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HOME > 遊戯王SS一覧 > 5月1日──愛する人は一人だけ

5月1日──愛する人は一人だけ 作:コンドル

小込綾羽は1年6組でもっとも人気のある女性だ。というのは6組の人間にとって周知の事実である。
彼女が人気な理由を挙げればクラスの人達は次々と理由を挙げていく。
顔が可愛い、笑顔が素敵、優しそう...
他にも数多くの理由が挙がっているが、そんなものは彼女にはどうでもいいのだ。例えアカデミア1の美少年に可愛いと言われようが、魅力を小一時間語られようが、好きだと言われようが、彼女には何も響かない。
彼女が、小込綾羽が自分の事を好きだと言って欲しい相手は...

藤玄遊駆ただ一人だけだからだ。










5月1日 金曜日 午前7時15分

アカデミアの女子寮から男子寮までの距離はそこまで遠くない。
また男子寮は出入りの制限時間も無いに等しいため、自由に出入りが出来る。
そのため綾羽はいつもアカデミアの起床時間である7時より前の6時に起床し、着替えと化粧を済ませ、誰よりも早く遊駆のいる男子寮に向かい、朝食の席を取りに行くのだ。
朝食の席取りは早い者勝ちな所があるため皆からはとても感謝されているのだが...。

今日も席の確保に成功し遊駆に褒められる所を考え口を緩める。

(えへへ、そんなに褒めなくても...。えっ?お礼がしたい?じ、じゃあ...キ、キ...~ッ!まだ早いですよね、ね!)

両手を顔にくっつけるようにしながら一人で悶々とし始める。
周りに人が居ないから良いがもし居れば彼女の行動は奇行に見えたかもしれない。

これが彼女の悪癖である妄想もとい想像上の遊駆との『ラブストーリーの作成』だが、時折現実との区別がつかなくなり暴走する事があり、遊駆と初めて会話をしたはずなのに何ヵ月も会話した『設定』となり遊駆とのファースト・コンタクトをどんな恋愛漫画でも見れないだろう最悪の導入となってしまった苦い思い出があるため、綾羽自身も悪癖を自覚しているが、中々治らず、今のようにラブストーリーを作成してしまうのだ。

(・・・!)
そうなれば直ぐに気づき話をストップさせるように気を付けているのだが、治るまではもう少し時間がかかりそうである。

「・・・」

1度深呼吸をする。

(危なかった...。もしまたあんな事になったら遊駆さんに嫌われちゃう...。それだけは...)

落ち着きながら親に怒られ落ち込む子供のように身体を縮こませ下を向き冷静さを取り戻す。

(・・・あら?)

綾羽が落ち着くと誰かの足音が男子寮の階段、綾羽から見て右側から聞こえてきた。
足音は綾羽に近づいてくる。

(もしかして遊駆さん...?)

淡い期待を抱き綾羽は顔を上げ足音の方向を向く。

「あっ、おはようございます、小込さん」

見知らぬ男性。茶髪のショートヘアに身長は自分より少し上程度だろうか?恐らく162センチ程度の男性が、小込に朝の挨拶をした。

「ええっと、私達、何処かで会いましたか?」
「あっ、いえ、よく食堂で見かけるので話してみたくて。」

男は綾羽と対面する方向に座った。

「そうですか。それにしても早起きなんですね。」
「え、ええ。昨日なんだか目が冴えちゃって、中々寝付けないものでしたから、アハハ」
「そうですか。それは大変ですね。」
「けど、やっと小込さんとお近づきにて言うか、やっと話せたから、ラッキーかなー、なんて。」

その言葉を聞いて綾羽はその美しい手を自身の口元に寄せ抑え笑う。

「ウフフ、面白い人ですね。」

優しく微笑む綾羽を見て男の顔が赤くなる。
綾羽はそんな男の顔を見ながら優しく微笑む。

(やっぱり...この時間にいるんだ)

「あ、僕1年8組 笹木 好(ささき こう)。良かったら覚えといて。」
「はい。」

それからは沈黙が続き少しして他の生徒達が次々と階段から下りてくるのを確認し、笹木は綾羽に「じゃあまた」と言って他の席へ行ってしまった。

(・・・笹木)

綾羽は名前を呟く。
(寝付けなかった...か)

凍てつくような眼で綾羽は好の方向を見る。
一方、好も綾羽の視線を感じ綾羽には見えないように不気味に笑う。

(せっかく綾羽さんを独り占めしていたのに...。まぁいいや。どの時間帯に綾羽さんがここに来るのか分かったし、明日は今日より少し早く来ればいい)

寝付けなかったというのは真っ赤な嘘だ。
小込綾羽はクラスでの人気者。6組だけでなく他クラスにも彼女の事を異性として好きだと意識している者もいる。

笹木もその例に漏れず小込の事を異性として見ていた。
しかし自分以外にも綾羽を狙う奴等は綾羽のクラス、6組にも少なからずいるだろう。
他クラスの自分ではとても近付く事など出来はしない。だから無理だ。不可能だ。

