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第12話 37番目の悪魔 作:氷色
「ボクのターン!ドロー!」
遊緋が引いたカードは《破損した仮面》。
†
《破損した仮面》(未OCG)
通常罠
(1):自分の墓地の「M・HERO」モンスター1体を対象に発動できる。 選択したモンスターを召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、モンスター効果は無効化され、このターン終了時に破壊される。
†
《破損に仮面》は墓地の「M・HERO」を蘇生させる罠カードだ。
蘇生できる「M・HERO」に縛りはなく使いやすいカードだが、蘇生されたモンスターは攻撃できず効果も無効化されそのターンしかフィールドにいられない。また罠カードなので速効性に難がある。
更にいまこの状況で発動させたとしても、墓地の「M・HERO」で最も攻撃力が高いのは《M・HERO 剛火》でしかなく、《ドラゴン・リー》には及ばない。それ以前に攻撃できないデメリットがある以上、そのままでは戦力にはできないのだが。
正直言っていま遊緋が欲しているのは、なんとかして《ドラゴン・リー》を倒す手段であり、このカードはそれには該当しない。
ーーーどうする、どうする?
遊緋の思考回路が火花が出る勢いで回転する。しかし、良い案は出ない。
ーーーと、その時、不意に視界が暗転した。
「ーーーえ?」
目を閉じたわけではない。
何かが視界を遮ったわけでもない。
ただ唐突に周りから景色が消え、闇の中にぽつんと遊緋だけが取り残されたかのようだ。
辺りを見回してもそこには何処までも広がる闇がただあるだけ。
「ひ、響先輩ー?何ですかー、これ?」
すぐ後ろに控えているはずの紅羽に問いかけてみるが、その声は口から出た途端に闇に吸い込まれていった。
それどころか手足を動かすことすら難しい。まるで周りの闇が粘着性を持って遊緋の身体を絡めとっているかのようだ。
流石にこの状況では途方に暮れるしかない。
無闇に喚き散らさないだけ流石と言うべきか。
その時、またも不意に声がした。
『力がーーー欲しいか?』
内臓に響くような重たく低い声だ。
当たり前だが、聞き覚えはない。
「誰?」
『力が欲しいか?』
どうやら正体を訊いても無駄なようだ、声は同じ言葉を繰り返すだけ。
「力か……。うん、くれるんなら欲しいよ。今ちょうどちょっと行き詰まってるし」
『いや、軽いな……お前』
それまで迫力のあった声がいきなり砕けた調子でツッコむので、釣られたように遊緋もへらへらと笑った。
普通なら闇の中からこんな声で話しかけられたら怖いはずなんだが、不思議とこの声は遊緋の敵であるように思えない。
『まぁ、いい。お前が望むのならば私の力を少し貸してやる』
そう言うと、遊緋の前にふわりと淡い光と共に白紙のカードが現れた。
『これはまだ生まれていないカード。お前がこれから生み出すカードだ』
「ボクがーーー生み出す?」
ちょっと何を言っているのか分からない。
これもD・ゲームに関する超常現象であろうことは分かるが、ちょっとこのゲームは色々と説明が足らない気がする。
『ゲームに対する不満が出だしたらハマった証拠だぞ。いいから言う通りにしておけ。これからこのカードを生み出す。お前が考える“力”の象徴たるものの姿を強くイメージするのだ』
「力の象徴……」
そう言われて、真っ先に思い浮かんだのは紅羽の姿だった。
初めて彼女に会った時の、光輝くような圧倒的な美しさ。まるで不死鳥が羽ばたかんとしているように燃え立つ赤髪。凛とした雰囲気を物語る力強さを秘めた眼差しと居立ち。
『良かろう……』
まるでこちらの考えていることが分かっているように声が苦笑まじりに応える。
すると白紙のカードに色が付き始める。
カードの枠は融合モンスターを示す紫色。
まるでプリントアウトされるように、下からカードが出来上がっていく。枠色、ステータス、テキスト、イラスト、名前。
遊緋はそのカードが完成するまで、それをただ茫然と見守っていた。
『……これがお前の新たな力の姿よ。さぁ、これを手にお前の覇道を突き進め』
ハッと気付くと、辺りの景色は元に戻っていた。
見回すと、龍もフレイヤも紅羽も怪訝な顔をしてこちらを見ている。
『大丈夫ですかぁ?』
フレイヤが遊緋を心配したようにーーーというより揶揄した感じで訊いてくる。
「どうしたの、遊緋くん?」
紅羽はしっかり心配した様子で訊く。
