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Episode3 【海皇の后!】 作:雷音@菅野獅龍
私は生きる価値がある生き物だろうか。
私が生きる意味などあるのだろうか。
誰かを殺し、そして自分勝手な解釈でのうのうと生に齧りついて――なのにこうして死んでしまえばいいと思っている。生きる事も死ぬ事も中途半端な人間。何て、無様な姿だろう。
私は、私の後頭部の視線から私を見ていた。眼球が空を飛んでいるわけでなく、意識の様なものが何処か違うところへ飛んでいるようで、第三者の目線で私を見る。
適当なモンスターを守備に回し、それを焔という長い赤髪の男が一網打尽にする。その様子は初めから苛々としていて、ストレスの解消にもなっていない様だ。
どの道負ける。墓地は下級モンスターで肥えたがしかし、もう手札には魔法カードしかない。ライフもわずか1000。もう充分に頑張った「演技」はしたと思う。中途半端な人間なら中途半端に、このまま負けてしまえば楽だろう。俺のターンとなった。カードをドローせず、サレンダーをしようとデッキホルダーの横のボタンを押そうとする。焔という男はやっと終わったと清々した様な顔で、石ころを見るような目で俺を見た。
―――諦めるな。
一瞬、脳裏にそんな声が聞こえた。幻聴かと思った瞬間、世界が蒼く蒼く塗りつぶされた。
彼は落ちていく。いや、溺れていく。深い深い海の底へ。王の待つ美しい王城へ沈む。何も着ず、彼は裸で、王城へと導かれる。アトランティスが見えてから、ようやく海の中に居る事に気がついた。
彼に何かが絡みついた。大きな青い鱗が見える。尾の様だった。彼が正体を知るべく視線を上に動かす。そこには、愛しく、そして厳しく諭す様な紅眼(あかめ)をした海皇が―――ポセイドラが居た。
「……ポセイ、ドラ」
「諦めるな、璃雄」
彼らは静かに沈んでいく。深海の底へと、ゆっくりと。彼は頚を振ってこう答えた。
「もう、私には、出来ない」
「お前には出来る」
「いや、もう駄目なんだ。体が動かない。骨の芯まで焼けている。もう―――立ちたくない」
吐き出たのはただの泣き言だった。彼が言いたい事なんてもっと他に幾らでもあった。どうして貴方が此処にいるのかとか、自分はどうなったんだとか……なのに、一番初めに出たのは後悔の言葉。
本当なら助けられた命。本当なら自分が受け持つ筈だった死。その両方の責任が、彼にのしかかっていた。
彼はとても中途半端だった。今まで、そして今現在も。中途半端な覚悟しかせず、決闘の場に立ち、負ける手前で尻込みして降伏を示す白旗を振ろうとした。
判っていた。本当は何もかも。ただ判らないでいれば―――カマトトぶって泣いていれば、きっと誰かが助けてくれる筈だって。でもそんなわけは無い。現実は常に非情で、自分を救ってくれる時なんて本当に少ない。彼はそう嘆く。
「……否。それは過ちだ」
海皇はそれを嗜めた。
「勿論、お前は家族連れを乗せた車に撥ねられる瞬間に、我を呼び出し、車両を破壊させた。それは覚えておろう」
璃雄は―――震えた様子で小さく頷いて、俯いた。
「そうなったのはお前の安全確認の不備が原因だ。……まあ一応、相手側にも多少非はあれど、お前のそれよりも到底軽い罪だ」
底へ着いた。璃雄の膝がゆっくりと落ちて、地に付く。絶望した様な目で、彼は地面をぼうっと見つめた。
「だが我にとっては、だからどうなのだという事なのだがな」
「え?」
予想外の言葉に、璃雄は顔を上げた。そこには、雄々しくも美しい、本物の皇の姿があった。ポセイドラは言う。
「我は召喚されなければただのカードに過ぎん。今のこの姿では、な。……だがお前は、その我に救いを求めた。ただ一度強く『助けろ』という声を。
だからこそ我はお前を救ったのだ。故にお前は死んではならぬ。何故なら、助けた我にその命の決定権はあるからだ。皇に貴様の後始末を押し付けた罪は重いぞ?」
璃雄はぽかんとしたままそれを聞いていた。つまりポセイドラは、「生かした命を大切に使え」と言っているのだ。変な言い回しで、挑発しているのかと勘違いしそうなのだが、単純に海皇がそういう言い回しが好きなだけだろう。
「それに―――お前はどうにも面白いからな。我々も好いているのだよ」
海皇の姿が揺らめいた。海の中に居るからなのだろうか。海皇が璃雄から離れて、王城へと顔を向けた。すると、淡い青色が彼の隣で揺らめく。人型の様だか、どうにも見切れない。溜息をつく様に深呼吸をして、ポセイドラは璃雄に振り向いて、笑った。
「―――俺はあっちで待ってるぜ。もう今日は動けそうに無い。だからさ、代役を用意したぜ。……じゃあな、勝てよ、璃雄」
海皇の笑みを最後に、海底は黒い渦を巻いて璃雄の視界を奪った。まるで身を引き裂かれるかの様に彼は渦に飲まれて、海底より浮上した。
7ターン目―ドローフェイズ
璃雄LP1200 手札4
フィールド 無し
焔LP5000 手札0
リバース1 強者の苦痛1
アグニクス1
アグニクス「ゴギュァァァアアア!」
アグニクスの咆哮によって璃雄の意識は完全に蘇った。そこは先程と同じ様な大会の会場だった。周りにギャラリーがいて、目の前に炎の神が存在し、手札にはミズチが二枚と、焔が発動した魔法によってドローした「海皇の咆哮」とアトランティスがあるという危機的状況。
あれは夢だったのだろうか。いや、夢ではない。その証拠に―――この折れて燃え尽きたと思った心が、今もう一度蘇っているではないか。璃雄は自らの掌を広げて、握る。もう大丈夫。もう迷う事は無い。もう迷って等いられない。璃雄は再度決心した。彼女(牧場)のために優勝しよう。目の前の敵を打破しよう。忘れたのか、彼女のあの悲しそうな顔を。彼女は応援してくれていただろう、身勝手なこの自分を。―――なら全身全霊を使って、それに報いなければならない―――!
璃雄はサレンダーボタンから手を離し、デッキトップに指先を置いた。
焔(―――雰囲気が、変わった?)
