EP44　共存を望む悪魔　作：ター坊

例えば１００人中９９人がダサいと思う服があったとしよう。当然、ダサいと思ってる人はそれを買うまい。しかしダサいと思っていない１人のカリスマファッションモデルが、これがトレンドだと宣伝すれば９９人中何人が寝返り、洒落ていると言い出して買い求めるようになるのか。
「ねぇ。あれってさぁ…」
「すげぇ、あのチャレンジャーＺだよ」
「相手イカサマしたのに勝ったっていうね」
「カッコイイよな」
「もしかしたら今年の優勝候補かも」
「今のうちにサイン貰おうかな…」
遊季都達が電車に揺られたり街を歩いていたりするとそんな声が耳に入る。数日前までは卑怯者だのイカサマなどと冷たい罵声を囁いていたのに、今では賞賛や羨望の温かい言葉が聞こえる。
【まー、良いけどさ。なーんか引っ掛かる】
【…でも、少なくとも前に進めただけ良いよ】
世間の掌の返しようにラズベリーが辟易するのも無理はないが、遊季都はそんな事は気にしてなかった。遊路の手を借りてのことだが、自分の小さな訴えが世間の評判を覆し、最終的にはデュエルモンスターズ業界の闇を払うことに少なからず貢献できたことに満足したからだ。
「着きましたわね」
「大きいなぁ」
そうこうしている内に着いたのは都内一の規模を誇る病院だった。遊季都達は神殿の広間のようなエントランスを抜けて入院棟へと進む。看護師ステーションで目的の病室を聞いて向かう。
「お見舞いに来ました」
礼儀正しく遊季都達は病室に入る。病室は落ち着きのある黒と茶の色合いの個室で、高そうな絵画や柔らかそうなベッドなど、まるでホテルのようだ。
「おう。来てくれてどうもな」
病室で待っていたのは勝上高校の丹下達だった。ベッドを起こして負傷したメンバーも初めて直で見る遊季都達に頭を軽く下げる。
「凄いですね」
「ああ、全くだ。俺達みたいなのがこんな立派な病院の個室に入れるなんて」
「しかも入院・治療費まで持ってくれるなんて、至れり尽くせりって奴だな」
「ＷＤＯ様様だな」
経済的に決して恵まれていない勝上高校の一生徒が何故こんな豪華な病室で治療出来るのか。実は今回の中村一派の被害に遭ったチームやその家族へ謝罪すると共に全力でアフターケアを行うとＷＤＯが動いたのだ。尤も、それらは遊路の鶴の一声で決まったことらしい。
「そう言えばオイラの近所にも氷室さんが来たなぁ」
「そうですの？」

～昨日～
トントン飯がある商店街にて。
「んん？確か天花高校の…」
「貴方はチャレンジャーＺの黒田さん…よね？テレビで見たわ。３回戦突破おめでとう」
「あ、ありがとう…。ところで、どうしてこんな所に？」
「ええ。実は貴方達が勝った次の日にＷＤＯの人が謝罪に来てね。ほら、私の家の店、潰れたって話したでしょ？」
「うん」
「それで今回のお詫びに新しいお店の開業資金を援助するって話があったの」
「えぇっ！？」
「しかもお金だけじゃなくて、同じ場所ではやりづらいだろうからって、新しく出店する店舗物件もいくつか紹介してくれて…。今日はその下見で来たのよ」

～～

「…」
盛雄の話を聞いて一同は遊路の圧倒的な権力、そしてそれを数日中に実行へ移す行動力に改めて驚嘆して黙りこむ。
「俺達が目指すチャンピオンだけど、デュエル以外も最強だな」
丹下がそうぼやいてみんなが苦笑いを浮かべた時だった。







カァカァカァ…

外からけたたましいカラスの鳴き声。１羽や２羽なんてものじゃない。
「なんですかね？」
遊季都が窓を覗く。その眼下には入院患者が気分転換に歩くためであろう緑生い茂る庭が広がっているが、そこをカラスの群れが次々と飛来してくるのだ。
「またか」
どうやら入院している丹下の仲間は知っているらしい。
「庭の真ん中に噴水があるだろ？」
「はい」
「その近くのベンチに女の子が座ってないか？」
「えっと…あ、はい」
遊季都は遠目で詳しくは分からないが、小柄な体とピンクっぽい病衣から小学校低学年くらいの女の子だと判断した。
「俺も他人の又聞きなんだけどよ。何でも動物に好かれているみたいで、俺が来る前も何処から湧いたのか野良猫が庭にわんさかやって来たらしいんだ」
「妙な話ですわね」
【【きっと悪魔かもねー】】
【えっ！？そうですの？】
梓はバジルの一言にドッキリするのだった。






