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短編1 永劫の出会い 作:黒壱(クロイツ)
「うぐぐ、ファラとはぐれてしまったのです……」
見渡せば人、人、人。自分より背の高い雑踏に囲まれて、クリムは途方に暮れていた。
辺境伯領内の財政監査に同行したクリムは、業務を終えた後に部下のファラと街に繰り出したのだが、初めて目にした品物に気を取られてはぐれてしまったのだ。
「こ、こういう時は動かない方が良いと聞いたのです。ファラの背の高さならきっと見つけてくれるはず……はず、なのです」
俄かに自信が無くなる。ファラは槍の遣い手として非常に頼りになる女性なのだが、いささか物事を深く考えなかったり、その場の思いつきで行動したりする、いわゆるアホの子であるからだ。
「とにかく、衛兵の詰め所に行けばファラを探して貰えるのです。この際、護衛をすっぽかしてファラの方が迷ったことにするのです……」
自分のことは棚に上げてクリムは黒く笑い、人の少ない動きやすい道に歩を進めた。
と、その時。
「ようお嬢ちゃん、ひょっとして迷子かい?」
「誰が迷子なのです!?」
噛み付くように振り返ると、いつの間に湧いて出たのかチンピラめいた容貌の男たちが、下卑た笑みを浮かべて立っていた。身なりの良い少女を見かけて、拐かそうとでも考えたのだろうか。
クリムは露骨に顔をしかめて、さりげなく周囲を確認する。
人数は5人、半包囲だ。少し厳しい状況と言える。
意を決して、クリムは口を開いた。
「きゃーっ、変態! 変態なのです! 小児性愛者の変態たちに襲われているのです!」
「な、何ぃっ!?」
何の躊躇いもなく叫び出したクリムに、男たちは慌てて周囲を見回す。
(今なのです!)
脱兎のごとく走り出す。
2秒で襟首を掴まれた。
「うきゅ!?」
「このガキっ!」
自身の身体能力を見誤ったようだ。
せめて一矢報いようと腕を振り回すが、当たる距離ではない。あわや紅蓮姫虜囚となるか、と思われたその瞬間、新たな声が投げかけられた。
「……叫びを聞いて駆け付けてみれば、何ともありふれた展開だね?」
男たちが振り向く。クリムも、襟を引きずられたまま苦労してそちらに顔を向ける。
ーー闇が佇んでいた。
昼間であるというのに、そこだけ夜を切り取ったかのような黒服。路地の影に、その人物は溶けるように立っていた。
背はすらりと影法師のように高い。しかしその白い面立ちは若く、まだ少年と言って良いほどの中性的な美しさがあった。
「あぁ? 坊さんが俺らみたいな浮世モンに絡むんじゃねーよ」
男の一人が凄む。
確かに、影から現れた少年は聖夜教の修道服を着ている。だが、その気配はただの僧侶には到底見えなかった。
「まだ修業中の身なんだ。小さな女の子が誘拐されそうになっているのを見過ごせるほど、世の無情を悟ってはいないよ」
(それを言うなら無常なのです。後、誰が小さな女の子なのですか)
少年の言葉にクリムは内心で突っ込む。
もしかして、彼は自分を助けに来たのだろうか。あんな細い身体で、この屈強な無頼共を出し抜けるわけがない。
クリムは宗教家が嫌いだったが、前途有望な若者があたら身を危険に晒すのは我慢ならなかった。
「逃げるのです。私は自分で何とかできるのです!」
叫んでジタバタともがく。
「どう見ても何とかできそうにないんだけど、君」
苦笑して、少年は近づく。
男たちもその無防備な様子に油断したのか、にやつく笑みを深くして少年を囲む。クリムを捕まえている一人を残し、全員が若き無謀な少年に身の程を知らしめようと拳を鳴らした。
「っ、」
少年が叩き伏せられる様を想像して、思わず目を背けたクリムは、その光景を見逃した。……もちろん見ていたとしても、武人ではないクリムの目で捉えられたかは甚だ疑問だが。
どさどさ、と音がして、不意に訪れた静けさを訝しみ、クリムは恐る恐る顔を上げた。
「ふぇ……?」
少年の周囲を囲んでいた男たちが、残らず地面に転がっている。
「な、な、な」
クリムを捕まえていた最後の一人が、喘ぐように声を漏らし、自分しかその場に残っていないことに気付くや否や、クリムを放り出して逃走に移った。
少年も殊更追うつもりもないのか、苦笑して尻餅をついたクリムに手を差し伸べた。
