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第2話:デュエル、スタンバイ!! 作:氷色
*
その頃、商店街を疾走する影が一つ。
「全く、人が非番の日に限って緊急事態が起こるんだからッ!」
金色の長い髪をなびかせながら走るその人物は、歳の頃16・7といった少女であった。
非番という言葉通り、その服装はラフなものだ。タートルネックの細身のセーターにチェックのショートパンツ。すらっと伸びた足はニーハイにショートブーツという装い。
そのタイトなファッションにより強調されたスタイルの良さに加え、彼女自身の類い稀な美貌も相まって、道行く人々が彼女の姿に振り返る。
彼女の名前は『天上院 明日那(テンジョウイン アスナ)』。
正式な所属は『LEGEND DUEL SECURITY (通称:LDS)』の童実野支部。階級は二級守護官である。
と言っても、童実野支部に配属になったのも二級守護官に昇格したのもつい先日のこと。
それを受けて、非番にこれから主な活動の場となるこの童実野区がどんなところか見ておこうと散策していたところに緊急事態発生の報を受け、現場に急行しているというわけだ。
角を曲がると、先にドーム状の力場が形成されているのが確認できた。
「すでにデュエルフィールドが展開されてる!? もう誰かがデュエルしているの!?」
タブレット型の携帯端末を取り出して情報を確認する。
しかしまだ他の班が現場に到着したという報告は来ていない。その代わりに現場の状況が新しい情報として送られてきていた。
その情報に目を通したアスナはギリッと奥歯を噛む。
「レート6+ですって!? 一般デュエリストが敵う相手じゃないわよ!?」
タブレットには出現したモンスターのデータが表示されていた。
名前は《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》。モンスターレベル6の上級モンスターだ。
そしてLDSが設定するそのモンスターが街や市民に及ぼす被害の可能性を計算した脅威度(通称:レート)はなんと6+。これは到底ただのカードゲームとしてデュエルを楽しんでいるだけの一般人が相手にできるレベルではなかった。
アスナが顔を上げて、ビルの間から顔を覗かせるデュエルフィールドの力場を見やる。
他の守護官がまだ現場に到着していないということは、あそこでフィールドを展開しているのはアマチュアのデュエリストということになる。
いちデュエリストとして、強い相手と戦いたいという欲求は解るしアスナ自身にもそれがないとは言えない。しかし勇敢と無謀は違う。
アスナは拳を強く握りしめた。
アスナはLDSの守護官だ。デュエルのプロであり、専門家だ。
しかし彼女の職務はデュエルで相手を倒すことではない。LDSが最優先にすべきことは人々をモンスターの脅威から護ることなのだ。
それにはもちろん、今あそこで《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》と対峙している未知のデュエリストのことも含まれている。
「誰だか知らないけど、早まらないでよ……!」
アスナはそう口に出し、なお一層強くアスファルトを蹴り込んだ。
*
一方、現場ではそんなアスナの願いなど知るよしもなく、ユウヒ(&マナ)とエビル・デーモンが対峙していた。
エビル・デーモンが小首を傾げる。
『儂の聞き間違いか? 儂をちゃちゃっと片付けるなどとほざいたように聞こえたが?』
それに対してユウヒはニッと笑う。
「聞き間違いじゃないよ。そう言った」
『だとしたら随分と舐められたものだ。儂が怖くはないのか?』
「怖くはないさ。このデュエルフィールドが展開されている以上、アンタは直接俺に危害を加えることはできないんだし」
ユウヒの展開したデュエルフィールドには幾つかの用途がある。
一つはモンスターを逃がさないようにするため。デュエルが終わるまでこのデュエルフィールドは消えることはなく、中の人間もモンスターも外に出ることはできなくなる。
二つ目はデュエルの余波を外部に漏らさないようにするため。人間やモンスター同様、リアルソリッドビジョンで行われるデュエルで発生する衝撃波等もフィールドを出ることはできない。よってフィールド外へ被害を出すことがない。
三つ目は武力や暴力の無効化。このデュエルフィールド内ではリアルソリッドビジョンの膜によってデュエル以外での攻撃の類いは一切遮断される。現実的な力ではモンスターに対抗できない人間の知恵だ。これで人間とモンスターはデュエルという同じフィールドで戦わざるを得ず、それが人間がモンスターに対抗し得る唯一の手段なのだ。
「それにもう一つ。俺は別にアンタを舐めちゃいないよーー」
ユウヒがデュエルディスクを構える。
「ーーただ、負ける気がしないだけだ」
エビル・デーモンは鼻で笑う。
『面白い。その減らず口がいつまで続くか、確かめてくれよう』
エビル・デーモンが腕組みを解くと、その左腕から新たに羽のようなものが伸び、やがてそれがデュエルディスクのような形へと変わった。デッキも既に装着済みだ。
『行くぞ小童ッ!』
ゴウッと音が聞こえるくらいにエビル・デーモンの気迫が膨らんだ。
場の空気も一気に張りつめる。
ユウヒがデュエルディスクを操作する。
するとデュエルディスクが機械音声を発した。
〔デュエルーースタンバイ〕
〔デュエルモード:アクションデュエル〕
〔アクションフィールド・オン〕
〔フィールド魔法《バーニングブラッド》発動〕
発声が終わると、デュエルフィールド内の景色がリアルソリッドビジョンによって塗り替えられていく。
先程まで街中であった周囲が、一瞬にして草木も生えないゴツゴツとした岩場に変わる。赤く煮えたぎる溶岩まで流れていて、まるで火山の噴火口だ。
その再現度は素晴らしく、気温まで一気に高まったようだ。それに呼応するかのようにユウヒとエビル・デーモンの戦いに対するボルテージも高まっていく。
ユウヒの王都に来て初めてのデュエルが今まさに始まったのだ。
