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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第4話:ふたりの疑念

第4話:ふたりの疑念 作:光芒








「す……すごい……」

 デュエルの結末をその目で見届けた遊季都にはそんな言葉しか出せなかった。デュエルの決着直前のライフは男の7500に対し、遊大はわずか1700。数値にして5800もの差があった。しかし、遊大はそれをドラグーン、ユニコーン、ファントム・ドラゴン、そしてペンデュラム・ドラゴン。これらのオッドアイズモンスター4体の連携で覆したのである。

―――さすがのアタシもびっくりしちゃった。遊季都くんとアタシたちのデュエル以上に豪快な終わらせ方なんだもん。
―――だが、圧倒的不利な状態においてもそこに至るまでの道筋を描き、それを成し遂げた。あいつは……相当の手練れと言っていいだろう。

 悪魔2体も認めざるを得ない勝利へのプレイング。しかし、遊大は勝利を収めてもなお驕り高ぶることはなく平然としていた。これだけのデュエルを見せたのにも関わらず、気持ちを落ち着かせることができることに遊季都は本当に自分と同じ学年の人間なのか、と思わざるを得なかった。

「へへっ、俺の勝ち」

 ただ、大人びた中にも歳相応の無邪気さは持ち合わせているようで、遊大は後ろで呆然としている遊季都の方を振り返っては悪戯っぽい笑顔を浮かべてピースをしてみせる。今思えばデュエルの間ずっと強面の男たちに取り囲まれていたのだから、遊季都は大層落ち着かなかっただろう。この笑顔はそんな彼を安心させる意味合いも持っていたのだ。

「さてと……」

 遊大の笑顔を見て遊季都の顔に笑みが生まれたのを確認すると、遊大は目の前で片膝をついている男の方へと向き直る。デュエルには勝利したが、遊大にとっての戦いはまだ終わっていなかった。もちろんここで男たちに制裁を下すのは簡単なことである。しかし、やり方を一つ間違えればこの男たちは遊季都はもちろん彼の近親者にもその魔の手を伸ばすはずだ。遊大にとっての“勝利”とは遊季都たちから襲われる恐怖の芽を完全に摘み取ることなのである。

「デュエルの結果は俺の勝利です。そう言えばデュエルの前に俺が勝った場合のどうするか決めていませんでしたね……では今ここで要望を伝えます。赤崎 遊季都くんやその家族、友人たちから完全に手を引いてください。近づくことも禁止です」
「……」
「あなたは俺たちとは違う世界に住む人間ではありますが、一人のデュエリストでもあります。デュエルに生きてデュエルに死ぬ定めのデュエリストが、デュエルにおける約束を違えることは……しませんよね?」

 デュエルモンスターズというゲームの前には人種、肌の色、性別、思想信条、職業といったあらゆる条件が消える。誰でもカードさえあればデュエリストになれる。そのことがこのゲームを世界的なものへと変えた。故に警察も犯罪者も政治家も民衆も。誰もがデュエルの時は一人のデュエリストになるのだ。
 しかし、この男たちはデュエルこそできたとしても、そこに生まれる高潔な精神を持ち合わせてはいなかった。男が立ち上がったのと同時に遊大と遊季都を囲んでいた男たちが一斉に拳銃を構えたのだ。

「……これはなんのつもりですか? あなたちは仁義や義理人情というものを忘れてしまったんですか?」
「そんなんドラマや映画の中にしか存在しねえ。今の俺たちは言うなれば金の亡者さ。ハジキもヤクも……全ては金のためよ。金のためならなんだってするんだぜ俺らはな!!」

 頭目の男の指示一つで遊大と遊季都は銃弾によって蜂の巣にされてしまう。そんな状況とあれば遊大も遊季都もおいそれと動くことはできなかった。取り分け遊季都は今ここにいない3体目の悪魔のことを思い出していた。

―――もう、どうしてチャーハンを置いてきちゃうのよ!

