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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第8話 掟と違和感と身代わり人形

第8話 掟と違和感と身代わり人形 作:イベリコ豚丼

「犬神、ってわかるかしら」
遊午は前を進む来世の話に耳を傾けながら、天井の低い屋根裏のスペースを四つん這いになって進む。
「家の守護霊として犬を据える古い動物信仰の一種なのだけれど……、今となっては伝統もなにもあったものではないし、知るはずないわよね。まぁいいわ。つまりはウチは少々珍しい宗教を信仰しているということよ」
「…………。」
「大昔、一族が没落の憂き目に遭ったとき、ご先祖様が自分の一人娘と引き換えに犬神に一族の繁栄を要求したらしいわ。でも、神様っていうのはどれも強欲なのね。犬神は一代の栄華しか叶えてくれなかった。どころか、もう一度没落の憂き目に遭いたくないなら新たに一人娘を捧げろと条件を出してきたのよ。そこで諦めればよかったのに、ご先祖様はその条件すら飲んでしまった。以来、囲の家ではどれだけ代を重ねようとも女の子一人しか産まれなくなった」
「! そんなことが……っ」
「実際ありえたのよ。偶然か、はたまた本当に犬神の力かは知らないけれど」
来世は淡々と言葉をつなぐ。
「そうして産まれた女の子は、犬神に身を捧げる巫女となり、穢れを溜め込まぬよう家の外に出ることを禁じられる。それが一族の掟」
淡々と。
「といっても、先代が没するまでは自由の身なわけだから、それほど厳しい決まりではないのだけれどね。……だけれど、私の場合は違った」
来世の声がわずかに憂いを帯びる。その表情は遊午からは窺えない。
「私の誕生日は3月15日。それがなんの日かは、この街の人間ならわからないはずはないわよね?」
「ワールドリバース……」
世界が10分の1に削られた、悪夢の日付け。
「そう。22年前、母さんはあの地獄の中で私を産んで、そして死んだ。祖父も、祖母も、親戚も皆死んで、私と父さんだけが残された」
つまり、来世は誕生と同時に囲の家で唯一の女性となり、自動的に犬神の巫女を継いだことになる。そして、一族がたった二人になっても掟は掟。巫女が外に出ることは許されない。
来る日も来る日も家に籠り、窓から決して届かぬ外の景色に憧れ、やがては手を伸ばすことすら辛さに変わる。父以外に話し相手もいない日々が明日も明後日も続いてゆく。
幼い少女にとってそれはどれほどの絶望だっただろうか。
「あなたがそんな顔する必要はないわ。もう受け入れたことよ。だいたい外を目指したしたところで、犬たちのおかげで家の中からすら出られやしないもの」
振り向いた来世に諭され、遊午は俯いていた顔を上げて彼女を見る。まるで本当の感情を隠すように仮面を被ったような無表情。
「……それに、本当に辛いのは私じゃなくて……」
「え?」
「……なんでもないわ。さ、着いたわよ。ここの隠し階段を下ろせば父さんの部屋の対面の部屋に出るわ。いくら我が家の犬たちが優秀でも部屋をひとつ移動するぐらいの時間は捻出できるでしょう」
「あ……ありがとう」
来世が木製のレバーを引くと、暗かった屋根裏に四角い光の穴が開いて、階段が下ろされた。
お礼以外に言うべきなにかがあるのかもしれないが、それは遊午の中で言葉にならなかった。
「ところで、あなたはこの家にどういう用事があったの?」
八千代と連れ立って階段に足をかけたところで来世が尋ねる。
「えと、君の父さんから特別なカードを引き取りに、かな」
「…………そう」
最後に一瞬、来世の無表情が崩れたように見えたのは、多分気のせいだろう。