『「デュエル!!」』
*
アスナが現着した時、デュエルフィールドは野次馬で取り囲まれていた。
このままでは中の様子を窺い知ることはできない。
アスナは仕方なく力付くでその人混みを掻き分け、なんとか最前列に辿り着いた。
中を見ると、まさに両者がデッキから初手となる5枚のカードを引き抜いたところのようだ。
「そのデュエル、ちょっと待ちなさいッ!!」
息を飲んでそのデュエルの行方を見つめていた群衆の中から、アスナは有らん限りの声で中の両者ーーいや、デュエルディスクを構える小柄な少年へと呼び掛ける。
それに気付いてユウヒはへらへらと笑う。
「さっすが王都だよな、可愛い子がいっぱいだ」
デュエルフィールドの外からこちらに声を掛けているのは、掛け値なしの美人だ。自然と顔が緩む。
『鼻の下が伸びてますよぅマスター』
マナがじと目でそんなユウヒをたしなめる。
ユウヒはわりと気の多いタイプだ。
可愛い子と見れば声をかけずにはいられないらしい。
そして相手の心に入るのも上手いらしく、またモテる。
そんなユウヒにマナはこれまで何度もやきもきさせられてきた。
そして彼の言う通りさすが都会だけあって王都には垢抜けた女子が多そうだ。ざっと見回すだけでもそれは充分に分かる。
どうやらこれからも他の女の影にやきもきする日々は続きそうで、マナは大きくため息をついた。
「ちょっと! 聞いてる!? そこの貴方、私と交代しなさい!!」
アスナはへらへらしているユウヒと頭を抱えているマナを“見て”、なおもデュエルを中断させようと声を張り上げる。
「交代って言ったってなぁ。もうデュエルは始まってるんだし、無理だよ」
しかしユウヒにデュエルを譲る気はない。それはデュエリストとしてのプライドを捨てる行為だ。
その気持ちも解るアスナは仕方なくある物を取り出した。
それは警察手帳によく似たLDSの守護官であることを証明するバッジだ。
「私の名前は天上院アスナ。LDS童実野支部所属の二級守護官よ。今キミが相手にしようとしてる相手は《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》。LDSではレート6+に指定されている大物よ。キミのような一般デュエリストが戦って勝てる相手じゃないわ。悪いことは言わないから、今すぐサレンダーして私と交代なさい」
“レート6+”という数値に、群衆がざわめき出す。
“LDS”も“レート”という言葉も王都の人々にとってはすでに定着しているものだ。その数値が意味するところもなんとなく感覚で解る。
曰くーー“マジでヤバい”。
アスナのとった戦法は、自分の身分を明かしての説得。LDSの権威とエビル・デーモンのレートが示す脅威を傘に着た嫌らしいやり方だ。アスナ自身、そんなやり方はしたくはなかった。しかし彼がエビル・デーモンと戦って、取り返しのつかないことになるよりはずっとマシだ。
しかしその戦法もまたユウヒの前には無意味だった。
「LDS? なにそれ?」
LDSは王都内でのデュエル関係の事案を職務とする組織である。従って今日王都に初めて訪れたユウヒには、その存在そのものが初耳。
ユウヒがただ眉をしかめただけになってしまっても無理はない。
「え、LDSはデュエルの専門家よ! こういう時に一般人の盾になって戦うのがLDSなのッ! だからーー」
「へー、なにそれ面白そうだな! よし、じゃあ後で詳しく聞くよ。キミもちょっと待っててくれよ」
「え、ちょ、ちょっとーー!」
なおも不服を唱えそうなアスナを振り切ってユウヒはエビル・デーモンに向き直る。
『話し合いは済んだか? そろそろ待ちくたびれたわ』
悪魔(確かエビル・デーモンとか言ったか)が欠伸を噛み殺すようにゆっくりと動き出した。
「待たせたね。それにしても律儀にこっちの話が終わるまで待っててくれるなんて、意外に紳士じゃないか」
『見くびるなよ小童。儂は戦士だ。戦いの場での礼儀くらいはわきまえておるわ』
エビル・デーモンが鼻を鳴らす。
それを受けてユウヒはへらっと笑って見せた。
「そりゃ失敬。んじゃ、とっとと始めようか」
デュエルは仕切り直しだ。
ユウヒもエビル・デーモンも気持ちをデュエルへと切り替える。
デュエルにはいくつか不変的なルールが存在する。
どんな形式のデュエルでも、両デュエリストとも初期手札は5枚。これもその一つだ。
『先攻は儂がもらうぞ。良いな』
エビル・デーモンが先攻を宣言し、それにユウヒが頷くと、彼はデュエルを先に進めていく。
『まずはドローフェイズ。しかし先攻1ターン目はドローできない。よって更にスタンバイフェイズを経過しメインフェイズへと移行する』
デュエルは互いのプレイヤーが自分のターンを繰り返して闘いを進めていくターン制のバトルである。
先攻は自分の行動を阻害されるリスクが低く逆に相手を阻害する準備を先に行えるメリットはあるものの、最初のドローを行えない。逆に後攻は行動を阻害されるリスクは高いが、最初のドローを行えるため手札が1枚多い状態で闘いを始めることができる。
どちらが優位かは互いのデッキ構成により違うため一概には言えないというのがユウヒの考えだった。
自分のターンはフェイズという概念で行動が定められている。
フェイズはドローフェイズ・スタンバイフェイズ・メインフェイズ1・バトルフェイズ・メインフェイズ2・エンドフェイズの順番で進められ、エンドフェイズ終了時点でターン終了となり相手のターンへ移行される流れとなる。
これを繰り返すことでデュエルは進められていく。
ドローフェイズはその名の通り、デッキからカードをドローし手札を補充するフェイズ。先述の通り先攻1ターン目はこのフェイズにドローすることはできないが、その例外を除けば両プレイヤーとも1ターンに1度自分のターンの最初に手札を1枚増やすことができるわけだ。
スタンバイフェイズは特に何をするフェイズというわけでもないが、カードの中にはこのフェイズに発動する効果を有するカードもある。
