突入　作：はにわ改

　
「ーー何だって……！
水花は『囮』っ？！」

透矢は刹那の言葉に耳を疑う。

何と、水花が拐われたのはここに集まるクロエたちの作戦通りであり、
刹那が水花に渡したあのペンダントの中には発信器が取り付けられているという。

そして今、その発信器の反応を追って車を走らせているのだ。

「そ、そんな……そんなことって……せ、刹那、お前！」

刹那の肩先を強く握る透矢。
刹那は責める透矢の視線から逃れるように、目を反らしている。

「ーー刹那を責めるな、遊戦名。

これは私が考案した作戦だ」

「クロエ先生が……？」

後部座席でのやり取りを聞いていたのか、クロエが口を挟む。
それは透矢の怒りがこれ以上、刹那に向かないようにするための配慮でもあった。

「ーー仕方がなかったのだ。
拐われた舞の居所を知るために、一番確実な方法が、今回の作戦なのだからな……」

更にクリスが続ける。

「な、なあ、刹那。
舞先生は確か、俺を襲った連中と同じ奴等に襲われたんだったよな？」

無言で頷く刹那。

「『黒の一団』ーー。
最近、急激に勢力を伸ばしてきたプロデュエリストを誘拐する集団。
我々はずっと奴等を追ってきたが、どうしても本拠地を突き止められずにいたのだ」

クリスが捕捉する。

「そして今回の舞の誘拐。
我々は舞を助けるために、一刻も早く奴等の本拠を突き止めなくてはならなかったーー。

……だからーー」

「み、水花を……囮に……？」

頷くクリス。
それを見た透矢は、内から感情を一気に溢れ出させる。

「そ、そんな事って！
い、いくら舞先生を助けるためとはいえ、あ、あんなまだ小さい水花を、お、囮になんて……」

ーー信じられない。
透矢はそれが人間のやることか、と頭を横に振りながら身体を震わす。

だがそんな透矢に誰一人として応えようとはしない。

「な、なんで、そんな平然としてられんだよっ！？
水花を犠牲にして、あんたら何とも思わないのかっ？！」

「犠牲になどしない！
舞も水花も必ず助ける。
だからこうして、我らが今、力を合わせて事に当たろうとしているんだ」

「んな事言ったって、もし、水花の身に何かあったら、あんたら責任取れんのかっ！？」

「ーー透矢くんっ！」

感情的に、クリスの襟元に掴み掛かる透矢。
刹那と久遠が同時にその名を呼ぶ。

『ーー離せ』

ーー更に。
反射的にシェリルが懐から取り出した銃を透矢のこめかみに突き付ける。
透矢は相手の英語をニュアンスで理解するが、銃を突き付けられても真っ向からシェリルと睨み合う。

「ーー止せ、シェリル。
銃をしまえ」

「……Ｙｅｓ，ｓｉｒ」

クリスの指示に従い、すぐに銃を元通りしまうシェリル。

「透矢くん。
君の気持ちは分かる。
だが私たちとて、思いは同じなのだ」

「ぐ……ぐぐっ！」

「ーー手を、離してくれ」

「……透矢くん」

クリスからは手を下さず、透矢が手を離してくれるのをじっと待つ。
すぐには透矢の握る手から力は抜けないが、刹那に促されるように背中に手を置かれると、ようやく手を離した。

