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幸せの望み 作:エスカル
「ラドリー」
ああ、これは前のご主人様との記憶。
優しかった女の子。
家事なんてほとんど出来ず、ドジばっかりだったラドリーを見捨てずずっと傍にいてくれですの。
前のご主人様のために家事も必死に覚えて、褒めてくれる言葉をかけられるのがすごくうれしかったですの。
「ラドリー!」
思い出したくない嫌な記憶。
ご主人様の両親が殺され、そしてラドリーの前にご主人様が立ちはだかる。
「その竜の小娘をかばい立てするか」
ご主人様を守るのがメイドであるラドリーの役目なのに。
逆にご主人様がラドリーを守ってる。
これじゃちぐはぐですの。
「うん。たとえここで私が死んだとしても、ラドリーがいてくれたことが、私の生きた証。ラドリーは私に幸せを与えてくれた。あなたがラドリーを奪うのであれば私の幸せが奪われるも同然。だから守るの。ラドリー、逃げなさい。最初で最後の命令よ」
「……言葉だけで、守れるとでも?」
エーリアン・リベンジャーの肉体を手に入れた化け物が腕をなぎ払い、ご主人様の首を刎ね飛ばした。
ラドリーの足元に……ご主人様の首が……
あのときの悲しさと悔しさと怒りは声に出せなかったですの。
ラドリーがもしここで捕まってしまったら、ご主人様の最後の願いを無駄にしてしまう。
だからドラゴンに変身し、逃げ出したですの。
そしていくつもの世界を巡り、ラドリーはずっと逃げ……愛流お嬢様と不破君のいる世界にたどり着いたですの。
2人は一切逃げ出さず、見ず知らずのラドリーのために戦って、ご主人様の仇をとってくれたですの。
ラドリーを見捨てず、家に引き取って優しく接してくれている愛流お嬢様。
その気持ちはすっごく嬉しいし、愛流お嬢様はラドリーをすごく愛してくれて、心が満たされていくですの。
でも……ラドリーは思うですの。
前のご主人様を差し置いて……ラドリーは幸せになっていいですの?
「これでいいですの」
スーパーに昼食の買出しに来た私たち。
ラドちゃんがノリノリで材料をかごにポイポイと入れていく。
昼食には肉じゃがを作るらしい。
ラドちゃんは水を使う料理が本当に上手だ。
「ありがとな」
「いえいえ。不破君の好物が肉じゃがでよかったですの」
不破君も優しい笑顔でラドちゃんを見ている。
「ラドちゃん、私も手伝うよ」
「愛流お嬢様、ありがとうですの」
「じゃ、俺も」
「いやいや、不破君に恩返しするためですのに、手伝わせちゃダメですの。どーんと昼食が出来るのを待っていてほしいですの」
ラドちゃんがきっぱりと告げると、不破君が頷く。
ラドちゃんの純粋な思いを踏みにじらないためだろう。
「よーし、頑張るですの」
不破君の家に帰ってきて台所に立つ。
「お嬢様はまずお皿を用意しておいて欲しいですの」
肉じゃがだけやなくて、お惣菜もいろいろと買ってきた。
ちなみに材料費は全て私持ちだ。
不破君に恩返ししたいという気持ちは私にもあるし、それに何よりラドちゃんの手料理が食べられるのだから、お金なんていくら払ってもいいぐらいだ。
「うん、分かった」
お皿は棚の中だね。
えっと、不破君と私とラドちゃんの分と……あれ、少しだけ汚れてる。
さすがに埃が付いているわけではないけど……濡らした布巾で皿を拭く。
家族の分の食器なんだろうけど、1人暮らしをしているから使わない食器は若干ぞんざいに扱っていたのかも。
よーし、この際だから全て綺麗にしておこう。
そしてうっかり床に落として割ったりしないようにしなきゃね。
「お米も炊けましたし、完成したですの」
ラドちゃんが肉じゃがを作り終わり、私は皿を用意したり盛り付けをしたりして、ラドちゃんの補助に回っていた。
そしてお惣菜のコロッケなども皿に盛り、居間へと持っていく。
「どうぞお召し上がりくださいですの」
ラドちゃんが得意げな顔で不破君に食べるよう急かす。
もう私も待ちきれないし、早く食べよ、不破君。
「では、いただきます」
「いただきますですの」
「いただきます」
3人一緒にいただきますを言った後、食事を始める。
肉じゃが、おいし。
こういう煮物系は味が染み込ませた1日後がおいしいというけど、それに匹敵する味をまさか作りたてで出せるとは。
そしてラドちゃんは多めに作っておいたらしく、「お夕飯もこれをどうぞですの」と不破君に言っていた。
「おいしい」
不破君も笑顔で箸を進めていく。
ご飯も炊き立てでおいしい。
これで食事が進まないはずがない。
「ごちそうさまでした。ありがとな、ラドリーちゃん」
不破君からのお礼の言葉を受け、ラドリーちゃんがとびっきりの笑顔になる。
「どういたしましてですの。じゃ、食器を洗ってくるですの。愛流お嬢様と不破君はゆっくりしていてほしいですの」
ラドちゃんが両手で皿を持つ。
扉は尻尾で器用に開ける……ってすご!
