縦に4つ、3つの島に分かれて合計48席といったところ。
座席表によればクラスの人数は36人と、かなり余裕があるようで後方の席はがらりと空いている。
教室内はちらほらと話し声が聞こえるが緊張した面持ちの者も多くぎこちない空気が漂っている。
――俺の席は中央のあたりか
座席に向かう途中ちょうど俺の真後ろにあたる座席に見慣れた緑色の髪が見えた。
案の定、そいつはこちらに気づき手をふってくる。
俺は一瞥もくれてやらずに黙って自分の席に腰を下ろした。
「おいおい、つれないなぁ?照れてんのか」
軽い足取りでひょいと机を回り込んできたその少年は、そのまま俺の隣にちゃっかり座る。
「ナギ、ハウス。席の主に怒られるぞ」
「まったく、久しぶりの親友にかける第一声がそれかぁ」
わざとらしい泣きまねに、俺はため息で返す。
「たかが2週間で久しぶりもないだろ」
「その2週間一切連絡ないのはどこのどいつだよ」
「お前にかまってる暇はなかったよ。……というか、それはお前もだろ。いつこっちについたんだ?」
「いやーほんとつい昨日ついたばっかでさ、部屋中まだ段ボールだらけで何とか寝床だけ確保したところ」
へらへらと笑って見せるナギ
そういえば寮には入らずに部屋を借りるとか言ってたか。
確かにこいつに門限だのなんだのは無理な話か。
「――そこ、あたしの席なんだけど」
突然の声に顔を上げるとすぐ側で、少女がじっとりとした目で不機嫌そうに立っていた。
淡い水色の髪が肩上でふわりと広がる小柄な少女である。
「ありゃ、これは失礼」
ナギはそそくさと立ち上がり自分の席に戻ってゆく
「いわんこっちゃない」
大げさに顔を背けつつ己が無罪をアピールするが
「あんたも同罪よ赤いの」
俺の隣に腰を下ろしながら、少女は少しムッとしたように言葉を投げつけてくる。
「俺は忠告したぞ」
弁明むなしく少女はふんと顔を背けると俺の隣に腰を下ろす。
「まだ初日だってのに随分仲良さそうね、あんたたち」
皮肉めいたその一言に、ナギが即座に乗っかる。
「昔からの大親友だからな」
「ただの腐れ縁だ」
俺の返しに、少女が小バカにしたように笑う。
「いまどき男のツンデレなんて需要ないわよ」
こいつなかなかいい性格してるな
「まぁ確かに、小中と同じだけど付き合い自体は中学からだからな。親友くらいが適切だな」
「ナギの言葉は話半分、いや3割くらいで聞いてくれ」
「なぎ?」
その言葉に首を傾げた少女の反応を遮るように、チャイムが鳴り響いた。
と同時にバタバタと前方の入り口から一人の少女が駆け込んできた。
明るい茶色のゆるくウェーブのかかった長い髪の少女である。
教室中の視線が彼女に集まり、それに気づいた少女は顔を赤らめると、そそくさと角の自分の席へと逃げ込むように座った。
席についた少女は周囲の席に座るクラスメイト達からいじられているようで、少女は照れたように笑って何か答えていた。
ほどなくして、教室の扉が静かに開いた。
そこから現れたのは、黒のスーツに身を包んだ女性だった。
「これから1年間、皆さんの担任を務めさせていただく、風見有希です」
少し緊張したような面持ちではあるがその姿勢はまっすぐで、声には柔らかいが芯がある。
「教員としては3年目、担任は初めてになりますが……どうぞよろしくお願いします」
控えめな拍手が起きると風見と名乗った教師は安心したような笑みを浮かべた。
「この後の予定ですが、入学式となります。そこで校長先生と、それから在校生代表として生徒会長からお話をいただきます」
そう言うと、天井のスリットが静かに開き、備え付けのモニターがゆっくりと下りてくる。
「式まではまだしばらく時間がありますが、その間…そうですね…」
逡巡した様子の風見先生に対して、前列の一人が手を挙げた。
最前列、右から2人目。
つい先ほど駆け込んできた少女の隣に座る、深い紫の髪をした少年だった。
「先生、時間あるなら先に自己紹介しませんか? まだ名前も分かんないままじゃみんなも落ち着かないでしょうし」
軽い口調ではあるが、その言葉には教室の何人かが頷く。
「そうですね……」
風見先生は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべてうなずいた。
「それでは、せっかくの機会ですし、簡単な自己紹介の時間にしましょう。
順番は……学籍番号順に前列の、右端の方からお願いできますか?」
