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第1話 波乱の決闘宣言③ 作:黒壱(クロイツ)
† † †
(ここまでか)
悟堂は内心で嘆息した。
先ほどまで見せていた彼女のプレイングは、学科試験の成績からすれば有り得ないほど高度なものである。だが何かが彼女を焦らせているのか、性急さを露にする戦い方が徐々に少女のアドバンテージを損なっている。
「どうやら、戦う気力を無くしたようだな。時間の無駄だ、サレンダーするが良い」
少女の目元には陰が落ち、表情は伺えない。
「……損なった決闘を自らの手で終わらせることも出来ず、ただ他者の手による幕引きを待つ。その上、諦めずに足掻くでもない。その態度、対戦相手のみならず決闘そのものを侮辱すると知れ!」
「…………」
叱責を浴びても少女は動かない。悟堂は諦めず、尚も冷厳とした声で詰る。
「そんなザマでは、貴様のデッキも多寡が知れているな。ハーピィなど所詮は時代遅れの雑魚ということに相違ない」
「っ」
ぴくりと肩が動く。
「弱いカードの使い手は弱い。当然の理だな」
最大の嘲りを込めて投げられた言葉に、少女はうつむいたまま口を開いた。
「……私のことは馬鹿にしても構いません。でも、このデッキを馬鹿にするのは、いくら先生でも許せません」
「君が弱いのは紛れも無い事実。弱者の反論はただの負け惜しみだ。抗弁したいのならば、強さを見せろ」
「……私のターン。ドロー」
少女はデッキからカードを引く。
だが、引いたカードを一瞥して、力なく少女は肩を落とした。唇は噛み締められ、余程残念なドローだったのだろうと感じられるほどだ。
「……通常ドローを行ったので、私の場にある《強欲なカケラ》の上に強欲カウンターを置きます」
少女の前に転がっていたカケラが浮き上がり、幾つかの破片が地面から現われて組み合わさる。半分ほど完成したところで再びそれは力を失い、地面に転がった。
少女の方はと言えば、そんなカケラには目もくれず、引いてきたカードをフィールドにセットする。
「モンスターをセットして、ターンエンド……」
「ふん」
落命を遅らせるためだけの、ただの壁。悟堂の胸中に失望が滲む。
ここまで言われて結果を残せないならば、所詮はその程度。
(ならば、引導を渡すことに最早躊躇は無い!)
「私のターン、ドロー。メインフェイズに入り、再び《パワーツール》の効果を起動」
選んだ3枚は、《団結の力》2枚と《D・D・R》1枚だ。その中から少女が選択したのは、《団結の力》である。
「終わりだな。《グリーン・ガジェット》を召喚し、効果で《レッド・ガジェット》をサーチ。そして《団結の力》をガジェットに装備する。モンスターが増えたことで、《パワーツール》も攻撃力が上昇する」
グリーン・ガジェット ATK:1400 → ATK:3800
パワー・ツール・ドラゴン ATK:3900 → ATK:4700
「その残ったリバースカードが飾りで無いなら、これを止めて見せろ! 《グリーン・ガジェット》でセットモンスターに攻撃! ――〈ガジェット・フィスト〉!」
腕部に新たなパーツを装備した緑色のロボットが、背中のバーニアをふかして天高く飛び上がる。巨大化した鉄拳を振りかざし、まさに今敵を打ち砕かんとする。しかし、少女は手元のリバースカードを操作する気配は無い。
最早これまで、と見るものすべてが思った瞬間、悟堂は息を呑んだ。セットされていたモンスターが表側表示となり、その正体が明らかとなったのだ。
「ぺ、《ペンギン・ソルジャー》……ッ!?」
壁となっていたのは非常に小さなペンギンである。しかしその勇敢に輝く瞳と、その手に持った氷のように鋭い剣が輝きを放つ。
『ウォオオ オオッ!』
『くわっ!』
振り下ろされた《ガジェット》の巨大化した拳と刃が衝突し、その周囲に氷の嵐が巻き起こる。
(あんな覇気に乏しい泣き顔をしておきながら、こんな逆転手を伏せていたとは……この小娘、見かけによらず何と強かな!)
