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第9話 囚われお姫様 作:イベリコ豚丼
「これで終わりだ!ダイアナレッジで、綾崎さんにダイレクトアタック!!」
「きゃあぁぁぁ!!」
SOUSUKE LP 300
―――VS―――
LP 0 KAEDE
『WIN! SOUSUKE TADANO』
「や、やった…!初めて勝てた…!」
身体から力が抜けて、その場に座り込む。
あれから一週間。今では学校の帰りに綾崎さんの家に寄ってデュエルをするのが僕の日課になっていた。
「も、もう一回よ!私が多田野に負けるなんて偶然に決まってるわ!」
「いやもう今日は休ませてよ…。もうこれで12連戦だよ?」
ちなみに総合成績は1勝76敗で僕のボロ負けである。
「ちょっとあんた勝ち逃げする気!?そんなこと絶対させないわよ!!」
「ほんとに無理だってば!今のでもう緊張の糸が切れちゃって何も考えられないんだよ……」
そう言ってドアの方に後退りする。
「あ、こら逃げるな!待ちなさ………あ」
「え?」
綾崎さんの腕からすっぽ抜けたデュエルディスクが宙を舞い、こちらへと飛んで来て………
「ぐぇっ!!」
僕の眉間に綺麗に命中した。
「いったあぁぁぁ!!!」
頭蓋骨に激痛が走る。
痛い。
とてつもなく痛い。
頭に痛いという情報以外入ってこないぐらい痛い。
そして僕をそんな目に合わせた綾崎さんはというと、
「ちょ……!『ぐぇっ!』って何よ『ぐぇっ!』って…!初めて聞いたわそんな叫び声…!!」
腹を抱えて思いっ切り笑っていた。
「いや綾崎さんのせいじゃないか!」
「ゴメンゴメン!でもまさかあんな奇跡が起こるとは全然思ってなくて………ぷっ!あははは!!思い出したらまた笑えてきちゃった!」
いやいや、こっちがこんなに痛い思いをしているのに何を笑っているのだこの人は。せめて大丈夫の一言くらい………うん?笑って?
「あ………。綾崎さん、初めて僕の前で笑ったね」
「………!!」
その言葉に、綾崎さんの顔が強張る。
「……見世物じゃないんだから、そんなじろじろ見ないでよね。嫌いなのよ、自分の笑顔。普段無愛想な人間の笑う顔なんて、不自然ったらありゃしない」
「そう?僕は好きだけどな、綾崎さんの笑顔」
「……冗談はやめて頂戴」
「冗談じゃないよ。本当に素敵だって思ったんだ。綾崎さんもこんな顔するんだな、って」
「………。」
……あれ?今の何だか告白したみたいになってないか?
これは………やってしまった。
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
気まずい空気が部屋中を覆う。
「………あ。あんたおでこから血が出てるわよ」
先に沈黙を破ったのは綾崎さんだった。
「え?どこ!?」
慌てて自分の額を探る。
「ほら動かないで。拭いてあげるわ」
綾崎さんがハンカチを持ってこちらに寄って来た。
「い、いいよこれぐらい!自分でできるって!」
あの空気の後でそんなことをされたら変に意識してしまう。
「遠慮してんじゃないの。私がやったことなんだから私にやらせなさい」
「だからいいってば!」
「うるさい!いいから私に…きゃ!」
「うわっ!」
僕の足に絡まって派手に転んだ。
ドンッ!
「いったたた………。あっ………!」
「………!」
すぐ目の前に、綾崎さんの綺麗な顔がある。赤みがかった長い髪が頬に触れ、彼女の吐息を顔に感じる。体勢としては、僕が組み伏せられている形である。
「……ちょ、ちょっと……。早く…どきなさいよ……」
「う……うん………」
「………。」
「………。」
再び沈黙が流れる。僕だって思春期の男子だ。この状況が続くのは大変マズイ。そろそろ…理性が……!
