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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第9話 首輪と矛盾と初めの一歩

第9話 首輪と矛盾と初めの一歩 作:イベリコ豚丼

なかよしさんびき きたへゆく
おなかぺこぺこ えささがし

なかよしさんびき えさはっけん
ほねつきにくだ うれしいな

なかよしさんびき はなしあい
ぼくらさんびき にくひとつ

ぼくがたべるよ ずるい ずるい
ぼくがたべるよ ずるい ずるい
ぼくがたべるよ ずるい ずるい

なかよしさんびき きがついた
だれもたべなきゃ こうへいだ

なかよしさんびき きたへゆく
おなかぺこぺこ えささがし

☆ ☆ ☆

「魔犬の遠吠え《ヘル・ハウリング》を墓地から除外して、効果発動。ジャイロブラスターの攻撃を無効にしたわ」

魔犬の遠吠え 通常魔法

囲親娘を護っていた音の壁が解除される。威力を殺されたジャイロブラスターの弾丸が乾いた音を立てて床に落ちる。
「いったい、どうなって……」
愕然とする遊午はただただ目の前の異常を整理するので精一杯だった。
今まで煌々と輝いていた番士の刻印から光が失われている。代わりに、その分を丸ごと吸収したかのように来世の首筋に幾何学模様が浮かび上がっていた。
「そもそもの前提が間違っておったのじゃよ。タイラント・ケルベロスの真の所有者はあの小娘。髭男は所詮犬畜生と同じ駒に過ぎんかったということじゃ」
「ひ、人を思いのままに操るだなんてそんな……!」
「−No——妾の力の前に、獣も人も大した差はありはせんよ。現にお主は今しがたその証拠を自分の目で見届けたのじゃろうが」
「だ、だとしても立場が逆かもしれないだろ! 操られてるのは来世さんの方で……だって来世さんはこの家に閉じ込められてるんだぜ!? そんな力があるならいつでも外に出れたじゃないか!」
言いつつ、遊午自身こんなものは苦し紛れの戯言に過ぎないと悟っている。状況証拠も物的証拠も来世が真の−No所有者であることを物語る。
それでも反論するのは事実を認めたくないという幼い感情に過ぎない。
だったら本人に否定してもらえば、そう思って来世に目を向けるが。
「その娘の言う通りよ。犬を操っていたのは私。父さんを闘わせていたのも私。全ては私がタイラント・ケルベロスの所有者だからこそ出来たこと」
そう語る来世の脇で、番士が不思議そうに娘と遊午の顔を見比べていた。
「……さっきから君らは誰と話しているんだ? その娘って、いったい誰のことなんだ? この部屋には僕ら3人しかいないじゃないか」
「ッッ!!」
どうしようもなく決定的な一言だった。
番士には八千代の姿が見えていない。所有者ならばすべからく認識できるはずの彼女の姿が。
「外に……出たかったんじゃないのかよ……。掟を嫌ってたんじゃないのかよ!」
絞り出すように呻く。
けれどそれを受け取る来世の声はどこまでも冷ややかで。
「言ったでしょう。もう受け入れたって。せっかく決着がついたのに横槍を入れる貴方は迷惑でしかないわ」
「それ、本気で言ってんのか……?」
「もちろん。さぁ、デュエルを再開しましょう。我が一族の繁栄を脅かす敵に罰を与えるデュエルを」
来世は左腕に父のデュエルディスクを装着し、具合を確かめた。プレイヤーの入れ替わりは当然のルールとして禁止されているが、−No所有者同士のデュエルに決まりもなにもあったものではない。
「墓地に送られたガルム・ミットラーはそのターンのエンドフェイズにフィールドのエクシーズモンスター1体の下に重ねてX素材にできるわ。効果の対象にウィングリッターを選択」

−No.39 天騎士ウィングリッター ORU 1

「私のターン。タイラント・ケルベロスの第3の効果発動!」
「タイラント・ケルベロスだって!?」
「タイラント・ケルベロスが自分の墓地に存在し、フィールドにXモンスターが2体以上存在する場合、このモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚する! 『インフェルノリボーン』!!」

