ＶＳ神楽坂刹那 地影の場合⑤　作：はにわ

　
「ーーでは上級問題だぁ！
解答者のみんな、お手元の画面を見てくれぇ！」

クイズ大会も終盤。
あと１問答えれば優勝が確定というシャドー・ミストこと地影。
司会の言葉に従って解答席の液晶画面を見ると、そこに表示された画像はーー。

「こ、これは・・・フィールド？」

地影たち解答席の背後にある巨大なモニターにも、同じく表示されたのはデュエル・モンスターズを行う上では無くてはならない、デュエル・フィールド。
プレイヤーはここにカードを置いて、ゲームをプレイするわけだ。

「今からそのフィールドにカードが表示される！
手前のプレイヤーが解答者の諸君、そして奥のプレイヤーが相手側となる！」

「まさかーー」

「そう！
開始は自分のターンから！
その自分のターン内に相手のライフを０にしてくれぇ！」

「いわゆる、『詰めデュエル』ですかーー」

「そして解答者は、カードの召喚、各種カード効果の発動を『一手』と数えて、最短『何手』でまたフィニッシャーとなるカードを答えてくれ！」

地影が独り言を発しながら頷く。
ーーなんと上級問題は実際にフィールドとカードを用いたクイズ。
第１問は詰めデュエル。
与えられたライフやカードを条件として、その自分のターン内に勝利する、というものだ。
これを解く事でプレイングの向上が期待でき、アカデミアでも試験問題で出題されたりもする。


「ーーおいおい、詰めデュエルって、そんなの早押しで答えられんのか？」

観客席では透矢が辟易としたような表情で呟く。
彼は実際に手にカードを持って、そのターン内にどんなことをするか、すべきか、それを考えるのは好きだが、
紙や画面に描かれた状態を頭の中だけで整理して考えるのは苦手である。
だが頭の中だけで素早くカードをコントロールしたり、また相手の手を予測する、『読み』の力は大事な要素だ。

なお、このクイズでは相手のカード情報も表示される。
表示されず、あらゆる可能性を考え
る難解なタイプもあるが、今回はそのタイプではないようだ。


（ーー落ち着いて。
詰めデュエルなら得意なんだから。
学校の試験、ネットにアップされている詰めデュエル・・・超難解なものも私は解いてきたーー）

地影には自信があった。
プレイングの向上として、彼女が今まで解いてきた詰めデュエルは数千問は下らない。
簡単な問題なら見たと同時に解図が可能な程だ。

（もちろん、刹那さんも解図力は早いでしょうがーー絶対に先に解いてみせます！）

地影は刹那を横目で見ながら気合いを高める。
一方の刹那は変わらず済ました顔で、ディスプレイに視線を落としているだけだ。

「では第１問！
カードが表示されるぞぉ！」

いよいよ始まった第１問。
フィールド、そして手札のカード、彼我のライフが一瞬にして表示される。

地影の脳内にあるフィールドが、すぐに同じ状態を作り上げる。
全体のカードの把握、ライフ、それらを整理。
そしてその情報と、今まで解いてきた問題と照らし合わせて、応用できないかを考える。

ーーここまでに数秒。
これから地影の頭の中で凄まじい早さで解図処理が始まろうとしていたーー。

その矢先の出来事である。

解答ボタンを押した時の電子音が、地影のその処理を停止させた。

「え・・・っ？」

地影はまさか、という表情で隣を見る。
そこには既にボタンを押した刹那の姿。
他の解答者二人も同じく、刹那の行動の意味するところが分からない、という顔だ。

問題が表示されて数秒。
いくらなんでも解いたにしては早すぎる。

しかし現実に解答ボタンは押されている。
地影は押し間違いか、とすら思ってしまった。

「お、おおっとぉ！？
ま、まさかもう分かったのか？！
もし、そうならこれは超人的な早さだぁ！」

司会も一瞬戸惑ったようだ。
まさかこんなに早く分かるはずがない、と表情も言っている。
観客席の大半がカードの状態すら把握できていない中、刹那の解答ボタンに一瞬静まり返り、その答えを待つ。

「ーー答えは『１６手』。
フィニッシャーは『レッドアイズブラックメタルドラゴン』の直接攻撃です」

表情を変えず、解答した刹那。
静まり、固唾を呑む一同。
司会の額から汗が伝った。

「せ、せぇえかぁあい！
し、信じられないぞ、こりゃあ！
図面が表示されてから数秒しか経ってないぞぉおおっ？！」

司会が押さえ切れない驚きの念を言葉に表すように声を轟かせる。
瞬間、観客席から歓声が湧いた。

「そ、そんなーーっ？！」

地影は愕然とする。
有り得ない、と。
自分のカードだけでも十数枚あるこの詰めデュエルを、あんなに早く解けるものだろうか。

「ち、ちなみに神楽坂選手？
当てずっぽう、じゃないよね？」

司会が念のために、と刹那に訊く。

「あら、それなら初手から最終手まで言ってあげましょうか？
私は構いませんよ」

「い、いや、大丈夫。
ね、念のために聞いただけさぁ！
は、はははは！」

当てずっぽうか否か、その是非は刹那の自信に満ちた表情が全てを物語る。
刹那は本当に解いたのだ。
それもわずか数秒でーー。

刹那にポイント３が入り、これで地影とは４対２９。
刹那が地影の方を見て微笑む。

「で、では次の問題行くぞぉーーっ！」

ーー刹那の怒濤の反撃は開始された。



（ーーお、おい、これ、本当に新しく作った問題か？）

（ま、間違いありません。
今日のこのイベントのために、プロデュエリストの方々に依頼して、作っていただいた完全新規の問題です！）

上級５問目を終えて。
その全てを数秒で解答し、正解する刹那。
ひょっとしたら問題が知られているのでは、と司会が邪推して裏方とイヤホンマイクで確認するがそれはない。