「お嬢様、間もなく19時で……」
「「あ」」
「………失礼しました」
東雲さんが何かを察した様に部屋を出て行こうとする。
「わーーー!!待った待った!!」
「何か勘違いしてますよ東雲さん!!」
「いえ、私のことは気にせずゆっくりどうぞ。氷上様には予定を遅らせていただく様にお願いしておきます」
「「だから違うって!!」」
―――その後、事情を説明して何とか納得してもらった。
「だから別に何とも無いのよ……」
「ふむ、そうでしたか。………やっとひそかに蒔いていた種が芽を出したと思ったのですが」
「「え?」」
「……おっと」
いかにも口が滑ってしまったという風な感じで、東雲さんは口を抑える。
「ひ、ひそかに蒔いていたって何の事ですか?」
「さー、なんのことですかねー」
ものすごい棒読みだ。
「それは流石に無理ありまくりよ……。言いなさい。貴方裏で何をしていたの?」
「…私はただ主の言外の意図を察して言葉を伝えただけでございます」
それってまさか……
「オーケー、分かったわ。嫌な予感しかしないけれど………。東雲さん、今から私が言うことをその『主の意図を察する』方法とやらで復唱してちょうだい」
「承知致しました」
「『今日の反省点も踏まえて色々試したいこともあるから、明日また来てね』。はい」
「『あんた、明日も来るの?ふ、ふーん。そう……。な、何よ。別に明日も会えて嬉しいとかあんたとデュエルできて楽しいとかそんなことは全然ないんだからね!!』」
「どんな解釈だーーー!!!」
相変わらず声真似はそっくりだった。
「え、何、ちょっと待って。今までのも全部こんな風に伝わってたってこと!?」
「う、うん。何がとは言わないけど、ものすごくテンプレだったよ」
「何してくれてんのよ東雲さん!これじゃまるで私がこいつに気があるみたいじゃない!別に何とも思ってないのに!微塵もそんな感情抱いてないのに!!」
言い方を変えて2度言われた。
さすがにそれは傷付くよ……。
「安心して下さい多田野様。今のは『べ、別にあんたのことなんか好きでもなんでもないんだからねっ!!』でございます」
「違ーーーう!!!」
「ふふふ、照れなくてもよろしいのですよお嬢様」
「照れてなんかない!!もーーっ!講義始まるから出てって!!」
顔を真っ赤にした綾崎さんに、二人まとめて部屋の外に追い出されてしまった。
「何でそんなことしたんですか東雲さん……」
「いえ、お嬢様が異性の方にあんな顔を見せたのは初めてでしたので、もしかして恋かなと。これは側近として応援しなければならないなと考えまして」
「無茶苦茶ですね……」
と、向こうから一人の男が歩いて来た。
「御足労ありがとうございます氷上様。本日もよろしくお願いいたします」
「………。」
東雲さんに軽く会釈をした後、僕の方を一瞥する。
「………こんばんは氷上先生」
「………。」
………無視された。
あの日から時間の都合上たまに会うこともあるが、僕と鶴岐さんは完全に嫌われているようだ………。
―――
「くそっ!どうして私がこんな思いをしなければならないんだ!!」
娘の講義の後、屋敷の廊下を歩きながら今日のことを思い返す。
あの小僧に会う度にあの時のことを思い出す。忌ま忌ましいあの使用人とのデュエルを。
「あいつだけは絶対に許さん…!!」
奴のせいで私の信用はがた落ちだ。綾崎の娘が小僧とデュエルしているのも憎い。何故私がこんな思いをしてあいつらがあんな楽しそうな顔をしているんだ…!どうにかしてあいつらに復讐できる方法は無いだろうか………。
いつもの様にそんな事を考えていると、少しドアの開いた部屋から使用人達の会話が聞こえてきた。
「今日旦那様が出張からお帰りになるそうよ」
「えぇー、ほんとに?私やだなー…。だって旦那様、私達使用人に厳し過ぎだもん」
「それにお嬢様にもね。今のお嬢様に表情が乏しいのは絶対あの人のせいよ」
「そういえば、最近お嬢様、ちょっと変わったと思わない?」
「あ、それ私も思ってた!あの多田野君って男の子がここに来るようになってからよね?」
「え!それお嬢様があの男の子に恋してるってことなんじゃない!?」
「金持ちのお姫様を悪い王様から助けに来た王子様かー!いいなー、私もそんな恋してみたーい!」
誰がさせるか!!
そんな展開、私の全身全霊を賭けて阻止してやる!