「……不破君」
部屋で2人きりになった隙に話しかける。
「どうしたの?」
「ラドちゃんのことなんだけどさ」
「一生懸命頑張って、それでいてずっと笑顔」
不破君の言ってることは正しい。
「でも、ラドちゃんは渡さないよ?」
いくら不破君といえども譲れない。
不破君は苦笑し、ソファにもたれかかる。
「大丈夫。それにラドリーちゃんが笑顔でいられるのは愛流さんと一緒にいられるからだろ」
「私と一緒?」
「厳密には、愛流さんだけじゃなくて愛流さんの家族と一緒だから。ラドリーちゃん、前のご主人様を家族もろともあの『エーリアン・リベンジャー』に変身した宇宙人に殺されたって言ってただろ」
不破君はそこで顔を少し暗くする。
家族が今いない彼は、どんな気持ちで話してるんだろう。
「ラドリーちゃん自身が笑顔で頑張ってられるのも、愛流さんたちが家族の愛情を注いでるからだと思う。俺1人だけじゃ絶対に無理な話だ」
不破君は小学生のころ、祖父以外の家族を失った。
本来、愛情が必要な年頃だったはずだ。
いや、不破君の祖父が不破君を愛していなかったとは思わないけど。
「だから愛流さんがラドちゃんにいっぱい愛情を注いであげなよ。言い方は悪いかもしれないけど、ラドちゃんが前のご主人を失った際に空いてしまった心の穴を、埋めてあげるんだ」
言われなくてもそんなことはわかっている。
「不破君は?」
……あ。
思わず呟いてしまった。
「俺? どうして?」
「家族がいなくて寂しいんじゃ」
「1人暮らしが大変で、もう寂しいって感じてる暇も無いし……それにこうやってラドリーちゃんと愛流さんが家に来てくれたし、それに岬もたまには遊びに来るしな」
そういう不破君の表情は実際に寂しそうとは感じなかった。
だけど……
それから食器洗いを終わらせた後もラドちゃんは不破君の家のお掃除を頑張っていた。
両親の部屋は鍵がかかっていて開かなかったらしく、その鍵も行方不明でその部屋だけが掃除できなかったらしい。
不破君は気にしないでと言っていた。
「ふぃー、疲れたですのー」
あらかたの部屋のお掃除を終えたラドちゃんが居間に戻ってきて、うーんと背伸びをしていた。
尻尾も心なしかへんにゃりしてる。
確かこの状態でへんにゃりしていたイラストが『ドラゴンメイド・リラクゼーション』にあったなぁ。
「お疲れ様。本当にありがとうな」
「どういたしましてですの。まだラドリーにしてほしいことはあるですの?」
いや、無理やり体を起こさなくても。
不破君がラドちゃんの手を取り、ソファに寝かせてあげた。
「じゃ、このソファの寝心地を確かめてみて。感想は後でゆっくりと聞くから」
「わかったですの」
上手いこと言うなぁ不破君。
自然と休ませつつ、後で聞くからという理由で休むのを長引かせようという魂胆だ。
「ラドリー、2人に助けてもらってこんなに優しくしてもらって……幸せですの」
ラドちゃんがすごく嬉しいことを言ってくれる。
でも、さすがにのんびりしてる状態でおぶさったりしたらラドちゃんの負担になるから我慢しなくちゃ。
「でも、前のご主人様が殺されたのに、ラドリーだけが幸せになっていいですの?」
ラドちゃんが横になりつつぽつりと呟く。
おそらく、今のは心の底で隠していた本音だろう。
「別にいいんだよ、ラドちゃん」
おぶさったりはしないが、ラドちゃんの傍へと行き頭を撫でてあげる。
「誰にだって幸せを望む権利がある。それは人間だけじゃなくて、ありとあらゆる生命体が望むことなんだよ」
「でも……」
「それにね、前のご主人様が今のラドちゃんを見たらきっと悲しむと思う」
ラドちゃんがごろりと転がり、私のほうに向き直る。
いつもの笑顔じゃなくて、真剣に問いただそうという顔だ。
「どうしてそう思うですの?」
「誰だってさ、自分のせいで誰かが不幸になってるなんて思いたくないんだよ。ラドちゃんは前のご主人様を差し置いて幸せになっちゃいけないなんて思ってる」
真剣になってる相手に茶化したりする気は一切無い。