だとするならばこの神楽坂刹那という人間は、見たと同時に詰めデュエルを解いているというのか。

「ーーつ、次の問題は難問だぞぉ？！
これから表示される問題は自分の手札が１枚だけ裏側で正体が隠されている。
このターン内に相手を仕留めるにはどのカードが必要か、選択肢の中から選んでくれぇい！」

更なる応用難問。
だがこれもカードが表示されてから約十秒。

「ーー答えは②の『執念の剣』。
手数は２１手、フィニッシャーは『モリンフェン』を『破壊指輪』で破壊ですね」

「せ、正解・・・」

司会の声のトーンが徐々に落ちていく。
観客席も言葉を失う。


「ーーう、嘘だろ・・・？」

「やっぱり刹那は化物だわ」

「か、会長さん、凄い・・・憧れるなぁ・・・」

観客席では炎魅子がまさかの展開に、タンクトップの肩紐が横にずれ落ちているのも忘れ、呆然としていた。
真希はただただ、脱帽。
千鶴は改めて会長・刹那に尊敬の眼差しを送っていた。


（ま、まさか、これほど、なんてーー）

地影は驚きを通り越し、あまりの自分との差に絶望すらしていた。
刹那の実力は自分が充分に知っているはずだった。
だがそれが『過小評価』だったということを思い知らされる。

同じ人間、努力を続けることを怠らなければいつかは勝てる、そんな気持ちが如何に甘い思い込みであったか。

刹那はやはり自分のような『凡庸』なデュエリストとは別格なのだ。

追っても追っても、追い付けない地平があるーーそれを地影は悟ったのである。


ーーやがて最終問題。
もちろんここまで全ての上級問題を解いた刹那。
ここでも解答ボタンを押したのはやはり刹那。

「必要な手札３枚は②、⑥、⑦の３枚。
手数は２９手。
フィニッシャーは『青眼の光龍』のダイレクトアタック。
ちなみに攻撃力は５７００」

「せ、せぇえかぁあい！
と、同時にこれで神楽坂選手の逆転優勝が決まったぁあああ！」

完璧に答えた刹那。
もちろん正解し、トータル３１対２９。
刹那はその思惑通りに、優勝を決めたのである。
観客席からは『会長』の声一色に染まり、その類いなき実力を称えた。


「ーー優勝おめでとうございます。
最後は見事な逆転でした」

「ありがとうございます」

司会がまた女性の進行役に代わり、解答者への軽いインタビューが始まる。
先ずは優勝の刹那からだ。

「詰めデュエル、凄い早さで解いていましたが、何かコツはあるんですか？」

「いえ・・・似たような問題を解いたことがありますので」

「なるほど。
普段から詰めデュエルはやってるんですか？」

「そうですねぇ・・・確か初めて解いたのが４歳の頃で、それから毎日１０問解くのを日課にしています」

「え、えーと・・・つまり、今まで何問解いたんでしょう？」

「うーん・・・単純計算で３万問くらい、かな？
あ、でも同じ問題を反復練習で何回か解いているので、実際はもっと少ないです」

「そ、そんなに？！
それは、自分の意思でーー？」

「デュエル・モンスターズが大好きなので。
少しでも強くなれる、と信じてやってきました」

デュエル・モンスターズが大好き、と話すときに満面の笑みで語った刹那。
今までに、万を数える詰めデュエルをこなしてきた刹那。
地影はここでも己との差を思い知らされた。

「つまり、強くなるには普段の積み重ねが大事だという事ですか？」

「努力は大事だと思います。
私、周りの皆から『天才』とか言われることがありますが、そんな事ありません。
私は私なりに努力をしてきた結果てあると信じています」

自分は天才なんかじゃない、と語る時の刹那。
詰めデュエルに加えて幾多の努力を積み重ねて作り上げた『自信』。
それは王者の風格となって滲み出ていた。

「ですから・・・才能が違う、とか自分を必要以上に貶めたりしないでほしい。
少なくとも今の私があるのは、才能なんかではありません。
ーーだから、今、ここに来ているアカデミアのみんな！
努力することを怠らないこと！
そうすればきっと結果は付いてきてくれるからーー！」

最後の言葉はここに来ている幾ばくかのアカデミアの生徒たちに向けられた。
その瞬間、再び『会長』コールと共に拍手が送られる。
同じくそれを聞いた透矢は感慨深そうに、穏やかな笑顔で刹那に視線を送っていた。

（ーー敵うわけ・・・ありませんね）

圧倒的敗北感を刻み付けられながらも、地影も最後は笑っていた。
刹那の実力を天性、才能と履き違えていた自分。
そんな事を思っている内は刹那には決して勝てない。
勝てないのは刹那のせいではなく、己のせいなのだ。
努力し続けることは間違いではなかった。
だが刹那に追い付くには今まで以上に努力が必要なようだ。

「わぁー、さすが生徒会長さん。
さすが、貫禄ある言葉でしたぁ。
ところで今回のクイズ、初級、中級は全く答えていませんでしたがーー」

「ふふ、それはわざと、です」

「わざと？」

「ほら、こういう優勝の仕方の方が、盛り上がるかなぁって？
うっふふ・・・」

それは本心なのかいなや。
刹那の冗談含みの言葉が最後に笑いを誘い、クイズ大会は幕を閉じるのだった。