にこりと笑いかける風見先生にこたえるように緊張した面持ちで茶髪の少女は立ち上がる。
「あ、えっと……相原ユイといいます。新都の白灯女子出身です。よ、よろしくお願いします!」
深々と頭を下げてから少女――ユイは視線から逃げるように座る。
周囲の生徒たちはどこか和やかな視線を送っていた。
緊張で固まっていた空気が、ほんの少しだけほぐれていくのが感じられる。
「それじゃ次は俺かな。」
先ほど手を挙げた紫の髪の少年が、すっと立ち上がった。
「初めまして、安曇春臣といいます。出身は駿ヶ原の渓霞中。」
背筋はまっすぐに伸びていて、声は意外なほど落ち着いている。
「自分から言い出しといて、実はこういうのは得意のほうじゃないんですが…まぁ仲良くしてください。これから1年間、よろしく」
最後だけ少しだけ口調が崩れるとあたりからは小さな笑い声が漏れる。
それから順々に、ひとり、またひとりと自己紹介が続いていく。
不器用な一言たちが、教室に少しずつ温度を与えていく。
そんな中――次に立ち上がった生徒に、教室のあちこちから小さなどよめきが起こった。
「ねぇ、あの髪……」
「うわ、ホントだ。」
「初めて見た」
驚きと戸惑いが入り混じった声が漏れる。
立ち上がったのは、背の高い艶やかな長い“黒髪”の少女だった。
「初めまして。紅楓館出身の橘姫乃と申します」
紅楓館――名の知れた由緒正しいお嬢様校だ。
なるほど、確かにひとりだけ空気が違う。
その落ち着いた物腰。丁寧な所作や、伏せた瞳の柔らかさから独特の雰囲気漂っている。
彼女だけが別世界の存在のようだ。
「皆さん、どうかよろしくお願いいたします、ね」
最後に柔らかく微笑んだその瞬間、教室に漂っていたざわめきがぴたりと止んだ。
これが“格”というものか――そう思わせられるほどの存在感だった。
しかし彼女を真の意味で異質たらしめているのはそんな抽象的なものではない。
カード創造能力が発現して以降、子どもたちは皆、自然と色とりどりの髪色を持って生まれてくるようになった。
それは大人たちも例外ではなく、時を経るごとに自然と髪色は変化していった。
今や黒髪はむしろ希少な存在なのだ。
橘姫乃という少女の髪は、現代の目にはまさしく“異質”に映ってしまうのだ。
「ばかばかしいわね」
隣の席で、水色の髪を一房指で巻きながら、少女はつぶやく
すっかり崩され空気の中やりづらそうに数人が言葉少なに通り過ぎていき、俺の番がまわってくる
「新東京出身、十神イツキ。」
早々に切り上げ席に着く。
教室の一部からいくつか戸惑うような声が漏れた。
隣の少女は信じられないとでも言いたげな視線を送ってくる。
少しの間ののちため息をつくと少女は立ち上がる。
「初めまして、渓霞中から来た七海雫です。よろしくお願いします」
言い切り席に着いた七海雫は頬杖をつくとあきれたような視線を俺に向ける。
「なぜにらむ」
「あんた、もう少し愛想よくできないの」
やれやれといった雰囲気だ。
「最初だけいい顔したって意味ないだろ、本性なんてどうせすぐばれるんだ。」
「ばれて困る本性の自覚があるなら、尚更気をつけなさいよ」
「そうやって取り繕ってまで周りに合わせる意味あるか?」
七海雫は少し考えたような顔をした後「それもそうね」とつぶやくと視線を外した。
急な態度の変化に少し違和感を覚えたが、納得してくれたならそれでいい。
そもそもまだ知り合って僅かなのだ、違和感だのと言えるほど俺はこいつのことを知りえない。
「それにこのくらいのほうが――」
「はーい!はじめまして!」
言葉を遮るように背後から軽快な声教室に響く。
しょうもない議論の間に自己紹介は順調に進んでいたらしい。
「新東京栄鵬中出身、柳幹人!趣味と特技は機械いじり。格安で相談のらせてもらいます」
「生徒間での金銭のやり取りは禁止ですよ」
すかさず風見先生が釘を刺す。
「はーい、みんな依頼の際はこっそりと、な」
満面の笑みでそう言うと、教室にくすくすと笑いが広がった。
「ということで1年間よろしく!それじゃ次の方ー」
嵐のようにハイテンションな柳幹人―ナギの自己紹介が過ぎ去っていく。
七海雫は茫然と固まっている。
「――これよりはましだろ」
遮られた言葉の続きを投げかけると七海雫はようやく動き出す。
「確かに」
なんとか紡ぎだした短い言葉にはそれ以上の感情が込められていた。
「なんであんたらが友達なのかわからない」
「それは俺もだ」
実際、当時もこいつがなぜ俺に声をかけてきたのか俺自身不思議でならなかった。