手札を強く握り締める。自分の思考が誘導されていたということに、半ば慄然として少女を見た。
「……確かに私は弱いです。自分のカードたちが傷つくのを恐れてデュエルから逃げた私は、そんな謗りを受けても仕方がないと思います。でも私のデッキを、私のために戦ってくれる仲間たちを侮辱されて、黙っていられるほど大人でもないんです!」
きっ、と眦を吊り上げて少女が叫ぶ。それまでとは別人のような迫力に、悟堂は勝負の流れが変わったことを知った。急速に傾き始める勝敗の天秤が、長らく忘れていた興奮を呼び起こす。悟堂の顔に僅かな悔しさの滲む、しかし楽しそうな表情が浮かぶ。周囲の人間は、あの鬼教頭がそんな顔をしたことに驚愕して目を見開いた。
「《ペンギン・ソルジャー》のリバース効果、フィールド上に存在するモンスターを2体まで選択し、持ち主の手札に戻します。私は《パワーツール》と《グリーン・ガジェット》を選択。シンクロモンスターであるパワーツールの場合は手札ではなく、融合デッキに戻って頂きます! 〈極天嵐渦(アークティック・ブリザード)〉ッ!」
周囲に迸る氷の風が、ありとあらゆるものを凍らせていく。機竜すらその冷気に抗えず、力を失ってその場から消失した。
「融合デッキではない、エクストラデッキだ……!」
どこか苦笑の混じった顔で、悟堂はカードをフィールドから取り除く。《パワー・ツール・ドラゴン》には装備カードを墓地に送ることで破壊に対する耐性を得る能力があるが、バウンスに対してはまったくの無力なのだ。
ソリッドビジョンのペンギンが、「後は任せた」とでも言うように羽を上げた。サムズアップしているのかもしれないが、何しろその手は単なる羽なので真実は定かではない。だが粒子となって消え行くその姿は、紛れも無く雄々しい剣士のものだ。
「……攻撃できるモンスターがいなくなったな。ではバトルを終了し、メイン2に入る。私は先ほど手札に戻された《グリーン・ガジェット》と《レッド・ガジェット》を墓地に送り、再び墓地から《マシンナーズ・フォートレス》を特殊召喚する。蘇れ!」
眠りについていた巨体が、竜の魂を受け継いで再び唸りを上げる。激しいキャタピラ音と共に地上に躍り出た彼のカメラアイが、光を放った。
「一応忠告しておこう。《マシンナーズ・フォートレス》は、モンスター効果の対象になった時に君の手札を1枚破壊し、戦闘破壊された時には君のフィールドに存在するカードを1枚破壊するという効果を持っている」
「…………」
「超えられるものなら超えて見せろ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
(さて、どう出る)
悟堂は内心でにやりと笑む。伏せた罠は虎の子の《ミラーフォース》である。《フォートレス》はハーピィたちで単純に突破するにはかなりの難敵だ。除去するために手札を割けば、最強の攻撃反応型トラップが牙をむく。そしてフィールドには未だ《機械巨竜》が存在する。次のターンにはその呪いも解けて、攻撃に回ることができるだろう。
どんな手でこの布陣を破るのか。老いた身体に強い闘志を宿らせて、悟堂は少女を見つめる。
悟堂 LP:4000 手札:1枚 場:マシンナーズ・フォートレス、古代の機械巨竜、リバースカード×1
翼 LP:900 手札:1枚 場:ハーピィの狩場、リバースカード×1、強欲なカケラ
「スゴイ! ナカナカどうしてやりマスねあの受験生」
繰り広げられた攻防に、楓の隣の同級生は素直に賞賛の声を上げた。
だが相手の反応が無いことをいぶかしみ、振り向いて思わずのけぞる。
「素敵……」
頬を染めて、楓は熱っぽく呟く。その様子に同級生はただならぬものを感じて顔を引きつらせた。
「か、楓=サン。もしもーし?」
目の前で手を振っても無反応。魂がどこかに逝っているようだ。
渡されたターンを前にして、翼は僅か瞑目する。
「……このデッキは私の思い出。母から受け継ぎ、私が育てた私の分身です。つい最近までは手に取ることだって出来なかったけど、でも今は違う」
ぐっ、とデッキに置かれた指先に力が込められる。
「私は私の弱さを知っている。だからこそ、私は強くなってこのデッキに応えたい。私自身を認めたい! 母から託された仲間と、父から受け継いだデュエリストとしての勇気で! ――ここからは、私のターンです! ドロー!」
一瞬、その手を注視していた者たちは、彼女の引いたカードから閃光が走るのを目にしたような錯覚を覚えた。
「来た……、私の勝利!」
「何……?」
「まず、通常ドローをしたので、《カケラ》の上に二つ目のカウンターが乗り、壺が完成します」