(……ん?待てよ……。)
悪い王様か………。
これは良い事を思い付いた。
「いやはや、お久しぶりですなぁ氷上さん!」
「はい!綾崎さんもお元気そうで何よりです!」
「はっはっは!私も綾崎家を背負って立っている身ですからな。健康だけは気を付けていますよ!」
綾崎 黒松。
アヤサキカンパニーの現社長で、その並外れた才覚で様々な事業を成し遂げて来た名君だ。そして、あの娘の実の父親でもある。
「まずはワインでも開けようじゃありませんか!おい東雲!20年物のロマネコンティがあっただろう!あれを持って来い!!」
「承知致しました」
「20年物ですか…。そんなものをいただいてよろしいのですか?」
「あー、気にしないで下さい!たかだか二百万程度の代物ですよ!」
そんな高価なものをあっさり開けるとは……。
金持ちの感性は理解できんな。
「それでは乾杯といきましょうか」
「はい。いただきます」
さすが二百万だ。味の深みが全然違う。
「して、どうですかなうちの楓は?」
………来た。
「それはもう大変優秀ですよ。さすが綾崎さんのご息女というところです」
「そうですかそうですか!楓は私の後を継いでもらわねばなりませんからなぁ。せめて私を越えるくらいにはなってもらわんと」
「はい、彼女ならすぐにでもそのレベルに達するでしょう。今までなら、ね」
「ほぅ……。と、言いますと?」
「実は最近ですね……」
―――
部屋の窓を開けると、穏やかな風が顔を撫でる。どうやら今日は満月のようだ。
「もうこんな時間か…」
部屋の掛け時計を見ると、針は11時を指していた。すぐにまた明日がやって来る。そして………
「またあいつとデュエルできる…!」
あの場では完全否定したが、多田野とのデュエルが楽しくないというのは嘘だ。同世代とのデュエルがこんなに楽しみなったのは初めてのことである。
「はっ……!でもほんとに好きとかそんなのは全然…!!」
…いったい誰に言い訳しているんだ私は。
夜風に当たり過ぎるのは体に良くないと言うし、そろそろ寝ることにしよう。そう思って窓を閉じようとすると、
(楓ーー!楓はどこだーーー!!)
(落ち着いて下さい旦那様!!)
(五月蝿い黙れ!使用人ごときが我が家の教育に口を出すな!!)
(ですが…!!)
バタン!!
「楓ぇぇぇ!!」
「お、お父様……!そんな恐ろしい剣幕で、いったいどうなされたんですか……!?」
「楓!氷上さんから聞いたぞ!貴様最近腑抜けておるらしいな!!」
「………っ!そ、それは……」
「言い訳は聞かん!!いいか!?お前はいずれデュエル界を率いて行く人間だ!頂点に立つ者のデュエルは常に感情の入る隙間も無い程圧倒的でなければならん!楽しいデュエル等下々の民にやらせておけ!!よいな!?」
「………はい」
「では二度とその多田野とかいう小僧に会うことを許さん。そしてそいつを連れて来た新しいバイトも即刻クビにしろ!!」
多田野と会えない…!?
「ま、待ってくださいお父様!彼のデュエルにはまだまだ学ぶべきところがあります!だからそれだけは…!!」
嫌だ!
窮屈な生活のたった一つのオアシスなのに、これを奪われたら私は…!!
「そんなものはそいつからでなくとも学べるわ!知りたい知識があるのならば氷上さんに聞け!!」
「お待ち下さい旦那様!多田野様とデュエルするようになってから、お嬢様は大変活き活きとしてらっしゃいます!それに応じてお嬢様のデュエルの腕も……!」
「えーい黙れ黙れ黙れ黙れ!!これは私が決めた我が綾崎家の新たなルールだ!それに口を出すというのなら東雲!貴様もクビだ!!」
「なっ…!!」
「もうこの話はここで終わりだ!楓!目に見える結果を出すまでお前は二度とこの部屋から出さず、誰とも関わらせん!!」
「いや、やめて…!そんな…!!」
ガゴォォン!!
勉強部屋の扉が閉じられ、外から鍵が掛けられたのが分かった―――。
「何で…、何でよ…!何で私は全部失わなきゃならないのよ…!!」
自由も、友人も、デュエルに全てを奪われた。私はそんなデュエルが大嫌いだった。それでも、そのデュエルの為に何もかも捧げて、そしてその中でやっと見付けた楽しささえもデュエルは奪って行った。
「私は…、私の人生はお父様の道具じゃない…!どうして私の好きにさせてくれないの…!?」
こんなことを言ったって無駄なのは分かっている。私が綾崎楓である限り、私の意見が聞き入れられることは無い。これまでも、そしてこれからも。
でも今回だけは………!!