そしてメインフェイズ。このフェイズには戦闘以外のあらゆる行動ができる。モンスターの召喚・特殊召喚、表示形式の変更、モンスター効果・魔法カード・罠カードの発動などその行動は様々だ。デュエルの戦術は主にこのフェイズと戦闘を行うことができるバトルフェイズとに集中していると言って良いだろう。
エビル・デーモンがにやりと嗤い、手札からカードを1枚選ぶと、腕が変化したデュエルディスクの端にそれを置いた。
『まずは永続魔法!《闇の二重魔法陣》を発動する!』
すると地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
六芒星を中心に、その周りを解読不能な文字列が二重に囲む形。それが淡い光を放ちながらユウヒとエビル・デーモンを納めるように広がった。
「これは…」
突然の異様にユウヒが息を吐く。
『モンスターは自分の魔力でカードを実体化させるんですよぅ。今は悪魔さんが魔力で《闇の二重魔法陣》を実体化させたんですぅ。永続魔法は強力な効果がずっと続くんですから、気をつけてねマスター』
「説明台詞サンキュー、マナ!」
今更のようなマナの助言を受けながら、ユウヒはだっと駆け出す。
その狙いは“アクションカード”だ。
アクションカードとは、アクションフィールドが発動したと同時にフィールド内に設置された各デュエリストのデッキとは無関係の特殊なカード達だ。
1ターンに1度、先にこれを見つけ出したどちらかのプレイヤーが手札に加えることができる。その効果は完全にランダムに設定されてはいるが、発動タイミングの指定もなくいつでも発動できるため非常に便利かつ強力なカードである。
このアクションカードを巡る攻防こそが、アクションデュエルの特徴であり醍醐味であると言えるだろう。
このアクションカードを手にできれば、それだけデュエルで優位に立てるのは間違いない。
エビル・デーモンが何を仕掛けてくるか分からない以上、今は少しでも自分を有利にするために動くときだ。
だがそんなユウヒの思惑をみすみす見逃すエビル・デーモンではない。
即座にエビル・デーモンは更なるカードをデュエルディスクにセットする。
『そう易々とアクションカードは取らせぬ! 儂は悪魔族のデュアルモンスター《トラッシュ・デーモン》を召喚する!』
今度は走りながらアクションカードを探すユウヒの眼前にカードが現れる。そしてそれが形を変え、悪魔の姿へと変わった。
「くっ」
悪魔はエビル・デーモンが召喚した《トラッシュ・デーモン》だ。エビル・デーモンの魔力でカードがそのイラスト通りの悪魔の姿で実体化したのだ。
《トラッシュ・デーモン》はエビル・デーモンよりは幾分小型ながら、その外見は醜悪。見ていると怖気を感じるその姿を広げて、ユウヒの前に立ち塞がった。
†
《トラッシュ・デーモン》
デュアル・効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1600/守1000
(1):このカードはフィールド・墓地にダイアルさ存在する限り、通常モンスターとして扱う。
(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。デッキから悪魔族モンスター1体を選び、墓地に送る。
†
『《トラッシュ・デーモン》はデュアルモンスター。フィールドでは効果を持たぬ通常モンスターとして扱う』
エビル・デーモンが親切にもそう教えてくれるが、正直ユウヒにはそれどころではない。
この《トラッシュ・デーモン》をどうにかしなくては、動くに動けない。
「つか、デュアルモンスターって何だっけ?」
ユウヒに付いて浮遊しているマナに匙を向けてみる。
しかしマナはそんな言葉聞こえないとばかりに明後日の方向を見て口笛を吹いている。
「……お前に訊いた俺が悪かったな」
『な、なんですかぁそれぇ! 人をお馬鹿さんみたいに言わないで下さいぃ!』
イーッと白い歯を見せるマナ。
そんな夫婦漫才のようなやり取りを、アスナは顔を青ざめさせながら見ていた。
「デュアルモンスターはフィールドと墓地では効果を持たず通常モンスターとして扱うという効果を持ったモンスターのことよ! それらはフィールドで再度召喚することで効果を発揮できるようになるの!」
思わず助言してしまう。
普通、モンスターは1ターンに1度しか召喚できない。
デュアルモンスターは最初の召喚では通常モンスターとして扱い、次のターンで再度召喚することでようやくモンスター効果を得るのだ。
それに気付いたユウヒは「サンキュー、アスナ!」とひらひら手を振る。
アスナは頭を抱えたくなってきた。
本当に大丈夫なんだろうかーー。
あんなどこの馬の骨とも分からぬ二人にあのエビル・デーモンが倒せるようには、やはりどうしても思えなかった。
「つまりスロースターターってわけね」
このターンは通常モンスターとして扱うわけだからこのターン中にモンスター効果を使われる心配はないわけだ。
ユウヒはそう考え少し安心する。
しかしエビル・デーモンは嗤う。
『だが永続魔法《闇の二重魔法陣》の効果により、フィールドの闇属性デュアルモンスターは再度召喚された状態として扱われる!』
「ええッ!?」
†
《闇の二重魔法陣》
永続魔法
(1):自分フィールドの闇属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
(2):自分フィールドの闇属性デュアルモンスターは再度召喚された状態として扱う。
†
デュエルモンスターにおいて、大半の悪魔族モンスターは同時に闇属性でもある。それは《トラッシュ・デーモン》も例外ではなかった。
つまり…
『《トラッシュ・デーモン》はこのターンでも効果を発動することができる』
「なるほど。これがデュアルの戦い方ってわけだ。馬鹿正直に再度召喚するんじゃなくて、他のカードでそいつを踏み倒すことを狙う。まさに悪魔のやり方っぽいね」
エビル・デーモンの笑みが深くなる。
一度は安心させておいてから落とす。その方がより不安は増す。やはり悪魔のやり方は狡猾だ。
