会長 神楽坂刹那の陰謀　作：はにわ

　
「あら・・・どなたかしら」

刹那が扉の方を向く。
ノックの音に一同が気付き、すぐに動いたのはやはり地影。
彼女はこの生徒会において率先して動く人のようである。

そして扉を開いた先にいたのは。

「流石くん・・・？」

「失礼します！
神楽坂会長はいますか！」

「いますけど・・・何の御用ですか？」

「大事な用事なんです！」

「今、会議中です。
まずその内容を私に言ってください。
その内容によってーー」

「ーーいいわ、地影、入ってもらいなさい」

ーー流石凌斗。
一年の中でも一際、目立つ成績を残している話題の生徒。

通常、地影が用向きの内容を聞き、それを後に刹那に伝える、というのが普段の応対だが、
その客の姿を見た刹那が小さく笑いながら入室させるように地影に言う。
地影は一瞬考えるそぶりを見せたものの、すぐに刹那の意向通りに道を開けて、凌斗を部屋に入らせた。

どこか気合いを前面に出すような、強い踏み込みで入室した凌斗は、そのまま真っ直ぐ刹那のデスクの正面まで歩く。
刹那は水花に小さい声で何かを囁くと、少女は膝から下りてソファーへと戻っていった。
地影が扉を閉め、彼女も席に着いたところで刹那は凌斗と向き合う。

「ーーこんにちは、流石くん。
相変わらず調子はいいみたいね」

「会長にお願いがあって来ました！」

「あら、私にお願い？
いったいどんなお願いかしら？」

流石の活躍については刹那の耳にも届いている。
それを褒めたわけだが、その口調はどこかわざとらしい棒読み。
笑顔も彼女を知る者が見れば明らかにそれと分かる作り笑いである。

「２年の遊戦名とデュエルさせて下さい！」

かくして語られた凌斗の願い。
それを聞いた刹那はひゅう、と息を小さく吐く。

「・・・遊戦名くん、と言えば先月転入してきた？」

「はい！」

「転入当日に、君を負かしたあの？」

「ぐ・・・っ！」

わざとらしく笑いながら確かめてくる刹那に、凌斗の顔が歪む。
悔しい記憶を蘇らせたからか。

「いいねぇ、リベンジしたいってわけかい！流石」

「そうです！」

「そういう考え方は嫌いじゃないよ。
確かに負けたまんまじゃいらんないよね」

炎魅子が凌斗の背後に立ち、その意気を称えるように肩を叩く。

「あら、でもそれなら私にわざわざ打診を願うような事かしら？
個人的にデュエルを申し込んだらいいじゃない」

刹那が訊く。
すると凌斗は強く首を振った。

「明日の実技試験で・・・皆が見ている前で俺は奴と戦いたいんです」

「まぁ、『奴』だなんて。
仮にも先輩に対して、言葉を選びなさい」

「ーー先生に何度もお願いしたんですが、なしのつぶてで・・・！
このままじゃいつまで経っても雪辱を晴らせません！」

口の利き方を注意される凌斗だが、構わず自分の意思を伝えてくる。
すると刹那は背を椅子にあずけ、髪をいじりながら首を傾げる。

「まぁ、学年も違えば所属するクラスも違うわけだし。
あなたは栄光のオベリスク・ブルーで、彼はレッドですもの」

「ですから、会長のお力で、先生にーーっ！」

「なるほど・・・」

このアカデミアにおいて、生徒会長は強大な発言力を持つという。
それは教諭たちに様々な行事について、自らの意向を通すことが出来るほど。
すなわち刹那がこれをしたい、と口にすれば通すことは不可能ではない。
もっとも刹那はみだりにその『権力』を濫用するような人物ではないが。

「んー、困ったわ。
実技試験は生徒の成績を決める上では重要なウェイトを占めるのは君も知ってると思うの。
それを操作するのはいくら私でもね・・・」

実技試験とは一週間に一度、行われる生徒同士のデュエルである。
そのデュエルの勝敗はもちろん、戦略、デッキ構築の完成度など様々な点が評価され、成績に繋がる。
今、刹那が、そして先ほど炎魅子も言っていたが、通常の授業よりもこの実技試験の方が大事なのだ。

