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第2話 胸騒ぎの連撃!① 作:黒壱(クロイツ)
チャイムの音が響き渡る。
デュエルアカデミア・リリアン分校は、都市部の中でも閑静な一等地に存在する。どうやって手に入れたのか非常に広い敷地面積を誇っており、外柵沿いを一周するだけで10キロ以上の距離があるという話だ。
当然正門から入学式が執り行われる多目的ホールまでの距離もそれなりにあり、翼は手元のパンフレットと周囲の景色を見比べながらあっちへ走りこっちへ走りという状況に陥っていた。
「うう〜っ、どこにあるの多目的ホールぅ~」
最早涙目である。かれこれ30分以上迷っており、既に入学式は始まっている時間だ。
「新入生っぽい人は全然いないし……これはもう本当に絶望的だよぉぅ」
どうしてこう、自分は方向音痴なのだろう。
もしかすると前世の因縁か、両親がどこかで神のカードに呪われたのかも知れない。ラー的な何かに。
「人……誰か、道を聞ける人とかいないかな」
特に知っている人、具体的に言えば楓を見つけることが出来たら嬉しいのだが。
この際試験官の先生でもいい。とにかく他者が恋しい。
立ち止まってぐるりと周囲を見回す。歩道の両脇に植えられたやや遅咲きの桜が、風に吹かれてはらはらと散る。
「んっ……」
ひときわ強い風に目を覆い、次に顔を上げた時。翼は建物の陰から出てくる一人の少女を見つけた。
「あっ! 第一村人発見!」
思わず浮かれながら、普段の人見知りも忘れて駆け寄る。
「あの、すいません!」
「『ここは、デュエルアカデミア だよ!』」
「えっ」
「――何だよ、ノってやったのにしけてんな」
「え。ご、ごめんなさい……?」
何故か思わず謝ってしまう。
じとーっ、と相手の少女がこちらを見てくる。
翼も何か居心地の悪いものを感じながら、相手を観察してしまう。
小柄な少女である。翼も大概小柄なのだが、それよりさらに10センチばかり背が低い。アカデミアの制服を着ていなければ小学生かとも思うほどだ。かなり袖が余っていてぶかぶかだが。
(あ、でも赤い服。この子もオシリスレッドなんだ)
自分の胸元を見下ろす。真っ赤なジャケットは精悍さと女性らしさの両面を持ち合わせていて、ひそかに翼は気に入っている。配属されたのは試験成績のせいだが、オシリスレッドで良かった、という気持ちがある。
もちろん、楓のいる寮だから、という理由もあるのだが。
「……おい、お前。新入生か?」
ぶっきらぼうに少女が問いかけてくる。口調は乱暴だが、鼻にかかった幼い声質が何だかかわいらしい。
「は、はい。それで、あの」
「見たところそんなに強くもなさそうだけど、まぁいいや。――おい、デュエルしろよ」
「はっ?」
ジャキン、左腕のデュエルディスクを展開して、少女が不敵に笑う。
「目と目が合ったらそれは戦いの合図。会戦の狼煙だぜ! ってなわけでデュエリストならもちろん挑戦を受けるよな?」
「えっ、えええ!?」
「アタシの名は二条ヒカリ! このデュエルアカデミアで頂点に立つ女だ!」
少女、ヒカリは跳ね気味の赤いショートカットを揺らして、大きく見栄を切る。
「ちょ、頂点……? トップってこと?」
「おうよ、英語で言うならトップ! イタリア語ならアピチェだ! 多分!」
「何故イタリア語」
呆然として本来の目的を忘却する翼。
だが、頂点と言うからにはこのリリアン分校における最強のデュエリストとして知られた上級生なのだろう。
見た目からはとても疑わしいが、翼は「そういうものだろう」と思うことにした。
「ほら、構えろよ!」
「え、えーっと」
おたおたする。デュエルディスクは決闘者のたしなみとして一応常備している。
こういう時はどうすればいいのか。
脳内両親がポップアップし、二人揃ってぐっとサムズアップした。
…………
『迷わず行けよ! 売られた喧嘩はローン組んだって買わなきゃ損だぜっ!』
『翼! アンタも女なら、退いちゃいけない時ってもんがあるのよ!』
…………
何でこんな時だけ仲が良いのだろう。
だが、確かに挑戦されたなら一人のデュエリストとして背を向けられない。相手が例えこの学園最強だとしても、売られた喧嘩から逃げては両親に顔向けできない。
「わ、わかりました。そのデュエル受けて立ちま――」
「あれ? 貴女たち、何してるの?」
不意に声がかかる。きょろきょろと見回すと、「上よ、上」と再び声がする。
「――あっ、楓先輩!?」
顔を上げた翼は、レンガ造りの建物の窓から顔を出す響楓の姿を見つけた。
「いったいどうしたの? 今日はまだ春休み中で、入学式じゃないはずだけど」
「「ええっ?」」
驚きの声が、翼だけでなくヒカリの口からも上がる。
(あれっ?)