 チャーハン、と言っても当然料理の名前ではない。それはラズベリー、ポップロックと共に遊季都と契約を交わした3体目の悪魔の名前である。人として現れた時は幼稚園児~小学校低学年くらいの年齢の少女として現れるが、その実態は巨大な蟹のような姿をしたれっきとした悪魔である。
 ラズベリー、ポップロック、チャーハンの3体のラズベリーの幻術によって遊季都の祖母・小町には遠い親戚の人間として扱われているが、人間として扱われているということは人間の社会に溶け込まなくてはならないことになる。そのため遊季都はチャーハンを自分がいない間家で一人過ごしている小町の遊び相手兼ボディーガードとして残してきていたのである。

(いや、チャーハンと遊んでいる時のばっちゃん凄く楽しそうだったし……)
―――遊季都の小町を思う気持ちもわからなくはないが、それで自分が危険な目に遭ってしまえば元も子もないぞ。
―――ああー、もう! チャーハンがこういう時に居てくれたら全部解決するのに!
―――……呼んだ?
(うわあっ!!)

 遊季都の脳裏にはラズベリーのものでもポップロックのものでもない者の声が響く。今は遊季都の家で小町と共に遊季都たちの帰りを待っているはずのチャーハンの声だった。遊季都の元にはチャーハンがデュエルモンスターズのカードに変身したカードもある。そのため離れた場所にいてもカードを通してすぐに契約者の下に駆けつけることができるのだ。

―――ちょっと、いつ来たのよ! こっちはこっちで色々大変だったんだから!
―――小町が……遊季都の帰りが遅いって心配してる。だから迎えに来た。
(ばっちゃん……)
―――何にせよいいところに来てくれた。お前の能力が必要になる。
―――能力……使う?

 悪魔は人間と契約することで、その人間に悪魔固有の能力を授けることができる。悪魔・チャーハンの能力は契約者の身体や触れたものを鋼鉄よりも固いものに変える“地獄の鉄鋼(ヘル・メタル)”というものであり、その力を持ってすれば銃弾などエアガンから放たれたBB弾以下のものに成り下がってしまうのだ。

(取り敢えずその力で俺の身体を固くして。だけど……)

 地獄の鉄鋼の力があれば遊季都は助かる。しかし、自分以外の存在を固くするには、その対象物に触れる必要があった。デュエルを行っていたのと、男の頭目に話を付けるために遊大は物理的に遊季都の手が届かないところにいた。もしこの状態で遊大に触れるために妙な動きでもすれば、遊季都が遊大に触れる前に、遊大の全身が銃弾によって撃ち抜かれる。それだけは絶対に避けなければいけないことだった。

(これでは遊大さんは……どうすれば……)
「遊季都くん」
「はい?」
「……俺が合図をしたら、すぐにしゃがんでくれるかな。大丈夫、君を守り抜くから」

 遊大がそう言うと、彼は両手を広げた。まるで自分は何もしませんよ、といったアピールのようなそれを見て男たちの中からは遊大を馬鹿にしたような笑い声が漏れる。もちろんそんな雑音など今の遊大には全く届いていないのだが。

「何の真似だ?」
「俺は無防備だってことを言いたいんです。今あなたたちに撃たれたら……」
「ここにきて命乞いかよ。見っともねえな! 悪いがどんなに謝ったって無駄だぜ? 俺たちに逆らった奴は誰であろうと消えてもら―――」

 男がそう言いかけた時である。遊大は遊季都にしゃがむように、と合図を出した。遊季都が言われるがままその場に身を低くしてしゃがみこんだのを確認すると、精神力を研ぎ澄ませる。そして、誰にも聞こえないような小声でこうつぶやいた。





―――我が内に眠る黒の竜よ。その爪牙を力として俺にもたらせ―――
 



 次の瞬間である。男が発砲の指示を出すより遥かに早く、遊大の手に握られた彼の身長の倍以上はある大きくて長い漆黒の槍が男たちの構えていた拳銃の銃身のみをその穂先から発せられた衝撃波で両断したのは。

「えっ?」

 何が起きたのかがわからないのは遊季都も同じである。さっきまで遊大が持ってなどいなかったはずの長槍が何処からともなく現れ、それが周囲を取り囲む男たちの拳銃を瞬く間に破壊したのだから。

―――……なにこれ。
―――アタシもわかんないって! なんであんなでっかい槍が突然出てくるのよ! 手品の類を越えてるわよ!!
(ねえポップロック……遊大さんももしかして)
―――契約者、だというのか……?