「（透矢……くん）」

心中、未だ穏やかでない透矢。
その様を久遠は食い入るように見つめていた。

「ーー本当に……本当に、他に方法は無かったんですか」

「ーー模索する時間が限られていた。
舞が拐われて既に２日以上が過ぎている。
仮に飲まず食わずの状態に晒されているとしたら、体力的にも限界、というところだろう」

「でも……でも、水花がーー。
あいつは何も知らないのに……っ！」

クロエが質問に答えると、透矢が腿をかきむしるように指に力を込めながら、背中を震わす。
その震えを押さえるかのように、刹那は仕切りに透矢の背中を擦り続けた。

「ーーてことは、あのアラスカ・アカデミアの連中は、奴らの手先だった、という事ですか？」

「ああ。
それは初日から調べがついていた。
本当ならばタイミングを見計らって、捕らえるはずだったが、
舞の事が重なってしまったからな」

「でも、でも……やっぱり納得いかないですよっ！
どうして水花なんですか！
誰かを……その、囮にする、って言ってもよりによってーー」

「なら、遊戦名。
誰が囮だったら納得する？」

「あ……っ」

クロエのその一言に言葉を詰まらせる透矢。

「水花の代わりに、刹那を、あるいは久遠を囮にしていたら、お前は納得したか？」

「ーー先生っ！」

そんな言い方はない、と刹那がクロエの背中を激しく非難する眼差しで睨んだ。

「ーーふん。
まぁ、刹那や久遠では囮の価値はないがな。
奴らは水花だったからこそ、あの状況で動いたのだ」

「水花、だから……？」

クロエの発言はどうあれ、透矢はその部分に着目する。
すると刹那が呼び掛けるように透矢の肩に手を置いた。

「ーー透矢くん、覚えてる？
いつか、水花の過去の事を話した事があったでしょ？」

「あ、ああ……。
確か水花が本当にまだ小さいとき、誰かに襲われてーー」

透矢はもちろん覚えていた。

ーー水花の過去。
６年前、当時３歳だった水花は、両親共々、突然行方不明となる。
懸命な捜索の末、水花は奇跡的に保護されたが、両親はその時に亡くしたのだ。
その過去が、普段の水花に感情の起伏を無くさせてしまった理由でもある。

「その事に、『黒の一団』が関わっている可能性が高いの」

「ええっ！？」

「確証はないわ。

でも、その可能性が高いと考えて、水花は今日まで私たち神楽坂家が保護してきたの」

刹那が示唆した可能性。
だとするなら、水花の両親は『黒の一団』によって亡き者にされたというのかーー。
到底するりと飲み込むなど出来ないその内容に、透矢の呼吸が一瞬止まる。

「そ、それじゃ、そいつらは、水花を狙ってた、っていう事か？」

「……うん」

確証はない、とは言ったが、
今回アラスカ校を名乗る連中が取った行動を見れば、それは当たっている、に近いのだろう。

「何でだ？
何で、水花が狙われなくちゃならないんだっ！？」

「ーー分からない。

それをはっきりさせるためにも……今日、決着をつけないと」

「決着を……つける」

「うん……」

話す透矢と刹那。

その会話を聞いていたクロエが、小さく鼻を鳴らす。

「（刹那め……『分からない』、だと？
あいつも中々どうして、真実に嘘を交えるのが得意なようだな）」

一同に気付かれないよう、ほくそ笑むクロエ。
そんな矢先、彼女がずっと見ていたＰＣの中の地図。
そこに表示されていた、水花の発信器を指し示す赤い光の反応が突如、消失した。

「ーーむ、感付かれたか。

ーー急げ。
もたもたしていては手遅れになる」

「はい」

クロエが急かし、運転手が更にアクセルを強く踏み込む。
透矢が一同から事情を聞いている間にも、車は確実に目的地へと近付いていた。

ーーそして。



ーーそれから十数分後、透矢たちを乗せた車が現地に到着した。
そこは錆びた鉄橋が掛けられたとある場所。
下には川が流れており、その両側を舗装されたコンクリートの壁と、わずかな足場が見える。

その場には既に、迷彩服を着用した数十人にもなる人員が周りに配備されており、ここに続くいくつかの道路にはバリケードが設けられて、一種の封鎖がなされていた。

車から降りた透矢たちは、クロエを先頭に橋の下の川を挟む、狭い足場へと下り立ち、
そしてそのまま付いていくと、そこには街の地面の下を通っていると思われる、水路への入り口があった。

