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02:ようこそ童実野町へ① 作:天2
助けるのがいいか、助けないのがいいか。
少しだけ迷ったが、『武藤 遊唯(むとう ゆい)』は『彼』を助けることにした。
親切心とか正義感とかではなく、ただ内から湧き上がる焦燥によって。
それは強い衝動であったと言えるだろう。何故かは分からないが、今ここで自分が彼を助けなければならないような気がしたのだ。そうせねば何かとてつもなく恐ろしい事態になるような気さえした。
遊唯は多少の警戒を抱きながら、それでもゆっくりと眼前で突っ伏している少年へと近付く。
そしてそれでも彼がぴくりとも動かないのを確認して、地面に手をつき傍らへとしゃがみ込んだ。
彼女が手をついた土地。
それが彼女が生まれて、17年間育ってきた町。
『場所』とは重要だ。
それはこの世で唯一無二を意味する座標。
人口約17万人。面積は約17平方キロメートル。
世界でも有数の超巨大企業『海馬コーポレーション』の企業城下町として数十年前から急速な発展を遂げ続けている街。それがここ『童実野町』である。
その財政を支えているのは町の中心部に本社ビルを構える言わずと知れた超巨大企業・海馬コーポレーションであり、町の労働者層の実に7割がそこのグループ企業またはその子会社、下請け会社に勤務している。海馬コーポレーションの躍進に従って町の雇用機会は激増し続けており、それは町の人口増大や財政に多大な恩恵を与え続けている。
美しい海という資源による観光が唯一の売りだった小さな地方都市は、これによりこの数十年で全国でもトップレベルの豊かな町となった。
今日に限って以前はこの町の唯一の目玉であったその美しい海岸線を眺めながら学校からの帰路に着こうと遊唯が思い立ったのは、本当に偶然だったのだろうか。
いつもはてんで遠回りになるこの沿岸道路を選んで帰ることなどない。誰かにそれとなく誘導されたとかいうこともなく、本当に校門を出たときにふとこの道を通ってみようと思い立ったというだけなのは確かだが、それでも今日この道を行こうとしなければこんな事態に直面することなどなかったのである。
まるで天上の何者かによって作為的に仕組まれていたかのようだ。
眼下でうつ伏せに横たわる少年の顔を覗き込みながら、遊唯はそんな思いを禁じ得ない。
遊唯が歩いていたのは防波堤沿いに海岸線を一望できるように造られた沿岸道路。防波堤の向こうはすぐに砂浜だ。白い砂浜と海の青が向こうの入江まで十数キロに渡って見渡せる。近年発展目覚ましいこの町では、ここだけ都市開発に取り残されたように風光明媚を保っていると言える。
少年が倒れていたのはまさにその波打ち際。下半身は未だ海水に浸かったまま。
最初に見つけた時は一瞬流木か何かと見違えて危うく見過ごすところだった。彼のすぐそばで何かに陽が反射して強い光を放たなければ、関心を引き遊唯がもう一度目を凝らすことはなかっただろう。
遊唯が覗き込むと、少年は意外に整った顔立ちだった。年齢は遊唯より2、3個下くらいだろうか。
海水に濡れ砂にまみれた少し長めの黒髪がべったりと額や頬に張り付いている。その濡れ具合から、どうやら打ち上げられてからそう時間は経っていないようだ。
思わずその髪を指でそっと剥がしてやると、少年は「うう・・・」と呻いた。
(よかった。息はあるみたい・・・)
そう安堵しかけて、ふと自分がある可能性を最初から除外していたことに気付く。
(私・・・この子がすでに亡くなっているなんて微塵も考えていなかった・・・。遠目からじゃ生死なんて判断つかなかったのに・・・。いえ、むしろこの状況では亡骸が打ち上げられたと考える方が自然だわ・・・。なのに私は最初から『助けるか』『助けないか』を迷った・・・。まるで初めから生きていることだけは分かっていたみたいに・・・)
遊唯が自らのした奇妙な思考に眉を寄せると同時に、何かがピロリンと鳴った。
見ると彼の傍らにスマホが半分砂に埋もれるようにして落ちている。
(この子のスマホ・・・? さっき光っていたのはこれ・・・?)
