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HOME > 遊戯王SS一覧 > 第1話 夜と雑誌と銀髪少女

第1話 夜と雑誌と銀髪少女 作:イベリコ豚丼

 「嘘……だろ……?」

少年は困惑する。受け入れ難い現実に。

 「そんなことが……、そんなことがあっていいのかよ!」

 少年は慟哭する。許されざる理不尽に。

 「まさか循環者が変わったっていうのか……?」

 少年は悲嘆する。停滞を認めぬ世界に。

 「なんで……! どうして……!」

 そう、これは——

 「どうして『巨乳女子大生紀行』じゃなくて『ロリロリパラダイスX』なんだよ!!」

 ——ただの河川敷に落ちた青年誌の話である。



 「今月もアズサちゃん(21)のFカップが拝めると思ってたのに……その為に1週間も我慢し続けたのに……! いったいこの魂の猛りをどこにぶつけりゃいいんだ!」
 満点の星空に、白神 遊午の叫びがこだまする。
 D-ゲイザーが示す時刻は午前0時。深夜真っ盛りの静かな河川敷である。
己の魂を今すぐ鎮めなければその猛りを屈強なセキュリティのお兄さんにぶつけることになるのだが、彼は気付かない。
 「アズサちゃんだけじゃねぇ。ミライちゃんにシオンちゃん、マナちゃんもだ! この1週間俺は大きなオッパイだけを求め続けてたんだ! それなのにこんなちっちゃなオッパイじゃあ……」
 と言いつつ、横目で確認した元気いっぱいの笑顔を湛えた女の子の表紙に思わず口角が上げる。
 「……はっ! いやいやいや! 落ち着け俺! それはダメだ! いくら古今東西全ての女の子を愛しているとはいえ、ロリっ娘だけには興奮しちゃダメなんだ! その一線は絶対に越えちゃいけない気がする!」
 と、葛藤する遊午の右手は既に表紙の端をしっかりめくっている。
 「うぉぉぉお!! 静まれ俺の右手! 負けるな俺の理性! 今こそ思い出すんだあの南国の太陽に照らされたアズサちゃんの白い肌を! 波を弾く柔らかそうなフトモモ!そこからつながる豊かなお尻!そして一筋の汗が輝くことでより妖艶さを増す二つのオッパイを————ちらり」

 ドォォ————ンッ!!

 決意と熱意に燃える遊午の目がしっかりと巻頭グラビアをとらえたまさにその瞬間、雷鳴のごとき爆発音が河川敷の平穏を奪い去った。
 「はいすいませんまだ何も見てませんだから許してください!」
 遊午は咄嗟に手に持っていた青年誌を力の限り放り投げ、異様に綺麗な正座をする。
 まずい。非常にまずい。
 今夜は『巨乳女子大生紀行』を回収してさっさと帰るつもりだったので、職務質問への言い訳など考えていない。
しかも、いつものお姉さんモノならまだしも今回はロリっ娘モノである。児童ポルノ法うんぬんがうるさいこのご時世ではどんな余罪が付くかわからない。
 この際さらに罪を重ねても大した差はないのでセキュリティを殴り飛ばして逃走しようかという考えに到ったところで、遊午はふと気付いた。
 (あれ? セキュリティじゃない?)
 そして、音の発生源である背後の川を振り返った彼は、あまりにも理解不能な光景に絶叫することになる。
 「なっ……、はぁぁっ!?」
 ついさっきまで波紋ひとつなかった川は天高く噴き上がり、架けられた鉄橋を容易に越す巨大な水柱を作り上げていた。
 夜空に届かんばかりまで舞い上がった水が頂点に達したものから順に、もとの川に戻るべくごうごうと滝のごとく落下する。
 飛び散る水滴が少し離れた土手に正座する遊午の顔でもピシピシと弾けた。
 「おいおい……、いったいなにがどうなってんだよ……! メテオ・ストライクでも落ちてきたのか?」
 落下物の正体を見極めるべく、遊午は水柱の中にじっと目を凝らす。
 だが、勢いの衰えそうにない水流をかき分けて現れたのは貫通効果を与える装備魔法カードなどではなかった。

 初雪のように白い肌。細くまっすぐと伸びた手足。赤い袖なしブラウスと黒いプリーツスカートに隠された控えめな胸やウエストが、幼い体躯をいっそう引き立てる。小さな頭の上に添えられているのは、ウサギの耳に似た飾り付きの黒地に赤い紋様が施されたベール。その内側からは、降り注ぐ水沫よりも透き通った長い銀髪が伸びている。

 カードから抜け出たかのような美少女の姿がそこにはあった。

 「————!」
 あまりの可愛さに、遊午は思わず息を飲む。
 どれほどの可愛いさかというと、普段なら美少女を見かけた時点で告白している遊午がその美貌に固まるくらい、といえば伝わるだろうか。
 声も出せず、身動きも取れず、ただただ惚けていた遊午だったが、次の瞬間、新たな理解不能によって現実に引き戻される。
 少女と水流のさらに奥から、大きな黒い影が弾丸のように飛び出す。その影が全身を黒いレザーコートに包んだ大男であると気付いたときには、既に男は少女に襲いかかっていた。
 「無駄だ! どこまで行こうと俺からは絶対に逃げられん!」
 「くっ……! しつこい男じゃ……!」
 男は腰に佩いた身の丈ほどの日本刀を一気に引き抜き、少女を遊午の立つ側とは逆の川岸に吹き飛ばす。
 「あぐ……っ!」
 荒々しく放り出された少女の体は葦の上を跳ねるように転がった後、やがて鉄橋のたもとで仰向けに止まった。
よろよろと体を持ち上げようとする少女のもとに、軽やかに着地を決めた男が歩み寄る。
 「うっ……」
 「ふん。随分と逃げ回ってくれたものだ。だが、どうやら貴様の命運もここまでのようだな」
 男は少女の細い首筋に手に持った日本刀の切っ先を突きつける。
 「——っ!」
 「懺悔はいらん。俺にはその時間すら口惜しい」
 男が、再び振り上げた刀で容赦なく少女を袈裟斬りに————なんてことは、遊午の本能がさせなかった。

 「女の子になにしてんだよお前!」

 水の抵抗など一切かまうことなく一気に川を駆け抜けた遊午は、刀と少女の間に無理矢理体をねじ込んだ。
 「なっ……!?」
 「なにっ!?」
 少女と男が同時に驚きの声をもらす。
今二人の目には女の子のピンチに颯爽と現れるヒーローが映っていることだろう。