その顔が見れたなら大丈夫という気がしてくるから不思議だ。
「大丈夫です。負けませんよ、ボク」
デュエル前と同じようにそう告げて遊緋はにこりと微笑んでみせる。
その顔には相変わらず自信が溢れていた。
遊緋自身、先程まで心の何処かに確かにあった焦りがすっかり落ちていることに気づいている。
そして落ち着いて考えれば、色々と見えなかったものも見えてくる。
あの声が何だったのかは今は分からないが、感謝しなければならないだろう。
遊緋は不審げにこちらを睨む龍に笑顔を向けた。
「さぁ、始めましょうか。これがラストターンです!」
☆
遊緋の家から少し離れた場所。
そこのとある建物の一室で、壮年の男性が一人外を眺めていた。
背が高くがっちりとした体格。頭は綺麗に剃り上げられたスキンヘッドだ。
眼前に広がるのは舞網市。
壁一面にはめ込まれた巨大な窓からは、街が俯瞰的によく見下ろすことができる。
室内に無駄な調度品などは一切なく、広い空間にあるのは簡単な応接セットと執務用のデスクが一つだけ。
そのデスクに備え付けられたモニターがピピッと電子音を鳴らした。
『ーーー社長』
モニターには男の部下であるサングラスの男の姿。
「どうした?」
しかし男は振り返ることもなく問う。
その声は渋みのある落ち着いた響き。
『先程僅かではありますがセンサーに反応が。場所はーーー童実野区です』
「そうか」
男の眉間に僅かばかりしわが寄る。
部下のその報が吉報なのか悲報なのか、男の表情からは読み取れない。
男はフーと深く息を吐いた。
「37番目の悪魔が目覚めたーーーか」
男の表情にさして変化はない。
尚も彼の目には、ただ暮れつつある舞網の街だけが映っていた。
☆
「ラストターンだと?」
龍が更に怪訝な表情を浮かべる。
まさかデュエリストスキルを見抜いたとでも言うのか。
いや、そんなはずがない。こんな少しのやり取りでデュエリストスキルなどというシステムに辿り着けるわけがない。
しかし遊緋の姿には自信がみなぎっている。
「まずは速攻魔法カード《マスク・イリュージョン》を発動!このカードは、フィールドに「M・HERO」融合モンスターが存在する時、手札から罠カードを発動できる!」
†
《マスク・イリュージョン》
速攻魔法
(1):「M・HERO」融合モンスターが自分フィールドに表側表示で存在する時、発動できる。手札の罠カード1枚を発動する。
†
「手札から罠カードを発動するだと!?」
「うん。ボクはこの効果により、手札から《破損した仮面》を発動!墓地の「M・HERO 剛火」を特殊召喚するよ!」
遊緋は驚く龍を置き去りに、先程ドローしたばかりの罠カード《破損した仮面》を発動した。
これにより墓地から《剛火》が再びフィールドに舞い戻る。
これで遊緋のフィールドには《剛火》と《ブラスト》の2体の「M・HERO」融合モンスターが揃い踏みした。
しかし《ブラスト》も、《破損した仮面》により効果を無効化されている《剛火》も攻撃力は同じく2200。このままでは龍の《ドラゴン・リー》を上回ることはできない。
「何をする気?」
遊緋が何を狙っているのか、紅羽にも分からない。
「そしてボクは魔法カード《融合》を発動!フィールドの《剛火》と《ブラスト》を融合させる!」
遊緋は《ガスト》の効果でサーチしていた魔法カード《融合》を発動させた。
「融合モンスター同士を更に融合させるだと!?」
龍がすっとんきょうな声を上げる。
これまで何度もデュエルを行ってきたが、融合モンスター同士の融合など見たことがない。
しかし驚いたのは龍だけではなかった。
「そんなッ、あのデッキには「M・HERO」以外の融合モンスターなんて入ってなかったはず……!」
紅羽はデュエル前にデッキを確認する遊緋の姿を見ている。
その時には確かに彼のエクストラデッキには「M・HERO」融合モンスター12種類以外のモンスターは入っていなかった。
「M・HERO」は《マスク・チェンジ》によって変身召喚して闘うデッキだ。そのため「M・HERO」融合モンスターは《マスク・チェンジ》による特殊召喚以外では特殊召喚できないようになっている。《融合》による融合召喚には対応していないのだ。
だから遊緋のデッキに《融合》が入っていたとしても、それで融合召喚できるモンスターなどいないはずだった。
しかし遊緋によってデュエルディスクに挿入された《融合》は正式に発動された。
となると、考えられる可能性はーーー
「そんな、まさかーーー」
