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幕間 遊楽の休日 作:ジェム貯めナイト

 「遊陽さん! お待たせしました」


 玄関脇に植えられた鉢植えの花が、撒かれた水でしっとりと濡れている休日の朝。

 靴を履き終え、D・フェースを操作していた遊陽の下に、出かける準備を整えた遊無が彼女の髪色に近い水色のワンピースと、その上に黄色いカーディガンを羽織った姿で玄関へとやって来た。


 「どっ……どうでしょうか……?」

 「どうって……良く似合ってる――と思う」


 服装を褒められて表情を綻ばせる遊無につられて、遊陽も静かに笑みを浮かべつつ、改めて彼女の姿を頭からつま先まで視界に捉えた。


 「これも塰里が持ってきた服か?」

 「はい! これも留音さんから頂いたものです」

 「今日までに色々服貰っていたよな? この服を見るのは初めてだけど――」


 D・フェースを懐にしまい、遊無が白のフラットヒールを履き終えると、2人を見送ろうとリビングからメモを片手に、遊陽の母が2人の元までやって来た。


 「遊陽! これ遊無ちゃんに必要な物が書かれたメモ。多めに渡しておくからお昼も2人で食べて来なさい」

 「ありがとう母さん。それじゃ行ってくるよ」

 「ちゃんと遊無ちゃんをエスコートするのよ?」

 「たっ……ただの買い出しだろ。ちゃんと案内するって」


 玄関から外に繰り出し、遊無とともに町へと向かう遊陽を見て、遊陽の母は異性の少女と仲睦まじげに会話を交わしながら歩いていく遊陽の姿に、遊無が来てから息子も変わったと感じつつ、行ってらっしゃい――と2人を見送るのであった。





 「……ここが町の中心部なのですね――」


 自宅から歩くこと30分。境階町の駅前に到着した遊無は、丁度開店時間となった商業施設に人々が集まり、賑わっている町並みを目で追っていた。


 「“賑やか”だろ。休日は大体こんな感じだぜ」

 「本当に――あっ! あの“賑やか”な物は一体……?」


 立ち並ぶ店の一角に、ネオンで彩られた看板の店を見かけた遊無が駆け寄って行く。

 遊陽もその後を追って店に駆け寄ると、店頭に置かれた電子音とともにネオンが点滅する機械から、画面越しに《モグモール》が地中から顔を出して、辺りをしきりに見回している。


 「ああ……これは画面のモグラをこの《ハンマーシュート》で叩いて、ポイントを稼ぐゲームだよ」

 「そうなのですね――」

 「時間ならあるし、一回やってみようぜ?」


 遊陽が硬貨を筐体に投入すると、設置されているハンマーを遊無へと手渡す。


 「初めてだし協力モードでいいな。ランキングは――1位は1億ポイントも取ってるのかよ……」

 「凄い人もいるものですね。あっ、始まりますよ!」


 ゲーム開始とともに、音楽が流れて画面のモグラが穴の中から現れたり、引っ込んだりと動き始めた。

 2人はそれぞれ手に握るハンマーで画面をタッチして、現れたモグラを画面上の墓地に送るが、一度は墓地に送ったモグラはそれぞれ一度だけ復活して再び穴の中へと潜って行く。