入り口からは、暗がりのその水路の全容を見る事は出来ないが、
苔に汚れた足場と鼻を曲げるすえた臭いが漂ってくる。

「ここは……？」

「もう何年も使われていない用水路だ。
不良やギャングの溜まり場になっているとも聞いていたがーー。

まさか、こんなところに潜んでいたとはな」

透矢の質問に答えたクロエ。

そして入り口に配備されていた１人の女性士官にクロエが近付くと、互いに右の額に手を当てて、敬礼のやり取りを交わす。

「ーーご苦労。
ここ以外の出入口は既に封鎖したか」

「入り口はここだけです。
ここ以外の入り口は、既に人間が出入り出来ない状態のようです」

「ーーよし、全員を集合させろ。
すぐに突入を開始する」

「了解しました！」

クロエが指示を下し、その時間が通信機を用いて伝令を与える。
すると周りの人員が慌ただしく動き、素早くクロエの周りに集結する。

「ーー諸君っ！
ようやく、この国に巣くう毒虫たちを一掃する時が来た！
各自、各々己の任務を全うし、敵を一人残さず撃滅せよ！」

『ーーＹｅs，sｉr！！』

クロエの声に、集まった数十人の人員が一斉に返事する。
それは正に、統率の取れた小隊である。

「く、クロエ先生、って一体……。
俺たちのアカデミアの、理事長、じゃないのか？」

「そうよ。
そしてこれがクロエ先生のもう１つの顔なの」

透矢の問いかけに答える刹那。

初めて出会ったときは一教諭を名乗ったクロエ。
それが実は理事長であり、そして今ーー。

クロエの持つ、その顔の多さを知った瞬間であった。

「ーーていうか、お前もだよ、刹那。
お前もただのデュエル・アカデミア生徒、って訳じゃなかったんだな？」

「うーん、まぁ、それはおいおい話すからさ」

世界有数の大企業の娘にして、デュエル・アカデミア日本校の生徒会長。
それに加えて今の立場ーー。

刹那は誤魔化したが、やはりクロエと同じく多種の顔があるようだ。

「ーーさて、透矢くん。
ここからは我々の管轄だ。
君は車で我々の帰りを待っていてくれ」

「お、俺も行かせてくださいっ！
ここまで来て、ただ待ってるなんて出来ません！」

「ーー駄目だ。
奴らは君が考えているような甘い敵ではない！
一歩間違えれば、命を落としかねないのだぞ！」

クリスが透矢に言うが、それでも彼は退かない。

「水花を……助けたいんです！
きっとあいつ……俺たちの助けを待っているはずなんです」

「分かっている！
だから、私たちがーー」

「たとえ反対されても、俺も行きますっ！
俺、絶対に退きませんから！」

「やれやれ……だから、連れてくるなと言ったんだ。

ーー刹那、どうするつもりだ」

聞き分けない透矢に、肩を竦めるクリス。
対処を投げられた刹那はーー。

「いいえ、彼も連れていきます」

「ーー刹那！」

「さっきも言ったように、彼には『力』があります。
きっと……私たちが想像している以上の戦力になってくれるはずです」

元々、透矢を連れてきたのはこの刹那。
その刹那が透矢の肩を持つのは、考えてみれば当たり前の事だった。

「ーーいいだろう、刹那。
お前のその勘、とやらを信じてやる」

「ーークロエ！」

「ーーただし、遊戦名。
お前も分かっていると思うが、人命が懸かった作戦だ。
足手まといになるようなら、容赦なく置いていく。
参加する以上は、お前も駒の１つに過ぎないと、念頭に置いておけ」

「ーーはい！」

「ふ……いい返事だ」

クロエもクリスの予想を裏切り、透矢の参戦を認めた。

ーーそうしていよいよ、敵の本拠への突入が開始される。
中で囚われているであろう、舞、そして水花を救うために。

光届かない闇の道。
中では闇の洗礼を受けた者が待ち受けている。

ーーそしてその先にいる、一団を統べる存在の正体とはーー。

まだ見ぬ真実の全てを知るために、透矢も刹那たちと共に、今、足を踏み入れるのだった。