紅羽の心中で爆発的に広がっていく感情などいざ知らず、遊緋のフィールドでは《剛火》と《ブラスト》が溶け合い次元の渦が形成されつつあった。
遊緋が叫ぶ。
「炎と風よ、いま一つとなれ!美しき炎翼羽ばたかせ、炎の中より再誕せよ!」
そしてエクストラデッキから1枚のカードを選び出しデュエルディスクに挿入する。
「融合召喚!!今こそ顕現せよ!!レベル9!!《DNo. 37―C・HERO フェネクス》!!」
空中に留まっていた渦から爆発的な炎が吹き出る。渦がその炎に飲み込まれ、やがて炎の竜巻へと変わった。
キャンプファイアとは違う圧倒的な熱量に、その場にいた誰もが肌を炙られる。
そしてその時はやってきた。
大気を吸い込みながら巻き上がる炎がズバッと割れて、中から『それ』は現れた。
《DNo.37―C・HERO フェネクス》。
紅蓮に燃える翼。赤と緑のコントラストが美しいスーツ。
表情は鳥の嘴を模した細いマスクに遮られ分からないが、その全身からは神々しい程のオーラを発している。HEROと名がついてはいるが、その流線型のボディはどこか女性的で、戦士というよりは女神を思わせる。
†
《DNO .37―C・HERO フェネクス》
融合・効果モンスター
レベル9/炎属性/戦士族/攻撃力2500/守備力2100
炎属性融合モンスター+ 風属性融合モンスター
このカードはルール上「E・HERO」モンスターとしても扱う。
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードの属性は「風」としても扱う。
(2):1ターンに1度、墓地の「HERO」融合モンスター1体を除外して発動できる。相手フィールドの特殊召喚されたモンスター1体を選択し、そのモンスターの効果は無効化され、そのモンスターの攻撃力は除外したモンスターの攻撃力分ダウンする。この効果は相手ターンにも発動できる。
(3):このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した時に発動できる。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。
(4):このカードが墓地に送られた場合、LP1000を支払って発動できる。墓地の「HERO」モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターはそのターン終了時まで効果を発動できず攻撃できない。
†
「デモン……ナンバーズ……」
紅羽が呆けたようにそう呟く。
「そう、このモンスターがボクの生み出した最強モンスターだよ!」
「モンスターを生み出しただと……?なに言ってんだ?」
遊緋の言葉に、龍は訝しげ。
しかし紅羽は違った。何か得心が入ったように口をつぐむ。
「分かんないよね。分かんなくていいさ。だけどね、このデュエルに勝つのはやっぱりボクだ!」
言ってデュエルディスクを操作する。
「《DNo.37―C・HERO フェネクス》の効果発動!墓地の「HERO」融合モンスターを除外することで、相手モンスター1体の効果を無効化し攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる!」
「なにッ!?」
「ボクは墓地から《M・HERO 剛火》を除外する!行け!“ウィング・エクスプロージョン”!!」
《フェネクス》がその炎翼を広げる。それは次第に空気を取り込んで燃え広がり巨大な翼と化す。
そしてその翼は突き刺すようにして《ドラゴン・リー》を襲った。その瞬間、轟音と共に天まで届くような凄まじい爆炎が上がる。
ドラゴン・リー/攻3000→800
その爆炎によって多大なダメージを負った《ドラゴン・リー》はその攻撃力を低級モンスター並みに落としてしまった。これならば下級モンスターでも容易に倒せる。
「ぐぅううう……!」
予想外の強力なモンスターの出現、またその効果の威力に、龍の口からくぐもった声が出る。
だが、龍にはまだ勝算は残っている。
いくら《ドラゴン・リー》の攻撃力を落とそうが、デュエリストスキル『功夫』がある限り如何に最上級融合モンスターである《フェネクス》と言えども《ドラゴン・リー》を倒すことも龍にダメージを与えることも出来はしない。
「それはどうかな?」
まるで龍の魂胆を見透かしたように遊緋は言う。
「言ったでしょう、これがラストターンだって。アンタはもう詰んでるよ」
まさか本当にデュエリストスキルの存在に気付いたというのか?
