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第1話「春の嵐」ST-2 作:フラッシュロック
フィールドに漂っていた爆煙が緩やかに薄まっていく。
二人が繰り広げた闘いのフィールドに、もうモンスターのビジョンは無い。
後に残るのは、決闘によって示された勝者と敗者のみ。
決着が付いたのだ。
「‥‥‥」
(か、勝てた‥‥‥!)
「‥‥‥私の負けね」
「!」
決闘中、邪魔にならないように束ねていた髪をほどきながら、春香が巴の方へ歩み寄る。
頭の後ろへ手を回す動作は、美術館の彫刻が動き出したかのように艶やかさがあり、こちらへ歩み寄る度にスカートは貴婦人のドレスのようにたなびいていた。
髪紐から自由になり重力に任せて流れていく御髪を、巴はまるで紅いオペラカーテンのようだと想起した。
ほんの数分前に限界まで追い詰めてきた決闘相手にそんな感想を抱いたのは、巴にとって初めての事だ。
春香が巴の前まで歩むと、あの朗らかな笑顔で巴の方へ右手を差し出す。
それが握手を求める物であるのは明白で、上級生である彼女に下級生である自分が歩かせていたと気付き、巴は慌ててその手を握り返した。
「あっあの!対戦ありがとうございました‥‥‥」
「ふふっこちらこそ、ありがとう!
‥‥‥アナタとデュエルできて、良かったわ」
多分に何かしらの意図を含んだ物言いに、巴は決闘中に交わした約束の事を思い出した。
「そういえば‥‥‥私が勝つと、この決闘の意味を教えて貰えないんでしたよね」
「あぁ、そういう約束だったわね‥‥‥」
巴に言われて気付いたのか、春香は困ったような顔をしながら答える。
「別に隠し立てするつもりじゃ無いのよ?私、本当に勝つ気でいたから‥‥‥面白そうだと思って‥‥‥つい、ね?」
「え、えぇ。分かってます」
巴は春香を責めたつもりは無い。
たしかに決闘の理由については気になる所ではあったものの、勝敗を賭けにしたのは春香の提案であったし、その直後のプレイでワンターンキルを狙っていたからには、話すつもりであったと窺い知れた。
彼女なりの遊び心だったのだろう。
しかし‥‥‥
「決闘で交わした約束を反故にするのは決闘者としてイケナイわよねぇ‥‥‥」
「ですよね‥‥‥」
決闘者が勝敗を賭けたならば、それは守らねばならない。
ましてや決闘者を育成する学園の生徒ならば、尚更その誓約は重い。
言うつもりだったなら言えば良いのに、と思いながらも、巴は彼女の実直さを無下には出来なかった。
どうしたものか、としばらく考え込んでいると、春香が不意に口を開けた。
「‥‥‥ヒントで良ければ教えてあげられるかしら?」
「ヒント、ですか?」
「えぇ、それなら約束を破らずに教えられるわ」
「そう‥‥‥なんですかね?」
「“決闘をする理由”は話せないけれど、“決闘に至るまでの断片的な要因”の話はしても良いと思わない?」
「えぇ‥‥‥」
ここに来て屁理屈をこね出した。
しかしまぁ、そのまま語るよりは咎められた際に幾分か言い訳もできそうである。
「わかりました。では、その“要因”について教えて下さい。」
春香はコクリと頷き、話し始めた。
「“決闘に至る要因”‥‥‥いくつかあるわ。
1つは、今年アナタが入学したこと」
(たしかに、私はこの学園の新入生だ。先輩として後輩にこの学園のデュエリストレベルを教えるってことか‥‥‥?)
「2つ目は、私がアナタより2つ年上であるということ」
(これも、1つ目の理由と同じじゃないか?2つ上ということは三年生なんだから、学園で1番の上級生として1番下の下級生に色々教える立場にあると言えるし)
「そして最後に‥‥‥」
(ん?わっ‥‥‥!)
春香は最後の要因を語りきる前に、巴の腕と腰を掴んで抱き寄せた。
「後輩ちゃんがカワイイからよ!」
「あっあうぅ‥‥‥」
先ほどまで真面目に考えていた事がすべて吹っ飛んだ。
密着することにより、制服越しでも春香の性格を体現しているかのようなやわらかい身体を確かめられた。
巴の脳内に春香の情報が流れ込み、満たされていく。マトモに思考する事ができない。
「ふふっこのふわふわの髪も、クリクリした瞳も、色白の肌もぜーんぶカワイイわ!」
(顔が、近過ぎる‥‥‥!)
どうにかなりそうだった。
散々美人だと評してきた人物から抱きしめられて平気でいられる人間がはたして居るだろうか?
さらにその人物から“カワイイ、カワイイ”と一種の言葉責めを受けて平静で居られる人間はどれほどいるのか?
巴はその大多数の人間側に立っていた。
「決闘も上手だし、妹に欲しいくらいよ!」
「!!」
「いたっ‥‥‥!」
突然巴が春香を突き飛ばした。
不意を突かれた春香は、そのまま尻餅をつく。
一瞬、何が起きたのか分かっていない表情をしていた。
しかし巴の顔を見て、より一層分からなくなったようだ。
「どうしたの?巴さん。そんな怖い顔をして‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥あっ!ご、ごめんなさい‥‥‥」
「いえ、いいのよ‥‥‥ちょっと強く抱き過ぎたかしら?」
そう言って春香は立ち上がり、巴の方へまた近付いていくが、なぜか巴は後ずさっている。
「ごめん、なさい‥‥‥私、帰ります‥‥‥」
「あ!待って!巴さん!」
巴は逃げるようにステージから走り去る。
その背中を春香は追いかけられなかった。
(巴さんの表情‥‥‥すごく怯えていたわ)
〜2話へつづく〜
二人が繰り広げた闘いのフィールドに、もうモンスターのビジョンは無い。
後に残るのは、決闘によって示された勝者と敗者のみ。
決着が付いたのだ。
「‥‥‥」
(か、勝てた‥‥‥!)