「余計なことを考えるなよ」
隠し階段が引き上げられ、二人きりになった部屋で八千代が言った。
「妾たちの目的はあくまで-Noの回収。会ったばかりの小娘を助ける義理はないぞ」
「……っ」
見透かされたようで、遊午は唇を噛む。
「ま、これであの男の本願がはっきりしたな。あの小娘をこの家に閉じ込める。そもそも出ようという気持ちすら起こさせぬ。その願いを叶える手段として、犬どもを操る力を得たのじゃろうの」
外からも内からも出入りを防ぐ番犬。この家に来世を縛り付けるための首輪。
「……家のため、掟のためなんかに女の子の生活が蝕まれるなんて間違ってる。お節介にしかならないとしても、やっぱり俺はあの人を助けたいよ」
「ダメじゃ」
遊午の懇願はすげなく切り捨てられた。
「まさかお主の命は妾のおかげで保たれておるということを忘れたわけではあるまいな。妾とお主の関係ら対等ではないのじゃぞ。お主にどんな事情があろうとも、妾の力を取り戻すのが最優先じゃ。今お主があの男とのデュエル以外のことを考えることは許さん」
怜悧な瞳が遊午を見据える。
わかっている。間違っているのは遊午のほうだ。
目的があってこの屋敷に乗り込んだのに、聞きかじっただけの話でそれを二の次にしようとしている。八千代の立場に立ってみればなんと自分勝手で横暴なことだろう。
だけど、それでも遊午は出会ったばかりの彼女を、
「じゃがまぁ、あの髭男を打ち倒せば番犬どもの洗脳も解けて自動的に小娘も自由になるのではないか? いや知らんけど。あー知らん知らん」
「あ…………」
そうだ。来世を縛り付ける首輪は番士の-Noの力によるものだ。だったら番士から-Noを回収することがイコール来世を救うことに繋がるのだ。
いや、掟自体をなんとかしなければ根本的な解決にならないのかもしれないが、それでも光明は見えた。
ならばやはり、今は番士とのデュエルのことだけを考えればいい。
遊午の両手に自然と力が込められる。
「それにしても、八千代ちゃんもツンデレが板に付いてきたなぁ」
「ぶふっ! ななななにを言っておるか! 勝手な憶測でものを語るな! 妾はただ見解を述べただけじゃ! そのツンなんちゃらなどではない! だからニヤニヤするなこの万年顔筋弛緩男!」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「じゃーかーらー!!」

☆ ☆ ☆

「……いったいどうやって追跡をかわしきったんだ」
暖炉の光を浴びて扉の向こうに浮かび上がった姿を見て、番士は呆気にとられたように呟いた。
「ちょいと協力者がいてね」
「……! ……まさか、来世に会ったのか」
「あんたどういうつもりだよ。犬神だかなんだか知らないが、そんなくだらないもンを理由に女の子を監禁するなんてどうかしてるぞ」
遊午の糾弾に番士の眉が八の字にひそまった。
「……それは、あの娘が言ったのか?」
「ああ。来世さん、口じゃもう受け入れたなんて言ってたけどな、それが本心じゃないことぐらい今日初めて会った俺にだってわかったぜ」
「ふっ」
髭に覆われた口元からニヒルな笑みが漏れる。
「子供の一人も育てたことのない若造が知ったような口を利くなよ。親には我が子を正しく導く義務がある。囲の家にとって、それは掟に従うことだ。犬神様に全てを捧げられるんだ。来世にとってもこれ以上に嬉しいことはないだろう」
まるでそれが世の常識と言わんばかりに番士はつらつらと演説する。
「……ハナからわかりあえるとは思っちゃいなかったが、あんたとことんまで堕ちてんな。それが実の親の台詞かよ。来世さんはずっと独りで苦しんでんだ。誰かが手を差し伸べてあげなくっちゃならないんだ。それは神様なんかにゃできない、人間の役目なんだ。あんたがそれを放棄するっつーんなら、俺が代わりに手を伸ばす」
無表情の下に押し隠した苦悩。古ぼけた因習と自分の人生を天秤にかけ、少女は後者を捨てた。それが本心に反していたとしても、捨てざるを得なかった。
そんな選択を迫られなければならない環境自体が遊午には許せなかった。
伝統や信仰が悪いというつもりはない。遊午だって正月ぐらいは神社に足を運ぶ。
けれど、見えない神様なんかのために生きた人間が苦しめられるなどあってはならない。そんな神は呪いと変わらない。
「だからあんたはここでぶっ倒させてもらうぜ。言っとくが、さっきまでの逃げ回ってた俺と同じだと思うなよ。女の子のために握る拳は痛ェぞ」
左手に収めたるは、翠嵐から借りた仮のデュエルディスク。それでも振るうのはいつも通り遊午の腕だ。
「いいだろう。きっちりデュエルでトドメを刺してから君を追い出すとしよう」
応じるように番士の腕にもディスクがはまる。D-ゲイザーが鋭利な牙のごとく怪しく光った。
「手加減は期待しない方がいい」
「そりゃこっちの台詞だ」