 だがひとつ忘れてはいないだろうか。
 遊午は別に何か策あって飛び出したわけではない。ただ美少女のピンチに脊髄反射で身体が動いただけである。
二人の間に入り込んだ後どうやって刀を受け止めるかなど、毛程も考えていなかった。
 颯爽と現れたというだけで、颯爽と助けには来ていない。
 だから当然、
 「あ…………っ」
 振り下ろされた刀は少女に達することはなかったが、代わりに遊午の体を袈裟斬りにした。
 右肩から左腰にかけて、ばっさりと。
 皮も肉も骨も、なんの抵抗もできないまま断ち切られる。
 奇妙な浮遊感を覚えながら、遊午はゆっくりと地面に倒れこむ。
 切断面からドクドクと流れ出した血液が周囲の葦を紅く染め上げていく。
不思議と痛みは感じない。
 だが、彼の命が助からないことは、彼自身の目にも明らかだった。
 (あー……やっべぇ)
 薄れゆく意識の中、死の実感だけが確かに遊午を襲う。
 銀髪の美少女が遊午に向かってなにやら叫んでいるが、その声ももはや遊午には届かない。
 重力に負けてだんだんと落ちてくる瞼が完全に閉じたとき————遊午は意識を手放した。

     ☆     ☆     ☆

 「という夢をみたのさ」
 「はぁ……」
 穏やかな陽光が差し込む朝の教室。
 始業のベルまで時間があるせいか、まだ生徒の姿はまばらである。
 普段なら窓際の席で寝不足を補うこの時間を、遊午は珍しく友人との会話に費やしていた。
 「どう思う?」
 「いやどう思うって言われても……。そもそもなんでお前は夢の中でもエロ雑誌読んでんだよ」
 「え? そんなの男子高校生にはよくあることだろ?」
 「ねぇよ!」
 「俺なんか週8でエロい夢みるぞ」
 「よし遊午。悪いことは言わん。今すぐ病院行け」
 ウラ(本名、出浦=T=ノースゲート)は眼鏡のレンズの奥で緑の瞳を細め、憐れむように遊午を見つめた。
 太陽を反射してきらきらと輝く、耳にかからない程度に切りそろえられた生まれつきの金髪が、彼の血の半分が外国産であることを物語っている。
 「ってか週8で見るならどうもこうもねぇだろ。ただの思春期の暴走だよ」
 「ところがどっこいこれ見てみな」
 遊午は学生カバンの中から登校時に購入した一冊の本を取り出し、机の上に置いた。
 「……なんだこれ?」
 「『ロリロリパラダイスX』」
 「はぁ?」
 「だから夢に出てきたろ?今月号の『ロリロリパラダイスX』だよ。表紙も、中身も、裏の開運ブレスレットの広告まで全部そのままだ」
 「…………、たまたま見かけたのが夢に出てきただけじゃねぇのか?」
 「俺の記憶力をナメるなよ? 俺は一回見たエロ雑誌は絶対に忘れない」
 「才能の無駄遣い過ぎるだろ!」
 結局はいつも通りのやりとりに、ウラはやれやれとため息をついた。

 「おはよ、白神くん。出浦くん」
 「ん? あぁ、おはよう九津」
 「おっす委員長。今日もナイスオッパイ」
 遊午はセーラー服の押し上げる暴力的な双子山と、その持ち主である九津 麻理に、満面の笑みで挨拶を返した。
 幼い顔立ちに反して育ち過ぎた彼女のプロポーション(主にバスト)は、学級委員選挙で男子票得票率100%を叩き出したという伝説を持つ。
 遊午など、もはや彼女の姿(主にGカップのバスト)を拝むためだけに学校に来ているといっても過言ではない。
 「えぇっ!? えーと……、な、ナイスオッパイ?」
 「九津、わざわざ遊午の馬鹿に付き合ってやらなくていいぞ」
 「せっかくの俺の挨拶を馬鹿とは失礼だな。せめてセクシャルハラスメントと呼んでくれ」
 「それならいいのかよ……」
 潔く自分のハラスメントを認めてこそ真の漢、というのが遊午の信条である。
 未だ誰一人として意見の支持者は出ていないが。
 認めちゃったら捕まるからネ。
 「それで二人はなにを話してたの?」
 「別にたいした話じゃねぇよ。こいつが昨日みたっていう」
 「エロ雑誌の話だよ」
 「夢の話だろ!」
 「夢のようなエロ雑誌の話だ」
 「ごっちゃになってもうわけわかんねぇ」
 と、
 「…………。」
 ふと遊午が横目をやると、いつの間にか麻理は『ロリロリパラダイスX』を熱心に読みふけっていた。
 あどけない顔を恥ずかしさと好奇心で真っ赤に染めた姿が背徳的な妖艶さを醸し出している。
 今後のためにその表情を数十パターン程脳内カメラで撮影したところで、遊午は彼女に声をかけた。
 「委員長?」
 「…………。」
 「おーいどうした委員長? 大丈夫かー?」
 「…………はっ! だだだだ大丈夫だよ!? えっちな本を読んでて話をほとんど聞いてなかったとかそんなことは全然ないよ!?」
 「お、おう、わかったからまぁ落ち着け。とりあえず、それ以上引っ張ったらその本を新聞回収に出さにゃならんくなるから手を離そうな?」
 「あっ、ごめんね!?」
 慌てて青年誌を机の上に戻した反動で、肩口で切りそろえられた麻理の黒髪が揺れた。もちろん双子山は大地震である。
 遊午は随分とシワだらけになってしまった青年誌を学生カバンにしまった。
 「でも珍しいな。委員長こういう本に興味あったのか?」
 「ううん違うよ! そ、そうじゃなくって……。えっと、白神くんはこういう小さな女の子が好きなの?」
 「そんなことないぞ。女の子ならちっちゃい娘も背の高い娘も、もちろん委員長みたいにオッパイの大きい娘もみんな大好きだ」
 腰に両手を当て、遊午は自慢気に胸を張った。ウラが「それのどこに威張る要素があるんだ馬鹿野郎」と言わんばかりの呆れ顔を浮かべている、気にしない。
 「へ、へぇ〜、そうなんだ……。……えへへへ」
 「?」
 なんだかよくわからないが、麻理が嬉しそうにはにかんでいるので、それ以上聞かないことにした。
 もちろんその表情もしっかりと脳内メモリに保存されている。