「立てるかい、お嬢さん」
「貴方は、一体……?」
クリムは警戒も露わに少年を睨む。
「一体も何も、ただの修業僧だよ。名前はノエル」
そう言って少年ーーノエルは柔らかく微笑んだ。青白い肌はホクロひとつ無く、鼻筋は凛々しく整っている。常識的に評すれば、息を呑むほどの美形である。
「……クリムなのです。私に恩を売って、どうしようと言うのです?」
「何だか心外な対応をされている気がするね。別にどうもしやしないさ。世に不徳あれば正すのは当然のこと。まぁ、個人的にああいう手合いが嫌いだから、というのもあるね。か弱い女の子を拐かそうと考える輩は須らく滅ぶべきだ」
ちらり、と倒れ伏したままの男たちを見やる。死んではいないようだが、一向に目を覚まさない。何をされたのだろう。
「ご立派な姿勢なのです。王子様気取りなのですか?」
「王子様……うーん。いや、まぁ。……えー」
ノエルは微妙な顔をした。
クリムは訝しみながら、
「とりあえず、助けて下さりありがとうございました、なのです。とりあえずなのですが」
「うーん、警戒してるね。まぁ仕方ないかな、怪しさにかけては結構な自信があるから」
「その自負に必要とされるエネルギーを、何か別のもっと有意なことに向けるべきだと思うのですが」
クリムは溜息をジト目でノエルに突っ込む。
「それで、クリム」ノエルは再び微笑んだ。「場所を移さないか? 逃げた奴が援軍を連れて報復に来るかもしれない」
「それについては同意なのですが、何故貴方が同道することを前提にしているのです?」
「親御さんと逸れたんだろう? 道がわかるところまで送るよ」
「色々誤解があるのです!」
「手助けはいらなかった?」
「……申し出はありがたいので、お願いするのです」
クリムはがっくりと肩を落とした。
※
「……なるほど、ノエルはこの街の教会に派遣されてきたのですね」
道を歩きながら、少年から情報を収集する。
聖夜教国は紅蓮王国と緊張関係にあるものの、布教そのものは禁止していない。重要な外交カードであると同時に、彼らを泳がせることで教国の動きを監視できる、というのも理由の一つだ。
その教会に派遣されてきた新人。マークしておくべき人物かも知れない。
「そう。……ところでこの街は随分賑やかだね、僕の国とは大違いだ」
「辺境伯領は首都スカーレットほどではないのですが、商業がかなり発達しているのです。特に、南東にある島国ウェイルズとの貿易で潤っているのですよ」
海洋国家ウェイルズは重商主義で知られる経済大国だ。様々な場所へと商船を派遣し、大陸中の経済に関与している。
北東にはまた別の島国であるヤマタニ皇国が存在するが、こちらは現在鎖国状態にあり内情は不明な点が多い。
紅蓮王国は様々な国に囲まれているが、敵対した国を幾つも併呑してきたその軍事力は周辺国から十二分に恐れられている。だが現在王国は拡大政策に見切りをつけており、そこからどう外交を展開していくかは、クリムたち官僚の腕の見せどころだ。
「教国には海が無いから、この風の匂いも新鮮だなぁ。……それにしても、クリムは随分頭が良いんだね。感心したよ」
「ふふ、もっと褒めてくれても良いのですよ?」
無い胸を張ってドヤ顔をする。
「勉強してるんだ? 偉いねぇ」
「な、何だか馬鹿にされてる気がしてくるのです」
「そんなこと無いさ」ノエルは至極真面目な顔をして言った。「努力する子は好きだよ」
「……っ!?」
臆面も無くそんな言葉を口にするノエルに、クリムは思わず口許を引きつらせた。動揺のせいか、すれ違う人にぶつかって謝る羽目になった。まったく、何を言うのかこの男は。
「大丈夫? 逸れないよう手を繋ごうか?」
「え、遠慮するのです。そこまで幼くないのです」
「ん、そう? クリムって何歳なの?」
「今年14になったところなのです」
「同い年、だと……」
ノエルが初めて愕然とした。意表を突けたのは良いのだが、妙に釈然としない。
「ま、まぁでも心配だから。どうぞこちらへ、レディ」
「む」
手を取られる。白い手袋に包まれた指先は驚くほど冷たい。しかし、不快さを感じさせない優しさを備えていた。
「く、苦しゅうないのです」
「うん。何か違うと思う」
「……よしなに」
変な気分だと、クリムは思った。顔が赤くなってたりしないだろうか?
