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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第13話 クジと透視と掌握結界

第13話 クジと透視と掌握結界 作:イベリコ豚丼

「来い……来い……来い……!」
ここでこのカードを引けたから。あそこであのカードを引いていれば。
幾多の決闘者がそう言って勝利に吠え、涙を呑んできただろうか。
たった一度のドローで勝敗が決まる。
デュエルの世界ではそんなことが往々にしてある。
そしてそれは、いっぱしの決闘者である少年、白神 遊午にとっても当然。
「——見えた! これだあぁぁぁぁっっ!!」
光の軌跡を残して遊午は右手を振り抜く。
もはや確認するまでもない。間違いなく望んだ1枚だ。内に燃える勝負師としての魂と、何千回もドローを共にしてきた右手《相棒》がそう断言している。
直後に訪れるであろう勝利の瞬間を思って遊午は不敵に笑いながら、目の前の相手に指に挟んだカードを見せつけた。
「残念、またE賞オリジナルカードストレージだ」
よく考えたらただのクジ引きに勝負師の魂とかましてや右手《相棒》(笑)とか関係なかった。
「チクショオォォォォっっ!!」
右手でハズレクジを握りつぶして遊午は膝から崩れ落ちる。
そんな姿にニヤニヤ笑いで見下ろしながら、カードショップ『ボードオン』の若き店主、羽賀 清也は足元から厚紙製の箱を取り出してレジの上に置く。
正確にはレジに積まれた同じサプライの山頂に、だが。
「なぜだ……なぜこんなに愛しているのに女神は微笑んでくれないんだ……!」
血の涙を流しつつ顔を上げれば、陳列棚の上に設置された小型モニターで最新パックの販促コマーシャルがリピート再生されている。
『さぁ君も、世界再編の力を手に入れよう! 最新弾『ワールド・リクリエイターズ』好評発売中!』
『さらに今なら、抽選で1万名の方に、私、秋葉 鶫のライブチケットが当たるよ! みんなよろしくね!』
可愛いらしいアイドル衣装に身を包み手にカードを持った少女が画面越しにウインクを放つ。
秋葉 鶫。今最も勢いのある現役女子高生アイドルである。
控えめながら出るところはきっちり出たプロポーションやクォーターだという欧米風の顔立ちもさることながら、なにより目を惹くのはその特徴的なな髪だろう。
腰まで伸びたロングヘアーは宝石のように鮮やかなピンク色をしていた。
漫画やアニメでしか見得ないような髪色だが、染髪やウィッグではなくなんと地毛らしい。ある日を境に脈絡なくカラーチェンジしていて関係各位一同騒然となったというのはファンの間では有名な話だ。
閑話休題。
現在デュエルモンスターズでは最新パックを10個買うと一回クジが引けるというキャンペーンが実施されている。見事特賞を引き当てれば謳い文句通り販売受付開始後40秒で4万枚が売り切れたという秋葉 鶫初の単独ドームライブのチケットが貰えるのだが……現実はそう甘くない。
ものの十数分で約3万円が紙箱に溶けた。
「しっかしまさか20回引いて特賞どころかD賞すら出ないとはな。逆に何分の一だよ」
「そんなの俺が知りてぇよ!!」
こないだどシリアスな場面で使った台詞をどコメディに使い回す主人公がここにいた。
「つーかこれほんとに当たり入ってんのか? まさか最初から抜いてあるとかじゃねーよな?」
「馬鹿、遊午相手にそんなことするかよ。お前ならわざわざ策を講じなくても勝手につぎ込んで破産してくれるからな。この手のやつ当たったことないくせに毎度毎度やりたがるだろ?」
「ぐう……っ!」
あまりにその通りでぐうの音しか出なかった。
「ま、それは冗談としてだ。そもそも1万ってのはハートピアの公認店の数なんだよ。各店舗にひとつずつで計1万枚、逆に言えば——全部引き尽くせば100パーセント当たるぜ?」
「ぬ……っ!?」
「残りはあと……80枚ってとこか。開店と同時にお前が抽選箱を占有してるから当然まだ特賞は出ていない。今前売り券はプレミア付いて20万ぐらいで取引されてんだったか? だったらウチで12万使った方が賢いと俺は思うがな」
「ま、待った! ちょっと計算させてくれ!」
遊午の脳内に電卓が浮かび上がる。
まずは120000を入力する。預金残高と比較。絶望的に足りない。
とりあえず今月分の生活費から食費を削る。焼け石に水。
食費3ヵ月分。まだ足りない。
成人誌に使う分を諦めれば余裕で事足りるが、それだけは絶対にあってはならない。ただでさえ今月はトイレットペーパーの代わりにもならない男性向けファッション誌に使い果たしたのだ。さらにもう一月おあずけを食らったらストレスで軽犯罪に走りかねない。
食費5ヵ月、いや6ヵ月分でようやく黒字になる。つまり半年間水だけ生活。
…………。
遊午は悟った笑顔で電卓を叩き割った。
「この店の在庫全部買わせてもらおうか!!」
「毎度あり〜」
餓死《サレンダー》出来ない白神 遊午の半年間極貧マラソン、スタート。



「阿保かお主は」
一蹴だった。
「前々から馬鹿じゃ間抜けじゃと詰ってきたが、よもやここまで愚か者じゃとは思わなんだ。お主の一番の目的は−Noの回収なのじゃぞ!? 栄養の回っておらん頭でまともなデュエルができるか! 今すぐきっちりそっくり返品して来ぬか、このたわけ!」
