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遊戯王 REVERSE/第10話 後輩と奉仕と路上戦闘 作:イベリコ豚丼

5月上旬の昼下がり。
今日が大型連休最終日ということで、少しでも休日を満喫しようと街は多くの人でごった返していた。
買い物袋をたくさんぶら下げた家族連れ。腕を組んで仲睦まじく歩くカップル。誰もが皆笑顔に満ちている。
そんな中、3区随一の待ち合わせスポットとして名高い柴戦士タロ像前で、白神 遊午は落ち着きなく時間を潰していた。
左手の腕時計を確認する。
12時50分。約束の時刻までもうしばらく余裕がある。
果てしなく遅い時の流れにやきもきしながら、遊午はもう一度自分の格好をあらためた。
デニムジャケットにコチミールのTシャツ、スタンダードなジーンズにスニーカーを合わせたカジュアルスタイル。髪はワックスで軽く整えて、首や袖口には新品の香水をふり、おまけに腕時計の下には主張しすぎない程度のブレスレットをはめてある。
この日のためにわざわざ今月分の成人誌用資金を切り崩してまで普段見向きもしない男性向けファッション誌を購入したのだ。なにもおかしいところはない。はず。慣れないアクセサリーも、ピンナップの男性モデルが『もっと腕にシルバー巻くとかSA☆』って言ってたのを参考にしたから大丈夫。
腕時計を再確認。
12時51分。さっきから1分しか経っていない。
長い、長すぎる。
八千代と初めて出会った空前絶後の1日より長く感じる10分である。
いっそハートピアの公式ホームページにアクセスして〈ブラック・ガーデン〉の裁定でも読んでいようか————と。
「せんぱ——い!」
通りの向こうからボヘミアン調のワンピースに身を包んだ少女が小走りに駆けてきた。くせっ毛とそばかすがチャームポイントの小柄な少女である。
少女は遊午の目の前で足を止めると、呼吸を整えてから挨拶をしてくる。
「こんにちは先輩。今日はよろしくお願いします。……もしかして、おまたせしちまいましたか?」
「い、いやいやいや! 俺も今来たとこだから!」
嘘である。はりきりすぎて2時間前にはバス停に着いていた。
だがそれも仕方のないことだろう。
なんたって今日は健全な男子なら誰もが憧れる一世一代のあの日なのだから。
「そうですか。そんならよかったです。——じゃあ時間ももったいねーですし、早速デートに出発しちまいましょう」

☆ ☆ ☆

「だからさ、やっぱり女性用スーツはパンツスーツこそが最強なわけよ。女の子が男物の衣装を纏うギャップ萌えは語るまでもないし、隠すことで逆に内側の脚線美を想像させるというエロティックパラドックスはパンツスタイルならではだ。そしてなんといってもかがむと浮き上がる布地の食い込んだ割れ目の破壊力といったら! 男子一個師団を行動不能にして余りあるぜ!」
囲家での一件が一応の解決を見い出した明くる月曜日、遊午は3日ぶりの学校を存分に謳歌していた。
「あーはいはい。わかったからちょっと黙れ」
「なんだなんだ、ノリ悪いな。まだサングラス装着時のミステリアスな魅力について語ってないぜ?」
「ホームルームが終わるなりノンストップで喋り続けられるその舌には一周回って敬意を表するが、その集中力をちったぁ周りに向けような?」
「? なんでだよ?」
「お前をよく知らない下級生がドン引きしてるからだよ! 下校時間の昇降口でどギツイ話をすんな! 俺まで同類と思われんだろうが!」
隣を歩くハーフでメガネの親友、ウラに怒鳴られ、遊午は首をかしげつつ視線を半周させる。
遊午と目があった瞬間、周りにいた学生たちがざざぁ! という効果音が聞こえるぐらいの勢いで遠ざかった。
反対側に半周。
同じくずざぁ! と人だかりが遠のく。二人を中心にして半径2メートルの空白地帯が出来上がる。
遊午が前に進むと円も進む。後ろに下がると円も下がる。
人的バリケードを築く学生たちの視線は完全にやべー奴を見る目である。
「……やっべぇ。ゾクゾクする」
「おい俺もあっち側行くぞ」
遊午の存在が4月末にして下級生の間で関わってはいけない先輩として知れ渡った瞬間だった。