陽光を反射させ遊唯に少年を発見させたのはどうやらこのスマホの画面だったらしい。メールを受信でもしたのか、とにかく鳴ったということは少なくとも完全に死んではいないということ。
ともかく少年をこのままにしてはおけない。放っておけば溺れたり低体温症になってしまったりすることも考えられる。
遊唯は彼の肩に手を回し何とか移動させようと試みる。しかし年下とは言え男の子の身体、しかもその服は海水をしこたま吸っており、普段何の運動もしていない女子高生1人に簡単に何とかできる重さではない。
「ハァー、ハァー・・・無理・・・」
数分の間、力いっぱい格闘して何とか海水に浸かっていた状態からは脱したものの、そこで遊唯は力尽きた。これ以上は他者の助けがなければ無理だ。
仕方なく救急車を呼ぶケイタイを取り出そうと放り出していた鞄に目を向けると、そこに男が立っていた。
「あ・・・」
助かった、と安堵する。
男は遊唯と同じくらいの歳。逆立てた金髪で体格も細くはない。それなりに力がありそうだ。
彼に力を貸してもらえれば少なくとも少年を安全な場所に移動させることはできるだろう。
「お願い、手を貸して」
遊唯が声をかけると、男はキョロキョロを辺りを見回したあと首を傾げた。
「ひょっとして、それ俺に言ってるのか?」
当たり前だ、と言いかけて遊唯はギョッと固まる。
男が手にしている物に気付いたからだ。
(私の鞄・・・)
男は片手に引きずるようにして遊唯の鞄を持っていた。
その様子は、とても拾ってくれたなどという感じではない。
遊唯の様子に気付いたのか、男が鞄をひょいと持ち上げる。
「この鞄か? こいつァいまそこで拾ったんだ。落とし物・・・遺失物って言うんだったか、こういうの」
「それ、私の・・・」
「落とし物を拾ったらよォ・・・謝礼に1割貰えるんだったよなァ、確かよォ・・・。こういう場合どうするんだろーなァ、まさか鞄を引き裂いて1割貰えるわけじゃあねェだろう?」
男がギャハギャハと卑しく笑う。
どうやらこの男は善意で近付いてきたわけではなさそうだ。
「その上、そんなビショビショの小汚ねぇガキを助けるのを手伝えっつーのかァ?こりゃあ、ちょっとやそっとの謝礼じゃあ釣り合わねぇよなァ・・・。そうは思わねぇか、ネエちゃん・・・?」
男の視線がスカートから伸びる遊唯の足を舐める。
それをサッと手で防ぎ、睨み付ける。
(この男は味方なんかじゃあない・・・!明らかに悪意を持った敵・・・ッ!)
遊唯の判断は早かった。
こういう手合いは相手にしてはいけない。鞄を取られるのは痛いが、今は少年を保護する方が優先だ。
少年を支える腕に力を入れ直し、再び独力で移動させようとする。
しかし
ドバァンとその顔に鞄が投げつけられた。
その衝撃で少年の身体がドサリと落ちる。
「無視してんじゃあねェェェェぞッ、このアマがァァッ!!」
怒りに柳眉を吊り上げた男が遊唯に顔を寄せる。
「質問してんだろォォォがよォォ・・・! すっとぼけてんじゃあねェぞ・・・! ちょいと地味だがアンタが小一時間俺の言いなりになってくれさえすりゃあよォォ、んなガキの1人や2人ナンボでも助けてやるっつってんだよッ・・・!」
男の言葉通り、遊唯はそれほど目立つ容姿の女子ではない。
髪は黒く、長くなり過ぎないよう肩口で切り揃えられているし、メイクも薄め、制服も着崩してはいないし、スカートも膝が僅かに見えるくらいの長さだ。しかしよくよく見ると、その顔は中々に整っていて可憐、またスタイルもそれなりに出るところは出ていて悪くない。
男の下卑た食指はそれを見抜いていた。
「くッ・・・」
あまりにストレートな悪意に、遊唯の眉間の皺が深くなる。
ピロリン
しかしその空気を裂くようにまたあの電子音がなった。
今度はどうやら男のポケットからのようだ。
「んだよ・・・」
乗ってきた興を折られたように男がスマホを取り出して画面を確認すると、その表情に困惑の色が浮かんだ。
「・・・?」
訝しむ遊唯。
スマホから顔を上げた男が辺りを見回そうとして、次の瞬間、今度は明確に驚愕を表した。
遊唯が振り返る。
そこには少年が立っていた。