『《トラッシュ・デーモン》のモンスター効果発動!再度召喚された《トラッシュ・デーモン》は1ターンに1度、デッキから悪魔族モンスター1体を墓地に送ることができるのだ!』
《トラッシュ・デーモン》のモンスター効果はデッキから特定のカードを墓地に送る効果。
一見何の意味もなさそうな効果だが、デュエルモンスターには墓地へ送られることでメリットを生むカードがある。そういうカードの力を能動的に発動させるための手段となるのだ。これは見た目よりもずっと強力な効果だった。
『《トラッシュ・デーモン》の効果により、儂はデッキから《トリック・デーモン》を墓地に送る!そして《トリック・デーモン》は効果で墓地に送られた場合、デッキからデーモンと名のつくカードを1枚サーチする効果を持っているのだ!』
やはりエビル・デーモンの狙いは墓地に送られると効果を発動するカードを墓地に送ることだった。
フィールドの《トラッシュ・デーモン》がエビル・デーモンのデッキからカードを1枚抜き出すとそのまま墓地へと送る。悪戯そうにケケケとユウゴを嘲笑うのも忘れない。
すると今度はその墓地から小さな女の子のような姿をしたモンスターが現れた。見た目は人間の女の子とそう大差ないが羊のように丸まった角があり、こちらを馬鹿にしたように嗤うところはやはり彼女も悪魔なのだろう。
おそらく実体化した《トリック・デーモン》と思わしきその少女がエビル・デーモンのデッキからまたカードを1枚抜き出すと、主であるエビル・デーモンにそれをうやうやしく差し出した。
《トリック・デーモン》は効果で墓地に送られることでデッキから特定のカードをサーチし手札に加える力を持つ。そのサーチ範囲は広く、“デーモン”と名に付きさえすればモンスターだろうと魔法・罠カードだろうとサーチできる非常に強力な効果と言える。
これでエビル・デーモンは手札を1枚増やすことができたわけだ。
『ちょっと!悪魔さんッ!』
そこでマナがエビル・デーモンに食って掛かる。
『デッキからサーチしたカードは相手のプレイヤーにも見せなきゃいけないルールのはずですよね!?見せなきゃルール違反で負けですよ!』
そう言えばそうだった。
ドローしたカードとは違い、サーチは特定の条件を満たしたカードを手札に加える行為であるため、それが確かに条件を満たしているか両者で確認する必要がある。
これはデュエルの公正を保つための重要なルールだった。
エビル・デーモンがギリッと歯を軋ませる。
『分かっておるわッ!小娘がァ!!』
エビル・デーモンの怒気がまるで突風のようにユウヒの身体を打つ。
ルールを正すのは良いけどマナの怖いもの知らずな行動にはハラハラさせられる。
エビル・デーモンは今まさに手札に加えようとしていたカードを翻しこちらに見せる。
「…ッ! このカードって…」
『ええ、《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》のカードですぅ』
エビル・デーモンがサーチしたカードには、エビル・デーモンそっくりのイラストが描かれていた。翼と体躯を大きく開き、まるで咆哮しているかのような雄々しき姿。レベルは上級モンスターに相当する6。
レベル5以上の上級モンスターは召喚にフィールドのモンスターをリリースする必要がある。
このターンはすでに《トラッシュ・デーモン》を召喚しているため、出してくるなら次の奴のターンだ。
「俺のターンで《トラッシュ・デーモン》を何とかしなきゃ、次のターンには奴自身が襲ってくるわけか」
『これだけではないぞ、小童。見よ』
「?」
エビル・デーモンに示されてそちらを見ると、先程までそこにいた《トラッシュ・デーモン》がいない。
どこにーーと辺りを見渡すと、それは上空にいた。コウモリのような翼をはためかせ、こちらを見下ろしている。
『あっ!』
「どうしたマナ?」
『あ、あれ見てくださいぃ! 《トラッシュ・デーモン》の手にーー』
何かを見つけたらしいマナの言葉にそちらを注視して見るとーー
「げッ! あれはアクションカード!?」
《トラッシュ・デーモン》の手には裏に“A”の文字が描かれたカードが握られていた。紛れもなくあれはアクションカードだ。
『このターンのアクションカードは儂のものだ』
最初のアクションカードを手にしたエビル・デーモンがくつくつと笑う。
「くそ、やられた……」
《トラッシュ・デーモン》が墓地に送った《トリック・デーモン》のエフェクトに魅入っている間にアクションカードを取られてしまった。
これは完全なユウヒのミスだ。
先攻最初のターンはバトルできない。よってこのターンにLPの変動はないが、あえてこのターンに勝敗を付けるとすれば、間違いなくアクションカードの攻防に勝ったエビル・デーモンに軍配が上がるだろう。
『さらに《闇の二重魔法陣》の効果はまだある。《闇の二重魔法陣》の上に存在する儂の闇属性モンスターは攻撃力が500ポイントアップするのだ』
《トラッシュ・デーモン》/攻1600→2100
闇属性の《トラッシュ・デーモン》が《闇の二重魔法陣》の発する妖しい光を吸収し、そのオーラを増す。
攻撃力2100はレベル5程度のモンスターに相当する中々のものだ。簡単には攻略できない。
『フン…先攻1ターン目はバトルフェイズを行うことはできない。バトルフェイズ・メインフェイズ2は省略しこのまま儂のターンは終了だ』
◇エビル・デーモン(手札5・LP4000)
モンスター
トラッシュ・デーモン/攻2100
魔法・罠
闇の二重魔法陣/永続
◇ユウヒ(手札5・LP4000)
モンスター
なし
魔法・罠
なし
その頃、商店街を疾走する影が一つ。
「全く、人が非番の日に限って緊急事態が起こるんだからッ!」
金色の長い髪をなびかせながら走るその人物は、歳の頃16・7といった少女であった。
非番という言葉通り、その服装はラフなものだ。タートルネックの細身のセーターにチェックのショートパンツ。すらっと伸びた足はニーハイにショートブーツという装い。
そのタイトなファッションにより強調されたスタイルの良さに加え、彼女自身の類い稀な美貌も相まって、道行く人々が彼女の姿に振り返る。
