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プロローグ 飛来 作:かにみそ
「これで終いだな。」
「…チィ!」
深夜、街の聖堂に響き渡るは、二人の男の声。
外で行われている争いの音はまるで聞こえず、二人の場所を静寂だけが包み込んでいた。
一人の男は剣先を突きつけられて倒れこんでいる。鱗のある肌と爬虫類のような顔から察するに、彼は人と似て非なる者のようだ。
外傷はかすり傷のみ、と言った所だが、呼吸は荒く、明らかな疲労が見られる。
彼の愛用していた槍は遠くに弾き飛ばされ、取りに行こうにも相手がそれを許さない。
一方優位に立つ男は、整った灰色の長髪、紫の鎧に身を包んだ片目義眼の老兵。
持ち合わせた巨大な大剣を、爬虫類男に突きつけている。見下ろす目は鋭く、冷たい。
「くそが、折角領地を手に入れたのに、こんな所で…ッ!」
「従えば命まで獲ろうとは思っておらぬ。先にも勧告したはずだが?――『我等と共に肩を並べぬか』と。」
「ケッ!……『肩を並べる』だぁ?アンタらの部隊では、降伏して人様の靴舐める事を『肩を並べる』って言うのかよ?」
「……。」
そう発言した爬虫類男を見続けながら、老兵は眉をひそめた。どう答えたものか、という顔だ。
数秒の沈黙が訪れた後、彼は言葉を続ける。
「…ふむ。確かに正確には肩を並べて欲しい訳ではない。
これは脅しであり、脅迫だ。
だがこの街の民に、この『脅迫』は正しいものだと伝えねばならぬのでな。」
「フン、建前ってか。随分正直じゃねぇか、【X-セイバー】さんよぉ?」
「この程度、貴殿に話そうと我等に支障はない…。
話を逸らし時間稼ぎのつもりか、《ガラハド》殿。先程のことを踏まえ、もう一度問おう。
『我等と共に肩を並べぬか』?
」
再び沈黙が訪れる。と言っても、この爬虫類の男――ガラハドは思考している訳ではなく、既に腹を括った様子であった。
紫の鎧の男も、帰ってくる答えを知っていた。
知っていたが聞かざるをえなかった。これは傭兵同士のケジメなのだから。
「…確かに、俺らは傭兵部隊の名に託けて、ここらの街を荒らし周っていた小悪党だ。
盗賊紛いのことなぞ何度もやって来た…。
だがな、五十歩百歩と嗤われようと、俺は“大悪党”の下に落ちる気はないッ!」
それを耳にした老兵は、クスリと笑みを浮かべた。
しかし、目の前の男を馬鹿にした笑いではなく、どちらかというと自嘲的な笑みだろうか。
「…大悪党か。ふふ、言われるようになったものよ。的を射ておる。
――だが悲しいかな、ガラハド殿よ。
貴殿は“立場”というものをわきまえていないらしい。」
「言ってろ、あの世でてめぇの死に様を見て嘲笑ってやる、老い耄れが。」
「わしの死に様か。…碌な死に方はせんだろうがな。――まあ良い。
冥土の土産に名を名乗ろう。我が名はパシウル。《X-セイバー パシウル》だ。」
「パシウルか。爺らしく古臭い名前だ――」
そう言った男は目を瞑り、己の最期を覚悟した。パシウルもそれを合図と取り、大剣を強く握る。
目標は首。相手に痛みを与えることなく、一瞬で逝かせる事が出来るからだ。
それを振り下ろさんとした、その時――
…ゴ…ォ…
「…む!この音は…?」
「どうした、俺の首を頂戴するんじゃないのか?」
パシウルは振り下ろそうとした大剣を持ち上げ、ゆっくりと自分の背中の鞘に納める。
外から何かが近づく音がする。ただ近づく音ではない。何かを削る――抉るような音。
「ガラハド殿、ひとまず休戦だ。貴殿は気づかぬか、この音に。」
「……?」
そう言われたガラハドは半信半疑だったが、外で奮闘していた傭兵たちの覇気がいつの間にか消えていたように感じ、
起き上がり神経を耳に集中させる。
ドゴ……ォ…
「…ああ、確かに聞こえるぜ。何かが近づいてくる音だ。
地震じゃないな、地表が揺れねぇ。しかし何だこいつは?」
「今は貴殿の最期を飾っている暇はない。至急、聖堂外の様子を見なければ…!」
「待て、アンタ何か知ってんのか?この音について。」
「さてな、少なくとも我らが仕掛けたものではない。」
「はぁ!?知らないのに緊迫してるのか?…確かにこの音は尋常じゃないが。」
…ドゴ…ォ…!