 遊午がこの機会に委員長の痴態シリーズvol.55を脳内で愉しんでいると、唐突に机の影から黒髪の少女がニュッと顔を出した。
 「ちょっと白神君。私の麻理に気色の悪いことをしないでくれるかしら」
 「うぉいびっくりした!!」
 危うく全件削除しそうになった脳内フォルダをを慌てて閉じる。
 「あ、寧子ちゃん」
 見ると、背丈が麻理の胸程までしかない小さなポニーテールの少女、樫井 寧子が遊午に蔑みの視線を送っていた。
 「さっきから聴いていればいたいけな女子高生にむかって何度も何度もオッパイオッパイと……。まったく情けないこと限りないわね。麻理にオッパイって言っていいのは私だけよ。麻理のオッパイは私のオッパイなのよ」
 「樫井、そのいたいけな女子高生がオッパイを連呼するな」
 「そいつは違うぜ! 委員長のオッパイはみんなのオッパイだ! 右のオッパイも左のオッパイも誰か一人のものじゃない!」
 「さっきも言ったがお前は今すぐ病院行け」
 「それならこれはどうかしら」
 「ひゃん!」
 素早く背後に回った寧子の両手が双子山を鷲掴みにする。
 「ふふふ、さすが麻理のオッパイ。相変わらず手に程よく吸い付く絶妙の触り心地だわ」
 「ちょ、ちょっと寧子ちゃん……! んっ……! こんな……みんなの前で……あっ!」
 「どう? 私はこうやって好きな時に好きなだけ麻理のオッパイを揉みしだけるのよ。これが私だけのオッパイっていう証拠じゃないかしら?」
 「馬鹿な! この眼鏡女子はなんてことをするんだ! 委員長のオッパイをそんなにも自在に操るなんて! そんなの……、そんなの……、ありがとうございます!!」
 遊午は深々とお辞儀をした。もちろんオッパイに。

 「もうどっからツッコんでいいかわかんねぇよ……」



 この日最後のチャイムが鳴り、ホームルームを終えた生徒達が続々と教室を出て行く。
 同じ様にスライドドアを開けたところで、遊午はふと考える。
 (……帰りに板屋寄ってくか)
 幾許かの逡巡の後にそう結論を出し、止まっていた足を再び帰路へと向けた。

 板屋、といってもサーフボードやベニヤ板を売る店ではない。
 カードショップ『ボードオン』。
 遊午たちが住むハートピアに店を構える個人商店だ。
 若い店主が経営していることもあって学生に人気があり、それなりに繁盛している。
 だが、言いにくさからなのか誰一人正式名で呼ぶ者はおらず、ボード=板屋の略称が定着してしまった。カードショップにはよくあることである。
 「ん? ……あれ?」
 学校から15分程歩いてたどり着いた板屋は、珍しく人気を感じられなかった。いつもなら近所の小学生でごった返している店先が、なぜか今日は閑散としている。
 「っかしいな……。今日定休日だったけ?」
 遊午は沈黙を続ける自動ドアの隙間から中の様子を伺うが、照明は落とされており、誰かがいる様子もない。
 自動ドアの隣には黒地に白のペンキで「ボードオン」と書かれた手作りの看板が掛けられているので、そもそも店が違うということはもちろんない。
 どうやら本当に休みのようだ。
 「そんな連絡は無かったはずなんだけどな。……しゃーない。出直すか」
 髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた遊午は、元来た道を帰るべく踵を返した。

 「お、遊午。店の前で何してるんだ?」

 とその時、背中側から声が掛けられた。
 「あ、清兄」
 振り返ってみれば、声の主はこの店の主である清兄こと羽賀 清也その人であった。
 「もしかして店になんか用だったのか? 悪いな、急に閉めちまって。今開けるからちょっと待ってろ」
 「いいよ気ぃ遣わなくて。別に店に用があった訳じゃないから」
 「気にすんな。わざわざここまで来たんだ。新しく入ったカードでも見ていけよ」
 「でも今ちょうど帰ろうと……」
 「裏ルートで仕入れた美少女モンスターのオリカもあるぞ」
 「OK、行こう」
 それは何を差し置いてでも改めなければならない。もちろんデュエリストとしてだ。
 ほんとだよ?

 清也が壁際のスイッチを押すと、 天井に備え付けられた蛍光灯が灯り、白と黒の二色を基調とした店内が明るく照らされる。
 板屋はカードショップにしては小さなほうだが、デュエルスペースもあり、大きなショーケースもあり、店主が一人で経営するには十分だろう。
 遊午はデュエルスペースに置かれたパイプ椅子の背に詰襟を引っ掛け、腰掛ける。
 「それじゃあブツを見せてもらおうか」
 普段は読まない青年誌を買うという予定外はあったものの、まだ遊午のサイフポイントには余裕がある。
 気分は重要な取引に挑む裏組織だ。
 「まぁ落ち着けよ。まずはそこのストレージでも見てろって」
 「む、仕方ない」
 といっても、遊午はこの店のストレージを週に一度はさらっているので、代わりにストレージの表紙を片っ端から水の踊り子に代えていく作業に従事することにした。

 「それで? 今日は何しに来たんだ?」
 20分程経った頃、店のロゴ入りエプロンを着た清也がレジ周りを整理しながら尋ねる。
 「ほんとに大したことじゃないんだけどさ、実は昨日……」
 5箱目のストレージを漁りながら、遊午は例の夢の話を始めるのであった。

 「なるほどねぇ」
 清也は受け取った青年誌をパラパラとめくり、小さく首肯する。
 その様子を眺めながら、遊午は18枚目の水の踊り子をストレージから引き抜いた。
 雑誌を返した清也が遊午のほうを向き直る。
 「朝買った本をもうここまでシワだらけにするぐらいだ。お前が困っていることはよくわかった」
 「それは俺のせいじゃない。その本はまだ一回も使ってない」
 さすがの遊午でも買った青年誌を学校でこっそり使うなんてことはしない。
 彼は堂々と教室で読む派だ。
 「といっても俺は専門家じゃないからな。夢の正体がなんなのかとか、なんでお前がそんな夢を見たのかとかそういうことは一切わからん」
 「……ま、そうだよなー……」
 想定内の答えだったが、それでも遊午は少しだけ肩を落とす。
 そんな様子を見かねて、清也は気付いたように言葉を付け加えた。
 「でも、その夢が正夢かどうかを手っ取り早く見極める方法ぐらいならあるぞ」
 「え? マジで?」
 予想だにしなかった発言に、遊午はテーブルから身を乗り出して清也の話に意識を集中させる。
 「別に簡単なことだよ」
 清也はテーブルに積み上げられたカードを整理しながら、本当になんでもないという風に言葉を続けた。
 「行ってみればいいのさ。夢に出てきたっていう、その河川敷に」

