EP29　幻影の邪蝶　作：ター坊

静かな朝。
ここはとある高級ホテル内のレストラン。今日は遊路の貸し切りで招待された客しかいない。
「それにしてもすまないね。解説の仕事が忙しくてこんな朝の時間しか無くて」
「いいえ。世界チャンピオンの風峰プロと食事を御一緒出来るとは光栄です」
そう厳かな返事をしたのは国立フィーリス女学園の聖愛だった。円形テーブル席にフィーリス女学園チーム３名と遊路が座っている。遊路の世界チャンピオンの名声だからこそ、こうした席も実現出来るのである。
「ところで風峰プロ程の御方がわざわざ会食の席を設けるとは、どう言ったご用件で？」
「いやいや。用って程の事じゃないんだけど、俺の推薦チームの初戦の相手がどんな感じか直に見ておこうと思ってね」
「チャレンジャーＺ…ですね」
「ああ。けどさすがは日本随一の女学園の生徒。その礼儀正しさ、クイーン・フォースにも見習わせたいよ。特にリーダーにはな」


その頃、クイーン・フォースは…
「くしゅん！」
「詩音先輩…風邪ですか？」
「大会中に風邪は困るアルヨ」
「いや、なんか知らないけど誰かにムカつく事言われた気がする…」


場面は戻って遊路達。運ばれる朝のコース料理を食べながら会話をしていた。
「ところで話は変わるけど、この街で変わった事はないか？」
「…何かの事件でしょうか？」
「おっ、早耳だな」
「はい。昨夜のニュースで見ました。この近くのコンビニで強盗があったとか…」
「そうなんだ。ＷＤＯとしてもデュエル甲子園会場の付近でそんな事件が起きた以上は看過できないとして警察と一緒に捜査し始めた訳なんだが…実はな」
そう言って遊路はスマートフォンを取り出し、ある動画を再生する。
「これは…！」
それは遊季都の犯行を捉えた防犯カメラの映像だった。
「彼が…信じられません…」
あまりのショッキングな映像に聖愛は動揺を隠せない様子であった。
「それで防犯カメラで映像を調べているとこの犯行時間にお前が近くにいることが分かってな。どの方向に逃げたのかとか、もし見てたら教えて欲しいという訳だ」
「もしかして今日呼び出した理由は…」
「ああ。実を言うとこっちが本命だ。遊季都とも連絡がつかないし、頼みは最後にアイツを見たであろうお前なんだ」
「…分かりました。実は私も見掛けて怖かったのですが、風峰プロのお助けになるのであれば、お話しします」
聖愛はその日見た戦慄の光景を語った。道路の向かい側で不敵に口角を上げて邪悪な笑みを浮かべる遊季都が走り去る様子を…。
「…私がお話し出来るのはここまでです」
「そうか…ありがとう。これでよく判ったよ。











お前が嘘つきだってことがな」
「えっ！？」
遊路の言葉に聖愛を始め、同席していたチームメイト二人も驚愕といった表情である。
「あの…風峰プロ！」
「雪小路さんが嘘つきとはどういう事なのですか？」
「そうです！この雪小路 聖愛を嘘つき呼ばわりなんて、いくら風峰プロでも許しません！」
「じゃあ、これを見てもらおう」
遊路は再び映像を再生する。映像は事件があったコンビニの、車道を挟んで向かい側の店に外付けされた防犯カメラである。店前の歩道と車道がよく映っている。時間の表示上、遊季都の犯行時刻に確かに聖愛はいた。映像の聖愛はコンビニ向かいの歩道にいて、コンビニの方向を見ていた。


【コンビニ】

＝ ＝ ＝ ＝ ＝【 車 道】
【聖愛】▲
【向かいの店】


「だけど気付かないか？」
「…っ！」
聖愛がいる映像には聖愛の証言と矛盾する事が起こっていたのだ。その事に気付き、聖愛の顔には明らかにしまったという焦りが見受けられた。
「トラックが…！」
そう。防犯カメラの車道はこの時、信号で止められて何台かの大型トラックが列を成していたのだ。トラックのコンテナが壁となり、聖愛の視点からは遊季都の姿はおろかコンビニすら見えない。それなのに聖愛は遊季都が走り去ったと言ったのだ。
「さて、見えない筈のコンテナの向こう側にいる遊季都をこの状態でどうやって見たのか…納得する説明をお願いできるかな、雪小路 聖愛さん？」
「…くっ！」
「それとも…悪魔の力かな？」
「まさか…！？ならこれまで！！おいでなさい！バジル！」
聖愛はあるカードを取り出すと緑の閃光がレストラン中に走る。