焔は璃雄の鋭い眼光を見て思った。あれは何処かで見たことがある、と。
不思議と、彼はその敵視に「つまらない」と思いはしなかった。寧ろ逆で―――やるならこい、という対抗感すら覚えた。
璃雄「俺の……私のターン……」
デッキに置いた指先に力を込める。次のドローがラスト・チャンスだ。どの道このドローでキーカードを引けなければ俺は負ける。緊張した顔で璃雄はデッキトップを見つめる。それをギャラリーから、竜輝と牧場も見守っていた。
刹那、ひんやりとする感覚が璃雄を襲い、脳裏にあの海の都が見えた。そこに佇む一人の女性。何処か懐かしい思いすらも感じさせるその人は直ぐに消え、幻想となって消えた。
だがそれで、ドローへと恐怖も薄れた。璃雄は、再び魂を点火した。
璃雄「ドロー!」
デッキ・ホルダーから真横に向かって璃雄はカードを引く。その目は真っ直ぐに焔を突き刺すかの様に見据えていた。そしてゆっくりと璃雄はドローカードを見ると、顔には出さずに驚愕した。
それは、自分のデッキには入れていなかった筈のカード。というよりも、全然知らないカードだった。見たことも、聞いたことも無いカード。だが、今はこのカードにかけるしかない。彼はそう思い、手札の魔法を発動した。
璃雄「私は伝説の都 アトランティスを発動する!」
フィールドカードゾーンにカードをセットすると、ごぼごぼという水の溢れる音と大量の泡で二人の視界と周りが遮られる。そして、泡が全て解けきる頃には、璃雄の後ろのはるか遠くに、伝説の王都がその姿を見せていた。
アグニクスは炎属性の為か、少し息苦しそうに羽をばたつかせる。焔はそれに目もくれず、一心に璃雄に狙いを定めていた。
璃雄「更に速攻魔法発動! 海皇の咆哮!」
宣言すると、王都より青い龍が―――ポセイドラがその姿を現した。その両隣には御付の従者である竜騎隊が一体ずつ。そして海皇が海の果てまで届く様に咆哮を轟かせた。雄々しい海皇の咆哮を聞きつけ、海皇とその従者の変わりとし、墓地から三体の「海皇のものたち」が呼び寄せられた。
璃雄「海皇の咆哮により、深海に沈んだしもべ達を再度呼び寄せる! 出でよ、重装兵、狙撃兵、突撃兵―――!」
身を二つの盾で守りしもの、自身と同等ほどの大きさのスナイパーライフルを掲げるもの、前線に立ち、仲間との絆により力を増幅する、気高き剣士が璃雄の場に現れた。
焔「レベル3以下の水属性が三体……」
璃雄「しかし、このターン俺は特殊召喚できない」
海皇の咆哮は、その大量召還の代償にそれ以上は特殊召喚を制限されるというデメリットがあった。それを聞いて、焔の口角がわざとらしくも上がった。「ならば安心だ」とでも言うかの様だった。
だが――焔の読みは外れていた。璃雄の狙いはそこではない。
璃雄「だが俺はこのターン―――まだ『通常召喚』を行っていない。……ってね」
少し臭かったかと璃雄は笑う。過去にビデオで見た、『王者』の姿の真似を一度でも真似たかったという思いからそんな事を口走ってしまった。
剣の切っ先の様な鋭い視線が彼を貫く。源は焔からだった。焔も覚えていた。その言葉が、過去に存在した決闘者、いや―――ゲームの神の言葉という事を。
しかし、焔は同時に驚いていた。特殊召喚が出来ないという事は、ポセイドラはおろか、エクストラデッキからモンスターを召喚できないということ。更に言えば、通常召喚できるからと言って、この状況でアグニクスの攻撃力を超えるモンスターは殆どいない。あっても『神』と呼ばれしモンスターぐらいだ。ポセイドラであっても、強者の苦痛により攻撃力がダウンされる為だ。尚言えば、自分の伏せカードは《炎王炎環》であり、アグニクスは効果で破壊されたターンの終わりに自身を除外することで、炎王の大量召喚が行える。そうなれば―――確実に次のターンで終わる。そう焔は思っていた。
璃雄「―――焔、だったっけか。お前、今どう思っている?」
焔「何……?」
璃雄「俺は、正直震えてる。このまま勝ってもいいのかと思っている」
焔「……それは自惚れか?」
璃雄「いや。この先の、確実な未来だ」
焔は璃雄の言っている意味がわからなかった。それよりも、璃雄の雰囲気が変化していることに戸惑いを覚えた。
その場に、璃雄と焔しかいない様に、静寂が訪れる。いや、実際そうだった。ポセイドラが手を回したのか、周りには誰一人として人は存在しなかった。しかし、焔はそれに未だ気付かない。
璃雄「……私は、人殺しなんだ」
焔「……何?」
璃雄「言葉通りなんだ。昨日……車に乗った家族を、愛すべきカードの力で」
焔「……」
璃雄「正直怖い。このままお前に勝ったら、私は、私はどうにかなってしまいそうになる。私は人の命なんてどうでもいいと思えてしまう。それが怖い」
璃雄は呟くように、焔に視線を交わさず言った。
璃雄「だけど―――この決闘には、勝つ。何故なら―――それがせめてもの贖罪だからだ」
焔「……与太話は終わりか? 面倒くせえ、早くお前のターンを終わらせろ、クソが」
焔は璃雄の告白を与太話と切り捨てた。普通に考えてカードの力だのといわれても、理解しようにもできないから当然であろう。璃雄はそっと自嘲した。何を自分は言っているのだろうと。そんな事を言った所で、何が変わるのだと。何も変わらないと判っているのに、どうして、と。
青い光が、璃雄の手札の中で光る。早く呼べ、そう言っているかのような輝きだった。
璃雄「―――焔。終わらせるのは俺のターンじゃない」
焔「……ほう?」
璃雄「それは―――この、決闘だ!!」
璃雄は焔にそう吼えた。まるで野獣の如きそれは、一瞬焔を驚かせる程であった。勝利(エサ)を目の前にした決闘者(ケダモノ)は、手札のカードを天上に翳し、生贄を束ねる宣言をする。
璃雄「俺は場の3体の従者を皇后への生贄とする! 現れよ、偉大なる王の后よ! 深海に眠りし汝の下僕を従えて、神をも超越した海の雄々しさを今こそ示せ!」
海皇の従者らが一瞬にして波に飲まれ、深海へと姿を消していく。そして場には、大きな海流の渦が現れ、炎王を威嚇する。
そして璃雄は高らかに、その皇后の名を口にする。
璃雄「青海上昇! 海皇后、アンフィ―――トリア―――っ!!」
焔の視界が暗転する。そして、体全身が上昇する感覚が襲う。目を開けた先には、雄大なる大海原の姿があり、自分は海面に立っている様だ。そして、目先の敵の場には、見た事が無いモンスターがいた。
ドレスと鎧を足した様な青い服に、額部分を覆うサークレットを装着していて、どれも青を基準とした、王族に相応しい様で戦士の如き気高さの両方を兼ね備えたものを身に着けていた。名の通り、それは女性型のモンスターである。しっかりと焔とアグニクスを見据えた翡翠の目が、本当の宝石の様に輝いた。