龍の顔にはそう書いてあった。
「考えてみればヒントは色んなところに転がっていたんだ。そう、これは“見えるけど、見えないもの”だったんだよ」
「何をーーー」
「最初、《ダーク・ロウ》と《マスターモンク》が相討ちにならなかった時から、ボクはずっと一所懸命にこの現象の正体が何なのか考えていたんだ。だけどボクが考えるべきだったのは、この現象の正体なんかじゃなくて、どういう条件でこの現象が発生するのか、だったんだよ」
遊緋の言葉に、龍は言葉が出なかった。
もはや言葉でどうなるものでもない。
「アンタが一体何をしているのか、それはいくら考えても見えてこない。だってそれは今は“見えない”ものだから。ならいま“見える”ものを繋ぎ合わせていくしかない。そしたら見えてきたんだ、アンタを倒す道筋がね」
『いま見えるもの?』
言葉を失っている龍の代わりにフレイヤが訊く。
遊緋はそれに頷いてやる。
「一つ目は、さっき《ドラゴン・リー》に《ブラスト》がやられなかった時。その時、アンタは“破壊耐性もお株を奪うってわけか”って言った。つまり何らかの力により《ドラゴン・リー》は破壊耐性を得ているってことが分かる。二つ目は、《ブラスト》と《烈火》で《ドラゴン・リー》を攻撃した時。あの時、アンタは最初の《ブラスト》の攻撃には無反応だったのに、二撃目の《烈火》の攻撃は《シールド・ファイター》で防いだよな。これで成り立つ仮説は、“《ドラゴン・リー》は1度ならば破壊に耐えることができるが、2度目には耐えられない”ってこと。つまり《ドラゴン・リー》の破壊耐性は1ターンに1度しか使えないんじゃないかと、ボクは考えたんだ」
矢継ぎ早に語られる遊緋の推理。
実はその推理は的を射ていた。
龍のデュエリストスキル『功夫』は、フィールドのモンスターに1ターンに1度の破壊耐性を付与する能力。当然2連続の除去には無力だ。しかも、LP半分で自分フィールドにモンスターが1体の時にしか使えないという発動条件から、1度完全に突破されれば途端に大損害に繋がる危険の高い力だった。
それは龍自身認識していたことだ。だからこそ龍はデュエリストスキルをまだ知らないルーキーに的を絞ることにした。しかしまさかこんな単純なミスから見破られることになるとは、思いも寄らなかった。
ああ……、と龍は空を仰いだ。
今までの闘いを見れば、この相手が敵に情けをかけることなどまずないだろう。また、確実に敵を仕留める術もなしにこんな話を語るわけもない。
終わりなのだ。
龍が敗北を覚悟したのを見て取り、遊緋は最後のピースを発動した。
「手札から装備魔法《アナライズ・マスク》を発動し、《フェネクス》に装備させます」
《フェネクス》の頭にフルフェイス型のヘルメットが装着される。
そのバイザー部分がピピピと何やら電子的な光を発して、赤いレーザーがまるで《ドラゴン・リー》の情報を読み取るように照射された。
「《アナライズ・マスク》は、対象のモンスターの特性を解析して、装備モンスターにそのモンスターの効果と同じ効果を付与します。これで《フェネクス》はアンタの《ドラゴン・リー》と同じ連続攻撃能力を得ました。バトル!」
《フェネクス》が再びその炎翼を広げる。
「《DNo.37―C・HERO フェネクス》で《ドラゴン・リー》を攻撃ッ!」
そして天高く舞い上がる。
炎翼から全身へと炎が広がり、その姿は正に不死鳥だ。生と死を司る炎の神鳥。神々しくも恐ろしいその輝きは、立ちはだかる敵に躊躇はしない。
そのまま重力に任せて急降下してくる。
標的は龍のフィールドの《ドラゴン・リー》だ。
フェネクス/攻2500×2○
↓
ドラゴン・リー/攻800×
もはや一羽の炎鳥と化した《フェネクス》が《ドラゴン・リー》に襲いかかった。
「“カイザー・フェニックス”!!」
格闘の達人であるはずの《ドラゴン・リー》もこれには為す術はない。
《フェネクス》が繰り出した炎の連撃によって一瞬にして焼き尽くされてしまった。
「ぐぅうううッ!だが、《ドラゴン・リー》の戦闘では俺にダメージはないッ!」
「戦闘ダメージは、ね!《フェネクス》のもう一つの効果発動!《フェネクス》が相手モンスターを戦闘で破壊した時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」
《ドラゴン・リー》が遮ることのできるダメージは戦闘ダメージのみ。モンスター効果によって発生する効果ダメージを防ぐことはできない。
《フェネクス》が葬った《ドラゴン・リー》の元々の攻撃力は3000。それがそのまま効果ダメージとして龍を襲えば、そのLPは一瞬で消し飛ぶ。
《フェネクス》が龍の眼前に迫る。
両手を合わせるようにして構えると、その間に炎が集積していく。
「く……くっ……」
じりじりと後退る龍。
その顔にはもはや恐怖以外の感情は映っていない。
だが遊緋に容赦はなかった。
「“ブレイズ・パニッシュメント”」
《フェネクス》が放った炎に、龍は為す術なく包まれた。
龍/LP1500→0
この瞬間、このデュエルに於ける遊緋の勝利が確定した。
遊緋が引いたカードは《破損した仮面》。
†
《破損した仮面》(未OCG)
通常罠
(1):自分の墓地の「M・HERO」モンスター1体を対象に発動できる。 選択したモンスターを召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃できず、モンスター効果は無効化され、このターン終了時に破壊される。
†
《破損に仮面》は墓地の「M・HERO」を蘇生させる罠カードだ。
蘇生できる「M・HERO」に縛りはなく使いやすいカードだが、蘇生されたモンスターは攻撃できず効果も無効化されそのターンしかフィールドにいられない。また罠カードなので速効性に難がある。
更にいまこの状況で発動させたとしても、墓地の「M・HERO」で最も攻撃力が高いのは《M・HERO 剛火》でしかなく、《ドラゴン・リー》には及ばない。それ以前に攻撃できないデメリットがある以上、そのままでは戦力にはできないのだが。
正直言っていま遊緋が欲しているのは、なんとかして《ドラゴン・リー》を倒す手段であり、このカードはそれには該当しない。
ーーーどうする、どうする?