     ☆     ☆     ☆

 その日の夜、遊午の姿は近所の河川敷にあった。
 土手から見える風景とツンと鼻をつく葦の香りが、夢の場所がここで間違いないことを遊午に物語っている。
 時刻はきっかり午前0時。一応こちらも夢にあわせてある。
 遊午の両親は海外出張中なので、こんな時間に出かけても文句を言う人はいない。
 (つーか、あの親なら俺が無断外泊したところでまったく気にしないと思うけどな)
 彼の両親は、むしろ息子が大人になったなどと言って赤飯を炊くような人達である。
 ざっと周りを見渡しても、河川敷に特に変わった様子はない。
 川は水柱どころか流れているかどうかさえわからないぐらいの静けさを保っている。川に沿って伸びた葦が春の夜風に吹かれてそよそよとなびく様子などは平和そのものだ。
 「たしかこの橋の下で『ロリロリパラダイスX』拾ったんだよな」
 川の両岸をつなぐ小さな鉄橋。その下を覗いてみても、やはり異常はない。
 あまり管理が行き届いていないのか、他の場所よりも葦が伸びて地面もほんのり湿っている。電灯の無いこの河川敷では、月明かりが届いていないことが妙に不安感を煽る。
 それでも、いつも通りであることに変わりはなかった。
 「ってなると、あとは向こうだけか」
 遊午はそのまま鉄橋を渡り、対岸へと移った。
 コンクリートで補強された土手を滑り降りれば、そこはあの美少女が吹き飛ばされた場所である。
 そして、夢の中で遊午が死んだ場所でもある。
 何かあるとすれば恐らくここだろう。
 ゴクリと生唾を飲み込み、期待と不安の入り混じったよくわからない心持ちで橋の下を調べる。

 伸びた葦、湿った地面、届かない月明かり。
 そこに広がっていたのはやっぱりなんの変化もない河川敷だった。

 「ふぅ……」
 遊午は大きく息を吐き出した。強張っていた全身に余裕が戻る。
 「ま、そりゃそうか。もしあの夢が現実だってんなら、今度はここにいる俺はなんなんだっつー話になるもんな」
 基本的に馬鹿で鈍感(+変態)な遊午だが、自分が確かに生きている感覚ぐらいはあるつもりだ。
 「それにしてもリアルな夢だったぜ」
 少し肩透かしをくらった気分になった遊午は、何の気なしにD-ゲイザーのライトを点けた。
 普段は鉄橋に遮られて昼も夜も陰っている地面が明るく照らし出される。
 今度はさっきまで周りの葦に隠れて見えなかった部分も明らかになる。
 だが、多少照らし出されたところで何かが変わるはずもなく、そこには伸びた葦と湿った地面が————
  「…………あれ?」
 その地面に一瞬違和感を覚える。
 「ここ……なんか雰囲気が違うっていうか……色も周りよりちょっと濃いし……」
 大きさにして2メートル四方程度。
 そこだけ葦が生えておらず、土が掘り返されたようになっていた。
 「いや、そんな、でも誰が、一体なんで……」
 嫌な汗が遊午の背中をつたう。
 頭の中に一人心当たりのある人物の姿が浮かんだ。
 もちろん、あの夢が現実だったとした場合、だが。
 夢の中で遊午はこの場所で死んだ。
 そしてその血は周りの地面や葦を汚した。
 当然それをそのままにしておけば後で誰かに発見されて大騒ぎになるだろう。
 かといって全部の血を拭き取るなんてことは、まず不可能だ。
 ならば方法は1つ。全部まとめて巻き込んでしまえばいい。
 葦は刈り取り、土は掘り返す。多少不自然にはなるだろうが、血まみれのまま放っておくよりよっぽどマシだ。
 そんなことをしなければならない人間はたった一人しかいない。
 あの時美少女を襲った人間。
 闇に溶け込めるよう髪から何から全て黒一色で揃えていた人間。
 そして、手に持った日本刀で彼を殺した————

 「おやおや、困ったときは現場に戻れというのは確かにその通りのようです」

 「!!?」
 突然背後から声が響いた。
 さっきまで確かに無人だったはずなのに、一体誰が!?
 遊午がとっさに後ろを振り向くと、そこにはひょろ長い体を白衣で包んだ一人の男が佇んでいた。
 外見年齢に似合わず白みがかった頭髪、分厚いレンズがはまった白縁の眼鏡、どこか見覚えのある白いイヤリング。あの時の男とは対照的に白一色で統一されたその姿は、学者然とした印象を受ける。
 「いやはや、家にいらっしゃらないものですから色々と探し回りましたよ。白神 遊午君」
 「…………。」
 なぜか自分の名前と住所を把握している怪しい男に沈黙を返す。
 すると、男は何かを察したように表情を変えた。
 「あぁ、自己紹介がまだでしたね」
 男が右手を胸に添え、軽く頭を下げる。

 「私は墨田 園心。貴方を殺した黒斬君の上司です」

 ————真実は、いともあっさりと告げられた。

 「今、なんて……」
 「おや、聞こえませんでしたか?」
 ————貴方を殺した、と言ったのですよ。
 もう一度、今度は一語一語踏みしめるかのように、墨田は同じ台詞を繰り返した。
 「…………。」
 打ちひしがれたように遊午の両腕が垂れ下がる。
 「あまりの衝撃に言葉も出ませんか。まぁそれが普通でしょうね」
 俯いた顔からは、闇夜の暗さも相まってその表情を読み取ることはできない。
せせらぎの音すらしない無音の河川敷に、さらなる静寂が広がる。
しばらくして、遊午はぽつりと呟いた。
 「……1つだけ。1つだけ聞かせてくれ。あの子は、あの銀髪の女の子は無事なのか?」
 「……? えぇ。彼女は無事ですよ。一応ね」
 なぜそんな質問をするのか、と墨田は不思議に思ったようだが、ひとまず投げかけられた問いに答えを返す。
 その答えに肩を押されたように、遊午はゆっくりと顔を上げて、

 「そっか。なら別にいいや」

 あっけらかんと、そう言った。
 「は? え、ちょっ、えぇ!?」
 「ん? なんだよ? あ、そうか。わざわざ伝えに来てくれたんだもんな。ありがとな。あれ? ありがとうございます、か?」
 「今更敬語を使っても遅いですしそもそも敬語は必要ありませんとかそういうことではなくて! なんでそんなに簡単に受け入れられるんですか! 貴方今『殺した』って言われたんですよ!?」
 「そうだな」
 「そうだな、って……。 ここは普通もっと絶望したり泣き喚いたりするところでしょう!」
 「うーん……。だってなんかよくわからんけど生きてるし」
 「あ、貴方、死にたくなかったとかもっと生きていたいとか、そういう生への執着というものがないんですか?」
 「そりゃあもちろん俺だって死にたくねぇよ。やりたいことだってまだまだ数え切れないほどある。けど、そのために誰かを見殺しにするのは違うだろ。それが女の子だっつーならなおさらだ。そんなことしたら、俺は二度と心から女の子を愛せなくなる」
 男としてそれだけはやっちゃならねー、と遊午は自分に言い聞かせるように口にした。
 理解の範疇を超えた返答に、墨田は唖然とする。
 「あ、でもチェリーボーイは卒業しときたかったかな……」
 「言うに事欠いてそれですか。はぁ……。まったくもって私には共感し難い感覚ですね」
 「まぁわかってもらえるとは思ってねぇよ。自己満足って言われたらそれまでだしな」
 墨田はずいぶんと固まっていたが、取りなおしたようにずり落ちた眼鏡を片手で外した。
 「……まぁいいでしょう。別にその点についてはどうでもいいのです」
 白衣の胸ポケットから取り出したクリーナーで眼鏡を拭きながら、
 「貴方に聞きたいことがあります」
 「なんだ、スリーサイズか? えぇっと上から……」
 「違います。ここで貴方のスリーサイズを発表して誰の得になるんですか。そうじゃありません」
 墨田は綺麗になった眼鏡を、慣れた手付きで自分の顔に戻す。

