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HOME > 遊戯王SS一覧 > Scar /10:虚ろなる銃声

Scar /10:虚ろなる銃声 作:げっぱ

デュエルの後、スカーとアンの居心地は悪かった。
噂が広まるのは早いもので、街に入って早々のデュエルの内容が、街中の人間が知れ渡っていた。
誰もが二人を見るなり道を譲り、距離を取り、畏怖と嫉妬の視線を浴びせてくる。

アンは慣れない空気に、頭が変になりそうだった。
スカーの服の裾を掴み、その後ろを、周りを見ないように俯きがちに歩くので精一杯だった。

スカー「ここか」

スカーのそんな一言で、アンはハッと顔を上げる。

辿り着いたのは、周りの建物とまるで変わらないボロボロの建物。
中からは、仄かに食べ物の匂いが漂ってくる。

スカーが探していたのは、食べ物を「販売」している場所。
住人から話を聞こうにも誰も彼もが避けるため、匂いを探って当ても無く彷徨っていたのが、今までだ。
住人の反応からしてまともに相手してもらえるかどうか、不安は残るが仕方がない。
手持ちには余裕があるので、多少吹っ掛けられても大丈夫だろう。

とそこで、アンのお腹が鳴った。

アンはお腹を押さえ、スカーは少しだけアンを見て、すぐに目を逸らした。

スカー「入るぞ」

アン「うん」

ボロボロの暖簾を潜り、二人は店に入る。

入ってすぐにカウンターと、それに肘を衝き、何かに座ってカードを眺めて品定めする店主。
その真後ろは壁だが、横に隣の部屋への入り口がある。
足を踏み入れた途端に床が軋んだ。砂埃が舞い、アンがくしゃみをして、鼻をこすった。

それで、店主はスカーを見やる。別に自分が睨まれたわけではないが、アンはスカーの後ろに隠れた。

スカー「食料を分けてくれ」

店主「何が欲しい?」

スカー「日持ちがする物。レートは?」

店主「これで三枚だ」

言いながら、店主はカウンター下から缶詰を取り出し、スカーの前に置く。
随分と高いが、街の治安を見ればさもありなんと言ったところ。
スカーは荷物の中から不要なカードを纏めたケースを出し、店主の前の置いた。

スカー「これで見繕ってくれ」

店主は鼻を鳴らし、スカーが置いたケースに手を伸ばす。その方の腕にデュエルディスクを着けていた。
ケースの中のカードを取り出し、一枚ずつ内容を見る。
スカーはずっとそれを見つめ、アンはそのスカーを見つめていた。

店主「待ってろ」

全てのカードを見終えた店主は、ぶっきら棒にそう告げて店の裏へと引っ込んでいった。

アン「スカー」

スカー「どうした」

アン「カード、良いの?」

スカー「ああ」

この世界で、貨幣よりも高い価値を持つのが、デュエルモンスターズのカードだ。
生きるためには強くある必要がある。強くあるにはカードが必要だ。だがカードがあっても食べ物が無ければ飢えて死ぬ。
それを避けるには、『装置』を使って他の誰かを襲うか、カードと交換して手に入れる。
食料、カード、命。これが価値の三竦みで存在し、やり取りされている。

誰が決めたわけでもない。生きる事を根底に置いた結果、自然と出来上がった現在の価値基準だ。

中の方から物音がして暫く、ようやく店主が食料を持って出てきた。
それをカウンターの上に置き、再び何かに座って踏ん反り返った。

店主「こんなもんだな」

並べられた食料を見て、スカーは眉間に皺を寄せる。レートに従えば、この量は明らかに少ない。
次にどこの集落に辿り着けるかも分からないのに、この量では切り詰めても一週間程度しか持たない。

スカー「少ないな」

店主「カードの質が悪い。文句があるなら出て行きな」

尊大な店主の睨みを、スカーは真っ直ぐに受け止める。
そしてその言葉の裏にある真意を読み取り、諦めた。

スカー「分かった。成立だ」

カウンターの上の食料を袋の中に詰め込み、その口をきつく縛る。
その態度が癪に障ったのか、店主は鼻を鳴らし、カードが入ったケースをカウンター下にしまった。

スカー「行くぞ」

アン「うん」

スカーに従い、アンはその後ろに付いて行って店を出る。その瞬間、なんとなく、振り返って店主を見る。
その顔は歪み、他の住人と同じように、畏怖と嫉妬をスカーの背中にぶつけていた。

風が吹き、表に出たスカーとアンの鼻を、砂埃がまた擽る。
相変わらず、物陰や建物の中から、街の住人が二人を見つめてくる。
堪らず、アンはスカーに抱き着いた。

スカーはアンを見下ろし、軽く頭を撫でて、小さい手を握ってやる。

スカー「こっちだ」

長居したくないのはスカーも同じだ。アンの手を引き、来た道を戻っていく。
歩いている途中、スカーは誰も住んでいない建物を探していた。
本当ならば早くこの街を発ちたいところだが、アンの体力を考えれば、今日だけでも雨風を凌げる場所で休ませたい。
たとえどれだけ朽ち果てていても、壁があり屋根があるのなら十分だ。

そして一つ、目星をつけていた。裏道に入らなければいけないが……。

スカー「離れるな、良いと言うまで目を閉じていろ」

アン「わかった」

スカーの言葉に従い、アンは目を閉じ、転ばないようにスカーにしがみ付く。

スカーはアンの手をしっかりと握り、裏道に入っていく。
一人、生者か死人かも分からない人間が転がっていた。蠅が集り、どちらにせよ手遅れである事を暗に示唆する。
その先に進み、二人はオンボロな家の前で足を止める。
窓から中を覗き込むが、誰もいない。異臭が鼻に衝くが、贅沢は言えない。

アンを誘導しながら、スカーは家に入る。

スカー「もう良いぞ」

アン「うん」

目を開けたアンは、見るなり顔を顰めた。
嘗て父と過ごしていたシェルター、そこは生きた人間である自分たちが曲がりなりにも掃除していたから、住み心地自体は悪くなかった。
だがここは、放置されてから月日が経ち過ぎているのが一目で分かった。

スカー「一日だけ借りる。体を休めておけ」

言いながら、スカーは荷物を床に置き、腰を下ろす。
アンも習って、スカーの隣に座る。そこで、先ほどのデュエルの疲労が一気に襲ってきた。
気が緩んだ所為か、アンの腹がまた鳴った。