だが、それで納得するならそれは恋じゃない。

いくら人気だからといっても一人になる時間もある筈だ。
好はその時間に目をつけた。
そして、綾羽がこの寮にやってくる時間を想定し見事的中させたのだ。

(よし、まずはコンタクトを取ることに成功した。次は綾羽さんに僕の事を覚えてもらおう。)

好は再び綾羽の方を振り向き、笑顔で手を振る。
(また明日会いましょうね、綾羽さん。)
だが綾羽は好の行動には気付いていなかった。綾羽の視線の先には先程朝食を鶴咲輪廻と共に食べにきた彼女の想い人、藤玄遊駆がいたからだった。






授業が終わり放課後。
女子寮に戻った綾羽はまず椅子に座り今日あった出来事を整理する。
とはいっても大半が遊駆の事だが。

(今日も遊駆さんを見れて楽しかった...。)

うっとりしていると、そういえば、と朝の事を思い出す。

(笹木さん...でしたね。明日もあの時間に来るんでしょうか?)

彼の「じゃあまた」と言う台詞から察するにこれは「また明日会いましょう」と言う意味なのだろう。
と綾羽は目を瞑り考え様々な想像を巡らす。

(・・・ちょっと怖いですね)

時計を見るともう夕食の時間だ。時間に気付くと急いで階段を下り男子寮にいる遊駆に向かって全力疾走。
息切れしながらも無事到着した。

(遊駆さんは...!?)
食堂から今日の夕食をもらった後、すぐさまに遊駆の姿を探すが人が増えてきたため中々見つからない。

綾羽が困っていると下からか細い声が聞こえてきた。

「あっ、友子ちゃん」

彼女と同じ1年6組の空音 友子だ。

「あ、綾羽さん...その...」

綾羽に勇気を出して触れてみたが、持ち前の引っ込み思案が災いして次の言葉があるのに出てこない。
「えっと...」
「?」
「ゆ、遊駆さんと輪廻さんと...あと巧さんも.....えっと...あ、あそこ、あそこに行くの、見えたんですけど、人、多いから...い、一緒に...」

上目遣いで一緒に行く事を頼まれる。最も、150センチにも満たない彼女、友子の身長では嫌でも上目遣いになってしまうのだが。

「遊駆さんが何処にいるか分かるの!?」
「えっと...私の方が先に来たみたいだから...はい。」
「ありがとう!なら案内して!」
「ありがとうって...ア、アワ...!」

感謝の言葉を言われ口がパクパクと開いては閉じてを繰り返しフリーズする友子。
しかし綾羽を遊駆達のいる席に案内するという行動はしっかりとこなし、無事綾羽は遊駆達のいる場所へとたどり着いた。

「お、来た来た」

席は端から山野巧、対面して今すわった空音友子、隣に鶴咲輪廻、そして対面して藤玄遊駆が最後にいるが、遊駆の隣が空いている。

「・・・ふふ。ありがとうございます。」

喜びの表情を全開にしないように、小さく微笑み遊駆の隣に座る。
全開にすればこの男子寮を全力疾走し叫びながら喜びを表現してしまうかもしれないからだ。

「・・・あら、輪廻さんの隣も空いてますね。誰か来るのですか?」
「いや、たまたまだ。それより、ちゃっちゃと食べようぜ夕食!ひゃあ、もう待ちきれねぇ!いただきます!」

手を合わせ箸を持ち夕食を食べ始める輪廻を見て皆も手を合わせ食べ始めた。

いつもの光景が広がって行く。
輪廻がまずご飯を食べ始め美味い美味いと賞賛しながら次々におかずを口に入れていく。
次に巧はニコニコ笑顔を崩さずにまず野菜から食べ始める。
友子は少しずつ味わいながら食べるタイプなのか、小さい手で野菜、白米、そして肉料理又は魚料理の順で最低30回以上は咀嚼し、飲み込んでいく。
そして遊駆はまず水を一口飲んでから食事を始める。特に順番は無いが、どちらかと言えば汁物を先に、か。

いつもの食事風景、その流れが綾羽の心を安心させる。
いつもの食事風景が先程まで笹木の件で少しだけ怯えていた綾羽の心を安心させたのだ。
最も、隣に遊駆がいるのが大きな理由だが。

(落ち着く...)

遊駆を真似て水を一口だけ飲み食事を始める綾羽。
(ああ...おいしい!)