彼女の名前は『天上院 明日那(テンジョウイン アスナ)』。
正式な所属は『LEGEND DUEL SECURITY (通称:LDS)』の童実野支部。階級は二級守護官である。
と言っても、童実野支部に配属になったのも二級守護官に昇格したのもつい先日のこと。
それを受けて、非番にこれから主な活動の場となるこの童実野区がどんなところか見ておこうと散策していたところに緊急事態発生の報を受け、現場に急行しているというわけだ。
角を曲がると、先にドーム状の力場が形成されているのが確認できた。
「すでにデュエルフィールドが展開されてる!? もう誰かがデュエルしているの!?」
タブレット型の携帯端末を取り出して情報を確認する。
しかしまだ他の班が現場に到着したという報告は来ていない。その代わりに現場の状況が新しい情報として送られてきていた。
その情報に目を通したアスナはギリッと奥歯を噛む。
「レート6+ですって!? 一般デュエリストが敵う相手じゃないわよ!?」
タブレットには出現したモンスターのデータが表示されていた。
名前は《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》。モンスターレベル6の上級モンスターだ。
そしてLDSが設定するそのモンスターが街や市民に及ぼす被害の可能性を計算した脅威度(通称:レート)はなんと6+。これは到底ただのカードゲームとしてデュエルを楽しんでいるだけの一般人が相手にできるレベルではなかった。
アスナが顔を上げて、ビルの間から顔を覗かせるデュエルフィールドの力場を見やる。
他の守護官がまだ現場に到着していないということは、あそこでフィールドを展開しているのはアマチュアのデュエリストということになる。
いちデュエリストとして、強い相手と戦いたいという欲求は解るしアスナ自身にもそれがないとは言えない。しかし勇敢と無謀は違う。
アスナは拳を強く握りしめた。
アスナはLDSの守護官だ。デュエルのプロであり、専門家だ。
しかし彼女の職務はデュエルで相手を倒すことではない。LDSが最優先にすべきことは人々をモンスターの脅威から護ることなのだ。
それにはもちろん、今あそこで《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》と対峙している未知のデュエリストのことも含まれている。
「誰だか知らないけど、早まらないでよ……!」
アスナはそう口に出し、なお一層強くアスファルトを蹴り込んだ。
*
一方、現場ではそんなアスナの願いなど知るよしもなく、ユウヒ(&マナ)とエビル・デーモンが対峙していた。
エビル・デーモンが小首を傾げる。
『儂の聞き間違いか? 儂をちゃちゃっと片付けるなどとほざいたように聞こえたが?』
それに対してユウヒはニッと笑う。
「聞き間違いじゃないよ。そう言った」
『だとしたら随分と舐められたものだ。儂が怖くはないのか?』
「怖くはないさ。このデュエルフィールドが展開されている以上、アンタは直接俺に危害を加えることはできないんだし」
ユウヒの展開したデュエルフィールドには幾つかの用途がある。
一つはモンスターを逃がさないようにするため。デュエルが終わるまでこのデュエルフィールドは消えることはなく、中の人間もモンスターも外に出ることはできなくなる。
二つ目はデュエルの余波を外部に漏らさないようにするため。人間やモンスター同様、リアルソリッドビジョンで行われるデュエルで発生する衝撃波等もフィールドを出ることはできない。よってフィールド外へ被害を出すことがない。
三つ目は武力や暴力の無効化。このデュエルフィールド内ではリアルソリッドビジョンの膜によってデュエル以外での攻撃の類いは一切遮断される。現実的な力ではモンスターに対抗できない人間の知恵だ。これで人間とモンスターはデュエルという同じフィールドで戦わざるを得ず、それが人間がモンスターに対抗し得る唯一の手段なのだ。
「それにもう一つ。俺は別にアンタを舐めちゃいないよーー」
ユウヒがデュエルディスクを構える。
「ーーただ、負ける気がしないだけだ」
エビル・デーモンは鼻で笑う。
『面白い。その減らず口がいつまで続くか、確かめてくれよう』
エビル・デーモンが腕組みを解くと、その左腕から新たに羽のようなものが伸び、やがてそれがデュエルディスクのような形へと変わった。デッキも既に装着済みだ。
『行くぞ小童ッ!』
ゴウッと音が聞こえるくらいにエビル・デーモンの気迫が膨らんだ。
場の空気も一気に張りつめる。
ユウヒがデュエルディスクを操作する。
するとデュエルディスクが機械音声を発した。
〔デュエルーースタンバイ〕
〔デュエルモード:アクションデュエル〕
〔アクションフィールド・オン〕
〔フィールド魔法《バーニングブラッド》発動〕
発声が終わると、デュエルフィールド内の景色がリアルソリッドビジョンによって塗り替えられていく。
先程まで街中であった周囲が、一瞬にして草木も生えないゴツゴツとした岩場に変わる。赤く煮えたぎる溶岩まで流れていて、まるで火山の噴火口だ。
その再現度は素晴らしく、気温まで一気に高まったようだ。それに呼応するかのようにユウヒとエビル・デーモンの戦いに対するボルテージも高まっていく。
ユウヒの王都に来て初めてのデュエルが今まさに始まったのだ。
『「デュエル!!」』
*
アスナが現着した時、デュエルフィールドは野次馬で取り囲まれていた。
このままでは中の様子を窺い知ることはできない。
アスナは仕方なく力付くでその人混みを掻き分け、なんとか最前列に辿り着いた。
中を見ると、まさに両者がデッキから初手となる5枚のカードを引き抜いたところのようだ。
「そのデュエル、ちょっと待ちなさいッ!!」
息を飲んでそのデュエルの行方を見つめていた群衆の中から、アスナは有らん限りの声で中の両者ーーいや、デュエルディスクを構える小柄な少年へと呼び掛ける。
それに気付いてユウヒはへらへらと笑う。