なんだか不思議な空気の中最後の自己紹介が終わると風見先生はぱんっと胸の前で手を合わせる。
その音で皆の視線が集まったのを確認し話始める。
「はい、皆さんありがとうございました。それでは――」
教室の照明がわずかに落ち、天井から下りたモニターが淡く光を放つ。
映像が切り替わり、画面に映し出されたのは講堂の壇上だった。
「ちょうど映像がつながりましたね。では皆さん今からお話をいただくので姿勢を正して聞いてくださいね」
中央の演台に立つのは、―おそらく校長であろう―落ち着いた身なりの紳士。
白髪交じりのオレンジ髪を後ろの流し、その目は優しさを湛えながらも、どこか鋭さを感じさせる。
その傍らにはオリーブグリーンの長い髪に俺たちと同じ黒いブレザーに灰色のスカートの制服を着た女生徒が佇んでいる。
挨拶もあると言っていたが、彼女が生徒会長なのだろう。その顔立ちは凛としていて、ひと目で只者でないことがわかる。
校長は時任と名乗り、穏やかな声で学園の理念を語りながら、新入生たちへの歓迎の意を静かに伝えていく。
俺は、椅子にもたれかかるように背を預ける。
暗くなった教室としばらくの寝不足からか気づけばまぶたが重くなっていた。
……ふ、と。
目を閉じた世界に柔らかく、肌に馴染むような陽の光。
どこか遠くで、金木犀の香りが漂っている。
風が優しく枝葉を揺らす音と軽やかな鼻歌が心地よく鼓膜を揺らす
――聞き覚えのない歌だ。
それは不思議な旋律で、懐かしさすら感じさせるのに誰の疑えなのかはまったく思い出せない。
だがその声は、どうしようもなく心を揺さぶってきた。
「……誰、だ……」
問いかけるように出した声は風に溶けて消える。
目の前が、だんだんと白く、柔らかくぼやけていく。
「――。」
なんだ、聞こえない。
俺に何か話しかけているはずなのに、水の中にいるように声の輪郭がぼやけてうまく聞き取れない。
「―キ…ーい。――イツキ、起きろって」
耳元でがさつな明るい声が響く。
「あ……?」
ゆっくりと目を開けると、ナギあきれた顔で見下ろしていた。
「あんた、やる気あるの?」
鞄を片手に持った七海雫が、少し後方から声をかけてくる。
周囲を見渡すと、教室の中はすでに帰り支度をする生徒たちでざわめいていた。
「今日はもう解散だってよ。ほら、帰ろうぜ」
ナギが肩をすくめながら笑う。
こわばった身体を軽く伸ばして席を立つと、雫が皮肉っぽく言った。
「随分気持ちよさそうに寝てたけど、よほどいい夢でも見てたんでしょうね」
「さあな」
曖昧に答えながらも、木漏れ日の感触と金木犀の香りが、まだ鼻の奥にかすかに残っている気がしていた。
そして――あの鼻歌。
「さて、と。行こうぜ」
歩き出すナギに、俺たちは続く。
「というか七海雫。なんでお前も待ってたんだ?」
「なんとなくよ。というか、なにその呼び方。雫でいいわよ」
「じゃあ俺もイツキで」
「俺のこともナギでいいぜ。や“なぎ”でナギな」
くだらない言葉を交わしながら教室を出ようとしたとき――
「十神くん」
後ろから名を呼ばれ、振り返ると風見先生がパタパタと小走りで追いかけてきた。
ナギと雫が立ち止まり、視線をよこす。
「なんかやらかした?」
ナギが小声で囁く。
「知らん」
俺がそう答えると、風見先生が追いついて、にこりと微笑んだ。。
「ごめんなさいね、ちょっと用事があって」
こんな初日から用事とは…心当たりは先ほどの居眠りぐらいしかないが。
「校長先生がお話ししたいみたいで、悪いんだけど校長室まで向かってもらえないかな?」
ますます心あたりがないが、特に用事があるわけでもないし呼んでいるというなら断る理由もないだろう
「悪いけど二人とも先に帰ってくれ」
ナギと雫に声をかけると、それぞれ軽く手を振って別れの挨拶を交わす。
「じゃ、気をつけてな」
「また明日ね」
ふたりの背を見送ったあと、俺はひとり校長室へと向かった。
放課後の喧騒を遠くに、俺は校長室の扉の前に立っていた。
「失礼します」
ノックの音に続けて扉を開けると、重厚な木の香りが漂う部屋の中で、校長が静かに窓の外を見つめていた。
声に気づいた校長は、こちらを振り向いて柔らかな笑みを浮かべる。
「やあ、君がイツキ君だね。来てくれてありがとう。わざわざすまないね」
「いえ」
「どうぞ、かけてください」
促されるまま革張りの椅子に腰を下ろすと、校長はデスクの引き出しから一通の封筒を取り出した。厚手の紙に包まれ、封蝋が丁寧に施されている。