遊緋の思考回路が火花が出る勢いで回転する。しかし、良い案は出ない。
ーーーと、その時、不意に視界が暗転した。
「ーーーえ?」
目を閉じたわけではない。
何かが視界を遮ったわけでもない。
ただ唐突に周りから景色が消え、闇の中にぽつんと遊緋だけが取り残されたかのようだ。
辺りを見回してもそこには何処までも広がる闇がただあるだけ。
「ひ、響先輩ー?何ですかー、これ?」
すぐ後ろに控えているはずの紅羽に問いかけてみるが、その声は口から出た途端に闇に吸い込まれていった。
それどころか手足を動かすことすら難しい。まるで周りの闇が粘着性を持って遊緋の身体を絡めとっているかのようだ。
流石にこの状況では途方に暮れるしかない。
無闇に喚き散らさないだけ流石と言うべきか。
その時、またも不意に声がした。
『力がーーー欲しいか?』
内臓に響くような重たく低い声だ。
当たり前だが、聞き覚えはない。
「誰?」
『力が欲しいか?』
どうやら正体を訊いても無駄なようだ、声は同じ言葉を繰り返すだけ。
「力か……。うん、くれるんなら欲しいよ。今ちょうどちょっと行き詰まってるし」
『いや、軽いな……お前』
それまで迫力のあった声がいきなり砕けた調子でツッコむので、釣られたように遊緋もへらへらと笑った。
普通なら闇の中からこんな声で話しかけられたら怖いはずなんだが、不思議とこの声は遊緋の敵であるように思えない。
『まぁ、いい。お前が望むのならば私の力を少し貸してやる』
そう言うと、遊緋の前にふわりと淡い光と共に白紙のカードが現れた。
『これはまだ生まれていないカード。お前がこれから生み出すカードだ』
「ボクがーーー生み出す?」
ちょっと何を言っているのか分からない。
これもD・ゲームに関する超常現象であろうことは分かるが、ちょっとこのゲームは色々と説明が足らない気がする。
『ゲームに対する不満が出だしたらハマった証拠だぞ。いいから言う通りにしておけ。これからこのカードを生み出す。お前が考える“力”の象徴たるものの姿を強くイメージするのだ』
「力の象徴……」
そう言われて、真っ先に思い浮かんだのは紅羽の姿だった。
初めて彼女に会った時の、光輝くような圧倒的な美しさ。まるで不死鳥が羽ばたかんとしているように燃え立つ赤髪。凛とした雰囲気を物語る力強さを秘めた眼差しと居立ち。
『良かろう……』
まるでこちらの考えていることが分かっているように声が苦笑まじりに応える。
すると白紙のカードに色が付き始める。
カードの枠は融合モンスターを示す紫色。
まるでプリントアウトされるように、下からカードが出来上がっていく。枠色、ステータス、テキスト、イラスト、名前。
遊緋はそのカードが完成するまで、それをただ茫然と見守っていた。
『……これがお前の新たな力の姿よ。さぁ、これを手にお前の覇道を突き進め』
ハッと気付くと、辺りの景色は元に戻っていた。
見回すと、龍もフレイヤも紅羽も怪訝な顔をしてこちらを見ている。
『大丈夫ですかぁ?』
フレイヤが遊緋を心配したようにーーーというより揶揄した感じで訊いてくる。
「どうしたの、遊緋くん?」
紅羽はしっかり心配した様子で訊く。
その顔が見れたなら大丈夫という気がしてくるから不思議だ。
「大丈夫です。負けませんよ、ボク」
デュエル前と同じようにそう告げて遊緋はにこりと微笑んでみせる。
その顔には相変わらず自信が溢れていた。
遊緋自身、先程まで心の何処かに確かにあった焦りがすっかり落ちていることに気づいている。
そして落ち着いて考えれば、色々と見えなかったものも見えてくる。
あの声が何だったのかは今は分からないが、感謝しなければならないだろう。
遊緋は不審げにこちらを睨む龍に笑顔を向けた。
「さぁ、始めましょうか。これがラストターンです!」
☆
遊緋の家から少し離れた場所。
そこのとある建物の一室で、壮年の男性が一人外を眺めていた。
背が高くがっちりとした体格。頭は綺麗に剃り上げられたスキンヘッドだ。
眼前に広がるのは舞網市。
壁一面にはめ込まれた巨大な窓からは、街が俯瞰的によく見下ろすことができる。