遊季都達は丹下達と別れた後にあの女の子に会おうと中庭へと降りた。バジルの言う通り悪魔の仕業であれば、繰り返される動物の騒動を鎮めるために回収しなければならないからだ。だが、あの女の子は既におらず、職員がカラスの群れの追い払いに躍起になっていた。
「あの…」
「あら、君達は？」
遊季都達は手近な女性看護師にあの女の子に関して訊ねることにしたものの、手掛かりは動物を引き寄せる、ということしか聞いていない。見ず知らずの少女の所在を訊く赤の他人とはなかなか怪しいのではないかとふと思い始めてしまい、言葉に詰まる。
「…しょうがない、〔愛の奴隷〕」
「えっ…」





若干卑怯ながらも女の子の所在を聞き出した遊季都達はその病室の前に立つ。小児科専用の個室が並ぶフロアの一番奥にその子の病室があり、ドアには折り紙で作られた可愛らしいキャラクターの飾りが貼り付けられている。そのドアに手を掛けると否応なしに遊季都達の緊張は高まる。
【開けていきなり襲って来ないよね…】
【どうだろ。でも少なくとも真っ昼間にこんな人間の多い目立つ場所でドンパチやる馬鹿はいないと思うけど…】
【何かあれば我らが対応します】
【そう…なら】
遊季都は病室へと足を踏み入れた。ドアを閉め、ゆっくりと進むとベッドに女の子がいた。
「こんにちは！」
「こ、こんにちは…」
ツインテールで髪を留めるその女の子の元気な挨拶に遊季都達は拍子が抜けてしまう。
「あっ、顔のあれは…」
盛雄が気付いたのはその女の子の頬にある模様だった。花弁が５方向に伸びた花の中央に逆さにした星型のある紋章。こんな子供が刺青をするわけないし、今まで周りの大人がこんな目立つ模様に気付かない筈もない。
「ん？あ、もしかして おにいさんたち…あのチャレンジャーＺ！？」
「えっ！？そ、そう、ですけど…」
「ホンモノだ～！わたし、カナエっていいます！」
不安な遊季都達とは裏腹に女の子は天真爛漫と楽しそうに語りかけてくる。
「テレビで見てカッコイイとおもいました！いきなりきてびっくりしたけど うれしいです！！」
「あ、ありがとう」
褒めちぎるカナエに警戒していた遊季都達も顔を緩める。
【ちょっと遊季都くん！おしゃべりもそろそろにして本題！】
【あ、うん。そうだね】「あの、カナエちゃん」
「なんですか？」
「その顔の模様はやっぱり…」
「えっ、おにいさんたち みえるの！？ということはカマボコのともだちいるの？」
「？」
「カマボコ出ておいで？カマボコ？」
カナエがそう呼んで暫くすると備え付けの棚の引き出しから紫の煙が立ち込めて形を成していく。
‐巨大な蝉のような昆虫の脱け殻からウネウネと蛸足の触手が伸びた、なんともグロテスクな物体が風船のようにその場でプカプカ浮遊して現れた。
「これがカナエちゃんの悪魔？」
その異形の風貌にしばし言葉を失う。
「カナエちゃーん。入りますよー」
若い女性の看護師だろう。様子見のためかやって来て、ガラッとドアを開ける音がした。今、このショッキングな光景を見られたらと遊季都達に戦慄が走る。
「案ずることはない」
聞いたことのない低い声はカマボコであろうか、その声にみな振り返ると