手には自らのスマホを持って。
その画面を男に突き出す。
そこには確かに『Dゲーム』と記されていた。
少年が口を開く。
「おい・・・デュエルしろよ・・・」
少しだけ迷ったが、『武藤 遊唯(むとう ゆい)』は『彼』を助けることにした。
親切心とか正義感とかではなく、ただ内から湧き上がる焦燥によって。
それは強い衝動であったと言えるだろう。何故かは分からないが、今ここで自分が彼を助けなければならないような気がしたのだ。そうせねば何かとてつもなく恐ろしい事態になるような気さえした。
遊唯は多少の警戒を抱きながら、それでもゆっくりと眼前で突っ伏している少年へと近付く。
そしてそれでも彼がぴくりとも動かないのを確認して、地面に手をつき傍らへとしゃがみ込んだ。
彼女が手をついた土地。
それが彼女が生まれて、17年間育ってきた町。
『場所』とは重要だ。
それはこの世で唯一無二を意味する座標。
人口約17万人。面積は約17平方キロメートル。
世界でも有数の超巨大企業『海馬コーポレーション』の企業城下町として数十年前から急速な発展を遂げ続けている街。それがここ『童実野町』である。
その財政を支えているのは町の中心部に本社ビルを構える言わずと知れた超巨大企業・海馬コーポレーションであり、町の労働者層の実に7割がそこのグループ企業またはその子会社、下請け会社に勤務している。海馬コーポレーションの躍進に従って町の雇用機会は激増し続けており、それは町の人口増大や財政に多大な恩恵を与え続けている。
美しい海という資源による観光が唯一の売りだった小さな地方都市は、これによりこの数十年で全国でもトップレベルの豊かな町となった。
今日に限って以前はこの町の唯一の目玉であったその美しい海岸線を眺めながら学校からの帰路に着こうと遊唯が思い立ったのは、本当に偶然だったのだろうか。
いつもはてんで遠回りになるこの沿岸道路を選んで帰ることなどない。誰かにそれとなく誘導されたとかいうこともなく、本当に校門を出たときにふとこの道を通ってみようと思い立ったというだけなのは確かだが、それでも今日この道を行こうとしなければこんな事態に直面することなどなかったのである。
まるで天上の何者かによって作為的に仕組まれていたかのようだ。
眼下でうつ伏せに横たわる少年の顔を覗き込みながら、遊唯はそんな思いを禁じ得ない。
遊唯が歩いていたのは防波堤沿いに海岸線を一望できるように造られた沿岸道路。防波堤の向こうはすぐに砂浜だ。白い砂浜と海の青が向こうの入江まで十数キロに渡って見渡せる。近年発展目覚ましいこの町では、ここだけ都市開発に取り残されたように風光明媚を保っていると言える。
少年が倒れていたのはまさにその波打ち際。下半身は未だ海水に浸かったまま。
最初に見つけた時は一瞬流木か何かと見違えて危うく見過ごすところだった。彼のすぐそばで何かに陽が反射して強い光を放たなければ、関心を引き遊唯がもう一度目を凝らすことはなかっただろう。
遊唯が覗き込むと、少年は意外に整った顔立ちだった。年齢は遊唯より2、3個下くらいだろうか。
海水に濡れ砂にまみれた少し長めの黒髪がべったりと額や頬に張り付いている。その濡れ具合から、どうやら打ち上げられてからそう時間は経っていないようだ。
思わずその髪を指でそっと剥がしてやると、少年は「うう・・・」と呻いた。
(よかった。息はあるみたい・・・)
そう安堵しかけて、ふと自分がある可能性を最初から除外していたことに気付く。
(私・・・この子がすでに亡くなっているなんて微塵も考えていなかった・・・。遠目からじゃ生死なんて判断つかなかったのに・・・。いえ、むしろこの状況では亡骸が打ち上げられたと考える方が自然だわ・・・。なのに私は最初から『助けるか』『助けないか』を迷った・・・。まるで初めから生きていることだけは分かっていたみたいに・・・)
遊唯が自らのした奇妙な思考に眉を寄せると同時に、何かがピロリンと鳴った。
見ると彼の傍らにスマホが半分砂に埋もれるようにして落ちている。
(この子のスマホ・・・? さっき光っていたのはこれ・・・?)