『ARビジョン、リンク完了』

我を貫く闘犬が二匹。
勝ち残るは常に一匹。
己が矜持《プライド》を賭けた決闘の火蓋が切って落とされる。

「デュエル!!」

YUGO 4000
———VS———
BANSHI 4000

「私は、永続魔法死の荒城エリュズニルを発動!」

死の荒城エリュズニル 永続魔法

「これにより、自分フィールドにモンスターが存在しないとき、手札の悪魔族モンスターを特殊召喚できる!
私は悪魔族のオルトロス・レヒテを特殊召喚!」
『ガルルルル!』

オルトロス・リヒテ ☆6 ATK 2100

「さらに、オルトロス・リヒテがフィールドにいることで、オルトロス・リンケも特殊召喚が可能になる!」
『グワァウッ!』

オルトロス・リンケ ☆6 ATK 2100

「最後にガルム・ミットラーを通常召喚!」
『オォオン!』

ガルム・ミットラー ☆4 ATK 1500

3頭の魔犬が横一列に整列する。牙を光らせ、眼を血走らせ、主人からの攻撃の指示を今か今かと待ちわびている。
しかし、ただ頭数を揃えるためだけに召喚を繰り返したわけではなかった。
「ここで、オルトロス・リヒテ、そしてリンケの効果発動! 2体の魔犬がフィールドに揃っているとき、フィールド全てのモンスターのレベルを6へと変更できる! 『ハウル・レゾナンス』!」
「!」
両サイドの魔犬が遠吠えを始める。
その音の波は放射状に伝播し、瞬く間にフィールド、プレイヤー、そして間に構えるガルム・ミットラーを包み込んだ。

ガルム・ミットラー ☆6

「これでレベル6が3体……っ!」
「おい嘘だろ……!」
遊午と八千代の驚愕を受けて、番士はニヤリと口角を吊り上げた。
「宣言通り、最初から手加減無しでいかせてもらうよ」
-No所有者同士のデュエルで手加減無し。
その意味するところは当然——
「レベル6、オルトロス・リヒテ、リンケ、そしてガルム・ミットラーでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
3体の魔犬が重なり、ひとつの光の塊へと昇華する。
それに合わせて、タートルネックに隠れた番士の首筋が紅の光を放ち始めた。

「現れろ、-No.64! タイラント・ケルベロス!!」
光が弾け、生まれたのは同じ紅色の首輪。それも直径40センチ、幅30センチはあろうかという巨大な首輪だ。装飾は牛の頭蓋を模したブローチ、そして戒めるような鋭利な棘が外側はおろか内側にまで生え揃っている。
と、その側面に二筋の炎が走り、首輪を3つに裂いた。増殖した首輪は、中央のひとつを残してなにかに引かれたように横にずれる。またも等間隔に赤い円環が並んだ、直後。
首輪の内側から肉塊のようなマグマが噴き出した。
マグマは空気を焼き、空間を喰らい、互いが互いを侵食して、より大きな塊へと育ってゆく。地を掴む悪魔の四肢を持ち、全てを噛み砕く暴君の顎を携えた、三つ首の黒い魔犬へと。

