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第4話 女神からのお誘い 作:氷色
「痛ててて……」
1限目が始まる頃になって、遊緋はようやく教室に入ることができた。
腹や背中がかなり痛む。
「あいつらしこたま蹴りやがって……」
紅羽にぶつかった後、遊緋はあの三人組に裏庭に連行され罵倒と暴行を受けた。
「てめえみてぇなクソ虫が紅羽さんに近づくんじゃねぇ」とか「最底辺のオタク野郎が調子に乗んな」とか、散々な言われようで外から見えないところばかりを思い切り蹴られ、最後は「これにこりたら今後一切紅羽さんの周りに姿見せんなよ」と釘を刺された。
「分かってるさ、そんなこと言われなくても」
今ならそんな毒も吐けるが、蹴られている間は無様に謝ることしかできなかった。
「分かってるさ……」
あっちはヒエラルキーの頂点に君臨する女王で、こっちは最下層の虫程度の存在。そんなことは百も承知なんだ。だから分相応に考えて余計なことはしないようにしてきたつもりだ。
杏里にだって必要以上のコンタクトを取らないようにしていたのに、まさか一足飛びにあんな大物と接触してしまうとは。
「やっちゃったなぁ……」
教室では腹を擦る遊緋を心配するような級友はいない。
それどころか今朝のことが噂になっているのか、こちらに殺気めいた視線を送る者や嘲笑を向ける者など本当ろくなものじゃない。
こんな時はゲームの世界に入り込むのが一番だ。ゲームの中ならば遊緋は誰にも負けない。誰にも傷つけられない。ゲームをしている間は、ゲームをしている間だけは、遊緋はヒーローになれるのだ。
遊緋はスマホを取り出そうとするが、しかしそこでようやくそれが無いことに気付いた。何処かで落としてしまったようだ。
「くそ……」
本当に踏んだり蹴ったりだ。
遊緋は仕方なく机に突っ伏した。
変わりたい、と思う。
紅羽にぶつかった時、もっと堂々としていられたならきっと今こんな最低な気分にはなっていなかっただろう。あの三人組に蹴られた時、もっと勇敢だったならきっとこれほど惨めではなかっただろう。ここでクラスメート達の侮蔑に対して一喝できたなら、きっと……。
変われるもんなら変わりたい。こんな自分は嫌だ。特撮やアニメのヒーローみたいに、できるもんなら『変身』したい。
そんな鬱屈した想いを秘めながら、ただ遊緋は何もなかったように周りの嘲りを聞き流し寝たフリを決め込むことしかできなかった。
☆
放課後、結局心当たりの場所を探してはみたが遊緋のスマホは見つからなかった。
もしかしたら誰かに拾われてしまったのかもしれない。職員室に届けられていればいいが、悪意のある人に拾われていたら無事に戻ってくる可能性は低いだろう。
あちこち探し回ったせいでもう日はかなり傾いている。校内にはもう生徒はほとんど残ってはいないだろう。
遊緋は最後の望みを掛けて職員室に向かっていた。
携帯電話の校内への持ち込みは禁止されてはいないため説教されることはないだろう。個人情報の塊である携帯電話を紛失することに対する危機管理意識の低さを責められることはあるかもしれないが。
それにしてもゲームが手元にないと一日が長い。
学校でも時間があればゲームをしている遊緋にとっては、これほど長くゲームから遠ざかっていることなど本当に稀だ。
ゲームをしていれば他の生徒にちょっかいをかけられることもなく、大好きな世界の中で自分を充たしていられるのに。それがないせいで放課後まで要らぬ雑音を耳に入れなければならなかったのは思っていた以上に苦痛だった。
そんなことをつらつらと考えながら一縷の望みに賭け職員室に向かっていた遊緋だったが、ここを曲がれば職員室という角を曲がると、ギョッと体を膠着させた。
「こんにちは、斯波遊緋くん」
職員室前でまるで待ち構えていたように壁に背を預けて立っていたのは、あの響紅羽だった。
「あ、えっ、こ、こんにちは」
突然のことに一瞬で遊緋の頭は真っ白になってしまった。ただただ挨拶を返すことしかできない。
そんな遊緋に紅羽は薄い笑みを浮かべている。
本当にそれだけなのになんと美しい立ち姿だろうか。
窓から入る夕陽に照らされた彼女の赤髪は更にその赤みを増してキラキラと輝いている。まるで幻想的に燃える炎のようだ。
瞳は濡れ、薄い笑みを浮かべる唇は真紅に艶やか、化粧けはないのにどこか魔性を感じる美貌。
制服に包まれた肢体も何か妖艶な色気を纏っている。
杏里も普通に考えれば確かに美少女なのだが、 彼女に比べればまだ常識の範疇と言わざるを得ない。
杏里の魅力は向日葵のような無邪気な健康さから来るものであるのに対し、彼女は例えるならば大輪の薔薇。情熱的であり同時に妖艶。そして鋭い茨を隠している。
遊緋は蛇に居竦められた蛙のように動くことができないでいる。
そんな遊緋を紅羽はじっと見つめていた。
まるで品定めでもされているようで、どうにも居心地が悪い。
思い切って遊緋は口を開いた。
「あ、あの……ひ、響先輩……なんで……」
意を決して話し掛けたつもりだったのだが、その声色からはビビっているのが丸分かりだ。我ながら情けない。
紅羽は悪戯に目を細めて小首を傾げる。
「なんで……っていうのは、なぜ私がキミの名前を知っているのかっていうこと?それともなぜ私がキミをこうして待ち伏せしていたのかってことかしら?」
彼女の口調からは若干ながらこちらをからかうような雰囲気が感じられる。
しかし遊緋にはそんなことは些末なことでしかない。
ーーーうおぉ、なんだこの人、声も仕草もありえないくらい可愛いぞ!
