９話　♯９「プール開き」　作：tres

ーーー



そして訪れる今年初のプールの授業。

賑やかな女子更衣室の隅に桜は居た。

（さっさと着替えよう…）

桜はなるべく目立たないよう動きを抑えて、かつ迅速に着替える。

「桜ちゃん」

桜の体がビクっと跳ねる。振り返ると水着に着替えた藍子が立っていた。

「な、なんだ…？」

「これ、落ちてた」

藍子は小声で拾った物を差し出す。

「！…」

それはつい数十秒前まで桜の胸を支えていたもの。

「サイズ的に、桜ちゃんのかなって…」

「あ、ああ…あたしのだ」

（ロッカーに入れたと思ってたが…落としてたのか。気付かなかった）

目立たないようにすることに気を取られてたからか、桜は落としたことに気付いていなかった。

幸いなことに藍子が１番に見つけて拾い、桜の元へと察して届けられる。

「良かった、はい」

「ありがとーーー」

しかし幸いなのはここまで。桜が受け取ろうとした瞬間、

「おい栗原、お前やけにでかいブラ持ってんな」

１人のクラスメイトに見つかってしまう。

その声に反応するように、藍子の手元に周囲からの視線が集まる。

「本当だ、でけえな。栗原お前の…」

発言した女子生徒は藍子の胸元を見ると、

「じゃないよな」

フッと半笑いで否定する。

（むー…）

「ってことは…」

次は桜の胸元に視線が集まる。

「っ…！」

「うわ赤石胸でけえ！」

「サイズどんくらいあんの？」

クラスメイトたちが興味深そうに桜の元へとぞろぞろ集まる。

「近寄って来んな…！」

桜は体に巻いたバスタオルの上から両胸を隠すように左肘を曲げる。

（まだ着替え終わってねーのに！）

桜はあと肩の部分を通せば水着の着用が完了するという状態であった。それは即ちバスタオルのみが唯一桜の上半身を守っているという状態でもある。

「隠すなよ、女同士だろ？」

一部、その唯一を剥ぎ取らんと桜との距離を詰める。

「見られたくねーんだよ…！」

（まずい…！だが、今ならまだ）

桜は空いてる右手を伸ばし藍子をグイッと自身の前に引き寄せると、

「桜ちゃん…？」

「アイコ、悪いがちょっと壁になってくれ」

困惑する藍子に耳打ちした。

「う、うん！」

状況を理解した藍子は桜のすぐ前に立ち、両手を横に伸ばして桜を庇うような態勢をとる。

「何なの？栗原、邪魔する気？」

「もう取っちゃう？」

藍子の態勢を見て察した一部が着替えの完遂を阻止するべく、一斉にバスタオルを掴みにかかる。

「ちょっ、あっ！だめ…！」

藍子の抵抗空しく、桜の身を包んでいたバスタオルは勢いよく宙を舞った。



「…ちっ！」

しかし目的は果たしたというのに、剥ぎ取った本人は残念そうに舌打ちする。



「誰が見せるか変態共が」

そこには水着に身を纏った桜が目付きを鋭くして立っていた。

水着に着替え終わったのはバスタオルが身を離れる寸前。桜は間一髪で間に合っていた。

「アイコ、大丈夫か？」

「うん、私は大丈夫」

藍子の無事を確認すると桜はバスタオルを拾い、荷物をロッカーに仕舞う。

「そうか。アイコ、行くぞ」

「うん！」

目付きを柔らかくした桜は藍子と共にプールへと向かった。



水着姿だと少し肌寒く感じるような曇り空の下、プールで泳ぐ桑鴇高校１年の女子生徒たち。

授業ということであまり自由ではないが、各々それなりに楽しんでいるようだ。



「ぷはっ！はあ、はあ…」

２５メートルを泳ぎ切った藍子が水中から顔を出し、底に足を着けて立つ。

（泳ぐのは楽しいけど、やっぱり結構疲れるね…）

藍子がふと横を見ると、日陰となっているプールサイドのベンチに座った女子生徒数人が目に入った。

（椎名さん、見当たらないと思ったら見学してたんだ）

見学をしている生徒の中の一人である椎名はというと、プールに興味を示すことなくマイペースに携帯電話をいじっている。

その様子を目撃した教師がプールから上がり、怒りの表情を見せながら椎名の元へと歩み寄る。



「何授業中にそんなものいじってんの？あ！？」

教師は女性ながらも凄みを利かせた声を出し、プール中から注目を集める。

「教わること無いのにずっと律儀に見てろって言うのか？」

椎名は手に携帯電話を握ったまま問い返す。

「ここは学校よ。教わることが無いなら自習でもすればいいじゃない。それとも泳ぐ？」

「泳げないから見学してるし、今のウチに自習は必要ない」

椎名は再び携帯電話に目を通す。

「椎名、お前…！」

椎名の教師を侮るような態度に怒りが我慢の限界に達したのか、

「あまり教師を…」

教師は椎名の手から携帯電話を取り上げると、

「なめんな！」

プールに向かって放り投げた。



「！…おい、てめえ何すんだ？」

椎名は立ち上がり教師を睨み付ける。声色は冷静なままだ。

「お？自分勝手な生徒への教育だけど？」

教師も睨み返す。この時慌てるようにプールから上がり、一触即発の２人に駆け寄る女子生徒が居た。

「ま、待ってください！」

２人は声のした方を向く。

「栗原さん？どうしたの？」

２人の元に駆け寄った女子生徒、藍子が膝に手をつき大きな呼吸を繰り返す。

「はあ、はあ…先生」

「何？」

「それは駄目です…！携帯電話には、大事なデータが、入ってます、そんなこと、しては駄目です…！」

藍子は荒く呼吸をしながら途切れ途切れに言いたいことを伝える。

「…」

教師は藍子の話を黙って聞く。

「先生の気持ち、わかります。確かに椎名さんの、態度には怒りたくなりますし、私も注意するべきだと思います」

「でもあれは駄目です…！そんなことをすれば、データが消えて最悪取り返しのつかないことにーーー」

「栗原、それに関しては問題無い」

椎名が藍子の話を遮るように口を開ける。

「椎名さん？それって…」

椎名は合図するように視線をずらす。藍子もその視線を追うように後ろを向くと、



「桜ちゃん…！」

桜がプールサイドを伝って３人の元へと着いていた。手には携帯電話が握られている。

「ちょうどこっちに飛んできたからな。なんとか水の中は回避したよ。まあ、キャッチしたとこが濡れちまったけど」

桜は携帯電話を椎名に渡す。

「良かった…」

藍子は安心したのかホッと一息ついた。

「…」

教師はその光景を見て冷静さを取り戻し、

「…まあその、悪かったわ。今回のことは不問にする。私も大人げなかった」

「ただし、次見つけたら問答無用で没収するからね」

椎名に謝罪と忠告をした。