「でもパンフには今日の日付が書いてあったぜ!?」
「んー。それは多分、寮の人員受け入れが今日からっていう日程じゃあないかしら?」
ヒカリの言葉に、少し考えてから楓が言う。
慌ててパンフレットを確認すると、確かにそう書いてある。ややこしい表記のされ方をしているために二人して誤解したのかも知れない。
「そ、そんなぁ」
がっくりと肩を落とす翼。
「ま、でも丁度良いじゃない。荷物はもう届いているし、先に入寮準備を済ませたら? 二人ともレッド寮みたいだし、案内するわ」
そういうことになった。
† † †
「……ヒカリちゃんも新入生だったんだね」
「言ってなかったか?」
楓の後を歩きながら、翼はヒカリと会話する。
「だってさっきアカデミアのトップだって……」
「あれは予定。頂点に立つっていう心意気なんだよ」
「ええー、誤解しちゃった。恥ずかしいなぁ」
「ははっ、お前面白い奴だな!」
前を歩いていた楓が、振り向いてクスリと笑う。
「二人はもう仲良くなったの?」
「え、えっと」
「もちろんだぜ!」
言い淀んだ翼と対照的に、ヒカリは即座に拳を握った。
「同じ目標を持つデュエリスト同士、デュエルをしたら友達だ!」
「何だか聞いたことのある台詞ね。でもさっきは中断しちゃったみたいだけど」
「あっ、そーいえばそうっすね。よし、翼! 後で続きやろうぜ!」
「う、うん」
躊躇いがちに頷く。
母の仕事の都合で転校の多かった翼は、生来の引っ込み思案な気質もあって友達はほとんどいない。
それは仕方ないことだと半ば諦めていた節もあり、ヒカリの明るさはそんな翼には眩しさすら感じられるものだった。
(すごいなぁ……)
強さとは、こういう姿勢のことを言うのだろうか。翼はヒカリの行動力に、父の姿を重ねた。
「そうだ、今ならデュエルスペースも空いてると思うけど、良かったらやってく?」
「マジッすか先輩!」
楓が閃いたと言うように指を立てると、ヒカリは飛びつかんばかりに喜色をあらわにする。
「そうと決まれば膳は急げだ! 行こうぜ翼!」
「うん、ヒカリちゃん。膳じゃなくて善だけど」
「発音でわかんねーことは良いんだよ! とにかく行くぜ!」
本当にデュエルが好きなのだな、と翼は思わず微笑んだ。
† † †
案内されたのはテニスコートにも似た広いスペースだ。
アカデミア内では基本的にどこでもソリッドビジョンは展開されるのだが、やはりこういったきちんとした設備のあるところの方が、モンスターの動きがリアルに表現されたりして雰囲気が出るのだ。
「よっしゃー! 早速やろうぜ!」
「わ。待ってよー」
ウサギのような速度でコートに飛び込んだヒカリが、デュエルディスクを展開させた。
その向かいに立つと、翼もそれに倣って決闘の構えを取る。
「申請はしておいたから、存分にプレイして頂戴。ジャッジはいるかしら?」
「おおっ、助かるぜ先輩!」
「ではっ」
きりっと表情を改めて楓が手を上げる。
正統派の美人なのに、意外とこういうノリノリなところがチャームポイントなのかもしれない。
「これより決闘を行います! 勝負は一本先取、ライフは4000! 両者構え!」
「んっ」
「おっしゃ!」
向かい合う二人の間に、目に見えて緊張が高まる。
「――はじめ!」
「「デュエル!!」」
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