私自身の言葉でラドちゃんに思いを伝えなきゃ。
「ラドちゃん自身がそんな風に思ってたらさ、前のご主人様は自分のせいでラドちゃんを苦しめてることになっちゃう。ラドちゃんが苦しんでることを前のご主人様は望むかな?」
「……望まないですの。ラドリーにはずっと笑顔でいて欲しいって言っていたですの」
「だったらいつものように笑って、幸せを望まなきゃ。そうしていたら前のご主人様だって絶対に幸せだって言ってくれるよ」
ラドちゃんがソファの上においてあったクッションに顔をうずめ、声を殺して顔を揺らし始めた。
「それに私がラドちゃんをずっと笑顔にしてあげる。不破君もラドちゃんがずっと笑顔でい続けることに協力してくれるよね」
「当然」
何一つ迷いが無く言い切ってくれた。
さすがは不破君だよ。
そして不破君もラドちゃんの背中を優しく撫でる。
これからもいっぱいいっぱい、ラドちゃんに幸せだと感じ続けさせて、笑顔でいてもらおう。
「見苦しいところを見せてごめんなさいですの」
ラドちゃんがまだ少しだけ眼を赤くして頭を下げる。
いやいや、泣くことだって自然な感情だ。
何も見苦しいところなんて無い。
「気にしなくていいって。それよりも、今日は本当にありがとう。すごく助かったよ」
不破君がラドちゃんの頭を撫でつつ感謝の言葉を述べる。
偽り無い言葉を聴き、本日何度目かの笑顔をラドちゃんが浮かべる。
この笑顔をずっと守っていかなくっちゃ。
「じゃ、また月曜日ね」
「おう、またな」
ラドちゃんと一緒に不破君の家を後にする。
不破君は笑顔で手を振り、私たちを見送ってくれた。
「……異質な力を感じたからずっと見ていたが……どうやら仇なす感じではなさそうだな」
そんな愛流とラドリーを高いところから岬が見下ろす。
「あの人の意思を……俺は見届け続ける」
その背中に烏の黒羽を生やし、腰に刀を携え、愛流とラドリーを見張るように上空を飛び続けていた。
だが、その眼が別の場所を見る。
「この気配は……」
「愛流お嬢様、どうしたんですの?」
ラドちゃんがきょとん顔で私を見てくる。
この違和感は私の中の『χ Card』が感じさせてるのだろうか。
「愛流さん」
後ろから不破君が声をかけてこちらに走ってきた。
その顔はいつになく真剣だった。
だとしたら、やっぱり。
「感じたの?」
「ああ、ラドちゃんがこの世界にやってきたときと同じ……『時空門』が開こうとしてる」
私も不破君もラドちゃんを思わず見てしまう。
その視線に気づいたのか、ラドちゃんが不安そうな顔になる。
「大丈夫よ。ラドちゃんを狙う敵がまたやってきたのなら」
「そーそー、俺と愛流さんとで蹴散らしてやる」
私たちの言葉を聴いてラドちゃんが安堵した顔になる。
「とりあえず行こう」
「うん」
違和感を感じる方向はここから……回れ右をした方向だ。
何があるのか知らないけど、身構えていかなくちゃ。
ラドちゃんはカードの状態に戻り、私の手へと戻っていく。
そして不破君と一緒に駆け出した。
このときの私たちはまだ想定していなかった。
来訪した者たちとの関わりが、大きな騒動を巻き起こすことを。
NEXT Story 『Three・Dragcraw marks』編 Start
ああ、これは前のご主人様との記憶。
優しかった女の子。
家事なんてほとんど出来ず、ドジばっかりだったラドリーを見捨てずずっと傍にいてくれですの。
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「ラドリー!」
思い出したくない嫌な記憶。
ご主人様の両親が殺され、そしてラドリーの前にご主人様が立ちはだかる。
「その竜の小娘をかばい立てするか」
ご主人様を守るのがメイドであるラドリーの役目なのに。
逆にご主人様がラドリーを守ってる。
これじゃちぐはぐですの。
「うん。たとえここで私が死んだとしても、ラドリーがいてくれたことが、私の生きた証。ラドリーは私に幸せを与えてくれた。あなたがラドリーを奪うのであれば私の幸せが奪われるも同然。だから守るの。ラドリー、逃げなさい。最初で最後の命令よ」
