EP40　襲い来る魔の手　作：ター坊

その集団に連れられて遊季都達は会場の喧騒から離れた屋外裏手のスペースに辿り着いた。こんな場所で何をされるのかは不安だったが、その一方で彼ら彼女らは脅したり暴行したりする素振りや態度は見えなかったので不思議に思う。
「あの…貴方達は…」
「俺は勝上(かちあげ)高校の丹下だ」
「私は天花（あまばな）高校のデュエル部部長の氷室です…」
「…何の用でしょうか」
遊季都が相手の出方を伺うように訊ねると代表の丹下が意外なことを言う。
「お前らもアイツに嵌められたのか？」
「アイツ？」
「雷武だよ。中村雷武。六錐高校、お前達の明後日の相手の」
「中村…あの眼鏡の…！」
「そうそう！」
遊季都の肩が少し震える。それを察してか梓が代わりに言葉を続ける。
「嵌められた、とはどういう事ですの？」
「ああ。俺達は第１回戦で六錐の奴と戦った…いや、勝負にならなかったんだ…」
「んん？どういうことだぁ？」
「試合の前日、メンバーの一人が闇討ち食らったんだ」
「えっ！？」
「そいつは腕の骨が折れる程の重傷で今も病院にいるんだ…」
丹下の声は涙ぐむ。
「で、ですが六錐高校が仕掛けたという証拠は…」
「いや、それがこの証拠だ！！ほら！！」
丹下の取り巻きのヤンキーがそう吠えて取り出したのは厚みのある茶封筒で、そこから札束が出てくる。
「そ、それは…」
「俺の家は貧乏でよ…。デュエルの適当なところでサレンダーしてくれたら５０万やるって雷武に言われたんだ…。滞納してた家賃を耳揃えて払えると思ってそれに乗っちまった…。そしたら」


《おい、てめぇ！》
《え？金なら渡したじゃないか》
《ふざけるな！本物はこの１万だけであとは全部カラーコピーじゃねぇか！！》
《おやおや～？そんな事言って良いのかなー？》
《あん？》
《１万でも金は金だよ？君は賄賂を受け取って八百長に加担したってことになるから将来デュエリストになるって言うなら汚点になるよねぇ？》
《くっ…》
《そもそも訴えたところでプロの弟のボクと偽札持ってる君、みんなどっちを信じるかな～？》


「俺は馬鹿だったよ。それに仲間を裏切った最低のクズ野郎だ…！」
「私だってそんな感じだった…」
氷室も今にも泣き出しそうな声で話し始める。
「私の家はパン屋さんなんだ…。でも２回戦に進んで六錐高校との対戦が決まってからおかしくなったの。急にヤク ザみたいなのが入り浸るようになってゴキブリ蒔かれたり落書きされたりして、お店潰れちゃったの…。絶対おかしい！あいつらが絶対関わって…！！」
「ちょっ、落ち着いて！」
ヒステリックになりそうな氷室を仲間が宥める。そのあまりの惨状に遊季都達は言葉を失う。
【人間とは斯くも恐ろしきものか】
【うん。やりすぎ】
【自分の栄光のために他人を踏みにじる。よっぽど悪魔より悪魔らしいわね】
【【こわいねー】】
【全く醜いものだ】
悪魔にこうも言われるとは六錐高校も末である。一方で遊季都はある結論に至る。
（とても雷武さん１人でやったとは思えない。ということは彼の兄の羅龍風プロの差し金？…だとしたら僕の８年前のデュエルはやっぱり…）
「だからチャレンジャーＺ！頼む！！」
丹下が床が割れるくらいの勢いで土下座をする。
「俺達は色んな思い背負ってこの舞台に来たんだ！それなのにあいつらは俺達を虫ケラみたいに踏みつけやがって！だからあんな奴らが悠々と勝つなんて許せねぇ！だからあいつらをぶっ飛ばしてくれ！」
丹下の土下座に呼応するように氷室も頭を下げる。
「私達からもお願い！無責任かもしれないけど嫌がらせとかに負けないで、あいつらに勝って！！」
魂の叫びというべきか、その全員が必死に懇願する様を目の当たりにし、遊季都達は首を横に振ることは出来なかった。












Ａ・Ｂブロック第３回戦が終わり、遊季都達はそれぞれの帰路に着く。


遊季都は自宅に戻ろうと駅のホームにいた。夕方前のためか、学生くらいの若い人が多い。遊季都は電車の扉が来る列待ちの先頭にいたが、ぼんやりしていた。こんな自分があの人達の願いに応えることが出来るのか、また１つ悩みを抱えてしまった。