 「遊陽さん! 誰かが出てきました!」

 「それは《ゴブリン穴埋め部隊》だ! 穴を埋めてモグラを叩きやすくしてくれるぞ!」


 モグラに怒られながらも、せっせと画面の穴を埋めてモグラの出現場所を狭めてくれるゴブリンに助けられつつ、2人は順調にスコアを稼いでいく。


 「おっ、これは頂き!」


 遊陽が画面に現れたパネルをタッチし、素早くモグラをタッチすると、それまでとは違うハンマーがモグラを叩いた瞬間、復活の兆しを見せることなく消滅する。


 「今のは一定数叩くと使える《インフェルノ・ハンマー》で、これで叩くと“タイミングを逃して”復活できなくなるし、近くの1体の動きも止められるんだ」

 「今が好機ですね! 一気に行きましょう!」


 振動に怯んで動きの止まったモグラを遊無が即座にタッチする。

 やがてタイムアップとなり、2人の稼いだ点数が画面に表示されると、2人は満足げにハンマーを筐体へと戻した。


 「楽しかったですね。でも1億点の壁は高いです……」


 最終スコアを見た2人は、同率でランキング1位のプレイヤー“ネクター”と、
“A・K・A・I”には遠く及ばないとうなだれる。


 「初めてにしては中々反応良かったぜ? それじゃ、買い物の続きに行こうか」


 初めてのアーケードゲームに遊無が満足したところで、2人は《闇の量産工場》や《サルベージ》といった他の筐体を見学しつつも、再び商業施設の方へと向かって行くのであった。





 「……これで、大体揃いましたね」

 「そうだな。時間もいい頃だし、食事に行こうぜ」


 両手に買い物袋を下げた2人は商業施設が特に密集している駅前で、駅舎の壁に設置されている大時計の針が12を指しているのを見ると、レストランの多いエリアへと移動を始める。

 そして運よく空いている喫茶店を見かけると、早速店の中へと足を運ばせるのであった。


 「ご注文はいかがなさいますかー?」


 落ち着いた色合いでまとめられた店内の雰囲気を纏ったかのような、2人より少し年上の穏やかな口ぶりをしたウェイトレスが、注文を取りに来た。


 「じゃあ俺はオムライスで、遊無も好きなの頼んでいいぞ?」

 「私は――ミックスサンドで……」

 「かしこまりましたー。デート、楽しんでくださいねー」

 「いや、そういうんじゃ――」


 遊陽の反論にいたずらっぽく笑みを浮かべ、去り際に2人が羨ましいと漏らしながら、注文を取ったウェイトレスは厨房へと向かって行った。


 「こっ……この後はどうしましょう……?」

 「そ――そうだな。あと必要な物はあったかな?」


 いそいそとメモを取り出し、伏目がちに頬を赤くしつつチラチラと自分を見る遊無から意識を逸らそうとした遊陽だったが、その最中窓の外から見える店の駐輪場に、見慣れた自転車とその持ち主の姿を見つけた。


 「あっ……カズだ」


 遊陽が窓越しに手を振った姿に気付いたカズは、自転車の鍵を閉めると喫茶店へと入店し、2人の席へとやって来た。


 「ようお二人さん。そういえばこの辺に買い出しに来るって言ってたな」

 「カズさん! こんにちは」


 遊陽の隣に腰を下ろしたカズは、通りがかったウェイターにフルーツパフェを注文すると、改めて2人に向き直った。


 「今日は日が高くなる前に実家の手伝いを済ましててさ、ちょっと休憩に寄ったんだが……」

 「俺達もついさっき入ったところだ。手伝いって米の配達だろ?」

 「ああ! 遊無ちゃんも食ったことあるだろ? 俺の実家が作った米は、遊陽んちにも配達しているからな」

 「あの白米は、カズさんの実家で作られていたのですね。毎日頂いております」

 「そりゃありがてぇぜ! ……おっ、一気に来たな」


 3人の席へと配膳を見計らったかのように、注文した料理が運ばれて来た。

 ごゆっくり。とウェイターが立ち去ったのを皮切りに、3人はそれぞれ運ばれて来た自分の料理へと手を付けていく。


 「うんうん、一仕事終えた後のパフェは美味いぜ」

 「……カズさんは、よく実家のお手伝いをなさっているのですか?」

 「まあな。収穫期とか、決まった時期以外はうちの家族だけで畑と田んぼの世話してるから、家族一同で掛からないと出荷もまともにできねぇんだよな」

 「卸し先とかは両親がトラックで、一般の家庭にはお前が配達してるんだよな」

 「そうそう。俺一人いるだけでだいぶ助かってるみたいだぜ?」


 クリームを口に運び、美味い。と感想をこぼすカズと、ケチャップの効いたライスにふわふわとろとろの卵をかけ、スプーンで口に運ぶ遊陽を見て、ハムと新鮮なレタスを挟んだサンドを齧る遊無はふと、2人の関係について深掘りしようと尋ねる。