-No.64 タイラント・ケルベロス ★6 ATK 2500 ORU 3

『グルォラァァァァ!!!』
「ッ!」
ARフィールド全てを震わせる三重の咆哮に、遊午の身体がわずかに後ずさった。音は振動。その揺れは物質を構成する分子そのものを動かし、ときに爆発ほどの威力に達する。
「第1の効果『プレデタートランブル』により、タイラント・ケルベロスの攻撃力は、自身の持つオーバーレイ・ユニットひとつにつき300ポイントアップする」

-No.64 タイラント・ケルベロス ATK 3400

「ちょっとは演出ってもんを考えろよ。なに1ターン目からエースモンスター出しちまってんだ」
遊午の口から乾いた笑みがこぼれる。それは余裕ではなく、冷や汗をともなうただの強がりに過ぎない。
「まだ君を追い出すという仕事を控えているのでね。あまりこっちを長引かせるつもりはないのだよ」
言いながら、番士は魔法・罠ゾーンにカードを1枚裏側でセットする。
「はっ……! いいぜ、そっちがその気なら、俺も最初っから全力全開でいってやる。俺のターン!」
ドローカードと開始時の手札を見比べ、頭の中で勝利までの方程式を組み立てる。
「まずはジャイロスラッシャーを召喚!」

ジャイロスラッシャー ☆4 ATK 1000

「戦士族モンスターであるジャイロスラッシャーが俺のフィールドに存在することで、続けてバトルバトラーを特殊召喚させてもらう!」

バトルバトラー ☆4 ATK 1000

バトルバトラーを組み合わせた2体のモンスターの高速展開、ランク4のエクシーズ召喚へと繋げる遊午のデッキの黄金パターンだ。
「2体のレベル4モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
光の鼓動。神秘の渦。
ふたつのリズム同期するとき、遊午のエースモンスターが降臨する。

「現れろ、-No.39! 天騎士ウィングリッター!」
『ゼアッ!』

-No.39 天騎士ウィングリッター ★4 ATK 2500 ORU 2

眩い白翼を持つ銀の騎士。諸手には敵を薙ぐ大剣と闇を祓う雷剣が握られている。羽ばたく翼から抜け落ちた透明の羽根が、遊午やタイラント・ケルベロスの頭上を舞った。
「……それが君の-Noか」
「あぁ。せっかくだ、ここはエースモンスター同士の殴り合いと行こうぜ」
「殴り合いをするにはいささか君の攻撃力が足りないようだが?」
「おっと。そうだな。だけど心配すんな。ウィングリッターの召喚時効果発動! 俺のライフを800回復する!」

YUGO 4800
———VS———
BANSHI 4000

「そしてこの瞬間、ウィングリッターのオーバーレイ・ユニットを使用することにより……」
「そうはさせんよ。罠発動、オーバーレイ・サプレッション!」
「!?」

オーバーレイ・サプレッション 永続罠

「オーバーレイ・サプレッションの効果により、エクシーズモンスターが持つオーバーレイ・ユニットは全て封印される!」
「なん……っ!」
ウィングリッター、タイラント・ケルベロス双方のオーバーレイ・ユニットの輝きが死ぬ。モンスターの周囲を公転する動きも停止し、今や見捨てられた人工衛星のようだ。
「くそっ、これじゃパンプアップが……」
「いちいち狼狽えるな。どうやらオーバーレイ・ユニットが使えんのはあちらも同様のようじゃ。条件が同じなら、あとは単なる力比べ。いくらでもやりようがあるじゃろうが」
「そ、そうか」
遊午は慌てて再度手札を確認する。
だがそれに先んじて、
「老婆心ながら教えてあげよう。オーバーレイ・ユニットが使えなくても、エクシーズモンスターそのものが使えなくなったわけではないんだよ」
「? いったいなにを言って……」
「っ! まさか貴様、そのモンスターはっ……!」
ここで八千代だけが気付けたのは経験の差だろう。
「タイラント・ケルベロスの第2の効果発動! お互いのターンに一度、フィールド上のエクシーズモンスター1体を選択し、そのオーバーレイ・ユニットを奪い取る! 選ぶのはもちろん君のエースモンスター、ウィングリッターだ。喰らえ、タイラント・ケルベロス!『グリードプランダー』!」
ぐんっ、とタイラント・ケルベロスを中心として力場が発生する。ウィングリッターの周りでくすぶっていた衛星のひとつがそれに引き寄せられ、異なる円環に組み込まれた。