わざわざ清也に台車まで借りて大量のカードと景品を持ち帰った遊午におかえりの一言もなく、八千代は尊大に踏ん反り返る。その足は床から離れており、水に溶けてしまいそうな透明度の銀髪と氷柱のように尖った耳と併せて彼女が規格外の存在であるこてを物語っている。
「いやいや、今さらそういう訳にもいかないよ」
「何故じゃ? お主ら人の世にはくぅりんぐおふとかいう8日間の間に起こった全てを無に帰す面妖な術があるのじゃろう」
「クーリングオフはそんなファイバーポッドみたいな制度じゃないよ……。っていうか相変わらず変に人間社会に詳しいね……」
まさか歪んだ知識が法制度にまで及んでいるとは驚きだった。
「今回に関してはこっちも同意の上でクジを全部引き尽くしてるし、やっぱやめたなんて言えないよ。なにより俺は一切後悔してないからね! 大丈夫! いざとなったらカエルでも木の根でも食えるよ!」
「お主の尊厳安過ぎじゃろう……」
「プライドで股間は疼かねぇ!」
遊午には土下座と引き換えにオッパイを見せてもらえるなら躊躇なく首まで地に埋める覚悟がある。そんじょそこらの変態とはランクが違うのだ。下側に。
「まったく……。しかしアイドル、のう。お主がたまに観ておるテレビに出ておる、ひらひらでふりふりした機能性の欠片も無い衣服を纏って妙ちきりんな歌を歌う輩のことじゃろう? そこまで熱を上げる程の代物とは思えんがな」
「ちっちっち、わかってないな八千代ちゃん」
家の中に運び入れた段ボールからいち早く命削りの宝札《プレミアチケット》を抜き取ってしげしげと眺める八千代に、遊午は大仰なジェスチャーで返す。
「アイドルは英語で偶像神、我ら非モテにとってその名の通り女神なんだ! 誰しも皆美少女に会いたい。だけどそうそう周りにいるもんじゃないし、よしんばいたとしても俺たちじゃ相手にされないどころかさんざん搾取された挙句結局最後は腐れイケメンどもが掻っ攫っちまう。近く見えてはるか遠い。野生の美少女ってのはそういうもんなのさ。だけどアイドルは違う。アイドルは絶対に裏切らない。テレビを付ければいつでも会えるし誰のものにもならないしどんなブサメン相手でも笑顔で対応してくれる。今ならスタジオに出向けば生で触れ合えるアイドルなんてのもいるしね。それになにより彼女たちは尽くせば尽くしただけ応えてくれる! 努力は無駄じゃないことを教えてくれるんだ! 遠いように思えて意外に近い。それがアイドルさ! だから俺たちは永遠に彼女らを応援し続ける。ビバアイドル! アイドルオタを笑うファッキンリア充はリフトに失敗して頭から落ちろ!」
「つまり僻みじゃな?」
「あぁそうだよ畜生自覚あるんだから指摘しないで死んでしまいます!」
男の子は理論武装して自分すら欺かなくちゃ簡単に死んじゃう繊細な生き物なのである。
「……まぁそれはさておき、数いるアイドルの中でもやっぱりつぐみん——あぁ、そのチケットの秋葉 鶫ちゃんのことね——は別格だよ。具体的になにが凄いって聞かれたら上手く言葉が出てこないんだけど、なんというか、その場の全てが彼女を引き立てるために動いている、みたいな?」
ありとあらゆるアイドルを追っかけてきた遊午だが、秋葉 鶫のステージは明らかにモノが違う。歌唱力やダンスはもちろん、特殊効果やセトリに至るまでが超一流。目を奪われるというのはこのことを言うのだと自覚させられるクオリティだ。聞けば全て彼女自身がプロの演出家と相談して決めているというのだからそのアイドル力は計り知れない。
彼女のライブをその目で観た者は二度と他のライブでは満足できなくなると半分本気のジョークが広まるのも頷ける。
「まだ髪が黒かった頃は全力で頑張ってるって感じはあっても神がかってるって程じゃあなかったんだけどね。やっぱり例の変色事件でつぐみんの中でもなにか変わったのかな? どう思う?」
「知らん。妾に人間の心の機微が分かるわけなかろうが」
心底興味なさそうに鼻を鳴らす八千代。チケットを遊午に返すと続けて別の箱を漁り始めた。
「そういえば俺が出かけてる間八千代ちゃんはなにしてたの? 家の中を全裸で走り回る模擬ストリーキングプレイ?」
「するか!なんじゃその変態性が迸った休日の過ごし方は!?」
「わかるよ、背徳感と開放感がクセになるよね」
「わかるな。そして妾にはわからん。というかお主妾と出会う前はいつもそんなことをしておったのか!?」
「ははは、大丈夫、まだ家の庭までしか出たことはないから」
「一欠片も大丈夫な部分が無いんじゃが……」
全ての荷物を玄関に移したら、今度は二階の自分の部屋へと運ばなければならない。
段ボールを重ねて抱え、不安定な足取りで廊下の突き当たりまでたどり着き、肘でノブを回してドアを開ける。
「…………おぉ?」
何故か部屋の中央に段ボールが既に鎮座していた。運んだ荷物はもちろん今抱えている分が初めてだし、こんなものを放置して出かけた覚えもない。
荷物を下ろして段ボールの開けると、中にはサンドイエローのデイパックが入っていた。間違いなく遊午が普段使いしているものだ。
ファスナーを開けると今度はいつぞやのバスタオル。ますます意味がわからない。