スカー「……食事にしよう」

見かねたスカーは、袋から先ほど得た缶詰を二つ取り出し、片方をアンに渡す。

スカー「開けられるか?」

アン「がんばる」

アンは缶詰を受け取り、プルタブを持ち上げ、力一杯引っ張る。
スカーが同じタイプの缶詰を軽く開け、自分の前に置き、アンが開けるのを待っている間、ずっと全力を出しても、開かない。
喉から絞り出すような声が出ても、疲労の所為もあるが、缶詰の蓋は開かない。

遂に力尽き、アンは鼻で荒く呼吸しながら、缶詰を見つめる。

アン「できなかった」

スカー「次を頑張れ」

結局スカーが開封し、二人は食事にありついた。
食べ終わり、ぽつりとアンは口を開く。

アン「ねえ、スカー」

スカー「なんだ?」

アン「さっき、あの食べ物の人。よく分からなかったけど、スカーをだました?」

スカー「……騙したわけじゃない。俺たちに早く街から出て行ってほしいんだ」

アン「どうして?」

スカー「奴らにとって俺たちは『カオスクロス』と同じだからだ。一度そう見えてしまったら、他の事実なんて関係ない」

それを聞いて、アンはなんとなく理解した。
先ほどのデュエルの最中にも感じ取った事が、そのまま答えだったのだ。

スカー「俺たちにできる事は、なるべく関わらず、明日にでも街を出る事だ」

アン「……うん」

その後、二人は軽くデッキの調整を行うが、スカーはともかくとしてアンはまるで集中できなかった。
幼く経験の少ないアンにとって、一日の間に起きた事が多すぎた。
そして幼い割に、その全てを何となくでも理解できてしまっていた。

部屋に漂う異臭さえ、二人を拒んでいるようだった。

   *   *   *


「逃げろオオオ!」


絶叫が、スカーとアンを叩き起こした。

アン「ふぇっ!?」

驚くアンに対し、スカーはすぐさま体を起こし、デュエルディスクを構えて声がした方向を睨み付ける。
空は赤黒く、しかし不気味に辺りを照らしている。感覚からして十分な睡眠がとれている。朝だ。

絶叫に続き、何かが勢いよく崩壊する音が聞こえる。そして悲鳴。

声にしろ何にしろ、大きな音など得てして碌なものではない。
通りを真っ直ぐに見据えれば、何かから逃げるように走り惑う人々の姿が見える。
どうにも自分たちとは別の闖入者が、正しくこの街を荒らすためにやってきたらしい。
尤も、それが誰なのか、ある程度の見当は付いている。

アン「なに、なにっ?」

スカー「ここを離れるぞ」

アン「え?」

スカー「早くしろ!」

声を荒げ、スカーは荷物に手を伸ばす。
アンもその気迫に押されて、もたもたと片付けを始める。


「『カオスクロス』の「スティーラー」だあっ!」


次に聞こえてきた絶叫が、二人に状況を的確に知らせた。
的中した予想に、スカーは歯を食い縛る。

アン「スティーラー……?」

片付け終えたアンが、聞こえてきた単語に反応を示す。
ハンターの前例から言って、特殊な任務を遂行する『カオスクロス』の構成員である事は想像に難くないが……。

スカー「話は後だ、ここを出るぞ」

スカーは先に建物を出て、手近な家屋によじ登って周囲の様子を伺う。
街の入り口、昨日にスカーたちが入ってきた方で、大きく土埃が舞った。
そして土埃の中にちらちらと存在が窺える、動く鉄塊。『装置』で実体化したソリッドヴィジョンだ。

轟音と機械音、混じって怒声と罵声、小さくデュエルディスクにカードがセットされる音が響く。
街の住民が抵抗しているのだ。とは言え、時間稼ぎにもならないだろう。
どちらの攻撃か、断続的かつ高速にして重く、一発一発が爆撃のような銃声が絶えず響き渡る。

アン「スカー!」

建物から出てきたアンが、スカーを呼ぶ。
スカーは飛び降りて、何も言わずにアンを抱きかかえた。緊急事態であると分かっているから、アンも何も言わない。
そして、たった今『カオスクロス』が蹂躙しているその方向へと裏道を走り出した。

表通りに出ればスティーラーに捕捉され、戦闘は回避できない。
だが裏道を擦れ違うようにそのまま行けば少なくとも発見されず、たとえ敵が虱潰しに街を暴虐しようとも、すぐに来た道を戻ってくる事は無い。
粗方街を荒らした頃には、スカーたちは街を離脱し、安全圏まで逃げられる。

アン「スカー、「スティーラー」って何?」

スカーに抱えられながら、アンは尋ねる。

スカー「『カオスクロス』の構成員。意味は、「奪う者」……定期的に人が集まる場所を襲撃し、そこにいる者たちからカードを奪う」

スカー「目的はカードだから命を奪う事まではまずしない。だが……」

カードを奪う事は、即ちその者から命を守る手段を剥奪すると言う事。
スティーラーが自らの手を下すか、早晩命を落とすかの違いに過ぎない。
どちらにせよ、『カオスクロス』に属する以上は悪以外の何物でもない。そしてその行為は、正しく邪悪である。

その存在は、スカーにとって赦し難いものである。それを知っているからこそ、アンは、再び尋ねた。

アン「戦わなくていいの?」

スカーの表情が険しく歪む。本来ならば真っ先に災禍の根源へと赴き、跡形も無く叩きのめすところだ。
今だって変わらず、叶うのなら今すぐにでも方向転換したいところだ。
だが、スカーにはアンを守り抜く責務がある。自分の勝手で命を救ったのであれば、手の届く範囲に居る限り面倒を見なくてはならない。
誰に言われたわけではない、スカーが自ずと決めた事だ。

