EP41　後悔するくらいならやっちまえ　作：ター坊

ｶﾞﾀﾝｶﾞﾀﾝ


それぞれが事故や襲撃に遭った翌日。遊季都は電車に乗っていた。隅っこの席で背を丸くして鞄を抱き締めるように座っている。

「ねぇ…あの子ってまさか」
「テレビでやってた？」
「人は見かけによらないなぁ」
「てか明日出るのかな？」

ノイズのようなヒソヒソ話に遊季都はより縮まることくらいしかできないでいた。
「…」
遊季都をじっと見る目。幼稚園くらいの男の子だろうか。
「ママー！わるいことしたひといたー！！」
指を差して車内隅々に聞こえるくらいの大声で発せられる無邪気で残酷な一言。その声に母親と思われる女性が飛んでくる。
「…大声出しちゃダメでしょ」
遊季都を見るなり、子供にそう小声で注意して立ち去ってしまった。遊季都は席を立ち、目的の駅の２つ手前のところで降りることにした。



遊季都は目的の駅の改札口を通り抜けて黙々と歩くが、周囲の人と比べるとその足取りは遅れている。
【…あのさ遊季都くん…。辛いんだったら帰っちゃお？】
【うん…。そうできればいいんだけど…】
【何も無理にやらなくてもさ…】
【無理してる訳じゃないんだ。諦めたくはない。けど…本当にこれで良いのかなって迷ってるんだ…。風峰プロに迷惑掛けて、白朧院さんや黒田さんも巻き込んで…。僕が頑張ろうとすればするほど…】
誰に何と言われようと自分は正しいと貫く。優勝することで過去の自分とは違うということを世間に示す。それが遊季都が掲げたデュエル甲子園の目標であった。しかし現実はどうだろう。自分の目標のために勝つとこうして他人に迷惑を掛けて傷つけてしまう。この葛藤が遊季都の心に影を落とさせる。。
【…あっ、危ない！】
ラズベリーの咄嗟の一言で遊季都は立ち止まる。赤信号で止まる人混みの中で遊季都だけが一歩はみ出していた。




そもそも、何故遊季都は電車に乗ってここまで来たのか？それは盛雄からの連絡だからだ。トントン飯で落ち合おう、直に会って相談したいことがある、という内容のメールが朝届いたのである。あのパン屋の女子生徒のように何か嫌がらせがあったんじゃないか、もしこれを機にチームを抜ける、いや、デュエル自体を辞めると行ったら…、それを考えただけで遊季都の足は重くなる。遊季都が歩いてトントン飯が見えた頃であった。
「あら、赤崎さん？」
「あ、白朧院さん」
梓とバッタリ会う。
「赤崎さんも黒田さんのメールを？」
「はい…。何かあったんでしょうか…」
そうこう話している内にトントン飯の前に立つ。扉には本日貸切の札が掛けてあり、どんな話し合いの席を設けているのかと身構える。
「し、失礼します」
遊季都はガラッと扉を引く。

「へいっ！いらっしゃい！！」
「お、主役が来なすった！」
「生で見るとちっこいなぁ！」
「女の子めんこいのォ…」
「バカ！なに言ってんだい！」ﾍﾟｼｯ

緊張が飛ぶような威勢の良い声で迎えてくれたのは盛雄の父であった。それを追うように客席に座る中年のおじさんおばさん集団も遊季都達に歓迎の声を挙げる。
「こ、これは一体…」
自分の想像とは真逆の軽さと明るさに遊季都は呆気にとられる。
「や、やあ…」
集団の中から盛雄が遠慮がちに出てきた。
「これってどういうことですか？」
「それが…なんて言えば良いか…」
「それならば私から説明しましょう」
「あ、ルナテシアさん…」
下町っぽい賑やかさからは少々浮いているスーツ姿のルナテシアがこの経緯を説明する。

実はこのトントン飯にもヤク ザがやって来たが、この妨害を予見していた遊路の手配でルナテシア達ＳＰ隊が鎮圧、事件の仔細を聴いた盛雄の父が遊季都達のために激励会を開いた、という訳だ。しかも周りの商店街の仲間も呼応してやって来たのだ。