それを広げれば白い布の中には『−No.39 天騎士ウィングリッター』が包まれていた。
「なんだこりゃ?」
「ああ、それはな」
独り言のつもりで呟いた疑問に開けっ放しのドアからいつの間にか入って来ていた八千代が答えた。
「この前癖毛の娘っ子から新しく−Noを取り戻したじゃろう。その力の実験をしておったのじゃよ」
「実験?」
「そうじゃ。まぁ説明するより見た方が早いじゃろ。妾に見えんよう適当なカードを一枚選んでさっきと同じ状態に戻してみよ」
まったく意図が読めないが八千代がそうしろと言うのだからそうすればいいのだろう。遊午は買ってきたカードを物色して目に留まった一枚を抜き取った。
それを指示通りバスタオルに包み、デイパックにしまい、ファスナーを閉めて段ボールにしまう。
「これでいいの?」
「うむ。ではゆくぞ——」
段ボールから数歩分離れた位置に浮かぶ八千代はおもむろに両の瞼を閉じ、
「RoR.16://真髄捉えし紅き月輪《ハクトノミコイナバ》」
宣言と同時に見開かれた碧眼がギンッ! と深紅に染め上がった。
瞬間、遊午の身体がざわりと総毛立った。一瞬八千代の視線に自分すら知らない奥の奥の部分まで余すことなく曝け出されたように感じたのだ。
空間が張り詰めるような感覚。同じ感覚を遊午は前にも一度味わったことがあった。
そう、あれは確か3区外周部にそびえる犬屋敷で囲 来世操る犬たちから逃げ回っていたときのことだ。あのときは何の変哲も無いコインが八千代に弾かれただけで爆発的に肥大化したのだ。
では今度は一体。
「……ふむ。『儀式の下準備』か。スーパーレアじゃの」
「え!?」
困惑する遊午。
無理もない。
八千代が挙げた名前はさっき自分が無作為に選び三重のカモフラージュをかけて封印した一枚に違いなかったのだから。しかもレアリティまで正確に言い当てている。
「ど、どうしてわかったの?」
「透視したのじゃよ。どうやらこの『−No.16 白兎の巫女イナバ』の力はありとあらゆる秘匿を看破する力だったようなのじゃ」
RoR。理の外に存在する力。
八千代が操るその力は−Noの副作用として所有者に顕現するそれより数倍強力だ。
「透視以外にも幻や嘘を見破ることも出来るぞ。そうじゃそうじゃ、あまりに地味で妾自身忘れておったがこんな力もあったのう」
「んな適当な……」
「しかして使ってみれば意外に便利なものじゃな。うむ、さすが妾じゃ。これで−No探しも一層捗るの」
「? なんで?」
「道行く者共をこれで透視すれば身体に−No所有者の刻印が出ておらぬかわかるじゃろう。同じ位にある力故、デッキに入っておるであろう−Noの詳細まではさすがに見抜けぬであろうがな」
「あぁ成る程」
刻印は−No所有者を見分ける最も簡単な手段であるが、身体のどこに刻まれるかまではわからない。頬や手の甲などのむき出しの箇所であれば簡単だが、遊午のように胸にあった場合一見しただけでの発見はほぼ不可能になる。まさか初対面の相手に半裸になってもらうわけにもいかない。
ところがこの透視の力を使えばセキュリティに捕まるリスクを冒さず確認が可能になるという訳だ。
「ん? 胸?」
そこまで考えて、遊午の脳裏に連休明けにいきなり背後からスタンバトン“轟雷帝”を突きつけられたときに勝るとも劣らぬ電流が走った。
「……ちょっと待って。八千代ちゃん、その力ってウィングリッターの翼みたいに俺にも使えたりしちゃったりする?」
「お主が? 試したことはないが、ふむ、妾と魂を繋いでおるお主なら可能かもしれんな。じゃが結局人の身で行使しておるのじゃから全力全開の力までは振るえんと思うぞ。それでも刻印の判別ぐらいならお茶の子さいさいじゃろうが、それならわざわざお主に任せんでも完全に制御できる妾が使った方が良いのではないか?」
「いーや八千代ちゃんの可愛いおててを煩わせるまでもないさ! そんな終わりの無い単純労働は男に任せて、八千代ちゃんは泰然と俺の前でたゆたっていてくれ! 俺の前で!」
訳)女の子の裸見たい女の子の裸超見たい銭湯の壁透視して女風呂凝視したいそしてあわよくば八千代ちゃんのロリロリボディもガン見したい
「ほう、殊勝な心がけではないか」
「そうだろうそうだろう!」
「では貸し与える前にもう一度力の復習をしておこうかの。先に言った通り、力の種類はあらゆる秘匿の看破——透視に幻の正視、それから『嘘の判別』」
「あっ」
「つまりこの力を使っておる間はお主が本当は何を企んでおるかお見通しという訳じゃたわけ! 妾の力をそんな不埒な目的の為に使わせるかァ!」
「げふぉうァァァッ!!」
八千代が放った右ストレートは綺麗に遊午の顔面を捉え、犯罪者予備軍を部屋の彼方へぶっ飛ばしたのであった。

☆ ☆ ☆

『決闘者諸君、さぁ時間だ、起床したまえ。これよりバトルトーナメントを開催する! 己が魂のデッキを携え、全てをかけてこの闘いに挑むがいい! デュ』
相も変わらず喧しい目覚まし時計をほとんど条件反射で黙らせる。包まっていた毛布を剥いで起き上がれば、衣摺れの音が妙に大きく聞こえた。
冴えた目で窓から外を見る。まだ東の空さえ明けておらず、街は夜と静寂の中でひっそりと肩身を寄せ合っている。新聞配達のバイクが腰の重たそうな排気音を鳴らしながらやってくるのももう少し先だろう。