少女の前に転がっていたカケラが再びふわりと浮き上がり、今度は全ての破片が集まり、壺の形を完成させた。
悪名高き禁止カード、《強欲な壺》の姿を。
「メインフェイズ、《カケラ》を墓地に送って効果発動! カードを2枚、ドローします!」
ぱしっ、少女の細腕が壺の取っ手を掴み、それを思いっきり地面に叩きつけた。甲高い破砕音と共に、その中から2枚のカードが飛び出した。
「そして、私は手札から装備魔法《ビッグバン・シュート》を発動!」
「え? あの娘の場にはモンスターは居まセンよ?」
不可思議なプレイングに首を傾げた同級生に、それまでじっと翼を見つめていた楓が口を開く。
「……いえ、違うわ!」
「私はこのカードを、先生の場の《マシンナーズ・フォートレス》に装備!」
「むっ!?」
試験官の《マシンナーズ・フォートレス》が、力を帯びる。まるで闘志に燃えているかのような激しい輝きは、ともすれば自らの身体を滅ぼしてしまいそうなほどだ。
「続いて私は手札を1枚捨て、永続罠を発動します。《ヒステリック・パーティ》!」
「そのカードは……!」
第1ターンからずっと伏せられていたカードが、満を持して公開される。激しい閃光と共に、翼の場に今まで墓地に送られてきた3体の《ハーピィ・レディ》たちが集結していく。
「このカードは自分の墓地の《ハーピィ・レディ》を、可能な限り復活させるカード。そしてこれにより《狩場》の効果誘発、私は、『私の場の』《ビッグバン・シュート》を破壊します!」
翼の装備魔法がはじけ飛ぶと同時に、試験官の場に存在した《マシンナーズ・フォートレス》が、内なる光に耐え切れなくなったかのように大爆発を起こした。
「くっ、《ビッグバン・シュート》は装備モンスターに貫通能力を与える代わり、装備が解除された際に装備モンスターをゲームから除外するデメリットがある。これを逆用するとはな……。しかし未だ私の場には最後の機竜が残っている。これを超えるにはまだ足りんぞ」
「まだです! 私はレベル4の《ハーピィ・レディ1》と《3》を……オーバーレイッ!」
「な、何だと!?」
フィールドの中央に渦巻く銀河を思わせる光の奔流が生まれ、2体のハーピィ・レディが光球へと姿を変えてその中に飛び込んだ。
「これが私の切り札です! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! ーー走れ稲妻、轟け雷鳴! 闇穿つ蒼き翼よここへ! エクシーズ召喚、疾風迅雷! 《電光千鳥》!」
光の渦が爆発し、激しい落雷と共にモンスターのシルエットが現れる。鋭い鳴き声を上げて滞空するその身体は蒼い稲妻で出来ており、翼を広げた姿は1羽の巨大な鳥のようでもある。
「エクシーズモンスター!? 何故受験生がそんなレアカードをッ!?」
「黙りなさい」
「コワイ!」
同級生を脅してから、楓は期待に満ちた目で雷を使役する少女を見つめた。
「《電光千鳥》……。勝てるわ、孔雀さん。貴女と、その子なら」
「エクシーズモンスター、だと……? 古いカードばかりと油断したか……ッ」
試験官の厳しい顔に、驚愕が滲む。
「《電光千鳥》の効果発動! このモンスターがエクシーズ召喚に成功した時、相手の場にセットされたカード1枚を、デッキの底に戻します!」
「ぬうっ」
フィールドにセットされた《ミラーフォース》が、暴風によって引き剥がされ、デッキに戻る。
「更にもう一つ、このカードのオーバーレイユニットを1つ取り除き、効果発動! 1ターンに1度、相手の場に表側表示で存在するカード1枚をデッキトップに戻します。対象は《機械巨竜》! 〈電光切火(ライトニングブロウ)〉!」
《千鳥》が羽ばたくと、稲妻が《巨竜》に向かって轟音と共に落ちる。機竜は全身の回路をショートさせ、錆び付いた唸り声を上げて消え去った。
「《機械巨竜》滅殺! これで貴方を守るものは何も無い! 《ハーピィ・クィーン》、プレイヤーにダイレクトアタック!」
「ぬぅっ!?」
ハーピィ・クィーン ATK:1900 → ATK:2100
悟堂 LP:4000 → LP:1900
「そして《電光千鳥》でアタック! 喰らいなさい、〈蒼天雷禍(ボルト・フロム・ザ・ブルー)〉!」
「ぐああああっ!?」
蒼い翼を広げた千鳥が空高く舞い上がり、一条の雷光となって急降下する。試験官のライフは、彼のフィールドごと雷光に吹き飛ばされた。
悟堂 LP:1900 → LP:0
ライフ0を示す電子音が響き渡り、周囲のソリッドビジョンが解除される。
「か、勝った……」
