EP26　波乱の予感　作：ター坊

「もふもふ~♪」
「ふわふわ…」
「ええい！離すのじゃ！わっちの尾はオモチャではない！」
狐の化け物は尻尾にまとわり付く大和と雛里に翻弄されていた。

志戸田の一件のすぐ後、悪魔の野放しを危険と判断した遊路は悪魔と契約することにした。そして今回の一件を周知させるべく、ニューサニーアップ事務所主要スタッフに非常招集をかけ、橘会長夫妻と所属のプロデュエリスト、風峰一家が事務所内の食堂に集まった…のだが冒頭のように緊張感台無しな出だしとなった。とはいえ、そのおかげか一同は恐怖心で混乱することもなく、
「悪魔と言って危険はないんだな」
「大きいペットって感じだねぇ」
橘会長夫妻も
「マスコットに欲しいわねん」
「お伽噺の存在と遭遇するとは…少年と共にいると飽きぬな」
「お稲荷様…神々しいだな~」
プロデュエリスト達も
「私も…もふもふしたいかも…」
「ふわふわそうアルからダイブネ！」
クイーン・フォースも(ただし詩音は怖くてさっさと帰った)
「こら、大和。お狐様におイタしちゃいけません」
「ほら、雛里も。パパ達がお話し出来ないでしょ？」
風峰一家も
いたって自然に異質な存在を認めつつあった。
「はーい」
「…ねぇパパ」
「ん？どうした雛里」
「きつねさん、おなまえなんていうの？」
「え？んー、アクマって呼ばれてたしな…。その辺はどうなんだ？」
「わっちはあの志戸田に拾われなければ野垂れ死にだったからのぅ。人間に取り入るにあたって名前など二の次じゃった」
「そうか…って名前くらいあるだろ？」
「そう言えばまだ言うってなかったがの、わっちら悪魔は…」
狐の化け物は悪魔の話を始める。天界に魔界を攻め滅ぼされたこと、力を蓄えるために人間界に落ち延びたこと、他にも悪魔の名前や契約･能力など、当面悪魔に関連するであろう事柄を洗いざらい話した。
「…というわけじゃ」
悪魔の話を聞いて、一同はそれをなるほどと飲み込む。しかし遊路には気になることがあった。
「…まぁ、少なくともお前は俺が宿主である以上、勝手な行動はできない、って言うことで良いのか？」
「そうじゃ。わっちら悪魔は宿主という隠れ蓑があってこそじゃからな。その礼に力を貸すが、支配や強制はせぬ。最も、力を手に入れ、傲る者もいたがの」
「そうか。なら安心だ」
遊路が一番の気掛かりなのは、もし、志戸田の暴走の原因が悪魔に取り憑かれたことならば、自分もそうなるかも知れないという不安であった。しかし、狐の悪魔の話を聞いて自分が悪魔の力に溺れなければ良いのだと安心したのだった。
「じゃあ、お前がこの世界にいる間の名前を決めないとな…」
しかし名前を決めるのは意外と難しい。相手は悪魔だ。犬猫のようにポチとかタマとか気軽に名付けて良いのか、それとも人間のようにちゃんとした姓名を考えてやるべきか。大人達は頭を捻る。
「ねぇ、ととさま」
「ん？どうした？」
「しっぽふわふわだからわたあめってどう？」
「綿飴って…食べ物の名前はどうだろ？」
子供ゆえの無邪気な視点だと遊路は笑うが、これが意外な結果を生む。
「わたあめ…？それはどういうものなのじゃ？」
「え？んーと、綿飴は雲みたいにふわふわしたお菓子で、ザラメを溶かして糸状に…」
「ん？もう一度」
「え？雲みたいに…」
「いや、主殿。もう少し後じゃ」
「うーんと…ザラメを溶かして…」
「それじゃ！ザラメ。その響き、気に入った！わっちの人間界の名はザラメじゃ！」
「そ、そんなので良いのか？」
「うむ！」
狐の悪魔ことザラメは満足そうに頷く。
「ザラメおねえちゃーん♪」
「ええい！またか！！」
間接的な名付け親である大和は嬉しさいっぱいに尻尾に抱き着く。
「すみませんザラメ様。けど、そんなに抱き着かれるのが嫌なら妖術などで尻尾をしまえば宜しいのでは…」
「…人間の姿になればしまえるが、その形態は好きではないのじゃ」
「人間の姿になれるの？なにそれちょっと見てみたいかも」
「そうだな。ザラメ、見せてくれよ。宿主の命令でも聞けないのか？」
「ぐぬぬ…痛いところを付くのぅ…。やむ得ぬ…」
渋々といった様子でザラメが光ると、その光がグニャグニャと形を変える。
「おお…」
現れたのは