午前3時。普段ならまだあと5時間は惰眠を謳歌している時間だが、今日に限ってはそういう訳にいかない。
窓辺から離れ、クローゼットへと歩を進める。ファッションに疎い男子高校生のそれは大体ロクに活用されていない。遊午も成人誌の収納スペースとしか思っていない。
だがそれでも、たった2着だけハンガーラックに吊られている衣服がある。
ひとつは黒い詰襟。
学園の生徒である以上身分証明のために着用していなければならない学生服を邪魔だからといってさすがに捨てる訳にはいかない。汚すと結構な値段で買い直さなければならないのでそれなりに丁重に扱っている。
まぁ遊午のものは度重なるアクシデントでつぎはぎだらけの染みだらけなのだが。
そしてその横、烈火を思わせる真っ赤な法被を遊午は取り出して広げる。途端に背中側に金糸でデカデカと縫われた『我生涯鶫一筋』の文字が目に飛び込んできた。
これが今日の礼服であり戦闘服『つぐみんらぶ☆らぶはっぴーはっぴ』である。まだ彼女が無名だった頃、大雪の中誰も見ていないのにそれでもひたすらにパフォーマンスを続ける姿に一目惚れしてその日のうちに自分で仕立てた年代物の一着。すぐ熱を上げてすぐ冷めるミーハーな遊午が唯一持つファンアイテムだ。
ミーハーな時点で一筋じゃねーだろとかマジレスしてはならない。女の子が皆えっちぃ身体をしているのがいけない。
いつものデイパックに法被を丁寧に折り畳んでしまい、遊午は用意を続ける。
「タオルよし、鉢巻よし、サイリウムよし、水分よし。あとは……」
「む……ぅん……? なんじゃ騒がしいのう……」
と、物音がうるさかったのか遊午を床に追いやってベッドを占領していた八千代が眠たそうに目をこすりながら起き上がった。
「あ、ごめん。起こしちゃったか」
「むにゅ……まだ真っ暗ではないか。こんな時間になにをやっておるのじゃ……ふぁう」
「ライブの用意」
「…………は?」
「だから、今日のライブの用意」
遊午の一言で、眠気に抗う気がないのか目を閉じたまま銀髪に手ぐしをかけていた八千代が背中に氷でも流し込まれたように硬直した。
「あれ、妾の覚え違いかの? らいぶは11時からと聞いておった気がするのじゃが…………さては寝ている間に降ってきたたデス・メテオによって舞い上げられた粉塵が太陽の光を遮っておるだけで実はもう昼間なのか? あぁ成る程の。理解理解。妾超理解」
「超理解て。……いや、普通に朝の4時だけど」
「灰になれ」
「突然の呪詛!?」
「お主は時の数え方もわからぬのか!? 外つ国に行く訳でもあるまいに、常識を考えぬか!」
超存在に常識を説かれた。
「妾の千金の睡眠時間を返せ! このっ、このっ!」
「ちょ、ストップストップ! これにはちゃんと深い理由が、っていうか枕とかならまだしも100枚単位のカードの束を投げるのはヤバくない!? 角当たったら普通に流血沙汰だぜ!?」
八千代は周りにあるものを手当たり次第に投げつけてくる。
だが、なんと遊午は形も大きさも様々な飛来物を紙一重で躱し続けていた。
「見える……見えるぞ! そ、そうか! 意味わからん頻度で意味わからんものに接してきたおかげで、自分でも気付かないうちに動体視力や反射神経が向上していたのか!」
顔面スレスレで本をやり過ごし、腰を引いて筆箱を避け、クッションのなどの安全なものはわざと腕を使って受け止める。本能の訴えるままボクシングのスウェーのように体を前後左右上下に動かせば、見事なまでに回避に成功する。
「ふはははは! もはや八千代ちゃんの照れ隠し恐るるに足らず! これで覗きも夜這いも思うがままよォ! さぁ労たしくぎゃふんと鳴くがいい——!」
「RoR.59://曇天喰い破る銀鎖の驟雨《ゴクモンノヴィルゴ》」
ぎゃふん。



「あかんて……股間に鎖はあかんて……いい加減不能になるて……」
「下半身がくっついておるだけありがたいと思えこの盆暗が」
股ぐらを両手で押さえて生まれたての仔馬みたいにぷるぷる震えてうずくまる遊午。
「それで、理由とはなんなのじゃ」
「あ、一応聞いてくれるんだ……」
「納得するつもりはないがな」
遊午を文字通り尻に敷いて八千代はツンとそっぽを向く。柔らかさの中にもしっかりとした弾力のあるお尻の感触が背中を甘美に刺激する。きっちり反応したので白神家断絶の危機は免れたらしい。
「……昨日つぐみんは演出も全部自分で考えてるって言ったじゃんか。それはつまり本番直前のミーティングにも最重要ポジションで参加してるってことで」
「で?」
「ライブ開始のきっちり5時間前。そのとき関係者用出入り口で待ってれば間近でつぐみんを見られるって古参ファンの間で噂なんだよ。俺はつぐみんがちゃんとした箱でライブをするようになってからチケット手に入れたの初めてだから自分で裏を取った情報じゃないけど」
「で?」
「だからその、せっかくだから見たいなーって」
「で?」
「あ、はいすんません」
一文字の殺傷力が半端じゃなかった。
「本当にお主という奴は……呆れ果てて言葉も出ぬわ」
そう言って遊午の腰を足がかりに八千代は宙へと身を踊らす。
「ほれ、なにをぼーっと間抜け面を晒しておる。出掛けるのじゃろう、早く支度をせぬか」