 動揺を隠せないのは男たちも同じである。さっきまでいつでも引き金を引ける状態であった拳銃が真っ二つに切られたのだから無理もない。今自分は何者と相対しているのだろうか、と得体の知れない恐怖感が襲い掛かってくる。そしてその恐怖感が具現化したかのような遊大が槍を持っては男たちの囲いを強行突破した。デュエルが強いだけではなく、魔法のような力までも使いこなす。そんな遊大を前にして男たちの余裕はすっかり恐怖へと変わっていた。遊大はそんな彼らの恐怖に付け込んだ。





―――我が内に眠る虹彩の竜よ。その神秘なる眼で全てを捉えよ―――






―――“魔眼”―――





 怪しく光る遊大の眼が遊季都を除く男たちの眼を捉える。遊大の怪しく輝く二色の眼を見てしまった男たちはもはや正気を保ってなどいられなくなっていた。

「……今すぐここを立ち去れ。そして警察に行って自分たちの罪状を洗いざらい告白するんだ」

 遊大がそう言うと、男たちはまるで獲物を求めて彷徨うゾンビのようにふらふらと一人、また一人と彼方の方へ歩いていってしまった。これでもう遊季都が同様の件で襲撃されることはなくなった。それを噛み締めた遊大はふう、と深いため息をついた。

「これで一件落着だね。遊季都くん、怪我はないかい?」
「はい。おかげ様で……あ、あの、遊大さん」
「?」
「ここ……見てもらえますか?」

 そう言って遊季都はワイシャツのボタンを第二ボタンまで外すと、自分の首筋を遊大に見せた。悪魔と契約した場合、身体の一部にその悪魔の痕跡が残るようになっている。遊季都がラズベリーと契約した時は彼の首筋にラズベリーのシンボルであるハート型の刻印が刻まれており、それは普通の人間には見えないものであった。

「……もしかして怪我を!? すぐに治療しないと……」

 だが、遊季都のそこを見た遊大の顔には珍しく焦りの色が見えた。遊季都が怪我を負うリスクを可能な限り排除したはずのだが、もしかしたら何かしら負傷をしてしまったのではないか、と。しかし、遊大から見て遊季都の首筋には何の傷もなかった。

「って、怪我は無いようだね。よかった」
「は、はい……」
(悪魔の刻印が見えていない……)
―――つまりアタシたちのような悪魔と契約してないってこと? でもだったらさっきの槍とかますます説明付かないよ?
(うん。でも悪魔の関係者じゃない以上……ラズベリーたちに危険は及ばないはずだよ)
「遊大さん、さっき持っていた槍は一体……」
「……槍? ああ、あれね。あれは……まあ手品みたいなものかな? で、さっきの男たちをここから立ち去らせたのは……一種の催眠・暗示のようなものと思ってくれていいよ。あ、でも俺がこう言うことしたってことは他の人にはなるべく言わないでね。その……皇子とか呼ばれちゃってるみたいだからさ」

 遊大にとって虹彩の皇子というどうにも分不相応なあだ名がこれ以上広まることは勘弁してほしい。なお噂は噂を呼ぶもので、今日の出来事も武勇伝の一つとして語り継がれるというのはまた別の話である。











「っと、もうこんな時間か……ここまで案内してくれてありがとう。もう少しだからあとは一人で行くよ」

 男たちとのデュエルもあって、すっかりと時間を取られてしまった二人。ニューサニーアップ事務所の近くにまで来た頃はすっかり夜の帳が落ちてしまっていた。

「あの、大丈夫ですか……」
「俺は大丈夫。それよりも遊季都くんがこんな遅くまで出歩いていると危ないよ? それこそパトロール中の警察官にでも見つかったら怒られちゃうからね」

 同い年なのに、と言い聞かせながら遊大による夜間外出のなんたるかを教わった遊季都。やっぱり弟のように見られてるんじゃないの、というラズベリーの声が聞こえたが、無視することにした。

「わかりました……あの、今日は本当にありがとうございました。遊大さんがいなかったら僕は……」
「それはこっちの台詞。あそこで遊季都くんに会えなかった未だに道に迷っていたよ。遊季都くんたちも気を付けてね? もう何もないとも限らないからさ」
「はい。でも今度は自分で自分を守れるようにします」
「うん、その意気だよ。そしてもし縁があったらさ……デュエルをしようね」
「はい!」

 遊大と遊季都はがっちりと握手を交わした。表面から見れば二人の少年デュエリストが確かな友情を結んだように見えるかもしれない。だが、遊季都と契約する悪魔たちは心境穏やかではいられなかった。