ボリューミーな金髪のポニーテール

大きな谷間が見える着崩れた紫のミニ丈の着物

雪のように白い、はだけて露出した肩や生脚

椿の花のような赤い唇

全体像としては江戸時代の花魁･遊女と現代のセレブモデルを折衷させたような美女に変化した。
「あらあらあら、可愛いわねん。ウチのお店で働かない？」
「綺麗…」
文字通り人間離れした美貌に賛辞が送られる。
「大きい狐よりもその姿の方が家に置いとき易いな…。普段からその姿になってくれるか？たまに人目のないところで悪魔の形態になっていいから」
「なっ！それは困るのじゃ！」
「命令でも？」
「うっ…主殿、その文言は卑怯じゃ…」





その日の夜―
「ほら、大和、雛里！！晩御飯出来たからやめなさい」
「はーい」
「ﾊｧ…ﾊｧ…。やっと解放された…」
子供は新しいオモチャを手に入れるととことん遊ぶものである。遊路の自宅に帰ってから夕食時の今までザラメは大和と雛里に尻尾をモフられ続けたのだ。
「今日はカレーだぞ」
カレー特有の美味な香りが食卓に立ち込める。
「「「「「いただきます」」」」」
「いただき…ます？」
ザラメも人間形態になり、風峰一家を真似て手を合わせて食事の号令を済ませる。
「おいしい！」
「うん、パパのカレーすき」
「ふむ。人間の食べ物も悪くないものじゃ」
大和と雛里に合わせて風峰家のカレーはやや甘口になっている。その味をザラメも気に入ったようだ。
「遊路のご飯っていつも美味しいけど…今日は一際というか」
「はい。なんだか一晩寝かせたような…よりコクのある味わいです」
「主殿…まさか」
「ああ。試しに悪魔の能力とやら、使わせてもらった」
「よもや、〔星霜の旅人(タイム・ランナー)〕をこのように使うとは…やはり面白い人間じゃ」
悪魔と契約した者はその恩恵として悪魔由来の能力を得る。ザラメの場合、それは〔星霜の旅人〕、具体的に言えば対象物の時間を進める能力である。本来は対象物を腐敗・劣化させ殺害・破壊を行う危険な能力だが、遊路は作りたてのカレーの状態を１日分進めて１日寝かせた美味しいカレーに仕上げたのだ。
「ザラメの説明を聴いてピンと来たんだ。熟成や発酵だって大まかに言えば腐らせることだからな」




夜が深くなり、大和と雛里が寝静まった頃―
「それにしても遊路。ザラメさん…というより悪魔の事を伏せててホントに良かったの？」
「ああ。ＷＤＯに進言したところで信じて貰えないだろうしな」
「わっちとしても天界に知られると面倒じゃからの。そうして貰えると助かる」
確かにデュエルモンスターズの中に本物の悪魔が混ざってる、と言ったところで誰も信じないだろう、いや、信じたにしてもそれは恐怖と混乱を起こし、事態は収拾がつかない騒動に発展する危険もある。遊路はそこを危惧してニューサニーアップ事務所の面々に口止めして悪魔の存在を伏せたのだ。
「ただ、野放しというのもどうでしょうか？もし悪人に渡れば危険です」
遊月の指摘も最もである。現に志戸田がその典型例であり、悪魔の力という人外の力を手に入れたら人はどうなるか？というのを如実に表している。魔が差し、悪用する者はほぼ確実に現れるとみて間違いない。
「そうだな。…ザラメ、悪魔ってこの世界にカードとしてどのくらい存在するんだ？」
「わっちら悪魔はもう話したように各々が散り散りになって人間界に逃げたからのぅ。相当な数を天使に討たれた故、数はそう多くない筈じゃが…そのほとんどが既に人間と契約して人間界に溶け込んでるじゃろう」
「…そうか、今年のデュエル甲子園…荒れるかもな」
遊路が何気なく眺めた外の庭は月明かりもない黒い闇夜に包まれていた。