もはや冷静な思考はできない状態のようだ。舞い上がりすぎて目が回りそうだ。
そもそもこれは近年久しく遠ざかっていた杏里以外の女子との対話。しかも相手は校内ーーーいや舞網市内最強クラスの女子。RPGで例えるならばレベル1か2でラスボスと相対するのと同義。舞い上がって訳がわからなくなっても仕方がないことだ。
遊緋があわあわし出したので流石に心配になったのか紅羽がペロッと舌を出す。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪過ぎたかしら。それと……ここじゃ人目もあるし、何処か移動しない?」
言われてハッとした。
こんな目につきやすい所で紅羽としゃべっているところを誰かに見られたら、また要らぬトラブルを招いてしまう。
辺りを見回すが、まだ今のところは誰にも見られてはいないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「どうかしら?何か不都合があるなら待たせてもらうけれど……」
紅羽が念を押すように尋ねる。
こちらとしてもこのままこんなところで立ち話をしているわけにはいかない。
「分かりました、何処かに移動しましょう。何処にしましょうか?」
移動先は人目のないところが前提だ。校内で人目につかない場所となるとーーー。
遊緋が思い付く場所を頭の中で並べていると、紅羽はにっこりと女神のスマイルを浮かべた。
「そうね……キミのお宅というのは如何かしら?」
☆
1限目が始まる頃になって、遊緋はようやく教室に入ることができた。
腹や背中がかなり痛む。
「あいつらしこたま蹴りやがって……」
紅羽にぶつかった後、遊緋はあの三人組に裏庭に連行され罵倒と暴行を受けた。
「てめえみてぇなクソ虫が紅羽さんに近づくんじゃねぇ」とか「最底辺のオタク野郎が調子に乗んな」とか、散々な言われようで外から見えないところばかりを思い切り蹴られ、最後は「これにこりたら今後一切紅羽さんの周りに姿見せんなよ」と釘を刺された。
「分かってるさ、そんなこと言われなくても」
今ならそんな毒も吐けるが、蹴られている間は無様に謝ることしかできなかった。
「分かってるさ……」
あっちはヒエラルキーの頂点に君臨する女王で、こっちは最下層の虫程度の存在。そんなことは百も承知なんだ。だから分相応に考えて余計なことはしないようにしてきたつもりだ。
杏里にだって必要以上のコンタクトを取らないようにしていたのに、まさか一足飛びにあんな大物と接触してしまうとは。
「やっちゃったなぁ……」
教室では腹を擦る遊緋を心配するような級友はいない。
それどころか今朝のことが噂になっているのか、こちらに殺気めいた視線を送る者や嘲笑を向ける者など本当ろくなものじゃない。
こんな時はゲームの世界に入り込むのが一番だ。ゲームの中ならば遊緋は誰にも負けない。誰にも傷つけられない。ゲームをしている間は、ゲームをしている間だけは、遊緋はヒーローになれるのだ。
遊緋はスマホを取り出そうとするが、しかしそこでようやくそれが無いことに気付いた。何処かで落としてしまったようだ。
「くそ……」
本当に踏んだり蹴ったりだ。
遊緋は仕方なく机に突っ伏した。
変わりたい、と思う。
紅羽にぶつかった時、もっと堂々としていられたならきっと今こんな最低な気分にはなっていなかっただろう。あの三人組に蹴られた時、もっと勇敢だったならきっとこれほど惨めではなかっただろう。ここでクラスメート達の侮蔑に対して一喝できたなら、きっと……。
変われるもんなら変わりたい。こんな自分は嫌だ。特撮やアニメのヒーローみたいに、できるもんなら『変身』したい。
そんな鬱屈した想いを秘めながら、ただ遊緋は何もなかったように周りの嘲りを聞き流し寝たフリを決め込むことしかできなかった。
☆
放課後、結局心当たりの場所を探してはみたが遊緋のスマホは見つからなかった。
もしかしたら誰かに拾われてしまったのかもしれない。職員室に届けられていればいいが、悪意のある人に拾われていたら無事に戻ってくる可能性は低いだろう。
あちこち探し回ったせいでもう日はかなり傾いている。校内にはもう生徒はほとんど残ってはいないだろう。
遊緋は最後の望みを掛けて職員室に向かっていた。
携帯電話の校内への持ち込みは禁止されてはいないため説教されることはないだろう。個人情報の塊である携帯電話を紛失することに対する危機管理意識の低さを責められることはあるかもしれないが。