「え…………? まさか八千代ちゃん、許してくれるどころか一緒に付いてきてくれるの!? やったあ八千代ちゃんがデレたぜ最高かよ!!」
「デレとらんわい! それに許すのは交換条件付きじゃ!」
「なになに、なんでも言って! 足舐める? へそ舐める? 脇舐める?」
「何故舐める一択なのじゃ!? しかも後になる程変態性が増しておるではないか! 違う! 妾が条件と言ったら−Noの事に決まっておるじゃろう!」
「なんだそっちか。けっ」
「露骨に盛り下がるでないわ……」
「あーはいはいなんでもどうぞー? 不肖白神 遊午は可愛い可愛い八千代ちゃんの為ならなんだってしますからねー」
「くっ、吹っ掛けづらい空気を出しおってからに……だが容赦はせぬぞ。今回の一件を不問にする代わりに、お主には10日の内に3枚の−Noを回収してもらう!」
「なっ、3枚!?」
これまでの経験上−Noに関わると大体ロクなことにならないのは承知の通りだ。それを10日間に3回頑張れということはそれはつまり都合3回死にかけろということで。いくら死なない身体をに成ったとはいえ痛いものは痛いのだ。
「いいや、漢遊午、やってやれねぇこたぁねぇ! 念願のライブのためならタマだって張れるぜ! その申し出受けてやろうじゃあねぇか! どころか俺にかかれば10日も必要ない、3日で十分だ! 3日で3枚集めてやろう!」
「ほう、言いおったな。では賭けをしようではないか。もし本当に3日で3枚集めることが出来たならばお主の言うことをなんでもひとつ聞いてやる。だが達成できなかったときはお主の立場を協力者から下僕に格下げさせてもらうぞ。下僕じゃぞ下僕。妾の所有物になって言うことなんでも聞くんじゃぞ」
「なんだそれ、どっちに転んでもご褒美じゃないか」
「何故そうなるのじゃ……?」
幼気な少女に変態の思考回路は一生かかっても理解できない。
「ま、まぁなんでもよい。ではこれにて賭けは成立じゃな」
これまで1枚を回収するのにかかった期間を鑑みればまさか達成できるとは思っていないのだろう。細い腕を組んで遊午を見下ろす八千代のかんばせにはすでに自分の勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
対する遊午も立ち上がって不敵に笑い返す。こっちには特になんの根拠もないが。
「じゃあ指切りしよっか」
「指切り……というとあれか。惚れた男に指を切り落として送りつけるやつか」
「それは花魁がするエグい方だ」
安定の八千代クオリティである。
「じゃなくて。こんな風に小指と小指を組み合って約束を交わす、一種の儀式みたいなものなんだけど」
「あぁ、童どもがしておるのを見たことがあるな。力比べでもしておるのかと思っておったが、あれは契りを結んでおったのか」
「知ってるなら話が早いや。そんじゃあ、はい」
「ぬ」
そう言って遊午はふたりの間に小指を差し出す。八千代はしばらくそれをまじまじと見つめていた後、遊午の真似をするように自身の小指を絡み合わせた。
お馴染みの掛け声とともに指を上下させれば、その度に互いの温度が入り混じる。
「……はい、これで約束は完了。ちなみにこうやって交わした約束は絶対遵守。もし破ったら千の針と万の拳で制裁だからね」
「はぁ!? なんじゃその罰則聞いとらんぞ!?」
「そりゃ言ってないもん」
「詳細をつまびらかにせずに約束を交わさせるのは反則じゃろうが!」
「まーまー、別に勝てばいいんだよ勝てば。八千代ちゃんが勝てば約束を破る意味は無いし、もちろん俺も反故にする気はない。なんの問題もないでしょ?」
「ぐぬっ……そ、そうじゃな! 勝てばよかろうなのじゃ!」
後々うやむやにされないよう釘を刺しておこうとちょっと脅かすぐらいのつもりだったのだが、どうやら功を奏したようだ。予想以上の効果に遊午は内心ほくそ笑む。
「ところで、人間はそんな重い契りをこんな気軽に交わすのか? 命を安く売り過ぎではないかの」
「そ、それはあれだよ、あれ。ははっ!」
現代ではその文言は形骸化しているとは今さら口が裂けても言えない。それこそ本気で針千本と拳万を喰らう羽目になりそうだった。

☆ ☆ ☆

「……おい遊午、今何時じゃ?」
「……えーと、もうすぐ9時かな」
「9時か。6時ではなく」
「うん。6時じゃあなく9時だよ」
「そうか…………」
次に来る台詞は聞くまでもなかった。
「来 な い で は な い か————!!!!」
「ひいぃぃぃんごめんなさいー!!」
ハートピアタワーを正面にして遊午の住む3区の左隣に位置する4区。自宅から電車に1時間半ほど揺られて到着するその地域は、世界のあらゆる娯楽が集うと称されハートピアの流行の発信地となっている。中でもタワーと同じく街の名を冠するハートピアドームは、本来の野球場としての用途以外に、世界的なミュージシャンのライブや国際的なイベント等にも使用される超巨大施設である。
その一角にて、遊午は八千代の怒号に頭を抱えてうずくまった。
「9は逆さにしたら6だからセーフ! まだセーフ!」
「なにがセーフじゃこの唐変木! 妾の早起きがぜーんぶパーではないか!」
「いや早起きって八千代ちゃんは今の今まで俺の中で寝てたでしょうよ……」
「じゃかましい!!」