-No.64 タイラント・ケルベロス ★6 ATK 2500 ORU 0

バーナーを点火させたときのような空気が焦げる臭い。やがて臭いは煙となり、灰となり、最終的に豪火の実体を持ってフィールドを蹂躙した。
紅蓮の渦の向こうで白い牙が妖しく輝いたかと思えば、渦が弾け、三頭の魔獣が唸りを上げる。
死者を追い立てる魔犬は死を持たない。どころか、真の所有者の手元に還ったことでさらに数倍体躯を膨れ上がらせている。
「ちぃっ! あれだけ苦労して破壊したというに!」
「それだけじゃないわ。この効果での特殊召喚に成功したとき、フィールド上の全てのオーバーレイ・ユニットを奪い取る!」
「なん……っ!」
「喰い荒らせ、タイラント・ケルベロス!」
『ゴアァァァァッ!!』

−No.39 天騎士ウィングリッター ORU 0

−No.64 タイラント・ケルベロス ORU 1

先程までと段違いの咆哮が遊午の身体を全力で揺さぶる。熱量さえ帯びた振動にオーバーレイ・ユニットは周期を狂わされ、別の軌道へと攫われてゆく。
「これでまたタイラント・ケルベロスのオーバーレイ・ユニットが増えたってことは……!」
「ええ。第1の効果『プレデタートランブル』により、タイラント・ケルベロスの攻撃力は300ポイントアップする!」

−No.64 タイラント・ケルベロス ATK 2800

「バトルよ。タイラント・ケルベロスでジャイロブラスターを攻撃!」

−No.64 タイラント・ケルベロス ATK 2800 vs ジャイロブラスター ATK 1900

「墓地のバトルバトラーを除外して、ジャイロブラスターの破壊を無効にする!」
「だけどダメージは受ける!」

YUGO 200
———VS———
RAISE 100

「づぁ……っ!」
パーカーの袖口から熱波が侵入し肌を撫でる。擬似的な熱さが皮膚をひりつかせ、心臓の表面を走る血管一本一本を焼き切らんと本物の激痛が牙を立てた。
ついにライフが500を切った。レッドゾーンだ。ポイントが0になったとき、八千代が消え、遊午は死ぬ。
本能からくる負の感情が心臓から神経を伝って登ってくる。
嫌だ、怖、やめ、どうして、まだ、逃げ、生きて、なんで、苦しい、怯、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死たない死たくな死にくな死たく死にな死に死な死死死四死史死死士死紙氏死使死シシシしsHiシしhiシシ4ししiシシ——
「……もう一度だけ聞くけどさ」
声を出すことで黒く染まりかけた思考を、乱す。指先の震えは拳を握って押し留める。限界まで追い詰められたことで逆に頭が冷静さを取り戻した。
大丈夫。攻撃は確かに強力だが、大したことはない。これなら番士の戦略の方が面倒だった。中身を伴っていない攻撃に恐れることなどない。
ふぅっ、と息を整えて遊午はまっすぐ来世の目を見つめる。
「これっぽっちも外に出たいとは思ってないんだな?」
「……しつこいわね。何度もそう言っているでしょう」
「だったらなんで、わざわざ決着が着く直前で出てきたんだよ」
「! それ、は……」
「本気で俺のことを厄介だと思ってるなら屋根裏で出会った時点でデュエルをふっかけてればいい。いやそれ以前に、あのとき犬に襲われてる俺たちを助けなけりゃよかったんだ」
屋根裏で来世から話を聞いて、遊午は心の底では彼女が救われることを望んでいると感じた。物理的にも精神的にも逃げ場のない環境から拾い上げてくれる手を待っているのだ。そう思ったからこそ彼女を助けたいと考えたし、実際助けようと行動した。
だから来世が現れたとき彼女が遊午の前に立ちはだかったときは困惑した。タイラント・ケルベロスの真の力なんかよりよっぽど意味不明だった。
意味不明で、異常だった。
しかしその異常も気づいてみればなんということはない。
唇を噛んで黙りこむ来世に遊午は続ける。
「答えられないなら俺が代わりに教えてやる。あんたほんとはやっぱり外に出たいんだよ。いや、外に『も』出たい、か?」
「っ!!」
「あの後どういう逡巡があってどういう決心をしたのかは知らない。でもそんな決心なんてずっとは続かないって自分でも気付いてるから、決心をぶっ壊して欲しいって気持ちもあるから、ウィングリッターじゃなくジャイロブラスターの攻撃を止めたんだろ。魔犬の遠吠えでウィングリッターの攻撃を止めてりゃ勝てたのに」
デュエルディスクのタッチパネルを操作し、『魔犬の遠吠え』の効果を確認する。そこにはただ『相手モンスターの攻撃を無効にする』としか書かれていなくて。
「なぁもう認めちまえよ。無理せず、隠さず、誤魔化さず、本心全部受け入れちまえよ。ていうかそんな本心だったからこそ、あんたの−Noはタイラント・ケルベロスなんだろ」
「ん? んん? 遊午、どういう意味じゃ、それ?」
「だからさ、来世さんが−Noに願った欲は——」
「うるさいうるさいうるさいっっ!!!」
遊午の言葉を遮って来世は叫ぶ。
「誤魔化してなんか、ないっ! 隠してなんかないっ! わた、私の願いは自分をこの家に閉じ込めることなの! それだけなのよっ! 生体操作の力だってそのためのものだし! 屋根裏にいたのも閉じこもるためだし! 私は! 私の意思で! ここにいるんだからぁっ!」
頭を抱えて、うずくまって、まるで迷子の少女のように。
「……八千代ちゃん、方針転換だ。俺は来世さんを助けない」
「ほう?」
「誰かに助けてもらうんじゃダメだ。あの人は自分で助からなくちゃいけない。そのために俺はデュエルに勝つよ」
助けるために、助けない。手は伸ばす、だけどこちらからは握らない。今にも五体がバラバラに引き裂けてしまいそうな泣き声を聞きながら遊午は宣言する。
対して、透き通った銀髪をちょいちょいともてあそんでいた八千代は、
「好きにせい。人間の心は妾にはようわからん。——じゃが動機はなんでも構わんが、絶対に負けは許さんぞ?」
「言われなくても! 俺のターン、ドロー!」
手札はドローカード一枚。しかしそんなギリギリの局面で狙ったカードを引いてこそデュエリストだ。
「魔法カード、コピーライトを発動! 自分フィールドの魔法・罠カードを除外することで、コピーライトの効果を互いの墓地の通常魔法カード1枚と同じ効果を持つカードとして扱う! セットされているリサイクロンを除外して、俺がコピーするのは来世さんの墓地の悪魔の代償だ!」