ちなみに。
「……ねぇ寧子ちゃん、スーツっていくらぐらいするのかな?」
「やめときなさい。貢ぐ女は身を滅ぼすわよ」
なんて会話が人垣の中で交わされていたのはまた別の話。


「ん……んん?」
ウラに首根っこを掴まれずりずり校舎の外まで引きずられていった遊午は、不思議な光景を目にして眉根を寄せた。
「ん? どうした?」
「いや、あれ……」
内庭に植えられたプラタナスの1本を指差す。そこには天日干しにされた布団が引っかかっていた。真ん中のところで学校指定の女子制服と同じ水色と白に塗り分けられた小さな布団だ。
「ん……んん?」
ウラが同じように眉根を寄せた。
なんか布団がもぞもぞと身をよじりだしたのだ。
「くっ……、このっ……、ふんっ……! ちょっ、これ自分じゃ下りられねーじゃねーですか!?」
今度は布団が喋り始めた。
「…………あれ、どう見ても女の子だよな?」
「…………。」
ウラが微妙な表情で首肯する。
エメラルドグリーンの瞳に長年の友情を信じてアイコンタクト。
『関わっていーい?』
『馬鹿、やめとけ。怪しいにおいプンプンじゃねぇか。確実に面倒に巻き込まれんぞ』
『女の子に関する面倒ならむしろぜひとも巻き込まれたいね!』
『じゃあひとりで勝手にやってろ。俺は帰る』
『あーん、もう、ウラくんたらつれないんだからー』
『知らん』
そのまま無言で睨み合っていたが、しばらくしてウラが諦めたように眼をそらした。
「つーか、お前の頼みごとの方もあるだろうが」
「あ、そうか。じゃーいいや、ひとりでやるわ。また明日な」
アイコンタクトがばっちり通じていたことに満足しつつ、遊午はひらひらと右手を振る。
「はぁ……。こうなっちまうとどうせ止めてもきかないからもうなにも言わねぇけどよ。出来るだけさっさと片付けろよ」
ため息まじりにそう言うと、ウラは後ろ手に手を振り返しながら去っていった。遠のいていく背中を遊午は目を細めて見送る。
「さて、と。そんじゃ俺らもいきますか」
ウラの姿が校門の先に消えたところで、宙から一部始終を見ていた美少女を見上げた。
「お主、そのちょっと困ってる女子がおったらすぐちょっかいかける癖なんとかならんか。いちいち寄り道しておっては−No探しが遅々として進まんぞ」
春の雪を思わせる幻想的な銀髪をなびかせる彼女の名は八千代。訳あって遊午と魂を共有している。
彼女が人の身を超越した存在であることは、氷柱のように尖った耳や、真下から仰ぎ見ても一向に中身を暴けない絶望要塞プリーツスカートからも明らかだった。
「まぁまぁ、これも調査の一環だって。−Noあるところトラブルあり、でしょ?」
「そうは言うがな。もしCHESSの罠だったらどうするんじゃ」
「そこはほら、ケースバイケースで」
「適当じゃのう」
ややオーバー気味にやれやれと肩をすくめる八千代。
「で、どうしよっかこれ」
「はっ! まさかターゲットが通らなかったら私ずっとこのままですか!? やべーです! トイレにも行けねーじゃねーですか!」
頭の高さぐらいの枝に綺麗に引っかかったまま、少女はじたばたと騒いでいた。なんだか調子に乗って木に登ったはいいけど下りられなくなった猫みたいだ。
遊午は少女の真後ろに立ち、セーラー服のスカート越しに話しかけた。
「ハローかわいいお嬢さん。私は通りすがりのステキ紳士。なにかお困りかな」
「す、ステキ紳士? 存じあげねー方ですが、いいところに通りがかってくれやがりました! お察しの通り困ってんです。助けてください! 大ピンチなんです!」
「ほほう、大ピンチ」
無様かわいい姿にいたずら心が顔を出す。遊午の口角がおもちゃを見つけた子供のようににたつく。
「うーん。でもただで助けてあげるってのはなー」
「お礼ならいくらでもします! だから早く……」
「そっかそっかー。いくらでもしてくれるのかー。——じゃあ先払いってことで」
言質はとった。
遊午は少女のスカートの端を掴み、おもむろにめくり上げた。
「ふぇ?」
いきなりのことに少女がすっとんきょうな声を発する。
だが直後に事態を理解したらしく、
「ぎにゃあぁぁあぁぁぁあぁっ!!」
「うむ、絶景絶景」
「絶景絶景、じゃねーです! いきなりなにしやがるんですか!?」
「え? スカートめくりだけど?」
「あたりまえみてーに!?」
「大丈夫だって、チラ見しかしてないから。なぁクマさん?」
「ガン見じゃねーですか! もはや柄と会話してんじゃねーですか! もう助けてくれなくていーですから手を離しやがってくださいー!」
遊午の魔の手から逃れようと少女は必死に両手両足を振り回した。
「あ、こら、やめ」
慌てて止めにかかるが、時すでに遅く——少女はバランスを崩して前にすべり落ちてしまった。
「あ……っ」
冷や水を浴びせられたように少女の表情が硬直する。
せまる地面。数瞬後の惨事が容易に思い浮かぶ。
だが遊午の反応は早かった。小さな体が宙を舞った時点で反射的に大地を蹴ると、少女の頭に片手をそえて90度回転、代わりに回ってきた膝の裏をもう片方の手で受け止めて見事にキャッチする。
「こらこら、いきなり暴れちゃ危ないだろ」
「す、すいません……」
「制服も木くずだらけじゃないか。はい、ハンカチ」
抱きかかえた少女に遊午は右手に持っていた布を手渡す。
「あ、ありがとうございま————す?」
流されるままに受け取ろうとした少女の動きが固まる。
差し出された布は妙にひだがついていた。汚れを拭うより腰に巻くのに的していそうな大きめのサイズだった。なんだかこの学園の制服にとてもよく似たデザインだった。というかまんまそうだった。
ところで、遊午は落下直前まで少女のスカートをめくっていて。
少女はその体勢のまま木から落ちて。
その間もスカートはずっと握られたままで。
ということは遊午の手元にあるのは間違いなく少女のスカートのはずで。
つまり少女は今パンツ丸出しだった。
「ふにゃあぁあぁぁぁあぁぁっ!!」