「……言葉だけで、守れるとでも?」
エーリアン・リベンジャーの肉体を手に入れた化け物が腕をなぎ払い、ご主人様の首を刎ね飛ばした。
ラドリーの足元に……ご主人様の首が……
あのときの悲しさと悔しさと怒りは声に出せなかったですの。
ラドリーがもしここで捕まってしまったら、ご主人様の最後の願いを無駄にしてしまう。
だからドラゴンに変身し、逃げ出したですの。
そしていくつもの世界を巡り、ラドリーはずっと逃げ……愛流お嬢様と不破君のいる世界にたどり着いたですの。
2人は一切逃げ出さず、見ず知らずのラドリーのために戦って、ご主人様の仇をとってくれたですの。
ラドリーを見捨てず、家に引き取って優しく接してくれている愛流お嬢様。
その気持ちはすっごく嬉しいし、愛流お嬢様はラドリーをすごく愛してくれて、心が満たされていくですの。
でも……ラドリーは思うですの。
前のご主人様を差し置いて……ラドリーは幸せになっていいですの?
「これでいいですの」
スーパーに昼食の買出しに来た私たち。
ラドちゃんがノリノリで材料をかごにポイポイと入れていく。
昼食には肉じゃがを作るらしい。
ラドちゃんは水を使う料理が本当に上手だ。
「ありがとな」
「いえいえ。不破君の好物が肉じゃがでよかったですの」
不破君も優しい笑顔でラドちゃんを見ている。
「ラドちゃん、私も手伝うよ」
「愛流お嬢様、ありがとうですの」
「じゃ、俺も」
「いやいや、不破君に恩返しするためですのに、手伝わせちゃダメですの。どーんと昼食が出来るのを待っていてほしいですの」
ラドちゃんがきっぱりと告げると、不破君が頷く。
ラドちゃんの純粋な思いを踏みにじらないためだろう。
「よーし、頑張るですの」
不破君の家に帰ってきて台所に立つ。
「お嬢様はまずお皿を用意しておいて欲しいですの」
肉じゃがだけやなくて、お惣菜もいろいろと買ってきた。
ちなみに材料費は全て私持ちだ。
不破君に恩返ししたいという気持ちは私にもあるし、それに何よりラドちゃんの手料理が食べられるのだから、お金なんていくら払ってもいいぐらいだ。
「うん、分かった」
お皿は棚の中だね。
えっと、不破君と私とラドちゃんの分と……あれ、少しだけ汚れてる。
さすがに埃が付いているわけではないけど……濡らした布巾で皿を拭く。
家族の分の食器なんだろうけど、1人暮らしをしているから使わない食器は若干ぞんざいに扱っていたのかも。
よーし、この際だから全て綺麗にしておこう。
そしてうっかり床に落として割ったりしないようにしなきゃね。
「お米も炊けましたし、完成したですの」
ラドちゃんが肉じゃがを作り終わり、私は皿を用意したり盛り付けをしたりして、ラドちゃんの補助に回っていた。
そしてお惣菜のコロッケなども皿に盛り、居間へと持っていく。
「どうぞお召し上がりくださいですの」
ラドちゃんが得意げな顔で不破君に食べるよう急かす。
もう私も待ちきれないし、早く食べよ、不破君。
「では、いただきます」
「いただきますですの」
「いただきます」
3人一緒にいただきますを言った後、食事を始める。
肉じゃが、おいし。
こういう煮物系は味が染み込ませた1日後がおいしいというけど、それに匹敵する味をまさか作りたてで出せるとは。
そしてラドちゃんは多めに作っておいたらしく、「お夕飯もこれをどうぞですの」と不破君に言っていた。
「おいしい」
不破君も笑顔で箸を進めていく。
ご飯も炊き立てでおいしい。
これで食事が進まないはずがない。
「ごちそうさまでした。ありがとな、ラドリーちゃん」
不破君からのお礼の言葉を受け、ラドリーちゃんがとびっきりの笑顔になる。
「どういたしましてですの。じゃ、食器を洗ってくるですの。愛流お嬢様と不破君はゆっくりしていてほしいですの」
ラドちゃんが両手で皿を持つ。
扉は尻尾で器用に開ける……ってすご!