閃光が晴れると…
「雪小路さん…一体何g」ｶﾞｸｯ
「ひゃぁぁ！化けものぉ…」ｶﾞｸｯ
フィーリス女学園のメンバー二人の生徒が気絶する。


その悪魔は―

大人の人間の倍以上の大きさはあるであろう生首で

その顔は少女ながら歯が剥き出しで眼も血走り、舌がだらりと伸びた狂気を含んだものであり、そんな顔が頭の前後に付いていて

球体の鉄の檻の中でそんな生首が浮遊する不気味な姿をしていた。


「これがお前の悪魔か」
「ええ…。風峰プロ。お手向かい致します」
「それはどうかな？」
「え？」
「ザラメ、ラズベリー、ポップロック、チャーハン！頼んだぞ！！」
遊路が叫ぶと窓の外、床･天井が光輝く。
「これは…！」
「人避けの結界じゃ。このレストランの外の人間にはここで何が起こっても全く気付かぬし、近づきもしない」
「さーて。アタシ達の御主人様を嵌めた落とし前、どー着けよっかなー？」ﾊﾟｷﾎﾟｷ
聖愛と生首の悪魔･バジルを囲うようにザラメ、ラズベリー、ポップロック、チャーハンが悪魔形態で取り囲む。
「なっ！悪魔が４体も！？」
「いいや。ザラメ…この狐の悪魔以外は全員遊季都の悪魔だ」
そう言って遊路はザラメの背を撫でながら言う。
「あの赤崎さんも！？バジル！どうして教えてくれなかったのです！？」
聖愛はバジルに問い質す。
「えー。だってべつにいいかなーっておもってたんだもん」
その不気味な見た目からは想像できない、幼い無邪気な女の子の声でバジルが反論する。
「くっ！使えない悪魔め…」
「だって おかし ぜんぜん くれないもーん！」
「さて、茶番は済んだか？悪魔の力を使えないよう、奪ってやるから覚悟しろ」
「えーい！こうなったら、バジル！最後のチャンスよ！ここで勝てたらお菓子を好きなだけ買ってあげるから戦いなさい！」
「ホント！？がんばるー！」
バジルは体を光で包んで収縮し、カードの姿に戻る。
「風峰プロとはいえ、負けるつもりはありませんのでお覚悟を」
「…あいにくお前の相手は俺じゃないんでな」
「なんですって？」
「おい、梓」
「はい」
遊路が呼ぶと奥から梓と盛雄が出てきた。
「お膳立てはここまでだ。最後は決めろよ？」
「ありがとうございます、風峰プロ。必ず勝ちますわ」
遊路は梓に持ち場を譲るように下がり、適当な椅子に腰掛けた。
「白朧院 梓…ですね」
「はい。貴女のせいで捕らわれてしまった赤崎さんを取り戻す為にも、負ける訳には参りません！」
「風峰プロなら分が悪いですが、貴女ならば問題ありません」
梓と聖愛、お互いにデュエルディスクを構え、遊季都の身柄を賭けた一戦が始まる。


「「デュエル！！」」


先攻は聖愛が取った。
「私のターン。私はモンスターを裏守備でセット。カードも１枚セットしてターンエンドです」
聖愛の初手はお淑やかな令嬢らしく控え目に終わる。
「私のターン、ドロー。私は『ＲＴＧタンク・ライノ』を召喚！タンク・ライノで攻撃ですわ！」
タンク・ライノが突進していき、裏守備表示のカードが表に返る。その正体は何かの卵のようで不気味に脈を打っている。
「残念でしたね。『妖蟲殻卵（ヘル・シェルエッグ）』の守備力は２０００。突破は出来ませんよ」
「いいえ！タンク・ライノは攻撃したダメージステップの間、攻撃力が５００アップしますわ」

ＲＴＧタンク・ライノ ATK 2100 VS 妖蟲卵 DEF 2000

「ふっふっふっ…」
「何が可笑しいんですの？」
「いいえ。…寧ろ、突破してくださらないとこちらが困ります」
「えっ？」
「『妖蟲殻卵』が戦闘・効果によって破壊された場合、デッキから同名でレベル１の昆虫族モンスター２体を特殊召喚します。私は『リトル・モス』２体を特殊召喚」
壊れた卵から小さな緑と紫の毒々しい色合いの芋虫型のモンスターが這いずり出てくる。
「…」
黙っているが、遊路は何とも言えない顔でデュエルを眺める。
「…私はカードを２枚セットしてターンエンドですわ」
いつもは速攻のシンクロで攻める梓だが、手札が悪いのか大きな動きは見せずに終わった。
「私のターン、ドロー。私は『リトル・モス』を対象にリバースカード『細胞複製実験』を発動します。これでデッキから同名のモンスターを特殊召喚し、このカードを装備！」
毒々しい芋虫が粘液を出しながら分身する。
「さらに魔法カード『共蟲喰い』を発動！デッキからレベル７の『ダイバースト・バタフライ』を墓地に送り、そのレベル分、私の昆虫族モンスターのレベルをアップさせます」
宙から巨大な蝶の死 体が落ちてくると芋虫達はそれを貪り喰う。
「これでレベル８のモンスターが３体…」
「私はレベル８となった『リトル・モス』３体でオーバーレイ！来なさい、悪魔の力！！」
聖愛が手を掲げた途端、梓は何か特殊な雰囲気を感じた。空気が重苦しく、肌にピリピリと走る悪寒のような、普通のデュエルではあり得ない感覚。その正体が降臨する。
「毒々しくも麗しき翅を羽ばたかせ、仇なす者を葬れ。エクシーズ召喚！ランク８『夢幻虚蝶(むげんこちょう)‐バジランゼ』！！」
芋虫３体が重なり、完成した悪魔の姿は口上通り巨大な蝶のモンスターであった。赤や黄色、紫のグラデーションの翅は毒々しくも優雅さがある。
「これが悪魔のカード…」
梓とて悪魔のカードと対峙するのは初めてではない。遊季都と戦った際のラズベリアがそれだが、その時とは明らかに違う。ラズベリアが仲間同士の切磋琢磨を目指す闘気であるなら、バジランゼからは目の前の敵を滅ぼさんとする殺気というものであろう。
「これが私の悪魔のカードの力…耐えられますかね？さらにフィールド魔法『秘境の大森林』を発動」
聖愛がそれを発動すると周囲は鬱蒼と木々が生い茂る森となった。
「これによりフィールドの昆虫族・植物族モンスターは攻撃力・守備力が２００アップし、さらに昆虫族・植物族モンスターに限り、魔法＆罠カードゾーンにも召喚･特殊召喚が可能になります。そしてバジランゼのオーバーレイユニットを１つ使って効果を発動します」
バジランゼの周囲を回る光の球が１つ弾けるとバジランゼが陽炎のように揺らめき―




ふわ~ん、ふわ~ん


バジランゼが１０体に分かれた。