「―――だったら、全部壊しちゃえばいいんじゃないかな?」
「!?」
煌々と輝く満月を背に、開けっ放しだった窓に誰かが立っている。
「君を縛るお父さんも、君から全て奪ったデュエルも。そして、ずっとそれに従ってきた君自身もね」
「だ、誰よあんた…」
「僕の事は魔法使いとでも呼んでくれればいいよ」
何を訳の分からないことをいっているんだこいつは?
「すぐにそこから離れなさい。さもないと警備の人間を呼ぶわよ」
「君をこの部屋に閉じ込める為のかい?」
「!!」
背後から声が掛かる。
いつの間に…!?
『自由を縛り付ける鎖なら、全部引きちぎっちゃえばいいのさ。壊して、壊して、たった独りになれば誰も君を閉じ込めたりしない』
独りに……
『それを邪魔する奴は全部捩伏せてやれ。力は僕が貸してやる』
そう言ってその人が差し出したカードは、真っ黒に染まっていた。
見たことも無い怪しいカードだが、私は引き寄せられるようにそのカードを―――その漆黒のカードを、受け取った。
「あ、あぁ…、あぁぁ……!」
『さぁ目覚めさせろ、君の中の闇を。そして世界を終焉に導くんだ―――』
「アぁ阿aァ窪あ吾ぁぁぁ!!!」
一人になった部屋で、いったい今の私は何を思っているのだろう?
「きゃあぁぁぁ!!」
SOUSUKE LP 300
―――VS―――
LP 0 KAEDE
『WIN! SOUSUKE TADANO』
「や、やった…!初めて勝てた…!」
身体から力が抜けて、その場に座り込む。
あれから一週間。今では学校の帰りに綾崎さんの家に寄ってデュエルをするのが僕の日課になっていた。
「も、もう一回よ!私が多田野に負けるなんて偶然に決まってるわ!」
「いやもう今日は休ませてよ…。もうこれで12連戦だよ?」
ちなみに総合成績は1勝76敗で僕のボロ負けである。
「ちょっとあんた勝ち逃げする気!?そんなこと絶対させないわよ!!」
「ほんとに無理だってば!今のでもう緊張の糸が切れちゃって何も考えられないんだよ……」
そう言ってドアの方に後退りする。
「あ、こら逃げるな!待ちなさ………あ」
「え?」
綾崎さんの腕からすっぽ抜けたデュエルディスクが宙を舞い、こちらへと飛んで来て………
「ぐぇっ!!」
僕の眉間に綺麗に命中した。
「いったあぁぁぁ!!!」
頭蓋骨に激痛が走る。
痛い。
とてつもなく痛い。
頭に痛いという情報以外入ってこないぐらい痛い。
そして僕をそんな目に合わせた綾崎さんはというと、
「ちょ……!『ぐぇっ!』って何よ『ぐぇっ!』って…!初めて聞いたわそんな叫び声…!!」
腹を抱えて思いっ切り笑っていた。
「いや綾崎さんのせいじゃないか!」
「ゴメンゴメン!でもまさかあんな奇跡が起こるとは全然思ってなくて………ぷっ!あははは!!思い出したらまた笑えてきちゃった!」
いやいや、こっちがこんなに痛い思いをしているのに何を笑っているのだこの人は。せめて大丈夫の一言くらい………うん?笑って?
「あ………。綾崎さん、初めて僕の前で笑ったね」
「………!!」
その言葉に、綾崎さんの顔が強張る。
「……見世物じゃないんだから、そんなじろじろ見ないでよね。嫌いなのよ、自分の笑顔。普段無愛想な人間の笑う顔なんて、不自然ったらありゃしない」
「そう?僕は好きだけどな、綾崎さんの笑顔」
「……冗談はやめて頂戴」
「冗談じゃないよ。本当に素敵だって思ったんだ。綾崎さんもこんな顔するんだな、って」
「………。」
……あれ?今の何だか告白したみたいになってないか?
