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ブラック・ディザスター・ドラゴン 作:はにわ改

 
ーーその日の夜、あと一時間ほどで日付が変わろうという頃。
クロエが自室で椅子に座り、自前のノート型PCを用いて、その日一日のメールをチェックしていた。
室内には舞の姿もあるが特に用事があるわけでもなく、クロエが横になるベッドに座り、ただ煙草に次々に火を点けては、その吸い殻を灰皿を埋めるという行為を繰り返す。

そんな中で、クロエがあるメールを見た時に一瞬ではあったが眉を強く寄せた。

「どうしたい、クロエセンセ?」

暇そうにしつつも、その一瞬の変化を見逃さない舞。
煙草を輪に吹きながら、クロエに声を掛けた。

「……日本からの報告で、気になる事があってな」

「気になること?」

舞が煙草を咥えたまま立ち上がると、クロエの傍に寄って自分も横からPCの画面を覗き込む。
するとそのメールの送り主は、クロエたちの日本アカデミア校からである。

「流石凌斗がーー昨日の夕方から行方不明だそうだ」

「流石……?

ああ、あの元気なボーヤか。
そいつが行方不明って、どういうことさ、それ?」

「さあな。
今、家族が警察に捜索願いを出しているようだが、まだ見つかっていないらしい」

「おいおい、何があったってのさ。
何か事件に巻き込まれてなきゃいいけど……」

「ただの事件なら我々が動くまでもないがーー。

少し、気になるな」

「気になる?」

「嫌な、予感……がするな」

口元を手で覆い、険しい表情のクロエ。
彼女は透矢たちが通うデュエルアカデミアの理事長であり、また『黒の一団』と戦う組織の一員。
その彼女が感じた『予感』。
先日アメリカを騒がす『黒の一団』に多大なダメージを与えたが、
まだ終わってないという事を知らせる暗示なのかもしれない。

「ーークロエっ!」

扉が強く開け放たれ、中へ入ってきたのはクリス。
クロエと同じ立場である彼女が、血相を変えてクロエの部屋へと入ってきたのだ。

「よ、よぉ……クリス」

先日の一件で未だぎくしゃくとしたものを抱えるクロエ・舞とクリス。
舞が遠慮がちに声を掛けた。

「どうした、クリス」

「ーー事件だっ!
またプロデュエリストが襲われた」

「何……っ!」

二人に歩み寄りながらその事実が伝えられた。

「一時間前に路上で倒れてれるところを、『機関』の人間が発見した。
外傷はないが、意識不明の重体だそうだ」

「おいおい、それってまさかーー」

「ああ。
倒れていたデュエリストは、デュエルをしていた形跡があったそうだ。

ーー『黒の一団』の仕業、そのものだ!」

クロエが顔を伏せる。
彼女が日本での一件に『予感』を感じた直後の、このクリスの報告。
それはまさしく虫の知らせだったに違いない。

「で、でもさ、『黒の一団』は崩壊したはずだろうさ!」

「さぁな。
私たちがそう思い込んだだけだ。
別にグループがあったとしても、不思議ではない」

「マジかよ……」

「それに今まで奴等は倒したプロデュエリストの身柄を拐っていたが、今回はその点が違う。
その辺りの違いも妙な点だ」

「ふむ……」

クロエが腹に手を当てて、椅子に深く身を預けて天井を見上げる。
頭の中で自分の考えを纏めているようで、クリスも舞もそんなクロエの次の言葉を待つ。

「ちなみに……襲われたプロデュエリストの身元は?」

クロエが訊く。
そうしてクリスの口から出たその身元とはーー。

「……プロランキングトップ。

ダニエル……ダニエル・スティーブンだ」

プロデュエリスト界でも、飛び抜けた知名度と人気を誇るその人物。
その彼がつい数時間前、このホテルの地下で蓮華とデュエルをしていたということを知るのは、このしばらく後の事となる。






ーー数時間前。
蓮華とのデュエルの後、一人ホテルを後にしたダニエルは夜道の途中、ベンチに腰掛けて身体を休めていた。
手には途中で買った酒の入った瓶が握られ、それをらっぱ飲みしながらの家路である。

「はぁ……俺もそろそろ身を固めるかな……」

そんな事を独り呟く。

だがそれは蓮華との事で少なからず消沈した自分に対する強がり、言い訳であり、そんな気が無いのは自身がよく分かっている。
それでも考えられるのが止められないから、酒に頼って思考力を曖昧にしていた。