「僕達の…激励会を？どうしてですか…？」
「そうだな…感謝だな」
「…感謝？」
盛雄の父が厳つい顔に似合わない笑みで語る。
「盛雄は昔っからトロくて意気地無しでよ。けど、このデュエル甲子園を見ててコイツにもこんな根性があったのかって驚かされた…」
「父ちゃん…。…確かにそうだなぁ。オイラがここまで頑張れたのは赤崎くん達のおかげだぁ…」
「だからよ。盛雄のダチ公になってくれた礼って訳だ」
「でも、僕達がいると…ご迷惑なのでは…」
遊季都の懸念は自分と関わった周囲への風評や被害である。それは遊季都の幼少にも経験している。８年前の事件後、孤立した中でも庇ってくれる子も少しいたが、翌日にはその子までいじめの対象になっていて、申し訳なさでより深く傷ついたことを遊季都の心に刻まれているのだ。
「…オーナーの言う通りですね」
「えっ？」
「こちらをどうぞ。オーナーから預かった手紙です」
ルナテシアは仕事上ポーカーフェイスを崩さないが、優しい口調で遊季都に手紙を渡した。遊季都は早速目を通す。

『
遊季都へ
元気にしてるか？俺はオッサンに囲まれながらの尋問に飽き飽きしてきたところだ。たかが数日程度しか帰れていないというのに、月単位での長期出張のように遊月、美羽、大和、雛里との食卓や風呂が恋しいと思う。
…さて能書きはこの辺にしようか。きっと優しいお前の事だ。この一件で色々な人に迷惑を掛けてしまったと罪悪感に苛まされていることだろう。これ以上戦い続けるべきか悩んでいるだろう。
もしそれが苦しいなら無理強いはしない。やめても良い。ただ、やめる前に自分の心を見てみろ。もし自分がやめたら何を後悔しそうか、誰が悲しい顔をしそうか。それが１つでも浮かぶようなら…。
』

遊季都は目を閉じる。浮かべてみる。想いを、顔を－
















《遊季都くん♪》
《赤崎さん》
《赤崎くん》
ラズベリーたち悪魔や梓・盛雄、出会って共に戦う仲間－




《誰に何と言われようと自分は正しいと貫きます》
過去に立ち向かう覚悟－




《だから…コイツを、決勝戦に連れて行って欲しいんじゃ…》
《だからあいつらをぶっ飛ばしてくれ！》
《嫌がらせとかに負けないで、あいつらに勝って！！》
凌馬と勝上・天花高校の丹下・氷室、想いを託された人－




《分かりました。それじゃあ僕がチームリーダーになります》
今を戦い抜くと誓った決意－




《そこでさっきと同じ質問をするから、今度はちゃんと答えろよ？》
《盛雄のダチ公になってくれた礼って訳だ》
遊路や商店街のオジサン達、自分を応援してくれる人－




そして何より－
《デュエルモンスターズは…僕にとって昔からの友達みたいなものだから…》
デュエルモンスターズが大好きという気持ち－















（…なんだ。後悔することばっかりじゃないか…）
遊季都はそっと目を開けて手紙を折り畳んでポケットにしまう。
「赤崎さん。風峰プロはなんと仰って？」
「…後悔するくらいならやっちまえ、だそうです」
梓の問いかけに遊季都は晴れた表情で返した。