「うぅぅ、もうお嫁に行けねーです……!」
「そのときは俺がもらってあげよう」
「一番の戦犯がどの面下げて言ってやがんですか!?」
スカートをはきなおした少女はついさっきまでぶら下がっていた木に隠れてさめざめと涙を流す。
「……まぁでも、危ねーところを助けてもらったのは事実ですからね。一応お礼は言っときます」
少女は木の裏から出てくると、ぺこりと頭を下げた。頭の動きにつられてくせの強い髪の毛がひっくり返る。
高校生にしては随分と小柄な少女だった。中学生か、下手をすると小学生と言われても信じてしまいそうだ。パンツのセンスといい。
「こちらこそごちそうさま、クマパンちゃん」
「とんでもねーニックネーム付けてんじゃねーです! 私には沖島 茅野っていう親からもらった大事な名前があるんです!」
クマパンちゃんこと茅野は猫みたいに髪を逆立てて「うにゃー!」と怒る。やっぱり子供っぽい。遊午はなにかにつけてこの娘をからかおうと決めた。
「茅野ちゃん、こんなところでなにしてたの?」
「人探しです」
「人探しでなぜ木の上に……」
「う……。それはその、色々事情がありやがりまして……」
遊午が問うと、茅野はばつが悪そうにそばかす付きの頰をぽりぽりと掻いた。
「それで、その尋ね人ってのはどんなやつなんだ?」
「まさかおにーさん、手伝ってくれるんですか?」
「当然さ、ステキ紳士としてはね」
「ほんとですか! ありがとうごぜーます! なんだ、おにーさん変態のくせにいい人でいやがったんですね。変態のくせに」
2回言った。変態って2回言った。間違ってないけど。
「私も直接見たわけではないので又聞きの情報なんですが、この学園の高校2年生だそうで」
「ほうほう」
「性別は男。身長は170センチほどで、若干筋肉質」
「うんうん」
「髪色は黒。使っているデュエルディスクはオーダーメイド」
「ふむふむ」
「最大の特徴はその剥き出しの獣欲で、なんでも、毎晩毎晩河原で卑猥な本を漁っているだとか治療と称して女性の胸に顔を埋めようとしただとか同級生を手練手管で自室におびき寄せてぬれぬれのぐっちゃんぐっちゃんにしただとかやべー噂が絶えねーんだとか」
「おいおい、とんでもない野郎だな」
「ちなみに名前は白神 遊午」
「俺じゃねぇか!!」
思わず吠える。
「え……、おにーさんが女子トイレ前の廊下に堂々と寝転んだり盗んだ下着で出汁をとったり全裸で小学校にもぐりこんで関節という関節にたて笛挟んだりしていやがる白神 遊午なんですか……?」
「いやそこまではしてねぇよ!?」
噂に尾ひれが付きすぎである。この勢いだと知らぬ間にモンスターにでもされていそうだ。
しかし茅野は遊午のツッコミなど耳に入っていない様子で、驚愕に揺れる目を遊午に向けている。
「……おにーさんが白神 遊午で白神 遊午がターゲットで、ということは作戦は成功しててでもあんな態度取っちまったらマイナスでいやだけどそんなあわわわわ……」
混乱したように独り言を乱発する茅野。
やがて機械がショートしたように頭からぼんっ! と煙を吐きだした。漏れた冷却水代わりの涙が溜まる。熱暴走した顔が紅潮する。ついにはほっとくと自爆しかねない勢いでぶるぶると震え始めてしまった。
「か、茅野ちゃん?」
さすがに心配になった遊午は茅野の肩に手を置く。
それが引き金となった。
「は」
「は?」
「はにゃぁぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁぁぁあぁっっっ!!」
「ちょ、茅野ちゃん!?」
尻尾を踏まれた猫みたいに全力で走り去る。凄まじいスピードにスカートの中のクマさんをこんにちはさせながら、茅野はそのまま学園の外へ消えていった。
「ええー…………」
後に残された遊午は、手を空に突き出した中途半端な格好のまましばし呆然と立ち尽くすのだった。

