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05 Blackjack 作:Ales


  1章 Limited





 デュエルアカデミアジャパン・ウエスト校の寮は非常に特殊である。部屋は八畳一間の完全個室、一畳半のクローゼットに風呂場とトイレ、洗濯室と簡易キッチンが個人個人に宛がわれている。門限はなく、消灯時間に当たるものもない。生徒の自主性を重んじ、法律・条例に反しない限りで夜遅くまでであっても街を徘徊しても何ら罰則はない。
 個室である理由としては、恐らくデュエルの手段として「Virtual Duel City -Academic Edition(通称VDC-A)」が採用されているからであろう。ヘッドマウントディスプレイとデュエルディスクを用い、インターネット経由で行うこのデュエル中、プレイヤーは周囲に警戒などできない。無論同室となった人間を疑いたくはないと言う人が過半であろうが、万が一にも盗難等の事件が発生した場合に、HMDを使用する対戦を奨励している学校側は苦しい立場に追い込まれる。そんな訳で完全個室かつ鍵付きの部屋が供されており、当該ソフトの起動時に「周囲の環境・安全に注意」と喚起がなされているのである。
 VDC自体は数十年前に海馬コーポレーションが正式にリリースしたオンラインデュエルサービスであるが、アカデミックエディションでは幾つかの機能が追加されている。
 まず一つが専用サーバである。通常のワールドサーバに加え、全国に幾つかあるデュエルアカデミア専用サーバ、各校に提供されているサーバにへのアクセスが可能になっている。更に学校用のサーバにはチーム内で会議等ができる固有の部屋が用意されており、この部屋の設定がそのままアカデミア内でのチーム結成として内外に認知されるのである。

 「ふう、これで良し、と。」

 部屋の立ち上げとメンバー全員への加入申請を終えた遊士は、ひとつ伸びをして呟いた。既に蘭と松野兄妹は加入申請を承認しており、それぞれ一辺倒の挨拶と忙しい旨を述べて去っていた。
 特に待つ必要も感じない。そう考えた遊士は、ものは試しと意気込んでアカデミア固有サーバにアクセスしてみた。


 スクリーンショット等でワールドサーバの様子は見た遊士だが、アカデミアサーバは、また雰囲気が異なっていた。自然や石垣といった中世の城塞都市を彷彿させるそれがワールドサーバだとすれば、アカデミアサーバはテーマパークのようであった。
 広めの遊歩道、方々に見える生垣と噴水、デザイン重視の外灯に観覧車やジェットコースターのようなアトラクション等々。歩き回る(実際には専用のコントローラを操作して動くので、指の操作)だけでも十二分に楽しめるだろう。アトラクションに乗れるかどうかは微妙であるが。

 「o…Hello, Mister?」

 初心者がよくやる仕草である周囲の見回しをしていると、いずこからか声が掛かっていた。見ると、肩まで掛かる黒髪を揺らした少女がこちらに向けて軽く手を振っていた。

 「あ、どうも……」
 「うんうん、その背格好で新入りって事は受験組かな?じゃあ初めまして、だね。高等部2年の小林結里、だよ。」

 間髪を入れずといった体で自己紹介をされ、遊士は軽く頭を下げて言葉を発した。

 「あ、どうも。こば……」
 「そこは結里ちゃんでお願い。」

 間髪を入れずに返された。

 「え……?」
 「ほら、結里ちゃん、って。名字だと誰かわかんないでしょ?小林なんてそれこそ林ほどいるんだしさ。」

 ゆりという名前も百合ほどいる、という言葉を喉元で止めた遊士は、妥協してとりあえず読んでみた。

 「結里……先輩?」
 「だー、そうじゃないんだよなー。ん、まあでもいっか。で、君の名前は?」

 普通はそれを先に聞くものではないだろうか、と喉元まで出掛かった言葉をどうにか飲み込み、遊士は名乗った。

 「どうも、前原遊士です。初めまして。」
 「うんうん、よろしく。ほー、君が遊士君か。んー……」
 「もしかして、蘭さんから……?」

 ほぼ全校生徒に流布した、とも噂される新田蘭の言葉を思い出して、ひとつ聞いてみた。が、返答はそうではなかった。

 「らんらんからー……聞いたような、聞かなかったようなー……とりあえずそこはノーコメント、って事で。」
 「もしかしてそれ、初対面の全員に言ってます?」

 今度は口から出てしまった。

 「よく気付いたな!いやー、ばれちゃしょうがない。折角だから、結里ちゃんテンプレート第二幕も発動しちゃっていいかな?」

 前屈みかつ上目遣いという妙にあざとい仕草を取った結里は、軽く首を傾げた様子で言った。


 「デュエル、しない?」





 了承した遊士であるが、良い場所があるといわれ、そのままに付いていった場所はややアンダーグラウンドな雰囲気の漂う建物の中であった。周囲には見慣れない形状の机や器具が置いてあり、カクテルグラスやロックグラスなどに加え、明らかにアルコールと思しき飲料の瓶まで置いてある。