※
衛兵の詰め所に近付くと、見覚えのある赤い髪が落ち着き無くあたりを見回しているのが見えた。背が高いせいで、頭一つ分目立っている。
「あ、ファラ」
「知り合い?」
「まぁ……」
「あ!」向こうがこちらに気付く。ポニーテールがぴょこんと跳ねた。「姫様ああああっ!」
突進してきた女性の顔面を押し退けようとするも、膂力の差は如何ともし難く、身体ごと持ち上げられてぐいぐい頬擦りされる。
「んもおぉっ、どこに行ってらしたんですか姫様心配したんですよぅ! このままじゃ従者失格で馘になるんじゃないかって!」
「保身オンリーなのです!? っていうか痛いのです放すのです!」
「ああああぁ、お? そちらの方は?」
ファラがノエルに顔を向けた。
目の前で繰り広げられた奇行にどん引きしていた彼は、はたと我に返ったようで引き攣った笑顔を浮かべた。
「えーと、何はともあれ知り合いに合流できて良かったよ。じゃあ僕はこれで」
「あっ、ノエル!」クリムがファラの抱擁から抜け出して叫ぶ。「何かお礼をしたいのです」
「良いよ、そんなの。見返りは求めないのが僕らの教えでね。……君たちにも、主の御加護があらんことを」
それ以上何を言う暇もなく、彼は踵を返した。その背中が一瞬にして人混みに消えると、ファラが妙に真剣な顔をしてクリムに尋ねた。
「何者です?」
「えーと、守ってくれて助けてくれた人、なのですが」
「只者じゃないですよ。死人みたいな気配がしました」
「死人って……まさかぁ、なのです」
聖夜教国は死人で構成された特殊部隊を保持していると言われている。
【絶鳴騎士団】と呼ばれる彼らは、秘術ーー彼ら曰く、神の御業らしいーーによって生きながらにして死者の骸で作り上げた武具と融合し、死すら生温い任務を遂行するという。
あの優しい手をした少年が、そんな恐ろしい組織の一員だと言うのだろうか。
「……敵の工作員だったなんて、考えたくはないのです。確かに変な男ではあったのですが」
「え? 今の子、殿方の格好でしたけど女の子ですよ」
クリムは沈黙した。
「……は?」
「いえ、ですから。腰の形とか匂いとか、完全に女の子でした」
クリムは絶句したまま、少年ーーではなく少女の消えた方に目をやった。みるみるうちに顔が赤くなる。
「だ、騙されたのです!」
ときめきを返せ! とクリムの憤慨が街の雑踏に響いて消えた。ノエルの耳にそれが届いたかは定かではない。
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ほぼ同タイミングに更新されたのをお見掛けてして初めてコメントさせて頂きました。
文章が台本形式ではなく、また台詞以外の描写もしっかり描かれていたので脳内でクリムやノエルといった登場人物の表情や心境がすんなり入ってきました。特にクリムは口調が某艦隊ブラウザゲームの駆逐艦みたいだったので絵が無くてもどんな子かわかりやすかったですw
不定期掲載とあったので、どこまで続けられるのかはわかりませんが、今後もこのストーリーを継続して読んでいきたいなぁ、と思いました。
あと設定やオリカ掲示板、あらすじなどを確認させていただいたのですが、こちらの登場キャラは全てオリカの中にあるモンスターたち、ということで宜しいのでしょうか? (2015-11-01 02:14)
初めまして、夜分遅くまでお疲れ様です。
登場人物は全てオリカのモンスターです。まぁクリムの性格は某雷電姉妹の末妹に比べると随分底意地の悪い娘になっちゃいましたが、当初のモデルは彼女です。(笑)
この永劫戦記は同じ世界観を共有する私のオリカの背景設定のようなものなので、ssはたまにしか掲載できないとは思いますが、お楽しみ頂けたら幸いです。
今後共よろしくなのです!(≧∇≦) (2015-11-01 02:51)
いやー、やっぱり黒壱さんのストーリーは面白いです。私もこんな感じのssを書きたいんですけれど、すでに2作同時掲載状態だからなぁ……いつかは書くつもりなので、その参考にさせてもらいます!
光芒さんもおっしゃっていますが、非常に分かりやすい描写で……三人称視点(合ってますよね?)のssは憧れるものではありますが、私が書くとどうしてもキャラクターからの視点になってしまうんですよね…… (2015-11-01 10:10)
クリムみたいに頭が良くてしかし隙だらけ、というキャラは使いやすいので好きです。
三人称視点のコツは、視点の中立を維持しつつも一人の思考を基準にして構成することだと思います。TPSみたいな感じなのではと思いますが、やったこと無いので何とも。
三人称視点の面白さは、キャラの思考と地の文による冷静な表現の落差にあるのかと。表現の参考になったら幸いです。 (2015-11-01 10:38)