「さぁ、今日は激励会だから金は取らねぇよ！好きなだけウチのカツ食いな！明日の勝負、勝てよ！！」
「は、はい…」
気持ちもスッキリした遊季都と仲間達はトントン飯名物の富士山トンカツに圧倒されるも盛雄の父の心意気に感謝しつつ１枚１枚箸でカツを掴む。
「俺達も良いのか！？」
「よっ！大将太っ腹！」
「ばっきゃろう！おめぇらじゃねぇ！」
下町情緒溢れる雰囲気は騒がしくも心地好く、自然と笑みがこぼれる。
「おう、アンちゃん達！良かったらこれもどうだい！？」
「え、これは…」
オジサンの１人がドンッと酒の一升瓶を置く。
「あの…申し訳ありませんが私達は未成年でして…」
「嬢ちゃん安心しなって！これは特上甘酒だ！さぁ、飲んだ飲んだ！！」
「…はぁ…」
オジサンがグビグビとコップの縁ギリギリまで白濁の甘酒を注ぐ姿を梓は苦笑いで見るしかなかった。





そんなこんなで夕方頃に宴は終わり、遊季都と梓はトントン飯を出る。
「黒田さん。今日はありがとうございました」
「とても美味しかったですわ」
「うん。…なぁ赤崎くん」
「何ですか？」
「明日…頑張ろうなぁ」
「はい！明日！！」ｽｯ
「ええ…明日…」ｽｯ
「明日」ｽｯ
遊季都が手を差し出すと梓と盛雄も重ねるように手を伸ばす。その後、３人共照れ臭そうに少し口許を綻ばせた後、遊季都と梓はルナテシアの車に乗って家路に着いた。

車内にて、遊季都は唯一の懸念をルナテシアに問おうとした。
「あの…」
「ご安心下さい」
「えっ？」
「今後誰かがトラブルに巻き込まれませんか？と聞きたかったのでは？」
「は、はい…」
ルナテシアはまるでエスパーのように遊季都の質問を言い当ててみせた。
「チャレンジャーＺの皆さんのご自宅や縁深い場所には私達ＳＰ隊が警戒しているのでご安心を」
「ありがとう…ございます…。あの…なんで分かるんですか？」
「…オーナーに似て、考えている事が分かりやすいのですよ」














そしていよいよＣ・Ｄブロック３回戦当日を迎えた。既にＣブロック側は終わり、間もなくＤブロックのデュエルが開始される。
決意と覚悟を秘めて遊季都達が入場するが現実は甘くない。
「かーえーれ！かーえーれ！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「卑怯者ー！！」ｶｰﾝｶｰﾝ
「このデュエリストの恥さらしー！」ﾌﾞｰﾌﾞｰ
「おーっと、お客様！お気持ちはお察ししますが物品は投げないで下さい！」
入場のＢＧＭをかき消さんばかりの罵詈雑言とブーイング、雪合戦の雪玉のように飛び交う空き缶などのゴミ、雑誌記者のフラッシュ等が遊季都達に一斉掃射される。記事の真相も雷武達の蛮行も知らない大観衆にとって遊季都達チャレンジャーＺは悪びれずに図々しくもデュエルフィールドを踏み汚す虎の威を借る狐の悪役に見えているのだろう。
「あ、赤崎くん。あれ」
「あ…」
しかし、冷たい罵声の雨の中に応援してくれる温かい太陽が混じっていた。商店街のオジサン達は自分の店を休んでまで来てくれたようなのだ。遊季都達からは遠くて声が届かないが、応援を張り上げているであろう必死な姿と目立つ赤い旗を遊季都はしっかり捉えていた。
（ありがとうございます、みなさん。僕、絶対に勝ちます！）




一方で先にデュエルフィールドに登壇している雷武ら六錐高校の面々は肩を寄せてコソコソと相談していた。
「おい、どうなってんだよ雷武。全員ピンピンしてるじゃねぇかよ」ﾋｿﾋｿ
ガタイのデカイ奴はその逞しい姿に似合わず動揺し、
「今回も楽勝って言ってたジャン！」ﾋｿﾋｿ
ギャルメイクを決めた女子生徒は雷武に文句を垂れる。
「まさかアニキの手下がしくじるとは…」ﾋｿﾋｿ
「どうすんだよ。俺達じゃ勝てっこねぇよ」ﾋｿﾋｿ
「アタシ即サレして帰っていい？」ﾋｿﾋｿ
「なーに。大丈夫だって。ボクにはまだ奥の手があるからね」ﾋｿﾋｿ