コピーライト 通常魔法

墓地で眠るカードの表面を舐めるようにサーチライトがうごめく。光が一通り動き終えると、コピーライトの効果テキストが水に浸したように滲み、悪魔の代償と全く同じ文字列に再構築された。
「効果の書きかわったコピーライトにより、フィールドの同種カード、ジャイロブラスターとタイラント・ケルベロスを破壊する!」
「っう!」
「バトルだ! ウィングリッターで来世さんにダイレクトアタック!!」
『ゼェアッ!』

−No.39 天騎士ウィングリッター ATK 2500


ウィングリッターの双剣が振られる。赤らんだ瞳で迫る刃をみとめた来世は、それでもなお咄嗟にデュエルディスクを操作する。
「うるさいって……言ってるでしょっ! リバースカード、オープン! ギフト・アンド・ストップ!」

ギフト・アンド・ストップ 通常罠

「私の墓地のカード2枚を攻撃モンスターのオーバーレイ・ユニットにすることで、このターンをエンドフェイズまでスキップする!」
リバースカードを中心に空間がぐにゃりと渦巻いたかと思えば、時間が吹き飛んだかのごとくARフィールドの内側全てがエンドフェイズにあるべき位置へと収まっていた。変わったのはウィングリッターの周囲を旋回するふたつのオーバーレイ・ユニットだけだ。
「助けるとか、助けないとか、知ったような口聞かないでっ! 今日初めてウチに関わっただけのくせに! −No所有者? だったらなんだっていうのよっ!」
喉の粘膜を引き裂いて来世は叫ぶ。荒らげた声が身体を内側から揺らす。
そして、首輪の締まった喉で、来世は吐き出した。
「そんな力持ってたって、結局私は誰も救えなかったじゃない!!」
彼女が欲したもう一つの願いを。
「!!? なにを……言って……」
遊午は気付いていた。
八千代は最初から興味がない。
動揺したのは、父である番士ひとりだった。
「来世、お前は、訳のわからない力に手を出してまで掟に殉じようとしたんじゃなかったのか……? だから私はお前をその力から解放しようと……」
「えぇ。それも願ったわ」
彼女はその日真っ白な窓に願った。
不条理な天災に全て壊されて。ありとあらゆる血縁を喪って。なんの意味もない埃をかぶった慣習だけが残って。
囲 来世は心の底から願った。
窮屈な全てを忘れて外の世界に飛び出せることを。
同時に、自分がいることで巻き添えに自由を奪われた父親が救われることを。
そして、文字通り命懸けで掟を繋いだ母の遺志を無視して救われる罪悪感から、永遠に掟に縛り付けられることを。
自分を益する願い。
父を救う願い。
母を尊ぶ願い。
一緒に願われたのに絶対に一緒に叶わないみっつの願いは、ひとつの大きな矛盾となり、そして−Noはその矛盾を矛盾のまま叶えてしまった。なにもしない——なにもさせないという最悪のやり方で。
だからこその−No.64《タイラント・ケルベロス》。決して同じ景色を見ることのない三つ首の番犬。
「初めは嘆きもしたわよ。なんでこんな結果になっちゃったんだろうって喉をかきむしるぐらい後悔もしたわよ。でも! だけど! 他の願いを見捨てて誰か一人を救うぐらいなら、このままずっと叶うことのない願いに焦がれ続けたままの方がいいって、そう受け入れたのに! なのに今さら蒸し返してこないでよッッ!!」
ガシャン! と拳を打ち付けたはずみにデュエルディスクが床板に叩きつけられ硬質な音を響かす。余韻が去ったあとには来世のすすり泣く声だけが残る。
その姿に、その言葉に、遊午はふっと微笑んだ。
「なんだよ。わざわざ俺が言わなくても心は決まってたんじゃないか」
