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乙女外伝~ルナ編~幸せになる義務 作:ター坊
私はオーナーである風峰遊路と出会う前は、裏社会で名の通った殺し屋だった。とある組織に属し、依頼があれば世界を飛び、報酬と引き換えに人を殺す、そんな日々を送っていた。
ある日、とあるデュエルジムから依頼が舞い込み、日本へ飛んだ。依頼はその当時17歳の風峰遊路の暗殺だった。ライバル企業の失脚を狙っての有力な幹部や選手の暗殺はよくある依頼だ。しかし相手はプロデュエリストの稼ぎ頭とはいえたかが高校生。正直、腕を安く買い叩かれたと不満だったが、何故か受けてしまった。今思えば、これが運命とか天命とか、神の見えざる手による引き合わせだったのかも知れない。
私は依頼をしくじった事はなかった。ただの一人として生き残っていない。しかし、今回の私はどこか狂っていた。
遠距離から狙撃をしても―
ドタッ
「いたっ!」
ターゲットが絶妙なタイミングで躓いて転び、外れ―
仕事場に潜入してドリンクに毒を仕込んでも―
バチャッ
「わっ!すいません」
ドリンクのボトルごと落とされて台無しになり―
確実に殺すために宿泊先で待ち伏せ、ナイフで殺害しようにも―
「申し訳ありませんが、キャンセルします」
トラブルや突然のキャンセルで宿泊先に来なかったり―
天が風峰遊路を生か すかのように悉く私の計画は潰された。その重なる失敗から依頼主に契約を破棄された。国に帰ろうとしたところ組織の一部の裏切りによる内乱勃発で組織が瓦解、私も残党狩りに遭ってしまう。
雨降りの中、追っ手を退けたものの、疲労困憊の私の体はグラリとアスファルトに倒れた。
目を開けると私は病室にいた。ここは何処かと窓を眺めているとドアが開いた。
「あ、起きてる」
「良かったですね」
そこに現れたのはターゲットの風峰遊路とその恋仲の遊月だった。命を奪おうとした者に命を救われるとはなんという皮肉か、とこの時の私は自身を嘲った。
その後、風峰遊路は私の事を色々聞いて(最も私が語ったのは八割嘘だが)、ある提案をした。
「そうだ。2週間後にイタリアでデュエルイベントの仕事があるから通訳として来てくれないか?」
組織が崩壊して依頼主からも見放された私に断る理由もなく、助けられた恩もあるため、私はその申し出を受ける事にした。
イタリアにやって来て数日。イベントの打ち合わせが早く終わり、私は風峰遊路と新人マネージャーとして同行している日向千春を連れてイタリアの街を案内していた。イタリアは裏の仕事で何度も来たが、こうしてのんびりと歩くのは初めてだった。
時間はランチ時になり、老舗のピッツァ屋に立ち寄った。
「さすが本場のピザ、あっ、ピッツァって言うんだっけ?」
「確かそうですね」
風峰遊路と日向千春は舌鼓を打っていた。
「それにしてもルナテシアさんのおかげで仕事が楽になって良かったな」
「そうですね。事前の手配はネットでなんとかなりましたけど、現場での会話や交渉では現地の言葉が必要ですから」
「…お役に立てて何よりです」
「…」ジー
風峰遊路が私をじっと見ていた。
「えっと、何か…」
「いや、良い人と会えて良かったな、と思って」
「良い人?」
「最初、身長が高くてモデルさんみたいで、その…神秘的って言うか綺麗すぎて近寄り難い人って思ったけど、接してみると礼儀正しくて笑顔が可愛い、良い人だなぁと…」
「え?」
風峰遊路の言葉の中に意外な単語があった。
「笑顔って…私、笑っていたんですか?」
「え?まぁ…。でもどうして?」
「…私はあまり笑わない人間だと思っていたので…」
「ふーん。…でもホントに楽しい時って笑顔が無意識に出るんじゃないか?」
「はぁ…」
ホントに楽しい時―。確かに今は楽しいかも知れない。こんな穏やかで幸せな気持ちは殺し屋だった頃は決して味わえなかった。しかし、数多の人間を殺した私にこの楽しい時間を、幸せな気持ちを享受する権利があるのだろうか?