室内に無駄な調度品などは一切なく、広い空間にあるのは簡単な応接セットと執務用のデスクが一つだけ。
そのデスクに備え付けられたモニターがピピッと電子音を鳴らした。
『ーーー社長』
モニターには男の部下であるサングラスの男の姿。
「どうした?」
しかし男は振り返ることもなく問う。
その声は渋みのある落ち着いた響き。
『先程僅かではありますがセンサーに反応が。場所はーーー童実野区です』
「そうか」
男の眉間に僅かばかりしわが寄る。
部下のその報が吉報なのか悲報なのか、男の表情からは読み取れない。
男はフーと深く息を吐いた。
「37番目の悪魔が目覚めたーーーか」
男の表情にさして変化はない。
尚も彼の目には、ただ暮れつつある舞網の街だけが映っていた。
☆
「ラストターンだと?」
龍が更に怪訝な表情を浮かべる。
まさかデュエリストスキルを見抜いたとでも言うのか。
いや、そんなはずがない。こんな少しのやり取りでデュエリストスキルなどというシステムに辿り着けるわけがない。
しかし遊緋の姿には自信がみなぎっている。
「まずは速攻魔法カード《マスク・イリュージョン》を発動!このカードは、フィールドに「M・HERO」融合モンスターが存在する時、手札から罠カードを発動できる!」
†
《マスク・イリュージョン》
速攻魔法
(1):「M・HERO」融合モンスターが自分フィールドに表側表示で存在する時、発動できる。手札の罠カード1枚を発動する。
†
「手札から罠カードを発動するだと!?」
「うん。ボクはこの効果により、手札から《破損した仮面》を発動!墓地の「M・HERO 剛火」を特殊召喚するよ!」
遊緋は驚く龍を置き去りに、先程ドローしたばかりの罠カード《破損した仮面》を発動した。
これにより墓地から《剛火》が再びフィールドに舞い戻る。
これで遊緋のフィールドには《剛火》と《ブラスト》の2体の「M・HERO」融合モンスターが揃い踏みした。
しかし《ブラスト》も、《破損した仮面》により効果を無効化されている《剛火》も攻撃力は同じく2200。このままでは龍の《ドラゴン・リー》を上回ることはできない。
「何をする気?」
遊緋が何を狙っているのか、紅羽にも分からない。
「そしてボクは魔法カード《融合》を発動!フィールドの《剛火》と《ブラスト》を融合させる!」
遊緋は《ガスト》の効果でサーチしていた魔法カード《融合》を発動させた。
「融合モンスター同士を更に融合させるだと!?」
龍がすっとんきょうな声を上げる。
これまで何度もデュエルを行ってきたが、融合モンスター同士の融合など見たことがない。
しかし驚いたのは龍だけではなかった。
「そんなッ、あのデッキには「M・HERO」以外の融合モンスターなんて入ってなかったはず……!」
紅羽はデュエル前にデッキを確認する遊緋の姿を見ている。
その時には確かに彼のエクストラデッキには「M・HERO」融合モンスター12種類以外のモンスターは入っていなかった。
「M・HERO」は《マスク・チェンジ》によって変身召喚して闘うデッキだ。そのため「M・HERO」融合モンスターは《マスク・チェンジ》による特殊召喚以外では特殊召喚できないようになっている。《融合》による融合召喚には対応していないのだ。
だから遊緋のデッキに《融合》が入っていたとしても、それで融合召喚できるモンスターなどいないはずだった。
しかし遊緋によってデュエルディスクに挿入された《融合》は正式に発動された。
となると、考えられる可能性はーーー
「そんな、まさかーーー」
紅羽の心中で爆発的に広がっていく感情などいざ知らず、遊緋のフィールドでは《剛火》と《ブラスト》が溶け合い次元の渦が形成されつつあった。
遊緋が叫ぶ。
「炎と風よ、いま一つとなれ!美しき炎翼羽ばたかせ、炎の中より再誕せよ!」
そしてエクストラデッキから1枚のカードを選び出しデュエルディスクに挿入する。
「融合召喚!!今こそ顕現せよ!!レベル9!!《DNo. 37―C・HERO フェネクス》!!」