 「Rはどこですか?」

 「はぁ?」
 あーる? なにそれえっちいの?
 「おっと、Rと言っても貴方には通じないのでしたか」
 墨田は左手の中指で眼鏡を押し上げた後、もう一度問い直した。
 「貴方が助けた少女は今どこにいるのですか?」
 「少女って、あの銀髪の?」
 「えぇ。今朝目が覚めたとき、傍にその少女がいませんでしたか?」
 「いや……。多分いなかったと思う、けど」
 というか、いたら確実に襲っ……丁重にもてなしている。イエスロリータゴーパーリー。
 「そうですか……。私としても手荒な真似は避けたかったので、貴方が覚えていてくだされば一番良かったのですが」
 そう言うと墨田は白衣の中からデュエルディスクを取り出した。
 「仕方ありません。貴方を捕らえて記憶を抜き取ることにします」
 「え?」
 聞き慣れない単語の組み合わせに、遊午は墨田が一体何を言っているのかわからなかった。
 「抜き取るって、なんだそれ? 詩的表現?」
 「いいえ。文字通りの意味ですよ。専用の機械でこう、スポッと」
 そんな可愛い擬音に騙されるか。
 遊午の中での墨田の危険度が要注意《イエロー》から即刻退避《レッド》に切り替わった。
 なまじ話が通じたせいで、もしかしたら平和的に終わるかも、などと考えていた甘い自分を脳内でギタギタにぶちのめし、すぐさま周りを確認する。とにかくここから1秒でも早く逃げ出さねばならない。
 年上美人眼鏡女医が「体中全部調べてあ・げ・る♡」とか言うならまだしも、あんなむさい中年男に身体だろうと頭だろうと弄られる趣味は遊午には無い。
 「逃げるのはあまりおすすめしませんよ。今から始まるデュエルが少々荒っぽくなってしまいます」
 「お、おいおいデュエルなんかでどうするつもりだよ?」
 「それはやれば分かることです。そんなことより、貴方も早くディスクを出したほうが良い。無理矢理デュエルをさせる方法なんていくらでもあるのですから」
 「くっ……!」
 わけがわからない。
 わからないが、逃走経路も確保出来なかったので、どうやらここは大人しくデュエルに応じるしかなさそうだ。
 遊午は慌ててバックからデュエルディスクとD-ゲイザーを取り出す。
 ここでデュエルを断りでもすれば、それこそ何をされるかわかったものではない。

 「デュエルディスク、セット!」

 「D-ゲイザー、セット!」

 「デュエルターゲット、ロックオン!」

 『ARビジョン、リンク完了』

 「デュエル!!」


 YUGO    4000
———VS———
SUMIDA  4000


 「先攻をいただきましょうか。デッキからカードをドロー」
 ルール通りドローフェイズに通常のドローをしたことで、墨田の手札は6枚になる。
 「パウダー・バルサムを攻撃表示で召喚!」

 パウダー・バルサム  ☆2  ATK 500

 「さらにカードを2枚伏せて、ターンエンド」

 (攻撃力がたった500のモンスターを攻撃表示……。どう考えても裏があるとしか思えねぇな……)
 あからさまな罠に遊午は苦笑する。
 「けどまぁ、乗ってやるよ。俺はお誘いは絶対に断らない主義なんだ。俺のターン! ジャイロスラッシャーを召喚!」

 ジャイロスラッシャー  ☆4  ATK 1000

 「バトルだ!ジャイロスラッシャーでパウダー・バルサムを攻撃!」

 ジャイロスラッシャー  ATK 1000    vs    パウダー・バルサム  ATK 500

 「ジャイロスラッシャーの攻撃力はバトルの間2倍になる!」

   ジャイロスラッシャー  ATK 2000    vs    パウダー・バルサム  ATK 500

 「むっ……!」

 YUGO    4000
———VS———
SUMIDA  2500

 「パウダー・バルサムが墓地に送られたことで、効果発動!貴方に500ポイントのダメージを与えます!」

 YUGO    3500
———VS———
SUMIDA  2500

 「ちっ……!」
 罠の正体は効果ダメージだった。
 だが、たかだか500ならデュエルに大した影響は無い……などという淡い期待は、直後に裏切られることになる。
 「さらにデッキから新たに2体のパウダー・バルサムを特殊召喚します!」
 「んなっ!」

 パウダー・バルサム  ☆2  DEF 500

 パウダー・バルサム  ☆2  DEF 500

 墨田のフィールドに、鳳仙花の果実を想起させる黒い紡錘形のモンスターが2体並んで現れる。
 「畜生うっとうしいな!」
 「何も考えずに突っ込んでくるからですよ」
 「うるせぇ! 考えた上で突っ込んでんだ! 男は突っ込んでなんぼだろうが! 大体野郎の罠なんか求めてないんだよ! どうせならハニートラップ持ってこい!」
 それはそうと、実際面倒な状況であることに変わりはない。
 これであと1000ダメージは確定したも同然なのだ。
 「ちっ……。バトルは終了し、ジャイロスラッシャーの攻撃力は元に戻る」

 ジャイロスラッシャー  ☆4  ATK 1000

 「俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」
 「では私のターンですね。素人君に本物のデュエルタクティクスというものを見せてあげましょう」
 「興味ねぇよそんなもん! お前なんかデュエルスフィンクスで十分だ!」
 「その悪口はいまいちよくわかりませんが……。むしろ凄そうじゃありません、それ?」
 腕にデュエルディスクをはめた巨大な石像。もはやギャグを通り越してシュールである。
 謎かけ好きの化け物ではなく、ただの人間である墨田は、ドローしたカードを手札に加えた。
 「私は2体のパウダー・バルサムをリリースして、ブラックマッシュ・キングをアドバンス召喚!」