そのソリッドヴィジョンとは思えぬ美しさに焔は一瞬心を奪われ、ごくんとつばを飲み込む。しかし即座に現状を思い出し、正気に戻った。
焔「く……しかし、そのモンスターがどんな攻撃力を持っていようが……強者の苦痛により、攻撃力が下がる!」
璃雄「アンフィトリアの効果! このカードの攻撃力は、墓地の海皇の枚数×1000となる! よって―――攻撃力のアップorダウンは不発! 墓地の海皇の数は重装兵・狙撃兵がそれぞれ3枚、突撃兵、竜騎隊が2枚ずつ、そしてトライドン及び―――ポセイドラが1体! 合計……12枚! 攻撃力……12000!」
焔「い、一万……二千!?」
璃雄「そして手札の装備魔法……海皇の三叉槍を発動! これにより、俺のモンスターはレベルの数だけ攻撃宣言が可能!」
《海皇の三叉槍》
装備魔法
このカードは「海皇」モンスターのみ装備可能。
①:装備モンスターの攻守は300ポイントアップする。
②:装備モンスターが攻撃宣言する場合、発動できる。そのモンスターのレベルの数だけ攻撃する。
アンフィトリアの手に黄金に輝く槍が現れる。アンフィトリアは槍をしばし愛おしく見つめ、眼前の敵へと切っ先を向ける。アグニクスが恐れ慄くかのように弱弱しく金切り声を上げる。
アンフィトリアの効果によってアップ・ダウン効果は付加されないが、②の効果は無効にならない。アンフィトリアのレベルは7であり、よってアンフィトリアはこのターン、7度の攻撃が許されることとなる。焔の頬に戦慄の汗が垂れた。
璃雄は真っ直ぐにアグニクスを睨み付ける。自分は何故ここまで戦おうという石があったのか、漸く理解したと思いながら。贖罪と先程は言った。だがそれだけではない。何よりも大切な仲間を侮辱した事に怒っていたのだ。璃雄は自分に言い聞かせた。決闘の始めの怒りを思い出せと。奴をコテンパンに倒すと決意しただろう、と。
璃雄「バトルフェイズ! アンフィトリアよ、我ら海皇の民の無念を晴らせ! メイルストローム・トライデント!」
切っ先をアグニクスに向けたまま、アンフィトリアは腰を下げて構える。そして、突き出した穂先を少し地面に降ろしたかと思うと、右足から衝撃波が巻き起こり、一瞬にしてアグニクスへと突進した。
このままだと、攻撃力2700のアグニクスが破壊され、一瞬で敗北してしまう。焔は状況にあせりつつも冷静に、リバースを発動した。
焔「く……リバースカードオープン! 炎王炎環! アグニクスを破壊し、ガルドニクスを守備表示!」
槍が突き刺さる瞬間に、アグニクスが炎に巻かれて姿を消す。そして再び墓地から炎を上げ、ガルドニクスが蘇った。しかし、違うのは先程の様に悠々として翼を広げていないというところで、今は翼で身を守る様にして硬直している。
璃雄「なら―――巻き戻しにより、ガルドニクスを破壊!」
焔「ガルドニクスにより、デッキから炎王獣ガルドニクスを守備!」
ガルドニクスがアンフィトリテに異様なまでの力強さで突き刺され爆発すると、その爆発の中からガルドニクスの雛鳥の形の物が姿を表した。丸くなって、ボールの様に固まっていた。
璃雄「アンフィトリテ、二撃目だ!」
焔「炎王獣ガルドニクスの効果で、更にデッキからガルドニクスを場に!」
璃雄「三撃目!」
焔「もう一度!」
璃雄「四撃目!!」
次々と雛が破壊され、新たな雛がデッキから現れる。しかし3枚入っていた炎王獣ガルドニクスはつき、焔は焦る。次に何か炎王を出しても、次の攻撃、更にもう一打が存在する。そう思っていたが、一つだけいい案が思いついた。
焔「俺はキリンを守備召喚!」
璃雄「五撃目ェ!」
アンフィトリアが槍を薙ぎ、キリンの頚を跳ね飛ばした。
焔「キリンが破壊されたとき、デッキから炎属性モンスターを墓地に送る!」
焔のその行動を、璃雄はただの悪あがきと見とめていた。特に何も考えなしに攻撃宣言を行う。
璃雄「これで六撃目だ! くらえ、ラストストローム・トライデント!」
アンフィトリアは槍を逆手に構え、焔に振りかぶった。その瞬間、焔は待っていたとばかりにアンフィトリアの槍を片手で受け止めた。
璃雄「な、受け止めただと!?」
璃雄は驚き、焔をもう一度見直す。すると、焔のフィールドには見慣れない炎属性のモンスターの姿があった。
焔「こいつは《フレーム・カウンター》。俺の墓地の炎属性モンスターを除外することで特殊召喚される……そしてこいつが攻撃対象となった時、このカードを破壊し、俺のライフを半分にすることで―――対象のモンスターを爆裂させる!」
璃雄「な―――ならば戦闘は取りやめ―――」
焔「残念だが、どの道三叉槍によって攻撃する事が決まっている! フレーム・カウンターの効果発動! アンフィトリアを破壊!」
フレーム・カウンターの風船のような姿が膨らみ、一気に破裂した。そして近くに居たアンフィトリアは成す術もなく、そのまま爆発に呑まれて、消えた。
爆発の後、残ったのは何処までも青い海と、二人のプレイヤーだけだった。
焔「くくく……残念だがどうやら、ここまでの様だな。よくやったぜお前は。だがな、このターンのエンドフェイズに炎王を呼び出し、次のターンで貴様をめっさつする! それは……既に決定事項だ!」
焔は高笑いする。確実に勝利をその手に掴んだと思っているからだ。もう特殊召喚はできず、後は自分のターンを終了するぐらいしか残っていない。そう思っていた。
だが、璃雄の目は、未だ死んではいなかった。寧ろ、更なる布石をその目に見ていた。それが、焔は気に食わなかった。
焔「……何を……何を見ている、貴様っ!」
璃雄は何も答えず、プロジェクタでアンフィトリテのカードを焔に見せた。
璃雄「……アンフィトリテの効果を発動する。このカードが破壊され、墓地へ送られた時、手札・墓地より海皇を復活させる」
焔「は―――だからなんだ? まさかできるとでも? 海皇の咆哮により、特殊召喚は不可能だろうが!!」
璃雄「ああ、本来は、な。だが……アンフィトリテの効果を良く見るといい」
焔は言われて再び見た。すると、急激に顔が青くなる。そんな、ばかな、という声を口走りながら、よろよろと後退する。
璃雄「そう―――アンフィトリアによるポセイドラの特殊召喚は、如何なる状況であっても無効の対象にはならない。海皇への愛は、どんな障害をも打ち砕く!」
セメタリーホルダーからカードが一枚排出された。勿論それは海皇龍ポセイドラのカード。心なしか璃雄を勇気付けるように、何時もよりも雄々しいぐらいの顔で、青く青く、きらめく水平線の様に、カードが輝いていた。
璃雄「再び深海より浮上せよ! 海皇龍ポセイドラ!!」
閃光と水柱が会場を盛り上げる。そして、水柱が流れ落ちた頃には深紅の目をした青き龍がその姿を魅せていた。