☆ ☆ ☆

「うーん、結局なんだったんだ……」
翌昼休み、遊午はいまだ昨日のやりとりがうまく飲み込めずに頭を悩ませていた。
ただしまったく理解不能だから、というわけではない。茅野の言葉の端々になんとなくの事情は察した。
多分、というか十中八九、彼女は『そう』なのだろう。
その仮定の上で八千代と夜もすがら話し合い、とりあえず害があるまでは放置、というのが二人の結論だった。まだ真意もわからないうちにわざわざこっちからふっかけてやる義理はない。
——真意。
そう、真意だ。
茅野が『そう』なら、あの場で逃げ出す真意が遊午にはいまいちピンとこないだった。以前の二人なら素性を知ったと同時に嬉々としてデュエルを挑んできそうなものである。
『色々と餓鬼じゃったし、実はただ単に想定外の事態を受け入れられなかっただけじゃったりしてのう』とは昨夜の八千代の言だ。ちなみにその八千代は現在失った睡眠時間を取り戻すべく遊午の中で就寝中である。
(まさかねぇ……)
ふわぁ、と魂を共有している八千代につられるようにあくびをひとつ。それをきっかけに一旦思考を切って、教室の時計を確認する。いつの間にか昼休みが始まってから10分以上経っていた。
遊午はサンドイエローのデイパックから財布を取り出して席を立つ。
「ん? 珍しいな、今日は弁当じゃないのか?」
遊午の動きを見とがめたウラが重箱みたいな弁当をつつきながら聞いてくる。
「あぁ、朝作る時間なくてな。適当に購買でなんか買ってくるわ」
「そうか」
それっきりウラはまた重箱をつつく作業に戻る。
惣菜パンのラインナップを思い浮かべながら教室を出ようとしたところで、遊午はなにやら出入り口が騒がしいことに気が付いた。
「あれ? どしたのお嬢ちゃん。ここ高校よ。迷子?」
「誰かの妹じゃない? さてはおつかいに来たんでしょ?」
「迷子でもおつかいでもねーです! 制服着てるでしょう! 私は人を探しに……」
「ちょ! やだ! なにこのぷにぷにのほっぺた!」
「うわっ! 肌のキメもすごっ! 化粧水なに使ってるの!?」
「いや化粧水じゃなくてですね。私は人を……」
「くせっ毛だけど髪もツヤツヤじゃん!」
「くっ! これが若さか! 羨ましい……三つ編みにしてやる!」
「あ、ちょ! 髪で遊ばねーでください! そんなことより人を……」
「にしてもほんとちっちゃくてかわいいわねー。ねぇ、ゴスロリとか興味ない?」
「馬鹿、あんたの趣味押し付けてんじゃないわよ。ここはメイド服一択でしょうが」
「出たよメイド服。センス古いわー。お嬢ちゃん、こんな人たちほっといて向こうで魔法少女ごっこしましょ」
「あのだから……」
「しゃらくせぇ! もうとりあえず剥いちまえ!」
「よし来た!」
「合点だ!」
「ふにゃっ! ど、どこに手を入れてやがんですか!」
「はいはい、お口チャックしましょうね。でないと無理矢理唇でふさいじゃうわよ」
「なにゃあ!?」
……なんか、クラスの女子たちに町のアイドル猫みたいにわにゃくちゃにされている少女がいた。
というか、どう見ても沖島 茅野だった。
「あ……っ!」
唖然としていると、茅野がこちらに気付いてすがるような眼を向けてくる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「!?」
黙って目を逸らした。見捨てられた茅野が決壊目前の表情でガーンとなる。
無理である。古今東西かわいいものハンターと化した女子をどうこうできる男子など存在しない。下手に手を出しても体の大切な各所パーツを蹂躙され尽くした上で窓から捨てられるのがオチである。