「……不破君」
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「どうしたの?」
「ラドちゃんのことなんだけどさ」
「一生懸命頑張って、それでいてずっと笑顔」
不破君の言ってることは正しい。
「でも、ラドちゃんは渡さないよ?」
いくら不破君といえども譲れない。
不破君は苦笑し、ソファにもたれかかる。
「大丈夫。それにラドリーちゃんが笑顔でいられるのは愛流さんと一緒にいられるからだろ」
「私と一緒?」
「厳密には、愛流さんだけじゃなくて愛流さんの家族と一緒だから。ラドリーちゃん、前のご主人様を家族もろともあの『エーリアン・リベンジャー』に変身した宇宙人に殺されたって言ってただろ」
不破君はそこで顔を少し暗くする。
家族が今いない彼は、どんな気持ちで話してるんだろう。
「ラドリーちゃん自身が笑顔で頑張ってられるのも、愛流さんたちが家族の愛情を注いでるからだと思う。俺1人だけじゃ絶対に無理な話だ」
不破君は小学生のころ、祖父以外の家族を失った。
本来、愛情が必要な年頃だったはずだ。
いや、不破君の祖父が不破君を愛していなかったとは思わないけど。
「だから愛流さんがラドちゃんにいっぱい愛情を注いであげなよ。言い方は悪いかもしれないけど、ラドちゃんが前のご主人を失った際に空いてしまった心の穴を、埋めてあげるんだ」
言われなくてもそんなことはわかっている。
「不破君は?」
……あ。
思わず呟いてしまった。
「俺? どうして?」
「家族がいなくて寂しいんじゃ」
「1人暮らしが大変で、もう寂しいって感じてる暇も無いし……それにこうやってラドリーちゃんと愛流さんが家に来てくれたし、それに岬もたまには遊びに来るしな」
そういう不破君の表情は実際に寂しそうとは感じなかった。
だけど……
それから食器洗いを終わらせた後もラドちゃんは不破君の家のお掃除を頑張っていた。
両親の部屋は鍵がかかっていて開かなかったらしく、その鍵も行方不明でその部屋だけが掃除できなかったらしい。
不破君は気にしないでと言っていた。
「ふぃー、疲れたですのー」
あらかたの部屋のお掃除を終えたラドちゃんが居間に戻ってきて、うーんと背伸びをしていた。
尻尾も心なしかへんにゃりしてる。
確かこの状態でへんにゃりしていたイラストが『ドラゴンメイド・リラクゼーション』にあったなぁ。
「お疲れ様。本当にありがとうな」
「どういたしましてですの。まだラドリーにしてほしいことはあるですの?」
いや、無理やり体を起こさなくても。
不破君がラドちゃんの手を取り、ソファに寝かせてあげた。
「じゃ、このソファの寝心地を確かめてみて。感想は後でゆっくりと聞くから」
「わかったですの」
上手いこと言うなぁ不破君。
自然と休ませつつ、後で聞くからという理由で休むのを長引かせようという魂胆だ。
「ラドリー、2人に助けてもらってこんなに優しくしてもらって……幸せですの」
ラドちゃんがすごく嬉しいことを言ってくれる。
でも、さすがにのんびりしてる状態でおぶさったりしたらラドちゃんの負担になるから我慢しなくちゃ。
「でも、前のご主人様が殺されたのに、ラドリーだけが幸せになっていいですの?」
ラドちゃんが横になりつつぽつりと呟く。
おそらく、今のは心の底で隠していた本音だろう。
「別にいいんだよ、ラドちゃん」
おぶさったりはしないが、ラドちゃんの傍へと行き頭を撫でてあげる。
「誰にだって幸せを望む権利がある。それは人間だけじゃなくて、ありとあらゆる生命体が望むことなんだよ」
