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乙女外伝~千春編~私の太陽 作:ター坊
私は金の籠に閉じ込められた鳥でした。
お金には困らない。
ただ、もう1つが足りなかった。
私、日向 千春はあの人に会う3年前にとある社長に見初められて結婚しました。温かい家庭を築きたいと夢見ていましたが、それも結婚して数ヵ月で潰えました。
外の女ばかりに手を出し、家に帰ってくる回数は減り―
初夜以外では数える程しか抱かれず―
別れたいと思っても、社長が離婚とは聞こえが悪いと許されず―
私は夫に飼われた鳥のようなものでした。
そんな結婚生活に疲れていたある日、とある求人のチラシが目に止まりました。ごく普通の事務員の募集でしたが、何かに吸い寄せられるように電話に手を伸ばしていました。
チラシの地図を頼りにやって来たのは意外とこじんまりとした建物でした。求人の謳い文句は世界的デュエリストを輩出した有名事務所ということで、どんな豪華な場所と期待していましたが…。何はともあれ門を叩きました。
その後、私はサニーアップ事務所の事務員として採用され、プロデュエリストのスケジュール管理や遠征先のホテルの予約などの仕事をするようになりました。事務所内は古い学校の職員室といった感じで、失礼ながらあまり豪華では無いですが心が落ち着く不思議な職場でした。それにここで私にとっての太陽も見つけました。
「あの、日向さん」
「はい」
風峰遊路さん。この事務所での稼ぎ頭で世界ナンバーワンのデュエリスト。それでいてそれに鼻を掛けることなく穏やかな性格。それに―
「再来月の5日に有給取りたいんですけど何か予定ありましたか?」
「今調べますね。それにしてもその日に何か?」
「大したことじゃ無いんですけど、娘の好きなアニメの劇場版がありまして…。それで一緒に行きたいと言われましてね…」
とても家族思いな優しい父であり夫。世間からは一夫多妻について叩かれる事も多いながらも、それでも貫く意志。そんな家族を愛する姿にいつしか憧れは別の感情に…。けど私はもう三十路を過ぎたオバサン。17の、しかも妻子持ちの風峰さんにこんな気持ちがあるなんて知れたら頭がおかしいと思われる。
「…ええ。大丈夫みたいです。その日はイベントもありませんよ」
私は想いを隠し、マネージャーとして笑顔で応対することしか出来ませんでした。
サニーアップ事務所で働いて約1年。
今日はマスクをしての出社。風邪を引いた訳ではありません。昨日、久々に夫が帰ってきたものの不機嫌だったらしく、殴られて頬にアザが出来てしまい、それを隠すためにマスクをしています。
「あれ?千春さん、風邪ですか?」
「はい…。大した事はないのでお気になさらず」
「…はぁ」
咄嗟に嘘をつくものの、嘘はすぐにバレる。それは昼食の時でした。食堂で食事をしようと一瞬マスクを外そうとした時―
「あれ?日向さん、それどうしたんですか?」
風峰さんの弟子・心愛さんに見られてしまいました。
「えっと、これはその…」
「ん?どうした?」
「あっ、先生…」
そこに風峰さんも居合わせてしまったのです。
「…そう、ですか…」
私は嘘を貫き通せないと思い、私の今を話しました。昨日の事、夫婦関係の事、全部を。
「という事は今の旦那さんの事はもう…?」
「…はい。自分を愛してくれない人を愛せる程、聖人ではありません…。でも、私には現状をどうする事もできず…どうしたらいいのか…」
私の今まで抑えてきたものを打ち明けてしまったせいか、自然と声が滲む。
「…あの、千春さん」
不意に風峰さんが問う。
「なんでしょうか?」
「その生活、壊してみますか?」
「えっ?」
風峰さんに相談して1ヶ月半後、信じられない事に風峰さんの提案が現実のものとなりました。
夫の会社が倒産したのです。多額の脱税、不正労働、過労 死隠蔽、裏取引…あらゆる悪事が連日報道され社会的信用を失墜、それによって株が暴落して経営が破綻、会社は無くなってしまったのです。夫は行方不明のままで、家は不正のツケで手放す事になりましたが、風峰さんは私を幽閉していた金の鳥籠を壊してくれました。
今は風峰さんの妻(厳密に言えばまだだが)・遊月さんが運営を始めた魅河荘というアパートに身を寄せており、風峰さん主催の親睦会として庭でBBQをしています。
「どうですか?今さらって感じはありますけど」
風峰さんがコップ片手に私に話しかけてきた。
「ええ。こんな素敵なパーティー…初めてです」
「それは良かった。…それにしても、すいません。家ダメにしてしまって…」
「いいえ。あの家から解放されたと思えば、寧ろ感謝してます」
「いや、感謝するならルナとその仲間に言ってください。証拠探しや情報リークをやったのはそいつらですから。俺は指示しただけですよ」
風峰さんは笑ってそう答える。
「あっ、そうだ。焼いたやつを美羽に持ってってやるか。煙を気にして家で雛里と一緒にいるし」
美羽さんはこの場におらず、風峰さんとの間にデキた娘・雛里ちゃんと留守番しているのだ。風峰さんは紙皿に焼いた肉やら野菜やらを乗せ、その場を去った。それと入れ替わるように大家の遊月さんがやって来た。
「あ、大家さん」
