アフターストーリー：陽川 千夏編・2　作：光芒

「はい、ということで皆さん揃いましたね！ 改めまして、おいでやす～」

　不自然な京ことばでツアーガイドっぽさを演出する美夏。当然のことながら彼女は祇園の人間ではないため京ことばは使わない。2年前共に過ごした時も彼女は普通に標準語を喋っていた。

「本日皆さんをガイドさせて頂きます、星崎 美夏です！ 京都に生まれ、京都に生きた者として、皆さんに楽しくて奥深い京都の魅力を伝えられればな、と思います。そして本日あたしのアシスタントを務めてもらうのがこの子です。ほら遊貴、自己紹介」

　美夏に自己紹介を促された何処か猫のような雰囲気を漂わせる美少女。しかし、その少女は何処か不機嫌であった。

「アシスタントなんて聞いてない……無理矢理連れてこられただけ」
「言ったら来ないでしょあんたは。何のために琉枝さんに根回しして……」
「やっぱり美夏が一枚噛んでた。琉枝がデッキやサイン色紙まで渡してくるから何かと思えば……」
「そういう裏話は後で後で。千夏さんたちぽかんとしちゃうから！」
「むぅ……宮戸 遊貴。このバカに連れてこられた。よろしく」

　納得いっていないとやはり憮然とした顔をしてぺこりと頭を下げる遊貴。いくら気心知れた仲とはいえ、あの天都 遊希やエヴァ・ジムリアの前でこのような態度を取ってしまうのは頂けない。美夏が咄嗟にフォローを入れようとした時、遊貴の周りには遊希を除いた4人が彼女を取り囲むようにして立っていた。

「あ、あのですね……この子普段から愛想はそんな良くないんですけどいい子でしてね」
「大丈夫よ美夏」
「えっ？」

　美夏の心配は杞憂であった。綾香をはじめとした4人は千夏と同じくらいの身長である遊貴の頭をまるで猫を可愛がるかのように撫でまわしていた。

「むぅ」
「うん、やっぱりこの子可愛い。連れ帰って妹にしたいんだけど」
「綾香サンステイステイデス」
「ですがお人形さんみたいですね。綾香さんが愛らしいと思うのもわかります」
「遊希をちっちゃくしたらこんな感じになるのかしらね。美夏もこんな可愛い子をいじめちゃだめよ！」

「いじめてなんてないし！ あたしの親友だし！」とぷりぷり怒る美夏。彼女の眼に映る遊貴は年上のお姉様方四人に可愛がられて満更でもない様子に見えてしまったからだ。

「さて……一口に京都と言っても色々な場所があります！ 寺社仏閣にグルメに風光明媚！ 皆さんどっから行きたいですか！」
「いやそれ今から決めるの？ 事前に計画立てておきなさいよ」
「無理……美夏はアホだから」
「アホじゃないし！ 柔軟って言ってよね！」
「では行ってみたいところがありマス！ 私一度鹿苑寺に行ってみたいんデス！」

　エヴァからのリクエストで挙がったのは鹿苑寺。やはり外国人であるエヴァからしてみれば、京都と言えば鹿苑寺が真っ先に思い浮かべるのだろう。しかし、そんなエヴァからのリクエストに首を傾げる少女が一人。

「鹿苑寺？ エヴァさん、そんなお寺京都にはありませんよ～」

　美夏のその言葉に遊貴以外の5人は何かを察したような顔をする。美夏は自分でも言っていたが、日本史に関してはとりわけ成績が悪かったのだ。遊貴はそんな親友を再度「アホ」呼ばわりする。少なくとも京都人であれば知っていてほしいことであった。

「えっと、美夏サン。鹿苑寺とは金閣のあるお寺のことデス」
「えっ……も、もちろん知ってましたよ！ ジョークですよ！ ジョーク！」
「……取り敢えずそういうことにしておいてあげましょうか」
「だーかーら！ ジョークですってば！ ではエヴァさんのリクエストにお答えしてまずは金閣行きましょう！」