 ブラックマッシュ・キング  ☆7  ATK 2300

 『キョェェェェ!!』
 (うげぇ、気持ち悪ぃ!)
 巨大なキノコ型モンスターは赤黒い胴体を左右に揺らしながら、本体と同じくキノコ状の腕をブラブラと振っている。
 「そして再びパウダー・バルサムが墓地に送られたことにより、貴方に1000ポイントのダメージです!」

 YUGO    2500
———VS———
SUMIDA  2500

 「痛ってぇな……!」
 「それだけではありませんよ! ブラックマッシュ・キングの攻撃力は、墓地の植物族モンスター1体につき300アップします!」
   『ギョェェェェッ!!』

 ブラックマッシュ・キング  ☆7  ATK 3200

 ブラックマッシュ・キングの体がさらに肥大化する。
 それはもう、いきり勃ったナニかのように。ナニとは言わないが。
 「バトルです! ブラックマッシュ・キングでジャイロスラッシャーにアタック!」
 「くっ! ジャイロスラッシャーの攻撃力は効果により2倍になる!」

 ブラックマッシュ・キング  ATK 3200    vs    ジャイロスラッシャー  ATK 2000

 「ぐぁ……っ!」

 YUGO    1300
———VS———
SUMIDA  2500

 「私はこれでターンエンド。さぁ今度は貴方のターンです。もっと抵抗しないと、すぐに記憶喪失になってしまいますよ?」
 「上等だこの野郎……! 俺のターン、ドロー!」
 デッキの上に添えた指を勢いよく引き抜く。ドローしたカードを見て、遊午はほくそ笑んだ。
 「まずは、ジャイロガーディアンを召喚!」

 ジャイロガーディアン  ☆4  ATK 700

 「さらに手札から、バトルバトラーを特殊召喚!」

 バトルバトラー  ☆4  ATK 1000

 「自分フィールドに戦士族モンスターがいるとき、バトルバトラーは手札から特殊召喚できる!」
 「レベル4のモンスターが2体……。ということは……」
 「あぁそうだ! レベル4のジャイロガーディアンとバトルバトラーでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、ジャイロブラスター!!」
 『フンッ!』

 ジャイロブラスター  ★4  ATK 1900  ORU 2

 「貴方、エクシーズ召喚が出来たんですか」
 「これでも仲間内じゃ一番強いんでね」
 エクシーズ召喚。
 条件に見合ったモンスターをフィールド上に複数体揃えることで、エクストラデッキからエクシーズモンスターと呼ばれる黒枠の強力モンスターを特殊召喚する召喚方法である。
 これによりデュエルのスピードは大幅に加速し、従来の1体の大型モンスターを強化してゆくプレイングから、いかに小型モンスターを大量に並べるかがデュエリストの課題になりつつある。
 「ですが、その程度の攻撃力では私のブラックマッシュ・キングを倒すことは出来ませんよ!」
 「そいつはどうかな? ジャイロブラスターのオーバーレイ・ユニットを一つ使い、効果発動! ブラックマッシュ・キングの攻撃力を半分にする!」

 ジャイロブラスター  ★4  ATK 1900  ORU 1

 ブラックマッシュ・キング  ☆7  ATK 1600

 エクシーズモンスターはそれぞれオーバーレイ・ユニットというエネルギーを持っており、これを使用することで様々な効果を発揮する。
 ジャイロブラスターの場合、相手モンスターの攻撃力を半減させることが、その効果というわけだ。
 「これでブラックマッシュ・キング攻撃力は超えた! 行け! ジャイロブラスター! 」
 『ハッ!』

 ジャイロブラスター  ATK 1900    vs    ブラックマッシュ・キング  ATK 1600

 「ぐむ……っ!」

 YUGO    1300
———VS———
SUMIDA  2200

 ジャイロブラスターのショットガンから放たれた弾丸がブラックマッシュ・キングの胴体に突き刺さり、直後に炸裂した。
 巨大なキノコの化け物は、奇怪な断末魔を残して四散する。なんとも下半身に悪い倒され方だ。
 「おいおい。そんなんじゃ俺をデュエルでどうにかなんて出来ないぜ?」
 「ご安心を。ここまでは計算の内ですから」
 墨田は左手で白衣の汚れを払い、右手で乱れた髪を整える。
 「負け惜しみがテンプレ過ぎんだろ。そのセリフを言ったやつが最後まで計算通りに終わったのを見たことねぇよ」
 「いや、計算の内というのは少し違いますか。たとえ貴方がどれほどのデュエリストであろうと私の持つカードには勝てない、と言ったほうが正しいですね」
 「なんだと?」
 「罠発動! リペアプランター!」

 リペアプランター  通常罠

 「私のモンスターが戦闘によって破壊されたとき、代わりに墓地からレベル4以下の植物族モンスター1体を特殊召喚します!」

 パウダー・バルサム  ☆2  ATK 500

 「さらにもう一枚、大繁植!」

 大繁植  通常罠

 「1体のパウダー・バルサムが特殊召喚に成功したことで、残り2体も続けて墓地から特殊召喚!」

 パウダー・バルサム  ☆2  ATK 500

 パウダー・バルサム  ☆2  ATK 500

 「んなっ……!」
 一気に3体のモンスターを、しかも相手ターンに並べた墨田の手際に、遊午は目を見張る。
 「どうせ消えて無くなる記憶です。最後に人智を超えた力というものを見せてあげましょう」
 瞬間、墨田の声に反応したかのように彼のデュエルディスクが強烈な光を放ち始めた。
 ただならぬ雰囲気に気圧されたのか、遊午の両手が小刻みに震える。脂汗でじんわりと湿ったそれを、遊午は強く握りしめた。
 「レベル2のパウダー・バルサム3体で、オーバレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
 光の弾となったパウダー・バルサムたちが絡み合って1つになり、小さな銀河のような輝く渦を形成する。

 「現れなさい、−No.12! トラジック・エレジー!!」

 渦からゆっくりと姿を見せた正六角形の鉄塊が、嵌め込まれた水晶球を中心としてばかっと開く。むき出しになった鉄塊の内部から、織り込まれていた銀製の布がするするとこぼれ落ち、完全に伸びきったところで風に揺られたカーテンのようにはためいた。一方で、いつの間にか横へ横へと広がっていた外蓋は、蓋の裏側から生えたおびただしい数の細い鉄片も相まって、翼を思わせるデザインに変形している。空になった外殻は横倒しで宙に留まり、その下から彫像のごとき女性の顔が浮かぶ。
 駆動を終えた鉄塊は、ヒィィィィン! と、耳をつんざく金属音を河川敷に響かせた。