「いまどき古風なものでしょう?」
校長はどこか楽しげに笑う。
「昨晩、懐かしい顔が私を訪ねてきましてね。これはその人物から、君宛にと預かったものです」
「俺に……ですか?」
校長は静かにうなずき、向かいのソファに腰を下ろす。
「彼女の名は――白瀬四葉君。ここの卒業生です」
その名を聞いた瞬間、息をのんだ。
あの駅での出来事。不可解な空間、黒服の男とのデュエル、そして――“マキナ”と呼ばれたカード。
「まさか彼女から君の名前を聞くとは思いませんでした。どのような関係で?」
「一週間前の……あの日、駅でたまたま知り合ったんです。気づいたときにはもういなくなっていて……気になっていたんですが、無事だったならよかった」
校長は一瞬苦い顔をしてすぐに元の微笑みに戻る。
「彼女はここにいた頃から、神出鬼没でしたからね……。」
そう言うと、校長は手紙をデスクの上に置き、俺の方へ差し出す。
「君に直接渡してほしいと、そう頼まれました。中身は見ていません」
封蝋は、確かに綺麗なままだ。
俺は手紙をそっと受け取り、慎重に封を切る。
中には、丁寧な筆跡で綴られた便箋が一枚だけ入っていた。
イツキ君へ
まず初めに、君に謝らなければなりません。
あの駅での出来事は、私を狙って引き起こされたものでした。
何も知らない君を巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なく思っています。
それと同時に――感謝を伝えさせてください。
あの瞬間、君がそばにいてくれなければ、私は無事ではいられなかった。
命を救ってくれて、本当にありがとう。
君が手にしたあのカードは、「人造マキナ」と呼ばれるものです。
それは、かつて私が関わってしまった、人の愚かさの結晶。
本来であれば、君のような人を巻き込むべきではありませんでした。
けれど、私にはもう、他の選択肢が残されていなかったのです。
勝手な願いだということはわかっています。
それでも、どうかお願いします。
そのカードを、君の手で守ってください。
私ひとりではきっと守りきることができない。
けれど君なら、きっと…
おそらく聞きたいことがたくさんあると思います。
でも今は、まだすべてを語ることができません。
それでもいつか、また会う時が来たなら
その時こそ、すべてを話させてください。そしてもう一度、ありがとうと伝えさせてください。
――白瀬 四葉
読み終えた指先が、わずかに震えていた。
勝手な話だ。
結局、大事なことは何ひとつ分からないまま、守ってくれなどと。
けれど――それでも、あの時、戦うことを選んだのは俺だ。
「……四葉さんは、今どこに?」
手紙を封筒に戻しながら、俺は校長に尋ねる。
校長は静かに首を横に振る。
「私も詳しいことは聞かされていません。……手紙には、何も?」
「はい。『また会う時が来る』とだけ」
「そうですか……」
校長は少し考え込むように視線を落とし、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
「彼女らしいですね」
立ち上がった校長が、俺に微笑む。
「彼女に再会したら、よろしく伝えてください」
「はい」
俺も立ち上がり、扉へと向かう。
背中越しに校長の声が続いた。
「私にできることがあれば、いつでも頼ってください。
四葉君も、君も、私の教え子ですから」
「……ありがとうございます」
振り返ることなく、俺は校長室を後にした。
人の少なくなった校舎を歩きながら考える。
正直、四葉さんのことを完全に信じきれるわけじゃない。
あの男が言っていた言葉、四葉さんの態度――
「罪」「贖罪」「愚かさの結晶」。不穏な響きを持つ、いくつもの言葉。
「貴様はまた、そうやって巻き込むというのか!」
男の怒声が、記憶の奥で蘇る。
俺が、尋常ではない何かに巻き込まれていることは、もう否定できない。
それでも――
立ち止まり「カース・マキナ」のカードを取り出す。
「……やるさ。中途半端なままじゃ、気が済まない」
静かにそう呟いて、俺は再び歩き出した。
荒い息遣いすらかき消すほどの雨音中、背後から迫る足音だけが不自然なほど鮮明に響く。
水を含んで重くなった衣服が肌に貼りつき、泥でぬかるんだ道に何度も足を取られそうになるたび、背後の足音は確実に距離を縮めてくる。
振り返る余裕などなかった。ただ、必死に足を前へと運ぶ。だが......