それは復讐の理念に反するが、その上に据え置いた。だからこそ、戦闘よりも離脱を優先したのだ。

スカー「ああ」

そう言い切られてしまっては、アンとしてはそれ以上何も言えない。
落ちないようにスカーの服にしがみ付くくらいしかできない。

裏道を駆け抜けるスカーたちは、間も無く襲撃者と擦れ違う。その間際、再び銃声が轟いた。
直後、すぐ側の建物が爆ぜるように崩落し、巻き起こる土煙。

スカー「くっ!」

スカーは咄嗟に身を屈めて、アンを強く抱き締めて庇い、舞い上がった粉塵を吸わないようにと息を止める。

吹き荒ぶ暴風に二人の衣類ははためき、喧しく音を鳴らす。
それを掻き消すほどに、続けて鉄が地面を殴るような音と強い振動。
感覚からして二人からはそれほど離れておらず、また「それ」とスカーたちを隔てる障害物はたった今無くなってしまった。
下手に動いてしまえば存在を悟られ、有象無象から狙いを変えて迫ってくるかもしれない。

砂埃が晴れる前にやり過ごせる事を祈りながら、スカーは息を殺す。

「それ」は破壊の音を響かせながら移動し、だんだんとスカーとアンの二人から遠ざかっていった。

同じ頃に砂埃が落ち着き、スカーは気を抜くように息を吐き、腕の力も抜く。
腕の中を見やれば、アンが「ぷはっ」と声を出して息を吸った。
アンが砂埃を吸ってしまわないようにと庇ったのは良いが、力を入れ過ぎたようだ。

恨めしそうなアンの視線を受け入れ、苦笑しながらその背中を軽く叩いてやって誤魔化す。
もたもたして見つからない内に、そろそろと近くの物陰まで移動し、そこからは走って離れる。

アン「…………待って!」

突然、アンが声をあげ、スカーは足を止めた。

スカー「どうした」

アン「街の人は、どうするの?」

スカー「気になるか?」

アンは気まずそうに顔を伏せた。

気にならなければ呼び止めはしない。だが、それはアンの勝手な理由でしかない。
自分と同じだと感じた、弱い側の人間が追い詰められ、今この瞬間に苦しんでいる。
それを見捨てて逃げ去る事に、後ろめたさを感じていただけだ。

しかし、アンにはどうしようもない事柄だ。
解決できる力を持つスカーは、今はスティーラーを相手にしないと言ったばかりである。
その手前で、危険を承知で助けたいなどと、どの口が裂けてでも言えようか。
自分の身すら満足に守れない体たらくで、わざわざ危険に飛び込むなど言えるものだろうか。

口ごもるアンに、スカーは歩み寄り、しゃがんで視線を合わせて言った。

スカー「俺は、お前を守りながら戦える自信はない。だから今は、逃げる事にした」

スカー「だがお前が望むなら……自分が大切だと思う物を優先しろ。それを貫く事に、誇りと覚悟を持て」

スカー「決めてみろ。お前はどうしたい?」

唐突に選択権を委ねられ、アンは困惑する。
だがその内容は至ってシンプルだ。そしてその答えも単純明快な二択。
気にした時点でアンの心は決まっていて、叶うのであればもはや選択肢は一つしか見えない。

アン「ほうっておけない」

アンの言葉に、スカーは何でもないように頷いた。

そして荷物の袋の中から、何枚かのカードを取り出し、アンに渡した。
アンは受け取り、そのカードを見ながら首を傾げる。どれも、防御に使うようなカードだが……。

スカー「さっきも言ったが、お前を守りながら戦える自信はない。だから、自分の身は自分で守れ」

スカー「このカードは予めデュエルディスクにセットしておけ。他のカードは状況を見て使うんだ」

つまりは、デュエル外でのヴィジョンを使った攻撃や、デュエル中の流れ弾などへの対策と言う事だ。
この街に入った時や、その他にもスカーが時折行うのをアンは見ていたが、その所作は反射神経や慣れによるものだ。
自分にできるものか、不安は尽きない。だが、これが貫く「誇り」に対する「覚悟」であるならば。

アン「わかった」

アンは受け取ったカードの内、指定された一枚をデュエルディスクに仕込みながら力強く応えた。

スカー「行くぞ」

言いながら、スカーの目付きは険しいものに変わる。当たりを見渡し、アンに屈むように言いつける。

スカー「俺が先に様子を見る。合図をしたら、ついてこい」

アンが屈みながら頷くのを見たスカーは、姿勢を低くして大通りの方へと駆け出す。
死角になるように僅かに残った瓦礫の陰に隠れ、そこからスティーラーの方を覗く。
変わらずヴィジョンが巻き起こす土煙しか見えないが、今や応戦する音は聞こえず、ただ機械がぶつかる音がするだけ。
そして覗ける視界の限りには、暴虐を尽くされ、呻き声を上げる街の住民たち。

その中のデュエルディスクを持つ者は、一様に辺りにカードをばら撒いて倒れていた。

スカーは顔を顰めながら、スティーラーから目を逸らさずにアンに合図を送る。

アンもスカーと同じように姿勢を低くしながら駆け寄り、辿り着くやスカーに抱き着くように転げた。
咄嗟の事にも動じずにスカーはアンを抱き留め、スティーラーに気付かれていないか、警戒する。
土煙が反転し戻ってくる気配はなく、スカーはアンを離してやる。

アン「…………これ、は」

顔を上げ、倒れ呻く人々を見て、アンは漏らすように呟いた。

アン「カードを、奪われたの……?」

スカー「ああ」

気付かぬ内に、アンはスカーの服の端を強く握り締めていた。
それは恐怖に震えて縋るものではなく、ここ暫く頻繁に感じる感情に近いもの。
屈辱を根源とした怒りを堪えるための物だった。

アン「スカー」

スカー「なんだ」

アン「スティーラーを止めたい」

スカー「ああ」

何一つの躊躇も否定も無く、スカーは承諾する。

元より、スカーはどんな状況であれ『カオスクロス』の存在を赦す事は無い。
腸が煮えくり返るような思いであったのは、スカーも同じだからだ。

スカー「追うぞ。危険だが、いいな」

アン「危険が恐いくらいで、デュエルはできないよ」

返答はスカーの存外にも勇ましく、スカーはつい笑ってしまった。
アンに一言、しっかりと掴まって離すなとだけ伝え、アンは黙ってスカーにしがみ付く。
敵の場所は遠い。アンに走らせるくらいであれば、スカーが抱えて走った方が早い。