それにしてもゲームが手元にないと一日が長い。
学校でも時間があればゲームをしている遊緋にとっては、これほど長くゲームから遠ざかっていることなど本当に稀だ。
ゲームをしていれば他の生徒にちょっかいをかけられることもなく、大好きな世界の中で自分を充たしていられるのに。それがないせいで放課後まで要らぬ雑音を耳に入れなければならなかったのは思っていた以上に苦痛だった。
そんなことをつらつらと考えながら一縷の望みに賭け職員室に向かっていた遊緋だったが、ここを曲がれば職員室という角を曲がると、ギョッと体を膠着させた。
「こんにちは、斯波遊緋くん」
職員室前でまるで待ち構えていたように壁に背を預けて立っていたのは、あの響紅羽だった。
「あ、えっ、こ、こんにちは」
突然のことに一瞬で遊緋の頭は真っ白になってしまった。ただただ挨拶を返すことしかできない。
そんな遊緋に紅羽は薄い笑みを浮かべている。
本当にそれだけなのになんと美しい立ち姿だろうか。
窓から入る夕陽に照らされた彼女の赤髪は更にその赤みを増してキラキラと輝いている。まるで幻想的に燃える炎のようだ。
瞳は濡れ、薄い笑みを浮かべる唇は真紅に艶やか、化粧けはないのにどこか魔性を感じる美貌。
制服に包まれた肢体も何か妖艶な色気を纏っている。
杏里も普通に考えれば確かに美少女なのだが、 彼女に比べればまだ常識の範疇と言わざるを得ない。
杏里の魅力は向日葵のような無邪気な健康さから来るものであるのに対し、彼女は例えるならば大輪の薔薇。情熱的であり同時に妖艶。そして鋭い茨を隠している。
遊緋は蛇に居竦められた蛙のように動くことができないでいる。
そんな遊緋を紅羽はじっと見つめていた。
まるで品定めでもされているようで、どうにも居心地が悪い。
思い切って遊緋は口を開いた。
「あ、あの……ひ、響先輩……なんで……」
意を決して話し掛けたつもりだったのだが、その声色からはビビっているのが丸分かりだ。我ながら情けない。
紅羽は悪戯に目を細めて小首を傾げる。
「なんで……っていうのは、なぜ私がキミの名前を知っているのかっていうこと?それともなぜ私がキミをこうして待ち伏せしていたのかってことかしら?」
彼女の口調からは若干ながらこちらをからかうような雰囲気が感じられる。
しかし遊緋にはそんなことは些末なことでしかない。
ーーーうおぉ、なんだこの人、声も仕草もありえないくらい可愛いぞ!
もはや冷静な思考はできない状態のようだ。舞い上がりすぎて目が回りそうだ。
そもそもこれは近年久しく遠ざかっていた杏里以外の女子との対話。しかも相手は校内ーーーいや舞網市内最強クラスの女子。RPGで例えるならばレベル1か2でラスボスと相対するのと同義。舞い上がって訳がわからなくなっても仕方がないことだ。
遊緋があわあわし出したので流石に心配になったのか紅羽がペロッと舌を出す。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪過ぎたかしら。それと……ここじゃ人目もあるし、何処か移動しない?」
言われてハッとした。
こんな目につきやすい所で紅羽としゃべっているところを誰かに見られたら、また要らぬトラブルを招いてしまう。
辺りを見回すが、まだ今のところは誰にも見られてはいないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「どうかしら?何か不都合があるなら待たせてもらうけれど……」
紅羽が念を押すように尋ねる。
こちらとしてもこのままこんなところで立ち話をしているわけにはいかない。
「分かりました、何処かに移動しましょう。何処にしましょうか?」
移動先は人目のないところが前提だ。校内で人目につかない場所となるとーーー。
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いきなり自宅訪問する紅羽先輩、あなた何を企んでいやがる。遊緋くんは次回、自身の貞操を守り通せるのか... (2017-02-10 18:38)
コメントありがとうございます!まるで次回予告みたいで嬉しかったです!
そんな色気のある展開になるかどうかは、請うご期待! (2017-02-10 21:49)
美人の紅羽先輩が自体訪問してくれるなんて、とても羨ましいです!遊緋にとっては正に、打ち出の小槌の様な展開ですね!
今後が楽しみです! (2017-02-12 12:46)