こう話している間にも、その“何か”はこの街に接近する。
先程まで何も変化を見せなかった聖堂が振動し始めていた。
そう、この音は空気を抉っている。その余波が衝撃波となって、この聖堂を揺らすのだ。
「…何、貴殿の言う、老い耄れの長年の勘だと思えばよい。
――此奴はおそらく、“上から”だ。」
「う、上からだとぉ?」
速足気味のパシウルが聖堂の扉を勢いよく開く。
そこには先程まで争い合っていた者達が、揃いも揃って上を見上げていた。
――いや、戦っていた者だけでなく争いから避難していた町民も、さっきまで必死に逃げていた姿はどこへやら、足を完全に止め、空にある“それ”を見つめている。
その表情は様々だが、唖然としているものや、恐怖に顔をゆがませている者が大半であった。
「ッ…なんと…!」
「?!…何だありゃあ!?」
ト゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛ッ!!
そこから来るものは、隕石であった。
この街一つが、悠々と入る大きさを持つ巨大な星。
ごうごうと燃え盛りながら迫りくる恐怖に、人々は動けなくなっていた。
「…呆然としておる場合ではない。皆の者、何をしておる!街から出るのだ!今は争いなぞ無用!」
パシウルの叫びを皮切りに、人々は一目散に逃げ始める。まるで尻に火が付いたかの如く、颯爽と。
敵であろうが味方であろうが、傭兵であろうが町民であろうが、皆が皆を弾き飛ばし一目散に逃げる。
街は大混乱に陥っていた。
「い、隕石だッ!!」
「逃げろお!!」
「死にたくないィ!!」
「お゛か゛あさあぁーーん!!」
「うわぁああーー!!」
「キャアアァーーぁ!!」
静寂は混乱を呼び、混乱はさらなる混乱を呼ぶ。
この時この迫りくる恐怖が、長きに渡る戦争の終焉と、新たな争いを生む火種となることを、誰もが知り得なかった。
「…チィ!」
深夜、街の聖堂に響き渡るは、二人の男の声。
外で行われている争いの音はまるで聞こえず、二人の場所を静寂だけが包み込んでいた。
一人の男は剣先を突きつけられて倒れこんでいる。鱗のある肌と爬虫類のような顔から察するに、彼は人と似て非なる者のようだ。
外傷はかすり傷のみ、と言った所だが、呼吸は荒く、明らかな疲労が見られる。
彼の愛用していた槍は遠くに弾き飛ばされ、取りに行こうにも相手がそれを許さない。
一方優位に立つ男は、整った灰色の長髪、紫の鎧に身を包んだ片目義眼の老兵。
持ち合わせた巨大な大剣を、爬虫類男に突きつけている。見下ろす目は鋭く、冷たい。
「くそが、折角領地を手に入れたのに、こんな所で…ッ!」
「従えば命まで獲ろうとは思っておらぬ。先にも勧告したはずだが?――『我等と共に肩を並べぬか』と。」
「ケッ!……『肩を並べる』だぁ?アンタらの部隊では、降伏して人様の靴舐める事を『肩を並べる』って言うのかよ?」
「……。」
そう発言した爬虫類男を見続けながら、老兵は眉をひそめた。どう答えたものか、という顔だ。
数秒の沈黙が訪れた後、彼は言葉を続ける。
「…ふむ。確かに正確には肩を並べて欲しい訳ではない。
これは脅しであり、脅迫だ。
だがこの街の民に、この『脅迫』は正しいものだと伝えねばならぬのでな。」
「フン、建前ってか。随分正直じゃねぇか、【X-セイバー】さんよぉ?」
「この程度、貴殿に話そうと我等に支障はない…。
話を逸らし時間稼ぎのつもりか、《ガラハド》殿。先程のことを踏まえ、もう一度問おう。
『我等と共に肩を並べぬか』?