今更検知されたところで寧ろ望ましい。スカーはアンを抱えたまま、スティーラーが巻き起こす土煙へと駆け出した。

すれ違う倒れた街の住民の数は、進むにつれてどんどんと減っていく。
敵う相手ではないと逃走する者が増えたのだろう。その中でも抗い続けた者の成れの果てだ。
そしてその中に、昨日にアンがデュエルした相手――――カードをばら撒いて倒れるマイバの姿があった。

アン「……スカー、止まって!」

スカーは足を止め、アンをその場に降ろしてやると、アンはすぐにマイバに駆け寄った。

アン「だいじょうぶ?」

気を失っていたらしく、アンが声を掛けながら揺すると、呻き声を上げる。

マイバ「ぐっ……て、テメエは……!」

アン「しっかりして。血は出てないよ」

マイバ「クッ……余計な真似を……。そ、そうだ、俺のカード!」

マイバはアンを振り払い、辺りに散らばった自分のカードを集める。
集めたカードを確認し、その表情は見る見るうちに曇り、歪んでいった。

マイバ「お、俺のカードが……「コドモドラゴン」も「マシンナーズ・ピースキーパー」もねえ……!」

マイバ「ス、「天空竜」ッ……!」

恐らくは……いや、間違いなく奪われたのだ。彼がもつ価値のあるカードは根こそぎ、全て。
そして彼が価値を見出した、切り札としたカードさえも、マイバの手のカードの中にはなかった。

奪うのは、強いカードだけではない。命と、尊厳さえも、奪う。

それが、『カオスクロス』。それを任務として果たす「スティーラー」。

マイバの悲しみに震えた絶叫が、アンの心に火を付けた。
アンは何も言わずにマイバの側を離れ、スカーの許へと戻る。

アン「いこう、スカー」

アン「早く」

スカー「ああ」

険しい表情で遠くの土煙を見つめながらスカーに催促するアンを、スカーは一切の躊躇いもなく抱え上げた。
そして同じようにその方を見やる。と、恐らくスティーラーは街の出口に到達したのだろう。
土煙を巻き起こしていたヴィジョンのカードを仕舞ったのか、土煙が晴れていくのが見えた。

目的を果たしたのならば、向こうとしても長居する理由はない。別の「足」を使って去っていくに違いない。
それに対して人間の足では、今から急いで走っても到底追いつけまい。
そもそもとして向こうはヴィジョンを使って移動していた、元より追いつけるものではなかったが……。

故に、スカーは一枚のカードを荷物から抜き出し、デュエルディスクのモンスターゾーンに置く。
間も無く輝きを放つヴィジョンの中から現れるのは、でっぷりとした図体の、ニワトリに近い巨大な鳥。
「コケ」のモンスターはやる気なく、その場にへたり込んだ。

アン「これは……?」

スカー「こんな見てくれだが速いし荒れ地に強い。普段は『カオスクロス』に発見されないために使わないが」

言いながら、スカーは「コケ」を軽く蹴る。「コケ」は渋々と言った体で起き上がり、身体を震わせた。
スカーはアンを抱えたままに「コケ」に飛び乗って跨ると、また「コケ」を踵で軽く蹴った。
甲高い鳴き声を上げながら、「コケ」は走り出す。少し揺れて、アンはスカーにしがみ付いた。
スカーの言葉通り、見た目に対してその足は早く、瞬く間にスティーラーとの距離を詰めていく。

倒れ伏す人々を横目に、街の出口を超え、ようやくそこで、スティーラーの姿を視認する。
装置で出したヴィジョンではない、恐らくはウルフが使っていたD・ホイールと同じように支給された乗り物に乗っていた。
けたたましいエンジン音を響かす四輪駆動のそれは、特殊な機能が組み込まれた「スティールライド」と呼ばれるものだ。

透視線で周囲のカードを認識、識別し、搭乗者が指定すればそのカードを装置を転用した力場で引き寄せる。
ただしそれは、一時的に機能を停止したものを除くデュエルディスクから離れたもの、且つ間に阻害する物がないものに限る。
万が一にもスティールライドを鹵獲された場合に、強奪機能をデュエル無視で扱われないようにする為だ。
そんなものを預けられる以上、搭乗者は必勝を可能とする実力者であるのだが……。

スカーは今一度「コケ」を踵で蹴って発破をかける。「コケ」も気力を振り絞るように鳴き声を上げて、速度を増す。

スカーたちとスティーラーの距離が、およそ装置の間合いに入った時。
スカーは、それまでの溜め込んだ怒りを絞り出し、撒き散らすように吼えた。

スカー「『カオスクロス』ッッ!」

咆哮も、下手すればスティールライドの騒音に掻き消されてしまうだろう。
だが、その声は、スティーラーへの耳へと届いた。
スティーラーは気だるげに振り向く。然も気のせいか、それを確かめるかのように。
そして自らを追い掛けるスカーの存在を知って尚、ヘルメット越しに窺える表情は変わらない。

ただ、自分を追い掛けていると認識したからには、無視するわけにもいかない。
『カオスクロス』の掲げる理念の一つは、抗う者のあらゆる支配。その中には、殲滅も含まれている。
スティーラーはおもむろにブレーキを踏み、スティールライドを停めた。

合わせてスカーも「コケ」を止め、ある程度の距離を取る。
降車するスティーラーから目を離さずに、同じように「コケ」から降り、アンを降ろしてやる。
仕事が終わったと言わんばかりにへたり込む「コケ」を横目に、デュエルディスクから「コケ」のカードを剥がして仕舞う。
「コケ」のヴィジョンが消えるのと、スティーラーがスカーたちと対峙するのは同時だった。

アンを後ろにやりながら、スカーはスティーラーを睨む。アンもそれに従いながらも、スカーの陰から睨み付けてやる。
二人の反抗的な態度を前にして、それでもスティーラーは余裕にも似た気だるげな表情を崩さない。

互いに隙を窺うような静寂。

「何の用だ?」

それを先に壊したのは、スティーラーの質問だった。

スカー「『カオスクロス』のスティーラーだな」

「そうだが、だからどうした?」

スカー「お前を倒す」

言いながら、デュエルディスクを胸の前に構える。

普通の構成員ならば、そのスカーの言葉に驚くなり、嘲るなり、激昂するなり、何かしらの反応を示す。
そして世間知らずと決めつけ、容易く挑発に乗ってデュエルにもつれ込む。
だがこのスティーラーは、それらとは全く異なる反応を見せた。
いや、その言葉は適切でない。嘗てない反応と言えばそうだが。