「え…………?」
「『結局誰も救えなかった』って、後悔してるんだろ? その後悔はまぎれもなく全部の願いを叶えるのをまだ諦めてない証拠だろ」
「ぁ…………」
「ならもうなにもしてくれないわけのわからねー力に頼らずに、自分の手で願いを叶えちまえよ。うじうじした悩みもうざってぇしがらみもぶっ壊して、一からやり直せ。そのためなら俺がいくらでも力を貸すからさ」
まっすぐに右手が差し出される。引っ張り上げるのではなく、立ち上がらせるために。
弱々しく震える双眸が手の平を見つめる。その手が嘘をついているとは思えない。握り返せばきっと支えてくれるだろう。
ゆっくりと、左手が持ち上がる。力無くよろよろと指先と指先が近付いていく。しゃがみこんだ身体がわずかに浮き、そして———— ぎちり、と首輪が締まった。
「……墓地のギフト・アンド・ストップの効果発動。ターンの初めに自分フィールドにカードが存在せず、相手フィールドにのみエクシーズモンスターが存在するとき、墓地のタイラント・ケルベロスを特殊召喚する」
「!!」

−No.64 タイラント・ケルベロス ★6 ATK 2500 ORU 0

——あぁ、駄目だ。
来世の前に不死の魔獣が立ちはだかる。どんなに忘れようとしても憑きまとってくる亡霊。
「そしてタイラント・ケルベロスのふたつの効果により、ウィングリッターのオーバーレイ・ユニットを奪い、攻撃力を300アップする」

−No.39 天騎士ウィングリッター ORU 1

−No.64 タイラント・ケルベロス ATK 2800 ORU 1

亡霊の正体は自分自身。望まぬ形で実現した願いから、どうにもならないと逃げ続けてきた無力な少女。
「……今さらやり直すなんて、無理よ。22年間間違っていると知りながらなにもしてこなかった私に変わる力なんてない」
と、扉の向こうから騒々しい足音と衝突音が聞こえてきた。どうやら今さら標的が元の部屋に戻っていると気付いた犬たちが巨大化した鍵のバリケードを突破しようとしているらしい。肉と鉄が打ちすえられる重低音の度に屋敷全体が底から揺れる。
「……ありがとう、こんな私を救おうとしてくれて。でも、いいの。私は一生この首輪と縛られて生きていくわ。これは背負わなきゃならない罪の証だから」
不規則なリズムの間に木が削れる音が混じり始める。犬たちがこの部屋に入ってくるのも時間の問題だろう。
立ち上がり、ディスクをはめている方の腕で来世はそっと自分の首に触れた。感触も質量もないけれど、確かに存在する戒めの枷。
「さようなら、遊午君。タイラント・ケルベロスでウィングリッターに攻撃」

−No.64 タイラント・ケルベロス ATK 2800 vs −No.39 天騎士ウィングリッター ATK 2500

みっつの顎が業火を吐く。同時に部屋の扉が突き破られ、大量の犬たちがなだれ込んできた。幻想の爆炎と現実の粉塵が入り混じり、部屋にいる全員から視界を奪う。
続いてなにかが崩れる破砕音。弾けるポリゴンの音。
やがて赤銅色の煙が晴れた先で。
「変われるさ」
度重なる振動によって倒れた土台に突き刺さっていた巨大な鍵は通り道にあったものを踏み潰す。結果、屋敷の前面が丸々解体されていた。漆喰の壁は不揃いな石に変わり、へし折れた木材の端切れが所在なく残り、煉瓦色の屋根はえらく風通しがいい。
なにもかもなくなって空っぽになった空白から見える琥珀色の空を背負って、遊午は依然として手を差し出していた。
「変わりたいって意志さえあればいつでも人間は変われる。必要なのは、過去の自分を次の一歩の足場にする勇気だけだ」

