EP32　一旦の安らぎと新しい好敵手　作：ター坊

「これがハンバーガーというものなのですね」
梓は初めての味に目を輝かせながらまた一口かじる。
「サンドイッチとは違って肉感が強く肉と脂の旨味の濃厚な味わい、独特なパンが過度な脂っぽさを和らげすんなりと口に入るようにしてくれている…。こんな食べ物があったなんて…」
「気に入って貰えて良かったですよ」
「だなぁ」
遊季都・梓・盛雄達チャレンジャーZは午前中のデュエル甲子園Ｄブロックの第１回戦勝ち抜き兼遊季都の出所祝いの会として都内のファーストフード店に訪れていた。
「それにしても、なんだか申し訳なかったですよね」
「そう…ですわね。事情とは言えども…」
事情とは悪魔･バジルと聖愛による一連の遊季都偽者事件である。聖愛は悪魔を抜かれて疲弊した上、バジルと契約している間の前後の記憶を失い、バジルのショッキングな正体を見て気絶した国立フィーリス女学園のメンバー二人は記憶操作を施して今回の出来事を無かった事にして悪魔の存在の漏洩を防いだ。その結果、何も知らない人間からは［国立フィーリス女学園はリーダーが前日に突然原因不明の体調不良で離脱し、復帰するまで残されたメンバーで全勝し続けなければならない］という崖っぷちの状況に陥ったように見えるのだ。当然、残されたメンバーは善戦したものの梓と盛雄に敵わず、国立フィーリス女学園は初戦敗退という無念な結果でデュエル甲子園の幕を閉じることになった。効率を考えれば楽に勝てる事に越したことはないが、デュエリストの矜持としては正々堂々と戦いたかったという想いが圧倒的に強い。特に不戦勝の遊季都が顕著である。
「次の対戦こそ、みんなに貢献出来るように頑張ります」
「おぉ。オイラも頑張るぞぉ」
「はい。私達の戦いはこれからですわ」
そう語らいながら決意を新たにした時だった。
「見つけたわよ！！」
店にズカズカと入るなり、十数人の女子が怒り心頭といった形相で遊季都達に近づいてくる。その服装からフィーリス女学園の生徒だと遊季都達はすぐに分かったが、顔に覚えが無いことから恐らく応援団として会場にいた生徒達であろうと考える。
「あの…何か…」
「貴殿方、どういう不正をなされたのかしら！？」
「伝統あるフィーリス女学園が貴殿方のようなチームに負ける道理がありませんわ！」
「ひっ…」
フィーリス女学園の生徒達のヒステリックな捲し立てに遊季都はたじたじである。
「いえ…！」
「白朧院さん」
「うっ…」
反論しようとする梓を遊季都が小声で止める。先に不正行為に走ったのはフィーリス女学園の聖愛であるものの、それは悪魔の力を用いたものだと話す訳にはいかない。仮に正直に話したところで火に油、信じてもらえないどころか余計な怒りを買うことになるだろう。
「何か仰って？」
「…いいえ」
真相を語れない歯痒さに梓は唇を軽く噛むしかない。
「さぁ、雪小路さんに何をしたんですか！？」
「風峰プロの推薦チームだからって容赦はしないわよ！」
真相も言い訳も言えず、俯き黙ってることしかできない遊季都達にフィーリス女学園の応援団は詰め寄る。







「おまんら。その辺にしとくぜよ」
急に割ってくる男性の声に遊季都達も応援団もその声がした方を向く。
「みっともない思わんか？」
その声の主は凛とした声色とは裏腹になんとも言えない姿をしていた。ビーチサンダルにアーミー柄のハーフパンツ、ヨレヨレな白シャツに派手な青地のアロハシャツを羽織った、まるで海の家に遊びに来たようなラフな格好だ。健康的に薄黒く焼けた肌がより海にいそうな雰囲気を醸し出す。応援団の一人がそのアロハ男に突っかかる。
「みっともない、とはどういう事です？」
「まんまぜよ。デュエル終わった後にねちねち ねちねち、ほんに勝負着いてすんぐに文句言えやええじゃか」
「くっ…。貴方に関係ありません！」
「ほほぅ。そう人にギャーギャー吠えるんが世のお嬢様校と名高い国立フィーリス女学園の礼儀ちゅう事やか？」
「っ！もう結構です…」
煽るようなアロハ男に言い負かされたのか、応援団は覚えてろと言わんばかりのひと睨みをしてその場からゾロゾロと去っていった。
「あの、ありがとうございました」
「はっはは、別に気にせいでええや。思うたこと言うただけぜよ」
礼を述べる遊季都にアロハ男はカンラカンラと応える。
「…貴方は確か…竜馬(たつま)高校の」
「応。そのリーダーで３年の坂木凌馬(さかき りょうま)ぜよ。おまんらのデュエル見ちょったぞ」
アロハ男は梓の言葉に続けて自分の名前を明かした。