海皇龍ポセイドラ―――海の皇にして、海を支配する絶対なる存在。その力は万物を支配者の下へと送り返し、弱小たる敵を蹴散らす。海が存在してこそ輝く、璃雄のエースであり、最強のモンスターである。
焔「嘘だ、嘘だ、俺が、負ける―――?」
璃雄「止めだ! かっこよく決めてやれ、ポセイドラぁ!!」
海皇が口元に光をためる。海の青い光だ。まるで最強の白き竜のものとも思えるその威厳(プレッシャー)を前面に放ち、力の充填は完了した。
海皇は赤き目で璃雄を見る。璃雄はそれに頷いて答え、ラストアタックを掛けた。
璃雄「放て、ポセイドン・ストリィィィイイイムッ!」
海皇が光線を発射した。青い光線は空気を切り裂き、吸い込まれるかのように一直線に焔につき進む。先端はXの様な形を見せながら回転し、焔を逃さぬかのように威圧する。
焔「嘘だ―――嘘だぁあああ!!」
焔の断末魔を掻き消すかのように、更に津波が璃雄の後方から現れる。光線と、津波。二つの脅威をその身体に受け、焔はその場に倒れこんだ。
焔LP2500→0<GAME OVER!>
璃雄「ジ・エンド! 私を焼くには、少々火力が足りなかった様に見えるが?」
璃雄の言葉に賛同したかのように、一声ポセイドラは咆哮を上げた。
「勝者―――孜々森璃雄! よって今大会優勝者は、璃雄となったあ!」
歓声が会場中に響き渡る。よくやった、ナイスファイトなんていう声もちらほらと璃雄の耳に入った。
―――勝った、のか。
璃雄はそう思った瞬間に、腰が抜けてしまった。どうやらさっきの決闘で、並外れた集中力を使ってしまっていたようだった。内心自嘲しながらモンスターゾーンのポセイドラを見た。
さっきのデュエル、ポセイドラがなければ自分は敗北していた。いや、人生にも負けていただろう。そして自分にも。それを打破できたのは、ひとえにポセイドラによるものがあった。ありがとう、ポセイドラ。璃雄はそう心の中で感謝した。すると、牧場と竜輝が璃雄に駆け寄ってきた。
竜輝「よくやったぜ璃雄! 俺、お前なら必ず勝つと信じてたぜ―――!」
璃雄「竜輝……」
牧場「……璃雄」
璃雄「……牧場、勝ったぜ、俺。ぼっこぼこにしてやったぜ……?」
そう言うと、牧場は少し驚いたかの様な顔をしたが、直ぐに目を背けて、璃雄に顔を見せずに「……ありがとう」と呟いた。璃雄は、それだけでよかった。よかったの、だが。
璃雄「……顔、見せてくれない?」
牧場「やだ。恥ずかしい」
少し璃雄は残念に思えた。その時、竜輝が「くさっ! くさっ!」と言っていてまた臭い台詞で反応してるよ、と思ったら、「お前汗臭っ!」といわれて、璃雄は驚き、腕を鼻に近づけて嗅ぐ。
璃雄「……わお、汗オンリーのかほり……」
牧場「臭い台詞も添えてね」
竜輝「上手い、山田君一枚もってって」
そうやってしばしわいわいとやっていたが、璃雄が急に静かになった。どうしたのだろうと竜輝は訊ねようとしたが、直ぐにそれは理解した。
焔が立ち上がり、璃雄に近付いてきたのだ。竜輝は立ちふさがろうとするが、璃雄がそれをどかし、隆起の手を借りて立ち上がる。
準優勝者と優勝者が対面する。その視線は焔の方がほんの少し高いぐらいだろうか。
意を決したかの様に、焔は呟く。
焔「……俺は必ず、貴様を倒す」
そう言うと、踵を返して立ち去ろうとする。璃雄はその背中を睨み付ける。数歩歩いた時、焔は足を止めて、去り際に一言忠告した。
焔「……よって貴様は、その時まで一度たりとも負けるな。いいな―――?」
焔の声は、何処か楽しそうでもあった。しかし璃雄には、ただ怒っている様にしか聞こえず、反射的にも璃雄の声は少し強い口調になった。
璃雄「ああ………いわれなくても」
それを聞いて安心したかの様に、焔はその場を立ち去った。焔の姿があらかた見えなくなると、ついで歓声がまた起きた。
「アニメみたいだよ、すごいよ璃雄さん!」
「ブラボー……おお、ブラボー!!」
「次の決闘も必ず見せてくれよ!」
ひゅーひゅーと口笛なんかもおきて、璃雄の頭はパニックを超えて混乱していた。しかし、竜輝と牧場に両肩を叩かれてはっと正気に戻り、二人へと振り向く。二人の顔は、とても優しい顔だった。
璃雄「竜輝、牧場……」
竜輝「へ……俺だって負けねえからな。一応言うけど、これからも今までどおり本気のデュエルをするからな」
牧場「私もよ。さっきは調子が悪かっただけ。また後でもう一度やりましょ?」
璃雄「―――ああ。やろう、デュエルを!」
その時、パンパンと手を叩く音が会場に響き、一瞬静かになる。
「はい静かにー! これから表彰するよー。……焔君はまだいるのかな。あんた、ちょっと行って来なさいよ」
スタッフの一人が焔に準優勝賞品を渡す為借り出される。それを璃雄は横目に見て少しかわいそうとも思った。スタッフの前に璃雄が出る。隣には竜輝と牧場もいた。
「はい、優勝賞品です、どーぞ」
璃雄は渡された優勝金と賞品を手にする。
賞品の一つはプレイマット。黒をバックにデュエルモンスターズの文字が白でかっこよく描かれているものだった。
もう一つは黒いデッキケースの様なもので、中に何枚かカードがあるようで、からからと音がした。
璃雄「これは……?」
「ああ、中を見てみて。きっとビックリすると思うから」
璃雄は訝しげにケースを見ながらあける。中には三枚のカードがあった。璃雄はカードの絵柄の面を表にしてみると、スタッフの予想通り驚愕した。
それは海皇のカードだったのだ。それも依然知らない《海皇の姫君》、《海皇の指揮》、《海皇の逆襲》というカードたちだった。
「新しいパックでね、海皇中心のカードが出るのよ。それにしても運がいいわね、貴方」
運がいいなんてものではない。璃雄はそう思っていた。まるで何らかの意思が働いたかのように、海皇に都合のいいカードばかり出ている気がする。最近水精鱗の新しいカードが出たばかりというのに、一体どういうことなのだろうとも思った。
璃雄「……まあ、いっか」
それで海皇が強くなれるならそれでいいだろう、と璃雄は達観して思った。
その後、新たなる伝説を築こうなどと、今の彼には何処までも無縁の話なのだから―――。
『海皇の目覚め』編 完
焔「……新たなる、炎王のカード」
そして、彼も―――。
~~~ ~~~ ~~~
こっちがほんと!
次回予告ー!
ポ先輩「人を殺したといったな、アレは嘘だ」
璃雄「ファッ!?」
いきなりたる伏線回収!
―――
新たなる侵略者、ダークオンの手先が海皇を襲う!
闇華「闇に飲まれて朽ちはてい! ダークオン・フィアーシュート!」
―――
焔「勝手にまけてんじゃねえよ!」
璃雄「無理だよあいつ強いよ!」
お約束をブレイクした結果―――!?
数々の因縁が、璃雄へと迫りくる!
璃雄「もういやだ……もう、戦いたくないよ」
次回、【闇夜の鬼】
お楽しみにね!