これは………やってしまった。
「………。」
「………。」
「………。」
「………。」
気まずい空気が部屋中を覆う。
「………あ。あんたおでこから血が出てるわよ」
先に沈黙を破ったのは綾崎さんだった。
「え?どこ!?」
慌てて自分の額を探る。
「ほら動かないで。拭いてあげるわ」
綾崎さんがハンカチを持ってこちらに寄って来た。
「い、いいよこれぐらい!自分でできるって!」
あの空気の後でそんなことをされたら変に意識してしまう。
「遠慮してんじゃないの。私がやったことなんだから私にやらせなさい」
「だからいいってば!」
「うるさい!いいから私に…きゃ!」
「うわっ!」
僕の足に絡まって派手に転んだ。
ドンッ!
「いったたた………。あっ………!」
「………!」
すぐ目の前に、綾崎さんの綺麗な顔がある。赤みがかった長い髪が頬に触れ、彼女の吐息を顔に感じる。体勢としては、僕が組み伏せられている形である。
「……ちょ、ちょっと……。早く…どきなさいよ……」
「う……うん………」
「………。」
「………。」
再び沈黙が流れる。僕だって思春期の男子だ。この状況が続くのは大変マズイ。そろそろ…理性が……!
「お嬢様、間もなく19時で……」
「「あ」」
「………失礼しました」
東雲さんが何かを察した様に部屋を出て行こうとする。
「わーーー!!待った待った!!」
「何か勘違いしてますよ東雲さん!!」
「いえ、私のことは気にせずゆっくりどうぞ。氷上様には予定を遅らせていただく様にお願いしておきます」
「「だから違うって!!」」
―――その後、事情を説明して何とか納得してもらった。
「だから別に何とも無いのよ……」
「ふむ、そうでしたか。………やっとひそかに蒔いていた種が芽を出したと思ったのですが」
「「え?」」
「……おっと」
いかにも口が滑ってしまったという風な感じで、東雲さんは口を抑える。
「ひ、ひそかに蒔いていたって何の事ですか?」
「さー、なんのことですかねー」
ものすごい棒読みだ。
「それは流石に無理ありまくりよ……。言いなさい。貴方裏で何をしていたの?」
「…私はただ主の言外の意図を察して言葉を伝えただけでございます」
それってまさか……
「オーケー、分かったわ。嫌な予感しかしないけれど………。東雲さん、今から私が言うことをその『主の意図を察する』方法とやらで復唱してちょうだい」
「承知致しました」
「『今日の反省点も踏まえて色々試したいこともあるから、明日また来てね』。はい」
「『あんた、明日も来るの?ふ、ふーん。そう……。な、何よ。別に明日も会えて嬉しいとかあんたとデュエルできて楽しいとかそんなことは全然ないんだからね!!』」
「どんな解釈だーーー!!!」
相変わらず声真似はそっくりだった。
「え、何、ちょっと待って。今までのも全部こんな風に伝わってたってこと!?」
「う、うん。何がとは言わないけど、ものすごくテンプレだったよ」
「何してくれてんのよ東雲さん!これじゃまるで私がこいつに気があるみたいじゃない!別に何とも思ってないのに!微塵もそんな感情抱いてないのに!!」
言い方を変えて2度言われた。
さすがにそれは傷付くよ……。
「安心して下さい多田野様。今のは『べ、別にあんたのことなんか好きでもなんでもないんだからねっ!!』でございます」
「違ーーーう!!!」
「ふふふ、照れなくてもよろしいのですよお嬢様」
「照れてなんかない!!もーーっ!講義始まるから出てって!!」
顔を真っ赤にした綾崎さんに、二人まとめて部屋の外に追い出されてしまった。
「何でそんなことしたんですか東雲さん……」
「いえ、お嬢様が異性の方にあんな顔を見せたのは初めてでしたので、もしかして恋かなと。これは側近として応援しなければならないなと考えまして」
「無茶苦茶ですね……」
と、向こうから一人の男が歩いて来た。
「御足労ありがとうございます氷上様。本日もよろしくお願いいたします」
「………。」
東雲さんに軽く会釈をした後、僕の方を一瞥する。
「………こんばんは氷上先生」
「………。」
………無視された。
あの日から時間の都合上たまに会うこともあるが、僕と鶴岐さんは完全に嫌われているようだ………。
―――
「くそっ!どうして私がこんな思いをしなければならないんだ!!」
娘の講義の後、屋敷の廊下を歩きながら今日のことを思い返す。
あの小僧に会う度にあの時のことを思い出す。忌ま忌ましいあの使用人とのデュエルを。
「あいつだけは絶対に許さん…!!」
奴のせいで私の信用はがた落ちだ。綾崎の娘が小僧とデュエルしているのも憎い。何故私がこんな思いをしてあいつらがあんな楽しそうな顔をしているんだ…!どうにかしてあいつらに復讐できる方法は無いだろうか………。
いつもの様にそんな事を考えていると、少しドアの開いた部屋から使用人達の会話が聞こえてきた。
「今日旦那様が出張からお帰りになるそうよ」
「えぇー、ほんとに?私やだなー…。だって旦那様、私達使用人に厳し過ぎだもん」
「それにお嬢様にもね。今のお嬢様に表情が乏しいのは絶対あの人のせいよ」
「そういえば、最近お嬢様、ちょっと変わったと思わない?」
「あ、それ私も思ってた!あの多田野君って男の子がここに来るようになってからよね?」
「え!それお嬢様があの男の子に恋してるってことなんじゃない!?」
「金持ちのお姫様を悪い王様から助けに来た王子様かー!いいなー、私もそんな恋してみたーい!」
誰がさせるか!!