やがてベンチから立ち上がり、少しふらついた足取りで再び夜道を歩き出す。

ーーそうして人気のない道をしばらく歩いて行くと、
彼の前を立ち塞ぐように誰かがその姿を現す。

『……誰だ、君は?』

酔って揺らぐダニエルの視界に入ってきたのはーー少年。
それも日本人。
そう、彼が今日会った『トーヤ』という少年に一番雰囲気が近い。

「ーープロランキングトップ、ダニエル・スティーブンさんですね。
いつもテレビや雑誌で見てます」

少年が声を発した。
だがそれは日本語であり、生憎そこまで日本語の教養があるわけでもないダニエルに、その意味は伝わらない。

『誰なんだ、君は』

ダニエルが再度訪ねる。
さっき会った『トーヤ』という少年とは違う雰囲気を感じているのか、酔った身体ながら警戒しているようだ。

「あなたの事は尊敬しています。
いつかプロになって、一目お会いできればと思ってました」

『……?』

少年が語る。
だがやはりそれはダニエルに伝わらない。

「でも今は違う。

新しく手に入れたこの力!
あなた程のデュエリストを相手に試せるなら、言うことはない!」

空気が変わる。
少年は左腕を構えると、そこに装着されていた収納式だったデュエル・ディスクが展開。
黒光りするディスクにデッキを力強く差し込んだ。

『……ボーイ。
俺とデュエルをしたい、と言うのか』

言ってることは分からずとも、その振る舞いを見て察する。
ディスクを展開する際の、意気揚々とした顔付き。
ダニエルはこの少年が自分に『喧嘩(デュエル)を売ってるのだ』と確信したのだ。

『野良デュエルなんて、本当ならスルーが普通だが……』

プロデュエリストになって10年以上。
名が売れるようになってからは、こうした腕自慢のアマチュアデュエリストが、デュエルを挑んできた事が度々あった。
無論そこはプロとして、そんな相手には窘めるなどの対処を施すことが殆どだが、
何回かは実力で黙らせたこともある。

『まあいい。
勝負から逃げてるとアマに馬鹿にされるのも気に食わないからな。
そのデュエル、受けて立ってやる』

酒に酔った勢い、また今日の出来事もあったからだろうか、ダニエルは勝負を受けた。
その意思表示として自分もデュエル・ディスクを構えると、少年が笑う。

「では……デュエルと行きましょう。
それも『闇のデュエル』、ですよ」

少年が言うと、彼の周りから黒い霧のようなものが辺りに立ち込める。
それがダニエルの方にも広がり、その周囲を覆い始めた。

『な、何だ、これは……?』

ダニエルがただならぬ雰囲気を感じるが最早遅い。
デュエルに応じた時から、いや少年に狙いを付けられた時からダニエルは『闇』に捕らわれていたのである。



ーーそしてデュエル、その終盤。

少年のフィールドに彼の力の象徴たるそのモンスターが姿を現した。

『ーーき、君は……てぃ、“T・F召喚”の使い手なのかっ?!』

「ーーT・F召喚……!
黒の災厄……『ブラック・ディザスター・ドラゴン』!」

2つの赤い瞳。
筋肉質な逞しい四肢と肉体を持つ、巨大な『竜』。
全身を黒い鱗で覆い、その鱗から発せられる黒い炎のような霧がフィールドを埋め尽くす。

「ーー消えろ!
ーー『ブラック・フレイム・ディザスター』!」

『ブラック・ディザスター・ドラゴン』が轟き、空気を奮わせる。
そうして口から放たれた黒い炎が、ダニエルのフィールドにいる『斬閃帝』たちを焼き払い、同時にライフを奪い尽くした。

『ば……馬鹿な、な、なんだ、そのモン、スターは……』

足を付くダニエル。
ライフが0を刻むと同時に身体を支える最後の力も失い、そのまま地面に伏した。

「くっくっく……凄ぇ。
これなら誰にも負けるわけがねぇ!
はっはっはっはっはっ!!」

勝利が与えるこの上ない高揚が、少年を高らかに猛させる。
加えて手にした圧倒的な力、その凄まじさを実感して笑わずにはいられない。

「待ってろよ、『先輩』……。
今度こそ俺が叩き潰してやる!」

少年にとって倒さねばならぬ相手。
それを成し遂げる瞬間を夢見て拳を振るわせる。

そうして少年は倒れたダニエルを残して、夜の闇に姿をくらましたーー。
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