偽鎧解除《パーソナル・バウト》 速攻魔法

偽鎧解除。すべてのステータス変化を無効にして、素のままの攻撃力でバトルを行う速攻魔法。ウィングリッターとタイラント・ケルベロスの元々の攻撃力はともに2500。同じ攻撃力の2体のモンスターがぶつかれば、ダメージなく2体ともが破壊され相討ちになる。
「ほら、こっちきなよ。あんたの首輪はとっくに外れてる」
もう一度、来世の指先が首筋に近付いていく。ついさっきまで確かに首輪があった場所。確かめたい、でももしまだ残っていたら!
「え?」
ふいに背中を押された。すくんでいた足では踏ん張れず、流されるままに倒れていく。振り返る前に、聞き慣れた声が耳に届いた。
「行きなさい、来世。私なら大丈夫だ。母さんだってきっと笑って送り出してくれるさ。だからもう、お前は自分のために生きていいんだ」
「父さん……!」
顔は見えない。だけどきっと優しい笑みで見守ってくれているだろう。憧れ続けた外の世界の暖かさを背中に感じながら——少女は生まれて初めて自分の足で一歩踏み出した。
「さぁて————こっからは俺たちのターンだ」
触れ合った手が握り返され、遊午は最後の仕事を見定める。

「俺は、手札からサキュレイザーを召喚!」

サキュレイザー ☆4 ATK 0

「バトルだ! サキュレイザーでダイレクトアタック!」
もちろん攻撃力0ではダメージは発生しない。でもそれでいい。この一撃はデュエルを終わらせるためじゃなく、過去をおくるためのものだから。
「この瞬間、サキュレイザーの効果が発動! サキュレイザーがダイレクトアタックに成功したとき、相手の墓地からモンスターを除外し、その攻撃力分の効果ダメージを与える! 俺が除外するのは——タイラント・ケルベロスだ!!」
『オオォォォォン!!!』
哀しげな叫びを上げて、ついに不死の化物が姿を消す。霞んでゆく自分の投影を見送りながら、来世は空いた左手で首筋に触れてみた。
白い肌がに輪状の痣が浮き出ている。色濃く残っているのでしばらく消えることはないだろう。
けれど、そこにはもう見えない首輪ははまっていなかった。
目を閉じて来世は想う。
——今までありがとう、と。

