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地影、刹那にスカウトされる 作:はにわ改
ーー準決勝直後。
連戦による不利を無くすためか、決勝は約20分の小休止を挟んだ後に行われる事となった。
「(負けたーー)」
もっとも敗退した地影には関係のない話である。
しかし今のデュエルでかなり堪える部分があったのか、通路のベンチに座り、大きく項垂れていた。
「(もっと早く攻めていれば……ライフを削ってさえおけば『ノーレラス』の効果を2回も使われずに済んだかも……)」
自分にとって無きに等しい、内容の薄いデュエルを振り返る。
「(いや、『神聖なる魂』に焦って『神の宣告』を使ったのが失敗……?
私の場には壁モンスターがいたんだから、あの場面で使わなくたって……。
いや、使う使わないは別にしても、ノータイムで打つなんてありえない)」
浮かび来る反省点。
地影の表情が悔しさに歪む。
「(そもそも、神楽坂さんが伏せていたあのリバースカードを警戒し過ぎた……。
あれが例え魔法であれ罠であれ、私には対抗する手段があったんだから、もっと積極的にーー)」
積極的に攻めれば、変わったかもしれない内容、結果。
だがそこへ考えが至った時、地影の脳裏に過去の苦い記憶が甦る。
自分が攻めていって上手くいった事はない。
故に受け主体のデッキに転換した。
だがそれは受けを知る事で、ひいては攻めを知るためのものであったはず。
なのにいつしかそれがただ勝つための目的に変わっていたーー。
地影はそれを薄々感じていながらそれによって築かれる空しい勝利を『大事に』抱え込んでいた。
「ーーあの……」
そこへ不意に声を掛けられて、顔を上げる地影。
「あ……神楽坂、さん」
「ごめんなさい、邪魔しちゃったかな?」
神楽坂姉妹は瓜二つの一卵性双生児であるが、地影にはそこに立っているのが姉の刹那であるとすぐに分かった。
出会って間もないが、作り出す表情が姉妹でまるで違うからである。
「隣、いいかな?」
「あ……ど、どうぞ」
一言、断って地影の隣に座る刹那。
「あの……?」
ふと地影が周りを見る。
その仕草を見た刹那が、地影が言わんとする事を察した。
「ああ、久遠?
準決勝負けたのがよっぽどショックだったみたい。
ーー少し、そっとしておいた方がいいかな、って」
「そう、なんだ。
でも、あれは相手が凄かった、というか、仕方なかったのかも」
「うん、私もそう思う。
でも久遠ってあれで凄く悔しがりやだからね。
負けるとその日1日、ずっと機嫌悪いんだから」
「あはは。
ーーでも負けるとやっぱり悔しい、よね」
地影がそう呟くと、刹那がはっとした表情になる。
そして少し間を置くと、やや言いづらそうに口を開き始めた。
「あの、こんな事言ったらちょっと変かもしれないけど、
さっきのデュエル、意地の悪いことしちゃったね」
「え?
意地の悪い、って?」
「いや、ほら……何か、挑発みたいなことしちゃったかな、って」
「別に、そんな。
でも、手札をあんな風に捨てていくの初めてだった」
「だって、あんなにカードを伏せられて自信満々にターンを終えられたら、さすがに動けなかったわ」
「そんな……自信満々、だった?私」
「うん。
どっからでも掛かってこい、って感じだった」
「そうか……」
刹那の話を聞いて、地影は更に省みる点を見つける。
自分としては淡々としているつもりだったが、少なくとも刹那にはそうは映らなかったようだ。
「ちなみに……聞いてもいい?」
「うん?」
ーー地影が気になった事。
「あのリバース・カードは何だったの?」
先のデュエル。
刹那は最初のターンにカードを1枚伏せている。
だがその正体は判らぬまま、デュエルは終わってしまっていた。
「ああ、あれ?
『トレード・イン』よ」
「『トレード・イン』って、あの魔法カードの……」
「そうそう」
飄々と答える刹那。
地影はため息をついた。
「ブラフ、だったんだ」
「まあ、何も出さないでターンを終了したら、さすがにね?
でも、適当なカードが無かったから、仕方なく」
「でも、普通に発動する事も出来たんじゃ……」
「通してくれた?」
「いや、それは……」
「でしょ?