○鹿苑寺（ろくおんじ）
　鹿苑寺は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺。建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿は金閣（きんかく）、舎利殿を含めた寺院全体は金閣寺（きんかくじ）として知られる。相国寺の山外塔頭寺院である。
　寺名は開基（創設者）である室町幕府3代将軍足利義満の法号・鹿苑院殿にちなむ。山号は北山（ほくざん）。義満の北山山荘をその死後に寺としたものである。舎利殿は室町時代前期の北山文化を代表する建築であったが、昭和25年（1950年）に放火により焼失し、昭和30年（1955年）に再建された。平成6年（1994年）にユネスコの世界遺産（文化遺産）「古都京都の文化財」の構成資産に登録されている。

「凄いデス！ 金色デス！ 外国人がいっぱいいマス！」
「いやエヴァちゃんも外国人だからね？」

　今や日本を代表する観光スポットである金閣こと鹿苑寺は自分も外国人であるエヴァが驚くほどの観光客の多さであった。人混みに押されながらも遊希たちは金閣が一番近くに見える場所へと辿り着く。

「美しいデスネ。マルコ・ポーロが黄金の国ジパングと呼んだわけがわかりマス！」
「違うわエヴァ。マルコ・ポーロが東方見聞録を書いた時代はまだ鎌倉時代だから厳密に言うと金閣はまだ建っていなかったのよ」
「そうなんデスカ！」
「何故マルコ・ポーロが日本をそう呼んだかははっきりとはしていませんが、恐らく岩手県平泉にある中尊寺金色堂のことを指していると思われますね」

　なるほど、と頷くエヴァ。歴史に強い遊希と詩織がまるで本物のガイドのようにパンフレット顔負けの説明をこなす。一方でガイドするつもりであった美夏はというと、遊希たちにバレないようにメモ帳に遊希と詩織の話を必死に書き留めていた。

「……美夏」
「ち、違うからね！ これはあたしがガイドとしてより成長するための勉強出会って……」
「むぅ」




○龍安寺（りょうあんじ）
　龍安寺は、京都府京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院。妙心寺との関係が深く、山内塔頭と同様の扱いを受けている。山号は大雲山と号し、石庭で知られる。「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。
　方丈庭園（史跡・特別名勝） - いわゆる「龍安寺の石庭」である。幅25メートル、奥行10メートルほどの空間に白砂を敷き詰め、東から5個、2個、3個、2個、3個の合わせて15の大小の石を配置する。この庭は石の配置から「虎の子渡しの庭」や「七五三の庭」の別称がある。

「これがあの龍安寺の石庭かぁ……どうやって石を並べたのかしらね」
「作られた時期は定かではなく、なんのために作られたのかもはっきりとしないようですね」
「ガイドさん……はわからないわよねー？」
「むむむ……まあ綺麗だからそれでいいんじゃないですか？ 今はこの禅の風景を楽しみましょう！」
「あ、逃げた」


○慈照寺（じしょうじ）
　東山慈照寺は、京都府京都市左京区にある、臨済宗相国寺派の寺院。相国寺の境外塔頭である。室町時代後期に栄えた東山文化を代表する建築と庭園を有する。
　室町幕府8代将軍足利義政が鹿苑寺の舎利殿（金閣）を模して造営した楼閣建築である観音殿は銀閣（ぎんかく）、観音殿を含めた寺院全体は銀閣寺（ぎんかくじ）として知られる。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。銀閣は、金閣、飛雲閣（西本願寺境内）とあわせて京の三閣と呼ばれる。

「……銀閣寺は足利義政が造営したもので、義政はここで隠遁生活を送った」
「よく言えました。偉い偉い」
「むぅ……何処か扱いが子どもっぽい」

　そう言いながらも撫でられることが案外気に入っているのか、無表情の中に笑みが見受けられる遊貴。そんな彼女を見てますます臍を噛む美夏。

「もう、遊貴はあたしのものなのに！」
「こんなところまで来て騒ぐんじゃないの！ それにしてもここは鹿苑寺とはまた違った良さが感じられるわね」
「書院造ですね。金閣のような派手さはありませんが、静かで落ち着いていて……」
「華美＝凄いということではない、ということデスネ」
「デュエリストとしてもそうでありたいわ」