アイコンタクトで骨は拾ってやる意思を伝え、遊午は粉砕機に巻き込まれていく小麦みたいなことになっている少女に心の中で敬礼を送った。


「もういやです年上こえーですやべーですとんでもねーです……えぐっ……なんで私ばっかりこんな目に遭うんですか……ひっぐ……」
数分後、茅野は教室の隅に丸まって顔を覆っていた。彼女の人権保護のためなにがあったか具体的に文字に起こすのは控えられる。
「……で、茅野ちゃんなにしに来たの?」
そのまま放置しておくわけにもいかず、遊午は脱いだ学ランを半裸の茅野にかけてやる。
茅野は抱き寄せるように学ランをまとい、腫れぼったい目元をぐしぐしと拭った。
「ぁう……せ、先輩に昨日のお礼をちゃんと言おうと思いまして……」
「そりゃまたご丁寧にどうも。でもそんなことならわざわざ会いに来なくてもよかったのに」
「今猛烈に後悔してます……」
学ランの中で乱れた制服を整える茅野。義理を通しにきてなんとも災難である。
「ところで、なにかしてほしいことはありやがりませんか」
「してほしいこと?」
急になんの話だろう。
「えぇ、だからお礼です。なにか私に出来ることがあればなんなりと言いやがってください」
「いいよ気にしなくて」
「いや、命まで救ってもらっちまったのに挨拶だけで済ませるわけにはいきませんよ」
「いいってば」
「いやいや」
予想外の食い下がりに遊午は少し困る。
さすがにあの程度のことをしただけで年下の少女を使うのは忍びない。 かといってこのまま譲り合っていてもらちがあかない。
ここはなにか簡単な頼みごとを言って引き下がってもらうべきか。
「じゃあなんでもいいから購買でパン買ってきてくれる?」
「! わかりましたパンですね! では行ってきます!」
遊午の言葉を聞くが早いか、茅野は鼠を見つけた猫みたいにキラキラと瞳を輝かせてすっ飛んでいった。
「あ、お金……は後払いでいっか」
「……ちょっと白神君?」
と、若干あっけにとられつつ後ろ姿を見送っていた遊午の肩に手が置かれた。
見ればついさっきまで茅野をいいようにもてあそんでいた女子たちだ。なにやら妙に綺麗な笑顔を浮かべている。
「今の、どういうことかな?」
「どういうってどういう……」
「私たちにはいたいけな女の子にパシリさせてたように見えたんだけど」
笑顔に不気味な影が落ちる。
「や、それは……」
「白神君は女の子の香りが残ってたらD-ゲイザーのツルにさえ欲情するド変態でも実物の女の子には紳士なド変態だと思ってたんだけど、どうやらその評価をあらためなきゃならないようね」
「あ、ド変態なのは確定なんすね。ところで肩ミシミシ言ってるんで力ゆるめてもらってもいいですか?」
「ねぇ白神君。人の期待を裏切った輩には相応の罰が与えられるべきだと思わない?」
別の女子が遊午のこめかみを鷲掴んで万力のように力を入れてくる。もはや攻撃の意思を隠す気はないらしい。
「お、お仕置きってことか? 女の子のお仕置きならどんなことでも大歓迎だぜ」
「うふふ、そう言うと思った。——おい、レスリング部の残木先輩に電話しろ」
「待て、なぜこのタイミングでそっち系だと名高い先輩を呼び出す!?」
「すでに数名の精鋭とともにこちらに向かわせております」
「よくやった。貴様には後で褒美を取らす。具体的にはさっき撮った茅野ちゃんのコスプレ写真(ゴスロリver.)」
「ありがたき幸せ」
「なにそのノリ!? ていうか待って、話せばわかる! これには深い事情があるんだ!」
「ほう。この私たちを納得させるだけの言い訳があるなら言ってみな」
ここでとちれば齢16にして生涯失わなくていい貞操が散る。遊午は−Noと相対したときと同程度の覚悟を決めて言い放った。