一瞬呆然とした翼は、思わず飛び上がって喜んだ。同時に観客席も沸き返る。
その様子に、試験官は肩をすくめた。
「試験は終了だ。結果発表まで大事無いようにしたまえ。……それから、孔雀翼君だったか」
「え……あ、はい」
「覚えておくぞ」
そう言い残して、試験官は控え室へと去っていった。たらり、額から汗が流れる。
「あれ……? もしかしなくても、これって大変?」
怖い人に目をつけられてしまった、と青くなる翼であった。
† † †
「――孔雀さん!」
会場から出た翼は、背後からの呼びかけに振り向いた。
「貴女はさっきの」
駆け寄ってきたのは、試験前に言葉を交わした上級生である。彼女は上気した顔で翼の手を取った。
「おめでとう、素晴らしいデュエルだったわ!」
「あ、ありがとうございます」
たおやかな指先に手を握られて、翼の脈が一気に早くなった。心臓の音が聞こえやしないかと不安になる。
「あの悟堂教頭を倒してしまうなんて、受験生の中では初めてのことだと思う。快挙よ!」
「た、ただのまぐれですよぅ……」
「まぐれで勝てるほど相手は甘く無いわ。試験官とは言っても、先生たちは基本的に負けるようなプレイングはしない。貴女が《ビッグバン・シュート》を引いてきたのは運かもしれないけれど、それを掴むための流れを引き寄せた《ペンギン・ソルジャー》の一手は貴方の実力よ。誇って良い」
「は、はいぃ」
耳まで熱くなる。こんなに正面切って褒められたことなど無い翼には、彼女の真っ直ぐな賛辞が面映ゆかった。
しかし恥ずかしがってばかりも居られない。大事なことを聞いていないのだ。
「あの、教えてほしいことがあるんですけど……」
「私に? 何かしら」
「ーーお、お名前を教えてください!」
上級生は一瞬きょとんとした後、ぺしっと平手で自分の頭を叩いた。
「これは失礼しちゃったわね。名乗らなくてもみんな私の顔を知っているものだから、つい礼儀を忘れていたわ」
「いえ、私も不躾だと思ったんですけど、良くしてくれた人の名前を知らないままになっちゃうのはヤダなって……」
翼は頬を染めながら恐縮する。
「ふふ。……では改めて。私は楓。響楓(ひびき・かえで)よ。貴女が入学した時には三年生になるわね」
「響? あの元世界チャンピオンの響紅葉(ひびき・こうよう)とは関係が……?」
「ああ、あれは父よ」
「ええええぇ!?」
驚いてマジマジと彼女の顔を見てしまう。映像で見た響紅葉は長身で美形の青年だったが、確かに楓にはその面影があるような気がする。
楓は制服の裾をひらりとアピールした。赤い制服を着こなした彼女に、チャンピオン時代の英雄(ヒーロー)の姿を幻視する。
「一応、オシリスレッド寮の寮長をしているわ。この通り、父や『あの』遊城十代と同じく赤を背負うものとして、血と名に恥じない強さを求めて日々精進しているつもり。ま、よろしくね」
「は……はい!」
再び握手を交わす。
憧れの気持ちはますます大きくなっていた。強く、気高く、美しい。母から教わったデュエリストとしての目標が、まさしく彼女のような人なのだ。
† † †
翼が合格通知を受け取ったのはその一週間後。通知には配属はオシリスレッドと書かれていた。
(あの人に、また会える)
自然と、彼女とのデュエルに想いを馳せていた。
強くなりたい。デュエリストとして、人として、一人の女性として。
翼の波乱に満ちた高校生活が、ここから始まるのだった。
【……To Be Continued?】
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ビックバン・シュートを相手にくっつけて能動破壊という機転の利いたプレイいいですね!
楓さんと翼ちゃんの関係もこの先どうなっていくかも楽しみなのです(`・ω・´)
懐かしいカードと新しいカードの競演も面白かったのです! (2016-05-04 00:50)
こう、現実だとありふれた戦術が遊戯王世界だとどう評価されてるのか、気になるところがありますね(苦笑)
キャラの使うデッキはそのうちアップデートしたいんですが、どんなイベントがあれば良いのでしょう……。 (2016-05-04 11:29)
返信が遅くなってすいません!
カテゴリ全体をアップデートするので中々難しいですが、ご意見嬉しいです。参考にしますね! (2016-05-27 19:15)
昔ながらの方法でフォートレスを除去するなら、とこんな感じに。装備魔法を多用するのは舞さんっぽくて良いので気に入ってます。普通に強いですしね。
でもやっぱりファルコンのお供が一番安定です(笑) (2016-06-19 18:08)