-No.39 天騎士ウィングリッター ORU 1

-No.64 タイラント・ケルベロス ORU 4

「オーバーレイ・ユニットの奪取、だと!?」
「しかもそれをオーバーレイ・ユニットを使わずにやってのけるか……!」
エクシーズモンスターがオーバーレイ・ユニットを使わない効果を持っていることは少なくない。が、それはウィングリッターのように召喚時に発動する効果や、発動という過程を踏まない永続効果が主だ。他に墓地に送られた際に発動する時限式の効果もあるが、それですら珍しい。
オーバーレイ・ユニットを使用しないで好きなタイミングで発動可能な効果となると数える程しか存在せず、しかもそのどれもがオマケのような効果にすぎない。
そもそもエクシーズモンスターとはオーバーレイ・ユニットを持っていることを前提として創られているのだ。召喚し易い上に強力なモンスター、ゆえにオーバーレイ・ユニットを使い切ったりただ墓地から特殊召喚するだけでは通常モンスター以下でしかないというリスクを背負っている。それはゲームバランスを支えるための重要な法則。
そんなルールを一蹴するかのごとく、タイラント・ケルベロスの効果は強力無比だ。相手の弾薬を削り、同時に自分は補充する。単純にして凶悪。対エクシーズモンスター戦においてこれほどまでに有用な効果は無いだろう。
「タイラント・ケルベロスは少々特殊なモンスターでね。エクシーズモンスターなのにオーバーレイ・ユニットを使う効果を持っていないんだ。だからその分他の効果がより強力に創られているのさ」
「だからこそのオーバーレイ・サプレッションか……!」
自軍がオーバーレイ・ユニットを使わないなら、オーバーレイ・サプレッションは最凶最悪の制圧兵器と化す。
「さらに、オーバーレイ・ユニットが増加したことでタイラント・ケルベロスの攻撃力もアップする!」

-No.64 タイラント・ケルベロス ATK 3700

そしてタイラント・ケルベロスにはこちらの効果もある。もちろんオーバーレイ・ユニットは必要無い。
あっという間に相手に都合のいいように場を整えられてしまった。遊午は盛大に舌打ちを放つ。
「畜生、所有者ってヤツはどいつもこいつもめんどくせぇな! 装備カード、ダメージスケールをウィングリッターに装備する!」

ダメージスケール 装備魔法

「ダメージスケールを装備したモンスターの戦闘でモンスターは破壊されず、発生したダメージは両プレイヤーが受ける! バトルだ。ウィングリッターでタイラント・ケルベロスを攻撃!」

-No.39 天騎士ウィングリッター ATK 2500 vs -No.64 タイラント・ケルベロス ATK 3700

「ぐっ……!」
「っ!」

YUGO 3600
———VS———
BANSHI 2800

2体の-Noの激突は、1200ダメージ程度でも甚大な衝撃波を生んだ。二人のデュエリストは後ろに転げそうになるもなんとか踏み止まった。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド」
「破壊は不可能と即座に判断しての痛み分けか……。まったく、若い子の切り替えの早さには恐れ入るよ」
番士は眼鏡の位置を調整しながらデッキからカードをドローする。その手は痙攣したように小刻みに震えていた。
「タイラント・ケルベロスの効果発動! ウィングリッターからもうひとつのオーバーレイ・ユニットも奪い取る!」

-No.39 天騎士ウィングリッター ORU 0

-No.64 タイラント・ケルベロス ORU 5

「そして『プレデタートランブル』により、タイラント・ケルベロスの攻撃力はさらに上昇する!」

-No.64 タイラント・ケルベロス ATK 4000

ついに攻撃力が4000の大台に到達する。フィールドがガラ空きなら一度でライフを葬り去る強大な一撃だ。
(だけど、ダメージスケールがある今、そのパワーはそのまま自分にも跳ね返る。向こうもうかつに攻撃出来ないはずだ。しばらくは膠着状態が続く。その間に突破口を見つけ出さないと……)
「バトルフェイズ! タイラント・ケルベロスでウィングリッターを攻撃!」
「って、あれ?」