「理不尽! で、でも、噂自体は間違ってなかったと思うぜ? ほら、俺たち以外にも入り待ちがいるし」
周りを見れば、他のファンたちがこちらに微妙な視線を向けていた。
八千代の姿は一般人には視認できないので、彼らには遊午が突然奇行に走ったように見えているに違いない。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに遊午から興味を失ったファンたちはグループごとに談合したりD-ゲイザーでブラウザを開いたり銘々の作業に戻った。彼らも開場直前まで姿を見せないつぐみんを不思議に思っているのだろう。
「うーん、今日はいつもより早く来てたのかな。さすがに開演2時間前にまだ会場入りしてないってことはないだろうし……」
「どーでもいいわい。ちゅーかもはや中止になれ」
すっかりへそを曲げてしまったらしい八千代はほっぺたをぷりぷりと膨らませて悪態を吐く。拗ねた子供みたいだとか言ったらまた殴られそうなので自粛しておく。
「しゃーない、今回は縁がなかったっつーことか。そろそろ正面に回って列に並ばないと。えーと……あ」
チケットを取り出そうとリュックサックを漁って、気付く。
「あっちゃー。昼飯持ってくんの忘れちまった」
「なんじゃお主、あれだけ朝早く起きてせこせこと用意しておったのに忘れ物か。情けないのう」
「返す言葉が無いよ。とりあえずコンビニ行っておにぎりでも買ってくるか。八千代ちゃんもなんか食べる?」
「妾は腹を満たす必要が無いと前に言ったであろう」
「だよねー」
群衆から離れ、D-ゲイザーでドーム近くのコンビニを検索する。
……なんと最寄りの店でも1km弱離れているらしい。
まぁ4区では区の特色上娯楽施設に対して日常生活に関連する建物が圧倒的に少ないので仕方ないのではあるが。なんなら住宅よりもアミューズメントパークの方が多いぐらいだ。
検索結果にげんなりしつつ、遊午は兎にも角にもコンビニを目指した。
だが、モニターに映るガイドラインに沿って曲がり角を折れたところで、遊午は再び足を止めた。
「…………んん?」
「どうかしたのか?」
「いや……なんか空気が変わったっつーか、一瞬違う場所に入ったような気がしたんだけど……」
周りの景色におかしなところはない。いや、異常に派手な看板の列が普通の店ばかりのはずの往来になんだかいかがわしい雰囲気を醸し出しているのがおかしいといえばおかしいが、4区はどこもこんなものだ。さすがにポストまで毒々しいピンクなのは法的に問題があると思うが。
「うーん……道間違えたか?」
しかし今いる道路はなんの変哲もない一方通行だ。道に迷いようもない。
気のせいだったのだろうと判断し、改めてD-ゲイザーのディスプレイに視線を戻した遊午は、表示されている画面に動揺せずにはいられなかった。
「SIGNAL LOST……圏外だって!?」
あり得ない。独自に人工衛星を持っているハートピアはいつだって全域電波良好なはずだ。
慌てて空を仰ぐが、頭上に広がるのはもちろん遮蔽物のない青天井だった。D-ゲイザーを耳から外して振ったり叩いたりしてみても真空管を採用していない最新機器がそんなことで直る訳もない。
「おいおい、どうなってんだこりゃ……!?」
「どうもこうもあるまい。お主を巻き込んだ特異現象と言ったら、原因はひとつじゃろう」
「ッ! ってことは、−No!?」
「まず間違いなくな。気を引き締めよ、妾たちは既に攻撃を受けておるぞ!」
警戒レベルを最大まで上げて周囲を見回す。今はまだ目に見えて感じ取れる異変は電波障害だけだが、−Noの術中にあるなら1秒後に槍の雨が降ってきてもおかしくない。
「と、とにかく一度来た道を戻ってみるか……」
空気が張り付くような感覚は−Noと遭遇したときならではだ。
額に嫌な汗をにじませながら遊午は曲がり角を逆戻りする。毒ピンクのポストを横目にご休憩ができるホテルみたいな看板をくぐってひとつ前の道に、
「あ、れ……?」
道なりに角を曲がった突き当たりにぽつんとポストが設けられている。別にそれ自体はおかしなものではない。けれど今ここに、この場所に『それ』があることは絶対におかしかった。
なぜなら、そのポストは郵便法に引っかかりそうなほどに毒々しいピンク色だったのだから。
「あり得ねぇ……」
混乱する頭で近寄って詳しく検分しても色に変わりはない。それどころか表面に付いた細かい傷までそっくりなことが明らかになってしまった。
「い、いやまだわからん! さっきは見落としただけで、同じ種類のポストが近くにあっただけかもしれない! もっと遡れば……!」
急いた心に追い立てられるように道を戻る。この先は200メートルぐらいは一直線だったはずだ。
だが。
「嘘だろ……」
数十歩も進まないうちに壁にぶち当たってしまう。
そしてそこには初めからずっといたと言わんばかりにピンクのポストが鎮座していた。
「くそっ!」
「遊午、闇雲に動き回るな! 軽々な行動が破滅の引き金になるかもわからんのだぞ!」
「そうは言ったって、まずはアクションを起こしてみないとなにも始まんないよ! よし、今度はさっきの場所まで戻って……」
「焦るな! 一旦落ち着いて————あ」
「あ?」
「あ」
遊午の疑問符にいるはずのない第三者の声が重なった、次の瞬間。