ｼｭﾙｼｭﾙ…


カマボコは、椅子に座る腰の曲がった老人の姿になった。その丁度のタイミングで看護師が部屋全体を見渡せる位置に到達した。
「あら、おじいちゃん。いつの間にいらしたんですか？」
「着いてそこそこかの」
もはやこの病院のスタッフ全員に暗示を掛けているのか、看護師は何の違和感もなくカマボコと会話する。
「カナエちゃん、いつもおじいちゃん来てくれて良いね」
「うん」
どうやらカマボコはカナエの祖父として顔が通っているようだ。
「それでね、これから検査だから一緒に来てくれるかな？」
「きょうも？」
「これも病気を治す為だからね」
「カナエ。ちゃんと行ってきなさい」
「…うん」
カナエはカマボコに促されて渋々ベッドを出る。
「それではおじいちゃんと…ええっと…」
「ああ。この子達はワシが呼んだ友達の孫での。カナエの話し相手にと思って」
「そうですか。では、少しカナエちゃんを検査室の方へお連れしますので少々お待ち下さい」
看護師はそう言ってカナエを連れ出した。
「…ふぅ」
この場での急を凌げ、遊季都達は安堵の息を漏らす。
「ふーん。おじいちゃんを装うなんて」
遊季都のデッキケースが光り、そこからラズベリーが飛び出す。それに続くようにポップロック・チャーハン・バジル・ブルーハワイも人間形態で集合した。
「あれ？ブルーハワイ…」
「ん？そう言えばボクの人間の姿は初めてだったね」
ブルーハワイはベレー帽を被り、ブレザーのような制服を着た小柄の中性的な男の子、それがブルーハワイの人間形態である。
「お主たちも生きておったか」
「まぁね。簡単には死 ねないね」
「うん」
「「おひさー」」
「お前もよく無事だった」
人智を越えた悪魔が６体。されど再会を喜ぶ姿は人間と変わらない。
「…して、こんなに集まったのは、もしや…」
「あ、はい。実は…」
遊季都はこの病院での動物騒動の事を訊ねた。カマボコは何故かホッとした顔をして答える。
「それはワシと契約してカナエが得た能力〔自然の代弁者(バイオ・スピーカー)〕じゃな」
「バイオ…スピーカー？」
「人間以外の言葉を持たない生物との対話が可能になる能力じゃ」
「…それ、だけですの？」
「左様」
「ええっ…」
意外と呆気ない能力に梓をはじめ、遊季都と盛雄も狐につままれた気分になる。今まで遊季都達が見てきた悪魔の能力は人の心を意のままに操ったり物理現象をねじ曲げたり、一歩間違えれば犯罪や命に関わるような危険な能力が多かった。その分、生き物と会話が出来るだけというカマボコの能力は些か地味に映る。
「じゃあ、動物の騒動は…」
「恐らくカナエ自身が生物に好かれているだけじゃろう。ワシの能力はあくまでも対話が出来るだけ。命令はできんし、応じるも否もその生物次第じゃ」
「そう、ですか…」
確かに動物の気持ちになれば、自分の発する言葉を理解できる人間がいれば寄ろうと思ってもおかしくないだろう。それに現時点では怪我などの直接的な被害もない。わざわざデュエルで戦って取り上げる必要はないと遊季都達は思い始めた。だが、悪魔達は腑に落ちないといった表情でカマボコを見ており、ラズベリーが切り出す。
「ねぇ、アンタは足りてるの？」
「ああ。ここは病院だからのぅ。病魔に蝕まれる絶望、理不尽な運命を呪う怨嗟、死を見送る悲壮…負の力はいくらでもある」
「そう…。で、やる気は？」
「…」
ラズベリーの質問にカマボコは口を閉ざしてしまう。ピンと空気が張りつめたのは遊季都達にも感じられた。
「…ハッキリ言って天界と戦うのは無理と悟っていておる」
「はぁっ！？そんな弱気な事言って、アタシ達の魔界をほっとけって言うの！？」
「ちょっ、ラズベリー…」
珍しいラズベリーの激昂に遊季都は動揺しながらも止めに入る。
「うっ…」
「ラズベリーよ。冷静に考えてみよ。ワシらの同胞はあとどれ程残っておる？」
「それは…」
天界に滅ぼされ人間界に逃げ延びた悪魔の正確な数は悪魔自身も把握できてないが、悪魔達は内心カマボコの言う通りだと思っている。１０分の１、いや、それよりも少ないかも知れない、と。
「ワシはもはや老いぼれ。加わったにしても大した戦力にはなれん。それに…」
「それに？」
「カナエと共にいて思ったのじゃ。人間は脆弱じゃが脆弱ゆえに尊く愛しい…。そんな人間と共に余生を過ごすのも悪くない、とのぅ」
カマボコは本物の人間のおじいさんのように、しんみりと語るのだった。