無反応だった。デュエルディスクを構える事も無く、何か言葉を返す事もなく。

表情が一切変わらないのだ。

スカーは嫌に違和感を覚えた。まさか人間ではないなんて事はあるまい。
肉体改造を受けた構成員ならいるかもしれないが、例えばロボットやアンドロイドの類は遭遇した事がない。
会話が成り立つのであれば洗脳や脳手術で人形にされているとは考え辛い。
そのような処置を施されている者ほど、黙ってデュエルの申し出に応える。それさえもしない。

『カオスクロス』の構成員以外を人間とさえ思っていない奴らはごまんといる。
そのような手合いは、自分の方が優れていると思い、相手と同じ土俵に降りる必要性を感じていない。
だが、それらのように見下すような気配は感じない。

スカー「アン」

アン「うん」

スカー「もう少し後ろへ下がれ……」

このままデュエルを行うにせよ、装置を使った戦闘に雪崩れ込むにせよ、今のアンの位置は危険だ。
アンもその事を身を以て十分知っているからこそ、言われた通りにスカーから離れる。

「正気か?」

アンが十分に離れた頃、突然にスティーラーは口を開いた。

スカー「下らない問答をさせるな」

スカーの返答に、スティーラーはスティールライドを見やる。
同じ方に視線を向ければ、そこはスティールライドで奪ったカードを保管する部位。

「必要な量は奪った。お前の相手をする理由はない」

スカー「盗人風情が、寝ぼけた事を抜かすな」

退く気を見せないスカーに、ついにスティーラーは折れてデュエルディスクを構えた。

「悔いるなよ」

吐き捨て、デュエルモードを起動する。

互いのデュエルディスクが、お互いを認識し合う。
起動音と共にデュエルディスクに初期ライフが表示された。


スカー「デュエル!」

「デュエル」


デュエル開始の宣言と共に、二人は初期手札をドローする。
デュエルディスクの決定により先攻となったスカーは、手札を吟味してフェイズを移行する。

スカー「俺の先攻。メインフェイズに、手札から「SS-グリーフ」を召喚する」

ヴィジョンの光の中から現れる、全身が傷だらけの、マスクを着けた長身の異様な戦士。
伸び切った背の丈はスカーの半分ほど高いが、それが辛いのかすぐに猫背になってしまう。


「SS-グリーフ」 炎 ☆4 ATK/800 DEF/1500
戦士族/効果
①:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時に、以下の効果から1つを選んで発動する。
 ●手札を1枚捨てる。自分フィールドの「SS」モンスターの数×1000ライフを回復する。
 ●ライフを1000払う。デッキから「SS」モンスター1体を選んで手札に加える。


スカー「「グリーフ」が召喚に成功した時、その効果を発動する。二つの効果から一つを選んで適用する」

スカー「俺はライフを1000払い、デッキから「SS」モンスター1体を手札に加える効果を選ぶ」

スカー「手札に加えるのは、「SS-グラッジ」!」LP:8000→7000

スカー「更に、俺が「SS」モンスターの効果でライフを払った場合、手札からこのモンスターを特殊召喚できる」

スカー「現れろ、「SS-ネメシス」!」

続いてスカーが特殊召喚するのは、同じくマスクを着けた傷だらけの戦士のモンスター。
その背中には、翼が生えたような炎が燃え盛っていた。


「SS-ネメシス」 炎 ☆6 ATK/1900 DEF/1500
戦士族/効果
①:自分が「SS」モンスターの効果でLPを払った場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。
②:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選んで発動する。
 ●手札を1枚捨てる。デッキから「SS」モンスター1体を選んで特殊召喚する。
 ●LPを1000払う。このターン、このカードは1度のバトルフェイズに2回攻撃できる。


スカー「特殊召喚に成功した「ネメシス」の効果発動。二つの効果から一つを選ぶ」

スカー「俺は手札を1枚捨て、デッキから「SS」モンスター1体を特殊召喚する効果を選ぶ」

「……なるほどな。展開の際に身を切る事で、効果を発動するデッキか」

そこで初めて、スティーラーは言葉を漏らした。しかしその言葉に、感情の類は感じられない。
冷静に状況を判断していると言うのも違う。本当に、思った事が口から洩れただけのような、ぼやきに近い。
どうにも、正面を向き合ってデュエルをしているような感覚ではない。

とは言え、気にしたところで為すべき事が変わるわけでもない。
スカーは構わずに、手札の1枚のカードをデュエルディスクに置く。

スカー「来い、「SS-ヴェンジェンス」!」捨てたカード→「SSS-カウンター・ストライク」

スカーの声に応えるかのように、「ネメシス」の右翼の炎が殊更激しく燃え盛る。
「ネメシス」本体と同じくらいの大きさになったその時、炎の中から新たなモンスターが飛び出した。

「グリーフ」や「ネメシス」と同じく、体中が傷だらけの戦士。ただ一つ、顔に着けたマスクは割れて半分だけだった。
そこから覗けるのは、ケロイド状に爛れた顔面。そして狂気に近い怒りを宿した眼。
飛び出した流れて着地と同時に、獣のような咆哮が空間を揺るがした。


「SS-ヴェンジェンス」 炎 ☆6 ATK/1800 DEF/1300
戦士族/効果
①:自分が「SS」モンスターの効果で手札を捨てた場合に発動できる。このカードを手札から特殊召喚する。
②:このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、以下の効果から1つを選んで発動する。
 ●手札を1枚捨てる。相手フィールドの魔法・罠カードを2枚まで選んで破壊する。
 ●ライフを1000払う。デッキから2枚ドローし、手札から「SS」モンスター1体を捨てるか、手札を2枚捨てる。


スカー「特殊召喚に成功した「ヴェンジェンス」の効果発動。二つの効果から、ライフを払う効果を選ぶ」

スカー「チェーンして、「SS」モンスターの効果で手札から捨てられた「SSS-カウンター・ストライク」の効果発動」

スカー「逆順処理で、「カウンター・ストライク」の効果で1枚ドローし、ライフを1000回復する」LP:7000→8000


「SSS-カウンター・ストライク」 速攻魔法
①:自分フィールドの「SS」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1000アップする。
②:このカードが「SS」モンスターの効果で手札から捨てられた場合に発動できる。デッキから1枚ドローし、自分のLPを1000回復する。
③:相手モンスターの攻撃宣言時に墓地のこのカードを除外して発動できる。
  このターン、自分フィールドの「SS」モンスターは戦闘では破壊されない。


