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虹彩竜と歩むもの/第107話:紫苑 作:光芒







『虹彩竜と歩むもの』   第三章





 時が流れるのはやはり早いもので、猛暑の日々は既に遠い昔のように思えてきた。セントラル校は2学期を迎え、生徒たちは数週間後に迫った文化祭に向けて準備を始めていた。
 この学校における文化祭は他の普通制の高校と変わらず、生徒たちが部活毎に分かれて出し物をする。そのため部活に所属している陸や留奈といった生徒たちは自然とそちらの方に駆り出される。

「じゃあちょっくら行ってくるわ」
「ああ。サッカー部は何を出すんだ?」
「俺らはフライドポテト。まあ作るの楽だしな、ほら男所帯だと細かい料理苦手な奴らばっかだからよ」
「そうか。まあ火傷とかには気を付けろよ」
「サンキュー。仁も俺がいない間頼むぜ?……遊大のこと」

 国広 陸と大空 仁は秋になってもいつもと変わらない日々を過ごしていた。陸はサッカーにデュエルとこの学校の生徒らしい青春を謳歌し、仁は部活にこそ所属していないものの、デュエリストとして、そして将来の夢に向けて研鑽を重ねていた。

「……陸は?」

 陸を見送った仁の耳が寝室から聞こえた声をとらえる。二段ベッドの上からは、寝間着に着替えた遊大が顔を覗かせていた。

「今出ていった。部活に所属している奴らは大変だな。舞原はダンス部として、音無は合唱部としてそれぞれの公演の準備。孫は茶道部として出店の準備に大忙しだ。おかげで部活に所属していない俺や礼はだいぶ暇しているよ。最も礼は美鈴の手伝いに行っているそうだが」
「そっか……ねえ、俺もそういうことした方がいいのかな?」
「遊大、お前は休んでいろ。未だに安定していないんだろう?」

 しかし、一人だけ日常生活に大きく変化が起きた人間がいた。高海 遊大その人である。夏休みの講習の際にダーク・リベリオンに続く第二の精霊、クリアウィングの力をその身に発現させた遊大であるが、彼は夜眠る時に毎晩のように謎の夢を見ることが多くなっていた。
 その夢は、まるで過去に起きた出来事が走馬灯のように再生される形式のものであり、遊大の身体にクリアウィングが現れた夜に同じ部屋で眠った美鈴たち四人の見た夢とほとんど同じ内容であるという。
 夢に出てくるのは五人。黒と白、二つの相反する色が混じり合った髪をした気品と威厳溢れる美しい青年、そしてそんな青年に付き従う黒い鎧の戦士に白い鎧の騎士。オッドアイをした赤い髪の子供と紫色の髪の妖艶な美女だ。もちろんその五人に遊大は心当たりがない。美鈴たちはそのうち戦士と騎士がダーク・リベリオンとクリアウィングに酷似していると言っていたため、その二人が現れたことでその夢を見るようになったのだろう。

「うん……でも勉強やデュエルに影響はないし、食欲だってある。でも前に比べて凄く疲れるようになったというか……」

 あの日からクリアウィングが遊大の身体に現れたことはない。そのため傍から見ればいつもと変わらない様子の遊大は普通に日常生活を送れているようには見える。しかし、連日連夜見るその夢は、間違いなく遊大という一人の人間の精神を疲弊させ、彼の身体を摩耗させていた。
 そのため、遊大はここ数日授業が全て終わった後は真っすぐに寮の部屋に戻り、日の昇っているうちから寝床で定期的に休息を取るようになっていたのである。

「その時点で何もないなどということはない。病院に行っても何にもならなかったのだろう?」
「うん。隅々まで調べたけど至って健康だって」
「まあいい……お前が大丈夫なら大丈夫でいいだろう。だが、しっかりと休息は取るんだぞ? 何事も健康の上に成り立つんだからな?」
「……ありがとう、仁。俺、仁や陸と友達になれて良かったよ」

 そう言ってにっこりと微笑む遊大。仁はそんな彼に対して「今更何を」といった至ってクールに微笑み返すのであった。












「……あれ、ここは」

 遊大は、またしてもセントラル校の寮とは別の場所にいた。眠ると夢を見てしまうため、全身の力を抜いて横になることで身体を休めようとしていたのだが、その途上でやはり眠ってしまったようである。
 ただ、いつも眠る時に見ている夢の舞台は幾つも湖と木々の緑溢れる神秘的な世界だったのに対し、今彼がいるのは薄闇に染まった部屋の中であった。薄っすらと暗いため、場所までは特定できないが、遊大は寝台の上に横たわっており、部屋にはアロマキャンドルを付けた時のような芳しい香りが漂っている。そんな空間が彼の気持ちをいくらか楽にする。