――逃げられない。
その言葉が頭をかすめた瞬間、足を滑らせ転倒する。
身体が宙に浮いたような感覚ののち、泥の中へと叩きつけられる。
立ち上がろうと必死にもがくが、冷たい雨にさらされた身体は思うように動かない。
そして――泥にまみれた視界の先、暗闇の中から影がのしかかるように伸び、俺の目の前を覆い尽くした。
―――
――
―
荒い息とともに、目が覚めた。
汗が額を伝い、シーツがじっとりと濡れている。
手足には無意識のうちに力がこもり、まだ夢の中にいるかのようだった。
「また……この夢か」
息を整えながら、枕元のスマホに手を伸ばす。
画面に表示された時刻は、5時を少し過ぎた頃。
あの駅での奇妙な事件に巻き込まれてから、今日でちょうど一週間になる。
それ以来、毎晩のようにこの夢を見る羽目になっていた。
自分がこれほど細い神経だったとはな――
つい、自嘲気味な笑みが漏れる。
4月5日。最低の気分で、俺は鉾星高校の入学式を迎えた。
新東京から北上した東陽州――その中でも北寄りに位置する仙羽市は、4月といえどまだ肌寒い。
広々とした敷地に併設された学生寮から校舎へと向かう道には、桜の木々が並んでいる。
咲き誇る花のアーチ……とまではいかず、ほとんどは蕾のまま寒空に耐えている。
寂しげな並木道を抜けると、目の前に現れるのは、高校の校舎としては場違いなほどに立派な建物――鉾星高校の校舎だ。
かつての未曾有の災害は、全国の教育機関にも例外なく打撃を与えた。
完全な復旧には長い時間がかかると見られていた中で、政府が打ち出したのが知域再編プロジェクトだった。
被害を受けた大学や地方の有力校を統合し、比較的無事だった地域に新たな大学として共同運営で再建する。
人的資源も資金も集中投下することで、復興の加速を狙った施策である。
一貫校であった当時の鉾星学園もこのプロジェクトに参画。
大学の機能を他地域に移設し、その跡地である旧キャンパスを修繕・再編した結果、生まれ変わったのがこの校舎だ。
さらに、不要となった旧高校校舎の敷地を学生寮として活用することで、俺のような地方からの新入生も受け入れやすくなった。
まったく……ずいぶんと大がかりな話の末に、俺はこの学校にやってきたのだ。
事前に送られていた案内によれば俺の教室は三階の東側、いちばん端の1-E教室だそうだ。
教室の入り口には学籍番号でかかれた座席表が張り出されており、前後どちらの入口前も小さな人だかりができていた。
教室内には4人掛けの座席が縦に4つ、3つの島に分かれて合計48席といったところ。
座席表によればクラスの人数は36人と、かなり余裕があるようで後方の席はがらりと空いている。
教室内はちらほらと話し声が聞こえるが緊張した面持ちの者も多くぎこちない空気が漂っている。
――俺の席は中央のあたりか
座席に向かう途中ちょうど俺の真後ろにあたる座席に見慣れた緑色の髪が見えた。
案の定、そいつはこちらに気づき手をふってくる。
俺は一瞥もくれてやらずに黙って自分の席に腰を下ろした。
「おいおい、つれないなぁ?照れてんのか」
軽い足取りでひょいと机を回り込んできたその少年は、そのまま俺の隣にちゃっかり座る。
「ナギ、ハウス。席の主に怒られるぞ」
「まったく、久しぶりの親友にかける第一声がそれかぁ」
わざとらしい泣きまねに、俺はため息で返す。
「たかが2週間で久しぶりもないだろ」
「その2週間一切連絡ないのはどこのどいつだよ」
「お前にかまってる暇はなかったよ。……というか、それはお前もだろ。いつこっちについたんだ?」
「いやーほんとつい昨日ついたばっかでさ、部屋中まだ段ボールだらけで何とか寝床だけ確保したところ」
へらへらと笑って見せるナギ
そういえば寮には入らずに部屋を借りるとか言ってたか。
確かにこいつに門限だのなんだのは無理な話か。
「――そこ、あたしの席なんだけど」
突然の声に顔を上げるとすぐ側で、少女がじっとりとした目で不機嫌そうに立っていた。
淡い水色の髪が肩上でふわりと広がる小柄な少女である。
「ありゃ、これは失礼」
ナギはそそくさと立ち上がり自分の席に戻ってゆく
「いわんこっちゃない」
大げさに顔を背けつつ己が無罪をアピールするが
「あんたも同罪よ赤いの」
俺の隣に腰を下ろしながら、少女は少しムッとしたように言葉を投げつけてくる。
「俺は忠告したぞ」
弁明むなしく少女はふんと顔を背けると俺の隣に腰を下ろす。
「まだ初日だってのに随分仲良さそうね、あんたたち」
皮肉めいたその一言に、ナギが即座に乗っかる。
「昔からの大親友だからな」
「ただの腐れ縁だ」
俺の返しに、少女が小バカにしたように笑う。
「いまどき男のツンデレなんて需要ないわよ」
こいつなかなかいい性格してるな
「まぁ確かに、小中と同じだけど付き合い自体は中学からだからな。親友くらいが適切だな」
「ナギの言葉は話半分、いや3割くらいで聞いてくれ」
「なぎ?」
その言葉に首を傾げた少女の反応を遮るように、チャイムが鳴り響いた。