YUGO 200
———VS———
RAISE 0

☆ ☆ ☆

「翠嵐ッ……! マジあの野郎ふざけんな……! 強度試験とか言って人の頭蓋骨を試金石にしやがって! 核を撃たれても大丈夫っつー超能力の頂点みたいな機械でぶん殴ったら普通に死ぬだろうが!!」
「お主、妾に出会う前から相当に過酷な生活を送っておったのじゃな……」
日曜日。翠嵐から修理と改良が完了したとの連絡を受けた遊午はゴルフボールみたいになった頭を二重の意味で抱えていた。八千代の力ですでに治りつつあるのが逆に忌々しい。
「八千代ちゃん、人の性格を逆転させる力とか持ってなかったの? あったら全力で探し当てるんだけど」
「うーむ、あったような気もなかったような気も……。なにぶん全盛期は考えなしに暴れておったから印象が薄くてのー」
「危険極まりないな!? 下手したら世界滅ぶぜそれ!?」
「まぁじゃからこうしてひとつひとつ取り戻すことで改めて己の凄さを噛みしめておるというわけじゃ」
「なんてスケールの大きいナルシスト…………ん」
駅の改札に入ろうとして、ちょうど電車から降りてきた人物と目が合う。日々気温が上がっているというのに黒いタートルネックのセーターを着込んだ若い女性。
「あら、遊午君。こんなところで偶然ね」
「久しぶり、来世さん」
「わざわざこんなところで……八千代ちゃんとデート?」
「はいそうです!! デートです! 誰がなんと言おうと紛れもなくデートです!!」
「恥も外聞もためらいもなく認めるなたわけ! デートなはずあるか!」
「やだなぁ照れちゃて。さすがツンデレに定評のある八千代ちゃんだ」
「ようしではそのツンの部分でお主の下半身のツンを葬ってやろう」
「ふふふ。仲がいいのね」
「そりゃあもちろん運命共同体ですから! ……って、あれ? 来世さん、まだ八千代ちゃんのこと認識出来てるんですか?」
八千代の姿は−No所有者以外には見えない。来世は既に−Noを失っているはずなのだが……。
「ううん、見えてないし声も聞き取れないわ。ただなんとなくそこにいるなー、って気配がするだけよ。後遺症……みたいなものなのかしら」
「後遺症……」
あれだけの力だ。そんなこともあるのだろう。ひとまず納得して会話を先に進める。
「それで、来世さんはなにを?」
「私は内地に仕事を探しによ。残ってた遺産と父さんの稼ぎだけじゃ新生活に心許ないから私も働かないとね。誰かさんのおかげで家が無くなっちゃったし」
「うぐっ! そ、その件では大変ご迷惑をおかけしました……」
屋敷を半壊させたのは八千代の力だが、使われた道具は遊午の鍵だ。是非もなく平謝りである。
「冗談よ。どのみちあの家は土地ごと売ってしまうのだから気にすることないわ」
「ってことは、役所に引き渡したんですか?」
「それも新生活の足しにね。結局引き渡すなら最初からそうしてくれって怒られちゃった。それもそうよね。来る人来る人噛み跡だらけにしちゃったんだもの」
来世は心底可笑しそうに笑った。 いつぞやと違い感情には憂いのかけらもない。
その笑顔を見て遊午は安堵の息を吐いた。あの日踏み出した一歩からスタートした道は、どうやらしっかりと続いているらしい。
「犬たちも野生に帰そうとしたんだけど……あの子たち、門を解放しても出て行こうとしなかったの。みんな私たちに引っ付いて不思議そうに見てくるのよ。私、嬉しくて泣いちゃった。あぁ、なんの意味もない22年間だと思っていたけれど、ちゃんと築けたものがあったんだなぁ、って」
「…………。」
「遊午君、あらためて本当にありがとう。あの日貴方が手を差し出してくれなかったら、私はそんなことにも気付けずにずっとうじうじ縮こまっていたわ。今の生活があるのも、全部貴方のおかげよ。いつかまたお礼をさせてくれないかしら?」
「いや、そこまでのことはしてないですよ。俺はきっかけを作っただけで、そっからどうしていくかは来世さんの力です。……でもそうっすね、お礼っていうなら——新居に犬を見に行かせてください。結局一度も可愛がれませんでしたから」
「——! えぇ、ぜひ来てちょうだい!」
そう言って、来世はもう一度夜明けの空のような笑顔で笑ったのだった。





◎−No.64 タイラント・ケルベロス

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ギガプラント
ほほう、そういうふうに三つ首と繋がるのか。
物語としての構成で舌を巻きました。-No.の願いの叶え方は場合によっては歪になるようですね。今回はちょっと変わったパターンだったようです。
ゆーご先生は今日も格好良いな。 (2017-12-25 18:18)
ター坊
願いが矛盾する→じゃあ何もしない平行線のまんまが願いだな!なんて解釈しやがる-No.。
こうも複雑なストーリーを組み立てるとは相変わらずさすがの腕前です。 (2017-12-25 20:14)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメントありがとうございます!
今のところすでに出来上がったものを下地にしてストーリーを考えているので、展開の組み上げ方がちょっと特殊というか、ぶっちゃけ簡t(自粛)なので、構成に凝れているのはそのお陰かもしれません。少なくとも今回に関してはタイラント・ケルベロスが先にあって来世の設定が出来ました。

目指せゆーま先生。
(2017-12-26 13:13)
イベリコ豚丼
》ター坊さん
コメントありがとうございます!
–Noは基本的にロクなことしない。そのあたりもおいおい触れていこうと思っております。
今回はストーリーに好感を持ってくださる方多くて嬉しい限りです。 (2017-12-26 13:17)
tres(トレス)
遊午君かっこいいですねえ。なるほど、だからケルベロスなんですね。首輪が消え、無事救われて良かったです。文章がストーリーを上手く盛り上げてて読み応えがありました。 (2018-03-27 21:14)
イベリコ豚丼
》tresさん
コメントありがとうございます!
この回は本当にすこぶるストーリーの評判が良くて嬉しい限りです。今後も精進していきたいです。 (2018-03-28 00:17)

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