―――ねえポップロック、チャーハン。二人は気づいた?
―――……うん。
―――ああ。確かに高海 遊大は悪魔の契約者ではないと見ていいだろう。だが……

 ラズベリーたちは遊大のとある言葉を聞き逃さなかった。

―――“遊季都くんたち”……この場にはアタシたちを除くと遊季都くんと遊大くんしかいない。
―――もし白朧院 梓や黒田 盛雄といった遊季都の親友たちがいれば自然な会話だ。だが、一人しかいない遊季都相手に“たち”などという言葉を使うことはあり得ない。
―――……あの少年……私たちに気づいている。












(……さて、どういうことかな?)

 遊季都と別れた遊大は、手ごろな電柱を見つけるとそれに寄りかかっては顎に右手を添える。

(……赤崎 遊季都、悪魔と契約するデュエリスト。しかし、聞いていた話とまるで違う。彼自身はとても真っすぐで優しい心を持っている。そんな遊季都くんが……本当に……?)

 心の中に迷いが生まれ、確固たるはずの意志が揺らぐのを感じた。遊大は勢いよく顔を左右に振ると、自分のするべきことを改めて自分に言い聞かせる。そして右腕を紫色に輝かせてはそれを自分の身体にかざした。



―――我が内に眠る紫の竜よ。その魔術を以て我が身をも変えろ―――



 遊大が呪文のようなものを唱えると、首の後ろくらいまでの長さであった彼の紅い髪は瞬く間に腰の辺りまで伸びていく。それと比例する形で身長は10cmほど低くなり、肩幅が狭まっては腰幅が広がる。そして、彼の上半身には男性の身体にはまず現れない二つの膨らみが現れていた。

「さて、ニューサニーアップ事務所に向かいましょうか。狙いは彼の弟子たちにして指折りの実力者揃いである……チーム“クィーン・フォース”。そして―――」




















―――風峰 遊路(かぜみね ゆうじ)―――














 彼、いや彼女の紅と翠の瞳が夜の闇に怪しく輝いていた。















●次回予告

音無 林檎
「へぇ~、私たちと同年代なのにもう世界を狙えるデュエリストってすごいなぁ……やっぱり女の子に生まれた以上大舞台でキラキラしたいよね! それでいて美少女揃いなんだからもう憧れちゃう! でも高海君……そんな子たちに会いに行ってどうするんだろう」

次回 『女王の力』

音無 林檎
「ねえ、高海君……嫌がってるように見えて実は女装気に入ってない?」








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ター坊
遊大と悪魔の探り合いがシリアス感たっぷりです。
そう言えば、遊季都というより遊路を狙う目的は一体…。クィーン・フォースも巻き込まれるのか… (2019-01-10 10:08)
光芒
ター坊さん
ヤのつく人たちを退けたと思いきや不穏分子を蓄えた回になりました。この時点では遊大と悪魔は腹の探り合いのようですが、これが後々の伏線になります。

そして遊路を狙う理由も後々わかるようになります。でもプロローグあたりで察しのいい方はそれに気づいてしまっているでしょうね。 (2019-01-10 13:10)
ギガプラント
アニメやゲームのコラボ作品によくあるやつですね。他作品同士でその世界固有の能力的な物がを認識し合うという…。まぁしかしここはあのカオジェネと同様の世界観。少なくとも遊路先生は何を見ても驚いたりはしなさそうです…。
それにしてもとんでもない手品だ…お互いにデュエル以外でも相当の強さがありそうですね。 (2019-01-10 13:31)
ヒラーズ
固有の力で退けるからこそ王道。
シリアス感がある出会い、とんでもなくすごいデュエルに期待が膨らむ。 (2019-01-10 18:07)
光芒
ギガプラントさん
確かに多いですねそういう展開は。でも仰る通りDevil Driverの世界=カオスジェネレーションの世界でもあるので、他のキャラはともかく百戦錬磨の遊路あたりはちょっとしたことでは驚かないでしょうねw

>それにしてもとんでもない手品だ…
手品(大嘘)

ヒラーズさん
そういった固有の力で敵を打ち払うことはそのキャラの強さを上手く表現できる手段だと思います。

>とんでもなくすごいデュエルに期待が膨らむ。
あまりハードル上げないで下さいorz (2019-01-10 23:28)

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