-No.64 タイラント・ケルベロス ATK 4000 vs -No.39 天騎士ウィングリッター ATK 2500

タイラント・ケルベロスが三つの顎から同時に豪炎を吐いた。しかしその炎はウィングリッターが装備したダメージスケールにより、同じ威力でタイラント・ケルベロスを焼く。
ウィングリッターの白翼がぶすぶすと焦げ、タイラント・ケルベロスの黒毛が燻される。

YUGO 2100
———VS———
BANSHI 1300

「……私はこれでターンエンドだ」
絞るような痛みを訴え始めた心臓を落ち着かせながら、遊午は考える。
(なんで攻撃してきたんだ? ライフは俺が上回ってる。このまま繰り返したってジリ貧になるだけなのに……。それとも、)
ちらり、と相手側の魔法・罠ゾーンを伺う。そこには先程番士が伏せたカードが一枚隠されている。
(……いや、違うな。攻撃宣言時もダメージ発生時も、あのカードを確認するアクションすらなかった。ってことは少なくともあれはこのタイミングで攻撃やダメージをどうこうする系統のカードじゃないってことだ。となると、)
フル回転する遊午の頭にふとある考察が浮かんだ。
「ねぇ八千代ちゃん……」
「む?」
手札のある1枚を弄びながら、遊午は少々突飛な仮説を披露した。聞き終えた八千代はしばらく顎に細い指を添えて考え込んでから、
「一理あるかもしれんな」
「じゃ、このターンで確かめるってことで。ドロー。アステリアを通常召喚!」

アステリア ☆2 ATK 700

「フィールド上のアステリアは、自分のエクシーズモンスターのオーバーレイ・ユニットへと変換することができる。俺はアステリアをウィングリッターのオーバーレイ・ユニットにする!」

-No.39 天騎士ウィングリッター ORU 1

「無駄だ! タイラント・ケルベロス、ウィングリッターのオーバーレイ・ユニットを奪え!」
かかった。心の中でほくそ笑みながら、遊午は仕掛けておいた罠を発動させる。
「カウンター罠、一夜夢城《ナイトメロウ》!」
「!?」

一夜夢城 カウンター罠

「『グリードプランダー』を無効にするが……ただしこいつはあんたが手札を1枚墓地に送れば無効にできる。どうする? 無効化するか?」
「…………。」
選択を迫られ、番士はしばし眉間に皺を寄せて考えこんでいたが、
「……手札を捨てる」
「OK。じゃあ持ってけよ」
カードが1枚番士のデュエルディスクに飲み込まれ、代わりにオーバーレイ・ユニットとなったアステリアがタイラント・ケルベロスの周囲に移動した。

-No.39 天騎士ウィングリッター ORU 0

-No.64 タイラント・ケルベロス ATK 4300 ORU 6

奪ってから、番士ははたと気付く。
「しまっ……! これで攻撃力の差は1800。このままバトルされれば……!」
「ようやく気付いたみたいだけど、もう遅いぜ。行け、ウィングリッター!」
『セイッ!』