どーせ、不発で終わるくらいなら、ブラフとしてセットした方がいいかなって」
何気なく言う刹那だが、そのブラフの効果は適面だった。
あのただ1枚のリバースカードが地影に不気味な雰囲気を与え、ひいては流れが刹那に傾く要因の1つにもなっていた。
「最後、動き早かったね?
私のカード、読み切ってたの?」
「う~ん、何となく当たりつけて。
前の2回のデュエル、朝霧さんは魔法・罠・モンスターの効果に対して、バランスよくカウンターを構えている感じがあったから」
地影がなるほど、と頷く。
刹那の言うとおり、自分が伏せた4枚のカードの内、2枚は魔法・罠カードに対する備え。
刹那の読みは当たっていたのだ。
「私からも聞いていい?」
「なに?」
「どうして『攻めて』こなかったの?」
そう聞かれて地影は言葉に詰まる。
何気なく聞いただけの刹那は怪訝そうに、地影の答えを待つ。
「ーー私、『攻め』には向いてないから」
「向いて、ない……?」
ややあって切り出した地影。
そして彼女はまだ会って間もない刹那に、自分が今日使用しているデッキを作るに至った経緯を話した。
刹那は時折相槌を打ちながら、黙ってそれに耳を傾ける。
「ーーふぅん、ちょっと……信じられない、っていうか。
自分から仕掛けたバトルで、1度も勝てない、って」
だが真実。
負けに負けが重なり、カードに当たり散らしたあの荒んだ一時期。
地影は友達にすら話した事のない自分の深い部分を、刹那に話していた。
「でも、朝霧さんは攻めたいんだよね?
今のそのデッキは、攻めのデッキを作るための調整、なんでしょ?」
「自信が……持てないの。
何をどうやって攻めても、勝てなかったあの時を思い出してしまってーー」
「……そう、か……」
ーー怖い。
調整に調整を重ねたはずのデッキで負けるのが。
攻めていって相手に弾き返されるのが。
そう思い至った時、今のデッキの方が自分に合ってるのではないか、と考えてしまう。
刹那は地影の告白を聞いて、考える素振りを見せる。
地影に対する慰めの言葉を、だろうか。
やがて刹那は俯く地影の手の上に自分の手を置く。
「ーーねぇ、朝霧さん。
アカデミア中等部には進むつもりでいる?」
「え……?」
「良かったら、私と同じアカデミアで一緒に勉強しない?」
「神楽坂さん、と?」
刹那が話す。
実は刹那は進学予定のアカデミアの理事長と個人的な繋がりがあり、
今大会では選手として出場する傍ら、優秀な生徒をスカウトする役目を担っていたのだ、と。
刹那の家、神楽坂は世界有数の大財閥であり、
デュエル・モンスターズに対して多大な援助・協力をしているのは、ニュースや新聞などで地影も知っていたのだ。
「朝霧さんは私に大事な事を話してくれた。
だから、私も少しでも協力出来たらって思って」
「わ、私はそんなつもりでーー」
「分かってる。
でも良かったら考えてみて?」
「……」
「でもご両親にも相談しないといけない事だし、確かにすぐ返事は出来ないと思う。
ーーさっき、久遠がアドレスを交換してくれてるから、
その気があるならいつでも連絡して?」
突然の話に正直戸惑う地影。
すぐには首を縦にも横にも振る事は出来ない。
ーーそんな時、間もなく決勝戦が執り行われるアナウンスが鳴る。
刹那が立ち上がった。
「それじゃ私、そろそろ行かないと。
色々話しちゃってごめんね?」
そう言って、歩き出す刹那。
彼女はこれから決勝戦を控えている。
相手は彼女の妹・久遠を破った同年代の生徒。
観客もマスコミも、姉が雪辱を果たすか、あるいは天才と呼ばれる双子姉妹を打ち倒すかと、両面に期待を寄せて沸き上がっている。
「あ、あの、神楽坂さん!」
そんな刹那を呼び止めた地影。
刹那が振り向く。
「決勝、戦……頑張って、ね」
自分でも分からず、何故か遠慮がちになってしまった飾り気のない声援。
だが刹那は笑顔で頷くと、決勝の舞台へと駆けていく。
残された地影は決勝が始まるという中で、しばらくその場で佇んでいた。
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