私が生きる意味などあるのだろうか。
誰かを殺し、そして自分勝手な解釈でのうのうと生に齧りついて――なのにこうして死んでしまえばいいと思っている。生きる事も死ぬ事も中途半端な人間。何て、無様な姿だろう。
私は、私の後頭部の視線から私を見ていた。眼球が空を飛んでいるわけでなく、意識の様なものが何処か違うところへ飛んでいるようで、第三者の目線で私を見る。
適当なモンスターを守備に回し、それを焔という長い赤髪の男が一網打尽にする。その様子は初めから苛々としていて、ストレスの解消にもなっていない様だ。
どの道負ける。墓地は下級モンスターで肥えたがしかし、もう手札には魔法カードしかない。ライフもわずか1000。もう充分に頑張った「演技」はしたと思う。中途半端な人間なら中途半端に、このまま負けてしまえば楽だろう。俺のターンとなった。カードをドローせず、サレンダーをしようとデッキホルダーの横のボタンを押そうとする。焔という男はやっと終わったと清々した様な顔で、石ころを見るような目で俺を見た。
―――諦めるな。
一瞬、脳裏にそんな声が聞こえた。幻聴かと思った瞬間、世界が蒼く蒼く塗りつぶされた。
彼は落ちていく。いや、溺れていく。深い深い海の底へ。王の待つ美しい王城へ沈む。何も着ず、彼は裸で、王城へと導かれる。アトランティスが見えてから、ようやく海の中に居る事に気がついた。
彼に何かが絡みついた。大きな青い鱗が見える。尾の様だった。彼が正体を知るべく視線を上に動かす。そこには、愛しく、そして厳しく諭す様な紅眼(あかめ)をした海皇が―――ポセイドラが居た。
「……ポセイ、ドラ」
「諦めるな、璃雄」
彼らは静かに沈んでいく。深海の底へと、ゆっくりと。彼は頚を振ってこう答えた。
「もう、私には、出来ない」
「お前には出来る」
「いや、もう駄目なんだ。体が動かない。骨の芯まで焼けている。もう―――立ちたくない」
吐き出たのはただの泣き言だった。彼が言いたい事なんてもっと他に幾らでもあった。どうして貴方が此処にいるのかとか、自分はどうなったんだとか……なのに、一番初めに出たのは後悔の言葉。
本当なら助けられた命。本当なら自分が受け持つ筈だった死。その両方の責任が、彼にのしかかっていた。
彼はとても中途半端だった。今まで、そして今現在も。中途半端な覚悟しかせず、決闘の場に立ち、負ける手前で尻込みして降伏を示す白旗を振ろうとした。
判っていた。本当は何もかも。ただ判らないでいれば―――カマトトぶって泣いていれば、きっと誰かが助けてくれる筈だって。でもそんなわけは無い。現実は常に非情で、自分を救ってくれる時なんて本当に少ない。彼はそう嘆く。
「……否。それは過ちだ」
海皇はそれを嗜めた。
「勿論、お前は家族連れを乗せた車に撥ねられる瞬間に、我を呼び出し、車両を破壊させた。それは覚えておろう」
璃雄は―――震えた様子で小さく頷いて、俯いた。
「そうなったのはお前の安全確認の不備が原因だ。……まあ一応、相手側にも多少非はあれど、お前のそれよりも到底軽い罪だ」
底へ着いた。璃雄の膝がゆっくりと落ちて、地に付く。絶望した様な目で、彼は地面をぼうっと見つめた。
「だが我にとっては、だからどうなのだという事なのだがな」
「え?」
予想外の言葉に、璃雄は顔を上げた。そこには、雄々しくも美しい、本物の皇の姿があった。ポセイドラは言う。
「我は召喚されなければただのカードに過ぎん。今のこの姿では、な。……だがお前は、その我に救いを求めた。ただ一度強く『助けろ』という声を。
だからこそ我はお前を救ったのだ。故にお前は死んではならぬ。何故なら、助けた我にその命の決定権はあるからだ。皇に貴様の後始末を押し付けた罪は重いぞ?」
璃雄はぽかんとしたままそれを聞いていた。つまりポセイドラは、「生かした命を大切に使え」と言っているのだ。変な言い回しで、挑発しているのかと勘違いしそうなのだが、単純に海皇がそういう言い回しが好きなだけだろう。
「それに―――お前はどうにも面白いからな。我々も好いているのだよ」
海皇の姿が揺らめいた。海の中に居るからなのだろうか。海皇が璃雄から離れて、王城へと顔を向けた。すると、淡い青色が彼の隣で揺らめく。人型の様だか、どうにも見切れない。溜息をつく様に深呼吸をして、ポセイドラは璃雄に振り向いて、笑った。
「―――俺はあっちで待ってるぜ。もう今日は動けそうに無い。だからさ、代役を用意したぜ。……じゃあな、勝てよ、璃雄」
海皇の笑みを最後に、海底は黒い渦を巻いて璃雄の視界を奪った。まるで身を引き裂かれるかの様に彼は渦に飲まれて、海底より浮上した。
7ターン目―ドローフェイズ
璃雄LP1200 手札4
フィールド 無し
焔LP5000 手札0
リバース1 強者の苦痛1
アグニクス1
アグニクス「ゴギュァァァアアア!」
アグニクスの咆哮によって璃雄の意識は完全に蘇った。そこは先程と同じ様な大会の会場だった。周りにギャラリーがいて、目の前に炎の神が存在し、手札にはミズチが二枚と、焔が発動した魔法によってドローした「海皇の咆哮」とアトランティスがあるという危機的状況。
あれは夢だったのだろうか。いや、夢ではない。その証拠に―――この折れて燃え尽きたと思った心が、今もう一度蘇っているではないか。璃雄は自らの掌を広げて、握る。もう大丈夫。もう迷う事は無い。もう迷って等いられない。璃雄は再度決心した。彼女(牧場)のために優勝しよう。目の前の敵を打破しよう。忘れたのか、彼女のあの悲しそうな顔を。彼女は応援してくれていただろう、身勝手なこの自分を。―――なら全身全霊を使って、それに報いなければならない―――!
璃雄はサレンダーボタンから手を離し、デッキトップに指先を置いた。
焔(―――雰囲気が、変わった?)