「なんだろう……疲れが取れるような……」

 ふーっ、と息を吐いて寝返りをうつ遊大。すると、遊大の顔は何か柔らかくて暖かいものに包まれた。

「むぐっ、なにこれ……」

 遊大は手を伸ばしてそれに触れてみる。弾力があって仄かに暖かい。暖かさはまるで人間の体温のようなもの。しばらく触ってみて、遊大ははっと我に返る。実際に触ったことはないが、よく陸や仁がその触り心地を話しているのを知っている。まさか、と思った遊大が顔を上げる。





―――……あら、可愛い顔して結構大胆なのね坊や。お姉さん、驚いちゃったわ。






 遊大はまるで蛇に睨まれた蛙が如く硬直した。遊大の隣には、夢の中で姿を見るだけだった登場人物の一人である紫色の髪をした妖艶な美女が寝そべっていたからだ。左手で頬杖をつき、右手には10センチ以上はあろうかという煙管を持ったその女性は口から甘い香りのする煙を遊大の顔に吹きかけた。

「ごほっ、ごほっ……えっ? あの……あなたは……?」
―――私がわからないの? まあ、みんな何も覚えていないようだったから仕方ないわね。変に誤魔化すのはあまり好きじゃないから単刀直入に教えてあげるわ。私は……あなたたちの言葉で言うならばデュエルモンスターズの精霊よ。まあ、本当の名前はわからないんだけど。そうね……ここは紫苑(しおん)とでも呼んでもらおうかしら?

 紫苑、と名乗った美女は自らがデュエルモンスターズの精霊であると名乗る。遊大が見る夢には遊大に憑依した時のダーク・リベリオンとクリアウィングらしき人物が出ていることから、紫苑の言うことが真実であるならば彼女もまた彼らと同じ存在なのだろう。

「デュエルモンスターズの精霊? その精霊がどうして俺の夢の中に……?」
―――あら、ダーク・リベリオンやクリアウィングと同じ精霊として坊やの中にいるんのだから、夢に入り込むくらいは容易いことよ?
「えっと、そうじゃなくて……なんで俺の夢に。今までは自分からはこうして出てこなかったのに」

 遊大自身は話したことも会ったこともないダーク・リベリオンやクリアウィング。彼らと相対した遊希らによれば、ダーク・リベリオンもクリアウィングも自分の意志では遊大の身体を借りて外に出ることはできないという。あくまで遊大の意志と彼らの持つ精霊としての力が共鳴したからこそ外に出ることができたのだ。
 その法則に従えば、デュエルモンスターズの精霊を自称する紫苑が自分の意志でこうして遊大とコンタクトを取ることなどできないはずだ。

―――ああ、そういうこと。ダーク・リベリオンやクリアウィングは彼らの魂の器たりうるカードが現れて初めて外に出ることができたのよ。
「だったら尚更おかしくない……ですか?」

 覇王眷竜ダーク・リベリオンは遊万から贈られたダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンのカードが、覇王眷竜クリアウィングは遊心から贈られたクリアウィング・シンクロ・ドラゴンのカードがそれぞれ変化して顕現した。しかし、精霊・紫苑を顕現させるためのカードを遊大は持っていない。

―――確かに私にはそのカードがない。だから私がこうしてあなたと会話できるには至らない、ということでしょう? だったら簡単よ。私より先に彼らが目覚めた。それで何といえばいいのかしら……封印が緩くなった? からこうして今私は坊やと話すことができるのよ。それにあの二人は私よりもこういった魔力で劣るから、私のように自分からあなたにアプローチをかけることができないのよ。そこは長所短所といったところかしらね。

 RPGなどのゲームにおいて、戦士や騎士は魔法ではなく自分の武芸を駆使して戦うパターンが多い。もし夢に出てくる戦士と騎士がそれぞれダーク・リベリオンとクリアウィングならば、彼ら二人は武芸に優れる代わりにこういった芸当はできないということなのかもしれない。

「そういう……ことなんですね。それで、どうして紫苑さんは俺の夢に?」
―――あなた、今すごく疲れているでしょう? まあ無理もないわね。毎日のようにあんな夢を見せられて。普通の人間だったらとうに気を違えているはずよ。だから……あなたには少し休んでいて貰いたいの。宿主が弱れば、それに宿っている私たちにも危害が及ぶしね。
「休む? どうやって?」
―――簡単よ。こうする、のっ!