スカー「そして「ヴェンジェンス」の効果でライフを1000払い、デッキから2枚ドロー」LP:8000→7000

スカー「その後、手札から「SS」モンスター1体を捨てるか、手札を2枚捨てる。俺は2体目の「SS-グリーフ」を捨てる」捨てたカード→「SS-グリーフ」

スカー「リバースカードを2枚セットし、フィールド魔法「SSS-ウィーカーズ・ハビタット」を発動」

スカーはデュエルディスクの一番端に内蔵されているフィールドスロットを出し、そこに1枚のカードを置いてスロットを元に戻す。
デュエルディスクがカード情報を読み込み、装置によって現実世界に干渉される。

周囲の風景が書き換えられて、周辺は荒野から、急拵えの簡素な建物が立ち並ぶ集落へと変わる。


「SSS-ウィーカーズ・ハビタット」 フィールド魔法
①:自分フィールドの「SS」モンスターの攻撃力・守備力は、フィールドの「SS」モンスターの数×200アップする。
②:自分フィールドの「SS」モンスターが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動する。
 デッキから「SS」モンスター1体を選んで手札に加える。この効果は1ターンに1度しか発動できない。
③:このカードが効果で破壊される場合、代わりに自分フィールドの「SS」モンスター1体をリリースできる。


スカー「「ウィーカーズ・ハビタット」の効果で、俺のフィールドの「SS」の攻撃力・守備力は、その数×200アップする」

スカー「「SS」が3体、よって合計で600アップ。これでターンを終了する」


先攻:スカー / 手札:2 / LP:7000
フィールド…SSS-ウィーカーズ・ハビタット
■…リバースカード
不幸…SS-グリーフ ATK/1400(800) DEF/2100(1500) 攻撃
報復…SS-ネメシス ATK/2500(1900) DEF/2100(1500) 攻撃
執念…SS-ヴェンジェンス ATK/2400(1800) DEF/1900(1300) 攻撃
□| . □. | . ■ .| .■. |□
□|報復|不幸|執念|□

□|□|□|□|□
□|□|□|□|□
後攻:スティーラー / 手札:5 / LP:8000


「スカーソルジャー」では定石に近い動きでフィールドにモンスターを増やし、ライフをそれなりに維持したまま防御手段も用意したスカー。
万全とは言い難いが、非常に有利な形で先攻を終えたが、スカーの嫌な予感は拭えなかった。

これほどの展開を見ながら、スティーラーは一度だけしか反応と呼べる反応を見せなかった。
まるでスカーが何をしようと無駄だと言わんばかりに、虚ろな眼差しでモンスターが並ぶのを見ていた。

「俺のターン、ドロー。メインフェイズへと移行する」

ドローするためにデッキへ伸ばす手は緩慢で無気力。フェイズ移行の宣言もぞんざいだ。
そして碌に手札を見ないまま、一番左のカードをデュエルディスクのスロットに挿入する。

「魔法カード「ハーピィの羽根帚」発動」


「ハーピィの羽根帚」 通常魔法
①:相手フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する。


スカー「そのカードは……!」

スティーラーが発動したのは、強力な除去カード。優れた能力からレアリティは高く、『カオスクロス』でも支給されている者は少ない。
その事からその実力はある程度測れるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
その効果を通してしまえばスカーは防御手段を失うばかりか、「ウィーカーズ・ハビタット」を守る為に「スカーソルジャー」を減らさなければならない。

スカーは忌々しげに舌打ちしながら、リバースカードの一枚を発動する。

スカー「チェーンしてリバースカード発動! カウンター罠「SSS-悪を殲滅する力」!」


「SSS-悪を殲滅する力」 カウンター罠
①:自分フィールドに「SS」モンスターが存在する場合に、以下の効果から1つを選んで発動できる。
 ●手札を1枚捨てる。相手の罠カードの発動を無効にして破壊する。
 ●1000LPを払う。相手の魔法カードの発動を無効にして破壊する。
 ●自分フィールドの「SS」モンスター1体をリリースする。相手のモンスター効果の発動を無効にして破壊する。


スカー「俺のフィールドに「SS」モンスターが存在する場合に、三つの無効化効果から一つを選んで発動する!」

スカー「俺は魔法カードの効果を無効にする効果を選ぶ!」LP:7000→6000

突如、スカーが発動したカードのヴィジョンが炎に包まれ、そのまま割れるように弾けて消える。
同時に、スティーラーが発動した「ハーピィの羽根帚」のヴィジョンも砕け、四散して消えた。


「ハーピィの羽根帚」無効化!


「万能無効化のカードか」

目論見が通らなかったと言うのに、スティーラーは冷静に……と言うよりも興味が無いように呟く。
そして一切戸惑う素振りも見せずに、続け様に手札の1枚のカードをデュエルディスクに置いた。

「手札から「ツインバレル・ドラゴン」を通常召喚」

ヴィジョンの光の中から現れるのは、奇妙な形状の二足歩行の機械。
特異なのは、銃口が二つある銃のようになっている事。
それに準えれば、撃鉄の辺りがガチリと下がり、戻った拍子に鈍い音を鳴き声のように響かせた。


「ツインバレル・ドラゴン」 闇 ☆4 ATK/1700 DEF/200
機械族/効果
①:このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手フィールドのカード1枚を対象として発動する。
 コイントスを2回行い、2回とも表だった場合、そのカードを破壊する。


「こいつもお前のモンスターと同じく、召喚成功時に効果を発動する」

「相手フィールドのカード1枚を対象とし、コイントスを二度行い、両方とも表ならそのカードを破壊する」

除去効果を持つが、それは運任せで、種族や属性を活かさない限りは、どちらかと言えば使い辛い部類に入るカードだ。
使うからには、大層運に自信があるのだろう。二度のコイントスで表が二回出る確率は、純粋に言って四分の一、25%。
そうそう出るものではないし、試行回数を重ねてもその数字に満たないなどザラである。

「対象は最後のリバースカードだ」

対象を決めるなり、デュエルディスクの装置によってコインのヴィジョンが出現する。
スティーラーはそれを空中でキャッチし、スカーに見せる。スカーのデュエルディスクでも出現するコインのヴィジョンと同じだ。