と同時にバタバタと前方の入り口から一人の少女が駆け込んできた。
明るい茶色のゆるくウェーブのかかった長い髪の少女である。
教室中の視線が彼女に集まり、それに気づいた少女は顔を赤らめると、そそくさと角の自分の席へと逃げ込むように座った。
席についた少女は周囲の席に座るクラスメイト達からいじられているようで、少女は照れたように笑って何か答えていた。
ほどなくして、教室の扉が静かに開いた。
そこから現れたのは、黒のスーツに身を包んだ女性だった。
「これから1年間、皆さんの担任を務めさせていただく、風見有希です」
少し緊張したような面持ちではあるがその姿勢はまっすぐで、声には柔らかいが芯がある。
「教員としては3年目、担任は初めてになりますが……どうぞよろしくお願いします」
控えめな拍手が起きると風見と名乗った教師は安心したような笑みを浮かべた。
「この後の予定ですが、入学式となります。そこで校長先生と、それから在校生代表として生徒会長からお話をいただきます」
そう言うと、天井のスリットが静かに開き、備え付けのモニターがゆっくりと下りてくる。
「式まではまだしばらく時間がありますが、その間…そうですね…」
逡巡した様子の風見先生に対して、前列の一人が手を挙げた。
最前列、右から2人目。
つい先ほど駆け込んできた少女の隣に座る、深い紫の髪をした少年だった。
「先生、時間あるなら先に自己紹介しませんか? まだ名前も分かんないままじゃみんなも落ち着かないでしょうし」
軽い口調ではあるが、その言葉には教室の何人かが頷く。
「そうですね……」
風見先生は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべてうなずいた。
「それでは、せっかくの機会ですし、簡単な自己紹介の時間にしましょう。
順番は……学籍番号順に前列の、右端の方からお願いできますか?」
にこりと笑いかける風見先生にこたえるように緊張した面持ちで茶髪の少女は立ち上がる。
「あ、えっと……相原ユイといいます。新都の白灯女子出身です。よ、よろしくお願いします!」
深々と頭を下げてから少女――ユイは視線から逃げるように座る。
周囲の生徒たちはどこか和やかな視線を送っていた。
緊張で固まっていた空気が、ほんの少しだけほぐれていくのが感じられる。
「それじゃ次は俺かな。」
先ほど手を挙げた紫の髪の少年が、すっと立ち上がった。
「初めまして、安曇春臣といいます。出身は駿ヶ原の渓霞中。」
背筋はまっすぐに伸びていて、声は意外なほど落ち着いている。
「自分から言い出しといて、実はこういうのは得意のほうじゃないんですが…まぁ仲良くしてください。これから1年間、よろしく」
最後だけ少しだけ口調が崩れるとあたりからは小さな笑い声が漏れる。
それから順々に、ひとり、またひとりと自己紹介が続いていく。
不器用な一言たちが、教室に少しずつ温度を与えていく。
そんな中――次に立ち上がった生徒に、教室のあちこちから小さなどよめきが起こった。
「ねぇ、あの髪……」
「うわ、ホントだ。」
「初めて見た」
驚きと戸惑いが入り混じった声が漏れる。
立ち上がったのは、背の高い艶やかな長い“黒髪”の少女だった。
「初めまして。紅楓館出身の橘姫乃と申します」
紅楓館――名の知れた由緒正しいお嬢様校だ。
なるほど、確かにひとりだけ空気が違う。
その落ち着いた物腰。丁寧な所作や、伏せた瞳の柔らかさから独特の雰囲気漂っている。
彼女だけが別世界の存在のようだ。
「皆さん、どうかよろしくお願いいたします、ね」
最後に柔らかく微笑んだその瞬間、教室に漂っていたざわめきがぴたりと止んだ。
これが“格”というものか――そう思わせられるほどの存在感だった。
しかし彼女を真の意味で異質たらしめているのはそんな抽象的なものではない。
カード創造能力が発現して以降、子どもたちは皆、自然と色とりどりの髪色を持って生まれてくるようになった。
それは大人たちも例外ではなく、時を経るごとに自然と髪色は変化していった。
今や黒髪はむしろ希少な存在なのだ。
橘姫乃という少女の髪は、現代の目にはまさしく“異質”に映ってしまうのだ。
「ばかばかしいわね」
隣の席で、水色の髪を一房指で巻きながら、少女はつぶやく
すっかり崩され空気の中やりづらそうに数人が言葉少なに通り過ぎていき、俺の番がまわってくる
「新東京出身、十神イツキ。」
早々に切り上げ席に着く。
教室の一部からいくつか戸惑うような声が漏れた。
隣の少女は信じられないとでも言いたげな視線を送ってくる。
少しの間ののちため息をつくと少女は立ち上がる。
「初めまして、渓霞中から来た七海雫です。よろしくお願いします」
言い切り席に着いた七海雫は頬杖をつくとあきれたような視線を俺に向ける。
「なぜにらむ」
「あんた、もう少し愛想よくできないの」
やれやれといった雰囲気だ。
「最初だけいい顔したって意味ないだろ、本性なんてどうせすぐばれるんだ。」
「ばれて困る本性の自覚があるなら、尚更気をつけなさいよ」