「さっすが王都だよな、可愛い子がいっぱいだ」
デュエルフィールドの外からこちらに声を掛けているのは、掛け値なしの美人だ。自然と顔が緩む。
『鼻の下が伸びてますよぅマスター』
マナがじと目でそんなユウヒをたしなめる。
ユウヒはわりと気の多いタイプだ。
可愛い子と見れば声をかけずにはいられないらしい。
そして相手の心に入るのも上手いらしく、またモテる。
そんなユウヒにマナはこれまで何度もやきもきさせられてきた。
そして彼の言う通りさすが都会だけあって王都には垢抜けた女子が多そうだ。ざっと見回すだけでもそれは充分に分かる。
どうやらこれからも他の女の影にやきもきする日々は続きそうで、マナは大きくため息をついた。
「ちょっと! 聞いてる!? そこの貴方、私と交代しなさい!!」
アスナはへらへらしているユウヒと頭を抱えているマナを“見て”、なおもデュエルを中断させようと声を張り上げる。
「交代って言ったってなぁ。もうデュエルは始まってるんだし、無理だよ」
しかしユウヒにデュエルを譲る気はない。それはデュエリストとしてのプライドを捨てる行為だ。
その気持ちも解るアスナは仕方なくある物を取り出した。
それは警察手帳によく似たLDSの守護官であることを証明するバッジだ。
「私の名前は天上院アスナ。LDS童実野支部所属の二級守護官よ。今キミが相手にしようとしてる相手は《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》。LDSではレート6+に指定されている大物よ。キミのような一般デュエリストが戦って勝てる相手じゃないわ。悪いことは言わないから、今すぐサレンダーして私と交代なさい」
“レート6+”という数値に、群衆がざわめき出す。
“LDS”も“レート”という言葉も王都の人々にとってはすでに定着しているものだ。その数値が意味するところもなんとなく感覚で解る。
曰くーー“マジでヤバい”。
アスナのとった戦法は、自分の身分を明かしての説得。LDSの権威とエビル・デーモンのレートが示す脅威を傘に着た嫌らしいやり方だ。アスナ自身、そんなやり方はしたくはなかった。しかし彼がエビル・デーモンと戦って、取り返しのつかないことになるよりはずっとマシだ。
しかしその戦法もまたユウヒの前には無意味だった。
「LDS? なにそれ?」
LDSは王都内でのデュエル関係の事案を職務とする組織である。従って今日王都に初めて訪れたユウヒには、その存在そのものが初耳。
ユウヒがただ眉をしかめただけになってしまっても無理はない。
「え、LDSはデュエルの専門家よ! こういう時に一般人の盾になって戦うのがLDSなのッ! だからーー」
「へー、なにそれ面白そうだな! よし、じゃあ後で詳しく聞くよ。キミもちょっと待っててくれよ」
「え、ちょ、ちょっとーー!」
なおも不服を唱えそうなアスナを振り切ってユウヒはエビル・デーモンに向き直る。
『話し合いは済んだか? そろそろ待ちくたびれたわ』
悪魔(確かエビル・デーモンとか言ったか)が欠伸を噛み殺すようにゆっくりと動き出した。
「待たせたね。それにしても律儀にこっちの話が終わるまで待っててくれるなんて、意外に紳士じゃないか」
『見くびるなよ小童。儂は戦士だ。戦いの場での礼儀くらいはわきまえておるわ』
エビル・デーモンが鼻を鳴らす。
それを受けてユウヒはへらっと笑って見せた。
「そりゃ失敬。んじゃ、とっとと始めようか」
デュエルは仕切り直しだ。
ユウヒもエビル・デーモンも気持ちをデュエルへと切り替える。
デュエルにはいくつか不変的なルールが存在する。
どんな形式のデュエルでも、両デュエリストとも初期手札は5枚。これもその一つだ。
『先攻は儂がもらうぞ。良いな』
エビル・デーモンが先攻を宣言し、それにユウヒが頷くと、彼はデュエルを先に進めていく。
『まずはドローフェイズ。しかし先攻1ターン目はドローできない。よって更にスタンバイフェイズを経過しメインフェイズへと移行する』
デュエルは互いのプレイヤーが自分のターンを繰り返して闘いを進めていくターン制のバトルである。
先攻は自分の行動を阻害されるリスクが低く逆に相手を阻害する準備を先に行えるメリットはあるものの、最初のドローを行えない。逆に後攻は行動を阻害されるリスクは高いが、最初のドローを行えるため手札が1枚多い状態で闘いを始めることができる。
どちらが優位かは互いのデッキ構成により違うため一概には言えないというのがユウヒの考えだった。
自分のターンはフェイズという概念で行動が定められている。
フェイズはドローフェイズ・スタンバイフェイズ・メインフェイズ1・バトルフェイズ・メインフェイズ2・エンドフェイズの順番で進められ、エンドフェイズ終了時点でターン終了となり相手のターンへ移行される流れとなる。
これを繰り返すことでデュエルは進められていく。
ドローフェイズはその名の通り、デッキからカードをドローし手札を補充するフェイズ。先述の通り先攻1ターン目はこのフェイズにドローすることはできないが、その例外を除けば両プレイヤーとも1ターンに1度自分のターンの最初に手札を1枚増やすことができるわけだ。
スタンバイフェイズは特に何をするフェイズというわけでもないが、カードの中にはこのフェイズに発動する効果を有するカードもある。
そしてメインフェイズ。このフェイズには戦闘以外のあらゆる行動ができる。モンスターの召喚・特殊召喚、表示形式の変更、モンスター効果・魔法カード・罠カードの発動などその行動は様々だ。デュエルの戦術は主にこのフェイズと戦闘を行うことができるバトルフェイズとに集中していると言って良いだろう。
エビル・デーモンがにやりと嗤い、手札からカードを1枚選ぶと、腕が変化したデュエルディスクの端にそれを置いた。
『まずは永続魔法!《闇の二重魔法陣》を発動する!』
すると地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