焔は璃雄の鋭い眼光を見て思った。あれは何処かで見たことがある、と。
不思議と、彼はその敵視に「つまらない」と思いはしなかった。寧ろ逆で―――やるならこい、という対抗感すら覚えた。
璃雄「俺の……私のターン……」
デッキに置いた指先に力を込める。次のドローがラスト・チャンスだ。どの道このドローでキーカードを引けなければ俺は負ける。緊張した顔で璃雄はデッキトップを見つめる。それをギャラリーから、竜輝と牧場も見守っていた。
刹那、ひんやりとする感覚が璃雄を襲い、脳裏にあの海の都が見えた。そこに佇む一人の女性。何処か懐かしい思いすらも感じさせるその人は直ぐに消え、幻想となって消えた。
だがそれで、ドローへと恐怖も薄れた。璃雄は、再び魂を点火した。
璃雄「ドロー!」
デッキ・ホルダーから真横に向かって璃雄はカードを引く。その目は真っ直ぐに焔を突き刺すかの様に見据えていた。そしてゆっくりと璃雄はドローカードを見ると、顔には出さずに驚愕した。
それは、自分のデッキには入れていなかった筈のカード。というよりも、全然知らないカードだった。見たことも、聞いたことも無いカード。だが、今はこのカードにかけるしかない。彼はそう思い、手札の魔法を発動した。
璃雄「私は伝説の都 アトランティスを発動する!」
フィールドカードゾーンにカードをセットすると、ごぼごぼという水の溢れる音と大量の泡で二人の視界と周りが遮られる。そして、泡が全て解けきる頃には、璃雄の後ろのはるか遠くに、伝説の王都がその姿を見せていた。
アグニクスは炎属性の為か、少し息苦しそうに羽をばたつかせる。焔はそれに目もくれず、一心に璃雄に狙いを定めていた。
璃雄「更に速攻魔法発動! 海皇の咆哮!」
宣言すると、王都より青い龍が―――ポセイドラがその姿を現した。その両隣には御付の従者である竜騎隊が一体ずつ。そして海皇が海の果てまで届く様に咆哮を轟かせた。雄々しい海皇の咆哮を聞きつけ、海皇とその従者の変わりとし、墓地から三体の「海皇のものたち」が呼び寄せられた。
璃雄「海皇の咆哮により、深海に沈んだしもべ達を再度呼び寄せる! 出でよ、重装兵、狙撃兵、突撃兵―――!」
身を二つの盾で守りしもの、自身と同等ほどの大きさのスナイパーライフルを掲げるもの、前線に立ち、仲間との絆により力を増幅する、気高き剣士が璃雄の場に現れた。
焔「レベル3以下の水属性が三体……」
璃雄「しかし、このターン俺は特殊召喚できない」
海皇の咆哮は、その大量召還の代償にそれ以上は特殊召喚を制限されるというデメリットがあった。それを聞いて、焔の口角がわざとらしくも上がった。「ならば安心だ」とでも言うかの様だった。
だが――焔の読みは外れていた。璃雄の狙いはそこではない。
璃雄「だが俺はこのターン―――まだ『通常召喚』を行っていない。……ってね」
少し臭かったかと璃雄は笑う。過去にビデオで見た、『王者』の姿の真似を一度でも真似たかったという思いからそんな事を口走ってしまった。
剣の切っ先の様な鋭い視線が彼を貫く。源は焔からだった。焔も覚えていた。その言葉が、過去に存在した決闘者、いや―――ゲームの神の言葉という事を。
しかし、焔は同時に驚いていた。特殊召喚が出来ないという事は、ポセイドラはおろか、エクストラデッキからモンスターを召喚できないということ。更に言えば、通常召喚できるからと言って、この状況でアグニクスの攻撃力を超えるモンスターは殆どいない。あっても『神』と呼ばれしモンスターぐらいだ。ポセイドラであっても、強者の苦痛により攻撃力がダウンされる為だ。尚言えば、自分の伏せカードは《炎王炎環》であり、アグニクスは効果で破壊されたターンの終わりに自身を除外することで、炎王の大量召喚が行える。そうなれば―――確実に次のターンで終わる。そう焔は思っていた。
璃雄「―――焔、だったっけか。お前、今どう思っている?」
焔「何……?」
璃雄「俺は、正直震えてる。このまま勝ってもいいのかと思っている」
焔「……それは自惚れか?」
璃雄「いや。この先の、確実な未来だ」
焔は璃雄の言っている意味がわからなかった。それよりも、璃雄の雰囲気が変化していることに戸惑いを覚えた。
その場に、璃雄と焔しかいない様に、静寂が訪れる。いや、実際そうだった。ポセイドラが手を回したのか、周りには誰一人として人は存在しなかった。しかし、焔はそれに未だ気付かない。
璃雄「……私は、人殺しなんだ」
焔「……何?」
璃雄「言葉通りなんだ。昨日……車に乗った家族を、愛すべきカードの力で」
焔「……」
璃雄「正直怖い。このままお前に勝ったら、私は、私はどうにかなってしまいそうになる。私は人の命なんてどうでもいいと思えてしまう。それが怖い」
璃雄は呟くように、焔に視線を交わさず言った。
璃雄「だけど―――この決闘には、勝つ。何故なら―――それがせめてもの贖罪だからだ」
焔「……与太話は終わりか? 面倒くせえ、早くお前のターンを終わらせろ、クソが」
焔は璃雄の告白を与太話と切り捨てた。普通に考えてカードの力だのといわれても、理解しようにもできないから当然であろう。璃雄はそっと自嘲した。何を自分は言っているのだろうと。そんな事を言った所で、何が変わるのだと。何も変わらないと判っているのに、どうして、と。
青い光が、璃雄の手札の中で光る。早く呼べ、そう言っているかのような輝きだった。
璃雄「―――焔。終わらせるのは俺のターンじゃない」
焔「……ほう?」
璃雄「それは―――この、決闘だ!!」
璃雄は焔にそう吼えた。まるで野獣の如きそれは、一瞬焔を驚かせる程であった。勝利(エサ)を目の前にした決闘者(ケダモノ)は、手札のカードを天上に翳し、生贄を束ねる宣言をする。
璃雄「俺は場の3体の従者を皇后への生贄とする! 現れよ、偉大なる王の后よ! 深海に眠りし汝の下僕を従えて、神をも超越した海の雄々しさを今こそ示せ!」
海皇の従者らが一瞬にして波に飲まれ、深海へと姿を消していく。そして場には、大きな海流の渦が現れ、炎王を威嚇する。
そして璃雄は高らかに、その皇后の名を口にする。
璃雄「青海上昇! 海皇后、アンフィ―――トリア―――っ!!」
焔の視界が暗転する。そして、体全身が上昇する感覚が襲う。目を開けた先には、雄大なる大海原の姿があり、自分は海面に立っている様だ。そして、目先の敵の場には、見た事が無いモンスターがいた。
ドレスと鎧を足した様な青い服に、額部分を覆うサークレットを装着していて、どれも青を基準とした、王族に相応しい様で戦士の如き気高さの両方を兼ね備えたものを身に着けていた。名の通り、それは女性型のモンスターである。しっかりと焔とアグニクスを見据えた翡翠の目が、本当の宝石の様に輝いた。
そのソリッドヴィジョンとは思えぬ美しさに焔は一瞬心を奪われ、ごくんとつばを飲み込む。しかし即座に現状を思い出し、正気に戻った。