「そうやって取り繕ってまで周りに合わせる意味あるか?」
七海雫は少し考えたような顔をした後「それもそうね」とつぶやくと視線を外した。
急な態度の変化に少し違和感を覚えたが、納得してくれたならそれでいい。
そもそもまだ知り合って僅かなのだ、違和感だのと言えるほど俺はこいつのことを知りえない。
「それにこのくらいのほうが――」
「はーい!はじめまして!」
言葉を遮るように背後から軽快な声教室に響く。
しょうもない議論の間に自己紹介は順調に進んでいたらしい。
「新東京栄鵬中出身、柳幹人!趣味と特技は機械いじり。格安で相談のらせてもらいます」
「生徒間での金銭のやり取りは禁止ですよ」
すかさず風見先生が釘を刺す。
「はーい、みんな依頼の際はこっそりと、な」
満面の笑みでそう言うと、教室にくすくすと笑いが広がった。
「ということで1年間よろしく!それじゃ次の方ー」
嵐のようにハイテンションな柳幹人―ナギの自己紹介が過ぎ去っていく。
七海雫は茫然と固まっている。
「――これよりはましだろ」
遮られた言葉の続きを投げかけると七海雫はようやく動き出す。
「確かに」
なんとか紡ぎだした短い言葉にはそれ以上の感情が込められていた。
「なんであんたらが友達なのかわからない」
「それは俺もだ」
実際、当時もこいつがなぜ俺に声をかけてきたのか俺自身不思議でならなかった。
なんだか不思議な空気の中最後の自己紹介が終わると風見先生はぱんっと胸の前で手を合わせる。
その音で皆の視線が集まったのを確認し話始める。
「はい、皆さんありがとうございました。それでは――」
教室の照明がわずかに落ち、天井から下りたモニターが淡く光を放つ。
映像が切り替わり、画面に映し出されたのは講堂の壇上だった。
「ちょうど映像がつながりましたね。では皆さん今からお話をいただくので姿勢を正して聞いてくださいね」
中央の演台に立つのは、―おそらく校長であろう―落ち着いた身なりの紳士。
白髪交じりのオレンジ髪を後ろの流し、その目は優しさを湛えながらも、どこか鋭さを感じさせる。
その傍らにはオリーブグリーンの長い髪に俺たちと同じ黒いブレザーに灰色のスカートの制服を着た女生徒が佇んでいる。
挨拶もあると言っていたが、彼女が生徒会長なのだろう。その顔立ちは凛としていて、ひと目で只者でないことがわかる。
校長は時任と名乗り、穏やかな声で学園の理念を語りながら、新入生たちへの歓迎の意を静かに伝えていく。
俺は、椅子にもたれかかるように背を預ける。
暗くなった教室としばらくの寝不足からか気づけばまぶたが重くなっていた。
……ふ、と。
目を閉じた世界に柔らかく、肌に馴染むような陽の光。
どこか遠くで、金木犀の香りが漂っている。
風が優しく枝葉を揺らす音と軽やかな鼻歌が心地よく鼓膜を揺らす
――聞き覚えのない歌だ。
それは不思議な旋律で、懐かしさすら感じさせるのに誰の疑えなのかはまったく思い出せない。
だがその声は、どうしようもなく心を揺さぶってきた。
「……誰、だ……」
問いかけるように出した声は風に溶けて消える。
目の前が、だんだんと白く、柔らかくぼやけていく。
「――。」
なんだ、聞こえない。
俺に何か話しかけているはずなのに、水の中にいるように声の輪郭がぼやけてうまく聞き取れない。
「―キ…ーい。――イツキ、起きろって」
耳元でがさつな明るい声が響く。
「あ……?」
ゆっくりと目を開けると、ナギあきれた顔で見下ろしていた。
「あんた、やる気あるの?」
鞄を片手に持った七海雫が、少し後方から声をかけてくる。
周囲を見渡すと、教室の中はすでに帰り支度をする生徒たちでざわめいていた。
「今日はもう解散だってよ。ほら、帰ろうぜ」
ナギが肩をすくめながら笑う。
こわばった身体を軽く伸ばして席を立つと、雫が皮肉っぽく言った。
「随分気持ちよさそうに寝てたけど、よほどいい夢でも見てたんでしょうね」
「さあな」
曖昧に答えながらも、木漏れ日の感触と金木犀の香りが、まだ鼻の奥にかすかに残っている気がしていた。
そして――あの鼻歌。
「さて、と。行こうぜ」
歩き出すナギに、俺たちは続く。
「というか七海雫。なんでお前も待ってたんだ?」
「なんとなくよ。というか、なにその呼び方。雫でいいわよ」
「じゃあ俺もイツキで」
「俺のこともナギでいいぜ。や“なぎ”でナギな」
くだらない言葉を交わしながら教室を出ようとしたとき――
「十神くん」
後ろから名を呼ばれ、振り返ると風見先生がパタパタと小走りで追いかけてきた。
ナギと雫が立ち止まり、視線をよこす。
「なんかやらかした?」
ナギが小声で囁く。
「知らん」
俺がそう答えると、風見先生が追いついて、にこりと微笑んだ。。
「ごめんなさいね、ちょっと用事があって」
こんな初日から用事とは…心当たりは先ほどの居眠りぐらいしかないが。
「校長先生がお話ししたいみたいで、悪いんだけど校長室まで向かってもらえないかな?」
ますます心あたりがないが、特に用事があるわけでもないし呼んでいるというなら断る理由もないだろう