「いいえ。私の事は普通に遊月と呼んで下さい」
「そう…ですか?」
「はい。…ところで日向様」
「なんでしょうか?」
「遊路様の事、お好きですか?」
「ぶっ!?」
私は思わず口に含んでいたお茶を吹いてしまう。
「きゅ、急に何を…!?」
「その反応からするとやはり…」
「い、いえ!決してそのような事は…」
口ではそう言うものの、本音で言えば嘘になりますけど、私は…。
「歳ならば気にしないと思いますよ、遊路さんは」
「私も…そう思います」
話に入ってきたのはルナテシアさんと心愛さんだった。
「私の過去…お話しましたよね?」
「ええ…」
「こんな私の事すら許して側に置いて下さる…そう言う御方です」
「…まだ子供の私の気持ちも先生は真剣に受け止めて、付き合ってくれましたし…きっと、大丈夫だと思います」
ルナテシアさんと心愛さんの言葉に心が揺れてしまう。もし、許されるのなら…と。
その日の夜。特にすることもなく、読書をしているとインターホンが鳴り、私は向かいました。
「遅くなってすいません」
「風峰さん!?」
突然の夜の訪問に驚くばかりでしたが、追い返す理由もなく、部屋に通しました。
「お茶とか、お構い無く」
「は、はぁ…」
そう広くない部屋に二人っきり、低いちゃぶ台を挟んで座っている。この時、私は何とも言えない緊張感に包まれていました。
「と、ところで、こんな夜更けにどういう御用件で…」
「遊月から聞いたんですけど、何でも二人っきりで話したいことがあるからとか」
遊月さん、一体どういうつもりで…。私のこの気持ちは届く筈ないのに、そう思うと口を閉じてしまい、密室は沈黙だけが支配してしまう。
「…えっと、千春さん」
「…はい」
「一緒に働いて1年くらいになりますけど…俺の事、どう思っていますか?」
「…どう、とは?」
「その、例えば…女ったらしとか親バカとか」
「いえ、そんな事は…」
「では、どう思って?」
「それは…その…」
私は気恥ずかしながらも語る。
「まるで…太陽みたいな人です。トップデュエリストとして他のデュエリストたちの輝く憧れで、サニーアップ事務所のみんなを明るくしてくれて、悩んで苦しんでいた私に希望の光を与えてくれた…」
黒い雲に覆われて明かりもない暗闇の海原に投げ出された私に差し込んだ太陽の日差し…風峰さんは私にとってまさにそれでした。
「…」
私が一通り話した後、風峰さんは嬉しそうだけれど困ったなとも思える表情になる。
「あの…何か」
「そんな風に思ってくれてたんだなって…。つまり…好きって事ですか?」
「す、すいません、そんなつもりは…。迷惑…ですよね。こんなオバサンから好意を寄せられるなんて」
「千春さん…」
風峰さんは立ち上がると私の隣に座り―
クチュ
唇同士が重なり離れた後、私の中の時が一瞬止まり、思い出したかのように心臓が早く脈打つ。
「俺も好きですよ。千春さんの事」
「え…え…?」
「本気で好きな人にしかしませんよ、こんな事…」
風峰さんは微笑みながらもう一度、顔を近づける。
その後、私は風峰さんの
声に―
「千春さん…可愛いですよ」
「そんな…」
目に―
「ごめんなさい…。こんな体で…」
「いいえ…こんなじゃありません。とっても綺麗です」
口に―
「あ、ダメ…舐めちゃ…」
「♪」ヂュゥ
「す、吸っちゃ、んんっ!」
指に―
「ここ、凄いびちょびちょですよ?」
「あっ、あっ!か、かき混ぜひゃ…」
心に―
「お、奥まで入って…あんっ!」
「気持ち良い…ですか?」
「はい…。もっと…」
優しく解され、体も心も風峰さんに染まっていった。
翌朝。
「…あれ?」
私が目覚めると知らぬ間にバスローブが巻かれていました。きっと風峰さんが風邪を引かぬようにと気遣ったのでしょう。
「…あ」
昨夜の事を思い出して体中の熱っぽさがぶり返すと
「千春さん、おはようございます」
「か、風峰さん!」
乱れを感じさせないくらい余裕の風峰さんが立っていた。
「これを」
「え?」
風峰さんに渡されたのはマグカップで、中には湯気と香りが立ち込める飲み物が入っていた。
「特製のハーブティーです。体の火照りと心の昂りを鎮める効能があるから楽になりますよ」
「はぁ…」
私はそのハーブティーを一口飲んだ。
「…ふぅ」
「落ち着きましたか?」
私は静かに頷く。
「ところで、本当にk」
私があることを言おうとすると、風峰さんは人差し指の先を私の唇につける。
「《本当にこんなオバサンで良いのか?》…ですか?」
「…」
「俺にとっては遊月にも美羽にも心愛にもルナにも負けないくらい、千春さんも魅力的な女の子ですから」
女の子という単語を聞いて、風峰さんの嘘偽りのない笑顔を見て、私の落ち着いた筈の心が再び高鳴り始めた。
「聞かせて下さい。歳とか恩とかのしがらみに関係なく、千春さんが俺に思ってる事全部」
「…はい。私は」
私は自由な鳥になった。太陽が輝く空の下、他の4羽の鳥と共に太陽を慕う鳥に。かつて足りなかったものは今、満たされるどころか溢れるくらいに注がれている。
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これが17~8歳くらいの青年のやることか!?(オイ作者)
(2018-03-12 14:13)