「表は太陽。裏は月。太陽の面が二度出れば効果が成功だ」

改めて効果を確認し、スカーは頷く。スティーラーは慣れた動作でコインを弾き、一度目のコイントスを行う。
心地良い音が響く中、コインは高々と上がり、上昇の頂点に達するや、静かに落下。
地面に落ち、弾け、何度かバウンドしてから転がり、倒れる。見えるのは、太陽の絵柄。

「一度目は表だ」

確認を終えると地面に落ちたコインは消え、再びスティーラーの近くにコインが現れる。
スティーラーは先ほどと同じくコインをキャッチして、間髪入れずに二度目のコイントスを行う。

アン「これが成功したら、スカーのリバースカードがなくなる……」

そうなってしまえば、今度こそスカーは防御の手段を失ってしまう。

そうそう出るものではない、とは言ったものの、これをギャンブルとするならば、スカーは既に負けている。
勝負の場で仕掛けるギャンブルは、求めるのは結果ではない。精神的に相手を追い詰める目的で行うのだ。
その意味では、スカーは見事術中に嵌り、今この瞬間に「もう一度成功したら」と焦りを覚えている。
平常心でなくなればプレイングにも影響が出る。消極的になるか、無理をしてでも攻めるか、どちらにせよ覚束ない。
そして「威し」で済めばいいが、もしも本当に成功してしまったならば……

スカーは祈るように、コインの落下を見つめる。転がるコインの行く末を見つめ、倒れたコインの絵柄を凝視する。


太陽。


見えるのは、表を意味するコインの絵柄だった。

「二度目も表。よって効果は成功し、リバースカードは破壊される。やれ、「ツインバレル」」

スティーラーの無情な命令に従い、「ツインバレル・ドラゴン」は喧しい機械音を鳴らしながら狙いを定め、撃鉄を起こす。
間も無く、撃針が込められた銃弾を打ち、轟く二度の轟音。
それからは一瞬の事で、気付けばリバースカードのヴィジョンは弾丸に貫かれ二つの風穴が空いていた。
穴を始めとしてヴィジョンには罅が入り、そのまま砕け散った。


「SSS-リベンジ・オブ・スカーズ」破壊!


散らばるヴィジョンの破片から身を庇いながら、スカーは呻く。

「次にエクストラデッキの「ガトリング・ドラゴン」を見せ、通常魔法「パーツ・インストール」を発動」


「パーツ・インストール」 通常魔法
このカード名の効果は1ターンに1度しか発動できず、このカードを発動するターンに、自分は融合モンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。
①:自分のEXデッキの機械族の融合モンスター1体を相手に見せて発動できる。デッキからそのカードに融合素材としてカード名が記されている機械族モンスター1体と「融合」を1枚手札に加える。このターン、この効果で手札に加えた効果モンスター及び同名カードの効果を発動できない。


「デッキから、見せた融合モンスターに融合素材としてカード名が記されている機械族モンスター1体と「融合」をサーチする」

「俺は「ガトリング・ドラゴン」の融合素材である「ブローバック・ドラゴン」と「融合」を1枚づつ手札に加える」

続いてスティーラーは攻め手に転じるのか、手札アドバンテージを稼げるサーチカードを発動した。

アン「「融合」って、融合召喚に使うカード、だよね」

その存在をスカーより教わっていたアンは、確認するようにスカーに問う。

アン「カードによって決められたモンスターを「融合」のカードで墓地へ送る事で、融合モンスターを出す……」

スカー「そうだ……」

そして手札に加えたのは「融合」のカードだけではない。
その融合召喚の素材となるモンスターも同時にサーチするのが、今のカードの効果だ。
テキストを見る限り、発動したターンには制限が設けられ、その用法は限られるようだが……。

もしも融合素材の片割れが既に手札にあるのであれば、準備は整ったと言う事になる。

「分かっているのなら説明は不要だな。手札から通常魔法「融合」を発動」


「融合」 通常魔法
①:自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。


「手札の「リボルバー・ドラゴン」と「ブローバック・ドラゴン」を手札融合」

スティーラーは淀み無く、また感慨さえもないように、手札に2枚のカードを墓地へ送る。
突如、上空から引き裂くような鈍い音が轟く。それに紛れて、金属が擦れ合うような甲高い音。

アン「いたっ、あつっ……」

遅れて、何かが幾つも降り注ぐ。それなりの重量を持ち、体にぶつかる度に、アンは悲鳴を上げる。
まるで雨のように落下する耐え切れない程の熱を帯びたそれは、弾丸。


「「ガトリング・ドラゴン」、融合召喚」


スティーラーの淡泊な言葉と共に、その怪現象の正体が降り立ち、地面を揺るがす。

そこにいたのは、形容するなら戦車。ただし、異形。

金属が擦れ合う甲高い音が響けば、チャリオットのような車輪に付いた刺が地面を抉る。
挨拶とばかりに、名前が冠するガトリングのような銃身でできた頭部から、咆哮と炎の代わりに銃弾を吐き散らす。そんな頭が三つ。
引き裂くような鈍い轟音。アンは堪らず悲鳴を上げて目を閉じて身体を縮こまらせる。

三つ首の龍。それを彷彿とさせるか、正にそんな怪物を模した兵器か。


「ガトリング・ドラゴン」 闇 ☆8 ATK/2600 DEF/1200
機械族/融合/効果
「リボルバー・ドラゴン」+「ブローバック・ドラゴン」
①:1ターンに1度、自分のメインフェイズに発動できる。コイントスを3回行い、表が出た数だけ、フィールドのモンスターを選んで破壊する。


「早速だ。「ガトリング・ドラゴン」の効果発動」

早々に現れた相手の切り札に驚くのも束の間、スティーラーは「ガトリング・ドラゴン」の本領を見せ付ける。

「自分のメインフェイズに一度、コイントスを三回行い、表が出た数だけ、フィールドのモンスターを破壊する」

スカー「なにっ……!」

その効果は、先ほどの「ツインバレル・ドラゴン」の強化版とも呼べる物。
魔法・罠カードこそ破壊できないが、一度に破壊できる数が増えている分、紛れもなく強力だ。
そのランダム性から、コントロールする者のフィールドにまで被害を及ぼす可能性もあるが、それでも脅威に変わりない。
そして表が出た数だけと言う事は、三回とも表であれば、今度はスカーのモンスターが全滅してしまう事を意味している。