空中に留まっていた渦から爆発的な炎が吹き出る。渦がその炎に飲み込まれ、やがて炎の竜巻へと変わった。
キャンプファイアとは違う圧倒的な熱量に、その場にいた誰もが肌を炙られる。
そしてその時はやってきた。
大気を吸い込みながら巻き上がる炎がズバッと割れて、中から『それ』は現れた。
《DNo.37―C・HERO フェネクス》。
紅蓮に燃える翼。赤と緑のコントラストが美しいスーツ。
表情は鳥の嘴を模した細いマスクに遮られ分からないが、その全身からは神々しい程のオーラを発している。HEROと名がついてはいるが、その流線型のボディはどこか女性的で、戦士というよりは女神を思わせる。
†
《DNO .37―C・HERO フェネクス》
融合・効果モンスター
レベル9/炎属性/戦士族/攻撃力2500/守備力2100
炎属性融合モンスター+ 風属性融合モンスター
このカードはルール上「E・HERO」モンスターとしても扱う。
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードの属性は「風」としても扱う。
(2):1ターンに1度、墓地の「HERO」融合モンスター1体を除外して発動できる。相手フィールドの特殊召喚されたモンスター1体を選択し、そのモンスターの効果は無効化され、そのモンスターの攻撃力は除外したモンスターの攻撃力分ダウンする。この効果は相手ターンにも発動できる。
(3):このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した時に発動できる。そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。
(4):このカードが墓地に送られた場合、LP1000を支払って発動できる。墓地の「HERO」モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。この効果で特殊召喚されたモンスターはそのターン終了時まで効果を発動できず攻撃できない。
†
「デモン……ナンバーズ……」
紅羽が呆けたようにそう呟く。
「そう、このモンスターがボクの生み出した最強モンスターだよ!」
「モンスターを生み出しただと……?なに言ってんだ?」
遊緋の言葉に、龍は訝しげ。
しかし紅羽は違った。何か得心が入ったように口をつぐむ。
「分かんないよね。分かんなくていいさ。だけどね、このデュエルに勝つのはやっぱりボクだ!」
言ってデュエルディスクを操作する。
「《DNo.37―C・HERO フェネクス》の効果発動!墓地の「HERO」融合モンスターを除外することで、相手モンスター1体の効果を無効化し攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる!」
「なにッ!?」
「ボクは墓地から《M・HERO 剛火》を除外する!行け!“ウィング・エクスプロージョン”!!」
《フェネクス》がその炎翼を広げる。それは次第に空気を取り込んで燃え広がり巨大な翼と化す。
そしてその翼は突き刺すようにして《ドラゴン・リー》を襲った。その瞬間、轟音と共に天まで届くような凄まじい爆炎が上がる。
ドラゴン・リー/攻3000→800
その爆炎によって多大なダメージを負った《ドラゴン・リー》はその攻撃力を低級モンスター並みに落としてしまった。これならば下級モンスターでも容易に倒せる。
「ぐぅううう……!」
予想外の強力なモンスターの出現、またその効果の威力に、龍の口からくぐもった声が出る。
だが、龍にはまだ勝算は残っている。
いくら《ドラゴン・リー》の攻撃力を落とそうが、デュエリストスキル『功夫』がある限り如何に最上級融合モンスターである《フェネクス》と言えども《ドラゴン・リー》を倒すことも龍にダメージを与えることも出来はしない。
「それはどうかな?」
まるで龍の魂胆を見透かしたように遊緋は言う。
「言ったでしょう、これがラストターンだって。アンタはもう詰んでるよ」
まさか本当にデュエリストスキルの存在に気付いたというのか?