陽光を反射させ遊唯に少年を発見させたのはどうやらこのスマホの画面だったらしい。メールを受信でもしたのか、とにかく鳴ったということは少なくとも完全に死んではいないということ。
ともかく少年をこのままにしてはおけない。放っておけば溺れたり低体温症になってしまったりすることも考えられる。
遊唯は彼の肩に手を回し何とか移動させようと試みる。しかし年下とは言え男の子の身体、しかもその服は海水をしこたま吸っており、普段何の運動もしていない女子高生1人に簡単に何とかできる重さではない。
「ハァー、ハァー・・・無理・・・」
数分の間、力いっぱい格闘して何とか海水に浸かっていた状態からは脱したものの、そこで遊唯は力尽きた。これ以上は他者の助けがなければ無理だ。
仕方なく救急車を呼ぶケイタイを取り出そうと放り出していた鞄に目を向けると、そこに男が立っていた。
「あ・・・」
助かった、と安堵する。
男は遊唯と同じくらいの歳。逆立てた金髪で体格も細くはない。それなりに力がありそうだ。
彼に力を貸してもらえれば少なくとも少年を安全な場所に移動させることはできるだろう。
「お願い、手を貸して」
遊唯が声をかけると、男はキョロキョロを辺りを見回したあと首を傾げた。
「ひょっとして、それ俺に言ってるのか?」
当たり前だ、と言いかけて遊唯はギョッと固まる。
男が手にしている物に気付いたからだ。
(私の鞄・・・)
男は片手に引きずるようにして遊唯の鞄を持っていた。
その様子は、とても拾ってくれたなどという感じではない。
遊唯の様子に気付いたのか、男が鞄をひょいと持ち上げる。
「この鞄か? こいつァいまそこで拾ったんだ。落とし物・・・遺失物って言うんだったか、こういうの」
「それ、私の・・・」
「落とし物を拾ったらよォ・・・謝礼に1割貰えるんだったよなァ、確かよォ・・・。こういう場合どうするんだろーなァ、まさか鞄を引き裂いて1割貰えるわけじゃあねェだろう?」
男がギャハギャハと卑しく笑う。
どうやらこの男は善意で近付いてきたわけではなさそうだ。
「その上、そんなビショビショの小汚ねぇガキを助けるのを手伝えっつーのかァ?こりゃあ、ちょっとやそっとの謝礼じゃあ釣り合わねぇよなァ・・・。そうは思わねぇか、ネエちゃん・・・?」
男の視線がスカートから伸びる遊唯の足を舐める。
それをサッと手で防ぎ、睨み付ける。
(この男は味方なんかじゃあない・・・!明らかに悪意を持った敵・・・ッ!)
遊唯の判断は早かった。
こういう手合いは相手にしてはいけない。鞄を取られるのは痛いが、今は少年を保護する方が優先だ。
少年を支える腕に力を入れ直し、再び独力で移動させようとする。
しかし
ドバァンとその顔に鞄が投げつけられた。
その衝撃で少年の身体がドサリと落ちる。
「無視してんじゃあねェェェェぞッ、このアマがァァッ!!」
怒りに柳眉を吊り上げた男が遊唯に顔を寄せる。
「質問してんだろォォォがよォォ・・・! すっとぼけてんじゃあねェぞ・・・! ちょいと地味だがアンタが小一時間俺の言いなりになってくれさえすりゃあよォォ、んなガキの1人や2人ナンボでも助けてやるっつってんだよッ・・・!」
男の言葉通り、遊唯はそれほど目立つ容姿の女子ではない。
髪は黒く、長くなり過ぎないよう肩口で切り揃えられているし、メイクも薄め、制服も着崩してはいないし、スカートも膝が僅かに見えるくらいの長さだ。しかしよくよく見ると、その顔は中々に整っていて可憐、またスタイルもそれなりに出るところは出ていて悪くない。
男の下卑た食指はそれを見抜いていた。
「くッ・・・」
あまりにストレートな悪意に、遊唯の眉間の皺が深くなる。
ピロリン
しかしその空気を裂くようにまたあの電子音がなった。
今度はどうやら男のポケットからのようだ。
「んだよ・・・」
乗ってきた興を折られたように男がスマホを取り出して画面を確認すると、その表情に困惑の色が浮かんだ。
「・・・?」
訝しむ遊唯。
スマホから顔を上げた男が辺りを見回そうとして、次の瞬間、今度は明確に驚愕を表した。
遊唯が振り返る。
そこには少年が立っていた。
手には自らのスマホを持って。
その画面を男に突き出す。
そこには確かに『Dゲーム』と記されていた。
少年が口を開く。
「おい・・・デュエルしろよ・・・」
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