「‥‥‥私の負けね」
「!」
決闘中、邪魔にならないように束ねていた髪をほどきながら、春香が巴の方へ歩み寄る。
頭の後ろへ手を回す動作は、美術館の彫刻が動き出したかのように艶やかさがあり、こちらへ歩み寄る度にスカートは貴婦人のドレスのようにたなびいていた。
髪紐から自由になり重力に任せて流れていく御髪を、巴はまるで紅いオペラカーテンのようだと想起した。
ほんの数分前に限界まで追い詰めてきた決闘相手にそんな感想を抱いたのは、巴にとって初めての事だ。
春香が巴の前まで歩むと、あの朗らかな笑顔で巴の方へ右手を差し出す。
それが握手を求める物であるのは明白で、上級生である彼女に下級生である自分が歩かせていたと気付き、巴は慌ててその手を握り返した。
「あっあの!対戦ありがとうございました‥‥‥」
「ふふっこちらこそ、ありがとう!
‥‥‥アナタとデュエルできて、良かったわ」
多分に何かしらの意図を含んだ物言いに、巴は決闘中に交わした約束の事を思い出した。
「そういえば‥‥‥私が勝つと、この決闘の意味を教えて貰えないんでしたよね」
「あぁ、そういう約束だったわね‥‥‥」
巴に言われて気付いたのか、春香は困ったような顔をしながら答える。
「別に隠し立てするつもりじゃ無いのよ?私、本当に勝つ気でいたから‥‥‥面白そうだと思って‥‥‥つい、ね?」
「え、えぇ。分かってます」
巴は春香を責めたつもりは無い。
たしかに決闘の理由については気になる所ではあったものの、勝敗を賭けにしたのは春香の提案であったし、その直後のプレイでワンターンキルを狙っていたからには、話すつもりであったと窺い知れた。
彼女なりの遊び心だったのだろう。
しかし‥‥‥
「決闘で交わした約束を反故にするのは決闘者としてイケナイわよねぇ‥‥‥」
「ですよね‥‥‥」
決闘者が勝敗を賭けたならば、それは守らねばならない。
ましてや決闘者を育成する学園の生徒ならば、尚更その誓約は重い。
言うつもりだったなら言えば良いのに、と思いながらも、巴は彼女の実直さを無下には出来なかった。
どうしたものか、としばらく考え込んでいると、春香が不意に口を開けた。
「‥‥‥ヒントで良ければ教えてあげられるかしら?」
「ヒント、ですか?」
「えぇ、それなら約束を破らずに教えられるわ」
「そう‥‥‥なんですかね?」
「“決闘をする理由”は話せないけれど、“決闘に至るまでの断片的な要因”の話はしても良いと思わない?」
「えぇ‥‥‥」
ここに来て屁理屈をこね出した。
しかしまぁ、そのまま語るよりは咎められた際に幾分か言い訳もできそうである。
「わかりました。では、その“要因”について教えて下さい。」
春香はコクリと頷き、話し始めた。
「“決闘に至る要因”‥‥‥いくつかあるわ。
1つは、今年アナタが入学したこと」
(たしかに、私はこの学園の新入生だ。先輩として後輩にこの学園のデュエリストレベルを教えるってことか‥‥‥?)
「2つ目は、私がアナタより2つ年上であるということ」
(これも、1つ目の理由と同じじゃないか?2つ上ということは三年生なんだから、学園で1番の上級生として1番下の下級生に色々教える立場にあると言えるし)
「そして最後に‥‥‥」
(ん?わっ‥‥‥!)
春香は最後の要因を語りきる前に、巴の腕と腰を掴んで抱き寄せた。
「後輩ちゃんがカワイイからよ!」
「あっあうぅ‥‥‥」
先ほどまで真面目に考えていた事がすべて吹っ飛んだ。
密着することにより、制服越しでも春香の性格を体現しているかのようなやわらかい身体を確かめられた。
巴の脳内に春香の情報が流れ込み、満たされていく。マトモに思考する事ができない。
「ふふっこのふわふわの髪も、クリクリした瞳も、色白の肌もぜーんぶカワイイわ!」
(顔が、近過ぎる‥‥‥!)
どうにかなりそうだった。
散々美人だと評してきた人物から抱きしめられて平気でいられる人間がはたして居るだろうか?
さらにその人物から“カワイイ、カワイイ”と一種の言葉責めを受けて平静で居られる人間はどれほどいるのか?
巴はその大多数の人間側に立っていた。
「決闘も上手だし、妹に欲しいくらいよ!」
「!!」
「いたっ‥‥‥!」
突然巴が春香を突き飛ばした。
不意を突かれた春香は、そのまま尻餅をつく。
一瞬、何が起きたのか分かっていない表情をしていた。
しかし巴の顔を見て、より一層分からなくなったようだ。
「どうしたの?巴さん。そんな怖い顔をして‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥あっ!ご、ごめんなさい‥‥‥」
「いえ、いいのよ‥‥‥ちょっと強く抱き過ぎたかしら?」
そう言って春香は立ち上がり、巴の方へまた近付いていくが、なぜか巴は後ずさっている。
「ごめん、なさい‥‥‥私、帰ります‥‥‥」
「あ!待って!巴さん!」
巴は逃げるようにステージから走り去る。
その背中を春香は追いかけられなかった。
(巴さんの表情‥‥‥すごく怯えていたわ)
〜2話へつづく〜
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