 「お二人は……いつからご友人なのですか?」

 「俺と遊陽かぁ? んー? いつぐらいだっけ?」

 「地域の集まりで会う機会はあっただろ? ……そういえばその頃からお前、塰里と仲良かったよな?」

 「まあな。留音とはずっと一緒だったからなー」

 「……っと、その塰里から通知だ。遊無が着れそうな服整理したけどいる? だってさ」


 D・フェースの画面をカズと遊無に見えるよう向けると、つい最近連絡交換したばかりの留音から届いたメッセージを、2人にも見せる。


 「服以外にも一式揃っているみたいだし、遠慮せず貰っておくといいかもな」

 「既に数着は貰っていますが、着れる服は多めに所持しておきたいところですね」

 「何なら一緒に留音んちまで行ってやろうか? 頼まれてた用事は終わらせたし、荷物運ぶの手伝うぜ?」

 「本当ですか!? ではこの後、一緒に来てもらってもよろしいでしょうか?」


 留音にこの後落ち合おうと約束を取り付けると3人は食事を食べ終え、会計を済ませて店を出ると、留音の住む海側の住宅街へと足を運ばせるのであった。





 「いらっしゃい! もう運ぶ準備はできているわよ」


 潮風がほんのりと香る、駅前から少し離れた町の南側に位置する住宅街に辿り着いた3人は、日当たりのいい軒先に数匹の魚の干物と、漁や素潜りに使う道具が干されている家の呼び鈴を鳴らした。


 「よう。今日も潜っていたか?」

 「みんなが尋ねてくるって聞いて、お手伝いから戻ったばかりよ」


 出迎えに来た留音はまだ乾ききってない髪にタオルを当てつつ、涼しげなブルーのノースリーブシャツとベージュ色のひざ丈ハーフパンツに着替えており、廊下に固めていたはち切れんばかりに中身の詰まった布袋を3人に手渡した。


 「俺達も午前中、必要な物買い物していたんだよな……」

 「荷物なら遠慮なく、俺の自転車に乗せるといいぜ。家まで運んでやるよ」

 「カズさん、ありがとうございます!」

 「結構迷ったのよねー。どれも遊無ちゃんに似合うなーって、結局サイズが合いそうな服全部揃えちゃった」
 
 「いや――確かにお願いしたけどさ、まさかこれほどとは……てか塰里、何着服持っているんだよ……!?」

 「全部買ったわけじゃなくて――大半は先輩の海女さんから貰ったりしているのよ?」


 多くの荷物を何とか一度で持ち帰ろうと四苦八苦しつつ、ようやく自転車に積み終え、それぞれ手に袋を持ったところで4人は遊陽の家へと向かい始める。


 「留音さんは休日はいつも、海に潜っているのですか?」

 「真冬は寒いし、両親の手伝いもあってずっとは潜らないけど、シーズンの時は学園から帰ってすぐ、他の海女さんの手伝いに向かうくらい忙しくなるわ」

 「カズさんと同じように家族総出で?」

 「うちは他の海女さんとも協力して、漁獲制限を超えないように調整しながら仕事をしているわ。私はまだ免許は持っていないから、主な手伝いはなり立ての新人さんとバディを組んだりして、岩の隙間に隠れた貝を見つけたりしているのよ」