これがデュエルで最初のギャンブルであれば、然程気にする事ではなかっただろう。
だがスカーは既に、四分の三を引くと言うギャンブルに敗北している。

あり得ない事ではない。その影が、スカーから自信と冷静さを奪っていく。

アン「スカー」

振り返れば、不安げにスカーを見つめるアンの姿があった。
スカーと同じく「ギャンブル」と言う幻覚の魔物に心を擽られているのだろう。

スカー「いつでもカードを発動できるように準備しておけ」

アン「う、うん」

言われて、アンは震える手つきでデュエルディスクのスロット付近の発動スイッチに手を伸ばす。

あの姿からして、攻撃手段は想像がつく。それが及ぶ範囲もスカー一人では留まるまい。
不安に駆られようが何だろうが、自衛手段だけはしっかりと持たせておく。
今のスカーには、それしか、アンの気持ちを誤魔化す事はできなかった。

「まず、一度目」

いつの間にやらコインのヴィジョンを手にしていたスティーラーが、一度目のコイントスを行う。
地面に落ちたコインの絵柄は、太陽。

スカー「1体の破壊が確定か……」

地面のコインは消え、スティーラーの手元に新たコインが現れる。

「二度目」

淡々と、二度目のコイントスを行う。地面に落ち、何度かバウンドして止まったコインの絵柄は、太陽。

アン「これで2体……!」

アンはぎゅっと目を瞑り、両手を合わせて祈るような格好をする。

「三度目だ」

ピンと、スティーラーの指から三枚目のコインが弾かれる。

先程よりもゆっくりと感じる動きで、コインは舞い上がり、そして緩やかに落ちる。
地面に落ちて、弾け、何度かバウンドし、転がり、傾き、くるくると回りながら倒れる。

その絵柄は――――。


スカー「――――太陽」


「「ガトリング・ドラゴン」は三体のモンスターを破壊する。目標はお前の場のモンスター、全てだ」

コイントスの結果に従い、「ガトリング・ドラゴン」は三つの鎌首を擡げて狙いを定める。
いや、狙いなど定める必要はない。ただ鉄の息を撒き散らしながらその辺りをなぞるだけで良いのだから。

スカー「アン! カードを発動しろ!」

スカーは振り返り、アンへ向かって叫びながら、その勢いのまま真横へ飛び退く。

直後、轟音。

「ガトリング・ドラゴン」が吐き散らす降り注ぐ弾丸の嵐が、「スカーソルジャー」たちを、ヴィジョンの建物を、地面を。
穿ち、削り、抉り、孔を空け、千切り、消し去っていく。

スカーは飛び退いた先で起き上がり、その光景を目の当たりにする。
どれだけそうしていただろう。破壊の処理が終わり、銃撃が止む。
「ガトリング・ドラゴン」の銃身がキュルキュルと音を鳴らしながら、ゆっくりと回転を止めた。


「SS-グリーフ」「SS-ネメシス」「SS-ヴェンジェンス」破壊!


もはや土煙が舞い上がり、何がどうなっているのかさえ分からないその中に、アンがいる。

スカー「アン!」

スカーは急いでアンがいた場所に駆け寄る。
土煙を払いながら視界を確保する。うっすらと、布が見えた。

スカー「アン!」

手を伸ばし、それに触れる。形がある。スカーの腕が掴まれる。反応もある。

アン「けほっ、けほっ……」

咽ながら、アンは起き上がってスカーに身を寄せる。
アンの無事を確認し、スカーは安堵の溜め息を吐いた。

スカー「間に合ったか」

アン「何とか……」

アンが発動していたカードは、「安全地帯」の永続罠カード。


「安全地帯」 永続罠
①:フィールドの表側攻撃表示モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
そのモンスターは相手の効果の対象にならず、戦闘及び相手の効果では破壊されず、相手に直接攻撃できない。
このカードがフィールドから離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールドから離れた時、このカードを破壊する。


そのカード名の通り、アンがいた場所だけが、銃弾が避けたかのように残り、代わりにその周囲は酷く抉れていた。
予め指示は出して直前にも声はかけたものの、結局はアンの反射神経に頼るものであり、成功して良かったと言わざるを得ない。

褒めている時間も無く、スカーは軽くアンの頭を撫で、すぐに離れて再びスティーラーと対峙する。

「生きていたか。ここで死んでおけば、苦しまずに済んだ」

スカー「ほざくな」

「強気だな。お前のフィールドにモンスターはいない」


先攻:スカー / 手札:2 / LP:6000
フィールド…SSS-ウィーカーズ・ハビタット
□|□|□|□|□
□|□|□|□|□

□|□|双|ガ|□
□|□| □ |□ |□
双…ツインバレル・ドラゴン ATK/1700 DEF/200 攻撃
ガ…ガトリング・ドラゴン ATK/2600 DEF/1200 攻撃
後攻:スティーラー / 手札:3 / LP:8000


「このまま「ガトリング・ドラゴン」の直接攻撃を受ければ、ヴィジョンによってどの道死ぬ」

装置を組み込んだデュエルディスクでデュエルを行う以上、避けては通れない「第二のルール」と言っても過言ではない事象。
スティーラーの言葉通り、「ガトリング・ドラゴン」の攻撃手段からして、直接攻撃を受ければ間違いなく死に至る。
それを防ぐにはモンスターを並べるのが一番の方法だが、それはたった今全て奪われた。
次点で防御カードで普通に防ぐ事だが、それも事前に奪われてしまっている。

今のスカーは、丸裸も同然なのだ。

「バトルフェイズに入る。「ガトリング・ドラゴン」でダイレクトアタック」

その行為が命を奪うものでありながら、それに対しなんの躊躇いも持たず、かと言って興奮もしない。
奇妙でしかない男は、それでも尚、しもべたる機械龍に執行を命じた。

機械でしかないのならば、命令に対し遂行するのみ。

「ガトリング・ドラゴン」の三つの首が、銃口が、スカーを睨むように真っ直ぐ向いている。



アン「スカー……!」



アンの悲痛な叫びを、銃声が掻き消した。

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