(…そう言えば神秘的で綺麗って…女として見られた事も今までなかったな…)
イタリアから帰国後、居酒屋を貸し切ってイベント成功の祝杯宴会に招かれたが…問題を起こしてしまった。
「遊路ひゃんは、わらひをキレイっれ口説いたにょにぃ~。しゅきにゃのにぃ~!」
注文した烏龍茶ではなく、その隣にあったウーロンハイを飲んでしまい、私は完全に酔っていた。自分で言うのもあれだが、私は酒癖が相当悪く、酔うと圧し殺すべき感情が全部出てしまうのだ。女として見てくれた風峰遊路の優しさに触れ、心が揺り動かされていた今の気持ちがこうした暴走に繋がったのだ。
「ちょっ!ルナテシア様!遊路様から離れて!」
「やらぁ、チューしゅるのぉ」
私は酔って自制も他人からの制止の言葉も利かず、自分のしたいがままに風峰遊路を押し倒して
「うわっ!ちょっ、力強っ!」
「なんれチューしないにょぉ?やっぱり女の子のくしぇに身長たきゃくて胸ちっちゃいきゃらか!?」
「いえ、そういう訳じゃないけど…」
「ならしゅるぅ!んっ」チュー
やってしまった。
「昨晩は申し訳ありませんでした」
翌日、私は鞄を持って風峰遊路の自宅へ謝罪に訪れていた。余計厄介な事に私は酔ってる間の記憶もしっかり覚えている。酔った勢いで口付けして、抱えられてホテルの自室に送ってもらい…。もう語るだけ恥ずかしいが一晩で色々やらかしたのである。
「いいよ。…まぁ予想外の出来事みたいなもんだし」
「…遊路様がそう仰るのなら…」
二人の度量は広く、私の愚行を許してくれた。
「…ちなみに昨日の好きって言ったのはただの酔った勢い?」
「それは…」
私は別れる覚悟を決めた。
「…本心ですが、諦めます。私には誰かへの恋心なんて、幸せになる資格なんてありませんので」
「…どういう事?」
「まずはこちらを」
私は鞄を開けて見せる。中にはパーツ毎に分かれた銃やナイフ、毒の入った薬瓶など殺し屋の道具が大量に入っている。
「これは…」
「私は…殺し屋です」
「っ!遊路様!!」
「いや、遊月。いいよ」
遊月はキッと睨み風峰遊路を庇うように遮るが風峰遊路はその手を下げさせる。
「ですが!」
「もし俺を殺す気であるなら、もうイタリアで死んでるだろうさ。…で、俺に何の恨みが?」
「いいえ。個人的な恨みはありません。依頼されて殺す。それが私の仕事です」
私は敢えて淡々と言う。恐怖を感じて嫌いになってくれれば別れは辛くないだろう。しかし、風峰遊路は予想外の受け答えをする。
「そうか…。良かった」
「えっ?」
「殺したい程恨まれてたらいくら言葉で謝っても通じないからな」
「そんな…私は貴方を殺そうとしたのですよ?怖くないのですか!?」
「んー、なんと言うか…きっと自分が死 ぬよりも辛い事を経験したから…かな?」
「死 ぬよりも辛い事…?」
「まぁその話はいつか」
風峰遊路ははぐらかすように笑って答える。
「それじゃあ今度はこっちが聞くけど、ルナテシアさんの幸せになる資格がないのはどうして?」
「それは言うまでもないでしょう。多くの人間を殺しておいて、自分は幸せになんて都合の良い話が通りますか?」
そう。私には幸せなんか掴めない。こんな血塗られた手で幸せなんか触るのは間違っているのだ。
「…他人を犠牲にしたから自分は幸せになってはいけない…そういう事か?」
「ええ」
「だとしたらそれは間違ってる」
「なっ!」
風峰遊路は私の考えを否定すると、静かに語り始める。
「…プロデュエリストの世界は厳しい。一度の敗北でも信用も収入も落ちるし、自信を無くして身持ちを崩すデュエリストもいる。負けた事で輝く未来が潰れた奴だっている。二回三回と負けが続けば尚更だ。…敗北で人生を狂わせてしまう、そういった意味では俺も何十人ものデュエリストの人生を殺しているさ」
「…」
言わんとすることは理解できる。その人間の人生を奪う、という意味では似ているのかも知れない。いや、もしかすると絶望の中で生きなければならない分、その場で死 ぬよりも辛いかも知れない。
「…俺の身勝手な考えだけど、勝者は敗者から奪ったもので何か良いことをする事がせめてもの敗者への償いであり、そうしなきゃいけない義務だと思うんだ。もし罪悪感に押し潰されて何も為さなければ、それこそ、その敗者の犠牲が何の意味も持たない事になる。貴方の意味のある犠牲のおかげでこう良くなったと胸を張って生きる義務が勝者にはあると思ってるんだ」
「…」
考えもしていなかった。私が殺してきた人間の意味など。
「…私はどう償えば…どう義務を果たせば良いのでしょうか?」
「そうだな…じゃあルナテシアさんが為すべき事を決めていいか?」
「…はい」
「まずは事務所に入り、殺し屋時代のスキルを活かして通訳とか警備とかで俺達を守り支える事」
なるほど…。確かに私にしか出来ない償い方、義務の果たし方かも知れない。私は首を縦に振る。
「それと…俺の恋人になって幸せになる事」
「…え?良いんですか?」
「さっきも言っただろ?それとも、自分の気持ちを偽って生きることが良い事だと?」
私の幸せを感じたい気持ちを縛る鎖がほどけていく。
「…そんな言い方は卑怯です。そんな風に言われたら、自分の気持ちに従うしかないじゃないですか」
「よろしくな、ルナテシア」
「いいえ。ルナと呼んで下さい。オーナー」
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ハル「いいなぁ…」 (2019-01-16 19:13)
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(2019-01-17 00:22)