-No.39 天騎士ウィングリッター ATK 2500 vs -No.64 タイラント・ケルベロス ATK 4300

発生するダメージは1800。番士の残りライフは1300。このままでは番士のライフだけが先に尽きてしまう。
「くぅっ! 罠発動、心眼の盾!」

心眼の盾 通常罠

「自分のライフを0にするダメージが発生したとき、そのダメージを1000に固定する!」

YUGO 1100
———VS———
BANSHI 300

「やっぱり」
「うむ。お主の考えた通りじゃったな。あの男、-Noを御しきれておらん」
遊午は最初からタイラント・ケルベロスに奪わせるためにアステリアの効果を発動した。自分の推測を確信に変えるために。
疑問に思ったのは1ターン前の番士の行動。ウィングリッターの効果を完全に封殺するため、そして自身の攻撃力を上げるためにタイラント・ケルベロスの効果を発動する。それはまだわかる。だが、その後バトルフェイズに移る必要は無かったはずだ。ダメージスケールがあり、遊午がウィングリッターの効果によって800ポイントのライフアドバンテージを得ている今、番士にとっては攻撃されることすら煩わしいのだから。
だが、実際に彼はバトルに到った。
それに加えて今の攻防。番士にはわざわざオーバーレイ・ユニットを奪う理由はなかった。むしろ奪うべきではなかったのだ。そのままバトルすれば自分に1200のダメージが返ってくるが、彼の残りライフは1300。ギリギリなんとか耐えられる。
しかし奪ってしまえばその一線を超えてしまう。心眼の盾があったとはいえ、あれももっと他に使い所があっただろう。
にも関わらず番士は『グリードプランダー』を発動した。しかも手札を1枚犠牲にしてまで。まるで-Noの効果を使うことがいついかなる状況でも正解だと言わんばかりに。
「まだ使い慣れてないってことかな?」
「CHESSに属する連中と違って積極的にデュエルを仕掛けておるわけではないじゃろうからな。そういうこともあるやもしれん。じゃが本当にそれだけか……?」
「あんまり深く考えなくていいよ。次攻撃してみればわかるんだから」
八千代との会話を切り上げ、番士に対峙する。目の前の相手はデュエル開始時よりどこか小さく見えた。
タイラント・ケルベロスのコンボも最初こそ驚いたが、使いこなせないなら大した驚異ではない。
勝てる。本来命懸けであるはずの所有者同士の闘いで、遊午は初めてそう思った。
「わ、私のターン。……よしっ」
ドローしたカードを確認した番士の顔に少しの光が射した。
「魔法カード発動! 悪魔の代償!」

悪魔の代償 通常魔法

「表側表示の同じ種類のカード、私のフィールドの死の荒城エリュズニルと君のフィールドのダメージスケールを破壊する! さぁこれでもう何も気にすることなくウィングリッターを攻撃できる!」
「残念。ダメージスケールが墓地に送られたことで、効果発動だ。このターンのバトルフェイズはスキップされる!」
「ぐんっ……! ……た、ターンエンドだ……。だがダメージスケールが無い今、バトルに踏み切れないのはそちらも同じはず!」
「そいつはどうかな?」
「!?」
「リバースカードオープン、リサイクロン! あんたのオーバーレイ・サプレッションを破壊する!」

リサイクロン 速攻魔法

「そして、セットされた状態から発動したリサイクロンは、デュエル中に一度だけ再度セット状態に戻すことができる。さーて、嫌な止め方されてだいぶ鬱憤溜まってんだ。全部受け止めてくれよ?」
このデュエルはこのターンで終わる。そう確信した遊午は拳をゴキゴキと鳴らしてありきたりに凄んでから、カードをドローした。
「ブリックナイトを通常召喚。そしてその効果により手札からもう一体ブリックナイトを召喚!」

ブリックナイト ☆4 ATK 2000

ブリックナイト ☆4 ATK 2000

「二体のブリックナイトでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、ジャイロブラスター!」
『ムンッ!』

ジャイロブラスター ★4 ATK 1900 ORU 2

「エクシーズモンスターを召喚してもタイラント・ケルベロスの餌食になるだけだ! 『グリードプランダー』!」

ジャイロブラスター ORU 1

タイラント・ケルベロス ATK 4600 ORU 7

「だが『グリードプランダー』は1ターンに一度しか発動できない。つまりひとつは自由に使えるってこった! オーバーレイ・ユニットを消費して、ジャイロブラスターの効果発動! タイラント・ケルベロスの攻撃力を半分にする!」
「なにっ!?」