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 0  ORU 3

 「————!!」
 さながら機械仕掛けの天使ともいうべきその姿に、遊午は絶句する。
 「神秘的なモンスターでしょう」
 墨田の頰には幾何学的なデザインの『12』という文字が青白く発光している。
 「…………なんだよ、それ。−Noなんていうカード、聞いたことないぞ?」
 「それはそうでしょう。トラジック・エレジーはそこらで手に入る普通のカードとは格が違いますからね。いえ、ここはランクが違うと言うべきですか」
 そこはかとなく非合法な臭いがするが、デュエルディスクが認識している以上反則を糾弾することはできない。
 (落ち着け……。いくら凄そうなモンスターでも、所詮は攻撃力0だ。出来ることなんて限られてる)
 焦りと不安で混乱しそうになる頭を、遊午は無理矢理押さえつけようとする。
 そんな遊午を尻目に、墨田はターンを続ける。
 「魔法カード発動。プラサイト・ウェポン!」

 プラサイト・ウェポン  通常魔法

 「プラサイト・ウェポンの効果により、墓地のブラックマッシュ・キングをトラジック・エレジーに装備することで、攻撃力をブラックマッシュ・キングの元々の攻撃力分、つまり2300ポイントアップします!」
 「なっ……、嘘だろ!?」

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 2300  ORU 3

 これでトラジック・エレジーの弱点であった低い攻撃力は克服されてしまった。
 「さぁやりなさい、トラジック・エレジー! 『ミーニングレス・トラジェディー』!!」

 −No.12 トラジック・エレジー  ATK 2300    vs    ジャイロブラスター  ATK 1900

 翼からぶら下がっていた鉄片が一斉にゆらりと動き、短刀のように鋭く尖った先端をジャイロブラスターに向ける。
 一瞬の間隙のあと、無数の鉄片は暴風雨のごとく襲いかかった。
 「……っ! 墓地のバトルバトラーを除外して、効果発動! ジャイロブラスターの戦闘での破壊を無効にする!」

 YUGO    900
———VS———
SUMIDA  2200

 「!?」
 突然、遊午は心臓を鋭い爪で抉られるような激痛に襲われた。
 デュエルディスクに搭載された衝撃再現システムとは違う、鈍い痛み。
 呼吸が荒れ、体温が上がる。
 視界にもやがかかり、足元がふらついたが、無様に倒れこむことだけはなんとか阻止した。
 (あいつが言ってた『やればわかる』ってのはこのことか……?)
 遊午は虚ろな視線を墨田に向ける。
 「ほう、凌ぎましたか。ですが、まだ終わりではありませんよ」
 「…………?」
 「私はトラジック・エレジーのオーバレイ・ユニットを1つ使い、効果発動!」

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 2300  ORU 2

 「このターン発生したダメージ分、トラジック・エレジーの攻撃力をアップさせます! 『ダメージアブソーバー』!!」
 「!?」

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 2700  ORU 2

 「私はこれで、ターンエンド」
 未知のモンスター。未知の効果。未知の攻撃。
 鮮やかにかみ合わさったコンボと、それをいとも簡単にやってのけた墨田の手腕に、遊午は身震いする。
 嫌な考えが頭をよぎるが、頭を振ってそれを思考の外へ追いやった。
 だんだんと心臓の痛みにも慣れてきた。
 トラジック・エレジーがどれほどのカードであろうと、ただ一点、攻撃力という部分においてはジャイロブラスターだって負けてはいないのだ。
 自分で自分を鼓舞するように、遊午は大声で叫ぶ。
 「俺のターン! ジャイロブラスターの効果で、トラジック・エレジーの攻撃力を半分にする!」

 ジャイロブラスター  ★4  ATK 1900  ORU 0

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 1350  ORU 2

 「バトルだ! ジャイロブラスターで、トラジック・エレジーに攻撃!」

 ジャイロブラスター  ATK 1900    vs    −No.12 トラジック・エレジー  ATK 1350

 ショットガンによる爆煙がトラジック・エレジーを包む。高速で発射された弾丸が銀の布と擦れ合い、何かが削れるような音が遊午の耳の中で反響した。
 河川敷を流れる風に煽られてゆっくりと景色が開け、対戦相手の姿が露わになっていく。
 その相手は————不敵に笑っていた。
 「!!」
 煙が晴れた先に、遊午は信じられないものを見た。

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 1350  ORU 2

 「なん……、で……」
 「とても素晴らしい攻撃でしたよ。それだけに、実に惜しい」
 墨田は両手を広げて悠々と語る。
 「残念ですが、−Noは−No以外のモンスターでは破壊出来ないのです」
 絶望的で、悲壮的で、救いようのない真実を。
 「なん……っだよ、それ……! んなもんイカサマじゃねぇか! どうやって倒せっつーんだよ!」
 「そう言われましても、これは私の意思とは関係ありませんからね。もともと−Noが持っていた特性。効果外の効果というわけです」
 「ざけんな! だったらそんなカードは使わねぇのがスジだろうが! あんたそれでもデュエリストかよ!」
 「デュエリストというならば!」
 遊午の怒号を断ち切って、
 「たとえどんなカードを前にしようとも、貪欲に勝利への道を探るべきなのではありませんか?」
 「っ!」
 非の打ち所のない、正論。
 遊午に出来るのは悔しさを堪えて下唇を噛むことだけだった。
 「この瞬間、トラジック・エレジーのもう1つの効果が発動します。トラジック・エレジーの戦闘で発生したダメージは互いのプレイヤーが受けることになります」

 YUGO    350
———VS———
SUMIDA  1650

 「かはっ……!」
 再び遊午の心臓が悲鳴を上げる。
 今度こそ膝が耐えきれず、遊午は地面にくずおれた。
 「ジャイロブラスターの効果は終了し、トラジック・エレジーの攻撃力は元に戻る。さらに、オーバレイ・ユニットを1つ使って効果発動。もう一度攻撃力をアップさせます」

 −No.12 トラジック・エレジー  ★2  ATK 3250  ORU 2

 「……もはや見ているのも忍びないですね。こうなってはもう早くケリをつけてあげるのが優しさというものでしょう」
 墨田が憐憫の面持ちでドローをする。
 今の遊午は対戦相手に同情されるほどまでに疲弊しきって見えるのだ。
 「私のターン。トラジック・エレジー、『ミーニングレス・トラジェディー』」

 −No.12 トラジック・エレジー  ATK 3250    vs    ジャイロブラスター  ATK 1900

 幾千もの鉄片がジャイロブラスターの頭上に浮かぶ。
 「これで終わりです」
 墨田の一言をきっかけに、堰を切ったように銀色の雨が降り注ぐ。

 だが、その刃先はジャイロブラスターを貫く直前で、標的とともにかき消えた。
 「なにっ……!?」
 墨田の表情が驚愕の色に染まる。
 その視線の先には、ARヴィジョンによって巨大化された紫のカードがあった。