龍の顔にはそう書いてあった。
「考えてみればヒントは色んなところに転がっていたんだ。そう、これは“見えるけど、見えないもの”だったんだよ」
「何をーーー」
「最初、《ダーク・ロウ》と《マスターモンク》が相討ちにならなかった時から、ボクはずっと一所懸命にこの現象の正体が何なのか考えていたんだ。だけどボクが考えるべきだったのは、この現象の正体なんかじゃなくて、どういう条件でこの現象が発生するのか、だったんだよ」
遊緋の言葉に、龍は言葉が出なかった。
もはや言葉でどうなるものでもない。
「アンタが一体何をしているのか、それはいくら考えても見えてこない。だってそれは今は“見えない”ものだから。ならいま“見える”ものを繋ぎ合わせていくしかない。そしたら見えてきたんだ、アンタを倒す道筋がね」
『いま見えるもの?』
言葉を失っている龍の代わりにフレイヤが訊く。
遊緋はそれに頷いてやる。
「一つ目は、さっき《ドラゴン・リー》に《ブラスト》がやられなかった時。その時、アンタは“破壊耐性もお株を奪うってわけか”って言った。つまり何らかの力により《ドラゴン・リー》は破壊耐性を得ているってことが分かる。二つ目は、《ブラスト》と《烈火》で《ドラゴン・リー》を攻撃した時。あの時、アンタは最初の《ブラスト》の攻撃には無反応だったのに、二撃目の《烈火》の攻撃は《シールド・ファイター》で防いだよな。これで成り立つ仮説は、“《ドラゴン・リー》は1度ならば破壊に耐えることができるが、2度目には耐えられない”ってこと。つまり《ドラゴン・リー》の破壊耐性は1ターンに1度しか使えないんじゃないかと、ボクは考えたんだ」
矢継ぎ早に語られる遊緋の推理。
実はその推理は的を射ていた。
龍のデュエリストスキル『功夫』は、フィールドのモンスターに1ターンに1度の破壊耐性を付与する能力。当然2連続の除去には無力だ。しかも、LP半分で自分フィールドにモンスターが1体の時にしか使えないという発動条件から、1度完全に突破されれば途端に大損害に繋がる危険の高い力だった。
それは龍自身認識していたことだ。だからこそ龍はデュエリストスキルをまだ知らないルーキーに的を絞ることにした。しかしまさかこんな単純なミスから見破られることになるとは、思いも寄らなかった。
ああ……、と龍は空を仰いだ。
今までの闘いを見れば、この相手が敵に情けをかけることなどまずないだろう。また、確実に敵を仕留める術もなしにこんな話を語るわけもない。
終わりなのだ。
龍が敗北を覚悟したのを見て取り、遊緋は最後のピースを発動した。
「手札から装備魔法《アナライズ・マスク》を発動し、《フェネクス》に装備させます」
《フェネクス》の頭にフルフェイス型のヘルメットが装着される。
そのバイザー部分がピピピと何やら電子的な光を発して、赤いレーザーがまるで《ドラゴン・リー》の情報を読み取るように照射された。
「《アナライズ・マスク》は、対象のモンスターの特性を解析して、装備モンスターにそのモンスターの効果と同じ効果を付与します。これで《フェネクス》はアンタの《ドラゴン・リー》と同じ連続攻撃能力を得ました。バトル!」
《フェネクス》が再びその炎翼を広げる。
「《DNo.37―C・HERO フェネクス》で《ドラゴン・リー》を攻撃ッ!」
そして天高く舞い上がる。
炎翼から全身へと炎が広がり、その姿は正に不死鳥だ。生と死を司る炎の神鳥。神々しくも恐ろしいその輝きは、立ちはだかる敵に躊躇はしない。
そのまま重力に任せて急降下してくる。
標的は龍のフィールドの《ドラゴン・リー》だ。
フェネクス/攻2500×2○
↓
ドラゴン・リー/攻800×
もはや一羽の炎鳥と化した《フェネクス》が《ドラゴン・リー》に襲いかかった。
「“カイザー・フェニックス”!!」
格闘の達人であるはずの《ドラゴン・リー》もこれには為す術はない。
《フェネクス》が繰り出した炎の連撃によって一瞬にして焼き尽くされてしまった。
「ぐぅうううッ!だが、《ドラゴン・リー》の戦闘では俺にダメージはないッ!」
「戦闘ダメージは、ね!《フェネクス》のもう一つの効果発動!《フェネクス》が相手モンスターを戦闘で破壊した時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」
《ドラゴン・リー》が遮ることのできるダメージは戦闘ダメージのみ。モンスター効果によって発生する効果ダメージを防ぐことはできない。
《フェネクス》が葬った《ドラゴン・リー》の元々の攻撃力は3000。それがそのまま効果ダメージとして龍を襲えば、そのLPは一瞬で消し飛ぶ。
《フェネクス》が龍の眼前に迫る。
両手を合わせるようにして構えると、その間に炎が集積していく。
「く……くっ……」
じりじりと後退る龍。
その顔にはもはや恐怖以外の感情は映っていない。
だが遊緋に容赦はなかった。
「“ブレイズ・パニッシュメント”」
《フェネクス》が放った炎に、龍は為す術なく包まれた。
龍/LP1500→0
この瞬間、このデュエルに於ける遊緋の勝利が確定した。
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