ﾌﾟﾙﾙﾙ…ドンッ！

「っ！？」
それは明らかにすれ違い様に少しぶつかってとかそんなレベルではない。遊季都は明確に誰かの手によって押し出されホームに落ちてしまったのだ。遊季都は何が起きたのか一瞬理解出来なかったがすぐに体勢を起こす。遊季都の視線の先には電車が迫って来る。ホームへの到着－轢かれるまであと２０秒というところだろうか。
「痛っ！」
それを見て遊季都は逃げようとするが落ちた拍子に足を捻ったらしく早く動けない。これでは轢かれない範囲まで逃げるのは不可能。ホームは低身長の遊季都には昇れそうになく、目の前で起こったことに他の人もパニックになっているようだ。これらの事から遊季都が取った行動は
「〔愛の奴隷〕！！」
指差す先には女子大生くらいの女性がおり、術を掛けた瞬間に目の光が失われて奴隷と化す。
「僕を引き上げて下さい」
遊季都がホームに近づいて命令するとその女子大生は迷わずに近づき遊季都の手を掴み、グイッと引く。軽いとはいえ、普通の女性の力で遊季都を引き上げるのは苦労するが〔愛の奴隷〕によってある程度身体能力がアップしているので楽々とホームに戻してくれる。
「解除」ﾊﾟﾁﾝ
「…へっ？あれ？」
遊季都が〔愛の奴隷〕を解くと、女子大生は何が起きたか分からないと混乱していたが、その直後に急ブレーキを掛けた電車は遊季都がいた場所を通過した。
「一体…誰が…」
遊季都は冷や汗をかきながら辺りを見渡す。
「君、大丈夫？」
「え、はい…。ありがとうございました」
〔愛の奴隷〕を掛けた女子大生が戸惑いながらも遊季都を気遣ってくれた。







遊季都が大変な事に巻き込まれていた頃、盛雄も同様に家路を急いでいた。
（ふぅ、ふぅ…父ちゃん達、大丈夫かなぁ…）
氷室の話を耳にしてから盛雄の足は無意識に早歩きになって息を切らしていた。物こそ違えど同じ食べ物を扱う店としてはあんな事をされては、そう想像すると気が気でなかった。
大通り前のビルの修復工事の現場の側を通った時だった。



ガラガラガラ！！

足場の鉄骨が崩落して、道路に迫って来る。その下には盛雄の他に子連れの母親や自転車に乗る男など大勢の人がいる。
【ふむ盛雄。ボクの力を使いたまえ】
【そっか！よぉし…！】
盛雄は降ってくる鉄の雨に向かって叫ぶ。
「ポヨポヨン！！」
その直後に鉄の雨は道路に降り注ぐ。
「危ない！」
子供を庇って母親が覆い被さるが、

ポヨポヨン♪

「？」
〔非生物の奏者〕の効果によって、固いはずの鉄骨が柔らかいゴムボールみたいな弾力を帯びたおかげでぶつかっても大して痛くなく、当たって跳ね返ったものは小さくバウンドして地面に転がった。
「ふぅ…良かったぁ…」
当然盛雄も無事で、怪我人もなく事なきを得た。







足場崩壊の大事故の発生時、別の場所では梓は疾走していた。鉄バットを持った二人組に追われながら。
少し前、魅河荘に帰る途中の曲がり角で梓はこの二人組に遭遇した。フルフェイスのヘルメットを被っているので顔は分からないがその危険性を察知した梓は一目散にダッシュした。学校では運動の成績も良い梓だが、さすがにバテ始めてきた。まだ距離を離しているが、いずれは追い付かれる。梓の走る先には公園があった。
（そうですわ…！）
何かを閃いた梓はラストスパートで公園に向かい、公衆トイレに入った。



鉄バット二人組は公園に入って辺りを見渡す。辛うじて公園に入った梓を目撃したため、何処かに隠れてやり過ごそうとしているのではないかと考えたのだ。木の上や植え込みや遊具を覗くが見当たらない。もうここにはいないかもしれないと鉄バットの１人が振り返った時、トイレから覗く人影を見つけた。その人影はしまった！と言わんばかりに走り出すが、転んでしまう。その人影は梓で、逃げ切れたと思って様子見のために出てきたのであろう。梓が起き上がらない内に鉄バットが駆け寄ってきて
「や、やめt」

バコッ

懇願する間もなく梓の頭に一打。その後は背中に、腰に、また頭に、脚に…何度も何度も鉄バットで叩かれる。叩き続けて動くどころか呻き声すら挙げない梓を見て二人組は見切りをつけたのか、周囲を確認しながら走り去り、公園には血と痣にまみれた梓だけが残された。






「…まさかあれが…」
公衆トイレから出てきたのはボロボロの梓とは別の梓…そう、二人組が散々叩いたのは〔贋作の陶芸家〕で作り出した偽物で、梓本人はトイレの個室の中から操作していたに過ぎない。
「皆さんは大丈夫でしょうか…」