そんな展開、私の全身全霊を賭けて阻止してやる!
(……ん?待てよ……。)
悪い王様か………。
これは良い事を思い付いた。
「いやはや、お久しぶりですなぁ氷上さん!」
「はい!綾崎さんもお元気そうで何よりです!」
「はっはっは!私も綾崎家を背負って立っている身ですからな。健康だけは気を付けていますよ!」
綾崎 黒松。
アヤサキカンパニーの現社長で、その並外れた才覚で様々な事業を成し遂げて来た名君だ。そして、あの娘の実の父親でもある。
「まずはワインでも開けようじゃありませんか!おい東雲!20年物のロマネコンティがあっただろう!あれを持って来い!!」
「承知致しました」
「20年物ですか…。そんなものをいただいてよろしいのですか?」
「あー、気にしないで下さい!たかだか二百万程度の代物ですよ!」
そんな高価なものをあっさり開けるとは……。
金持ちの感性は理解できんな。
「それでは乾杯といきましょうか」
「はい。いただきます」
さすが二百万だ。味の深みが全然違う。
「して、どうですかなうちの楓は?」
………来た。
「それはもう大変優秀ですよ。さすが綾崎さんのご息女というところです」
「そうですかそうですか!楓は私の後を継いでもらわねばなりませんからなぁ。せめて私を越えるくらいにはなってもらわんと」
「はい、彼女ならすぐにでもそのレベルに達するでしょう。今までなら、ね」
「ほぅ……。と、言いますと?」
「実は最近ですね……」
―――
部屋の窓を開けると、穏やかな風が顔を撫でる。どうやら今日は満月のようだ。
「もうこんな時間か…」
部屋の掛け時計を見ると、針は11時を指していた。すぐにまた明日がやって来る。そして………
「またあいつとデュエルできる…!」
あの場では完全否定したが、多田野とのデュエルが楽しくないというのは嘘だ。同世代とのデュエルがこんなに楽しみなったのは初めてのことである。
「はっ……!でもほんとに好きとかそんなのは全然…!!」
…いったい誰に言い訳しているんだ私は。
夜風に当たり過ぎるのは体に良くないと言うし、そろそろ寝ることにしよう。そう思って窓を閉じようとすると、
(楓ーー!楓はどこだーーー!!)
(落ち着いて下さい旦那様!!)
(五月蝿い黙れ!使用人ごときが我が家の教育に口を出すな!!)
(ですが…!!)
バタン!!
「楓ぇぇぇ!!」
「お、お父様……!そんな恐ろしい剣幕で、いったいどうなされたんですか……!?」
「楓!氷上さんから聞いたぞ!貴様最近腑抜けておるらしいな!!」
「………っ!そ、それは……」
「言い訳は聞かん!!いいか!?お前はいずれデュエル界を率いて行く人間だ!頂点に立つ者のデュエルは常に感情の入る隙間も無い程圧倒的でなければならん!楽しいデュエル等下々の民にやらせておけ!!よいな!?」
「………はい」
「では二度とその多田野とかいう小僧に会うことを許さん。そしてそいつを連れて来た新しいバイトも即刻クビにしろ!!」
多田野と会えない…!?