 紫苑は右手の煙管を枕元に置くと、右手人差し指の爪を遊大の首筋に突き立てた。チクリ、とした注射にも似た痛みが遊大の身体の走った瞬間。遊大はその場にぱたりと眠るようにして倒れた。

―――ごめんなさい。一種の鎮静剤のようなものだから人体には無毒よ。でもわかってちょうだい。これは―――あなたを守るために必要なことなの。












 明くる日の朝。この日は土曜日であるため、授業自体は少なく、必修科目も組まれていないため、生徒の中には完全余暇日となる者も多い。そのため少しの朝寝坊ならば許される日でもあった。

「仁、朝飯はこんなもんでいいか?」
「どれどれ……ああ、悪くない。お前もだいぶ料理が上手くなったようだな」
「まあこんだけやってたらよー、ほら運動部って栄養バランスも調整しないといけないし」
「勉強も運動もデュエルも。何事も健康第一だからな。自分でそういうのを理解できるようになることは決して悪いことではないさ。第一……舞原にそういうのができるとも思えんし」
「あー、留奈ちゃんはなぁ……ま、俺が根気よく教えるよ。ところで遊大はまだ寝てるのか? いつもだったら俺らより早起きなのに」

 遊大はあの後、いつものように目覚めては陸・仁と共にこの部屋で夕食を取っていた。その後は陸や仁より早く眠りについたため、睡眠時間を考慮するととっくに起きていてもおかしくない時間帯なのだが。

「確かに妙だな。昨日のうちは特に変わった様子は見受けられなかったが」
「じゃあちょっくら見てくるわ。あ、料理見ててもらっていいか?」
「ああ。すまないな」

 仁はお玉で小皿に陸が作った味噌汁を掬い上げてはそれを試飲する。多少塩味が濃い気がしなくもないが、朝目覚めて飲むにはちょうどいい塩梅の味であった。陸には思っている以上に料理のセンスがあるようだ、と仁が思っていたその時である。











「うおおおっわああっあっあああ!!」










 寝室から陸の素っ頓狂な悲鳴が聞こえたのは。突然の奇声に仁は咽ながら寝室へと向かう。寝室では腰を抜かした様子の陸が目を白黒させていた。

「どうした陸! 朝っぱらから変な声を上げて」
「ゆ、遊大が……遊大が……」
「遊大が?」

 震えた手で二段ベッドを指差す陸。仁は梯子を登り、遊大が眠っている二段ベッドの上の段を覗き込んだ。

「……!?」

 仁もまた陸同様に言葉を失った。だが、無理もないだろう。遊大が本来眠っているはずの場所には、一糸まとわぬ生まれたままの姿で紫色の髪の美女がすやすやと眠っていたのだから。


 












○後書き
 思えばほぼ2か月ぶりの更新となりますが『銀河竜を駆る少女』のアフターストーリーおよびコラボが終わったのでこちらの更新を再開いたします。この話から第三章へと移っていきます。しかし、第三章の始まりが、2か月近く待たせた最初の更新がこんな話で良かったのでしょうか。取り敢えずBANはしないでくださいね。






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ヒラーズ
久しぶりの更新だぁ!!
待ってました!お次は何やら紫音という人物が関わる物語のようですね。
次回が気になりますな...それにしても遊大は羨ましい...。 (2018-09-12 17:45)
ヒラーズ
あっ...すいません、名前間違いました。紫苑でした...ホントすいませんでした!! (2018-09-12 17:49)
ター坊
3章開始早々に嬉しいハプニング。坊や呼びや御胸を触れられても動じないということで工口姉さんポジションですね。ワーイ,ヤッター
しかし話はシリアスで封印が緩くなったとかヤバめな感じ…。遊大はどうなるのか。
そして陸が起こしに行くと紫苑っぽいお姉さんがいて仰天!遊大、男になったり女になったりと忙しい主人公だ。 (2018-09-12 20:47)
光芒
ヒラーズさん
大変お待たせして申し訳ありませんでしたorz
3章以降のストーリーを形付けるのに時間がかかりすぎてしまいました;

これまでの傾向を見れば、紫苑の正体はお判りいただけると思います。
遊大の夢に現れた彼女が今後どのようにストーリーに絡むかをお楽しみ頂ければ幸いです。

ター坊さん
確かに紫苑はエロ姐さんポジですね。ぶっちゃけ狙い過ぎた感は否めないです(白目)

>しかし話はシリアスで封印が緩くなったとかヤバめな感じ…。遊大はどうなるのか。
ハプニング展開に誤魔化されそうですが、物語は着々と佳境に向かっていくという感じです。

>そして陸が起こしに行くと紫苑っぽいお姉さんがいて仰天!遊大、男になったり女になったりと忙しい主人公だ。
かつてここまで性転換した主人公は存在したでしょうか、というレベルですね。性別もそうですが、色々と変化するあたり遊大という人物の不安定さを感じ取って頂ければ……
(2018-09-13 22:04)

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