 「やっぱり私はここが一番好きなのよ。なんかちょっと、ドキドキしない?」
 「そういう類のドキドキは非行の兆候ですね。生徒指導室に行ってみてはいかがでしょうか。」

 初めからして普通ではない、と察した結里の性格であるが、内面もやはり普通ではなかったようである。

 「あー違う違う、君、見てる場所が違うよ?こら、こっち。」

 バーチャルだというのに腕を掴もうとして空振りした結里に促され、視線を机上に移した。


 「ようこそ、こちらは……まあ私が適当にスクリプト弄って作ったカジノっぽい場所なんだけどね!この辺の机のディティールとか、あとこのチップを弾く音なんかは我ながら上手く再現できたと思ってるよ!」


 「…………はぁ。」

 以上、遊士の感想終わりである。教員から指導が来なかったのかとか、そもそもどうやってスクリプトを弄ったのかとか色々訊きたいことはあるが面倒になった様子で、遊士はそれだけ呟いた。

 「むー、お姉さんちょっと傷ついたぞ。ってあ、そっか。デュエルしたらわかるか。」

 妙な雰囲気の部屋ではあるが、デュエル用のスペースはしっかりと確保されている。

 「まあ、それが目的な訳ですから……」

 お互いに充分な距離を取って、デュエルディスクを構えて対峙した。


 「「デュエル!」」



1st.Turn
遊士 LP:8000 D:35 H:5 G:0 V:0 Ex:15

  □□□□□
  □□□□□□
   □ □
 □□□□□□
  □□□□□

結里 LP:8000 D:35 H:5 G:0 V:0 Ex:15


 「僕のターン、まずはフィールド魔法《幻朧燈-嶺暗》を発動、更に《幻朧竜ヘリオ》を召喚して効果発動、デッキから《幻朧竜ネオ》を特殊召喚します。こっちの効果も発動、デッキから《幻朧竜ラディ》を除外します。」

 薄暗い山岳の景色が映し出され、そこに2匹の竜が飛翔した。

 「まだまだ、魔法カード《幻朧燈-翔火》を発動、墓地または除外された「幻朧」モンスター1体を、効果を無効にして特殊召喚します。除外された《幻朧燈ラディ》を特殊召喚、更に儀式魔法《レアケース・ディスカバー》を発動!フィールドの《幻朧竜ネオ》と《幻朧竜ラディ》をリリース。
 ‘‘舞い上がれ光翼、極彩色の旋律は勝利への道程!’’儀式召喚、《ディオクト・ノブレール・ドラゴン》!嶺暗の効果、「幻朧」モンスターの召喚に成功したのでデッキから《幻朧竜クリプト》を手札に加えます。僕はこれでターンエンドです。」
 「ほうほう、これが……んー、まぶしいねー。」

 白光りを放つ巨竜に目を細める結里の顔には、余裕以外の何も感じ取れなかった。


2nd.Turn
遊士 LP:8000 D:32 H:1 G:1 V:3 Ex:15

Ⅰ:ディオクト・ノブレール・ドラゴン
Ⅱ:幻朧竜ヘリオ
Ⅲ:幻朧燈-嶺暗

  □□□□□
  □□ⅠⅡ□Ⅲ
   □ □
 □□□□□□
  □□□□□

LP:8000 D:35 H:5 G:0 V:0 Ex:15


 「私のターン、ドロー!さて、君はここに入った時、こう思ったはずだ。こんなところが良い所だなんて、このお姉さん頭ちょっとやばいかもしれない、と。」

 突如、結里が笑顔で訊いた。

 「……正直に言ってもいいですか?」
 「どうぞ?」

 遊士は息を吸うと、決意とともに吐き出した。

 「お会いして十数秒で変な人だと思いました。」

 結里の笑顔が、微かに引き攣った。

 「…………もう一回訊くよ?ここに来た時、このお姉さん頭ちょっとやばいかもしれない、って思わなかった?」
 「来る前から変な人だと思いました。」

 時制に拘るというなら、明確に来る前なのでそう言ったつもりの遊士であるが、どうやら当てが外れたようである。

 「むむむ、まあいいか。君、意外なところで頑固だなー。」
 「先輩ほどじゃないと思いますよ。」

 頑固と言うよりは豪胆と言った方が正しいかな、と付け加えると、結里は至極真面目そうな顔をして頷いた。

 「まあ今回こういう場所に連れてきた……というか、私がこの場所を気に入っているのにはちょっとした理由がありましてですね。フィールド魔法、《LR-D.E.》を発動!」