焔「く……しかし、そのモンスターがどんな攻撃力を持っていようが……強者の苦痛により、攻撃力が下がる!」
璃雄「アンフィトリアの効果! このカードの攻撃力は、墓地の海皇の枚数×1000となる! よって―――攻撃力のアップorダウンは不発! 墓地の海皇の数は重装兵・狙撃兵がそれぞれ3枚、突撃兵、竜騎隊が2枚ずつ、そしてトライドン及び―――ポセイドラが1体! 合計……12枚! 攻撃力……12000!」
焔「い、一万……二千!?」
璃雄「そして手札の装備魔法……海皇の三叉槍を発動! これにより、俺のモンスターはレベルの数だけ攻撃宣言が可能!」
《海皇の三叉槍》
装備魔法
このカードは「海皇」モンスターのみ装備可能。
①:装備モンスターの攻守は300ポイントアップする。
②:装備モンスターが攻撃宣言する場合、発動できる。そのモンスターのレベルの数だけ攻撃する。
アンフィトリアの手に黄金に輝く槍が現れる。アンフィトリアは槍をしばし愛おしく見つめ、眼前の敵へと切っ先を向ける。アグニクスが恐れ慄くかのように弱弱しく金切り声を上げる。
アンフィトリアの効果によってアップ・ダウン効果は付加されないが、②の効果は無効にならない。アンフィトリアのレベルは7であり、よってアンフィトリアはこのターン、7度の攻撃が許されることとなる。焔の頬に戦慄の汗が垂れた。
璃雄は真っ直ぐにアグニクスを睨み付ける。自分は何故ここまで戦おうという石があったのか、漸く理解したと思いながら。贖罪と先程は言った。だがそれだけではない。何よりも大切な仲間を侮辱した事に怒っていたのだ。璃雄は自分に言い聞かせた。決闘の始めの怒りを思い出せと。奴をコテンパンに倒すと決意しただろう、と。
璃雄「バトルフェイズ! アンフィトリアよ、我ら海皇の民の無念を晴らせ! メイルストローム・トライデント!」
切っ先をアグニクスに向けたまま、アンフィトリアは腰を下げて構える。そして、突き出した穂先を少し地面に降ろしたかと思うと、右足から衝撃波が巻き起こり、一瞬にしてアグニクスへと突進した。
このままだと、攻撃力2700のアグニクスが破壊され、一瞬で敗北してしまう。焔は状況にあせりつつも冷静に、リバースを発動した。
焔「く……リバースカードオープン! 炎王炎環! アグニクスを破壊し、ガルドニクスを守備表示!」
槍が突き刺さる瞬間に、アグニクスが炎に巻かれて姿を消す。そして再び墓地から炎を上げ、ガルドニクスが蘇った。しかし、違うのは先程の様に悠々として翼を広げていないというところで、今は翼で身を守る様にして硬直している。
璃雄「なら―――巻き戻しにより、ガルドニクスを破壊!」
焔「ガルドニクスにより、デッキから炎王獣ガルドニクスを守備!」
ガルドニクスがアンフィトリテに異様なまでの力強さで突き刺され爆発すると、その爆発の中からガルドニクスの雛鳥の形の物が姿を表した。丸くなって、ボールの様に固まっていた。
璃雄「アンフィトリテ、二撃目だ!」
焔「炎王獣ガルドニクスの効果で、更にデッキからガルドニクスを場に!」
璃雄「三撃目!」
焔「もう一度!」
璃雄「四撃目!!」
次々と雛が破壊され、新たな雛がデッキから現れる。しかし3枚入っていた炎王獣ガルドニクスはつき、焔は焦る。次に何か炎王を出しても、次の攻撃、更にもう一打が存在する。そう思っていたが、一つだけいい案が思いついた。
焔「俺はキリンを守備召喚!」
璃雄「五撃目ェ!」
アンフィトリアが槍を薙ぎ、キリンの頚を跳ね飛ばした。
焔「キリンが破壊されたとき、デッキから炎属性モンスターを墓地に送る!」
焔のその行動を、璃雄はただの悪あがきと見とめていた。特に何も考えなしに攻撃宣言を行う。
璃雄「これで六撃目だ! くらえ、ラストストローム・トライデント!」
アンフィトリアは槍を逆手に構え、焔に振りかぶった。その瞬間、焔は待っていたとばかりにアンフィトリアの槍を片手で受け止めた。
璃雄「な、受け止めただと!?」
璃雄は驚き、焔をもう一度見直す。すると、焔のフィールドには見慣れない炎属性のモンスターの姿があった。
焔「こいつは《フレーム・カウンター》。俺の墓地の炎属性モンスターを除外することで特殊召喚される……そしてこいつが攻撃対象となった時、このカードを破壊し、俺のライフを半分にすることで―――対象のモンスターを爆裂させる!」
璃雄「な―――ならば戦闘は取りやめ―――」
焔「残念だが、どの道三叉槍によって攻撃する事が決まっている! フレーム・カウンターの効果発動! アンフィトリアを破壊!」
フレーム・カウンターの風船のような姿が膨らみ、一気に破裂した。そして近くに居たアンフィトリアは成す術もなく、そのまま爆発に呑まれて、消えた。
爆発の後、残ったのは何処までも青い海と、二人のプレイヤーだけだった。
焔「くくく……残念だがどうやら、ここまでの様だな。よくやったぜお前は。だがな、このターンのエンドフェイズに炎王を呼び出し、次のターンで貴様をめっさつする! それは……既に決定事項だ!」
焔は高笑いする。確実に勝利をその手に掴んだと思っているからだ。もう特殊召喚はできず、後は自分のターンを終了するぐらいしか残っていない。そう思っていた。
だが、璃雄の目は、未だ死んではいなかった。寧ろ、更なる布石をその目に見ていた。それが、焔は気に食わなかった。
焔「……何を……何を見ている、貴様っ!」
璃雄は何も答えず、プロジェクタでアンフィトリテのカードを焔に見せた。
璃雄「……アンフィトリテの効果を発動する。このカードが破壊され、墓地へ送られた時、手札・墓地より海皇を復活させる」
焔「は―――だからなんだ? まさかできるとでも? 海皇の咆哮により、特殊召喚は不可能だろうが!!」
璃雄「ああ、本来は、な。だが……アンフィトリテの効果を良く見るといい」
焔は言われて再び見た。すると、急激に顔が青くなる。そんな、ばかな、という声を口走りながら、よろよろと後退する。
璃雄「そう―――アンフィトリアによるポセイドラの特殊召喚は、如何なる状況であっても無効の対象にはならない。海皇への愛は、どんな障害をも打ち砕く!」
セメタリーホルダーからカードが一枚排出された。勿論それは海皇龍ポセイドラのカード。心なしか璃雄を勇気付けるように、何時もよりも雄々しいぐらいの顔で、青く青く、きらめく水平線の様に、カードが輝いていた。
璃雄「再び深海より浮上せよ! 海皇龍ポセイドラ!!」
閃光と水柱が会場を盛り上げる。そして、水柱が流れ落ちた頃には深紅の目をした青き龍がその姿を魅せていた。
海皇龍ポセイドラ―――海の皇にして、海を支配する絶対なる存在。その力は万物を支配者の下へと送り返し、弱小たる敵を蹴散らす。海が存在してこそ輝く、璃雄のエースであり、最強のモンスターである。
焔「嘘だ、嘘だ、俺が、負ける―――?」
璃雄「止めだ! かっこよく決めてやれ、ポセイドラぁ!!」