「ま、待ってくださいお父様!彼のデュエルにはまだまだ学ぶべきところがあります!だからそれだけは…!!」
嫌だ!
窮屈な生活のたった一つのオアシスなのに、これを奪われたら私は…!!
「そんなものはそいつからでなくとも学べるわ!知りたい知識があるのならば氷上さんに聞け!!」
「お待ち下さい旦那様!多田野様とデュエルするようになってから、お嬢様は大変活き活きとしてらっしゃいます!それに応じてお嬢様のデュエルの腕も……!」
「えーい黙れ黙れ黙れ黙れ!!これは私が決めた我が綾崎家の新たなルールだ!それに口を出すというのなら東雲!貴様もクビだ!!」
「なっ…!!」
「もうこの話はここで終わりだ!楓!目に見える結果を出すまでお前は二度とこの部屋から出さず、誰とも関わらせん!!」
「いや、やめて…!そんな…!!」
ガゴォォン!!
勉強部屋の扉が閉じられ、外から鍵が掛けられたのが分かった―――。
「何で…、何でよ…!何で私は全部失わなきゃならないのよ…!!」
自由も、友人も、デュエルに全てを奪われた。私はそんなデュエルが大嫌いだった。それでも、そのデュエルの為に何もかも捧げて、そしてその中でやっと見付けた楽しささえもデュエルは奪って行った。
「私は…、私の人生はお父様の道具じゃない…!どうして私の好きにさせてくれないの…!?」
こんなことを言ったって無駄なのは分かっている。私が綾崎楓である限り、私の意見が聞き入れられることは無い。これまでも、そしてこれからも。
でも今回だけは………!!
「―――だったら、全部壊しちゃえばいいんじゃないかな?」
「!?」
煌々と輝く満月を背に、開けっ放しだった窓に誰かが立っている。
「君を縛るお父さんも、君から全て奪ったデュエルも。そして、ずっとそれに従ってきた君自身もね」
「だ、誰よあんた…」
「僕の事は魔法使いとでも呼んでくれればいいよ」
何を訳の分からないことをいっているんだこいつは?
「すぐにそこから離れなさい。さもないと警備の人間を呼ぶわよ」
「君をこの部屋に閉じ込める為のかい?」
「!!」
背後から声が掛かる。
いつの間に…!?
『自由を縛り付ける鎖なら、全部引きちぎっちゃえばいいのさ。壊して、壊して、たった独りになれば誰も君を閉じ込めたりしない』
独りに……
『それを邪魔する奴は全部捩伏せてやれ。力は僕が貸してやる』
そう言ってその人が差し出したカードは、真っ黒に染まっていた。
見たことも無い怪しいカードだが、私は引き寄せられるようにそのカードを―――その漆黒のカードを、受け取った。
「あ、あぁ…、あぁぁ……!」
『さぁ目覚めさせろ、君の中の闇を。そして世界を終焉に導くんだ―――』
「アぁ阿aァ窪あ吾ぁぁぁ!!!」
一人になった部屋で、いったい今の私は何を思っているのだろう?
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86 | 第9話 囚われお姫様 | 832 | 3 | 2016-03-13 | - | |
97 | 第10話 新生希望風 | 974 | 4 | 2016-03-22 | - | |
103 | 第11話 事件前日 | 775 | 2 | 2016-03-23 | - | |
91 | 第12話 事件の火種 | 851 | 4 | 2016-03-26 | - | |
63 | 第13話 事件勃発 | 755 | 3 | 2016-04-05 | - | |
106 | 第14話 事件の入口 | 854 | 3 | 2016-05-01 | - | |
91 | 第15話 事件の裏側 | 853 | 3 | 2016-05-27 | - | |
179 | お知らせ:報告と残酷と慟哭 | 1450 | 4 | 2017-04-23 | - |
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さてさて楓ちゃんにも怪しい影が…次回に期待です! (2016-03-13 14:56)
そして復讐に燃える氷上さんかと思いきやお嬢様がまさかの…?これはひょっとするとひょっとする王道パターンか。 (2016-03-13 15:19)
コメントありがとうございます!
東雲さんはいい人です!
変な人ですが(笑)
》ター坊さん
コメントありがとうございます!
お借りしておいてアレですが、氷上さんのデュエルは当分(たぶん大分)先になりそうです・・・。
なんだかんだ言っても皆王道パターンが大好き(笑) (2016-03-14 15:53)