満面の笑みで白米を口に入れていく。
(今日もご飯がおいしいです、ウフフ)

「すみません、そこ座っていいですか?」

しかしそれもつかの間、綾羽が得た安心もすぐに消滅する。

声の主は朝綾羽に声をかけた笹木だ。
座っていいかと聞き許可を貰うとすぐに座り対面した綾羽を見て今気づいたような表情を作る。

「あっ、小込さん」
「あら...笹木さん」

互いに挨拶を交わす。
(また...とは言ってましたが、随分と速いですね)

綾羽の笑顔が消えて黙って食事を再開する。

(味...しなくなりました)

さっきまで味がしていた筈の夕食が笹木が現れたとたんに無味になり、これはと思い綾羽の箸が止まる。

「ごめんなさい、ちょっとお花を摘んできます。すぐ戻りますね。」

箸を置いてすぐさま席を立つ。

トイレに入り洗面器の前の鏡で自分の顔を見て自分を静めるために手を洗う。

(・・・)

鏡に映った綾羽の顔は表情が無く、虚ろな目をしており、学校の皆が知っている普段の小込綾羽とは全く違う小込綾羽がそこにいた。
今は幸い綾羽以外に女子生徒はいなかったが、もし今の綾羽を見るときっと驚き逃げ出すだろう。

(・・・まだ出会ったばかり。様子を見ましょう。)

鏡から顔を動かさずに自分に言い聞かせるように深呼吸してトイレから出た。

「お待たせしました...あら?」
戻ると席には輪廻しかおらず、すぐに綾羽は遊駆達がどこに言ったか輪廻に訪ねる。
「あぁ、綾羽が戻るの遅いから、部屋に戻っとくって。」
「えっ...?そんなに遅かったですか?」
「え?大体10分ぐらいいなかったぞ?」
「10分...?」

綾羽の頭に疑問符が浮かぶ。
本人の体感時間では5分もかかっていなかったのだが...?

「ッ!おいその手どうしたんだよ!?大丈夫か!?」

綾羽が何故かを考えていると、ふと輪廻が綾羽の手を見て掴む。
とっさに輪廻の手をかわすが綾羽自身も綾羽の両手を見ると、綾羽の美しい両手から血が流れていた。といっても少量で大したことは無いのだが。

(・・・あぁ...あの時...)

綾羽が手を洗う動作を何度も無意識に繰り返し次に綾羽がとった行動は自らの手に自らの爪を食い込ませるという行為だった。
痛みを感じる事無く、ただ真っ直ぐ鏡だけを見て感情を抑えることだけに専念する。

(・・・)

10分後、感情の整理が出来た綾羽はトイレを出た。
手から出ている血に気付かずに...。

「・・・大丈夫ですよ輪廻さん。気にしないで下さい。」
「そうか...?なら...いいけどよ。・・・あ、そういやさっきいた笹木からこれ、綾羽さんに渡しておいて下さいだってよ」

そう言って輪廻はズボンのポケットから1通の手紙を取り出し、綾羽に渡した。

「・・・ありがとうございます」

綾羽が手紙を開け黙読していく。
読み終わり、少ししてまだ食事を済ませていなかった事を思い出しすぐに食べ始める。

(・・・やっぱり味しなくなりましたね...)


翌日 5月2日 午前6時30分

昨日よりも早い時間帯に食堂へ到着する綾羽。席の確保を済ませておく。
すると再び同じ足音が響いて来た。

「おはようございます小込さん。昨日の手紙、読んでくれました?」
「おはようございます笹木さん。ええ。ちゃんと読ませていただきましたよ。それで、私のメッセージもちゃんと読んでいただけました?」
「ええ。ほら...ちゃんと腕に装着しているでしょ、デュエルディスク。」

デュエルディスクを確認し綾羽は次の話へすすむ。

「しかし、なぜこんなに早い時間にお話したいんですか?手紙には確かに明日はもっと早い時間にお話しましょうと書いてありましたけど」


「そんなの...綾羽さんを独り占めできるからに決まってるじゃないですか!」
「・・・独り占め?それに綾羽さんって...」
「はい!だって綾羽さんは皆の人気者で、いつも誰かと一緒にいるじゃないですか。だから、僕どうしても貴女を独り占めしたかったんです!そういう性分なんですよ。大好きなんですよ!人気者を独り占めするの!」
「・・・」
「けど、こんな短い時間じゃ足りないんです。」
「・・・」
「だからあんな奴とは別れて僕のところにずっと一緒にいてくれませんか?」

「・・・」
「綾羽さん。」
「・・・あんな奴?」
「えぇ!あんな藤玄遊駆なんかと別れて僕と」
「言っちゃいましたね」

空気が一瞬にして変わった。
辺りは冷たく張り詰めた空間と化し、綾羽の様子もおかしい。
両手で顔をふさいだら中指と薬指の間を開けると、その目は...。
「ヒッ」

何の感情も無く、冷たく、光の無い目。

「昨日、随分と早くに貴方が来たのでちょっと怪しいとは思ってました。それで今日のこれです。・・・別に遊駆さんに危害が及ばなければ大丈夫、そう思ってましたけど、ハァ...言っちゃいましたね。私の中で一番言っちゃいけない事を...!」

「私の目の前で遊駆さんを...!私の大切な人を...!けなしましたね...!」

デュエルディスクが起動する音が静かな食堂に響いた。

「許さない!・・・けど、嫌だけどラストチャンスをあげましょう!今から私は貴方にデュエルを挑みます!私が勝ったらもう二度と私と遊駆さん達の前に現れないで!」
「じゃ、じゃあ僕が勝ったら...?」
「私を独り占めするなりご自由に!」

それを聞いて笹木の眼がすこし輝く。

二人はデュエルディスクをセットし、二人のデュエルが始まった。

      デュエル!!




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