海皇が口元に光をためる。海の青い光だ。まるで最強の白き竜のものとも思えるその威厳(プレッシャー)を前面に放ち、力の充填は完了した。
海皇は赤き目で璃雄を見る。璃雄はそれに頷いて答え、ラストアタックを掛けた。
璃雄「放て、ポセイドン・ストリィィィイイイムッ!」
海皇が光線を発射した。青い光線は空気を切り裂き、吸い込まれるかのように一直線に焔につき進む。先端はXの様な形を見せながら回転し、焔を逃さぬかのように威圧する。
焔「嘘だ―――嘘だぁあああ!!」
焔の断末魔を掻き消すかのように、更に津波が璃雄の後方から現れる。光線と、津波。二つの脅威をその身体に受け、焔はその場に倒れこんだ。
焔LP2500→0<GAME OVER!>
璃雄「ジ・エンド! 私を焼くには、少々火力が足りなかった様に見えるが?」
璃雄の言葉に賛同したかのように、一声ポセイドラは咆哮を上げた。
「勝者―――孜々森璃雄! よって今大会優勝者は、璃雄となったあ!」
歓声が会場中に響き渡る。よくやった、ナイスファイトなんていう声もちらほらと璃雄の耳に入った。
―――勝った、のか。
璃雄はそう思った瞬間に、腰が抜けてしまった。どうやらさっきの決闘で、並外れた集中力を使ってしまっていたようだった。内心自嘲しながらモンスターゾーンのポセイドラを見た。
さっきのデュエル、ポセイドラがなければ自分は敗北していた。いや、人生にも負けていただろう。そして自分にも。それを打破できたのは、ひとえにポセイドラによるものがあった。ありがとう、ポセイドラ。璃雄はそう心の中で感謝した。すると、牧場と竜輝が璃雄に駆け寄ってきた。
竜輝「よくやったぜ璃雄! 俺、お前なら必ず勝つと信じてたぜ―――!」
璃雄「竜輝……」
牧場「……璃雄」
璃雄「……牧場、勝ったぜ、俺。ぼっこぼこにしてやったぜ……?」
そう言うと、牧場は少し驚いたかの様な顔をしたが、直ぐに目を背けて、璃雄に顔を見せずに「……ありがとう」と呟いた。璃雄は、それだけでよかった。よかったの、だが。
璃雄「……顔、見せてくれない?」
牧場「やだ。恥ずかしい」
少し璃雄は残念に思えた。その時、竜輝が「くさっ! くさっ!」と言っていてまた臭い台詞で反応してるよ、と思ったら、「お前汗臭っ!」といわれて、璃雄は驚き、腕を鼻に近づけて嗅ぐ。
璃雄「……わお、汗オンリーのかほり……」
牧場「臭い台詞も添えてね」
竜輝「上手い、山田君一枚もってって」
そうやってしばしわいわいとやっていたが、璃雄が急に静かになった。どうしたのだろうと竜輝は訊ねようとしたが、直ぐにそれは理解した。
焔が立ち上がり、璃雄に近付いてきたのだ。竜輝は立ちふさがろうとするが、璃雄がそれをどかし、隆起の手を借りて立ち上がる。
準優勝者と優勝者が対面する。その視線は焔の方がほんの少し高いぐらいだろうか。
意を決したかの様に、焔は呟く。
焔「……俺は必ず、貴様を倒す」
そう言うと、踵を返して立ち去ろうとする。璃雄はその背中を睨み付ける。数歩歩いた時、焔は足を止めて、去り際に一言忠告した。
焔「……よって貴様は、その時まで一度たりとも負けるな。いいな―――?」
焔の声は、何処か楽しそうでもあった。しかし璃雄には、ただ怒っている様にしか聞こえず、反射的にも璃雄の声は少し強い口調になった。
璃雄「ああ………いわれなくても」
それを聞いて安心したかの様に、焔はその場を立ち去った。焔の姿があらかた見えなくなると、ついで歓声がまた起きた。
「アニメみたいだよ、すごいよ璃雄さん!」
「ブラボー……おお、ブラボー!!」
「次の決闘も必ず見せてくれよ!」
ひゅーひゅーと口笛なんかもおきて、璃雄の頭はパニックを超えて混乱していた。しかし、竜輝と牧場に両肩を叩かれてはっと正気に戻り、二人へと振り向く。二人の顔は、とても優しい顔だった。
璃雄「竜輝、牧場……」
竜輝「へ……俺だって負けねえからな。一応言うけど、これからも今までどおり本気のデュエルをするからな」
牧場「私もよ。さっきは調子が悪かっただけ。また後でもう一度やりましょ?」
璃雄「―――ああ。やろう、デュエルを!」
その時、パンパンと手を叩く音が会場に響き、一瞬静かになる。
「はい静かにー! これから表彰するよー。……焔君はまだいるのかな。あんた、ちょっと行って来なさいよ」
スタッフの一人が焔に準優勝賞品を渡す為借り出される。それを璃雄は横目に見て少しかわいそうとも思った。スタッフの前に璃雄が出る。隣には竜輝と牧場もいた。
「はい、優勝賞品です、どーぞ」
璃雄は渡された優勝金と賞品を手にする。
賞品の一つはプレイマット。黒をバックにデュエルモンスターズの文字が白でかっこよく描かれているものだった。
もう一つは黒いデッキケースの様なもので、中に何枚かカードがあるようで、からからと音がした。
璃雄「これは……?」
「ああ、中を見てみて。きっとビックリすると思うから」
璃雄は訝しげにケースを見ながらあける。中には三枚のカードがあった。璃雄はカードの絵柄の面を表にしてみると、スタッフの予想通り驚愕した。
それは海皇のカードだったのだ。それも依然知らない《海皇の姫君》、《海皇の指揮》、《海皇の逆襲》というカードたちだった。
「新しいパックでね、海皇中心のカードが出るのよ。それにしても運がいいわね、貴方」
運がいいなんてものではない。璃雄はそう思っていた。まるで何らかの意思が働いたかのように、海皇に都合のいいカードばかり出ている気がする。最近水精鱗の新しいカードが出たばかりというのに、一体どういうことなのだろうとも思った。
璃雄「……まあ、いっか」
それで海皇が強くなれるならそれでいいだろう、と璃雄は達観して思った。
その後、新たなる伝説を築こうなどと、今の彼には何処までも無縁の話なのだから―――。
『海皇の目覚め』編 完
焔「……新たなる、炎王のカード」
そして、彼も―――。
~~~ ~~~ ~~~
こっちがほんと!
次回予告ー!
ポ先輩「人を殺したといったな、アレは嘘だ」
璃雄「ファッ!?」
いきなりたる伏線回収!
―――
新たなる侵略者、ダークオンの手先が海皇を襲う!
闇華「闇に飲まれて朽ちはてい! ダークオン・フィアーシュート!」
―――
焔「勝手にまけてんじゃねえよ!」
璃雄「無理だよあいつ強いよ!」
お約束をブレイクした結果―――!?
数々の因縁が、璃雄へと迫りくる!
璃雄「もういやだ……もう、戦いたくないよ」
次回、【闇夜の鬼】
お楽しみにね!
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118 | Episode4【闇夜の鬼】 | 1553 | 0 | 2015-03-21 | - |
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