○清水寺（きよみずでら）
　清水寺は法相宗（南都六宗の一）系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つである。また、石山寺（滋賀県大津市）、長谷寺（奈良県桜井市）などと並び、日本でも有数の観音霊場であり、鹿苑寺（金閣寺）、嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地として有名であり、季節を問わず多くの参詣者が訪れる。また、修学旅行で多くの学生が訪れる。古都京都の文化財としてユネスコ世界遺産に登録されている。
　清水寺の宗旨は、当初は法相宗で、平安時代中期からは真言宗を兼宗していた。明治時代初期に一時真言宗醍醐派に属するが、明治18年（1885年）に法相宗に復す。昭和40年（1965年）に当時の住職大西良慶が北法相宗を立宗して法相宗から独立した。


「ここがかの有名な清水寺デスネ！ さあ、千夏サン！ 清水の舞台から飛び降りるのデス！」
「よーし、私行っちゃうわよー……ってやるかー！」
「清水の舞台から飛び降りる、という故事はこの清水寺の舞台から飛び降りて死ぬと無事成仏できると信じられていて身を投げる人が後を絶たなかったそうですね」
「そこから転じてその舞台から飛び降りるほど必死の覚悟で物事に取り組むという意味になったわ」
「今とは違って神仏の存在が大真面目に信じられていたからみんな真に受けちゃうのよね……」

　突き出た舞台から崖下を覗く5人。思っているよりも高い舞台に背筋が寒くなるのを感じた。精神的に飛び降りるのであればともかく、本当に飛び降りてしまえば成仏どころか仏罰が落ちかねないだろう。

「ところで皆さん。この清水寺の舞台を見て何か思い出すことはありませんか？」
「この舞台？ さっきの故事成語じゃないの」
「年末に……よく見ると思う」
「あっ、今年の漢字ね！ 確か偉いお坊さんがアンケートで選ばれた漢字をおっきな筆で書くやつ！」
「綾香さん正解！ ということで皆さん今年の漢字を書いてみて下さい！」

　まだ8月なのに今年の漢字を書けとは何とも気が早い話である。あわてんぼうのサンタクロースですらまだクリスマスの準備をはじめていないレベルだろう。それでも初めて主導権を握れた美夏の顔を立てることにした。

「じゃあ皆さん発表してください！」

綾香→「友」
千夏→「上」
詩織→「任」
エヴァ→「愛」
遊希→「教」

「……5人見事に分かれた」
「簡単そうなものから難しそうなものまで色々ありますね。じゃあ綾香さんから理由教えてください」
「私が書いたのは友達の友。まあ意味は読んで字のごとく……私たちもこのアカデミアで出会って三年目になるし、生徒会のメンバーになってますます友情が深まったわ」
「私の漢字は上！ なんてったって最上級生だもの！」
「任、任させるや責任の意味ですね。生徒会長という責任あるポジションですが、そのポジションにあることで私は成長できたと思っています」
「私の漢字は愛デス！ 皆さんやジェームズ……私のフィアンセへの愛はこれからも変わりマセン！」
「私は教える、の教よ。後輩ができて色々と教える立場になることがあるんだけど、教えることの難しさを改めて思い知ったわ」
「遊希さんに教えられるって凄いことですよね。なんてったってあの伝説の元プロデュエリストなんですから。それで、見所のある後輩とかいるんですか？」
「……みんな見所あるわよ。今年の一年生は私たちが一年生の時より強いかもしれないし。でも一人気掛かりな子がいるのよね。才能はあるんだけど、その才能を完全に開花させられていないというか……なんかほっとけないタイプの子が」
「あー、あたしにとっての遊貴がそんな感じです」
「むぅ……美夏にそんな目線で見られるのは腹立つ」
「まあ彼なら大丈夫よね。なんてったって遊希の彼氏なんだし」

　綾香のその言葉を聞いて酷く咽る遊希。実情を知る綾香たちならば冗談やからかいで済むが、それを知らない美夏と遊貴はぎょろりとした目で遊希を見る。

「ちょっと綾香！ 彼はそんなんじゃ……！」
「なんとあの天都 遊希に初ロマンスが！ その話を詳しくお聞かせ願いたいのですが！」
「……美夏！ 後で覚えておきなさいよ綾香！！」

　恥ずかしさのあまり、文字通り清水の舞台から飛び降りてしまいたくなる遊希であった。