「俺はただ、彼女のスカートをひん剥いて抱きしめただけなんだ!!」

空気が、死んだ。
「……戦場格闘技部の鎧流先輩も呼び出せ」
「いやぁぁあぁぁあ今のは違うのぉぉおぉぉ!! いや違わないけど違うのぉおぉぉぉ!!」
「安心しなさい。天井の染みを数えてるうちに終わるわ」
「なにが!? ねぇなにが終わるの!? 人生!?」
「ダイジョウブダヨー。イタクシナイヨー」
いつの間に現れたのか、真っ赤なブーメランパンツ一丁のガチムチ胸毛アニキに背後からガッチリホールドされていた。このままパイルドライバーとか決められそう。
「ひぃっ! やめて、そんな大きなのむり、裂けちゃう、裂けちゃうから……ア————!!」


「ただいま戻りました! ……ってあれ? 先輩そんなとこでなにしやがってるんですか?」
「聞かないで……」
数分後、遊午は教室の隅に丸まって尻を覆っていた。彼の人権保護のためなにがあったか具体的に文字に起こすのは控えられる。
ダブルラリアットのフライングパワーボムがソニックブームでサマーソルトキックだったとだけ言っておこう。


それからというもの、

「さて、そろそろ帰るか」
「あ、先輩! お帰りですか! 鞄持ちます!」

「わっと! あーちくしょう、ジュースこぼしちまった」
「タオルをどうぞ! 汚れた服はこっちで洗濯しときます!」

「なんか肩凝ったなぁ……」
「お疲れでいやがりますか! 肩お揉みします!」

茅野は遊午の周りを遊んで欲しい猫みたいにちょろちょろと動き回り、ことあるごとに自分からパシらされるのであった。


「あの、茅野ちゃん。もう十分お礼以上のことしてもらったから俺につき従ってくれなくていいよ」
そんな生活が一週間続いた頃、遊午は疲労に満ち満ちた様子で申し出た。
初めこそ女の子からのご奉仕に心躍らせていた遊午だったが、茅野が働く度にどこからともなく残木先輩が登場するので辟易しているのだった。突然始まるストリートファイト。決まれば即死のアルティメットアトミックバスター。
「なっ……! なんでですか! 私なにかやっちまったんですか!」
「いや、やっちまったわけじゃないんだけど……」
正しくは『ヤッちまわれそう』である。
「だ、だったら構わねーじゃねーですか! 私は先輩の役に立ちたいんです!」
必死で迫ってくる。その姿は単純な熱意というよりどこか怯えているように見えた。
「……逆に言えば、俺の頼みごとを叶えられないなら諦めてくれるってこと?」
「それはっ…………えぇ。私が使い物にならねーならクビにされるのも仕方ありません」
いいことを聞いた。
ならば到底叶えられない突飛な頼みごとをしてやろう。
「よし、わかった。それじゃあひとつ頼みごとをするとしようか」
「! どうぞなんでもおっしゃってください!」
茅野が使命に燃えた瞳で見つめてくる。
だがそんな顔をしていられるのも今のうちだ。