遊午は曲がり角の先から飛び出してきたオートバイに跳ね飛ばされた。
「ッぷぎゃ」
潰れたカエルスライムみたいな呻きとともに遊午の身体が天高く舞い上がり、 潰れたカエルスライムみたいにコンクリートに叩きつけられる。
「やば……」
遊午を跳ねた少女ライダーがフルフェイスのヘルメットの中で焦った声を漏らす。服装や体つきからどうやら女性であるらしい。
「えーと……だ、大丈夫?」
「おんどりゃあ大丈夫な訳あるかい死角からダイレクトアタックとはいい度胸じゃねぇかテメェが敵かよーしやったらぁぁぁ!!」
バイクから止めた少女が一応心配そうに近寄ってくるが早いか、遊午はすぐさま跳ね起き安っいチンピラさながらガンを飛ばす。
「敵? がなんのことかわかんないけど、いやーごめんごめん。ちょっと慌ててて」
「所有者じゃねーなら尚更こんなとこでバイク乗り回してんじゃねぇ俺が俺じゃなかったら全身粉砕骨折だったぞ!!」
「だからごめんってば」
「ごめんですんだらジャッジはいらねぇんだよ!!」
「あーもう、うっさいわね。謝ってんだからさっさと許しなさいよ! こっちは急いでんのよ!」
「——なにをそんなに急ぐことがあるのかね、ガール?」
最後の言葉は遊午とライダー少女、どちらのものでもなかった。
「「っ!?」」
「おっと失礼。他人の会話に横合いから口を挟むのはマナー違反だね。どうぞ続けてくれたまえボーイ・アンド・ガール。私の用はその後でいい」
顔を強張らせて後ろを振り返った遊午に、悠然と佇んでいた男は飄々とそんな台詞を吐く。
「なんだお前、いつからいやがった!?」
男の装いは燕尾服にシルクハット。まさにマジシャンという感じだが、その情報は男が脈絡なく遊午の背後に現れたなんら説明にはならない。
「おや、私も歓談に参加して良いのかね? 遊午ボーイ」
「!? どうして俺の名前を!?」
「もちろん知っているとも。我々の界隈では君は新進気鋭のルーキーとして有名人だからね。それからR、君は言うまでもなくだ」
「なっ……!!」
今の口振り、この男には八千代が見えている。どころか彼女を『R』と呼んだ。それはつまり、
「まずは名乗っておこうか。私はMr.トリック。僧侶の4《クアットロ=ディ=ビショップ》としてCHESSの末席を汚す者だ。お目にかかれて光栄だ」
男が軽い会釈とともに指を鳴らすと、虚空から持ち手にチェスのビショップがあしらわれたステッキが出現した。
「CHESS……つーことは、わざわざ不思議空間まで作って俺を誘い込んだのはてめーか。ならどうせ次の台詞は俺にデュエルを……」
「残念だがボーイとデュエルはやらんよ」
「あれ?」
確実にデュエルを挑まれると力んでいた遊午はずっこけた。
「ボーイと一戦交えたいのは山々なのだがね、しかし間が悪い。今日はこちらのガールに用があるのだよ」
「こ、こいつに?」
「あんた……」
話の矛先を振られた少女がシールドの向こうで下唇を噛むのがわかった。
「ガール、追いかけっこが無意味なことはもうよくわかったろう。そろそろ私とのデュエルに応えてくれんかね?」
「仕事柄ストーカーには慣れっこだけど、あんたみたいにしつこいのは初めてよ。いいわ、そのデュエル受けてあげる」
「グッド! それでは早速始めよう!」
戸惑う遊午をほったらかしてさっさと話が進んでいく。
ヘルメットの少女はバイクのトランクから、トリックはシルクハットの中からデュエルディスクとD-ゲイザーを取り出した。
D-ゲイザーを装着するためにライダースーツは当然フルフェイスのヘルメットを脱——
「ちょおっと待ったあぁぁ!!」
「はぁ? はぁ!?」
——ごうとした隙を突いて、遊午は彼女をお姫様だっこで抱えあげた。
「ちょっ、なにして、つーかどこ触ってんのよ変態!」
「口閉じてねーと舌噛むぞ! ウィングリッター!!」
宣言に応じて遊午の背中に白銀の翼が生える。そのまま地を蹴って一気に空へと駆け上がった。
白翼を俊敏に動かし、ビル群の隙間を縫って、遊午はトリックから可能な限り距離を取る。
「三十六計逃げるに如かずってな。ったく、得体の知れねー相手とまともにやり合ってられっか」
「お主にしては英断じゃ。闇雲にぶつかるのではなくまずはこの空間の解析、そこから奴の−Noの性格を割り出すのが先決じゃろう。……だがひとつ解せんのは、何故その女子を連れてきた? 奴のデュエルを真近で観れるチャンスじゃったろうに」
「あー……どんな相手でも救える奴を救わず見て見ぬ振りをするのは寝覚めが悪いんだよ」
「相変わらず甘々じゃのう」
とりあえず一息つけるところまで来てから遊午はため息代わりに軽口を叩いた。しかしまだ着陸はせず、ビルを下に見る高度で安定飛行を続ける。
「な……どうなってんのよ、これ……。あんた人間じゃないの?」
と。今まで事態が飲み込めなかったのだろう。ずっと大人しくしていたヘルメットの少女がさっきまでとは打って変わって気弱に尋ねてきた。
「人間だよ。ただひとつ他人と違うのは、お前と同じで−Noを持ってるってことだ」
「−No……? あ……それってまさか、あの不思議なカードのこと?」
「やっぱり持ってんだな」
心当たりがあるらしかった。