竜馬高校―高知にある学校で、四国ナンバーワンとされる程のデュエルモンスターズ強豪校の名前である。

（きっと凄く強いんだろうなぁ）
遊季都は竜馬高校の強さは噂程度でしか、凌馬自体の評判は全くといって知らないが、先程の凌馬の振る舞いから自分にはない豪気さを持つ快活なデュエリストなのだろうかと想像してしまう。
「んん。そう言えば竜馬高校って…勝ってたよなぁ。ってことは…」
「４日後のＤブロック第２回戦はおまんらとワシらぜよ」
「そうなんですね」
このデュエリストと４日後に戦う事になるのだと、素晴らしいと感じたデュエリストとの対戦が現実になると実感した途端、遊季都の期待の瞳は一層輝きを増した。
「４日後、よろしくお願いします！」
「当然ちや！１回戦では見れんかった力、楽しみにしちゅー。全力でぶつかるぜよ！」
「はい！」
遊季都が自然と伸ばした手を凌馬が握り、全力勝負の約束の握手を交わした。





自由奔放なのか、凌馬は一頻り話すと風に吹かれる雲のように店を出て街の雑踏へと消えていった。遊季都達もハンバーガーを食べ終えると店を後にする。
「これからどうします？」
「Ｄブロック午後の部開始は２時ですけれど…」
「時間結構あるなぁ」
ここから会場まではそんなに離れておらず、戻っても二時間以上も余裕がある。かといって土地勘が薄い遊季都達に時間を潰せそうな場所の心当たりがあるはずもない。





「君達、もしかしてチャレンジャーZの３人かい？」

不意に自分達のチームを呼ばれて一同振り返る。そこには高身長で学ランをボタン全開で着ている、角刈りの男が立っていた。肩幅が広く、筋肉質な肉体なのかインナーのシャツは張っていて、如何にもな体育会系である。
「えっと…」
「ああ。俺は穂茂(ほ も)男子学園の阿部山 高弘(あべやま たかひろ)って言うんだ」
「ホ、ホ モ…？」
「あー、勘違いしないでくれ？俺達の学校は穂豊(ほとよ)男子高校と茂萌(ももえ)高校が合併して出来た学校でね。頭文字を合わせたらそうなっただけで決して変な意味ではないぞ！」
「は、はぁ…」
【確かに変な名前 w w w 】
【ラズベリー様。ホ モってなに？】
【それはねー】
【こら、ラズベリー！チャーハンに変な事教えない！】
話を聞きながらもテレパシーで遊季都はラズベリーにツッコミを入れる。
「それで、オイラ達に何の用なんだぁ？」
「…いや、実は昨日のＣブロックは俺自身は勝てたんだけどチームメイト二人が負けてね…」
「それは…残念でしたね」
「うん。明日には一旦戻って来るように学校に言われてさ。でもその前に別ブロックの人達とやりたいとも思っててさ」
「はぁ…」
「記念の泣きのデュエルってことで付き合ってくれないか？」
高弘の申し出は別に悪いことではない。こちらの手の内は観戦されているならバレているし、本来戦えないチームと戦える貴重な機会でもある。それにデュエルならばちょうど良い時間潰しになる。遊季都達には特に断る理由は特にない。
「僕は構いませんけど」
「そう…ですわね」
「オイラも別に」
「ありがとう。もう場所は押さえてあるからついてきてくれ」





高弘の案内で遊季都達は歩いていくが、いつの間にか人通りが少ない路地裏に差し掛かった。ビルが両サイドに高く聳(そび)えているからか、昼間なのに暗く、日影で冷やされた風だけが不吉に音を反響させながら吹き抜ける。
「あの…こっちなんですか？」
あまりの気味の悪さに遊季都は高弘に尋ねる。すると高弘は振り返り






「ズブズブ！！」
と変な叫び声を挙げる。

ｽﾞﾌﾞｽﾞﾌﾞ

「えっ！？これは！」
「そんな、脚が！」
遊季都と梓の脚は底無し沼に沈むかのようにズブズブとアスファルトの地面に埋まっていった。