」
再び沈黙が訪れる。と言っても、この爬虫類の男――ガラハドは思考している訳ではなく、既に腹を括った様子であった。
紫の鎧の男も、帰ってくる答えを知っていた。
知っていたが聞かざるをえなかった。これは傭兵同士のケジメなのだから。
「…確かに、俺らは傭兵部隊の名に託けて、ここらの街を荒らし周っていた小悪党だ。
盗賊紛いのことなぞ何度もやって来た…。
だがな、五十歩百歩と嗤われようと、俺は“大悪党”の下に落ちる気はないッ!」
それを耳にした老兵は、クスリと笑みを浮かべた。
しかし、目の前の男を馬鹿にした笑いではなく、どちらかというと自嘲的な笑みだろうか。
「…大悪党か。ふふ、言われるようになったものよ。的を射ておる。
――だが悲しいかな、ガラハド殿よ。
貴殿は“立場”というものをわきまえていないらしい。」
「言ってろ、あの世でてめぇの死に様を見て嘲笑ってやる、老い耄れが。」
「わしの死に様か。…碌な死に方はせんだろうがな。――まあ良い。
冥土の土産に名を名乗ろう。我が名はパシウル。《X-セイバー パシウル》だ。」
「パシウルか。爺らしく古臭い名前だ――」
そう言った男は目を瞑り、己の最期を覚悟した。パシウルもそれを合図と取り、大剣を強く握る。
目標は首。相手に痛みを与えることなく、一瞬で逝かせる事が出来るからだ。
それを振り下ろさんとした、その時――
…ゴ…ォ…
「…む!この音は…?」
「どうした、俺の首を頂戴するんじゃないのか?」
パシウルは振り下ろそうとした大剣を持ち上げ、ゆっくりと自分の背中の鞘に納める。
外から何かが近づく音がする。ただ近づく音ではない。何かを削る――抉るような音。
「ガラハド殿、ひとまず休戦だ。貴殿は気づかぬか、この音に。」
「……?」
そう言われたガラハドは半信半疑だったが、外で奮闘していた傭兵たちの覇気がいつの間にか消えていたように感じ、
起き上がり神経を耳に集中させる。
ドゴ……ォ…
「…ああ、確かに聞こえるぜ。何かが近づいてくる音だ。
地震じゃないな、地表が揺れねぇ。しかし何だこいつは?」
「今は貴殿の最期を飾っている暇はない。至急、聖堂外の様子を見なければ…!」
「待て、アンタ何か知ってんのか?この音について。」
「さてな、少なくとも我らが仕掛けたものではない。」
「はぁ!?知らないのに緊迫してるのか?…確かにこの音は尋常じゃないが。」
…ドゴ…ォ…!
こう話している間にも、その“何か”はこの街に接近する。
先程まで何も変化を見せなかった聖堂が振動し始めていた。
そう、この音は空気を抉っている。その余波が衝撃波となって、この聖堂を揺らすのだ。
「…何、貴殿の言う、老い耄れの長年の勘だと思えばよい。
――此奴はおそらく、“上から”だ。」
「う、上からだとぉ?」
速足気味のパシウルが聖堂の扉を勢いよく開く。
そこには先程まで争い合っていた者達が、揃いも揃って上を見上げていた。
――いや、戦っていた者だけでなく争いから避難していた町民も、さっきまで必死に逃げていた姿はどこへやら、足を完全に止め、空にある“それ”を見つめている。
その表情は様々だが、唖然としているものや、恐怖に顔をゆがませている者が大半であった。
「ッ…なんと…!」
「?!…何だありゃあ!?」
ト゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛ッ!!
そこから来るものは、隕石であった。
この街一つが、悠々と入る大きさを持つ巨大な星。
ごうごうと燃え盛りながら迫りくる恐怖に、人々は動けなくなっていた。
「…呆然としておる場合ではない。皆の者、何をしておる!街から出るのだ!今は争いなぞ無用!」
パシウルの叫びを皮切りに、人々は一目散に逃げ始める。まるで尻に火が付いたかの如く、颯爽と。
敵であろうが味方であろうが、傭兵であろうが町民であろうが、皆が皆を弾き飛ばし一目散に逃げる。
街は大混乱に陥っていた。
「い、隕石だッ!!」
「逃げろお!!」
「死にたくないィ!!」
「お゛か゛あさあぁーーん!!」
「うわぁああーー!!」
「キャアアァーーぁ!!」
静寂は混乱を呼び、混乱はさらなる混乱を呼ぶ。
この時この迫りくる恐怖が、長きに渡る戦争の終焉と、新たな争いを生む火種となることを、誰もが知り得なかった。
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