 留音は先程まで海に潜っている間に掛けていた磯メガネを掛ける仕草で、自らが携わっている実家の手伝いを分かりやすいよう、3人に紹介する。


 「家業を継ぐとあって、早くから慣れるために潜っているんだろ? 経験はあるから新人の海女さんと組ませるには丁度いいんだよな」

 「そう。だから私、学園を卒業したら組合に入会して、免許も取って他の海女さんと仕事するつもりよ」

 「それは立派です! 留音さんがいるなら、町のお魚屋さんも困ることはありませんね!」


 遊無に褒められて気をよくした留音は、自分の袋に忍ばせておいた――柔らかいパンに葉菜と、黄金に輝く黄身を挟んだ“黄身の菜葉添え黄金パン”に齧り付きつつ、更にライスペーパーで巻かれたホットドッグを遊無に差し出した。


 「だからいっぱい栄養取って、頑張らなくちゃね! ……漁の後食べようと思って買ったコンビニの新作、食べる?」

 「パンですか。ありがとうございます! ちょっと小腹が空いてたもので……」


 2人揃って歩きながらパンに噛り付く光景に、遊陽とカズは羨ましげにコンビニの新商品である黄金パンと、紙ごと食べられるホットドッグを一目見ようと2人の手元を覗き込む。


 「一斗はパフェ食べてきたんでしょ? ずるいーっ!」

 「俺も午前中手伝いしてたから、自分へのご褒美なんだよ!」

 「……じゃあ今度、一緒に食べに行きましょ? んー! 美味しかった!」

 「巻いてる紙も食べられるのですね。留音さん、ご馳走様でした」


 パンを食べ終え、遊無と留音は満足げに笑みを浮かべる。

 そんなやり取りを繰り広げつつ、4人は目的の遊陽の家へと到着した。


 「到着したな。カズ、塰里。今日はありがとな」

 「いいってこった。それじゃあ来週――だっけ? 手続きが済んだら来るんだろ?」

 「はい。また数日後、“学園”でお会いしましょう!」

 「よろしくね。何か困ったことがあったら、私も手を貸してあげるわ」

 「カズさん――留音さん。お二人とも今後もよろしくお願いします」


 遊無がその場で深々と頭を下げると、4人は荷物を遊陽の家へと上げたのち、遊陽達に見送られながらカズと留音は遊陽の家を後にした。

 遊陽の親友――米農家の一人息子であるカズと、彼の幼馴染で海女漁に勤しむ食べるのが好きな少女――留音。

 2人の存在はこれからも、遊陽達にとって“強い絆で結ばれた”友人として関わ
って行くだろうと、遠くに見える自転車の灯りを見送りながら、遊陽は1人心の中で感謝するのであった。





 「遊陽と――」

 「遊無の――」

 『二人はビナリウス!』


遊陽「という訳で今回は、遊無と一緒に町まで買い出しに出かける――ちょっとした日常を描いた短編でした」

遊無「厳かな神社とは違い、とても“賑やか”で道行く人も活き活きとしていまし
たね」

遊陽「特にあのサ店は落ち着いたいい雰囲気だからさ、カズとテスト勉強に集中したい時とか、結構立ち寄ったりしているんだぜ?」

遊無「カズさんとよく行かれるのですか?」

遊陽「あそこのメニュー美味しいのばかりだし――まあカズの方が塰里とよく通っていて、店員さんとも顔馴染みみたいだけどな」

遊無「それはいわゆる――デートというものでは……? そして合流したカズさんとともに、留音さんの家へとお伺いして沢山の衣類を譲り受けました。遊陽さんにもいずれ、貰った衣服で“粧し込んだ姿”をお披露目しますね?」

遊陽「あっ……ああ、楽しみにしている。……そんな俺達の日常でした!」

遊無「そして次回は、いよいよ私は真新しい制服に身を包み、遊陽さん達の通う学園へと転入します!」

遊陽「今回の話までで主要キャラの4人については理解が深まったことだろうし、次回は俺達と同じ学園に通う“境階学園の生徒”についても取り上げていくぜ!」


 『次回! 遊戯王Binarius(ビナリウス) -境階の学び舎- お楽しみに!』
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