さっきのトリックとかいう似非マジシャン野郎は自分のことをCHESSだと名乗っていた。CHESSの目的は−Noただ一つ。つまり彼らに追われていたヘルメットの少女は所有者だということになる。
「一旦ここらでいいか」
そろそろ十分な距離を稼いだだろう。遊午は手頃なビルの屋上に降り立った。同時に少女も遊午が降ろすまでもなく手を振りほどいて離れる。
「つまり、あたしはあのカードが原因であいつに狙われたってこと?」
「そういうこった」
「なんであんたはそんなこと知ってんのよ」
「俺も散々同じ目にあってきたからだよ。言っとくが、一度目をつけられたら奴らは絶対諦めねえぞ。仮に今回上手く凌いだとしても、すぐにまた見つかって堂々めぐりだ。それが嫌なら−Noなんてさっさと手放しとくんだな」
「イヤよ」
少女はきっぱりと言い切った。
「あのカードを手放すことだけは絶対にイヤ」
「……言うと思ったよ」
虚勢を張った訳ではない。
−Noは発現者の願望の象徴であり、願望を現実に変える絶対的なキーアイテム。所有者本人がそのことを一番理解しているだろうから、進んで手放そうとする者などいないことは自明の理だ。
まぁ以前出会った所有者、囲 来世のような例外もあったが、例外はまずありえないから例外なのである。
遊午は呆れ半分疲労半分で息を吐いた。
「で、いつからあの男に追われてたんだ?」
「家を出てすぐだったから……かれこれ4時間は経ってるかしら」
「よじ……!?」
オートバイで4時間。遊午がちょっと散策したのとは話が違う。それでも抜け出せないというのだからこの空間の異常さがわかろうというものだ。
「目的地に向かって走ってるはずなのに、道がループしてるみたいに
ずっと続いて……そうだ。それに、車どころか通行人のひとりにも会わなかったわ」
「そういえば……」
確かに今空から見た限りでも人っ子ひとりいなかった。
「掌握結界か」
「しょーあくけっかい?」
八千代が聞き覚えのない単語を発する。
「妾の力のひとつじゃよ。簡単に言えば現存する世界を捻じ曲げひずみを生み出す技じゃ。ひずみの内側は物理法則も因果関係も発動者の思うまま。−No所有者以外を締め出すことも、出口を作らぬことも自由自在じゃ」
「……よくわからんけど、あいつの明晰夢の中にいるようなもんってこと?」
「言い得て妙じゃな。言うておくが、こいつは妾の力の中でも相当に厄介じゃぞ。解除するには設定された条件を満たすか、発動者を叩く以外にない」
「条件探し……それって選択肢の数は?」
「現象全般」
「なにそれ神様の暇つぶし?」
「ねぇちょっと」
八千代の解説タイムに少女が口を挟んだ。
「さっきから気になってたんだけど、その変なちびっこなんなの? どう見ても人間じゃないわよね」
「む」
地味に身長を揶揄された八千代が顔を顰める。
「躾のなっておらん小娘が。人に素性を尋ねるときはまず自分から名を名乗るのが先じゃろう」
「む」
八千代の言葉に今度は少女が不機嫌な声を出す。
「……それもそうね」
しかしそこで反発するほど子供ではなかったようで。
少女は頭蓋の両側に手を添え、コルク栓を抜くようにフルフェイスのヘルメットを脱ぎ去る。
その瞬間、遊午の目の前に星空が広がった。
いや違う。瞬く天蓋に見えたのは翻った彼女の髪だ。
少女は宝石のような髪を風に流し、遊午の脳裏に鮮烈に浮かんだ名前を名乗った。
「あたしは鶫。秋葉 鶫よ」
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ギガプラント
今度はアイドルが出てきたぞ!
遊午先生はアイドルファンでもあったのか。女性に熱を上げまくる姿はぴったりというかなんというか…。
相変わらず変態パフォーマンスにキレがある…今回だけで何回変態発言があったのかしら。うん、好きだ。つぐみんも-Noの持ち主らしいが…カラーチェンジ騒動と関係があるのだろうか…。 (2018-04-25 21:12)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメントありがとうございます!
遊午のアイドルオタ部分は知人をモデルにしています。凄いですよねあの人たち……。ひとつのことにあそこまで本気になれる姿はシンプルに尊敬します。
我ながらだいぶキワキワの変態発言ですが、気に入ってくださったなら良かったです。サイトの倫理コードが許す限り反省しないよ! (2018-04-25 21:52)
ター坊
引きこもり、貧乏ときてアイドル属性が来ましたか。出会う女性がこうも癖が多いと読んでいて面白いですね。
遊午の変態っぷりもエヴォリューションしており、-Noの使い方の閃き、ドルヲタの情熱、どれも逞しいものです。 (2018-04-26 15:37)
イベリコ豚丼
》ター坊さん
コメントありがとうございます!
既存キャラの色が濃過ぎて一般人を出してもあっさり呑み込まれちゃうんですよね……。元々キャラ作りはあんまり得意じゃないのでいつ属性を使い切るかとヒヤヒヤしています。
思春期の男子高校生の発想力はエロ方向にだけ天才的なのは真理。 (2018-04-26 15:57)

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