「俺とデートしてくれ!」

「…………へ? …………。…………!! なっ……!!」
遊午の言葉を理解するにつれ、炎が瞳からみるみる顔に移る。茅野の反応を見て遊午はしてやったりと心の中でほくそ笑んだ。
とっておきの理不尽な要求である。今まで3桁じゃ足りないぐらい繰り返したのに未だ一度たりとも通ったことのない非道な要求である。カウンターダメージが凄すぎてもはや遊午の中で特級封印指定されている要求である。
この要求を飲める女子はいまい。
……なぜだろう。目頭が熱くなってきた。
いや、そんなことはどうでもいい。
もう結果は決まったに等しい。後は茅野が断ってきたところに「こんなことも出来ないなら仕える資格はない」とでも言ってやればこの関係を断ち切れるだろう。
「ほらほらどうした? あれだけ待ち望んでた直々の頼みごとだぜ?」
「…………わ、かりました」
「おぉっと。ダメだなぁ、こんなことも出来ないようじゃあ俺に仕える資格はない……って、え?」
「一度吐いた唾を飲んでは女が廃っちまいます! その頼みごと、聞き届けました!」
「あ、う、え? あれぇ?」
話がまさかの方向に転がっていく。
「ちょうど今週末から連休ですし、その間にどこか行きましょう! これ私のD-ゲイザーの番号です!」
胸に丸っこい文字が羅列されたメモ用紙が押し付けられる。なぜそんなものが用意されているのかつっこむのも忘れて遊午はなすがままに受け取った。
「や、その、今のは冗だ……」
「ではまた! 詳しいことは追って連絡しますので!」
「……ん。ええー…………」
慌てて弁明するも、もはや後の祭り。いつぞやの焼き回しのように走り去っていく背中を見送りながら、遊午はひとり無人の廊下に立ち尽く——
「ヨンダ?」
「呼んでねーわ。俺より強い奴にでも会いに行ってろ」
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ター坊
ハイテンションで犯行をやらかす主人公。それにしてもロリもいけるとは守備範囲が広い。そのうち先輩や人妻とかの年上層も狙いそう。
遊路「姫と同級生ロリと教え子と殺し屋お姉さんと人妻抱いたけど、質問ある?」

さて、デートは無事に完遂できるのか…?
(2018-01-22 13:44)
ギガプラント
デュエルやNo.と関係ないところで主人公がしにかけている件…。やはり普段の行いか。
謎の新キャラ茅野ちゃん。やはり『そう』なのだろうか…。 (2018-01-22 14:42)
イベリコ豚丼
》ター坊さん
コメントありがとうございます!
遊午「守備範囲は心か体の性別が女の生命体」

人生初デート……私にとってはろくな思い出がない単語です……。ちくしょう、キャラにだけいい思いさせるか。 (2018-01-22 19:43)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメントありがとうございます!
死なない体でも掘られたら心は死ぬ。
茅野が『そう』かどうかは次回にて……。 (2018-01-22 19:45)
tres(トレス)
欲望に割と忠実な変態であることを隠さずにいながらも、弁えるところはしっかりと弁えている遊午君に好感が持てます。そして頑丈、格ゲーで見るような技を食らっても問題ありません。初デートおめでとうございます。 (2018-03-29 20:09)
イベリコ豚丼
》tresさん
コメントありがとうございます!
変態で頑丈ってなぜか卑猥に聞こえますね……。
パロった格ゲーが他会社ですが、KONAMIの格ゲーって調べたらイー○ルカンフーぐらいしかなかったので仕方ない。 (2018-03-31 16:57)

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