「お願いします！このままこの悔しさを晴らせないままでいるのは、この上ない苦しみなんです！」

「ふむ・・・」

凌斗の熱い思いに、首を傾げて冷静に考える刹那。
するとふと何かを思い付いたように笑う刹那。
身体を起こした刹那は凌斗を睨むように見据える。

「・・・いいでしょう。
あなたのその強い気持ちは私にも伝わりました。
私の力で何とか出来ないこともありません」

「会長！」

「ただし！」

自分の気持ちを汲んでくれそうな刹那に明るい表情を見せる凌斗。
だが、刹那は人差し指を立てて一際強い声を発した。

「私も無理を捩じ込むからには、君にもリスクを背負ってもらうわ」

「り、リスク・・・？」

「あなた、その勝負に絶対勝てるのね？」

「も、勿論です！
この間のデッキは言わば二軍！
今回は一軍のデッキで粉砕してやります！」

「もし負けたら・・・どうするの？」

「ま、負けたら・・・？」

「君、その首を賭けられる？」

「く、首を・・・」

「普通に考えても、ブルーの生徒がレッドに、それも同じ相手に二度続けて負けるなんて許されないわ。
あなたはオベリスク・ブルーという看板を背負って戦えるかしら？」

刹那の厳しい眼差しが凌斗を貫く。

もし負ければ、どうなるか。
下位クラスに格下げか、あるいはーー。
たとえどんな処分が待っていても、それを受け入れて戦えるか。
刹那は凌斗にそう問いかけていた。

これには凌斗も引きがちな姿勢で、すぐには答えを出せない。
しかしながらここで引いては名誉挽回の機を逸する。

熟慮の末、凌斗は決断した。

「わ、分かりました！
そのデュエルに、この首を賭けます！」

凌斗は刹那に迫る勢いで言い放った。
すると刹那はほくそ笑むような表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの澄ました表情に戻す。

「ーーいいでしょう。
明日の実技試験、君が遊戦名くんと戦えるよう取り計らいます」

「会長・・・ありがとうございます！」

「頑張って、汚名を払拭出来るよう努めなさい」

「はい。
会長の期待を裏切るようなことはしません」

「ではもう帰りなさい。
今日はもう遅いからね」

「はい！失礼します！」

凌斗は弾むような足取りで生徒会室を出ていく。
それを見送った一同。
まず炎魅子が刹那のデスクの前に立つ。

「刹那・・・何を企んでんだい？」

「あら、企むだなんて」

「嘘つかないの。
あんたがああいう笑い方したときは、必ず何か企んでるんだからね」

「うっふふ・・・。
私はただ彼の真の実力を知れればいいかな、って」

「彼、って流石かい？」

「何言ってるの、炎魅子。
遊戦名 透矢くんに決まってるじゃない」

まるで凌斗のことなど眼中にない、とでも言いたげだ。

「でも刹那、あんたあいつをあんなに煽っていたじゃないか」

「流石くんには全力で戦ってもらわなくては困るわ。
でないと遊戦名くんの力を知ることが出来ないしね」

「流石は遊戦名の力を知るための物差し、ってわけかい」

「うふふ・・・そんなつもりはないけど、ね」

刹那の狙いを見切った炎魅子は苦笑いを浮かべる。
すると今度は地影が刹那の前に立つ。

「仮に・・・遊戦名くんが勝ったらどうするんですか？」

「ま、デュエルの内容次第だけど・・・やるわよ、『生徒会大戦』を」

「ーー刹那さん？！」

「ちょいと、正気かい、刹那！」

「期間は迫っているわ。
何とかそれまでに、『逸材』の真足る価値を知る必要があるの」

「逸材、って・・・随分入れ込むじゃないか、刹那」

「くすくす、感じたのよ、彼から。
私のデッキを『解放』してくれる力の波動をね」

「波動・・・ねぇ」

まことしやかに語る刹那に、炎魅子は肩をすくめながら笑う。
すると地影は更に刹那に言葉を紡ぐ。

「ですが生徒会大戦、とは言っても遊戦名くんがそれを望まない限り、開催は出来ませんよ？」

「望むわよ」

「え？」

「くすくす・・・地影。
彼は必ず、私のところへ来る。
必ず、ね」

刹那の脳裏ではどんな計算がされ、どのような構想が立てられているのか。
学業成績においては右に出る者はいないという秀才、地影にもそれは予測できなかった。

「うふふ・・・退屈な日常でしたけど、ようやく楽しくなるかもーー、しれないわね」

席を立ち、背後の窓のカーテンを一気に開く。
沈みかけた夕日が、刹那の不敵な笑みを紅く照らしていた。