六芒星を中心に、その周りを解読不能な文字列が二重に囲む形。それが淡い光を放ちながらユウヒとエビル・デーモンを納めるように広がった。
「これは…」
突然の異様にユウヒが息を吐く。
『モンスターは自分の魔力でカードを実体化させるんですよぅ。今は悪魔さんが魔力で《闇の二重魔法陣》を実体化させたんですぅ。永続魔法は強力な効果がずっと続くんですから、気をつけてねマスター』
「説明台詞サンキュー、マナ!」
今更のようなマナの助言を受けながら、ユウヒはだっと駆け出す。
その狙いは“アクションカード”だ。
アクションカードとは、アクションフィールドが発動したと同時にフィールド内に設置された各デュエリストのデッキとは無関係の特殊なカード達だ。
1ターンに1度、先にこれを見つけ出したどちらかのプレイヤーが手札に加えることができる。その効果は完全にランダムに設定されてはいるが、発動タイミングの指定もなくいつでも発動できるため非常に便利かつ強力なカードである。
このアクションカードを巡る攻防こそが、アクションデュエルの特徴であり醍醐味であると言えるだろう。
このアクションカードを手にできれば、それだけデュエルで優位に立てるのは間違いない。
エビル・デーモンが何を仕掛けてくるか分からない以上、今は少しでも自分を有利にするために動くときだ。
だがそんなユウヒの思惑をみすみす見逃すエビル・デーモンではない。
即座にエビル・デーモンは更なるカードをデュエルディスクにセットする。
『そう易々とアクションカードは取らせぬ! 儂は悪魔族のデュアルモンスター《トラッシュ・デーモン》を召喚する!』
今度は走りながらアクションカードを探すユウヒの眼前にカードが現れる。そしてそれが形を変え、悪魔の姿へと変わった。
「くっ」
悪魔はエビル・デーモンが召喚した《トラッシュ・デーモン》だ。エビル・デーモンの魔力でカードがそのイラスト通りの悪魔の姿で実体化したのだ。
《トラッシュ・デーモン》はエビル・デーモンよりは幾分小型ながら、その外見は醜悪。見ていると怖気を感じるその姿を広げて、ユウヒの前に立ち塞がった。
†
《トラッシュ・デーモン》
デュアル・効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1600/守1000
(1):このカードはフィールド・墓地にダイアルさ存在する限り、通常モンスターとして扱う。
(2):フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。デッキから悪魔族モンスター1体を選び、墓地に送る。
†
『《トラッシュ・デーモン》はデュアルモンスター。フィールドでは効果を持たぬ通常モンスターとして扱う』
エビル・デーモンが親切にもそう教えてくれるが、正直ユウヒにはそれどころではない。
この《トラッシュ・デーモン》をどうにかしなくては、動くに動けない。
「つか、デュアルモンスターって何だっけ?」
ユウヒに付いて浮遊しているマナに匙を向けてみる。
しかしマナはそんな言葉聞こえないとばかりに明後日の方向を見て口笛を吹いている。
「……お前に訊いた俺が悪かったな」
『な、なんですかぁそれぇ! 人をお馬鹿さんみたいに言わないで下さいぃ!』
イーッと白い歯を見せるマナ。
そんな夫婦漫才のようなやり取りを、アスナは顔を青ざめさせながら見ていた。
「デュアルモンスターはフィールドと墓地では効果を持たず通常モンスターとして扱うという効果を持ったモンスターのことよ! それらはフィールドで再度召喚することで効果を発揮できるようになるの!」
思わず助言してしまう。
普通、モンスターは1ターンに1度しか召喚できない。
デュアルモンスターは最初の召喚では通常モンスターとして扱い、次のターンで再度召喚することでようやくモンスター効果を得るのだ。
それに気付いたユウヒは「サンキュー、アスナ!」とひらひら手を振る。
アスナは頭を抱えたくなってきた。
本当に大丈夫なんだろうかーー。
あんなどこの馬の骨とも分からぬ二人にあのエビル・デーモンが倒せるようには、やはりどうしても思えなかった。
「つまりスロースターターってわけね」
このターンは通常モンスターとして扱うわけだからこのターン中にモンスター効果を使われる心配はないわけだ。
ユウヒはそう考え少し安心する。
しかしエビル・デーモンは嗤う。
『だが永続魔法《闇の二重魔法陣》の効果により、フィールドの闇属性デュアルモンスターは再度召喚された状態として扱われる!』
「ええッ!?」
†
《闇の二重魔法陣》
永続魔法
(1):自分フィールドの闇属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップする。
(2):自分フィールドの闇属性デュアルモンスターは再度召喚された状態として扱う。
†
デュエルモンスターにおいて、大半の悪魔族モンスターは同時に闇属性でもある。それは《トラッシュ・デーモン》も例外ではなかった。
つまり…
『《トラッシュ・デーモン》はこのターンでも効果を発動することができる』
「なるほど。これがデュアルの戦い方ってわけだ。馬鹿正直に再度召喚するんじゃなくて、他のカードでそいつを踏み倒すことを狙う。まさに悪魔のやり方っぽいね」
エビル・デーモンの笑みが深くなる。
一度は安心させておいてから落とす。その方がより不安は増す。やはり悪魔のやり方は狡猾だ。
『《トラッシュ・デーモン》のモンスター効果発動!再度召喚された《トラッシュ・デーモン》は1ターンに1度、デッキから悪魔族モンスター1体を墓地に送ることができるのだ!』
《トラッシュ・デーモン》のモンスター効果はデッキから特定のカードを墓地に送る効果。
一見何の意味もなさそうな効果だが、デュエルモンスターには墓地へ送られることでメリットを生むカードがある。そういうカードの力を能動的に発動させるための手段となるのだ。これは見た目よりもずっと強力な効果だった。
『《トラッシュ・デーモン》の効果により、儂はデッキから《トリック・デーモン》を墓地に送る!そして《トリック・デーモン》は効果で墓地に送られた場合、デッキからデーモンと名のつくカードを1枚サーチする効果を持っているのだ!』