 ヒーリング・エスケープ  通常罠

 「ヒーリング・エスケープ……。自身のモンスターをリリースしてライフを1000回復。なおかつバトルを終了させる罠カードですか……」

 YUGO    1350
———VS———
SUMIDA  1650

 「まさか狙ってやった……わけではないのでしょうね。条件反射といったところですか。やれやれ、デュエリストの意地とは恐ろしい」
 墨田はどこか遠い目で遊午を眺める。
 「カードを1枚セットして、ターンを終了します。さぁ、貴方のターンですよ」
 静かな呼びかけに、しかし遊午は応えない。
 今の彼には声を出すどころか顔を上げることすらままならなかった。
 10本の指先全てに分銅がぶら下がったような感覚に、腕はぴくりとも動かない。全身から汗が吹き出して、口の中がもはや唾液も出ないほどに渇いているのに、身体の芯は冷えきっている。
 (なにやってんだ俺は……。今さら足掻いてももうなんの意味も無いってのに……)
 なまじ実力があるだけにはっきりとわかってしまう、圧倒的な力量の差。
 遊午のデッキにこの状況を打開できるカードは、ない。
 このままターンを迎えても、ただ敗北を待つのみだ。

 ようやく遊午の右腕がよろよろと動き始める。
 だがその手はデッキではなく、サレンダーの意思を示すデュエルディスクの上へと————


 「まったく。人が気持ちよく眠っておる間になにを死にかけておるのじゃ、お主は」


 鈴の音のような声が遊午の中で弾けた。
 比喩ではない。本当に身体の内側から発せられたのだ。
 「騒々しい心音を立ておって。少しは中にいる者のことも考えんか」
 するり、と背中から抜け出たそれは、遊午の周りを一周回ったあと、宙空で静止する。

 「妾はまだまだ寝足りんのじゃ。こんなデュエル、さっさと終わらせるぞ」

 初雪のように白い肌。細くしなやかな手足。赤い袖なしブラウスと黒いプリーツスカート。ウサギ耳の付いた黒と赤のベール。

 透き通るような銀髪をたずさえた美少女は、そう宣言した。
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ギガプラント
貴様…融合の手先かぁ!

昭和によく居たド変態系主人公。至る所に下ネタが蔓延る蔓延る…。
アニメの第一話っぽさがあっていい感じです。今のところ判断がつきませんが遊午氏のデッキは純カテゴリデッキではないんですかね?
とりあえず次回に期待します。 (2017-05-01 14:23)
イベリコ豚丼
》ギガプラントさん
コメント第一号ありがとうございます。
こんな主人公を作ったばっかりに、開始早々ここの検閲コードと戦う羽目になりました。
遊午の名前やデッキの構築は某先生を意識しています。というか、このssの趣旨との関連もあってキャラの名前とか設定とかところどころにそのネタを散りばめました。

次回・・・はいつになることやらですが、1話1話を長くするので勘弁してつかぁさい・・・。 (2017-05-01 15:55)
から揚げ
自らの欲望に忠実で感情表現豊かな主人公の遊午に、とても好感が持てました!エロ 本を巡る葛藤も面白かったです!

それでいて、自らの危険を顧みずに女の子を庇った所がとてもカッコ良かったです!墨田への言葉も相まって正に主人公に鑑ですね!

普段はエロに夢中でも、いざという時に漢を見せてくれる遊午の様な主人公は本当に安心感があります!

麻理ちゃんも、ほんわかした雰囲気とGカップの巨乳が、とても魅力的ですね!エロ 本を見て赤面していた所や遊午にロリも巨乳も大好きと言われて嬉しそうにしていた所が最高に可愛らしかったです!

そしてパイタッチを書いて頂いて、ありがとうございます!眼福でした!寧子ちゃんがとても羨ましいです!またパイタッチを見せて頂ければ、幸いです!

そして、墨田とのデュエル中に現れた銀髪の女の子が、これからどの様に活躍するのか、とても楽しみです!

1話からこれ程クオリティのある長い文章の小説をお書きになられるとは、イベリコ豚丼さんの高い文章力と表現力を感じました!見応えのある作品を書いて頂いて、ありがとうございます!ご無理のない様にご執筆頑張って下さい!応援しております! (2017-05-02 08:24)
名無しのゴーレム
おお、本当に-No.が出てる…しかも私のが一番初めとは。何か嬉しい。
このサイトでは珍しい方の気がする欲望に忠実な主人公。こういう主人公も結構好きです。
トラジックエレジーの変形(?)も読んでいておおっ、となりました。バトルの表現なども凝っていて、是非とも参考にさせていただきたいものです。
1話目からいろいろ衝撃的な展開ですが、やっぱり個人的にはトラジック・エレジーをどう突破するかが気になるところ。-No.共通の耐性抜きにしても破壊耐性持ちなので、エースモンスターを出そうが面倒臭い相手だし…何より普通に殴れば相打ち確定ですし。さて、ここからどう巻き返す? (2017-05-02 09:04)
ター坊
スケベ系主人公!夕方5時半からなんて放送できないね!PTAに訴えられるぞ!!(褒め言葉
巨乳委員長を始め、ジト目百合(?)っ娘、それと銀髪の女の子はなのじゃロリとはメジャーからピンポイントまで幅広く攻めますね。
今後も楽しみにしてます。 (2017-05-02 18:10)
イベリコ豚丼
》から揚げさん
返信遅くなり申し訳ありません。コメントありがとうございます。
こんな主人公ですからね、必然的にエロ描写は多くなってしまいます。まぁ、本人は毎回いい思いをする前に邪魔が入るのもまた必然なんですが。
(2017-05-08 09:27)
イベリコ豚丼
》名無しのゴーレムさん
返信遅くなり申し訳ありません。コメントありがとうございます。
遊午への好意的なコメントが多くてうれしい限りです。
Noといえば変形シーン!今回で一番こだわって書いたシーンなので、楽しんでいただけたのなら幸いです。 (2017-05-08 09:34)
イベリコ豚丼
》ター坊さん
返信遅くなり申し訳ありません。コメントありがとうございます。
アホな主人公といい銀髪のじゃロリといい趣味丸出しでお恥ずかしい限りです。
第2話鋭意製作中(自称)です! (2017-05-08 09:40)
tres(トレス)
初めまして。こういうタイプの主人公は珍しいですね、ある意味少年らしくて好きです。1話からすごい傷を負ってますが、たぶん何とかなるでしょう(主人公補正)
文章もわかりやすく、所々面白い表現もあって読みやすかったです。次回以降も期待しています。 (2017-07-19 13:07)
イベリコ豚丼
》tres(トレス)さん
コメントありがとうございます。
1話目から死に目に合うのは武藤でカズキの錬金術師もやってたからよくあることです。
今後とも期待に応えられるよう頑張ります! (2017-07-22 13:02)

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