 フィールドのうち結里の陣取る半分に、先の店内の風景が戻った。

 「ラストリゾート……?」

 聞き慣れない言葉を呟く遊士を見て、結里は満面の笑みで頷いた。

 「そう、ラストリゾート!最後の切り札にして最後の楽園!といっても遊ぶのは私だけかもだけど!楽園へご招待!《LR-A.B.》を召喚!

 登場したのは、黒一点のバニースーツに身を包んだ少女だった。最後の楽園とは桃源郷か何かと勘違いしているのだろうか。

 「エントランスの効果で攻撃力と守備力が600上がるけど、本題はここからよ!ベット完了、カードセット!」

 《LR-A.B.》 ATK:0 → 600

 うさ耳少女が、結里のエクストラデッキを取り出して台形の箱に入れた。無論演出であるが、確かに結里のいうとおりこの演出は雰囲気が肝要であろう。

 「君、ブラックジャックのルールは知ってる?」

 またも雑談タイムか、と思いつつも、遊士は首を振った。

 「そ。じゃあむちゃくちゃ簡単に言うけど、要は21になるように頑張るゲーム。で、この子の名前は‘‘アメイジング・ブラックジャック’’!って訳で、カードの準備はいい?」

 少女が振り返って頷くと、どこからともなく現れたテーブルにカードシューを置いた。

 「アップカードプリーズ!ホールカード、クリア!さあ、いくわよ!」

 ブラックジャックとは、結里の言うとおりトランプの数字の合計が21になれば最強、越えれば強制的に敗北というゲームである。但しプレイヤー側とディーラー側でカードに関する制約が少々異なり、プレイヤーは21異常でなければ何枚でもカードを引ける(極端な話、持ち点が20であっても引ける)が、ディーラー側は17を越えた時点で新たなカードは引けず、17以上になるまで引かなければならない。《ラストリゾート-アメイジング・ブラックジャック》の効果は後者ディーラー側のそれであり、結里に介入の余地はない。それでも豹変したように快活な笑顔を見せ、嬉々としてソリッドビジョンの少女と手を取り合う様を、遊士は奇妙な面持ちで見ていた。




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光芒
ブラックジャックと聞いて某無免許医が浮かぶ自分って。ですが事前設定にあった通りギャンブルデッキを使う結里先輩にはピッタリなテーマおよびフィールドですね。あざとい先輩の誘惑に負けずに平静にデュエルができるのかが楽しみですね。

>ヘッドマウントディスプレイとデュエルディスクを用い、インターネット経由で行うこのデュエル中、プレイヤーは周囲に警戒などできない。無論同室となった人間を疑いたくはないと言う人が過半であろうが、万が一にも盗難等の事件が発生した場合に、HMDを使用する対戦を奨励している学校側は苦しい立場に追い込まれる。そんな訳で完全個室かつ鍵付きの部屋が供されており、当該ソフトの起動時に「周囲の環境・安全に注意」と喚起がなされているのである。
この手の機械を使う場合、そういうリスクは付きまとうわけですが、案外触れられていないですよね。実際VRAINS本編でも30歳女医の部屋に主人公とその相棒が不法侵入しているわけですし(え
(2018-01-24 08:59)
Ales(from SP)
まともなペース(当社比)。

光芒さん
ギャンブルデッキはいつか書きたいな、と思っていたのですが、当人の運命力次第で勝敗が操作できるので架空デュエルでは少々扱いづらいです。ただ、彼女については色々設定があるのでこういう特殊なデッキになっております。

>この手の機械を使う場合、そういうリスクは付きまとうわけですが、案外触れられていないですよね。実際VRAINS本編でも30歳女医の部屋に主人公とその相棒が不法侵入しているわけですし
メカニクス9割、世界観1割とはよく言ったものです。「こういったものを登場させたいからこういう世界(構造)をつくる」、という考えを持つと、自然とルールができたと言いますか…
あ、でも開錠スキル…(^_^;) (2018-01-31 16:28)

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