ジャイロブラスター ORU 1

タイラント・ケルベロス ATK 2300

「あ……な……っ!」
「ウィングリッターでタイラント・ケルベロスに攻撃! 『クロスウィング』!!」
『ハアァァッ!!』

-No.39 天騎士ウィングリッター ATK 2500 vs -No.64 タイラント・ケルベロス ATK 2300

「ぐはっ!!」

YUGO 1100
———VS———
BANSHI 100

斬撃と火炎が交差し、爆発が巻き起こる。鮮やかな光のエフェクトてともに、三つ首の魔犬はマグマに還った。
「だ、駄目だ……私は負けるわけにはいかないんだ……」
「諦めろよ。ここらが年貢の納め時だぜ」
「私は、私は……」
この後に及んでまだぶつぶつとなにか言っている番士を無視して、遊午は幕を下ろしにかかる。
「ジャイロブラスターでダイレクトアタックだ!」
号令に合わせて拳大の銃口から音速を超える弾丸が発射される。
これで終わり。このダイレクトアタックでデュエルは決着し、番士の-No『-No.64 タイラント・ケルベロス』も遊午たちのものになる。
そしてこの勝利は来世を束縛から解放するための第一歩でもある。とりあえず事後処理が終わってからもう一回来世と話をして、どうにか彼女を外に連れ出そう。
どうやら-Noの力の暴走も起きなかったようだし、今回は運がよかった。なにもかもが上手くいった。
本当に、都合が良すぎるほどに。
「私は、来世のために負けるわけにはいかないんだ……。全部一人で抱え込んだあの娘のために、君にも来世にも勝たなければならないんだ……っ!」
「は…………?」
着弾、炸裂。一瞬の閃光の後、辺り一面が黒々とした煙と火薬の香りで包まれる。
今の一撃は残り100だった番士のライフポイントを確実に削りきったはずだ。1900ダメージ。オーバーキルにも程がある。

なのにどうして決着を告げるブザーが鳴らない?
どうして番士はまだ立っている?
どうしてその前に立ちはだかる彼女はデュエルディスクを装着している!?

「どうりで-Noに振り回されておるはずじゃ……!」
遊午の斜め上で八千代が悔しそうに爪を噛む。
「犬畜生の首にも同じ痣が出ておる時点で気付くべきじゃった。タイラント・ケルベロスの能力下にある者は、所有者ではなくとも首に刻印が浮かぶのか……!」
「な、んで……」
うわ言のように遊午は漏らす。
計算が、計画が、前提が、がらがらと音を立てて崩れ去った。
「なんで、あんたにそれが出てるんだよ…………来世さん!」

「もういいわ父さん。もう下がっていて。——彼らは私が排除する」

闇のように暗いタートルネックに隠れた首筋に紅色の刻印を浮かべた囲 来世は、そんな言葉とともに父親のデュエルを引き取った。
現在のイイネ数 189
作品イイネ
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ター坊
普段スケベな少年は何処へ行ったのか、イケメンがここにいる。八千代ちゃんも冷たく突き放すようで解決策をさりげなく出したりツンデレが相変わらず。
簡単にいくと思いきやなんと助けるべき来世さんが立ち塞がり…?後編が気になりますね。 (2017-11-27 17:38)
イベリコ豚丼
》ター坊さん
コメントありがとうございます!
前にどこかで書いた気がしますが私の中の『ストーリーを作る方の自分』はほっとくとすぐ重い話題や暗い過去を盛り込もうとしてくるのです。一方『文字に起こす方の自分』は限界までギャグをねじ込もうとしてくる。その結果がこの富士急ハイランドばりの高低差です。ひとえに私の実力の無さの表れ。非力な私を許してくれ……。 (2017-11-28 13:09)
ギガプラント
この主人公ホント好き。格好良い部分とギャグテイストな部分が良い感じにシンクロっています。
ただ勝っておしまい…ではないと思っていましたが、新たに出てきたのは来世さん。
訳ありの臭いがプンプンするぜ。 (2017-11-28 18:16)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメントありがとうございます!
そう言っていただけると作者冥利につきます。今後とも一方に偏ることなく絶妙なバランスを探っていきたいと思います。 (2017-11-29 16:02)

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