やはりエビル・デーモンの狙いは墓地に送られると効果を発動するカードを墓地に送ることだった。
フィールドの《トラッシュ・デーモン》がエビル・デーモンのデッキからカードを1枚抜き出すとそのまま墓地へと送る。悪戯そうにケケケとユウゴを嘲笑うのも忘れない。
すると今度はその墓地から小さな女の子のような姿をしたモンスターが現れた。見た目は人間の女の子とそう大差ないが羊のように丸まった角があり、こちらを馬鹿にしたように嗤うところはやはり彼女も悪魔なのだろう。
おそらく実体化した《トリック・デーモン》と思わしきその少女がエビル・デーモンのデッキからまたカードを1枚抜き出すと、主であるエビル・デーモンにそれをうやうやしく差し出した。
《トリック・デーモン》は効果で墓地に送られることでデッキから特定のカードをサーチし手札に加える力を持つ。そのサーチ範囲は広く、“デーモン”と名に付きさえすればモンスターだろうと魔法・罠カードだろうとサーチできる非常に強力な効果と言える。
これでエビル・デーモンは手札を1枚増やすことができたわけだ。
『ちょっと!悪魔さんッ!』
そこでマナがエビル・デーモンに食って掛かる。
『デッキからサーチしたカードは相手のプレイヤーにも見せなきゃいけないルールのはずですよね!?見せなきゃルール違反で負けですよ!』
そう言えばそうだった。
ドローしたカードとは違い、サーチは特定の条件を満たしたカードを手札に加える行為であるため、それが確かに条件を満たしているか両者で確認する必要がある。
これはデュエルの公正を保つための重要なルールだった。
エビル・デーモンがギリッと歯を軋ませる。
『分かっておるわッ!小娘がァ!!』
エビル・デーモンの怒気がまるで突風のようにユウヒの身体を打つ。
ルールを正すのは良いけどマナの怖いもの知らずな行動にはハラハラさせられる。
エビル・デーモンは今まさに手札に加えようとしていたカードを翻しこちらに見せる。
「…ッ! このカードって…」
『ええ、《真紅眼の凶雷皇ーエビル・デーモン》のカードですぅ』
エビル・デーモンがサーチしたカードには、エビル・デーモンそっくりのイラストが描かれていた。翼と体躯を大きく開き、まるで咆哮しているかのような雄々しき姿。レベルは上級モンスターに相当する6。
レベル5以上の上級モンスターは召喚にフィールドのモンスターをリリースする必要がある。
このターンはすでに《トラッシュ・デーモン》を召喚しているため、出してくるなら次の奴のターンだ。
「俺のターンで《トラッシュ・デーモン》を何とかしなきゃ、次のターンには奴自身が襲ってくるわけか」
『これだけではないぞ、小童。見よ』
「?」
エビル・デーモンに示されてそちらを見ると、先程までそこにいた《トラッシュ・デーモン》がいない。
どこにーーと辺りを見渡すと、それは上空にいた。コウモリのような翼をはためかせ、こちらを見下ろしている。
『あっ!』
「どうしたマナ?」
『あ、あれ見てくださいぃ! 《トラッシュ・デーモン》の手にーー』
何かを見つけたらしいマナの言葉にそちらを注視して見るとーー
「げッ! あれはアクションカード!?」
《トラッシュ・デーモン》の手には裏に“A”の文字が描かれたカードが握られていた。紛れもなくあれはアクションカードだ。
『このターンのアクションカードは儂のものだ』
最初のアクションカードを手にしたエビル・デーモンがくつくつと笑う。
「くそ、やられた……」
《トラッシュ・デーモン》が墓地に送った《トリック・デーモン》のエフェクトに魅入っている間にアクションカードを取られてしまった。
これは完全なユウヒのミスだ。
先攻最初のターンはバトルできない。よってこのターンにLPの変動はないが、あえてこのターンに勝敗を付けるとすれば、間違いなくアクションカードの攻防に勝ったエビル・デーモンに軍配が上がるだろう。
『さらに《闇の二重魔法陣》の効果はまだある。《闇の二重魔法陣》の上に存在する儂の闇属性モンスターは攻撃力が500ポイントアップするのだ』
《トラッシュ・デーモン》/攻1600→2100
闇属性の《トラッシュ・デーモン》が《闇の二重魔法陣》の発する妖しい光を吸収し、そのオーラを増す。
攻撃力2100はレベル5程度のモンスターに相当する中々のものだ。簡単には攻略できない。
『フン…先攻1ターン目はバトルフェイズを行うことはできない。バトルフェイズ・メインフェイズ2は省略しこのまま儂のターンは終了だ』
◇エビル・デーモン(手札5・LP4000)
モンスター
トラッシュ・デーモン/攻2100
魔法・罠
闇の二重魔法陣/永続
◇ユウヒ(手札5・LP4000)
モンスター
なし
魔法・罠
なし
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Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。
ですが僕の小説ではそのデュエルまでに至る導入部が長すぎると言われます。この作品も例に漏れず…です。すいません。なるべく早く更新します。 (2016-09-05 22:45)
エビル・デーモンは前回同様に巧みにカード効果を組み合わせて、手札を減らさないようにしつつ、Aカードもしっかりとてにしていて、とても強かですね!これは、かなり苦戦を強いられそうですね。
アスナがスタイル抜群の金髪美少女になっていて、とても素晴らしいです!巨乳は最高だぜ!
ユウヒの性格も、可愛い女の子に積極的に関わろうとする所が特に魅力的ですね!これは、ユウヒがマナちゃんやアンリちゃんやアスナにパイタッチする所が楽しみですね! (2016-12-02 18:43)
アスナも元キャラに近づけた形ですね。性格もガラッと変わったので、これからどうなっていくのかな?
Pタッチはユウヒの方が可能性はありそうですね。 (2016-12-04 13:06)