「でも……」
「それにね、前のご主人様が今のラドちゃんを見たらきっと悲しむと思う」
ラドちゃんがごろりと転がり、私のほうに向き直る。
いつもの笑顔じゃなくて、真剣に問いただそうという顔だ。
「どうしてそう思うですの?」
「誰だってさ、自分のせいで誰かが不幸になってるなんて思いたくないんだよ。ラドちゃんは前のご主人様を差し置いて幸せになっちゃいけないなんて思ってる」
真剣になってる相手に茶化したりする気は一切無い。
私自身の言葉でラドちゃんに思いを伝えなきゃ。
「ラドちゃん自身がそんな風に思ってたらさ、前のご主人様は自分のせいでラドちゃんを苦しめてることになっちゃう。ラドちゃんが苦しんでることを前のご主人様は望むかな?」
「……望まないですの。ラドリーにはずっと笑顔でいて欲しいって言っていたですの」
「だったらいつものように笑って、幸せを望まなきゃ。そうしていたら前のご主人様だって絶対に幸せだって言ってくれるよ」
ラドちゃんがソファの上においてあったクッションに顔をうずめ、声を殺して顔を揺らし始めた。
「それに私がラドちゃんをずっと笑顔にしてあげる。不破君もラドちゃんがずっと笑顔でい続けることに協力してくれるよね」
「当然」
何一つ迷いが無く言い切ってくれた。
さすがは不破君だよ。
そして不破君もラドちゃんの背中を優しく撫でる。
これからもいっぱいいっぱい、ラドちゃんに幸せだと感じ続けさせて、笑顔でいてもらおう。
「見苦しいところを見せてごめんなさいですの」
ラドちゃんがまだ少しだけ眼を赤くして頭を下げる。
いやいや、泣くことだって自然な感情だ。
何も見苦しいところなんて無い。
「気にしなくていいって。それよりも、今日は本当にありがとう。すごく助かったよ」
不破君がラドちゃんの頭を撫でつつ感謝の言葉を述べる。
偽り無い言葉を聴き、本日何度目かの笑顔をラドちゃんが浮かべる。
この笑顔をずっと守っていかなくっちゃ。
「じゃ、また月曜日ね」
「おう、またな」
ラドちゃんと一緒に不破君の家を後にする。
不破君は笑顔で手を振り、私たちを見送ってくれた。
「……異質な力を感じたからずっと見ていたが……どうやら仇なす感じではなさそうだな」
そんな愛流とラドリーを高いところから岬が見下ろす。
「あの人の意思を……俺は見届け続ける」
その背中に烏の黒羽を生やし、腰に刀を携え、愛流とラドリーを見張るように上空を飛び続けていた。
だが、その眼が別の場所を見る。
「この気配は……」
「愛流お嬢様、どうしたんですの?」
ラドちゃんがきょとん顔で私を見てくる。
この違和感は私の中の『χ Card』が感じさせてるのだろうか。
「愛流さん」
後ろから不破君が声をかけてこちらに走ってきた。
その顔はいつになく真剣だった。
だとしたら、やっぱり。
「感じたの?」
「ああ、ラドちゃんがこの世界にやってきたときと同じ……『時空門』が開こうとしてる」
私も不破君もラドちゃんを思わず見てしまう。
その視線に気づいたのか、ラドちゃんが不安そうな顔になる。
「大丈夫よ。ラドちゃんを狙う敵がまたやってきたのなら」
「そーそー、俺と愛流さんとで蹴散らしてやる」
私たちの言葉を聴いてラドちゃんが安堵した顔になる。
「とりあえず行こう」
「うん」
違和感を感じる方向はここから……回れ右をした方向だ。
何があるのか知らないけど、身構えていかなくちゃ。
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