「悪いけど二人とも先に帰ってくれ」
ナギと雫に声をかけると、それぞれ軽く手を振って別れの挨拶を交わす。
「じゃ、気をつけてな」
「また明日ね」
ふたりの背を見送ったあと、俺はひとり校長室へと向かった。
放課後の喧騒を遠くに、俺は校長室の扉の前に立っていた。
「失礼します」
ノックの音に続けて扉を開けると、重厚な木の香りが漂う部屋の中で、校長が静かに窓の外を見つめていた。
声に気づいた校長は、こちらを振り向いて柔らかな笑みを浮かべる。
「やあ、君がイツキ君だね。来てくれてありがとう。わざわざすまないね」
「いえ」
「どうぞ、かけてください」
促されるまま革張りの椅子に腰を下ろすと、校長はデスクの引き出しから一通の封筒を取り出した。厚手の紙に包まれ、封蝋が丁寧に施されている。
「いまどき古風なものでしょう?」
校長はどこか楽しげに笑う。
「昨晩、懐かしい顔が私を訪ねてきましてね。これはその人物から、君宛にと預かったものです」
「俺に……ですか?」
校長は静かにうなずき、向かいのソファに腰を下ろす。
「彼女の名は――白瀬四葉君。ここの卒業生です」
その名を聞いた瞬間、息をのんだ。
あの駅での出来事。不可解な空間、黒服の男とのデュエル、そして――“マキナ”と呼ばれたカード。
「まさか彼女から君の名前を聞くとは思いませんでした。どのような関係で?」
「一週間前の……あの日、駅でたまたま知り合ったんです。気づいたときにはもういなくなっていて……気になっていたんですが、無事だったならよかった」
校長は一瞬苦い顔をしてすぐに元の微笑みに戻る。
「彼女はここにいた頃から、神出鬼没でしたからね……。」
そう言うと、校長は手紙をデスクの上に置き、俺の方へ差し出す。
「君に直接渡してほしいと、そう頼まれました。中身は見ていません」
封蝋は、確かに綺麗なままだ。
俺は手紙をそっと受け取り、慎重に封を切る。
中には、丁寧な筆跡で綴られた便箋が一枚だけ入っていた。
イツキ君へ
まず初めに、君に謝らなければなりません。
あの駅での出来事は、私を狙って引き起こされたものでした。
何も知らない君を巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なく思っています。
それと同時に――感謝を伝えさせてください。
あの瞬間、君がそばにいてくれなければ、私は無事ではいられなかった。
命を救ってくれて、本当にありがとう。
君が手にしたあのカードは、「人造マキナ」と呼ばれるものです。
それは、かつて私が関わってしまった、人の愚かさの結晶。
本来であれば、君のような人を巻き込むべきではありませんでした。
けれど、私にはもう、他の選択肢が残されていなかったのです。
勝手な願いだということはわかっています。
それでも、どうかお願いします。
そのカードを、君の手で守ってください。
私ひとりではきっと守りきることができない。
けれど君なら、きっと…
おそらく聞きたいことがたくさんあると思います。
でも今は、まだすべてを語ることができません。
それでもいつか、また会う時が来たなら
その時こそ、すべてを話させてください。そしてもう一度、ありがとうと伝えさせてください。
――白瀬 四葉
読み終えた指先が、わずかに震えていた。
勝手な話だ。
結局、大事なことは何ひとつ分からないまま、守ってくれなどと。
けれど――それでも、あの時、戦うことを選んだのは俺だ。
「……四葉さんは、今どこに?」
手紙を封筒に戻しながら、俺は校長に尋ねる。
校長は静かに首を横に振る。
「私も詳しいことは聞かされていません。……手紙には、何も?」
「はい。『また会う時が来る』とだけ」
「そうですか……」
校長は少し考え込むように視線を落とし、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
「彼女らしいですね」
立ち上がった校長が、俺に微笑む。
「彼女に再会したら、よろしく伝えてください」
「はい」
俺も立ち上がり、扉へと向かう。
背中越しに校長の声が続いた。
「私にできることがあれば、いつでも頼ってください。
四葉君も、君も、私の教え子ですから」
「……ありがとうございます」
振り返ることなく、俺は校長室を後にした。
人の少なくなった校舎を歩きながら考える。
正直、四葉さんのことを完全に信じきれるわけじゃない。
あの男が言っていた言葉、四葉さんの態度――
「罪」「贖罪」「愚かさの結晶」。不穏な響きを持つ、いくつもの言葉。
「貴様はまた、そうやって巻き込むというのか!」
男の怒声が、記憶の奥で蘇る。
俺が、尋常ではない何かに巻き込まれていることは、もう否定できない。
それでも――
立ち止まり「カース・マキナ」のカードを取り出す。
「……やるさ。中途半端なままじゃ、気が済まない」
静かにそう呟いて、俺は再び歩き出した。
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